チャプター 
〜前回までのあらすじ〜
愛犬のロンを失い、この世に絶望して希死念慮を抱く「私」はついに、今まで与え続けていたのが「毒」であると、耳なし親ずんに告げる。苦しみ続ける耳なし親ずん……「ままずん」は裏切られたとショックを受け、「私」を「くちょにんげん」と罵るのであった。
それでも、妖精の生への執着と欲望はとどまることを知らなかった。ずんだもちのパックを叩き続け、「私」に口汚く命令し、自分の「しあわせ」の障壁になる存在に復讐を誓う「ままずん」。それはひとえに、自分さえが「しあわせ」になれればそれで良いと考える、どこまでも醜悪な妖精の本性であった。
やがて、毒は妖精の体をしゃぶり尽くし、とうとう死に至らしめた。邪魔者がいなくなった待合室で「私」は、ついに自分自身の「しあわせ」を叶えるべく、毒入りキャンディが入ったポケットに手を突っ込むのであった………………
本編
第8話「死神」
いつの間にか、メロディーが止んでいた。
「しあわせ」を叶えるためのアイテムが、ポケットの中に1個………………
……あれ？
ない
何で？
どうして？
落とした………………そんなはずはない。絶対に、ここに入れていたのに！！
ポケットをまさぐる手が、震える。
ここまで来て。
せっかく妖精の「しあわせ」をめちゃめちゃに壊せたっていうのに……これじゃ、ロンのところにいくっていう、私にとっての「しあわせ」を叶えられない！！
「……ごきげんよう」
焦る私に、声がかかる。はっとして前を見ると、正面に同年代くらいの女の子が立っていた。
いつの間に。
私以外の人間の登場に、固まってしまう。今度は、逃げられない。
そんな私の前に、女の子はあるものをかざす。
「君が探してるもの、これでしょ」
それはまぎれもなく、最後の毒入りキャンディだった。この女の子は、いつの間に私からそれを…………もしかして、私が落としたのを拾ってくれた？
「す、すみません……それ、私のです。返してください」
「ダメ」
ダークな雰囲気をまとった女の子は、口元に笑みを浮かべて、にべもなく断った。
「えっ…………そ、それ、どっ、毒だからっ……！！ 食べちゃダメですっ！！」
「……知ってるよ」
「え」
「私、死神だから」
どういうこと？ いきなり現れた女の子が、自分を死神と名乗った。
冗談とも思えない。このキャンディの正体を知るのは、私以外にいないはずだから。
「君は、これを舐めて自殺しようとした。そうでしょ？」
「そっ……そう、です…………だから、それを返してください」
「ダメ。君は、まだ死ぬべきじゃない」
「なっ……何でっ！？」
私は泣きそうになりながら立ち上がって、女の子に詰め寄る。
死神を名乗るこの女の子も、結局は、無責任なオトナと同じことしか言わないのか。
「わ、私のこと、何も知らないクセに……」
「知らないことはない……私は、君のことをずっと見ていたから」
「なっ………」
ウソをついているような口調ではなかった。真っすぐに私の目を見つめ返す、パープルの瞳。
綺麗だ、と思わず見惚れてしまう。まるで、このまま闇の世界に吸い込まれそうな……
「……君が“死にたい”と願ってから毎日ここに来て、偶然にもここに住み着いた妖精をすぐに殺さないで、関わり続ける姿を…………私は死神として、見守る必要があった」
「どうして……………見ていたなら、わかってよ……私にはもう、この世界で生きる理由なんて、ないっ…………！！ 一刻も早く、死にたいんです！！」
「…………」
「……そ、それ、返してください」
「…………」
「返してっ！ 返してよっ！」
私はキャンディを取り返そうと必死で何回も手を伸ばすが、死神の女の子に最小限の動きで躱されてしまった。
「返して、返し…………うううっ……うっ……」
気づいたら、地面にうずくまって私は泣いていた。この期に及んで満足に死ぬことも出来ないなんて、自分が情けなかった。
「死にたい！ 死にたい！ 死にたい！ 死にたいっ！！ お願い…………返して……死なせて…………こ、殺して！ 殺して！ 殺してっ！！ 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺してっ！！」
まるでさっき死んだ妖精のように、私は死を懇願した。
自分が他人に命をゆだねるだけの、あまりにも無力な………………
妖精と同等の存在にまで落ちぶれたことに、今さら何の後悔もなかった。
「………」
死神の女の子は、無言のまま私を見下ろしていた。
「ううううううっ」
私はよろよろと立ち上がって、地面に落ちている、大きな石を拾った。
死神が私を殺してくれないなら、キャンディを渡してくれないなら、自分で頭を割って、痛みとともに死ぬしかない。
「うあああああああああああああああっ！！」
絶叫した私が、石の尖った部分を側頭部にぶつけようとした次の瞬間。
ものすごい力が、私の腕を押さえつけた。
「なっ……！？」
死神の女の子、だった。その華奢な腕からは想像も出来ないほどの力で、私の腕をガッチリとホールドしている。
「………」
「くっ……ううっ……！」
振りほどこうとしても、私の腕は全く動かなかった。あえなく、石を取り落としてしまう。
「な………なんで……なんで………………」
涙でぐちゃぐちゃになった私の顔が、パープルの瞳に映る。
「し、死神っていうなら、今すぐに私を殺してよっ！！ 何で、死神のあなたが……死ぬのを止めるようなことっ……！！」
「それは、“彼”が……君の死を望んでいないから」
しばらく黙って私の言葉を受け続けていた女の子が、口を開いた。
「か……“彼”って……っ？」
「ほら。おいで」
死神の女の子が手招きすると、妖精が死んだ時みたいに、ふわっ……と風が舞い上がり、何かが駆けてきた……
「ロ、ロンっ！？」
「わんわんっ♡」
信じられなかった。死んだはずのロンが、元気なままでそこにいる………………
「死神さん……これっていったい……」
「彼はね、死んだ後、私のところへ直接相談に来たの。“ボクが死んでしまって、大好きな飼い主さんをひとりにしてしまって申し訳ない、戻れるなら戻りたい”……って」
「そ、そんな、ロンが…………」
「でもね、これは死後の世界のルールなんだけど…………いちど死んでしまった存在が、そのままのカタチで現世に戻るっていうことは、出来ない。それは彼にも伝えた」
「わんっ！！」
………それなら、ロンがここにいる理由って。
「だけど、彼……ロンは、どうしても戻りたいと言って聞かなかった。飼い主さんはボクが死んじゃって絶望している、飼い主さんを“しあわせ”にしてあげられるのは、ボクだけなんだ！！…………ってね」
「ロン…………っ」
「だから、私は内緒で、ロンをあなたのもとに“違うカタチで”戻してあげることにした……彼の存在こそがあなたの“生きる理由”なら、その願いを無碍にするわけにはいかない、と思って」
「あ、ありがとう…………ありがとう、死神さん！！」
「ひまりって呼んで。………………私は冥鳴 ひまり」
「ありがとう、ひまりさん」
「わんわんっ！！ わんっ！！」
死神さん……ひまりと名乗った女の子は、小さく微笑んだ。ロンが、駆け寄ってくる。
「ロンっ！！ ロンっ……！ うわああああああああああああん……」
「わんっ！ わんわん♡」
ロンの肌触りが、温もりが、再会の喜びとなって伝わってくる。
かつてのように顔をぺろぺろと舐められると、本当にロンが戻ってきたんだって実感する。
私は、数分前とは真逆の気持ちで………
喜びで、泣き続けた……
どのくらい泣いただろうか。泣き疲れてロングシートに座った私は、ひとつ気になることが浮かんできた。
「……ひまりさん」
「ん？」
「何で、私はロンを触れるんですか？ 死んじゃった存在が、そのまま現世に戻ることはないって、さっき……」
「……彼は、ロンであって、ロンではない」
私の前に立つひまりさんは、静かに答える。
「彼の本当の体は、ずっと、お墓の下にいる。それは、変わらない。君が今触れているのは、“ロンの魂”を、私が限りなく生前に近い状態にまで実体化したもの」
「そうなんですか……」
「君と一緒に居たい、っていうロンの強い願いが、彼自身の魂を実体として、この世に繋ぎとめている。当然ながら、マボロシとしてのその姿は、他の人には見えない」
今撫でているロンが他の人には見ることの出来ない、幻のようなものであったとしても、そんなことはまったく問題なかった。
むしろ、完全にロンが私だけのものになるから、そっちのほうが嬉しい。
「当然、ロンは “死んだ判定”だから、二度死ぬことはない。だから君が死ぬまでずっと、一緒に居れる…………そしてこれは、ロンの魂の依代（よりしろ）………他の人からは、この姿で見える」
ひまりさんは、小さな犬のキーホルダーを手渡してきた。すごい。これで、ロンとずっと一緒にいれる…………
「……今も昔も変わらない、君だけの守り神」
歌うように、ひまりさんがつぶやいて、私の隣に座った。
守り神、という言葉で、ひとつピンときたことがあった。
「……ひまりさん、もうひとつ」
「ん？」
「妖精が……最後に残った妖精が死ぬとき、“くちょいぬ、くるな”ってしきりに叫んでたんです………もしかして、ロンが……？」
「さあね、どうだろうね………でも、君が“ロン”だって信じるなら、そうなんじゃない」
不思議な表情を浮かべたひまりさんの感情は、読めない。
「あ、あと……私が数日前、ここで“偽善者”に襲われそうになったとき…………タイミングよく、茂みが揺れて………偽善者が、音に釣られてそっちに向かったんです……あれは、ロンだったんですか」
「いや。あれね、私なんだ」
「え」
「この空間に、まさか君以外の人間が寄り付くなんて、想定外だったからさ……ちょっと取り乱しちゃって」
そしたら、ひまりさんは……私の代わりに何か、酷いことをされたんじゃ……
「………私、死神だって言ったよね」
「……はい」
私の思考を読んだかのように、ひまりさんが目を細める。
「あの人間は、私のことを襲おうとしたから、瞬時に呪ってやった…………まあ、そのまま君の方に行ったとしても、間違いなく後ろから呪ってやったから安心して」
「………」
「私が呪った相手は、穴という穴から血を噴き出して死ぬんだ」
「………………！？」
「傑作だったなあ。久しぶりにあんないい苦痛の表情を見たよ……動画撮ったんだけど、観る？」
「い、いえ………」
どんな形であれ、あの偽善者が報いを受けたのは、嬉しかった。死亡届とかどうするんだろうって疑問は残るけど……
それよりも、死神を怒らせない方がいい。
本物の死神らしくニヤニヤと笑うひまりさんを見て、私はひとつ、学びを得た。
「………結局、なんなんだろう、これ」
ひまりさんが、手にした毒入りキャンディを口に投げ込んだ。
「あっ………！？」
「まっず………………………………ぺっ、ぺっぺっ」
私は激しく狼狽したが、ひまりさんは瞬時にそれを自身の手の中に吐き出した。
「だ、大丈夫ですか、口に入れちゃって………」
「………死神だって言った」
「あ……」
自身の唾液がついたままのキャンディを見つめながら、ひまりさんがつぶやく。
「あのね、これ………遅効性の毒なのは間違いないけど………人間が死ぬことはないレベルの毒だよ」
「え」
「ただ、死ぬほど苦しむだけ………死にたいくらいの痛みが、時間差で来る感じ………でも絶対に死ねないから、食べた人は、ずっと“生き地獄”を味わうことになるんだ」
「………………」
今になってわかる、衝撃の事実。
途端に、全てがバカバカしくなってくる。
私はどうして、こんなもので死ねるなんて、あの男の言葉を信じ込んで、疑いもせずに決めつけて………
「………露骨に落胆してるね」
表情に出ていたのだろう、ひまりさんがまたニヤニヤと笑って、こっちを見ていた。
「世の中の全部、ウソだらけ………」
「そう。そんなウソだらけの世界で、生きていかなくちゃいけないんだ」
「辛いです」
「君は、このキャンディを食べていなくても、絶望という“毒”に体を支配されていたんだ。この世は、辛いことばかりじゃないかもしれない…………君の“味方”は案外すぐ近くにいたかもしれないのに、それが見えていなくて、辛いことばっかり見たり、感じたりするようになっていたんだ」
「“味方”………」
「私だよ………………何回か姿を現してたのに、君は妖精で遊ぶことに夢中だったもんね」
言葉が出ない。この死神が私を止めてくれなかったら、私はずっと死ねないばかりか、ひとりぼっちで苦しみ続けることになっていた………
「それに、これがホントに人間を殺すレベルの毒だったら、もっと大々的に報道されてると思うよ」
「………」
「妖精にとっては、強すぎる毒だった。ただ、それだけなんだ」
「それは、妖精と人間は、違うから……ですか」
「つまりは、そういうこと。それに人間が苦しんで死ぬ毒なら、妖精は舐めた瞬間に即死していたはずだよ」
妖精と人間の違い。
決して、妖精は、「人間」ではない。「人間」には、なり得ない。
冷静に考えてみると、妖精が、「人権」を得ることに嫌悪感を抱くのは、当然のことなのかもしれない。
「これはもう、いらないね」
ひまりさんの手の周りに、漆黒の鎖のようなものが浮かび上がり、あっという間にキャンディが消失した………………
真剣な表情で私に向き直ったひまりさんは、静かに語り始める。
「…………私は、君が失っていた“生きる理由”をあげた。ただ、もうこれ以上は、助けられない」
「はい…」
「魂の実体化だって、ホントはタブーなんだ…………だから、私と君だけの内緒ね」
そんな。私なんかのために、禁忌を犯して……
ロンを失ってからの私の向こう見ずさは、死神にとっても到底見過ごせるものではなかったんだろうけど……
「何で、そこまでして私を……死なせたくなかったんですか」
「ん〜？ 君がかわいかったから。それだけだよ」
ひまりさんは、あっけらかんとした表情で答える。
自分のことを愛せなかった私が、ただそれだけの理由で、死神の目にとまったんだ……
「ん……しょっと」
ひまりさんは、ゆっくり立ち上がると、再び私の目を真っすぐ見つめる。
「もう、自殺なんか考えちゃダメだよ。今の環境が辛くても………場所を変えたりすれば、見えてくる景色もきっと違うから」
「………もう、死にたいなんて思わなくなりました」
「なんたって、君にはロンがついてる。あとは君自身で、無理のない範囲で頑張れ」
「ありがとう、本当にありがとう、ひまりさん…………」
「……………今の“頑張れ”って言葉だって、無責任かもしれないけど………死神に免じて許してね」
そう言って微笑んだひまりさんは、黒い霧のようなものに包まれて、消えた。
バスが走って行く。
「ありがとう…………私、生きるよ。ひまりさんっ……ロンと一緒に！」
決意する「しあわせ」な私に、もう死神からの返事はなかった。
まだ、およびじゃないってことだろう。
それでもよかった。またいつか、会えるから…………
そのあとの話。
あの「妖精ババア」は、どこかへ行った。
「…………それで、ご婦人は野良妖精たちに餌付けをしていたと？」
「はい」
「まさかとは思うんですが…………あなたが、刃物をもってご婦人のお宅に侵入して、家を守ろうと立ち向かった妖精たちを惨殺したあげく、金品を奪っていった、なんてことは………ないですよね」
「………侵入なんて、してません」
「やっぱりそうか………いや、あなたとご婦人とのやり取りを見ていた、という小学生3人組が、交番までわざわざ話をしに来てくれましてね………………小学生の証言なんて、アテにならないことが多いんですが………ほら、このご婦人に関しては、悪いウワサが絶えず…………」
「妖精ババア」は、これまでも引っ越しを繰り返していて、行く先々で妖精関連のトラブルを起こしていたらしいというのは、数日遅れの事情聴取に来た警官から聞いた話。
たまたまあのおばさんのターゲットが、私の家だったってだけ。
それどころか、荒唐無稽な作り話をでっち上げて、私を陥れようとしていた。どこまでも、妖精みたいな醜悪さ。
「ご婦人の通報内容は、何もかもが誇張されていたようですね………一方的に、あなたが難癖をつけられたという感じですか」
「………はい」
私が、妖精を惨殺したのは間違いないけど。これ以上、面倒なことはイヤだった。
「うん。小学生たちの証言とも一致しますね………………それでは、お時間をとらせてしまって申し訳ない……近ごろ、住民から妖精に関する苦情が相次いでおりまして……我々も気を引き締めねば」
「妖精ババア」。
私が妖精を嫌悪するようになった、大きな要因のひとつ。
引っ越したのか、逮捕されたのか、精神病院みたいなところに入れられたのかはわからない。
少なくとも、私の前から消えたことだけは、確かだった。あの「偽善者」とともに。
それから3日後。
空き家となった「妖精ハウス」の前が、何やら騒がしかった。
「ここか……おぞましい家だな」
「いいか、絶対に逃がすんじゃないぞ、必ず、“妖精ハウス”の中で殲滅するんだ」
駆除業者の人たちだった。面白いものが観れそうで、私はベランダから眺めることにした。
妖精たちは、家の中に閉じこもっているのか、出てこない。
「くちょにんげんどもがきたのだ！ みなのずん！ ここにいればぜったいに、あんぜんちゃ！」
「ばりけーどしゃんもあって、かんぺきちゃ！！」
「ぼくたちのおうちさんを、まもるのだああああああああああ！！」
「おばちゃがかえってくるまで、なんとしても、もちこたえるのだあああああああああ！！」
「「「「「のだっ！！」」」」」
威勢だけは良い、妖精たちの叫びが響く。これが絶望に変わるんだから、観てるぶんには最高の娯楽。
それに、二度と帰ってくることのない「妖精ババア」を待ち続けているその愚かさにも、笑みがこぼれた。
がちょんっ、がちょんっ！！
駆除業者の人たちは、まるで忍者のように壁に張り付いて、次々と窓ガラスに格子を嵌めていく。中の妖精が逃げられないようにするためだと、わかった。
やがて、入り口のドアの前に、駆除業者の人が集結した。全部で5人もいた。
「よし……突入ッ！！」
ばああん！ ばああん！
「き、きちゃあああああああああああああ！！ みなのずん、“ずんちとらっぷ”の、よういちゃ！」
「「「「「のだっ！！ ずんちでりゅっ、ずんちでりゅっ！！」」」」」
妖精たちが「ずんち」を出そうと踏ん張る、呪いの言葉が聞こえた。
どっごおおおおおん！！
そうこうしている間にもドアが蹴破られ、一斉に人間たちが突入していく。
目を凝らして玄関を見ると、バリケードとはいっても、花瓶や植木鉢、小さめの家具が並べて置いてあるだけだった。
「う、うそちゃ……ばりけーどしゃんが……ぼくたちが、がんばっておいた、ばりけーどしゃんが……」
それでも、妖精たちにとっては自信作だったのか、絶望する声が聞こえてきた。
「うわあああああ！！ “ずんちとらっぷ”が、きかないちゃああああああああああああ！！」
「くるな、くるな、くちょにんげんどもおおおおおおお！！」
「に、にげるのだ！！………………に、にげられないちゃ！」
「ぐるぐるぱんちでこわすのだ！！ えい、えい……えい、えい………だ、だめちゃあああああああ！！」
「おねがい、くちょにんげん！ おちびちゃんたちだけでも、たしゅけて！！」
「「「おぎゃーおぎゃー！！ おぎゃーおぎゃー！！ くちょにんげん、きょわいにょだあああああ！！」」」
さっきまでの威勢はどこへやら、妖精たちはまともに連携すら出来ず、次々に殺されていくのが、音声だけでもわかった。窓を塞がれているから、逃げようにも逃げられないのだろう。
「「「「「いや”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”！！」」」」」
やがて、煙が焚かれ、妖精たちの断末魔の叫びがシンクロした。
「くちょにんげんども！ で、でてきぇええええええええええええええ！！ ここは、ぼくたちと、おばちゃだけの、おうちさんちゃあああああああああああああ！！ “かたくしんにゅうざい”ちゃあああああああああああああ！！」
妖精の声がだいぶ減ったあたりで、おそらくリーダー格の妖精だろう、声が聞こえてきた。
どの口が。
うちの庭をトイレにしておいて、よくもそんなセリフが。
「残念だけど。この“おうちさん”は、もう取り壊されることになったんだよ」
「え？」
「ここは、私たち人間の生活圏なんだ……本来、お前みたいな妖精が住んでいてはいけない」
「で、でも……ぼくたちは、“かいずん”ちゃああああああああああああ！！ かいずんには、やさしくしなきゃ、だめちゃああああああああああああああああああああああ！！」
「“おばちゃ”とやらが、そう教え込んだんだろうね……でも、お前たちはこの家から勝手に飛び出して、農作物を盗んだり、庭や洗濯物にフンを落としたり、外で交尾を繰り返して景観を損ねたりと、死んでも償えないくらい、近隣住民に多大な迷惑をかけている…………………本来、そんなトラブルを避けるために、“飼いずん”は去勢、あるいは飛行器官の切除……それが不可能なら室内飼いが原則という、飼い主側のルールがあるんだよ」
「い、いみふめいちゃ、くちょにんげん！ ぼ、ぼくたちにわかるように、しゃべるちゃ！！」
「まあ、簡単に言うとね……“おばちゃ”は、飼い主としての“義務”を果たしていなかったんだ…………だから、お前たちは“飼いずん”なんかじゃない。ただの野良害獣として、駆除されることになったんだよ」
「しょ、しょんな………や、やめちゃああああああああああああああああ！！ おばちゃ、おばちゃ、おばちゃああああああああああ！！ たしゅけて、たしゅけてほしいのだああああああああああ！！」
「無駄だよ……“おばちゃ”はもう、ここには帰ってこない」
「いや”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”…………」
空き家になった「妖精ババア」の家は、本当の「妖精ハウス」になって、手に負えなくなったんだ。
絶望した妖精の悲鳴は、聞いてて気持ちがよかった。
「あっ見てください、“妖精ハウス”…………取り壊されてなくなってますよ」
「はっはははははは、ざまあないぜ！！…………妖精ババア、何してんだろ今ごろ」
「死んだんじゃないの〜〜？」
「「「死んだんじゃないの〜〜？？」」」
数日後の朝。あの小学生たちの声が聞こえてきた。
お礼を言おうと思ったけど、着替えてる途中だったから外には出れなかった。
「これって実質、ボクたちの手柄だよ！！」
「間違いねえ！ 悪いオトナはおれたちの手で、こらしめてやろうぜ！」
「あ、あんまり正義感に燃えて暴走しないでくださいね…………何はともあれ、僕たちはあのお姉さんを救えたのでしょうか」
「救われたよ………………ありがとう」
ブラジャーのホックをとめながら、私は小さくつぶやく。小学生たちの声は、やがて消えていった。
「妖精ハウス」が取り壊されて以来、野良の妖精がうちの庭をトイレにすることはなくなった。うちの庭を駆け回るロンの存在を、妖精は感じるのかな。
私にしか見えないはずのロンのマボロシを警戒して、寄ってこなくなった。
ひまりさんが「君だけの守り神」って言ってくれたのは、本当だったんだ。
そんなロンと一緒に、私は遠いところまで出かけることにした。パパもママも、まだお互いに隠し事してるから、ふたりでじっくり話し合う時間なんて作ってみたらどうかな。
その席に、私は余計だ。
まだ両親に対する「信頼」が戻ったわけじゃないから。死にたいと思わなくなったって、そんなすぐに、物事が良くなるわけじゃない。
「ロン……いこっか」
「ぅわんっ！♡」
正直、行く当てもないひとりの旅は不安だけど、ロンがいれば、何だって。
キーホルダーは、いつも腰についてる。
「いくぞハリー！！ とってこいっ！！」
「わうっ！！」
町のはずれにある公園で、フリスビーで飼い犬と遊ぶ男性を見た。
その「しあわせ」そうな光景に、口がほころぶのを感じる。
どうか。
どうか、「しあわせ」になって。
もし別れが訪れるときが来ても、私みたいにはならないで。
どんなペットだって、人間だって…………ひまりさんが、優しく迎えてくれるから。
そして、誰もいないこの待合室。
もう、妖精がいた面影はない。これで心置きなく、別れを告げられる。
「…………さよなら」
私の思い出の場所。
私が、死にたいと願った場所。
そして、生きると決めた場所………………………
…………電車を乗り継いだ海沿いの街で、私はキラキラした女の子3人組とすれ違った。
「めたん先輩のぶん、あーしがおごりますから！ めたん先輩は心配しないで好きなだけ食べてくださいねっ」
「……悪いわね、今度必ず返すわ」
「ああぁ〜あ、私、また人助けしちゃったなあ〜っ！……わ、私も誰かに人助けしてもらいたいんですよね〜………………私にもおごってくれませんかつむぎ先輩」
「もぉ、しょうがないですねひまっち」
「やった」
今の声って。
3人の中でひとり、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
………………
ひまりさん？
私は振り返ったけど、既に女の子たちは、駅から出てきた雑踏の中に姿を消していた。
「くぅ〜ん……」
私の足元に立ったロンのマボロシが、寂しそうに鳴く。ロンも、何か感じることがあるのだろうか。
「ううん、違ったみたい」
きっと人違いだろう。
首を振って、私は歩き出す。
死神が街を歩いてるなんて、まさかね。
〜終〜
〈待合室〉
妖精： 0
人間： 0
キャンディ……0
おわりに
ここまで読んでいただきありがとうございます。
全8話にわたる「“しあわせ”シリーズ」（途中からタイトルを変えてしまったので、便宜上こう呼ばせていただきます）、お楽しみいただけましたでしょうか！
第1話「待合室」の冒頭でも書かせていただきましたが、私は、自身の初投稿作品『森と子ずんと…』を超えたいという思いのもと、本作を執筆してまいりました。長編『森と子ずんと…』における個人的な消化不良感を、新たな創作として昇華したいと思ったからです。
これは、誰かと数字を比べるのではなく、物書きとしての、自分自身の可能性に挑戦するというものでした。
妖精って、何なんだろう？
『森と子ずんと…』執筆当時と同じく、ひとつの大きな謎について考えながら執筆するのは、この界隈に飛び込んだ自身の「原点」に立ち返ったようでした。
書き終えた現在、自然界との関わりだけではなく、人間社会で妖精がトラブルを起こしていたら……という風に、創作の世界を広げられたことに関しては、本作は『森と子ずんと…』と比べても遜色ない出来になったのではないか、と考えております。
ここまで（ほぼノンストップで）執筆を続けられたのは、ひとえに皆様のおかげです。本当にありがとうございました！！
こんなまとまりのない文章に、毎回読み応えのあるコメントを下さった読者の皆様方、応援して下さった先輩クリエイター様方、そして何よりも、本作の執筆にあたって、素晴らしい創作アイデアを下さったUC06zPmkyg様に、厚くお礼申し上げます。
これからは、
・短編小説（10000字前後）
・前・後編に分かれた少し長めの小説
・絵本企画
・本作「“しあわせ”シリーズ」のアナザーストーリー（リクエストありがとうございます！！）
・（新作長編？）
等の投稿を予定しております（順番等は未定です）。 リクエストもいつでもどうぞ！！
これからも、小説ならではの表現を磨いてまいります！！ご期待くださいませ！！
4月から新生活が始まってしまう関係で、今までのような、定期的な投稿は難しくなってしまうと思われますが、これからも私の小説を読んでいただけましたら、物書きとしてこれ以上の「しあわせ」はありません！！
けも
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このページへのコメント
完走・完結おつかれさまでした。
やはり妖精達の無駄な抵抗と、無駄に終わる瞬間は格別です。
アナザーストーリーも楽しみにしてます。８話分の作中でアヤの行動はそれこそ無限に分岐できそうですね
コメントありがとうございます。妖精が命を燃やす瞬間、そこには「生」への執着と同時に、死からは逃れられない、独特の哀愁のようなものがあるのかもしれません……
アナザーストーリーは、本日投稿予定です！分岐した先でアヤが迎えるのは、「しあわせ」なのか、それとも………………？
コメントありがとうございます。妖精が命を燃やす瞬間、そこには「生」への執着と同時に、死からは逃れられない、独特の哀愁のようなものがあるのかもしれません……
アナザーストーリーは、本日投稿予定です！分岐した先でアヤが迎えるのは、「しあわせ」なのか、それとも………………？
お疲れさまでした。
幸せを貰ったら感謝の言葉とお返しを
幸せを届けたら見返りを求めない
幸せを誰かが受けとったら笑顔で祝福を
そんな余裕のある毎日を送れる事が「しあわせ」じゃないかと思いました
エゴで握りしめた「しあわせ」は誰かの「ふこう」でしかない
害獣が不法占拠すればそりゃ被害の拡大を防ぐ為にも全滅しかないですな
タヌキとかの害獣も自治体レベルで殺して部位を提出すれば金になるところもあるので妖精も生首で買い取りすればハンターが増えるんじゃないですかね？銃とか必要ないし敷居が低そう
安価に繁殖できる害獣の買取は下手に実施すると昔のネズミ駆除みたいに自家養殖して提出するアホが出るから難しいかも
困ったもんですな…
8h247gY9Mw様
コメントありがとうございます。「しあわせ」に関して、その解釈に勝るものはないと思われます……！！妖精が追い求める「しあわせ」は、人間の「ふこう」ではないか？という疑問は常に尽きることはありません！
s4NPG4tfXw様
コメントありがとうございます。お金のために自家養殖のお話、初めて知りました……ありがとうございます、創作アイデアに使えそう……
お疲れ様です。最後は幸せな結末を迎えることができてスッキリしました
餌付けだけでなく考えなしの多頭飼育問題も実際問題になってますよね
そしてずんだ虫にも分かるように飼い主としての義務と害獣駆除と説明して絶望させる様もなかなか
コメントありがとうございます。一部の人間の行動で人間社会に多くの妖精が住みつき、繁殖することによって、これはアヤだけの悩みではなくなるのかもしれません……
問答無用で駆除、もまた好きなのですが、個人的にはしっかりと理解させて制裁にもつれ込む、という流れが好きです！
ありがとう…っ！ありがとう…っ！アヤちゃんを救ってくれてありがとう…っ！
死神の登場は少し唐突な感じがしましたが、ボイボ関係のキャラだと同じ世界線に居てもなぜか違和感ないですね。不思議。
両親の問題が解決されていないけれど、今のアヤちゃんならきっと乗り越えられるはず。むしろ安易に全てを解決しない所が上手いと感じました。
そして…
ありがとう…っｗｗｗありがとう…っｗｗｗずん虐シーンを入れてくれてありがとう…っｗｗｗｗｗ
"ずんちとらっぷ"とか本当に度し難いクソどもですね。ずんだ虫ってどうしてこう嗜虐心をくすぐるんでしょう？
存分にイラつかせてくれて、存分にスッキリさせてくれる作者様の表現力、最後まで堪能させて頂きました。
コメントありがとうございます。ここまで人間や世界に対して絶望してしまったアヤを救えるのは、もはや、人知を超えた存在でなければ難しかったのでしょうね……
崩れかけた家庭に根付いた蟠りのようなものは、特に解決が難しい部分というところだけ、異様に現実感が……ラスト付近の制裁表現に関しても、満足いただけたようでとても嬉しいです！
シリーズ完走おめでとうございます。
ラストは気持ちの良いエンディングでフィナーレを迎えられて清々しい気分です。
妖精のみならず偽善ジジイや妖精ババアもきちんとケジメがついてて良かったです。
コメントありがとうございます。スッキリ出来るエンドを迎えられるように何とか持っていけたのは、自身の成長を少し感じました……
「偽善者」や「妖精ババア」、自分で生み出してしまった呪物（？）にはしっかりと報いを受けたのちに退場してもらわねばなりませんでした！！