チャプター 
〜前回までのあらすじ〜
愛犬のロンを失い、この世に絶望して希死念慮を抱く「私」が妖精たちに与え続けた毒入りキャンディは、ついにその効果を最大限に発揮する。生き残った3匹の子ずんたちは、自分たちが「しあわせ」になれないことに絶望して、泣き喚いて苦しみながら、死んでいった。
子ずんが死んだことを喜ぶようなそぶりを見せる「ぱぱずん」は、耳なし親ずんと交尾を続け、自分の家庭を作ることを目論んでいたようだったが、その思惑もうまくはいかなかった。毒に侵された耳なし親ずんは、生まれてくる新たな子ずんですら毒で奇形児にするか、あるいは殺すことしか出来なくなっていたのである。物事が思い通りにいかず怒り狂う「ぱぱずん」の性器も毒に侵され、二度と交尾が出来なくなってしまう。その事実を受け入れられない「ぱぱずん」は、腐り落ちた性器を追いかけるように、死んだ。
ただ1匹、生き残ってしまった耳なし親ずん……「ままずん」と「私」が、待合室の前で対峙した………
本編
第7話「毒」
「お、おちびちゃん……ぱ、ぱぱずん…………みんな、みんなしんじゃったのだ……ぼく、いちずんだけになっちゃったのだ…………」
たった1匹残された耳なしままずんは、力を失って、地面にガクッと崩れ落ちた。そして、再び私に向かって懇願する。
「に、にんげんしゃん……たしゅ、たしゅけてほしいのだ……おちびちゃんたちも、あたらしいぱぱずんも、みんなしんじゃったけど、ぼくだけは、ぼくだけは…………しにたくないのだ……しあわせに、なりたいのだ！！」
やはり、家族がいたって、妖精がどこまでも利己的なのは変わらなかった。
あくまで自己の「生」にすがりつくその姿は、あまりにも自然の摂理から逸脱したイキモノのそれだった。
それに、さっき死んだぱぱずんの、欲望のままに、無節操に腰を振り続けるその姿は、年下の女を抱く私のパパを連想させて、気持ち悪かった。
ままずんだって、私が何を言っても、自身が「しあわせ」になれると頑なに信じ続けるその姿は、宗教に溺れた私のママ………………
子どものことを考えているようでいて、結局は自分のことだけしか考えていないママを連想させて、不快感を増すだけだった。
今、このままずんの死を見届けることが、私自身への決別に繋がるんだと思う。
私は、今朝コンビニで買ってきたパック入りの「ずんだもち」を取り出し、妖精の前に置く。
「ず、ずんだもち、ずんだもち！！ のだのだ、のだのだのだのだ！」
死にかけのはずのままずんは、必死でその小さな四肢を動かして、ずんだもちに向かって這っていく。
「ず、ずんだもち………これを、おちびちゃんたちや、ぱぱずんにもみせてあげたかったのだ…………しんだぱぱずんやおちびちゃんたちのぶんまで、ぼくが、しあわせになるのだ！ えい！ えい！ のだ！ のだ！」
そう言った妖精だったが、もはや、ずんだもちのパックを開くだけの力は残っていないようだった。パックをしきりに叩き続けているのを見ると、その知能があるのかすらも、怪しい。
「のだ、のだ、のだ、のだ、のだ、のだ………ど、どうちて………どうちて、こんなに、こんなに、ちかくにあるのに……」
妖精の顔が、絶望による涙と、欲望によるよだれで汚れ始める。
これが、私が妖精に求める「理想」だった。世界が自分を中心に回っていて、命令すれば何でも自分の欲望が叶うと思い込んでいる妖精には、こんな無様な最期がお似合いだ。
一生、ずんだもちを手に入れられないまま、死ねばいい。
「ずんだもち、ずんだもち！！ どうちて、どうちてたべられないちゃあああ！ これじゃ、しあわせに、なれないのだあああああああああああああああああああああああああああ！！」
その通り。妖精が「しあわせ」になんてなれるはずがない。うちの庭や、私の精神をめちゃめちゃにしておいて、「しあわせ」になれるなんてことがあったら、この世界がおかしいことの証明だ。
いや、こんな妖精や、妖精みたいな価値観を持った人間がうじゃうじゃと生きているこの世界は、既に狂ってるのかもしれない。
そんな世界に絶望して、私は死ぬ覚悟を決めたのだった。そのためには、この妖精を確実に殺してから…………
「ふぐううっ………くるち、くるち…………いちゃい、いちゃいのだ！ からださんが、いちゃいのだあああああああああああああああああああああああ！！」
ついに、妖精が痛みに悶え苦しみ始める。もうすぐだ。もうすぐ…………
「がはっ、はっ、はがあああああ！ に、にんげんしゃん！ にんげんしゃん！！ たしゅけて、たしゅけてほしいのだ！ いちゃいのだ、くるしいのだ！ どうちて、なにもわるいことしてないぼくが、こんなに、くるしまなきゃいけないのか、わからないちゃ……」
「毒だよ」
「えっ……」
ああ、この顔だ、この顔。
妖精のこの顔を見るために、この数日間、妖精の気持ち悪いあれこれを、散々耐えてきた甲斐があった。
「ど、どく…………ちゃ？」
「そう、毒。あんたたちが喜んで舐めてた“あまあま”は、毒だったんだよ」
「う、うそちゃ、うそちゃ！！だって、あんなに、おいちくて、いくらなめなめしても、なめなめしても、ずっとなくならなくて、しあわせいっぱいだったのに…」
「ふふっ……あんたが一番意地を張ってたよね。“とっととあまあまをよこすのだ”とか、“ぼくのぶんのあまあまは？”ってさ…………あんたは自分から毒が欲しいって、私に催促してたんだよ？ あはっ……面白いね」
「うそちゃうそちゃ、うそちゃ！！ にんげんしゃんは、いいにんげんしゃんなのだ！ そんなこと、するはずがないのだ！ ぼくたちのしあわせのために、あまあまやごはんさんを、くれるはずなのだ…………」
「その、人間を“奴隷”として扱おうっていう考え方が、どこまでも気持ち悪い。最初から、私はあんたたちが邪魔だったんだ…………最初から、あんたたちを殺そうと思ってたんだよ？」
「えっ…………」
正直、妖精たちには私の気持ちが見透かされていると思っていた。忍耐しきれず、何度も、冷たく扱ったから。
それでも、頭お花畑な妖精は、いちど優しくしてもらっただけで、完全に私のことを信用したようだった。そしていつしか勝手に立場を逆転させ、私を奴隷のような存在だと思い込んでいたんだ。
「そのためのにんげんしゃんじゃないのだ？」っていうあの身の程知らずなセリフに、すべてが詰まってる。
「だから、あんたの子ずんを殺したのも、新しいぱぱずんを殺したのも、ぜ〜んぶ私。……私は、あんたの奴隷としての“いいにんげんしゃん”なんかじゃないんだ。残念だったね〜？」
「しょ、しょんな、しょんな………い、いちゃい、くるち……こ、これが、どく、どくなのだ？」
「痛いよね〜？ 苦しいよね〜？ でも、あんたたち妖精に、私も同じような気持ちを散々味わわされてきたんだよ？ うちの庭をトイレにされたりさあ」
「ふ、ふざけるな、ふざけるな！ く…………く ち ょ に ん げ ん ！ ！ よくも、ぼくを、うらぎったなああああああああああああああああああああああああああ！！」
自分が勘違いしていたにも関わらず、顔を真っ赤にして激昂した妖精は、とうとう私を「くちょにんげん」と罵った。
これで、元・飼いずんのこの妖精は、正真正銘の、害獣。
「あれっ、飼いずんだったことを散々引きずってたあんたが、そんなこと言っていいのかな〜？」
「う、うるさいのだ、うるさいのだくちょにんげん！！ それに、ぼくはおまえのおうちさんなんかにいったことないちゃ！ そこで、ずんちしたこともないのだああああああああああああああああっ！！」
ぶりぶりぶりぶりっ！！
耳なしままずんが絶叫すると同時に、そのお尻から飛び出す大量の「ずんち」。
毒で体のあちこちが、決壊したようだった。「ずんち」が落ちた場所が待合室じゃなかっただけ、ラッキーだろうか……
「うわ、きったな…………今出したそれ、食べないの」
「な、なんどもいわせるなあああああ！！ ずんちは、ごはんさんじゃないちゃ！！ あのときは、あまあまのために、しかたなくたべただけちゃあああああああああああああ！！ それに、ぼくは、おまえのおうちさんで、ずんちしたことないって、いったああああああああああああああああああ！！」
「そうだね。でも、連帯責任だよ。他の妖精が私の家にしたことも、あんたの罪。それは、あんたが害獣だから……前にこの待合室を“ずんち”で汚したのも、もちろんあんたの罪」
この妖精は、私の家の場所を知らないはずだから、妖精にとっては理不尽以外の何物でもない。それは、わかる。
「………こ、ここは、くちょにんげん！！ おまえのおうちさんなんかじゃ、ないだろおおおおおおおおお！！ ぼくと、おちびちゃんたちと、あたらしいぱぱずんだけの、おうちさんちゃああああああああああああ！！」
「確かに、ここは私の家じゃないよ…………でも今は、家よりも大切な場所………この待合室は、あんたたち害獣が、勝手に住み着いていいような場所じゃないんだ………“おうちさん”だなんて、身勝手に宣言していいような場所じゃないんだ」
「な、なにをいってるちゃ、くちょにんげん……」
「それに、子ずんはとっくに死んだ。新しいぱぱずんも、死んだ。次はあんたの番だって、どうしてわかんないかな」
それでも私は、清々しい気持ちで妖精に笑いかける。まるで私が、妖精の「しあわせ」をすべて吸い取っているかのように。
「く、くちょにんげん！ くちょにんげんんんん！！ ころす！ころす！ どうして、どうして！！ ぼくたちは、おまえになにもしてないのにいいいいいいぃ！！ ず、ずんだもちだせええええええええええええええええ！！」
「あはっ☆ やっぱり、欲望には逆らえないんだね？ でも、私はもう “くちょにんげん”なんでしょ？」
「そ、そうちゃ！ おまえはさいしょから、ぼくたちをだましていた、くちょにんげんなのだあああああ！！ あまあまをくれたときも、かんしゃして、そんしたのだああああああああああああ！！」
「………ウソつき。感謝の気持ちなんて、最初からないクセに」
「しんじてたのに！ おまえは、いいにんげんしゃんとして、ぼくたちをしあわせにしてくれるって、しんじてたのにいいいいいい！！ ほら、はやく、ずんだもち、だせえええええええええええええええ！！」
………………
妖精と会話していると、やっぱりこいつらは、人間とは絶対に分かり合えないんだって感じる。
こんなやつらに「人権」を与えたって……………
「“くちょにんげん”って私を蔑むなら、あんたはもう私を頼っちゃダメだよ………命令するんじゃなくて、自分で開けてごらん？………………………制限時間、1分」
「うっ、ううううっ！ のだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだのだ！ ずんだもち、ずんだもちいいいいいいいっ！！」 ポカポカ……
妖精は、狂ったようにずんだもちのパックを叩き続けるが、やがて体をむしばむ激しい痛みから、その動きも弱々しいものとなった。
「い、いちゃい、いちゃい…………ず、ずんだもち、ずんだもち…………くちょにんげん！ く…………に、にんげんしゃん、だせ、だせ、だ……だ…………お！……“おねがいします”っ……ずんだもち、だして、“くーだーさい”っ！！」
「…………はぁっ………」
思わずため息をつく。今さら、呼び方や態度を変えたところで、何になるというんだろう。
それに、妖精の本性はわかりきっている。こんな見え透いた演技に騙される私ではない。
「どうしたのだくちょ…………に、にんげんしゃん！！ このぼくが、おねがいしているのだ！ はやくずんだもち、だせ……だして、“くーだーさああああああああああああああああああああぁい”っ！！」
「はい、時間切れ〜。ずんだもち、食べられなかったね〜？」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ！！ ぼくの、ぼくのずんだもちいいいいいいいいいぃ！！」
妖精が喚いている間にも、すぐに1分が経った。私はずんだもちのパックを拾い上げると、妖精に背を向けて歩き出す。
「く、くちょにんげん、まてえええええええええええええええええええ！！ ずんだもち、ずんだもち！！ ぶぅのだぁあああああああああっ！」
私の予想通り、欲望にまみれた妖精は、どこからその力が湧き出ているのかわからないけど、ホラー映画の敵みたいにゆっくりと、私に向かって前進してくる。
「ころしゅうううううううう！ かえせ！ かえせ！ ぼくの、ずんだもちいいいいいいいいいっ！」
「ほら、自分のだっていうなら、ここまで取りにきてごらん？」
私は妖精をからかうように、地面にずんだもちのパックを置く。距離は10メートルもなかったけど、瀕死の妖精にとっては、めっちゃ長い距離だろう。
「はああああ！ はああああああああ！！ ころしゅ、ころしゅ、ころしゅ、ころしゅ！！」
殺意で顔を歪ませた妖精が、一歩、また一歩と、ゆっくり近づいて来る。正直、どうしてまだ死なないのか不思議だったし、私に向けられたその表情は、かなり不快だった。
だから、もう遊ぶのはやめた。いくら本物の遅効性の毒薬とはいったって…………こんなに生かす想定じゃなかった。
「…………ねえ、まだ死なないの」
「な、なにいってるちゃ、くちょにんげん！！ おちびちゃんたちやぱぱずんは、むりだったけど、ぼくは、ぼくだけは………しあわせになるって、きまっているのだ！ だから、ずんだもち、かえせええええええええええええええええええええええええええええええっ！」
「私も、早く死にたいんだけど？……だから、あんたが死んでくれないとさあ」
「ぼ、ぼくは、まだしにたくないちゃ！！ おまえがかってにしねばいいのだ！ おまえがしんだあとで、ぼくだけが、しあわせになるのだ！！ ぼくだけは、いきるのだあああああああああああああああああああああああああ！！」
「…………もう、そういうのいいから。早く死んで？」 ガンッ！！
「のばあ”っ」
私は、ずんだもちに近づいてきた妖精を、排水溝の方へと蹴り飛ばした。ずんだもちから遠ざけられて、さっき自分が排泄した「ずんち」に突っ込んだ妖精は、絶望したように震えだす。
「の…………のだ…………ぁ…………ずんだ、もち、ず、んだ…………も……ち……」
私の蹴りで、傷口から体液が溢れ出ていた。これでも、少し死が早まっただけだ。ここまで、あまりにも長すぎた…………
「ゆめ…………ゆめ…………ゆめ………………ゆめ………………」
「ずんち」まみれになった妖精は、もはや歩くことも出来ず、地面にうずくまって胎動を続けている。まるで、今の辛い現実が、悪い「夢」であると自己暗示をかけているみたいだった…………
妖精の（いらない）モノローグ
………どうちて、どうちてこんなことになっちゃったのだ？
ぼくと、まえのぱぱずんと、かいぬししゃんがいて………あたたかいぼくたちのおうちさんで、なかよく、しあわせにくらしていたのに！
しんだおちびちゃんたちも、ほんとは、あたたかいぼくたちのおうちさんで、うまれてくるはずだったのだ……
もとはといえば…………あのくちょいぬがきてから、すべてがくるいだしたのだ！！
どうちてかいぬししゃんは、かわいいぼくたちより、あんなくちょいぬなんかをえらんだのだ！ おかしいのだ！ くるってるのだ！
そ、そうちゃ、そうちゃ！ やっぱりあのかいぬししゃんも、くちょにんげんちゃ！
ぼくたちのいうことをきいてくれないにんげんしゃんなんか、ぜんぶ、くちょにんげんなのだ！！
どうして、こんなにかんたんなことに、きづけなかったのだ！！
しんじてたのに……あのかいぬししゃんは、せきにんをもって、ぼくたちをしあわせにしてくれるって、しんじてたのに！
ぶ、ぶっころしてやるのだ！ かいぬししゃん…………いや、ぼくたちのおうちさんにいるくちょにんげんも、あのにっくき、くちょいぬも！！
そして、ぼくのまえにいるくちょにんげんも、ころす！ なまごみさんをたべろといったり、ずんちをそうじしろ、たべろといったり…………ぼくのしあわせを、じゃまするようなことばっかり、いいやがっちぇ！！
それにごはんさんもあまあまもくれずに、どくをぼくたちにたべさせて、ずっとだましつづけて…………おちびちゃんたちやぱぱずんをころした“ごくあくひどー”のくちょにんげんなんか、ぼくにころされて、とうぜんちゃ！！
で、でも…………からださんが、うごかないのだ！
どうちて？ ぼくは、しあわせになれるはずちゃ！ ぼくが、どくなんかにまけることはないのだ！！
こんなところで、うごけなくなるなんて………ありえないちゃ！！
それとも、ぼくは…………しあわせに、なれないのだ…………？
いちゃい
…………い、いちゃい、いちゃいのだ！ からださんが、いちゃいのだ…………
い、
いちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！！
こ…………
現実
「ころちて、ころちて………ころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちて！！ いいいいいいぃ、いちゃいよおおおお！！ はやく、ころちてえええええええええ！！」
また痛みが襲ってきたのか激しく痙攣する妖精は、仰向けにひっくり返り、「ころちて」と叫び続ける。
…………「殺して」と言っているのか。
「………最期まで他人を頼るの？…………自分で死んでよ」
「ころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちてころちて！！ あああああああああああああああああああああああああああ！！ いちゃいいいいいい！！ ぼくは、かいずんなのに、いつのまにかこんなところでせいかつすることになって、“かたみ”のおちびちゃんたちもあたらしいぱぱずんもしんじゃって、こんなにいちゃいなら、まえのぱぱずんといっしょに、くちょいぬにころされたほうが、よかったのにいいいいいいいいいいいいいいいぃ！！」
大量の毒に侵されて死にゆく妖精の体色は、まるでネオンサインのように目まぐるしく変わる。
「う……うぇ、うぇ、うぇ…………うぇーんうぇーん！ うぇーんうぇーん！ おぎゃーおぎゃー！！ おぎゃーおぎゃー！！ おぎゃああああああああああああ！！ おぎゃああああああああああああああああああ！！ おとーちゃああああ、おかーちゃああああああああ！！ いちゃいのりゃあああああああああああ！！ たちゅけちぇほちいのりゃあああああああああ！！ ちんじゃう、ちんじゃう、ちんじゃうのりゃあああああああああ！！ おぎゃああああああああああああああああああああああああ！！ たちゅけちぇよおおおおおおおおおおお！！ ちんじゃうよおおおおおおおおおおおおおおおお！！」
次に耳なしままずんは、まるで子ずんのように幼児退行して泣き喚き始める。
私が耳を切ったから、体だけ肥大化した子ずんが暴れているようにしか見えなかった。
「バカだね………………もう、誰も助けてくれないのに」
「おぎゃーおぎゃー！！ おぎゃ、あ、あがががががっがああがががががあ……う、う、うのぼああああああああああっ！ く、くちょいぬ、くるな、くるなああああああああっ！」
私がつぶやいた次の瞬間、泣き喚いていた妖精が泡をふいてビタンビタンと暴れ始める。
ここには、妖精の言う「くちょいぬ」……飼い犬なんて、どこにもいない。犬への憎悪が溜まりに溜まって、妖精はついに、狂いだしたのかもしれなかった。
いや。元々、狂ってるんだ。
「う、うごけないちゃ！ く、くちょいぬ、くちょいぬ、くちょいぬ、くちょいぬ、くちょいぬううううううううううっ！！ た、たべないで、たべないで、たべないでえええええええええ！！ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
ぱたり
突如、ふわっ……と風が舞い上がった。
それを合図にするかのように、どこまでも耳障りな声で絶叫した妖精は、ようやく死んだ。その気持ち悪い胎動も止まって、完全な死骸になった。
「…………………うるさい」
どすっ！！
私は、動かなくなった妖精の死骸を、遠くに蹴り飛ばす。
ようやく、邪魔がなくなって、死ねるんだ。
待合室のロングシートに座ると、もう完全に私はひとりになった。
今日は友達の家に泊まるから帰らない、とママにLINEを送って、ケータイを閉じる。
………………
自分の望み通りこれから死ねるというのに、達成感のようなものは、なかった。
ただ、妖精があまりにも、邪魔すぎたから………………
妖精がいない、清潔で静かなこの待合室だけが「普通」で。
私の中の世界は、ようやく「普通」を取り戻した。それだけのこと。
その「普通」の中で死ぬことが………………私の、ほんとうの「しあわせ」。
あ〜あ。バカだな。
ただの害獣を、長く、徹底的に苦しめてから殺すなんて、壮大な前フリまでしちゃって。
ただ、邪魔だからって踏み潰せば良かったのに。
にゃんにゃんにゃ〜んにゃ にゃんにゃんにゃ♪ にゃにゃにゃんにゃにゃにゃんにゃにゃ にゃにゃんにゃ〜♪
頭の中に、響き始める猫のような声。
いや、猫じゃなくて、犬がいい。私をあの世まで連れて行ってくれる存在は、ロンと同じ、犬がいい。
わんわんわ〜んわ わんわんわんわ♪ わわわわわんわん わわんわ〜ん♪
そうそう。それでいい。
わんわんわ〜んわ わんわんわん♪ わわわんわわわんわわ わわんわ〜ん♪
わんわんわ〜んわ わんわんわんわん わ〜ん わ〜ん わんわんわんわん♪
わんわんわ〜んわ わんわんわん♪ わわわんわわわんわわ わわんわ〜ん♪
わんわんわ〜んわ わんわんわんわ♪ わわわわわんわん わわんわ〜ん♪
わんわんわ〜んわ わんわんわん♪ わわわんわわわんわわ わわんわ〜ん♪
わんわんわ〜んわ わんわんわんわん わ〜ん わ〜ん わんわんわんわん♪
メロディーが激しくなる。もう、いいだろう。
深呼吸して、ポケットに手を突っ込んだ。
〜つづく〜
〈待合室〉
妖精：生存 0
人間：生存 1
キャンディ……残り1個
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回、最終話です。
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このページへのコメント
「くーだーさーい」を人間への命令だと認識しているのがよくわかりますな
人間の善と美徳が妖精とは異なり、悪と悪徳だけが共通している。妖精への殺意が高まるのは当たり前の事だなぁと感じました
うんこママは存外にしぶとかったですね。その分醜くくたばった時は絶頂すら覚えました
しかしこんなの保護する法案なんざ可決されたら賛成した議員の票無くなると思う。農家が多い地域は特に。
コメントありがとうございます。憎むべき「人間」に媚び諂うのは屈辱以外の何物でもなく、自分たちこそが優れているという思い込みは変わりません……
イヤなところ、ずる賢い部分だけ、悉く人間に似ている点もまた、私たちがクズ妖精を嫌悪する要因なのかもしれませんね！
もし、例の法案が可決されたとしたら、それだけ国は第一次産業を軽視していると考えてよさそうですね……
鼻先に決して手の届かない希望を与えて必死に足掻く様をウォッチング…動けない相手を煽り…そして死体蹴り…なんて趣味の悪い、心地いい…‼
どの作品よりも生と欲に忠実に醜悪の限りを尽くしたままずんの最期、丸一話分苦しんで死ぬとは壮絶・圧巻です。
ついに一瞬だけ真実にたどり着きかけた「しあわせになれないのだ…？」のシーンは戦慄が走りました。見事。
そしてアヤがにゃんにゃんわんわん脳内リフレインするシーン、実はこの時既に摂取していたキャンディが効き始めて朦朧としていたのかと思い、「キャンディ…残り０個」で次回へ続くスリラー展開かと勘違いしましたw
実際はポケットからラスト一個を取り出すところですよね。
コメントありがとうございます。よくよく考えたら、1匹の妖精が苦しんで死ぬ、というだけの描写に10000字くらい使っちゃってるんですね……
ままずんは、自身が死にゆく中で「しあわせになれない」という真実にたどり着いた結果、「妖精」という種としての価値観を守るために「コロチテ症」を発症したというわけですね！
ああ……すでに摂取してたオチ、素晴らしい……（実際にまだ食べてはいませんが、そのラストだったら胸糞でも、ある意味で“良い”終わり方が出来そうです）
クッソ無様で哀れで似合いなママずんの最期で思わず読んでて笑みを浮かべてしまいました…！
表現力が高くてぶるっちゃうよ…
アヤちゃんは救われてほちぃのだ…
でもあの妖精擁護のくちょ人間に何か嫌な事をされるのが心配なのだ…
コメントありがとうございます。読んでいただきありがとうございます！どんな無様な最期を迎えさせようかと考え抜いた甲斐がありました！
※『妖精愛護のくちょにんげん』に関しては、第3話の差分として、実はとある戦闘民族様とｺｯｼｮﾘ共有してたりします……＾＾
今際の際にパック入りずんだもちを目の前に置くとは…素晴らしい悪魔的発想ですね
例のクッソ無様なポカポカ妖精が目に浮かぶようでした
さて残り一話はエピローグ的な感じになるのか、まだ少しばかりずん虐シーンがあるのか
どちらにせよ最後まで主人公を見届けようと思います
コメントありがとうございます。知らず知らずのうちに、最大レベル（？）の精神虐をしている主人公は、そのような素質があるのかもしれません……
「ポカポカ妖精」、お尻が胎動しているのがものすごく好きなんです……
次回、エピローグなのは間違いないですが、いちおうR-18Gカテゴリーなので、制裁描写ゼロ、ということにはならないとだけ申し上げておきます！！
この期に及んでも“くーだーさい”っの一つ覚えはもはや狂気すら感じる…
いや、コイツラなんてもともと狂ってるんだ。狂ってる奴らがなまじ言語を覚えたせいでこんな気持ちの悪い存在に
喜ぶべきはままずんが最後だったおかげでこの気持ち悪い言語を覚えて世に放たれる子ずんがいなかったことだ
次回ついに最終回ということですが、ここまでこの気持ち悪さに耐えてきたアヤちゃんはなんとか幸せになってほしいです
コメントありがとうございます。変な部分で伸ばし棒を入れるの、敬語の意味を理解しているというよりは、まるで都合の良い呪文のように思っている節があって嫌悪感マシマシですね…………
『くーだーさい』を覚えた子ずんはすべて奇形児or子ずん溶液となりましたので…………()
果たして、アヤの「しあわせ」は訪れるのでしょうか、第8話にもご期待くださいませ！