けもです。今回は、いつもとはちょっと違うテーマの読み切りをお送りします。
むらさき様が先日投稿されたR-18Gイラスト『むらさきが描いたやつまとめ15』内でも特にインパクトの強いイラスト『おじさんにおうち取られたのだ』を参考に、自分なりにストーリーを組み立ててみました。
「妖精が人間の家を乗っ取ろうとするなら、それとは逆に、妖精の家を乗っ取ろうとする人間がいてもおかしくないのではないか？」という会話の流れだったと記憶しております。
素晴らしいアイデアを出していただいた先輩クリエイター様方、誠にありがとうございます！！
ギャグ風にまとめるか重苦しい設定にするか迷いましたが、どうかお楽しみくださいませ。
※11/12追記 リンクを追加しました！！
………………
「出てけっ！クズ妖精！！ここはお前らの家じゃねえよ！！」
「のだぁっ！いちゃいいちゃい！」 どさどさっ……
焼き鳥屋の店主が怒鳴り、追い立てられた妖精たちが通りに転がり出てくる。
この町ではもはや、珍しくない光景だ。ここ数か月で、町で目撃・駆除される妖精の数は以前の3倍にも増えた。
そして信じ難いことに、どの妖精も、口々に同じことを言うのである。
「おやまさんにあるぼくたちのおうちさんが、くちょにんげんにのっとられたのだ！！」
無論、人々はそれを信じるわけもなかった。自分たちの利益のためなら平気でウソをつく妖精のことだ。その言葉をまんまと信じるお人好しも、そういるものではない。
「バカ言うなよ！同情を誘おうったってそうはいかないぜ……だいたい、わざわざお前らの巣を乗っ取ろうなんて物好きはいねえよ」
「くちょにんげんは、いつもおうちさんがあってなまいきなのだ！！ぼくたちのおうちさん、よこすのだ！」
「害獣がいっちょまえに住居を要求してんじゃねえよ！ゴミ捨て場にでも寝てろ」
「だから、ここをぼくたちのあたらしいおうちさんにするってきめたのだ！おにくさんもあって、これからうまれてくるおちびちゃんたちもしあわせなのだ！」
「勝手に決めつけんじゃねえ！最初から俺の店だっ、ここわぁっ！！」 ぐじゃっ！ぐじゃっ！
「あぎゃがああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
……町の妖精が増えたぶん、それだけ殺される数も増えた。
それでも、山に帰れない事情があるのか、妖精たちは何とかして定住場所を見つけようと、町を飛び回った。
「きゃあっ！？何で、ガラスが……」
「おいくちょにんげん！なに、はいってきてるのだ！ここは、ぼくたちのおうちさんになったのだ！とっとと、でていくのだ！」
石を投げ、留守の住居の窓ガラスを割って侵入した挙句、帰ってきた住人を侵入者扱いする妖精。
「のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
「まずい！妖精だ！……おい、窓を閉めろ！入ってくるぞ！」
「すぐだ、すぐにもだ！わたちをむかえいれるのだあああああああああああああああああ！！」
がしゃあああああああん！！
ガラスに頭突きして、強引に侵入することを覚えた妖精。
「のだのだのだのだ！！ぼくたちのごはんさんをまもるのだあああああああああ！！」
「ここには、あのくちょにんげんもこないからあんしんなのだ！ずーん……ずぅーん……」
他にも、妖精の大群にコンビニが占拠されたり、遊歩道が妖精で埋め尽くされたり等、町の治安は、多数の妖精が来たことによってかなり悪化していた。
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！ぺこぺこ、ぺこぺこ！！」
「に、にんげんしゃん……おねがいなのだ！おちびちゃんがおなかをすかせているのだ！どうか、ごはんさんを……」
「朝からうるせえな害獣が！ほら、子ずんよこせよ」
「お、おちびちゃんよかったね……にんげんしゃんが、ごはんさんくれるって……」
「死ね」 ごりっ！！
「おぎゃー、おぎゅあああああああああああああああああああ！！」 べちょ……
駅前のロータリーでは、多数のメス妖精が、空腹で泣き喚く子ずんを抱えて、道行く人々に「ごはんさん」の施しを求めている。妖精の飛来によって心が荒んだ人々は、それらの妖精を殺すことで、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのであった。
「しょ……しょんな、おち、おちびちゃん……ぼ、ぼくたちは、“なんみん”なのだ！どうして、そんな、ひどいこと、できるちゃ！」
「難民だぁ！？どの口が言ってる！おおかた、山の食べ物を食い尽くして降りてきただけだろうが！こういうの、自業自得っていうんだぜ？わかったらとっとと町から出てけよクズ妖精が！！」
「ほ、ほんとうなのだ！ぼくたちのおうちさんは、くちょにんげんにのっとられたのだ……」
「示し合わせたように同じこと言いやがって気持ち悪い！！何でも俺たち人間のせいにしやがって！じゃあ、お前らは無実か！？違うよなあっ！？何かお前らが好き勝手にしでかすことで、事態はどんどん悪くなっていくんだ！！」
「や、やめちぇ……な、“なんみん”には、やさしくしなきゃ、だめなのだ……」
「お前らは難民なんかじゃねえ！思い上がるな、害獣があああああああああ！！」 ずちゅううっ！！
「ごぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」
多くのサラリーマンの革靴に付着した妖精の体液が、通勤電車の床にべったりと尾を引いていた。誰もが、町を散々に荒らした妖精に良い感情を持っていなかったのである。
実は、「のっとられた」という妖精の言葉は、半分間違っているようでいて、半分あたっていた。
だが、普段のおこないのせいで、人間が誰もそれを信じなかったというのは、害獣の宿命であろうか……
妖精人間
「彼」の1日は、崖の上に立っての咆哮から始まる。
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ〜〜〜だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜！！」
一糸まとわぬその体が大きくのけぞり、自身の存在感をアピールする。さながら、獲物の脊椎を引き抜いて勝鬨をあげるプレデターのようだ。
それが終わると、四つん這いになった「彼」は器用に木によじ登り、縄張りのパトロールを始める。
この山全体が、「彼」の縄張りだ。1日の長い時間を、パトロールに費やす。
だっだか、だっだか、だっだか、だっだか、だっだか！！
通常の人間なら数時間かけて登るような急斜面を、いとも簡単に駆け上がる裸体。
力強いその手足が、しっかりと山肌を掴んで離さない。
「……むっ」
やがて、その鋭い目は異変に気付く。
遠く離れた岩山の上。この山に新しく飛来したのか、無警戒な妖精の家族が営巣を始めていた。
「……やったのだままずん！いまから、ここをぼくたちのおうちさんにするのだ！」
「おちびちゃんたち！これからごはんさんをとってくるのだ！いいこにしてまってるのだ！」
「はーいのだ！はーいのだ！」
五感をフルに働かせた「彼」は、遠くから聞こえるその会話の様子を聞いて歯ぎしりする。許可なく、自分の縄張りに営巣した罪は重い。
だっだか、だっだか、だっだか、だっだか、だっだか！！
「彼」は妖精までのおおよその距離を測ると、肉食動物のように一気に接近する。
そして片腕を振り上げると、岩の上で胎動していた4匹の子ずんをまとめて潰した。まるでみずみずしいトマトのように子ずんが破裂し、体中の穴という穴から、体液と臓物と排泄物をまき散らす。
びゅっ！ぐじゃあああっ！ 「にょでええええええええぃあああああああああああああっ！！」
「ああああああああああああああああああああっ！」
「お、おちっち、おちびちゃん、おちびちゃんがああああっ！！」
怖気づく妖精の前に、四つん這いのまま、ぬうっと顔を突き出した「彼」は、妖精の何倍も大きかった。その眼球がぐぐっと動き、妖精と目を合わせる。
「こ、こいつなんなのだ！？よくも、よくもおちびちゃんをおおおおおおお！」
「しねえええええ！ぼくたちのぐるぐるぱんちをくらってしぬのだあああああ！！」
ぽかぽかっ、ぽかぽかっ……
恐怖よりも一瞬のうちに子ずんを殺された怒りが勝ったか、2匹の妖精はその裸体へと猛烈な打撃を浴びせる。
少し体を起こした「彼」は、その豊満なお腹で、妖精の執拗なまでの「ぐるぐるぱんち」を全て受け止めた。
「はぁ、はあ……ど、どうしてちゃ、どうしてしなないちゃ！！のだっ？」 がしっ！
「はあはあ！ぐるぐるぱんちがきかないちゃ！！うわっ！」 がしっ！
自慢の攻撃が全く通用しないことに絶望した妖精を、「彼」は容赦なく掴み上げる。
そして……
ぎゅぎゅううっ！ぶりゅりゅううううっ！ ぽいっ！！
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
両手に掴んだ妖精の腹を握りつぶすと、その2匹を崖の下に放り投げたのであった。
「ふうっ……ふうっ………」
ひと仕事終えた「彼」は、妖精に対する憎しみの気持ちを込めて、荒く呼吸を繰り返す。
「彼」は……いや、今となってはそれも疑わしいが…………人間であった。
立ち上がったその身長は、およそ165センチ。
山中での生活で鍛え上げられた四肢には、がっちりとした筋肉と、衝撃を受け止めるための脂肪がバランスよくついている。何よりも、そのお腹は、敵対する存在が放つすべての打撃を受け止めんばかりの脂肪を蓄え、でっぷりと張り出していた。
そして、人間特有の頭髪は、厳しい風雨にさらされた影響か、殆どが禿げ上がってしまっていた。
唯一残った側頭部の毛が1対まとまって、まるで妖精の耳のようなスタイルを形づくる。
「のだっ！のだっ！のおおおおおおおおっ！だあああああああああああっ！！」
もはや人間の言葉を捨てた「彼」は、この山に潜む他の妖精を威嚇するように、咆哮する。
「彼」に殺されることを恐れて、数多の妖精が山を離れ、町に下りたのだが、すべての妖精が山を下りたわけではない。
「ここは、ぼくたち“もりのけんじゃ”のおうちさんなのだ！くちょにんげんいっぴきに、うばわせるわけには、いかないのだああああああ！！」
「のだのだのだのだ！！のだのだのだのだ！！おさずん、かっこいーのだ！！」
好戦的な妖精たちを率いる「おさずん」は、「彼」に対抗する意思を表明した。
「かずでしょうぶなのだ！いっぱいへこへこして、たくさんおちびちゃんをつくって、くちょにんげんとたたかうのだ！」
おさずんの指示で、妖精のつがいは山のいたるところに隠れた。そして、「彼」が来ないうちに子ずんを増やして、兵力を増強しようという考えのようだったが……
妖精の見込みは、甘かった。「彼」の移動速度は速く、子ずんは飛べないので、新しく生まれてもすぐに親もろとも殺されてしまうのだった。
「そ、それならば、いしさんをなげてころすのだ！！かならず、かくれてちかづいて、ころすのだ！」
おさずんは、ゲリラ戦法を試みた。真っ向から向かって行って勝てる相手ではないというのは、この山に「彼」があらわれてから、おさずんが痛感していることであったが……
妖精の見込みは、甘すぎた。妖精が持ち運べる大きさの石ならば、「彼」はやすやすとその脂肪で跳ね返してしまうのだった。それに、石を投げるために「彼」に近づくということは、その妖精が決して、生きて帰れないことを示していた。
「だ、だめなのだ……かてっこ、かてっこないのだ……」
「もう、おうちさんをまもれないのだ……くちょにんげんのまちにおりて、そっちであたらしいおうちさんをさがすのだ……」
ひとつも「彼」に有効打を与えられないまま次々に同族が死んでいく環境で、ついに妖精たちの間に厭戦ムードが漂い始めた。
「こ、このままじゃ、ぼくたち“もりのけんじゃ”のおうちさんをとりもどせないのだ……みんなを、あつめるのだ！」
危機感を覚えたおさずんは、お尻を太陽に向けて掲げ、大きな音を立てて放屁する。
ぶうううううううぅ〜〜〜〜〜っ！！
おさずんのお尻の穴から、緑色に染まった消化ガスがもうもうと立ち昇る。それは「狼煙」がわりとなって、山全体に潜伏している妖精たちをおさずんのもとへと集結させた。
「みんな、わすれたのだ！？ぼくたちは、いったい、なんなのだ？」
「もりのけんじゃ！もりのけんじゃ！ も り の け ん じ ゃ な の だ ！ ！」
「そう、ぼくたちは、“もりのけんじゃ”なのだ。だったら、あんなくちょにんげんいっぴきに、すきかってにさせては、ならないのだ！！」
「のーだのだのだ！のーだのだのだ！！」
「みんなでいっかしょにあつまって、たかいところから、いしさんをおとすのだ！！そうすれば、あのくちょにんげんもしんでくれるはずなのだ！！」
「のだのだ！！おさずん、あたまいーのだ！！」
「そのためには、くちょにんげんよりもさきに、たかいところへのぼるのだ！」
「はーいのだ！はーいのだ！！」
おさずんの演説によって勇気づけられた妖精たちは、一斉に山の頂上を目指して登り始める…………
…………わけではなかった。何を考えたか、それぞれの妖精が、今まで住んでいた巣に溜め込んでいた食糧を取りに戻ってしまったのである。
「のぼるまえに、がんばってあつめたごはんさんをもっていくのだ！これで、おちびちゃんもおなかさんをすかせなくてすむのだ！」
「おかーちゃ、おかーちゃ！うれち、うれち！！」
「さあ、いくのだ！ごはんさんがおもいから、あるいていくのだ！んちょ、んちょ……」
「にょだ、にょだ……」
欲深い妖精の習性が、仇となった。
「彼」も、妖精の不可解な行動に気づいていた。どの妖精も、まるでテントウムシのように、ひたすら高いところへ、高いところへと登っていく。
「……クッ」
妖精にしては小賢しい真似をする。そうつぶやくように「彼」は表情を険しくした。
しかし、山のいたるところに潜む妖精が一ヶ所に集結するということは、「彼」にとって逆に好都合だった。
そこを一網打尽に出来れば、邪魔な妖精はいなくなり、この山を完全に支配出来る。
だっだか、だっだか、だっだか、だっだか！！ ぷちゅっ 「のげぃっ」
「お、おちびちゃんんぐべえっ！」 ばっちゃあっ！
手始めに、目についた子ずんと親ずんを踏み潰すと、妖精たちにプレッシャーをかけるように四足歩行で走り始める「彼」。
走りながら、「彼」は、もはや忘れたはずの忌々しい出来事を思い出していた。
数か月前。「彼」が、まだ、れっきとした人間だった時のこと。
「彼」は、国際的な人道支援団体の日本人メンバーとして、紛争地域に駆り出されたのである。
そして、何とも運の悪いことに…………
2国間の大規模な戦争が始まってしまった。
もともと、異なる宗教観でたびたび争い合い、疲弊していた両国であったが、どちらかが完全に倒れるまで、争いを止めないようだった。
激しい市街戦が展開される中で、人道支援団体に出来ることは、ただ、路頭に迷った民間人を安全な国外まで避難させるため、空港へと誘導することだけであった。
ずずううううん……どおおおおおん……
戦車が撃ちあっているのだろうか、遠くの方でくぐもった爆発音がとめどなく響く。「彼」は現地の言葉で、避難民たちを勇気づけた。
＜みなさん、空港が見えてきました！もう助かります！だから、急いで……＞
ばごおおおおおん！！どしゃあああん、がらがらがら……
昨日の空爆で落とされた爆弾の中には、遅延信管式のものも混ざっていたらしい。突如、少し先の方にあるビルが爆発した。
その爆音におびえ、ひとりの男の子がしゃがみこんで泣き出してしまう。
<うわーん！うわーん！！おかあちゃん！こわいよ！しんじゃうよおおおおおお！！>
＜な、ないちゃだめよ、おちびちゃん……きっと、たすかるから、たすかるからね……＞
避難民の列が止まる。泣いている子どもを捨て置くわけにもいかず、「彼」は、泣きじゃくる子どもをおぶって、前に進む。
＜うわーん、うわーん……お、おじさん、ぼくたち、しんじゃうの……？＞
＜大丈夫だ、坊や。おじさんたちが、必ず助けてやる。だから、もう泣くな＞
＜す、すみません、うちのおちびちゃんが……＞
やがて、一行は空港までたどり着く。脱出用のチャーター機が、ちょうど到着したところだった。
＜みなさん、あれです、あれに乗りましょう！すぐに出発します！……さあ、いっておいで坊や＞
＜ぐすっ、すん……おじさん、ありがとー！！＞
＜ありがとうございます……さあおちびちゃん、おいで……＞
おぶっていた男の子を母親のもとへ送り出した「彼」は、近くを警備していた兵士に声をかける。
＜人道支援団体のものです。このたびは、誠に……＞
バルルルルルルルッ！ズドドドドドドドドドドッ！！ ……どかああんっ！！
その言葉を遮るがごとく、突如、山を越えてこちらに機銃掃射をしてきたプロペラ戦闘機があった。
ただの民間機であるチャーター機は、機銃弾の雨を浴びてあえなく爆散したのだった……
「ああっ……そんな……」
思わず、「彼」は日本語でつぶやく。ウウウウウウウウウウゥッ！！と空襲警報が鳴り響き、戦闘機パイロットたちがあわただしく出撃準備を始めた。
チャーター機に向かって滑走路を走っていた避難民たちは、絶望してその場で座り込む。
＜そ、そんな……ここまで来て！逃げられないっていうの？＞
＜うわーん、うわーん！！しにたくないよお、しにたくないよおおおおお！！＞
＜おお神よ、どうか我々をお助け下さい……＞
チャーター機を破壊した相手国側の戦闘機は、空港の設備を潰すために遣わされたようだった。
それを迎撃するため、パイロットたちが大きなプロペラを持った戦闘機に向かって走る。戦争の繰り返しで国の財政は破綻寸前で、もはや旧世代の兵器しか残っていないのである。
＜おい、民間人をどかせ！コルセアが離陸出来ないだろうが！！＞
激昂したパイロットが叫び、滑走路に座り込む避難民を殴り飛ばそうとする。「彼」は慌てて割って入る。
＜待ってください！！どうか……輸送機が余っていたりはしませんか？……私が操縦するので、彼らだけでも……＞
＜知らんな！第一、早く俺たちがあのムスタングを迎え撃たないと、俺もお前もこいつらも皆殺しだ！わかったら早く空港を出ていかせるんだ、こいつらを！＞
＜そんな……何としてでも、避難民たちは国外に出してやらねば……＞
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ……
＜ロ、ロケット弾が来たぞおおおおおおおおおおおおおおっ！！＞
新たな死の音。それは、相手国が遠くから放った、無誘導ロケット弾の雨。
あっという間に、空港は炎に包まれる。
＜うわあああああああああああああああん……＞
そして、「彼」は見てしまった。激しい爆発の中、避難民たちの体が吹き飛ぶのを。
苦痛と絶望にまみれ、命が散るのを。
次々に炸裂するロケット弾は、老若男女、軍人、民間人問わず、ただただ命を奪っていった。
「う……」
爆風で吹き飛ばされた「彼」が目を覚ますと、「彼」をかばうように覆いかぶさる戦闘機パイロット。
死んでいた。
「…………はっ、はっ、はっ、はあっ！！」
半狂乱になった「彼」は、火の海の中を走って生存者を探す。誰も、生きてはいなかった。
あの男の子も。
あんなに死にたくないと叫んでいたのに。
バラバラに千切れた死体となって、そこに在る。
……………………
何という軽い命か！
何という愚かさか、人間のおこないは！！
「のだ…………のだ…………」
何かの声がした。
「あ、あちゅい、あちゅい、のだ……のだ…………」
生存者ではなく、「妖精」だった。炎の中を、彷徨うように這いまわっている。
そういえば、聞いたことがあった。相手国は、同盟国から裏ルートで入手した大量の妖精を、使い捨ての兵士として採用していると。
これも、そうなのか。
よく見ると、妖精の背中に、発信機のようなものが埋め込まれていた。これは、座標を送るための装置…………
確信する。
この妖精が、空港に忍び込んで、ロケット弾の正確な目標地点を相手国に伝えていたんだ。
「うわああああああっ！うわ、うわあああああっ！！」 ぐちゃっ！ぐちゃっ！ぐちゃっ！！
「の、のだあああああああああああああああああああああああああああ…………」
激しい怒りとともに妖精を踏み殺したその瞬間、「彼」の中で、何かが壊れた。
妖精さえいなければ。
妖精さえいなければ、みんな助かったのに。
必ず助けるって言ったのに。
人間はみんな死んで、妖精だけが生き残った。
妖精だけが。
そうだ。自分も妖精だったんだ。
妖精だったのだ。
必ず助けるって言ったのだ。
かならずたすけるっていったのだ。
たすかったのだ。
たすかったのだ。ぼくだけ。
ぼくだけ。
のだ……
「のだああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
そのあとのことは、よく覚えていない。燃え盛る空港から、まだ稼働状態の＜コルセア＞に乗って離陸し、無我夢中で飛び続けた。
やがて＜コルセア＞の燃料タンクが完全に空になって墜落すると、海に飛び込んでひたすらに泳ぎ続けた。いつの間にか、服はなくなっていた。
何時間死に物狂いで泳いだだろうか、ようやくたどりついた陸地に上がると、山の奥へ、奥へと駆け込んだのである。
そして今。妖精たちを追い詰めるべく、「彼」はゆっくりと、山道を登る。
「く、くちょにんげんがきてるのだ！おちびちゃん、はやくついてくるのだ！」
「も、もうむりなにょだ……おとーちゃ、おんぶ、おんぶ！！」
急斜面を登り続けて疲労したか、その場にへたり込む子ずん。
「ごはんさんをもってるから、だめなのだ！ついてこないと、おいてくのだ！」
「おとーちゃのばか！ずんちゃ、だれかがおんぶしてくれるまでうごかないにょだ！」
「かってにするのだ！ほらままずん、いくのだ！」
「ご、ごめんねおちびちゃん……」
「ぷきゅううううっ！！かわいいずんちゃをおんぶしないなんて、おとーちゃもおかーちゃも、おばかしゃんなにょだ！にょーだにょだー！！」
親ずん2匹は、子ずんを見放した。意地を張って座り込んだままの子ずんも、近づいて来る「彼」に気づくと、もはや見えなくなった親ずんに助けを求めて泣き叫ぶ。
「お、お、おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おとーちゃ、おかーちゃ！！た、たしゅけてほちいにょだああああああああ……」 ぐちゅ
恐怖で足がすくんだ子ずんを無感情に踏み潰し、さらに頂上を目指す「彼」。数がまだまだ多いぶん、1匹1匹に構っている暇はない。
「まって……まって、おかーちゃくぴゅ」 じゃぐっ！ 「くちょにんげん！ずんちゃのぷきゅーをくりゃあああああああ」 どちゃっ！ 「ひゃーん、ひゃーん！ひゃーぎやああああああ！」 ばしっ！！
「彼」の通る道には、多くの子ずんが置き去りにされていた。妖精は、足の遅い我が子よりも、食糧を選んだらしい。
だが、その「選択」は無意味だ。遅かれ早かれ、この山の妖精は1匹残らず殺すのだから。
「ふっ、ふぅっ、ふっ……！！」
ついに、「彼」は山の頂上、断崖絶壁に妖精たちを追い詰めた。2本足で立ち上がり、1匹たりとも逃がさないという気迫で、鼻息荒く近づいていく。
残りの妖精は、おさずんを筆頭に30匹くらいにまで減っていた。逃げ遅れた妖精は、容赦なく「彼」が潰したからだ。
「くらえ、くちょにんげん！！ぼくたち“もりのけんじゃ”のおうちさんをかえすのだあああああああああ！！」
「えい、えい！しねえええええええええええ！！」 ぽいっぽいっぽいっぽいっ！！
おさずんの甲高い叫びを合図に、妖精たちが手にした石を投げつけ始めたが……
「…………」 ぼんっ、ぼんっ、ぼこっ…………
妖精の見込みは、どこまでも甘かった。妖精たちと「彼」との間に高低差は殆どなく、殺傷力を欠いた石は、すべて「彼」の脂肪に弾かれたのだった。
「た、たかがいっぴきのくちょにんげんに、なにができるのだあああああああああああああっ！？」
しびれを切らしたおさずんが、単独で飛び出す。それが、彼の…………そして、妖精たちの決定的な敗因だった。いや、最初から勝ち目など無きに等しかった。
「…………だあああああああああっ！！」 バキイッ！！
「ぐおうぶううううううううううううううっ…………」 どさっ……
突進するおさずんの顔面が、「彼」のシンプルなパンチによって粉砕された。絶命したおさずんの体が地面に落ちると、指揮系統を失った妖精たちは、途端に戦意を喪失する。
「う、うわああああっ！きたのだ！くちょにんげんがきたのだあああああ！！」
「や、やめちぇ！ずんちゃたちに、ひどいことしないで！！」
「ぼくたちは、“もりのけんじゃ”なのだ！こんなところでしにたくないのだあああああ！！」
「ち、ちーちーでちゃ！とまらないにょだ！！」
「し、しね！しね！しね！しね！ぷきゅうううううううううっ……」
恐怖のあまり失禁し、狂ったように叫び出す生き残りの妖精たち。もはや抵抗もしなくなったそれらを、「彼」はあくまで無感情に踏み潰していく。
「ぎいやああああああああああああああっ！いぢゆあああああああああああ！！」
ぐじゅっ、ぶちゅっ、みちいぃっ、どろおぉ……
「く、くるなくちょにんげん！！おちびちゃんは、わたさないのだ！」
あっという間に妖精たちは踏み潰され、固まっていた妖精たちの最後尾にいた親ずんと子ずんが、最後に残った。
「彼」は、妖精をこの山から根絶やしにすべく、一歩、また一歩と崖に近づいていく。「彼」の恐ろしい形相を見たのか、親ずんに抱きかかえられた子ずんがぐずり始める。
「う……うぇ、うぇ……」
「お、おちびちゃん！くちょにんげんなんか、みちゃだめなのだ！！……うわっ……」
ガラガラガラ……
子ずんを抱きかかえたまま後ずさる親ずんは、崖の淵から落ちそうになる。崩れた小さな石が、音を立てて落ちていく。
退路を断たれたことを察した子ずんが、ますます激しく泣き喚いた。
「うわーん！うわーん！！おかーちゃ！きょわいにょだ！ちんじゃうにょだあああああ！！」
「な、ないちゃだめなのだ、おちびちゃん……きっと、たすかるから、たすかるからね……」
妖精の放ったその言葉は、「彼」が忘れようとしていた、悪夢のような記憶とオーバーラップした。
避難民の母と子。
死にたくないと叫んでいた、あの男の子……
死んだ。死んだ。死んだ。
死んだ！
死んだ！
死んだ！！
「むぐぅう……ッ！！」
妖精を潰そうと、振り上げた拳が、一瞬、ためらうように止まった。膝をついて、大きく顔を歪める。
だが、今の「彼」は、人間ではない。
この厳しい自然界で、生き残るためには……
縄張りを荒らすイキモノを完全に根絶やしにする、という、徹底的な闘争本能だけを、信じるほかない。
「弱いもの」に対する慈悲の心を持った「人間性」だなんて、今の「彼」には無用の長物であった。
ただ、強く、強くなければ。強くなければ、生き残れない！！
「やめちぇ、やめちぇ、くちょにんげん！！うわああああああああああああああああああ」
「うわーん！うわーん！うわあああああああああああああああああああああああああっ！！」
びゅっ！！くちゃあっ…………
「彼」が振り下ろした拳が、抱き合ったままの妖精の親子を完全に潰す。
それだけ、だった。
「……の、のだっ、のだっ、のだっ、のだっ、のだっ…」
おもむろに立ち上がった「彼」は、空を仰いで笑うように体を揺らす。
そして、殺した妖精の死骸ふたつを持ち上げると、流れ落ちる臓物や体液を、自分の体にべちゃべちゃと塗りたくり始める。妖精の返り血を浴びて緑色に染まった裸体が、さらに緑色に塗りあげられていく。
妖精たちは、自分たちのことを「もりのけんじゃ」と呼んでいた。その妖精たちを全滅させ、この山を完全に支配した今となっては…………
「彼」こそが、真の「もりのけんじゃ」であった。
「……なあ、妖精の巣を乗っ取る人間なんて、ホントにいるのかな、不安になってきた」
「それ言っちゃったら、ここまで来た意味がないだろっ？いるって信じればさ、いるんだよっ、きっと！！」
「マジだりぃ〜。足疲れたし、もう帰ろうよ？」
この町のうわさ話を聞いて山に分け入った、3人の若者がいた。男ふたりは、ツチノコのような「UMA」を探す感覚で、ワクワクしているようだったが……
長く続く山道に不満を漏らすひとりの女は、ただ怖いもの見たさでついてきただけのようだった。
3人は、最悪なカタチで「彼」と対面することになる。
「……お花摘んでくる」
「ごゆっくりどうぞ。オレたちは見ないから安心して出してきな」
「なんでそう、ノンデリかなぁ〜？死ねよマジで」
女が用を足すために茂みへ分け入った時のことだった。
がさっ……
「のだっ……？」
「ひっ…………？！」
素っ裸の中年男性と、鉢合わせしてしまったのである。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！？へ、へ、へっ、変質者ああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
ぶしゅううううううううっ！！
すかさず、肌身離さず持っていた殺虫スプレーを噴射する女。高初速で放たれたその薬剤は、中年男性の顔を直撃した。
「のだああああっ！」 ばたんっ……
予想もしていなかった攻撃を食らい、仰向けに倒れる中年男性。半狂乱になった女は、立ち上がるとさらに殺虫スプレーを噴射し続ける。
「のだあああああああああああああああっ！！ぐあああああああああああああああああああああああああああああっ…………」
「死ねっ！死ねっ！キモおじっ！！この変質者ああああああああああああっ！！」
「なんだっ！？なんだ……なんだってんだよぉ！？……はっ！？」
「えっ…………こ、これって…………」
女の絶叫を聞きつけた男ふたりが駆け寄ってくる。そして、女がなおも薬剤を浴びせているその存在を目に入れるや、絶句した。
「お、おじ……さん…………だよな、どう見ても……」
「な、なんで、裸………？み、緑色……？」
「きゃあああああああああああああああっ！マ、マジ無理っ！キモい！死ねっ！死ね死ね死ね！！このっ、ノゾキが！変質者が！キモおじがああああああっ！！」
「お、おい、落ち着けって……」
女は、殺虫スプレーの缶が完全に空になるまで、薬剤を浴びせ続けた。倒れた中年男性は、既に動かなくなっていた。
「はあっ！はあっ！……はあ…………こ、こいつ……し、死んだ……？」
「わ、わかんねえ……だけど、何でおじさんがこんなところに……？」
「もしかして、これが、“妖精の巣を乗っ取る人間”……？ホ、ホントに妖精みたいな姿だ……」
「なわけ！どう考えたって、女性のトイレを覗くのが趣味の、ただのキモおじに決まってるって！！うっわマジ最低……こんな山、早く降りよ」
もはやピクリとも動かぬ中年男性を置いて、足早にその場を離れる若者たち。
「ケ、ケーサツに言おうぜ……ひ、人殺しにならないよな、これ」
「マ、マジかよ、内定もらったあとなのに……逮捕だけは勘弁だわ……通報しない方がいいかもよ……」
「通報しよっ！！こんなところで待ち伏せしてるキモおじの方が100悪いって！！正当防衛でウチは無罪だって！被害者だよ！！何もされなくてよかった、マジで…………」
話し合いの余地なんてあったものではない。現代の若者……特に女性は、中年男性に対して、かなりの嫌悪感を抱いている傾向が強いのである。
中年男性………………「もりのけんじゃ」としての「彼」も、人間社会の価値観においては、「ただの変質者」と見られてしまったのであった。
「おまわりさん！！助けてください！！」
「あの山に、あの山に、変質者が！！」
「素っ裸で！体は緑色だった！まるで、妖精みたいな……！！」
そして、山を下りて交番に駆け込んだ若者3人は、口々に同じことを言うのである。
妖精人間が出た、と。
〜終〜
☆むらさき様の『おじさんにおうち取られたのだ』のイラスト、まだ見てないよという方はぜひご覧くださいね！！
（『むらさきが描いたやつまとめ15』より）
むらさき様が先日投稿されたR-18Gイラスト『むらさきが描いたやつまとめ15』内でも特にインパクトの強いイラスト『おじさんにおうち取られたのだ』を参考に、自分なりにストーリーを組み立ててみました。
「妖精が人間の家を乗っ取ろうとするなら、それとは逆に、妖精の家を乗っ取ろうとする人間がいてもおかしくないのではないか？」という会話の流れだったと記憶しております。
素晴らしいアイデアを出していただいた先輩クリエイター様方、誠にありがとうございます！！
ギャグ風にまとめるか重苦しい設定にするか迷いましたが、どうかお楽しみくださいませ。
※11/12追記 リンクを追加しました！！
………………
「出てけっ！クズ妖精！！ここはお前らの家じゃねえよ！！」
「のだぁっ！いちゃいいちゃい！」 どさどさっ……
焼き鳥屋の店主が怒鳴り、追い立てられた妖精たちが通りに転がり出てくる。
この町ではもはや、珍しくない光景だ。ここ数か月で、町で目撃・駆除される妖精の数は以前の3倍にも増えた。
そして信じ難いことに、どの妖精も、口々に同じことを言うのである。
「おやまさんにあるぼくたちのおうちさんが、くちょにんげんにのっとられたのだ！！」
無論、人々はそれを信じるわけもなかった。自分たちの利益のためなら平気でウソをつく妖精のことだ。その言葉をまんまと信じるお人好しも、そういるものではない。
「バカ言うなよ！同情を誘おうったってそうはいかないぜ……だいたい、わざわざお前らの巣を乗っ取ろうなんて物好きはいねえよ」
「くちょにんげんは、いつもおうちさんがあってなまいきなのだ！！ぼくたちのおうちさん、よこすのだ！」
「害獣がいっちょまえに住居を要求してんじゃねえよ！ゴミ捨て場にでも寝てろ」
「だから、ここをぼくたちのあたらしいおうちさんにするってきめたのだ！おにくさんもあって、これからうまれてくるおちびちゃんたちもしあわせなのだ！」
「勝手に決めつけんじゃねえ！最初から俺の店だっ、ここわぁっ！！」 ぐじゃっ！ぐじゃっ！
「あぎゃがああああああああああああああああああああああああああああああああ！！」
……町の妖精が増えたぶん、それだけ殺される数も増えた。
それでも、山に帰れない事情があるのか、妖精たちは何とかして定住場所を見つけようと、町を飛び回った。
「きゃあっ！？何で、ガラスが……」
「おいくちょにんげん！なに、はいってきてるのだ！ここは、ぼくたちのおうちさんになったのだ！とっとと、でていくのだ！」
石を投げ、留守の住居の窓ガラスを割って侵入した挙句、帰ってきた住人を侵入者扱いする妖精。
「のだのだのだのだのだのだのだのだ！！」
「まずい！妖精だ！……おい、窓を閉めろ！入ってくるぞ！」
「すぐだ、すぐにもだ！わたちをむかえいれるのだあああああああああああああああああ！！」
がしゃあああああああん！！
ガラスに頭突きして、強引に侵入することを覚えた妖精。
「のだのだのだのだ！！ぼくたちのごはんさんをまもるのだあああああああああ！！」
「ここには、あのくちょにんげんもこないからあんしんなのだ！ずーん……ずぅーん……」
他にも、妖精の大群にコンビニが占拠されたり、遊歩道が妖精で埋め尽くされたり等、町の治安は、多数の妖精が来たことによってかなり悪化していた。
「おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！ぺこぺこ、ぺこぺこ！！」
「に、にんげんしゃん……おねがいなのだ！おちびちゃんがおなかをすかせているのだ！どうか、ごはんさんを……」
「朝からうるせえな害獣が！ほら、子ずんよこせよ」
「お、おちびちゃんよかったね……にんげんしゃんが、ごはんさんくれるって……」
「死ね」 ごりっ！！
「おぎゃー、おぎゅあああああああああああああああああああ！！」 べちょ……
駅前のロータリーでは、多数のメス妖精が、空腹で泣き喚く子ずんを抱えて、道行く人々に「ごはんさん」の施しを求めている。妖精の飛来によって心が荒んだ人々は、それらの妖精を殺すことで、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのであった。
「しょ……しょんな、おち、おちびちゃん……ぼ、ぼくたちは、“なんみん”なのだ！どうして、そんな、ひどいこと、できるちゃ！」
「難民だぁ！？どの口が言ってる！おおかた、山の食べ物を食い尽くして降りてきただけだろうが！こういうの、自業自得っていうんだぜ？わかったらとっとと町から出てけよクズ妖精が！！」
「ほ、ほんとうなのだ！ぼくたちのおうちさんは、くちょにんげんにのっとられたのだ……」
「示し合わせたように同じこと言いやがって気持ち悪い！！何でも俺たち人間のせいにしやがって！じゃあ、お前らは無実か！？違うよなあっ！？何かお前らが好き勝手にしでかすことで、事態はどんどん悪くなっていくんだ！！」
「や、やめちぇ……な、“なんみん”には、やさしくしなきゃ、だめなのだ……」
「お前らは難民なんかじゃねえ！思い上がるな、害獣があああああああああ！！」 ずちゅううっ！！
「ごぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお！！」
多くのサラリーマンの革靴に付着した妖精の体液が、通勤電車の床にべったりと尾を引いていた。誰もが、町を散々に荒らした妖精に良い感情を持っていなかったのである。
実は、「のっとられた」という妖精の言葉は、半分間違っているようでいて、半分あたっていた。
だが、普段のおこないのせいで、人間が誰もそれを信じなかったというのは、害獣の宿命であろうか……
妖精人間
「彼」の1日は、崖の上に立っての咆哮から始まる。
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉ〜〜〜だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜！！」
一糸まとわぬその体が大きくのけぞり、自身の存在感をアピールする。さながら、獲物の脊椎を引き抜いて勝鬨をあげるプレデターのようだ。
それが終わると、四つん這いになった「彼」は器用に木によじ登り、縄張りのパトロールを始める。
この山全体が、「彼」の縄張りだ。1日の長い時間を、パトロールに費やす。
だっだか、だっだか、だっだか、だっだか、だっだか！！
通常の人間なら数時間かけて登るような急斜面を、いとも簡単に駆け上がる裸体。
力強いその手足が、しっかりと山肌を掴んで離さない。
「……むっ」
やがて、その鋭い目は異変に気付く。
遠く離れた岩山の上。この山に新しく飛来したのか、無警戒な妖精の家族が営巣を始めていた。
「……やったのだままずん！いまから、ここをぼくたちのおうちさんにするのだ！」
「おちびちゃんたち！これからごはんさんをとってくるのだ！いいこにしてまってるのだ！」
「はーいのだ！はーいのだ！」
五感をフルに働かせた「彼」は、遠くから聞こえるその会話の様子を聞いて歯ぎしりする。許可なく、自分の縄張りに営巣した罪は重い。
だっだか、だっだか、だっだか、だっだか、だっだか！！
「彼」は妖精までのおおよその距離を測ると、肉食動物のように一気に接近する。
そして片腕を振り上げると、岩の上で胎動していた4匹の子ずんをまとめて潰した。まるでみずみずしいトマトのように子ずんが破裂し、体中の穴という穴から、体液と臓物と排泄物をまき散らす。
びゅっ！ぐじゃあああっ！ 「にょでええええええええぃあああああああああああああっ！！」
「ああああああああああああああああああああっ！」
「お、おちっち、おちびちゃん、おちびちゃんがああああっ！！」
怖気づく妖精の前に、四つん這いのまま、ぬうっと顔を突き出した「彼」は、妖精の何倍も大きかった。その眼球がぐぐっと動き、妖精と目を合わせる。
「こ、こいつなんなのだ！？よくも、よくもおちびちゃんをおおおおおおお！」
「しねえええええ！ぼくたちのぐるぐるぱんちをくらってしぬのだあああああ！！」
ぽかぽかっ、ぽかぽかっ……
恐怖よりも一瞬のうちに子ずんを殺された怒りが勝ったか、2匹の妖精はその裸体へと猛烈な打撃を浴びせる。
少し体を起こした「彼」は、その豊満なお腹で、妖精の執拗なまでの「ぐるぐるぱんち」を全て受け止めた。
「はぁ、はあ……ど、どうしてちゃ、どうしてしなないちゃ！！のだっ？」 がしっ！
「はあはあ！ぐるぐるぱんちがきかないちゃ！！うわっ！」 がしっ！
自慢の攻撃が全く通用しないことに絶望した妖精を、「彼」は容赦なく掴み上げる。
そして……
ぎゅぎゅううっ！ぶりゅりゅううううっ！ ぽいっ！！
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
両手に掴んだ妖精の腹を握りつぶすと、その2匹を崖の下に放り投げたのであった。
「ふうっ……ふうっ………」
ひと仕事終えた「彼」は、妖精に対する憎しみの気持ちを込めて、荒く呼吸を繰り返す。
「彼」は……いや、今となってはそれも疑わしいが…………人間であった。
立ち上がったその身長は、およそ165センチ。
山中での生活で鍛え上げられた四肢には、がっちりとした筋肉と、衝撃を受け止めるための脂肪がバランスよくついている。何よりも、そのお腹は、敵対する存在が放つすべての打撃を受け止めんばかりの脂肪を蓄え、でっぷりと張り出していた。
そして、人間特有の頭髪は、厳しい風雨にさらされた影響か、殆どが禿げ上がってしまっていた。
唯一残った側頭部の毛が1対まとまって、まるで妖精の耳のようなスタイルを形づくる。
「のだっ！のだっ！のおおおおおおおおっ！だあああああああああああっ！！」
もはや人間の言葉を捨てた「彼」は、この山に潜む他の妖精を威嚇するように、咆哮する。
「彼」に殺されることを恐れて、数多の妖精が山を離れ、町に下りたのだが、すべての妖精が山を下りたわけではない。
「ここは、ぼくたち“もりのけんじゃ”のおうちさんなのだ！くちょにんげんいっぴきに、うばわせるわけには、いかないのだああああああ！！」
「のだのだのだのだ！！のだのだのだのだ！！おさずん、かっこいーのだ！！」
好戦的な妖精たちを率いる「おさずん」は、「彼」に対抗する意思を表明した。
「かずでしょうぶなのだ！いっぱいへこへこして、たくさんおちびちゃんをつくって、くちょにんげんとたたかうのだ！」
おさずんの指示で、妖精のつがいは山のいたるところに隠れた。そして、「彼」が来ないうちに子ずんを増やして、兵力を増強しようという考えのようだったが……
妖精の見込みは、甘かった。「彼」の移動速度は速く、子ずんは飛べないので、新しく生まれてもすぐに親もろとも殺されてしまうのだった。
「そ、それならば、いしさんをなげてころすのだ！！かならず、かくれてちかづいて、ころすのだ！」
おさずんは、ゲリラ戦法を試みた。真っ向から向かって行って勝てる相手ではないというのは、この山に「彼」があらわれてから、おさずんが痛感していることであったが……
妖精の見込みは、甘すぎた。妖精が持ち運べる大きさの石ならば、「彼」はやすやすとその脂肪で跳ね返してしまうのだった。それに、石を投げるために「彼」に近づくということは、その妖精が決して、生きて帰れないことを示していた。
「だ、だめなのだ……かてっこ、かてっこないのだ……」
「もう、おうちさんをまもれないのだ……くちょにんげんのまちにおりて、そっちであたらしいおうちさんをさがすのだ……」
ひとつも「彼」に有効打を与えられないまま次々に同族が死んでいく環境で、ついに妖精たちの間に厭戦ムードが漂い始めた。
「こ、このままじゃ、ぼくたち“もりのけんじゃ”のおうちさんをとりもどせないのだ……みんなを、あつめるのだ！」
危機感を覚えたおさずんは、お尻を太陽に向けて掲げ、大きな音を立てて放屁する。
ぶうううううううぅ〜〜〜〜〜っ！！
おさずんのお尻の穴から、緑色に染まった消化ガスがもうもうと立ち昇る。それは「狼煙」がわりとなって、山全体に潜伏している妖精たちをおさずんのもとへと集結させた。
「みんな、わすれたのだ！？ぼくたちは、いったい、なんなのだ？」
「もりのけんじゃ！もりのけんじゃ！ も り の け ん じ ゃ な の だ ！ ！」
「そう、ぼくたちは、“もりのけんじゃ”なのだ。だったら、あんなくちょにんげんいっぴきに、すきかってにさせては、ならないのだ！！」
「のーだのだのだ！のーだのだのだ！！」
「みんなでいっかしょにあつまって、たかいところから、いしさんをおとすのだ！！そうすれば、あのくちょにんげんもしんでくれるはずなのだ！！」
「のだのだ！！おさずん、あたまいーのだ！！」
「そのためには、くちょにんげんよりもさきに、たかいところへのぼるのだ！」
「はーいのだ！はーいのだ！！」
おさずんの演説によって勇気づけられた妖精たちは、一斉に山の頂上を目指して登り始める…………
…………わけではなかった。何を考えたか、それぞれの妖精が、今まで住んでいた巣に溜め込んでいた食糧を取りに戻ってしまったのである。
「のぼるまえに、がんばってあつめたごはんさんをもっていくのだ！これで、おちびちゃんもおなかさんをすかせなくてすむのだ！」
「おかーちゃ、おかーちゃ！うれち、うれち！！」
「さあ、いくのだ！ごはんさんがおもいから、あるいていくのだ！んちょ、んちょ……」
「にょだ、にょだ……」
欲深い妖精の習性が、仇となった。
「彼」も、妖精の不可解な行動に気づいていた。どの妖精も、まるでテントウムシのように、ひたすら高いところへ、高いところへと登っていく。
「……クッ」
妖精にしては小賢しい真似をする。そうつぶやくように「彼」は表情を険しくした。
しかし、山のいたるところに潜む妖精が一ヶ所に集結するということは、「彼」にとって逆に好都合だった。
そこを一網打尽に出来れば、邪魔な妖精はいなくなり、この山を完全に支配出来る。
だっだか、だっだか、だっだか、だっだか！！ ぷちゅっ 「のげぃっ」
「お、おちびちゃんんぐべえっ！」 ばっちゃあっ！
手始めに、目についた子ずんと親ずんを踏み潰すと、妖精たちにプレッシャーをかけるように四足歩行で走り始める「彼」。
走りながら、「彼」は、もはや忘れたはずの忌々しい出来事を思い出していた。
数か月前。「彼」が、まだ、れっきとした人間だった時のこと。
「彼」は、国際的な人道支援団体の日本人メンバーとして、紛争地域に駆り出されたのである。
そして、何とも運の悪いことに…………
2国間の大規模な戦争が始まってしまった。
もともと、異なる宗教観でたびたび争い合い、疲弊していた両国であったが、どちらかが完全に倒れるまで、争いを止めないようだった。
激しい市街戦が展開される中で、人道支援団体に出来ることは、ただ、路頭に迷った民間人を安全な国外まで避難させるため、空港へと誘導することだけであった。
ずずううううん……どおおおおおん……
戦車が撃ちあっているのだろうか、遠くの方でくぐもった爆発音がとめどなく響く。「彼」は現地の言葉で、避難民たちを勇気づけた。
＜みなさん、空港が見えてきました！もう助かります！だから、急いで……＞
ばごおおおおおん！！どしゃあああん、がらがらがら……
昨日の空爆で落とされた爆弾の中には、遅延信管式のものも混ざっていたらしい。突如、少し先の方にあるビルが爆発した。
その爆音におびえ、ひとりの男の子がしゃがみこんで泣き出してしまう。
<うわーん！うわーん！！おかあちゃん！こわいよ！しんじゃうよおおおおおお！！>
＜な、ないちゃだめよ、おちびちゃん……きっと、たすかるから、たすかるからね……＞
避難民の列が止まる。泣いている子どもを捨て置くわけにもいかず、「彼」は、泣きじゃくる子どもをおぶって、前に進む。
＜うわーん、うわーん……お、おじさん、ぼくたち、しんじゃうの……？＞
＜大丈夫だ、坊や。おじさんたちが、必ず助けてやる。だから、もう泣くな＞
＜す、すみません、うちのおちびちゃんが……＞
やがて、一行は空港までたどり着く。脱出用のチャーター機が、ちょうど到着したところだった。
＜みなさん、あれです、あれに乗りましょう！すぐに出発します！……さあ、いっておいで坊や＞
＜ぐすっ、すん……おじさん、ありがとー！！＞
＜ありがとうございます……さあおちびちゃん、おいで……＞
おぶっていた男の子を母親のもとへ送り出した「彼」は、近くを警備していた兵士に声をかける。
＜人道支援団体のものです。このたびは、誠に……＞
バルルルルルルルッ！ズドドドドドドドドドドッ！！ ……どかああんっ！！
その言葉を遮るがごとく、突如、山を越えてこちらに機銃掃射をしてきたプロペラ戦闘機があった。
ただの民間機であるチャーター機は、機銃弾の雨を浴びてあえなく爆散したのだった……
「ああっ……そんな……」
思わず、「彼」は日本語でつぶやく。ウウウウウウウウウウゥッ！！と空襲警報が鳴り響き、戦闘機パイロットたちがあわただしく出撃準備を始めた。
チャーター機に向かって滑走路を走っていた避難民たちは、絶望してその場で座り込む。
＜そ、そんな……ここまで来て！逃げられないっていうの？＞
＜うわーん、うわーん！！しにたくないよお、しにたくないよおおおおお！！＞
＜おお神よ、どうか我々をお助け下さい……＞
チャーター機を破壊した相手国側の戦闘機は、空港の設備を潰すために遣わされたようだった。
それを迎撃するため、パイロットたちが大きなプロペラを持った戦闘機に向かって走る。戦争の繰り返しで国の財政は破綻寸前で、もはや旧世代の兵器しか残っていないのである。
＜おい、民間人をどかせ！コルセアが離陸出来ないだろうが！！＞
激昂したパイロットが叫び、滑走路に座り込む避難民を殴り飛ばそうとする。「彼」は慌てて割って入る。
＜待ってください！！どうか……輸送機が余っていたりはしませんか？……私が操縦するので、彼らだけでも……＞
＜知らんな！第一、早く俺たちがあのムスタングを迎え撃たないと、俺もお前もこいつらも皆殺しだ！わかったら早く空港を出ていかせるんだ、こいつらを！＞
＜そんな……何としてでも、避難民たちは国外に出してやらねば……＞
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ……
＜ロ、ロケット弾が来たぞおおおおおおおおおおおおおおっ！！＞
新たな死の音。それは、相手国が遠くから放った、無誘導ロケット弾の雨。
あっという間に、空港は炎に包まれる。
＜うわあああああああああああああああん……＞
そして、「彼」は見てしまった。激しい爆発の中、避難民たちの体が吹き飛ぶのを。
苦痛と絶望にまみれ、命が散るのを。
次々に炸裂するロケット弾は、老若男女、軍人、民間人問わず、ただただ命を奪っていった。
「う……」
爆風で吹き飛ばされた「彼」が目を覚ますと、「彼」をかばうように覆いかぶさる戦闘機パイロット。
死んでいた。
「…………はっ、はっ、はっ、はあっ！！」
半狂乱になった「彼」は、火の海の中を走って生存者を探す。誰も、生きてはいなかった。
あの男の子も。
あんなに死にたくないと叫んでいたのに。
バラバラに千切れた死体となって、そこに在る。
……………………
何という軽い命か！
何という愚かさか、人間のおこないは！！
「のだ…………のだ…………」
何かの声がした。
「あ、あちゅい、あちゅい、のだ……のだ…………」
生存者ではなく、「妖精」だった。炎の中を、彷徨うように這いまわっている。
そういえば、聞いたことがあった。相手国は、同盟国から裏ルートで入手した大量の妖精を、使い捨ての兵士として採用していると。
これも、そうなのか。
よく見ると、妖精の背中に、発信機のようなものが埋め込まれていた。これは、座標を送るための装置…………
確信する。
この妖精が、空港に忍び込んで、ロケット弾の正確な目標地点を相手国に伝えていたんだ。
「うわああああああっ！うわ、うわあああああっ！！」 ぐちゃっ！ぐちゃっ！ぐちゃっ！！
「の、のだあああああああああああああああああああああああああああ…………」
激しい怒りとともに妖精を踏み殺したその瞬間、「彼」の中で、何かが壊れた。
妖精さえいなければ。
妖精さえいなければ、みんな助かったのに。
必ず助けるって言ったのに。
人間はみんな死んで、妖精だけが生き残った。
妖精だけが。
そうだ。自分も妖精だったんだ。
妖精だったのだ。
必ず助けるって言ったのだ。
かならずたすけるっていったのだ。
たすかったのだ。
たすかったのだ。ぼくだけ。
ぼくだけ。
のだ……
「のだああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
そのあとのことは、よく覚えていない。燃え盛る空港から、まだ稼働状態の＜コルセア＞に乗って離陸し、無我夢中で飛び続けた。
やがて＜コルセア＞の燃料タンクが完全に空になって墜落すると、海に飛び込んでひたすらに泳ぎ続けた。いつの間にか、服はなくなっていた。
何時間死に物狂いで泳いだだろうか、ようやくたどりついた陸地に上がると、山の奥へ、奥へと駆け込んだのである。
そして今。妖精たちを追い詰めるべく、「彼」はゆっくりと、山道を登る。
「く、くちょにんげんがきてるのだ！おちびちゃん、はやくついてくるのだ！」
「も、もうむりなにょだ……おとーちゃ、おんぶ、おんぶ！！」
急斜面を登り続けて疲労したか、その場にへたり込む子ずん。
「ごはんさんをもってるから、だめなのだ！ついてこないと、おいてくのだ！」
「おとーちゃのばか！ずんちゃ、だれかがおんぶしてくれるまでうごかないにょだ！」
「かってにするのだ！ほらままずん、いくのだ！」
「ご、ごめんねおちびちゃん……」
「ぷきゅううううっ！！かわいいずんちゃをおんぶしないなんて、おとーちゃもおかーちゃも、おばかしゃんなにょだ！にょーだにょだー！！」
親ずん2匹は、子ずんを見放した。意地を張って座り込んだままの子ずんも、近づいて来る「彼」に気づくと、もはや見えなくなった親ずんに助けを求めて泣き叫ぶ。
「お、お、おぎゃーおぎゃー！おぎゃーおぎゃー！おとーちゃ、おかーちゃ！！た、たしゅけてほちいにょだああああああああ……」 ぐちゅ
恐怖で足がすくんだ子ずんを無感情に踏み潰し、さらに頂上を目指す「彼」。数がまだまだ多いぶん、1匹1匹に構っている暇はない。
「まって……まって、おかーちゃくぴゅ」 じゃぐっ！ 「くちょにんげん！ずんちゃのぷきゅーをくりゃあああああああ」 どちゃっ！ 「ひゃーん、ひゃーん！ひゃーぎやああああああ！」 ばしっ！！
「彼」の通る道には、多くの子ずんが置き去りにされていた。妖精は、足の遅い我が子よりも、食糧を選んだらしい。
だが、その「選択」は無意味だ。遅かれ早かれ、この山の妖精は1匹残らず殺すのだから。
「ふっ、ふぅっ、ふっ……！！」
ついに、「彼」は山の頂上、断崖絶壁に妖精たちを追い詰めた。2本足で立ち上がり、1匹たりとも逃がさないという気迫で、鼻息荒く近づいていく。
残りの妖精は、おさずんを筆頭に30匹くらいにまで減っていた。逃げ遅れた妖精は、容赦なく「彼」が潰したからだ。
「くらえ、くちょにんげん！！ぼくたち“もりのけんじゃ”のおうちさんをかえすのだあああああああああ！！」
「えい、えい！しねえええええええええええ！！」 ぽいっぽいっぽいっぽいっ！！
おさずんの甲高い叫びを合図に、妖精たちが手にした石を投げつけ始めたが……
「…………」 ぼんっ、ぼんっ、ぼこっ…………
妖精の見込みは、どこまでも甘かった。妖精たちと「彼」との間に高低差は殆どなく、殺傷力を欠いた石は、すべて「彼」の脂肪に弾かれたのだった。
「た、たかがいっぴきのくちょにんげんに、なにができるのだあああああああああああああっ！？」
しびれを切らしたおさずんが、単独で飛び出す。それが、彼の…………そして、妖精たちの決定的な敗因だった。いや、最初から勝ち目など無きに等しかった。
「…………だあああああああああっ！！」 バキイッ！！
「ぐおうぶううううううううううううううっ…………」 どさっ……
突進するおさずんの顔面が、「彼」のシンプルなパンチによって粉砕された。絶命したおさずんの体が地面に落ちると、指揮系統を失った妖精たちは、途端に戦意を喪失する。
「う、うわああああっ！きたのだ！くちょにんげんがきたのだあああああ！！」
「や、やめちぇ！ずんちゃたちに、ひどいことしないで！！」
「ぼくたちは、“もりのけんじゃ”なのだ！こんなところでしにたくないのだあああああ！！」
「ち、ちーちーでちゃ！とまらないにょだ！！」
「し、しね！しね！しね！しね！ぷきゅうううううううううっ……」
恐怖のあまり失禁し、狂ったように叫び出す生き残りの妖精たち。もはや抵抗もしなくなったそれらを、「彼」はあくまで無感情に踏み潰していく。
「ぎいやああああああああああああああっ！いぢゆあああああああああああ！！」
ぐじゅっ、ぶちゅっ、みちいぃっ、どろおぉ……
「く、くるなくちょにんげん！！おちびちゃんは、わたさないのだ！」
あっという間に妖精たちは踏み潰され、固まっていた妖精たちの最後尾にいた親ずんと子ずんが、最後に残った。
「彼」は、妖精をこの山から根絶やしにすべく、一歩、また一歩と崖に近づいていく。「彼」の恐ろしい形相を見たのか、親ずんに抱きかかえられた子ずんがぐずり始める。
「う……うぇ、うぇ……」
「お、おちびちゃん！くちょにんげんなんか、みちゃだめなのだ！！……うわっ……」
ガラガラガラ……
子ずんを抱きかかえたまま後ずさる親ずんは、崖の淵から落ちそうになる。崩れた小さな石が、音を立てて落ちていく。
退路を断たれたことを察した子ずんが、ますます激しく泣き喚いた。
「うわーん！うわーん！！おかーちゃ！きょわいにょだ！ちんじゃうにょだあああああ！！」
「な、ないちゃだめなのだ、おちびちゃん……きっと、たすかるから、たすかるからね……」
妖精の放ったその言葉は、「彼」が忘れようとしていた、悪夢のような記憶とオーバーラップした。
避難民の母と子。
死にたくないと叫んでいた、あの男の子……
死んだ。死んだ。死んだ。
死んだ！
死んだ！
死んだ！！
「むぐぅう……ッ！！」
妖精を潰そうと、振り上げた拳が、一瞬、ためらうように止まった。膝をついて、大きく顔を歪める。
だが、今の「彼」は、人間ではない。
この厳しい自然界で、生き残るためには……
縄張りを荒らすイキモノを完全に根絶やしにする、という、徹底的な闘争本能だけを、信じるほかない。
「弱いもの」に対する慈悲の心を持った「人間性」だなんて、今の「彼」には無用の長物であった。
ただ、強く、強くなければ。強くなければ、生き残れない！！
「やめちぇ、やめちぇ、くちょにんげん！！うわああああああああああああああああああ」
「うわーん！うわーん！うわあああああああああああああああああああああああああっ！！」
びゅっ！！くちゃあっ…………
「彼」が振り下ろした拳が、抱き合ったままの妖精の親子を完全に潰す。
それだけ、だった。
「……の、のだっ、のだっ、のだっ、のだっ、のだっ…」
おもむろに立ち上がった「彼」は、空を仰いで笑うように体を揺らす。
そして、殺した妖精の死骸ふたつを持ち上げると、流れ落ちる臓物や体液を、自分の体にべちゃべちゃと塗りたくり始める。妖精の返り血を浴びて緑色に染まった裸体が、さらに緑色に塗りあげられていく。
妖精たちは、自分たちのことを「もりのけんじゃ」と呼んでいた。その妖精たちを全滅させ、この山を完全に支配した今となっては…………
「彼」こそが、真の「もりのけんじゃ」であった。
「……なあ、妖精の巣を乗っ取る人間なんて、ホントにいるのかな、不安になってきた」
「それ言っちゃったら、ここまで来た意味がないだろっ？いるって信じればさ、いるんだよっ、きっと！！」
「マジだりぃ〜。足疲れたし、もう帰ろうよ？」
この町のうわさ話を聞いて山に分け入った、3人の若者がいた。男ふたりは、ツチノコのような「UMA」を探す感覚で、ワクワクしているようだったが……
長く続く山道に不満を漏らすひとりの女は、ただ怖いもの見たさでついてきただけのようだった。
3人は、最悪なカタチで「彼」と対面することになる。
「……お花摘んでくる」
「ごゆっくりどうぞ。オレたちは見ないから安心して出してきな」
「なんでそう、ノンデリかなぁ〜？死ねよマジで」
女が用を足すために茂みへ分け入った時のことだった。
がさっ……
「のだっ……？」
「ひっ…………？！」
素っ裸の中年男性と、鉢合わせしてしまったのである。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ！？へ、へ、へっ、変質者ああああああああああああああああああああああああああああっ！！」
ぶしゅううううううううっ！！
すかさず、肌身離さず持っていた殺虫スプレーを噴射する女。高初速で放たれたその薬剤は、中年男性の顔を直撃した。
「のだああああっ！」 ばたんっ……
予想もしていなかった攻撃を食らい、仰向けに倒れる中年男性。半狂乱になった女は、立ち上がるとさらに殺虫スプレーを噴射し続ける。
「のだあああああああああああああああっ！！ぐあああああああああああああああああああああああああああああっ…………」
「死ねっ！死ねっ！キモおじっ！！この変質者ああああああああああああっ！！」
「なんだっ！？なんだ……なんだってんだよぉ！？……はっ！？」
「えっ…………こ、これって…………」
女の絶叫を聞きつけた男ふたりが駆け寄ってくる。そして、女がなおも薬剤を浴びせているその存在を目に入れるや、絶句した。
「お、おじ……さん…………だよな、どう見ても……」
「な、なんで、裸………？み、緑色……？」
「きゃあああああああああああああああっ！マ、マジ無理っ！キモい！死ねっ！死ね死ね死ね！！このっ、ノゾキが！変質者が！キモおじがああああああっ！！」
「お、おい、落ち着けって……」
女は、殺虫スプレーの缶が完全に空になるまで、薬剤を浴びせ続けた。倒れた中年男性は、既に動かなくなっていた。
「はあっ！はあっ！……はあ…………こ、こいつ……し、死んだ……？」
「わ、わかんねえ……だけど、何でおじさんがこんなところに……？」
「もしかして、これが、“妖精の巣を乗っ取る人間”……？ホ、ホントに妖精みたいな姿だ……」
「なわけ！どう考えたって、女性のトイレを覗くのが趣味の、ただのキモおじに決まってるって！！うっわマジ最低……こんな山、早く降りよ」
もはやピクリとも動かぬ中年男性を置いて、足早にその場を離れる若者たち。
「ケ、ケーサツに言おうぜ……ひ、人殺しにならないよな、これ」
「マ、マジかよ、内定もらったあとなのに……逮捕だけは勘弁だわ……通報しない方がいいかもよ……」
「通報しよっ！！こんなところで待ち伏せしてるキモおじの方が100悪いって！！正当防衛でウチは無罪だって！被害者だよ！！何もされなくてよかった、マジで…………」
話し合いの余地なんてあったものではない。現代の若者……特に女性は、中年男性に対して、かなりの嫌悪感を抱いている傾向が強いのである。
中年男性………………「もりのけんじゃ」としての「彼」も、人間社会の価値観においては、「ただの変質者」と見られてしまったのであった。
「おまわりさん！！助けてください！！」
「あの山に、あの山に、変質者が！！」
「素っ裸で！体は緑色だった！まるで、妖精みたいな……！！」
そして、山を下りて交番に駆け込んだ若者3人は、口々に同じことを言うのである。
妖精人間が出た、と。
〜終〜
☆むらさき様の『おじさんにおうち取られたのだ』のイラスト、まだ見てないよという方はぜひご覧くださいね！！
（『むらさきが描いたやつまとめ15』より）
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このページへのコメント
はじめにむらさきさんの絵を見たときはなんか変質者がいる、くらいの感覚でしたが、ちゃんとこの男なりの辛い事情があったのか‥。
山に住む妖精ずんをみなごろしにしてから頂点に立ったと思いきや、人間社会の尺度でやはり「変質者」扱いされてあっけなくなくなってしまったのはなんというか、無情という感じですね。
コメントありがとうございます。本作はあくまで、いち視聴者の独自解釈ですので……！！皆さんの心の中に、それぞれのおじさん像があると思います(？)
人間に失望したひとりの人間の苦悩を、わかってくれる存在にはついに巡り合えなかったと……果たして「人間」って何でしょう？ 「妖精」って何でしょう？
これは素晴らしい大作
コメントありがとうございます。大作認定、恐縮です！！
このような形式が好評でしたら後日、もっとハードなテーマの小説（おそらく読み切りではなくシリーズ構成になるかと思います）を投稿しようと思っておりますので、ご期待ください！！
まさかの大作になって返ってくるとは思わなかったw
あーなんかそういう話の流れでおじさん絵描いた気がします。
それにしても街に来たり戦ったり、離れた野山でひっそりと暮らすことができなかった妖精さん達は愚かですね。
書いてた頂きありがとうございました！
byむらさき
コメントありがとうございます。むらさき様、読んでいただきありがとうございます！
結果として重い話になってしまいましたが、仮にギャグ調にするならば、腰にくくりつけたスピーカーから『ソーラン節』を流しながらスタイリッシュに野山を駆け回り、妖精たちを飛ぶように駆除していく、という構想で考えておりました……
いや難民て・・・普通に生存競争に負けて町に出てきて迷惑かけてる時点でただの害獣よ
しかも国によっては兵器として運用されてるのかよ・・・国策レベルで駆除すべき対象じゃん
コメントありがとうございます。他の読者様のコメントにもありましたが、「なんみん」を自称すればうまく人家に住める、と妖精が勘違いしたものと解釈していただければ嬉しいです！！
人権が適用されない、小さい、飛べる、多産、早熟、思考が単純、（多少なら）意思疎通が可能、命が軽い……これほど、テロリスト向けの兵士（すてごま）は存在し得ないわけです！！
あれが最後のおじさんとは思えない
我々が愚かな陽キャ女を放置し続ける限り
必ず第二第三のおじさんが…
コメントありがとうございます。山根博士の名言も、ありがとうございます！！
彼の場合、人間の愚かさと同時に、妖精に、ひいては世の中に絶望したのかもしれませんね……
最後の陽キャ女に関しては、かなりのヘイト溜める要因になってしまいました！申し訳ございません！！