img街の魔法少女の素質ある「」を集めてるポン

登場キャラクター:ナハト=クレーエ メガデス・Eちゃん リトルリトル

私の漆黒と対になるような純白で身を包むリトルリトルは、一言で言って奇妙な魔法少女だった。
他の魔法少女との交流に積極性を見せる一方で、いざ一緒にいても空間を共有している気がしないというか、彼女はどことなくぼんやりしている。
私を見ているようで、その瞳に映る私自身の像が、まるで別人――別物、ただの人の形をした何かであるような、そんな感覚。
要するに、捉えどころがない。
リトルリトルのアバターが象徴する軟体動物のように、彼女は無色でありながら不透明であり、その本質はひどく不確かなのだ。
もちろん、それは私個人の勝手な見解に過ぎなくて、実際として彼女の物腰は柔らかく、気も利いて、組の中でも人望はあった。
だからリーダーにも選ばれたし、私を含め他のメンバーが異論を唱えることもなかった。
ヒトミ-2が行方不明になるまでは。


とは言え、現状の組内でリトルリトルを怪しむ動きは皆無である。
繰り返すようだけれど、その疑惑の内証はあくまで私が勝手に抱いているものであり、
不信の理由としても漠然とした第六感に尽きる。
勘。
非論理的で、ともすれば私が偏愛するミステリにおいては鼻で笑われる妄言なのかもしれない。
それでも、今、私が向き合っているのは活字でなく現実であって、
無理に机上の空論をこさえてリトルリトルへの違和感を払拭するくらいなら、
私は私の感性をそのままに受け入れよう。
私はナハト=クレーエ。
鴉の濡羽が醸す黒は、何物にも染まらない。


リトルリトルはその性格とリーダーとしての権限から、頻繁にメンバーが集う場を設けたけれど、
その日は集まりが悪く、いつものビルの屋上には私と山羊角の彼女だけがいた。
メガデス・Eちゃん。
彼女もリトルリトルに負けず劣らず何を考えているか読めない子なのだが、彼女の場合は本当にただ何も考えていないだけなのだろう。
二言三言会話をすれば彼女の実年齢がそう高いものではないと判断できるし、特有の地雷――命を軽んじる言動さえ見せなければ無害である。
「Eちゃんはお腹が空いたのです」
貯水タンクの端に腰かけて文庫本を読む私の真下で、彼女は所在なげにうろつきながら呟いた。
「…………」
私は月を仰ぎ、言う。
「もう少しの辛抱よ」
五分後、リトルリトルは時間通りにやって来て、その腕には恒例のようにバスケットが下げられている。
どこぞの走り屋魔法少女は仲間に煮物を振舞った、なんて逸話があるけれど、リトルリトルもそのクチで、毎度自身の手料理を持参しているのだ。
気配りの達人というか何というか、まあ、女子として料理が得意であるのは純粋に羨ましい。
「あの、今日はこれだけなのでしょうか」
リトルリトルが私を見る。
瞳孔の開いた、紅く、深い双眸。
「……みたいね」
「そうですか。折角たくさん作ってきたのに」
言葉とは裏腹にさほど残念そうでもなく、表情は変わらない。
彼女はバスケットから大きめのタッパーを取り出す。
「今日はピカタを作ってみたのですが」
「わーい、なのです!」
諸手を挙げて駆け寄ったメガデス・Eちゃんに、リトルリトルはソテーされた肉を二切れ紙皿に乗せて渡した。
この前まではエスニックが続いたのに、今回は唐突にイタリアンである。
「ふうん。本当に、何でも作れちゃうのね」
嫌味ではなく、私は素直に感心し、リトルリトルは困ったようにはにかんだ。
「そんな。美味しくするための手間暇を厭わないだけですから」
「好きでやってること、だっけ」
「そうです、そうです」
早くも皿の二切れを平らげたメガデス・Eちゃんに気づくと、リトルリトルは新しく取り分けてやる。
開いたタッパーから香辛料が程よく混じった、肉の香ばしい匂いが漂った。
ちらりとリトルリトルがこちらを横目で見る。
「要らないわ」
私はいつも通りにそう言う。
いつも通りに。
言ってしまえば、これまで一度たりとも、私は彼女の料理を口にしたことがない。
その拒否が非礼に値するとは分かっていても、彼女の寄越す肉を嚥下する以前に、私は胸の内の猜疑心を飲み込めないのだ。仕方のないことだろう。
「分かってます」
と、リトルリトルもいつも通りに返事をした。
「でも、不思議です。お肉を食べないなんて。当のカラスは雑食性だっていうのに」
「豊かさは節度の中にだけある。ゲーテの言葉よ。雑食だからって、取捨は必要だもの。鴉は鴉でしかないけれど、私は人間でもあるから」
「そう言えば、カラスって共食いもするんでしたよね」
「イカだって、そうでしょ」
「……あはっ」
何がおかしいのか、リトルリトルは軽く声に出して笑うけれど、その目は見開かれたままで、少しだって揺らがない。
そうして表面上は穏やかに時間が過ぎ、二人は食事をしながら、私はページをめくりながら、他愛ない談笑や情報交換が行われる。
この会は魔法少女同士の親睦を深める側面しか機能せず、目立った収穫がないのは最早お馴染みであった。
夜も深まり、解散に際して、リトルリトルが振り返る。
「ワタシはこれから、Eちゃんさんと街の見回りをするんですが――」
「うん、パスさせてもらおうかしら」
「……ですよね。分かってました」
そう言ってリトルリトルは口の端を品よく吊り上げる。
その目はどこまでも、やはり笑ってはいなかった。


二人がビルの外壁を滑り降りた後、私はしばらく月と街の明かりを頼りに読書を続け、切りの良いところで本を閉じた。
「さて」
今日はもう帰るとするかな――そう思い、数歩踏み出して、
足元のそれに気がつく。
先ほどの、きっとメガデス・Eちゃんがこぼしてしまったピカタのソース。
それを、私は、
気まぐれから、
ほんの些細な気まぐれから、
指の先ですくい、匂いを嗅いでみた。
「…………」
疑惑が確信に変わったりは――しない。
何の変哲もないバジルソースで、どことなく覚えのある感じがしないでもないけれど、
確証の手掛かりには至らない。
だけど。
胸騒ぎと言うのだろうか。
ざわざわと、心がかき乱れる。
鴉の群れが翼をはためかせ、その羽根を散らす情景が訳もなく去来して、
私は思わずこめかみを押さえ、俯いた。
月光が照らす屋上には、私と、その背中から無意識に展開していた大きな片翼の影がある。
「……どうしたって言うのよ、私」
他人の事など気にかけず、古巣のように慣れ親しんだ自室へと帰り、明かりも消して闇夜に紛れてしまえばいいのに。
それなのに、どうして。
別れた二人の行き先が気になる。
不安が自制心を苛み、上回る。
二人を探すべきだという直感が、間違っているとは思わなかった。
私が目指すところの魔女も、結局はそういった心霊主義的な、精神の在り方なのだから。
ほう、とため息をついて、
「救えないわね、我ながら」
私は巨翼をもう一つ構築して、夜空へと飛翔する。
間に合えば、いいけれど。










八本あった触腕は半分になってしまったけれど、お肉を抱くには四本でも十分だ。
ワタシの腕の中で、Eちゃんさんだったそれが徐々に温もりを失っていく。
お肉の額を撫でながら、ワタシは目を閉じた。
小休止。
今回は少しばかり疲れてしまった。
たぶん、折角できた年下の友人と、最後の最期まで仲良く、交友を深めたいという欲のせいだろう。
ワタシは彼女を街外れの廃ビルに誘い込んだあと、不意打ちをしたりはしなかったのだ。
彼女の命、その終わりときちんと向き合いたいと思ったから。
「ふう」
意識を傷口に向け、千切れた触腕をゆっくり再生させる。
彼女の魔法は厄介で、手が届くのに触れられないというのは非常にもどかしさがあった。
触れてしまえば、誰かの死がいくつもフラッシュバックして、お肉を取り逃がしてしまう。
料理中の不注意は危険だ。対象に集中しなくていけないことを、ワタシはよく分かっている。
「痛たた……」
ぐじゅり、と濁った飛沫を飛ばしながら、新しい腕が生えてくる。
もちろん、この傷は彼女によるものではない。
ワタシが自分で引き千切ったのだ。
静かにさせるだけなら簡単だけど、ワタシとしてはやっぱり、調理のために包丁を入れるその瞬間までは、あまりお肉を傷つけたくはなかったから。
直接触れないのなら、道具を使おう。
だけど、廃ビルに転がる鉄パイプや建設資材は硬すぎて、必要以上に壊してしまう。
もっと柔らかいもので、殴る必要があった。
だから、ワタシはワタシの腕を使ってみた。
鞭のようにしならせて、彼女が静かになるまで叩き続けた。
「ふう」
それにしても本当に疲れてしまった。
よく動いたために小腹が空いてしまった。
私はお肉を脇に置いて、バスケットへと真新しい触腕を伸ばす。
ピカタ、まだ残っていたよね。


いただきます。

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