img街の魔法少女の素質ある「」を集めてるポン

登場キャラクター:まっきー マリー・ヴァージニー

白塗りのモルタル造りの校舎。
廊下を歩く二人の女子生徒の隣を、一人の女子生徒が通り過ぎる。
二人の女子生徒は互いの顔を見合わせながら、一人の女子生徒は背筋を丸めて視線を床に下ろしながら。

「ねー咲原さん、今度の土曜カラオケ行かない?3時からなんだけど」
「あー土曜日かぁ…ちょっと部活の練習があるんだよね。ゴメンね、また今度ね。」
「そっか、部活かぁ。軽音部、最近忙しいの?」
「いや、実は演劇部のサポートで呼ばれてて、土曜日はそっちなんだ。来月頭に県大会あるんだって。」
「えー、すごーい!何やるの?」
「えっと、ロミオとジュリエットで……。まぁその、主演じゃなくて脇役で、ロミオの友達役なんだけど…」
「へーそうなんだぁ。咲原さんだったら絶対主役よりカッコイイよ!ねえ、どこやるの?私見に行くから!」

俗物どもが。
猫背の女子生徒が内心毒づく。
彼女は万事をそうして軽蔑していた。
その日その日を大過なく暮らすだけが目的の人間。生命を浪費する無意味な馴れ合い。人間存在の崇高さと悲惨さを忘却した日常への埋没。
私はそれらの全てから身を離し、高貴で孤独な生を送る精神的貴族なのだ。
それが自分自身の生活に与えた彼女の説明だった。
何事につけても自分を特別視したがる年頃である。しかしながら、彼女生来の不器用さがそうした心持ちを一層ねじれたものにさせていた。

彼女は生の意味を悲劇の中に見出した。
並外れた能力と知性を持ち、自ら運命と格闘しながら、遂には運命に足をすくわれて斃れる英雄。
彼女はその英雄の運命を見つめる超越者であろうとした。
図らずして彼女は超越的な力と苛烈な運命を与えられた存在の一人となった。
魔法少女マリー・ヴァージニー。
人ならぬ力を操り、宿命に抗いながら、やがて戦い斃れる英雄たちを憐れみながら高く見下ろし、人間の偉大さと惨めさを詩に詠う孤高の存在―それが魔法少女としての姿に託した彼女の夢だった。

「それで、冬の魔法少女殿のお望みは何?側溝のお掃除?畑を荒らす害獣の駆除?それとも庭の薔薇のお手入れかしら?」
「いや、さっき国道が山沿いの落石で通行止めってニュースで言ってたでしょ。マリーの魔法なら、あれの撤去に向いてるかなって」
「あら、そう。今夜は発破屋さんのお仕事ね。毎夜毎晩、失業した土木人夫たちが泣いてるわ」
「まあ、そうふてくされないでさ。私が案内して石投げるから、マリーは安全なところまで上がったら壊すのお願いね」
ところが魔法少女になっても夢は夢のままだった。
何の因果か今日も今日とて額に汗する慈善活動。
思えば隣りにいるおかっぱ頭の小さな魔法少女。彼女と出会ったことが計算違いだった。

魔法少女になったばかりの頃、初めて入ったチャットルーム。誰にも交じらず高みの見物のつもりだった。
白いセーラー服に不釣り合いな黒いマント。そして嘴を模した奇怪な仮面。人を寄り付かせないために選んだアバターのパーツ。
終始無言でログを閲覧して頃合いを見て退散しようとした矢先、三度笠に花柄の着流しの少女がいきなり話しかけてきた。

「初めての人?もしよかったら、一緒にやらない?」

どうやらこのゲームには教育係という仕組みがあったらしい。ルール説明に不親切な中で自生的に出来たもののようだ。それなりの合理性はある。
正直に言えば、いきなり魔法少女にさせられて右も左も分からない中で、渡りに船だった。
一通り教わることを終われば、それきりの付き合い。
そのつもりでマリー・ヴァージニーは、魔法少女「まっきー」の誘いを受け入れた。
話しかけてきた彼女とはそう長く付き合うこともないだろう。最初の目算はそうだった。
言ってしまえば教えたがりの先達と情報が欲しい入門者との打算的関係。ただそれだけのことだ。
何より彼女とは馬が合いそうにない。
「まっきー」なんて恥ずかしくなるほど衒いのないアカウント名。安っぽい時代物の人情劇に出てきそうな渡世人のアバター。何より初対面の相手に馴れ馴れしく話しかける態度。どれも彼女の苦手とするところだった。。

ところが彼女の目論見は見事に外れる。いかに人を超えた能力と気高い意思を尽くそうとも、運命は必ずその斜め上を行く。
「教育係といっても、先輩風吹かせられるほどのものじゃないけど…」
そう言って「まっきー」はいつも謙遜していたが、レクチャーは分かりやすく丁寧だった。
それでいて経験者が新参者に教えてやろうというような嫌味を感じさせることは一度もなかった。
いつしかマリー・ヴァージニーがひとかどの魔法少女としての立ち振舞、過ごし方を覚える頃になっても、「まっきー」を離れることはできなかった。
それは何故?幾度か自らに尋ねたが答えが出ないので、彼女は考えるのをやめた。
人間にとって自分の心こそがスフィンクスの問より大きな謎である。

「よーし、じゃあ私がせーのっ!で持ち上げるから、マリーは周りに物がないあたりで爆発させてね。……よいしょっ」

(せーのっ!じゃないじゃない…)
まっきーに聞かれぬ声で一人つぶやいてガードレールを軽く蹴り上げ、上空に飛び上がる。
投げ上げられた岩石はたちまち霧に包まれ、音もなく散り散りに砕けて無数の小さな塵に変わる。塵は風に流されていずこともなく消えてゆく。
マリー・ヴァージニーの固有魔法、爆発の霧の効能である。対象に近づいて霧の中に封じ込めれば、それだけ精密な爆破ができる。爆発による危険は外部や自身には及ばない。

「今日もありがとね。いつも助かるよ」
「太陽の下で心の苦しみに耐え、労苦してみても何になろう。夜も心は休まらない。まことに一切は空しい……」
「何それ?」
「……ソロモンの伝道の言葉」
ひと仕事を終えた後、まっきーとマリー・ヴァージニーは必ず人気のない深夜の自動販売機で飲料を買って一息つく。
飢えや乾きとは無縁の魔法少女であっても人間として習慣はそのままであり、これは二人にとっていわば儀式となっている。

「マリーはさ、そういうの好きだよね。普段も飲んでるの?」
マリー・ヴァージニーの手には毒々しい褐色をした無糖のカフェイン入り炭酸飲料。まっきーが持つのはペットボトルの緑茶である。
「……いけない?」
「良くないよ。だって絶対ヘンな人工甘味料使ってるでしょ。食べ物と飲み物には気をつけなきゃ」

母親みたいなこと言うのね、と言いかけたところでマリー・ヴァージニーは言葉を飲み込む。
マスクを外して素顔の時は用心が欠かせない。うかつにものを言えば、自分の言葉に恥じ入らずにはいられない。
異装に似合わず愛らしく透けるように白い頬は、彼女の恥じらいを隠さず伝えて紅色に染まってしまう。

「まあ、考えてみるけど」
そう言って彼女は顔をうつむき加減にそむけてみせる。
不器用な彼女にできる精一杯の照れ隠し。
これはまだ恋とは気づかない、小さな恋の物語。

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