img街の魔法少女の素質ある「」を集めてるポン

登場キャラクター:おでーりあん "関西系魔法邪神"クトみ キリキリマイ クー・フェイ ゼノちゃん 魔装伝説ガンドロワ・テッククロード ヤクルトさん 四色八代子

 深夜、某市湾岸地区。
 町の喧騒は遥か遠くにある倉庫群、その更に辺境、動くもの、聞こえるものと言ったら風しかない、
並んだ木杭に鉄線を張っただけのお粗末な境界だけがその領土を示す、広大な野原。
 そこに傷つき倒れ伏す、三人の少女の姿があった。
「私が読み違えるとはね…まさかあのタイミングで、ヤクルトを爆発させますか…」
 辛うじて片膝に体を起こし、苦々しくぼやいたスーツの麗人は、クー・フェイ。
「クーさん、キリキリさん…大丈夫ですか…?」
 カチャリと、刀を杖にようやく立ち上がろうとする和装の少女は、四色八代子。
「私はまあ、大丈夫…というほどでもないですがね。だけど彼女は…」
 うつ伏せに四肢を投げ出し、微動だにしない白かたびらの少女。
「…キリキリさん…? キリキリマイ! 返事をして下さい!」
 キリキリマイ。だが彼女は、呼びかけになんら反応を見せない。

 悲壮な空気に応えたのは倒れる青白い少女ではなく、突如流れ出した威圧的、破壊的な旋律。
「ククッ…貴様らはこれがピルクルだと見破り、勝った気でいたようだが…
こいつはわざと見つかるよう隠しておいたのよ!」
 遅れてどこからともなく投げかけられたライトに浮かび上がったのは、黒いマントをはためかせる少女。
「アンタらは最初から私の手のひらの上で踊ってたんだってなァ!」
 青紫のドレスを隠す、その小さな体の三分の一はあろうかという鉄塊は、巨大な機械仕掛けの鉤爪。
 それを振りかざし、攻撃的にギザギザと並んだ歯を見せ、勝ち誇るように笑うその名は、ゼノちゃん。
 その傍らにもまた、二人の少女が控えていた。
「この子らぁ、このままやとほんまにヤバくてなぁ…ゴメンやで〜。ちょっとだけ、堪忍な〜」
 緊迫を逆行するようマイペースで語り、申し訳なさそうに眉を下げるゴスロリドレスの少女、関西系魔法邪神クトみ。
「悪の魔法少女達よ! 弱き者たちから奪いとったそのキャンディ、かえしてもらうぞ!」
 自信と情熱に満ち溢れ、高らかに宣言したその声の主は、並び立つ少女達より頭二つ、
いや三つ程度は高い異様な巨躯、更にはその大半が機械、背中からも鳥のそれを機械化したような羽を生やし、
時たま覗く肌色が無ければそれを人と認識する事は出来なかったであろう彼女は、魔装伝説ガンドロワ・テッククロード。

「…乳酸菌が、正しくはラクトバチルス・カゼイ・シロタ株である事も、知っていたという訳ですか…」
「クククッ…!」
 ゼノちゃんはその嘲りを隠そうともせず、むしろ見せ付けるようにくつくつと笑う。
「そんな…! それじゃあ、おでーりあんちゃんは、一体何の為に…!」
─おで、この戦いが終わったら駄菓子屋のちっちゃいヨーグルト大人買いするんだ。
「とんだ間抜けちゃんよねえ…ありゃ特定保健用食品じゃねえってのによ!」
「どうして…! なんでこんな事を!」
 八代子は、疑問に理不尽への怒りと悲嘆を乗せ訴える。
「正義のためにつかうべきこの力であくぎょうのかぎりをつくしたこと、わすれたとは言わせん!」
 それをかき消すよう、ずいと巨体を前に滑らせたテッククロードが、内の憤りをそのまま音に変え、吼えた。
「そんな事! 私達魔法少女の力を悪用した事なんて、一度もありません! 何かの間違いです!」
「何…? 話がちがうぞゼノくん! こいつらは、悪の魔法少女ではなかったのか…?」
 しかし想定とは違う、真摯な叫びが返って来た事で気勢が削がれたのか、
頭上に生える機械の耳?をしょんぼりとうなだれさせ、助けを求めるよう仲間に尋ねる。
「まあまあマガテくん、まあまあ、まあまあまあまあ…」
「わたしの名は魔装伝説ガンドロワ・テッククロードだ!」
「あ〜うんうん、すまんなぁ、ウチ物覚え悪くて。まそ…ま…まあまあ、まあままあまあキミ」
 クトみの説得?は失敗に終わり、不穏な空気が漂いだす。
「なっ…何言ってるのよ! 言ったでしょ、こいつらに脅されてキャンディ取られたって。
 悪者だから嘘ついてるのよ、嘘。あとアタシはゼノくんじゃなくてゼノちゃんね」
 ゼノちゃんのそれは、これが通用するなら猿でもアカデミー賞を受賞できる、演技とは言えないレベルの何かであったが、
テッククロードは彼女を信頼しているのか、その言葉に自身の正義を取り戻したらしい。
「そうなのか! あやうくだまされる所だったぞ! ありがとう、ゼノくん!」
「ゼノちゃんだっつってんだろ!!」
「ふむ…しかし、レディをそんな風によんでしまうのは、ヒーローとしてな!」
「おっ、おぉ!? …ま、まあ、いいんじゃないか? お前」
「チョロ過ぎひん?」

 喧騒の中、八代子は静かに覚悟を決めていた。
 どうやら、戦いは避けられそうに無い。
 しかも全員満身創痍、辛うじて動けそうなのは私だけ…だが。
 元より、この中で一番戦闘に向いているのは、私なのだ。
 なら、ここは私がどうにかしないと…!



 いざ戦闘となれば、八代子は冷静だった。
 本多流道場の跡取り、本多武子。それが八代子の本来の姿だ。
 勿論、その教えは魔法少女と戦う事など想定していない。
 だが、刀を、力持つという事の意味。それへの心構えが、武道というものの本質である。
 他人の痛みがわからない人もいる。
 八代子はそれを、与えられる痛み知っていたし、それを他人に与える覚悟も持っていた。

「ふふ…おしおきの時間よ!」
 両手をわきわきさせながらにじり寄るゼノちゃんが向かうのは、クー・フェイの方向。
 少し後ろを、護衛するようにテッククロードが付き添う。

 ヤクルトでボロボロになった今の体で打てる有効打は、全身を使ってようやく、一太刀。
 派手な立ち回りも、回避も出来そうにない。
 その状態でこの苦境、1対3を斬り抜けるには…
 一撃で、二人倒す。
 最悪の状況にも希望はわずかにあった。一つ、相手は私が攻撃出来ると思っていない。
 二つ、危険度の高そうな二人を、死角から奇襲できる位置関係になりつつある。
 ゼノちゃん、クトみ、テッククロード。
 クトみは一見普通だが、他二人のアバターは明らかに戦闘を想定している。
 それぞれの実際の役割、戦闘慣れしているのかはわからないが、
自分の勘を信じるのであれば、この状況は思わぬ幸運。
 よろめくフリをしながら、密かに重心を落とす。

 刀剣の殺傷範囲を最大に広げたいとするなら、横薙ぎ。
 太刀と呼ばれる一般的な刀の長さは、持ち手…柄部分を除けば60cm程度しかない。
 どうあがいても素手の延長…最低限まで単純化すれば、鉄の棒に過ぎない。
 ならば技術。踏み込みと上体の伸び、呼吸と重心の移動で、半径4mの円を支配する。
 それでも、一振りで二人を制するには届かない。

 不意打ちでテッククロードを無力化出来ても、その後万全の状態の、
どんな魔法を持っているのかもわからない二人を、倒れた仲間を守りながら、同時に相手しなければならなくなる。
 だが、今の私には超常の力…魔法がある。
 斬撃でカマイタチを飛ばす魔法。刀という武器の常識を超えた範囲にまで、見えない刀身を伸ばす。
 射程に入った瞬間、斬撃でテッククロードを、カマイタチでゼノちゃんを、同時に倒す。
 これは届かない場所へ、手を伸ばす力─!

「お手柔らかに頼みますよ…」
 あと3歩。
「ダメ。あんたなんか悪そうだもん」
 あと2歩。
「えっ」
 あと1歩─!

「ちょい我慢してな〜」
「─!」
 警戒はしていた。実は熟練者であり拘束を試みてくる、あるいは飛び道具を隠し持っている。
 戦況が厳しくなりはせど、対応出来る筈だった。しかし予想外の方向から放たれたのは、更なる予想外。
「触手…!?」
 クトみのゴシックロリータドレス、その裾から洪水のように溢れ出したのは、ヒトに備わっている器官ではなかった。
 海洋生物のような、ぬめりと吸盤を持った暗い触手。複数のそれが孤を描き、地を這うように左右から迫る。
「くっ!」
 悲鳴を上げる体を、肩の振りで無理やりあやし、振り向きながら横薙ぎの軌道を斜めに修正する。
 が、間に合わない─!
「ひっ…」
 ぬめった感触が、ぬるりと脚を舐め上げ…それで終わった。
 平時であれば悲鳴をあげてへたりこんでいたかも知れないが、戦闘中は余計な事は思考から削ぎ落とされる。
 この触手が魔法なのか、まだ何かを隠し持っているのか。どちらにせよ。
 目の前の人物は今、明確にこちらを狙っている─
「あ…れ…?」
 ぐらりと、急に地面が近づき、咄嗟に手をつく。
 すぐさま体勢を整えようとするも、なぜか出来ない。
 脚に力が入らない…いや、力を入れている感覚はある。
 実際に目を向けた事で、ようやく判った。
 力が抜けたのではなく…ぐにゃぐにゃと柔らかくなった脚が、体の重みに耐えられていない。
「これは…!?」
「気色悪いかもしれへんけど、怪我ぁさせへんから…ごめんな」
 シュルシュルと触手を回収したクトみが、力なくそう告げ、仕方なしという体で側に立つ。
 おそらくは、これが彼女の魔法。加えてあの触手。
 今は、チャンスを伺うしかない…

「ふふ……いい事思いついたぞ」
 そう呟いたゼノちゃんが、鉄パイプを拾い上げる。
 すると手にしたそれが、カチャカチャと質量を無視して組み変わり…
 一瞬の後、棒の先に人の手─人差し指で指差す形の─がついた、何かの機械が出来上がる。
「それはなんだ? ゼノくん」
「ふふふ…これはね、正座した時の痺れ3000倍マシーンよ!」
「…すごいのか?」
「すごいわ!」
「すごいのか!」
 ゼノちゃんの行動原理は子供じみたイタズラであり、
テッククロードは男の子のようなフィーリングで動く人物であった。
「…脅しのつもりかな? そんな事をした所で、キャンディが増えるわけではないが」
 クー・フェイの表情は、まったく変わらないように見える。
「ノーンノン、言ったでしょ? これはぁ、お・し・お・き♪」
 つれない反応にも関わらず、ゼノちゃんはとても楽しげだ。
「これでも紳士のつもりなのですけどね」
「はァ〜? な〜に気取っちゃってるワケェ、クー・フェイちゃん」
「気取るのが仕事でして」
「…あんたからはねえ、臭ってくんのよ、プンプン」
「お風呂はじっくり入る方ですが…」
「ウザッッたい、嘘つきの、自分にも嘘ついてるヤツの臭いがね!」
「…へえ」
 そのポーカーフェイスは、やはり変わらないように見えた。
「どういうにおいだ? わたしにはわからないが」
「ダメねーダメダメ! そんなんじゃ立派なヒーローになれないわよ!
 今からアタシが、ヒーローのお手本を見せてあげるから。しっかり見てなさい…ククク…」
 相手の反応がただ楽しみだという、純粋な好奇心からの笑い。
 しかしそれは、向けられる者からは限りなく邪悪である。
 猫のような悪意が、ついにクー・フェイへと押し付けられ…
「ふッぐ─!」
 ビクりと、その体が跳ねた。
「…っ。最近、肩こりが酷くてね。これが効くといいんですが」
 その顔は、未だ形を変えないが。
 汗が一筋、したりとその上に軌跡を残す。
「いつまで強がっていられるかしらねぇ〜?」
 ゼノちゃんの瞳は、これから起こる事への期待で更に輝きを増し始める。
「あまりひどいことは良くないぞ、ゼノくん…」
「あーもううるさいわねえ、大丈夫よ死んだりしないから、ほら」
「がああああ」
 ちょこんとタッチされたテッククロードが地響きを立てコロコロ地面を転がり…
「けっこうきついぞ…」
 その大きな体を小さく丸め、涙目になっていた。

 八代子は、その様子を眺めている事しか出来なかった。
「ぐうう…!」
 あのクー・フェイさんが、苦悶の声を上げるなんて…!
「大分いい声になってきたじゃな〜い! ほら、ほら、ほらぁっ!」
 なんて…なんて…
 なんて羨ましい…!
 私も責めて欲しい!
 いや、違う。一刻も早く助けないと。
 でも体の自由が利かない今、やれる事といったら…
 その責めの矛先を、こちらへ向けさせる…いや、向けて頂く!
「くっ、殺しなさい…!」
「いや、殺したりとかせえへんから…いきなり怖いな八代子ちゃん…」
 クトみは驚きつつ若干引いていた。
 だが、肝心の向こうは…
「ほれほれー」
「ぐッ…あああぁぁ!!」
「ゼノくん、もうそのぐらいでいいのでは…」
「ほれっ」
「がああああ」
 届いていない。
 いつもそうだった。肝心な時に怖くて、声が出せなくて。
 そうして後悔するのに、次に同じ事があってもまた出せない。
 変われないのか、私は。魔法少女なんてものになってまで、まだ。
 …今勇気を出せなきゃ、私は一生臆病者だ…!
「…この卑怯者っ! やるなら私にしなさい!!」
 言えた。
 こんなに大きな声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。

「おっ?」
 はたしてその声は、しっかりとゼノちゃんの耳に届いた。
「おっほっほほほ〜! まさか! こんな所に!」
 そのイタズラの手を止め、八代子の方を見る顔は。
「小さなヒロインちゃんが居たなんてね…!」
 遊びではない、本物の歓喜に染まっていた。
「あなたはただ、人を虐げられればいいのでしょう! なら私にしなさい!」
 お願いします!
「いいわ…いいわねェッ! あんたみたいな子、アタシ大ッッ好きなのよ!」
 ありがとうございます!
「だーかーら♪」
 よろしくお願いします!
「あんたが見てる前で…このクー・フェイちゃんを、めちゃくちゃにしてあげる!」
「ふっ…い、いい…趣味…じゃ…ないですか…」
 …えっ。
「どうして!」
「アタシは確かに悪戯が好きだけど…本当に好きなのはね、」
 ゼノちゃんが手にした機械のダイヤルを弄ると、
「ヒーロー、なの」
 それはバチバチと帯電を始める。
「やめて…やめなさい!!」
 思ってた展開と違う!
「私に痛みをください!!」
 あっまずい本音出ちゃった。
「イーヤ♪じゃあね、クー・フェイちゃん。あんたの事、嫌いだったわ」
「おやおや…両思いとは嬉しいね…」
「フン」
 無音の野原にバチンと、何かが破裂したような音が響き。
 一拍遅れて、どさりと倒れたクー・フェイは、それきり動かなくなった。

「そんな…」
 ごめんなさい…ごめんなさい、クー・フェイさん…
「ど〜お〜? 何も出来ず、目の前で仲間を倒された気分はァ!」
 私が…私がもっと強ければ…
「ふふっ! 安心しなさい、すぐにあんたも後を追わせてあげる!」
 っしゃ来たッッ!
「ヘヘッ、先生…ここはウチに任せてくれまへんか?」
 ええっ。
「あら何? 急に乗り気じゃないの」
「ヘヘッ…実はウチにも、一つむっちゃ好きなもんがありまして」
 あの新感覚っぽい機械責めがよかったんだけどな…
「グヘヘッ…なあ、八代子ちゃん…」
 下卑た笑いを浮かべて這い寄るクトみの足元から、ジュルジュルと触手が沸き出る。
 こ…これはまさか…!
「スケベしようや…」
 初体験が触手…!?
 ここでまさかのサプライズパーティー…! 今日は誕生日じゃないよ…!?
「ひっ…嫌…!」
 その悲壮感、YESだね。
「面白そうじゃない。やってみなさい?」
「ヘッ…あざっす!」
 お父さんお母さんごめんなさい。
 八代子は、今夜大人になります。

「…さっきからテッククロードのやつ大人しいわね?」
「近くにおるとがあああなるって、あっちでいじけてますよ」

「そんな物に…私は負けたりしない!」
 ※女騎士族の言葉で準備出来てますの意。
「安心し、痛くせぇへんから」
 痛くして頂いても結構です!
「ほなあ、いただきまっせ!」
 めしあがれ♪
 その触手が、もう待ちきれないとビュルビュル殺到し…

「おっ、おおぉぉ!?」
 …ん?
「やよちゃんこの大きさは大変な事やよやよ…!」
 体の表面を、ズルズルと這い回っているのだが。
 その感覚が無い。
「なんちゅう…! なんちゅうもんを揉ましてくれたんや…!」
 しかしクトみには、しっかりとその感触が伝わっているようだ。
 マンガの如く滝のような涙を流しながら触手をうねらせるその様は、端的に言ってキモかった。
 一体どうなって…
「ふ、ふふ…ごめんね、八代子ちゃん…ちょっと寝坊しちゃった」
 この声は…!
「し、死体が起きた!? なんなのよあんた!!」
「やよぱい! やよぱい!」
「キリキリさん!」
 死に装束の少女は、死んではいなかった。
 キリキリマイはその目を見開き、なんだかビクビクしている。
「キモッ!」
「これ…まさかキリキリさんが…?」
 キリキリマイの魔法は、対象とした相手が受けるダメージを全て、自身に移す効果。
 おそらくそれによって、八代子の受ける感触を肩代わりしているのだ。
「だ、大丈夫だよ、このぐらい…何分持つか試したいって殴られ続けたのに比べたら…ふ、ふふ…」
 キリキリマイは少々特殊な人生を歩んできた少女だった。
「いいの! もうやめて、キリキリさん!」
 私の初触手体験が…!
 いや、これはもしやNTR…!?
「ふ、ふふ…八代子ちゃんは、優しいね…」
 ビクビクしながらも、キリキリマイは穏やかに微笑む。
「違うの! いいんです…私はイイんです!!」
 実際に体験すると嬉しくない!
「ま、魔法少女になって…私は変われたと思った…でも、それは…外側だけ…」
 痙攣しつつ頬を染め、キリキリマイは語る。
「結局、誰とも…友達になれなくて…なり方がわからなくてオウッ!」
「わかってる…! 私も、わかってたから…!」
 キリキリマイには、どこか同じ波長を感じていた。
 似ているけど、少しだけ違う。それぐらいが、一番わかりあえるのだと思う。
 でも今はそんな事どうでもいいから頑張るのをやめよう。
「わ、私の…最初の友達…だから…痛いのなんて、苦しいのなんて…
 初めて感じた、温かさに比べればン゛ン゛ッ!」
「キリちゃーーーん!!」
 色々な意味で、このままではまずい。

「何? どうなってんの?」
「やよぱい! やよぱい!」
「あんたはいい加減帰って来い!!」
「はうっ! …はい、すいません」
「…何よ、そんなに凄いの?」
「そらぁ…」
クトみの視線は八代子の胸に向かい、そしてゼノちゃんの胸に移る。
「フッ」
「ア゛ァン!?」

全身をやわらかくする事は、相手に危険を伴う。
クトみの魔法は、触手で触れたものをなんでもやわらかくしてしまう。
それは対象が生物の場合、力が抜けて入らなくなる、という意味ではない。
性質そのものがやわらかくなるのだ。
全身をやわらかくすれば、一切の動きが、呼吸すら出来なくなった相手は最悪死亡する。
クトみは元々、争いを好まない。人を傷つけるなど尚更。
だから、今はその対象を脚のみにしていた。
だからこそ、この状況に置かれて尚、八代子の冷静な部分は勝機を伺っていた。

脚こそ使えないものの、体力はかなり回復してきた。
そろそろ、いける。
八代子は冷たく静かに、その刀を鞘へと帰す。

戦いの最中、剣客が行う納刀のその意味は、すなわち居合。
居合の戦闘における優位性は、運動エネルギーの貯蔵による斬撃の加速、
刀身を隠す事による間合いの隠蔽等、流派によって様々である。
だが、そもそもの居合とは、そういったメリットを得る為の技術ではない。
根源にある、なぜ、それが起こったのかという原点は、不利な体勢からの応戦。
座った状態、刀を鞘に納めた状態から、瞬時に戦闘態勢への移行と、
先手の奪取、あるいは奇襲への反撃を同時に行う。
逆境を覆す後の先こそが、すなわち居合道。

座位からの神速の逆袈裟、体捌きで遠心力を生かし上方、後方までをカバーするその軌道。
白刃が描くそれが、地上にもう一つの月を現す。

「─ッ」
「ぎひいぃっ!!」
 周囲を漂う触手の数本を纏めて切り払うと、クトみはえげつない悲鳴を上げ、泡を吹いた。
「なっ…!?」
 空中高く切り払われた触手の先端が落ちると同時に、その主も地に倒れ伏す。
「なんて事すんの! クトみの触手は、やん…そこはあかんて…っていつもウザいぐらいに敏感なんだぞ!」
 私をいたぶらない触手などこの世に必要ない。
 クトみの気絶と同時に、魔法も解けたようだ。これで…
「無用な争いは好みません。その人を連れて今すぐ引くならば、危害は加えないと約束します」
 切っ先を突きつけながら、降伏勧告する。
「ハッ、言うじゃないの! 状況的にはまだ1対2よ! …いつまでいじけてんの、テッククロード!」
「…もうビリビリしないか…?」
「しないからさっさと来い!」
「うん…むっ! クトみくん! だいじょうぶか!」
「そのタコは刺身にしても死なないから大丈夫よ」
「そうか…あんまりおいしそうではないが…」
「例えだよ!」
 やはり、ハッタリで引いてくれるような相手ではないらしい。

「思ったより強いみたいねえ…いいわ! それでこそヒロインよ!」
「何!? かのじょはヒロインなのか!?」
「だーも! 悪よ! 悪のヒロインなの!!」
「ヒロインなのに、悪…? 悪なのに、ヒロイン…?」
 テッククロードは自分の正義について悩み始めた。
「ただでさえ強いのに、今はもうクトみの拘束もなし…ああ怖い、怖いわぁ〜」
「なら!」
「そ・こ・で! ゼノちゃんはぁ、またいい事思いついちゃったァ!」
「─」
「おおっと止めた方がいいわ! さっきと全然雰囲気違うじゃない、ほんと怖い子ねぇ…ふふ…」
 おそらく、このグループの指揮を執っているのはこのゼノちゃんだ。
 なら、彼女をどうにかすれば、そこで戦いは終わるかもしれないし、何かまずい事を始めるのも彼女だろう。
 戦いを終わらせる為に、力を振るわなくてはならない時はある。
 今がその時であると、先手を打とうとしたのだが、存外、この少女は聡い。
 虚勢かも知れないが、何か本当に、手を出したらまずいカードを握っているかも知れない。
「一つ、アタシの秘密を教えてあげる! 特別よ? あんたの事、すっごく気に入っちゃったの!」
 そういいながら、ゼノちゃんは赤いボタンが一つだけ付いたいかにもなリモコンを取り出す。
「アタシの作るマシンにはぁ、ぜ〜んぶ、自爆機能が付いてるの! 素敵でしょ?」
「まさか…!」
「もちろん、さっきのヤツにもね! …ここで問題! アレは今、どこにあるでしょ〜?」
 ちらと、倒れるクー・フェイ、それから、ヒクヒクしているキリキリマイの方を確認する…
が、ここから見ただけでは判らない。
「ふふっ! 察しがいいのも好きよぉ…! そ! あの二人のぉ、どっちか!」
「─ッ」
「アハッ、ダメダメ! あんたがどんだけ強くても、流石にアタシがスイッチ押す方が早いわよ?」
 カマイタチでリモコンを、最悪彼女には悪いが手首を斬り落とす。
 隙があればそうする気だったが、甘い相手ではなかった。
「ふふ! 選んでいいのよ? どっちをた・す・け・る・か!
 もし大当たり! 正解を選んだらぁ、見逃してあげちゃおっかな〜?」
 どこまでが真実なのか、確証は無い。
 ただ一つ、言えるのは。
 見逃す気は無いらしいという事だ。
「…何が目的ですか」
「あら、選ばないの? 究極の選択、選ぶ事なんて出来ない二者択一! これがなきゃ、ヒーローなんて言えないわよね!」
「私に出来る事なら、なんでもします。ですから…」
「ええ〜、ほんとぉ〜? なんでもしてくれるのぉ〜? ならぁ…」
 その顔から、表情が消え。
「私に、本当のヒーローを見せて欲しいの。黙って嬲られなさい」
 ゼノちゃんが浮かべたのは、歓喜でも、興味でもない、本能が形作る威嚇の笑み。
 ここまで、なんですね…
 茶番は終わり、ついに…ついに私へのご褒美タイムが始まるのですね!!

「ほんとうのヒーローなら、さいしょからこうすべきだったな…」
「は? あんた何言って」
「せいかいは、ここだ」
 えっ
 と思うまもなく、テッククロードはリモコンをひょいと奪い、そして躊躇無く、ボタンを押した。

───
 最初は、視界を埋め尽くす閃光と、無音。
 大きすぎて許容量を超えた爆音が耳鳴りに変わり、焼かれた網膜が慣れ始めるとその先には、
地面を抉るクレーターの中、ボロボロになって倒れる二人の姿があった。
「ぐ、ぐぎぎ…覚えてろよ…」
 ガクリと、アフロになったゼノちゃんは気を失った。
「すまなかったな…しょうじょよ…」
「テッククロードさん、どうして…! それは…! それは私の役目だったのにっ…!!」
 傷だらけなのは、テッククロードも同じで…
 誰も彼もが、私の痛みを奪っていく。
「いいのだ、しょうじょよ…」
「ヨくないっ…! 全然ヨくないです…!!」
「すまない…泣かせるつもりはなかったのだが…」
 むしろ鳴かせてください!
「きみのような人には、わらっていてほしい…」
 そう微笑みかけたのを最後に、彼女も眠るように目を閉じる。
「私だってそうしたいんです…! でも…!」
 いつもあなたに踏みにじられてダブルピース、四色八代子です!!

「いや〜、大変でしたね」
「ほぼ逝きかけました…」
「クーさん! キリキリさん!」
 爆発のせいか、二人は目を覚ましていた。
「まったく、とんだ災難でしたよ。ところで彼女達は…」
「また来たら、その時こそ私の剣で切り払ってみせます」
「…まあ、あなたなら」
「そ、そう言う…だろうね…」
 何も言わず、苦笑いするだけで済ませてくれる。
 私は、仲間に恵まれた…本当に。
「ところでその刀、少し拝見させてもらっても?」
「刀をですか? はい、いいですけど…」
「ありがとうございます。本当に」
「うっ」
 キリキリマイはクー・フェイのマジカル腹パンで気絶した。

「クーさん!? 何を…!」
「ふぅ…まったく、君達と友達ごっこを演じるのは中々骨でしたよ」
「そんな…! 嘘ですよね、クーさん!?」
「溜めて溜めて、最後に総取り…やはり、この瞬間はたまりませんねえ」
 クー・フェイのポーカーフェイスは変わらない。
 出会った日も、共に町を行った日々も…そして今、この瞬間も。
「ずっと…ずっと私達を騙してたんですか!」
「ええ、そうですが? といっても、今日に至るまで、不快な思いをさせた事は無いと自負しておりますが」
 そう。だからこそ、信じていたのに…
 私のような人間にも、真摯に接してくれたから…!
「取引のようなものでしょう? あなた達は今日までいい思いができ、私は今日その代金を頂く。」
「そんな理屈!」
「納得して頂けない? でしょうねえ。だから、こうして」
 すらりと、クー・フェイは刀を抜く。
「保険を掛けたのですから。消耗していたとしても、これを持ったあなたに勝てると思うほど、自信家ではないので」
 今日まで、ずっと近くに居たのに…
 疑った事なんて一度も無かった。ただ、嬉しくて。
 やはり、私は弱いのだ。弱いから、見誤る。弱過ぎるから、どれだけ剣の道を極めても、怖い。
 もっと早く、気付ければよかった。
 こんなに近くに居たんですね。
 私の、ご主人様…!
「ありがとうございます!!」
「は?」

─ずん、と。唐突に何かが飛来し、その低音に体が痺れる。
 もうもうと立ち込める土煙。それが晴れるにつれ、明らかになったシルエットは…
「あなたは…!」
「お前は…!」
「「ヤクルトさん!?」」

おわり

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