最終更新:ID:3FzSO0iJ2Q 2017年08月24日(木) 03:07:35履歴
登場キャラクター:玉藻 陽炎 常夜
猫又。
現在では家猫が長生きすることで化ける、とされている。
飼い主に恩を返したり、時に死者を蘇らす、なんて戯れに生きる妖怪という印象は少なからず或る。
しかし昔、猫又とは山中に住まう化け猫のことを指していた。時に人に化け、時に巨体に化け、山に迷い込む者を取って喰らっていた、と言われていたらしい。
そうしたかつての姿は、時が行き過ぎるにつれ薄れていく。
此処に有るのは、かつての猫鬼のような振る舞いもなりを潜めた一妖怪であった。
夜半、山中にて。
一人の女性が獣道を行く。
狐の耳に尻尾、和装姿。ふわりと周囲を照らす人魂のような火の玉。少なくとも普通の状況とはかけ離れている。
それだけではない。彼女は闇の中を歩いているのではない。すいすいと、跳んで道を行くのだ。軽快に、しなやかに。
女性の脚が止まる。
「やれやれ、ここまで来ても姿を見せぬとは……儂も警戒されたものじゃのう」
暗闇に向かって、女性が語り掛ける。その古風な話口調は、女性が明らかにただ者ではないことを悟らせた。
最もそのはずである。
彼女は妖狐である。妖怪の中でも位は高く、名高い策士として知られている。それがなくとも、単純に放つ「畏れ」はあらゆる者を敬服させる。
そして、単に妖怪というだけではない、彼女は魔法少女という存在でもあった。
妖狐は魔法少女に変身するとき、自らの名を『玉藻』と名乗っていた。
べべん。
暗闇から返ってきたのは、弦を小鳴らす音。
「……ぬしは、それが返事のつもりかの……?」
少々困惑げに女性が問う。
べん。
と返る音。
そして、音もなく音色の主が妖狐の頭上から姿を見せる。
妖狐と同じように和装姿で、肩から三味線を下げている。異なるのは頭についている猫耳と尻尾だった。
穏やかな顔つきで、木の上から三味線を弾き鳴らす。
「……やれやれ、久方ぶりに逢うたと思ったら」
妖狐は呆れ顔で猫娘に語り掛ける。猫娘が返事をする様子はない。
森の中に三味線の音が広がる。穏やかに、緩やかに。夜の森に流す音楽としてはそれ相応なものだった。
「どちらに話したものかのう」
音色が止まる。
この猫娘は、猫又という妖怪である。
長命な家猫が化けたものではない、古来から山中に住まう化物としての妖怪だ。かつては妖怪としても名高い存在であった。
猫は死者とのつながりが強いと言われている。
曰く、猫が死人の部屋に入ると死人が立ち上がる。
曰く、猫が死人を跨ぐと死人は甦る。
曰く、猫は死人の体の中へ自分の魂を入れる、など。
故に、彼女が魂の器として同じ猫の死体を選ぶのは必然だった。
誤算だったのは、元の猫が死後も明確に強い自我を遺していたこと。普通ならば、猫にそこまでの自我が芽生えていることはそうない。
しかし、この猫は、魔法少女だった。
それゆえ、元の魔法少女だった猫の意識と、猫又としての妖怪の意識が混ざりあっている。
幸いなことに、互いは強く打ち消し合ったりせず一つの肉体に同居している。性質が似ていたことも一つの要因としてあったのかもしれない。
妖狐は、そのどちらとも面識があった。故の『どちらに話したものか』である。
「……まあ良い、それでおぬしはこれからどうする気かの……?」
妖狐は静かに語り掛ける。気まぐれな妖怪の思惑を掴もうとする。
さてね。
妖狐の耳にはそう聞こえた。
実際は猫又は声など出してはいない。三味線の音色が、人の言葉の抑揚を奏でそう聞こえただけである。
「……ああ、そうじゃった……貴様はそういうやつじゃった」
妖狐は一人、納得する。片方の真意は分かった。掴めない、ということを改めて知った。
「しかし、ぬしはそれで構わぬのか?」
故にもう片方に向けて問う。
猫又は笑みを崩さず渋い顔をしていた。
「逢いに行かぬのか、あの者に」
どうしましょう。
そう奏で返す。
そして、それを最後にふっと姿を消した。
「相変わらず、は共に変わらんか……」
「行きましたか、あの方は」
「ああ、ぬしもおったのか」
木陰から、また和服姿の女性が顔を出す。靡く黒髪が暗闇に溶けるような様相の女性だった。
「気づいていた癖に、よく言いますねこの駄狐は」
「さて、何のことかの?」
黒髪の女性、妖狐と同じように妖怪で魔法少女である彼女、は名を『常夜』と言う。
「はぁ……で彼女は」
「ん? ああ、陽炎のことか」
「陽炎と言うのですか彼女は、しかしどうやって名を」
「魔法少女が他の魔法少女の名前を知らずしてどうする」
「……」
この妖狐はよく人を食ったような話し方をする。常夜はそれを知っていた。
「……帰りますよ私は」
だから、早々に立ち去ることにした。
妖狐と猫又の会話、あれは本当に会話だったのかはわからないが、それを聞けただけで収穫はあった、彼女はそう思うことにした。
一人残された妖狐は夜の空を見上げる。
ふと、かつて自分と関わった亡くなった猫、今は猫又に憑かれ同調し、ふらりと気の向くまま生きる猫、そしてその猫が亡くなった日。あの日も、こんな夜空だったことを思い返していた。
猫又。
現在では家猫が長生きすることで化ける、とされている。
飼い主に恩を返したり、時に死者を蘇らす、なんて戯れに生きる妖怪という印象は少なからず或る。
しかし昔、猫又とは山中に住まう化け猫のことを指していた。時に人に化け、時に巨体に化け、山に迷い込む者を取って喰らっていた、と言われていたらしい。
そうしたかつての姿は、時が行き過ぎるにつれ薄れていく。
此処に有るのは、かつての猫鬼のような振る舞いもなりを潜めた一妖怪であった。
夜半、山中にて。
一人の女性が獣道を行く。
狐の耳に尻尾、和装姿。ふわりと周囲を照らす人魂のような火の玉。少なくとも普通の状況とはかけ離れている。
それだけではない。彼女は闇の中を歩いているのではない。すいすいと、跳んで道を行くのだ。軽快に、しなやかに。
女性の脚が止まる。
「やれやれ、ここまで来ても姿を見せぬとは……儂も警戒されたものじゃのう」
暗闇に向かって、女性が語り掛ける。その古風な話口調は、女性が明らかにただ者ではないことを悟らせた。
最もそのはずである。
彼女は妖狐である。妖怪の中でも位は高く、名高い策士として知られている。それがなくとも、単純に放つ「畏れ」はあらゆる者を敬服させる。
そして、単に妖怪というだけではない、彼女は魔法少女という存在でもあった。
妖狐は魔法少女に変身するとき、自らの名を『玉藻』と名乗っていた。
べべん。
暗闇から返ってきたのは、弦を小鳴らす音。
「……ぬしは、それが返事のつもりかの……?」
少々困惑げに女性が問う。
べん。
と返る音。
そして、音もなく音色の主が妖狐の頭上から姿を見せる。
妖狐と同じように和装姿で、肩から三味線を下げている。異なるのは頭についている猫耳と尻尾だった。
穏やかな顔つきで、木の上から三味線を弾き鳴らす。
「……やれやれ、久方ぶりに逢うたと思ったら」
妖狐は呆れ顔で猫娘に語り掛ける。猫娘が返事をする様子はない。
森の中に三味線の音が広がる。穏やかに、緩やかに。夜の森に流す音楽としてはそれ相応なものだった。
「どちらに話したものかのう」
音色が止まる。
この猫娘は、猫又という妖怪である。
長命な家猫が化けたものではない、古来から山中に住まう化物としての妖怪だ。かつては妖怪としても名高い存在であった。
猫は死者とのつながりが強いと言われている。
曰く、猫が死人の部屋に入ると死人が立ち上がる。
曰く、猫が死人を跨ぐと死人は甦る。
曰く、猫は死人の体の中へ自分の魂を入れる、など。
故に、彼女が魂の器として同じ猫の死体を選ぶのは必然だった。
誤算だったのは、元の猫が死後も明確に強い自我を遺していたこと。普通ならば、猫にそこまでの自我が芽生えていることはそうない。
しかし、この猫は、魔法少女だった。
それゆえ、元の魔法少女だった猫の意識と、猫又としての妖怪の意識が混ざりあっている。
幸いなことに、互いは強く打ち消し合ったりせず一つの肉体に同居している。性質が似ていたことも一つの要因としてあったのかもしれない。
妖狐は、そのどちらとも面識があった。故の『どちらに話したものか』である。
「……まあ良い、それでおぬしはこれからどうする気かの……?」
妖狐は静かに語り掛ける。気まぐれな妖怪の思惑を掴もうとする。
さてね。
妖狐の耳にはそう聞こえた。
実際は猫又は声など出してはいない。三味線の音色が、人の言葉の抑揚を奏でそう聞こえただけである。
「……ああ、そうじゃった……貴様はそういうやつじゃった」
妖狐は一人、納得する。片方の真意は分かった。掴めない、ということを改めて知った。
「しかし、ぬしはそれで構わぬのか?」
故にもう片方に向けて問う。
猫又は笑みを崩さず渋い顔をしていた。
「逢いに行かぬのか、あの者に」
どうしましょう。
そう奏で返す。
そして、それを最後にふっと姿を消した。
「相変わらず、は共に変わらんか……」
「行きましたか、あの方は」
「ああ、ぬしもおったのか」
木陰から、また和服姿の女性が顔を出す。靡く黒髪が暗闇に溶けるような様相の女性だった。
「気づいていた癖に、よく言いますねこの駄狐は」
「さて、何のことかの?」
黒髪の女性、妖狐と同じように妖怪で魔法少女である彼女、は名を『常夜』と言う。
「はぁ……で彼女は」
「ん? ああ、陽炎のことか」
「陽炎と言うのですか彼女は、しかしどうやって名を」
「魔法少女が他の魔法少女の名前を知らずしてどうする」
「……」
この妖狐はよく人を食ったような話し方をする。常夜はそれを知っていた。
「……帰りますよ私は」
だから、早々に立ち去ることにした。
妖狐と猫又の会話、あれは本当に会話だったのかはわからないが、それを聞けただけで収穫はあった、彼女はそう思うことにした。
一人残された妖狐は夜の空を見上げる。
ふと、かつて自分と関わった亡くなった猫、今は猫又に憑かれ同調し、ふらりと気の向くまま生きる猫、そしてその猫が亡くなった日。あの日も、こんな夜空だったことを思い返していた。
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