img街の魔法少女の素質ある「」を集めてるポン

登場キャラクター: 黒髪の少女




 妹が死んだ。

 俺がそれを知ったのは、塾にいた時間だった。俺の携帯に妹の死を告げたのは俺の両親ではない、警察だった。

 とある山林で、首の骨を折られ、体のあちこちが腐食した状態の妹の死体が発見されたという。

 まず両親に連絡が行き、それからしばらくして俺の方に連絡が来た、ということらしい。



 元々、両親の兄妹に対する扱いは大きく異なっていた。

 多分、俺が搾取子で、妹は愛玩子ということなんだろう。

 虐待とかされていたわけではない。ただ、構ってくれないだけだ。父も母も妹には良くしていた。俺には特に何もない。こちらから話しかければ、二三言葉を返す、その程度の関係性だった。

 習い事は頼めばやらせてくれた。塾にも行かせてくれた。しかし、一度も発表会にもコンクールにも来てはくれなかった。



「お兄ちゃん、何してんの」


「勉強だよ」



 妹は優秀だった。

 俺と同じことをして、俺よりも努力して、俺よりも成果を出す。見ていて中々に気持ちの良いものだったんだろう。俯瞰気味に見ていた俺の目にすらそう映ったくらいだ、両親のはりきり具合は相当なものだった。



「兄貴、どこ行くのさ」


「塾だよ」



 妹は、家族で唯一、俺に話しかけてきた。

 あれでも気を遣ってくれていたのだろうか。放っておくと何も話さない俺のことを。



「ねえねえ、この衣装どう? このフードとか結構気に入ってんだけど」


「ああ」


 良好な関係を築こうとしなかった俺が悪いんだろう。それが自覚できてなお、俺は動かなかった。

 動けなかった。






 妹が死んで、家の雰囲気はがらっと変わった。

 俺のことなど無視してさめざめと泣き暮れる母。

 我関せずを貫いてる風を装う父。




 俺は俺で、見た目を変えた。

 黒の髪を金に染め、眼鏡も外した。服も、なるだけ着崩す感じに。

 妹が死んでグレた、なんてことも言われた。ある意味では、それは間違っていないだろう。











 両親はそれにも何も言わなかった。












 容姿を少し変えたところで長年染み込んでいた日頃の生活が変わるわけではない。

 俺は結局塾に通っていた。

 そんな、ある日のことだった。

 いつものように平日夜の塾から帰る道の途中、家の窓を見ると夜更けだというのに、明かりが見えてこない。

 寝たのか、と思うにもまだ夜九時過ぎだ。いくら何でも早すぎる。







 玄関を開けると、そこには母だったものがぶら下がっていた。






「…………」


 言葉が出なかった。それこそ、本当に不意の出来事で、これは何かの悪戯じゃないのか。

 母は、俺から逃げて、いや、逃げるという意識すらなかったのだろう。妹は母の世界のすべてで、それを失ってしまえば、いずれ、こうなることは分かっていた。



 けれども。








 父が亡くなったのはその数日後の日曜日のことだった。

 駅のホームから、通過駅を走り去る電車に、飛び込んだらしい。母の葬儀も終わり、しばらく経った頃の話だった。あの人は、辛うじて父親としての役割を果たした。



 思えば父は、妹の葬儀の時には泣きもしなかった。母の葬儀の時はどうだったろう。淡々とした喪主としての役割を演じる裏では、もしかしたら、どうしようもないような悲しみがあったのかもしれない。



 今では、それを慮ることもできそうもない。



 半端に元が優秀な生徒扱い、とはいえ今は金髪で軽薄そうな不良の姿だが、それ故に父の葬儀の喪主は俺が務めることになった。慣れぬ作業に追われ、時折携帯で喪主、どうする、とかで検索しながらも進めていった。


 落ち着いたのは、その日の夜。


 いつもは狭苦しいリビングが今はとても広く感じた。





「一人、になっちまったな……」


「…………」


「…………淡々と流れるこの世界が、何だか僕だけをここに、置いてくようで……」



 昔、聞いた曲だった。どこか懐かしさを憶えた、その曲。自然とフレーズが口をついた。



 わからない、何で視界が霞むんだ。




 俺は誰にとっての、何だったんだろうか。

 誰かに、母親に、父親に、価値を見出してほしかったんだろうか。

 妹はどうだ。俺に、何を見ていたんだろう。






 気づくと、俺はビルの屋上にいた。



 淵に立ち、下を見る。

 足元には、星空のように瞬く光の海。あの一つ一つが誰かの流れであって、そこでは皆が幸せそうに笑っているんだろう。

 俺はそこにはいない。行けない。





「ダメだよ!!」


「!?」


 下から声がした。……下?

 足元の縁に手をかけ、くるっと空中で前回転して着地する。

 ……夢でも見ているのだろうか。黒髪ショートのセーラー服姿の少女がそこにいた。

 ヘッドホンをした、身長は……150cm程だろうか。胸はない……これは失礼か。


「ふぅ……ギリギリで間に合ってよかったよ……今何しようとしてたの!?」


「え? え、いや……」


「駄目だよ、こんなことしようとしちゃ」


 ……こんなこと、か。


「なぁ、アンタ、俺が何をしようとしたと思うんだ?」


 やや自嘲気味な笑みを浮かべながら、軽い意地悪のつもりで聞いた。


「さぁ、何か答えてくれよ……」


「……どういう意味で聞いてるのか僕にはわからないよ、でも」


 そう言うと少女はしゃがみ込み、顔を近づけてくる。


「もしかして……何か、悲しい事があったの?」


「…………」


「僕は、君じゃないから……その気持ちを共有することはできない……でも」


 少女はゆっくりと、多分だが、慣れない言葉を紡ぎながら、俺を慰めようとしている。


「辛かったら、泣いたっていいんだよ」


 そう言うと、俺の頭を両腕で静かに抱きかかえ、自分の胸元に引っ張った。



 夜の空の下、俺は少女に抱かれて泣いていた。

 声もあげずに、静かに。多分俺は、泣き方を知らないんだ。

 静かに音楽が流れ出す。少しだけ、心が楽になった。



「ハイ、おしまい! 少しは元気出た?」


「…………」


「普段はあんまりこういうことしないんだけどね……あ、あと!僕のことは誰にも言わないようにね!!」


 少女は微かに顔を赤らめ、空を跳んでどこかへと消え去っていった。

 まるで、夢のような、魔法の世界のような出来事だった。





 その後、自分の家で目が覚めた。

 学校には、もう行ける時間ではなかった。

 ここ数日で次々と人がいなくなった家の中は少々小汚くなっていた。半分は母が荒れに荒れて、もう半分は父が酒を呑み散らかしたあとらしいようだった。

 どちらも、俺の知っている両親の姿ではなかった。



 家はどうするか、このまま売り払ってしまおうか。

 それにはまず、家を……このごちゃごちゃした中を片づけなくては。


「ん」


 妹の部屋に入り、適当に掃除をしていた時に目についたものがあった。

 ノートだ。表紙に大きく『秀一へ』と書かれている。一体これは、何なのだろう。





 そこには、俺の知らない妹の姿が記されていた。





 魔法少女、夢に彩られたそんなファンシーなものではなかった。

 もしかしたら、いつかの黒髪の少女もそうなのかもしれない。

 そして、頻繁に見る『魔法の国』や『魔法少女育成計画』といった単語や、おそらく固有名詞であろう西洋風の名前など。

 それが意味することはわからない。表紙に宛てたのは俺の名前。

 俺に対して具体的なメッセージらしき文は見当たらない。ただ、これは俺が解かなければならない。答えを。

 それが今、俺が妹にできる最後の弔いだ。




 程なくして、ある答えに辿り着いた。

 俺は魔法少女として、今活動している。

 名前は、妹の名を借りた。彼女より劣る、という意味を少し込め、名前の後ろに「-2」と。

 ヒトミ-2、それが俺が魔法少女として活動するにあたっての名だ。



 ノートにはこうも書いてあった。


『正しい魔法少女とは困っている人を助ける魔法少女のことである』


 俺の魔法はそれに向いた魔法だった。

 人が困っていれば、その人を助けてやれる。失くし物をした人がいれば、探してきて助けてやる。人と争う必要なんてない、ただ前に進むために助けに行く。



 あの黒髪のセーラー少女にも、いずれ逢えるだろう。

 その時は。






 これは、彼女が終わり、彼が始まるための物語である。



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