img街の魔法少女の素質ある「」を集めてるポン

登場キャラクター:Roter Komet まっきー ミーユ マリー・ヴァージニー

この怪文章は、魔法少女育成計画の二次創作である自作魔法少女スレに登場したキャラをお借りした三次創作ぽん。
以下の注意点に留意して目を通して欲しいぽん。
※1 お借りしたキャラの作者さんは一切関わっていないため、実際の設定と、怪文章内の性格や能力が齟齬しているかもしれないぽん。
※2 お借りしたキャラ同士でwikiやスレにない人間関係が出来上がっているぽん。
※3 マリー・ヴァージニーちゃん まっきーちゃん roter kometちゃん ミーユちゃんをお借りしましたぽん。




































Virginie A Biography


















    まさに染みひとつない海ね。リリー・ブリスコウはそう思いながら、入り江を見晴らしてまだ立ちつくしていた。入り江にはまるで絹のように
    なめらかな海の面が広がっている。それにしても、距離と言うのはとんでもない力を持っているのね。あの人たちは距離のなかに飲みこまれ
    永久に去ってしまった。そんなふうに感じた。まわりの自然の一部と化したかのようだわ。あたりはいま、どこまでも穏やかで、どこまでも
    静かだった。汽船はすでに姿を消していたが、煙の盛大な渦はまだ宙にかかり、惜別の思いを伝える旗のようにたなびいていた。
                                    ―――ヴァージニア・ウルフ「灯台へ」より















◇◇◇

やはり軽々に引き受けるべきではなかった。
マリー・ヴァージニー――泉澄花はペストマスクの下で深々と嘆息を漏らした。
澄花の目の前で、もう何度目になるか、二人の風変わりな少女が口論を交わしている。いや、果たして口論足りえているのかどうか
片方の少女が一方的に食って掛かり、もう片方は飄々と(というよりは諦観したかのような生ぬるい視線で)怒れる少女を宥めている。

「クワトロ大尉は卑怯ですよ!どんな事情があるのか知らないけど、どんな事情があるのか知らないけど!素直に認めたらどうなんです!」
「私はroter kometだよ。………覚えておくといい、カミーユ。人には恥ずかしさを感じる心があるということを………」
「ぼくはミーユですよ!それで、どうなんです!はっきりしてください!」
「今の私はroter kometだ。……それ以上でもそれ以下でもない」
「歯ァ食いしばれぇ!」

(何をやっているの…この子達は……)
先ほどから一事が万事この調子である。取っ組み合いをしている二人の魔法少女は、どうやら魔法少女になる以前から面識があったらしく
青髪の魔法少女が、彼女の知る当人であるかを確かめるべく、マスクの魔法少女の出自を問いただすも、マスクの魔法少女はのらりくらりと言い逃れ
頑なに当人であると認めようとしないので、今まさに目の前で繰り広げられている光景(青髪の魔法少女が痛烈な一撃をマスクの魔法少女の頬に見舞っている)に行きついてしまった。
少女漫画の背景のようなきらきら光るエフェクトを発しながら倒れ行くマスクの魔法少女――roter kometを視界の端に収めつつ、澄花は今更であるが、かつての教育係であり
今はパートナーでもある魔法少女――まっきーの頼みを引き受けたことを後悔していた。





ことの発端は、一昨日に遡る。
その日、澄花はいつものようにまっきーと待ち合わせをしていた。放課後、いつものように取り組んでいる魔法少女としての活動――慈善活動を行うためである。
いつもと違うのは澄花が待ち合わせの時間の約一時間も早く、待ち合わせ場所に到着していたことくらいだ。
いつもならば、まっきーが先に到着していて、遅れて来たことを謝る澄花に、「だいじょぶだいじょぶ。今来たとこだから」と爽やかな笑顔を向けるのである。
澄花が推測するに、待ち合わせとなると彼女は、少なくとも待ち合わせ時間の15分前には現着し、しかもそれをおくびにも出さず
よく冷える日など(もっとも、魔法少女の身体であれば寒さなど感じないが)暖かい缶のお茶(彼女は澄花が個性的な味がするカフェイン入り炭酸飲料を好むことを知っているが
澄花の健康面に気を使い、なるべく摂取量を減らすよう度々苦言を呈する)などを用意して、労いの言葉と共に渡してくれることも度々あった。
要するに、澄花に気を遣っているのである。
その心遣いにむず痒いような嬉しさを覚える反面、反抗心も覚えていた。自分たちはかつては師弟関係であったとはいえ、今はパートナーで(少なくとも澄花はそう思っている)
お互いに助け合う関係のはずだ。現に、魔法少女としての活動の際は、殆どの場合、まっきーが助けを必要とするトラブルの情報を仕入れてきて、澄花が魔法で解決する、という役割分担が
自然と出来ていた。(無論、例外もある。土木工事や清掃活動などは澄花の魔法がうってつけだが、人間関係のトラブルとなるとまっきーの魔法の出番だった)
にも関わらず、いつまでも子供か何かのような気の遣われ方をされるのは甚だ不本意だった。決して短くない付き合いの中でまっきーが天性のお人よしであり、気遣いの人だということは
重々に理解していたが、それを差し引いても一言言いたい気持ちはある。
だからこそ、ほんのささやかではあるが、今日は澄花が反撃してやろうと思ったのだ。彼女よりも早く到着し、普段とは逆に彼女を気後れさせてやる。
いつも飄々としている彼女が少しでも焦る姿を見られれば、澄花の溜飲も下がるというものだ。
決して、守ってもらっているようで気恥ずかしいとか、まるで恋人のような気の遣われ方をして時に有頂天になる自分が猛烈に嫌になる、とかそういう理由からではないのだ。決して、そう決して。

「早く着き過ぎたかしら……」
とはいえ、一時間も早く到着したのは我ながら少々張り切り過ぎたのかもしれない。ただ無為に待つのも味気ないので、トートバックに入れて持ってきた本を読んで待つことにした。
待ち合わせ場所の自動販売機の直ぐ隣にあるベンチに腰掛け、本を広げる。ヴァージニア・ウルフの「灯台へ」普段澄花が好む古典文学とは異なり、近代の作家と作品だが、図書室の
世界文学全集を読み漁っている中で、この作家と出会い、不思議と気に入った。特に今読み進めている最中の「灯台へ」の詩的な文体が織りなす叙情的で、どこか物寂しさを感じる物語に
大いに引き込まれていた。以前、まっきーと慈善活動(という名の土木工事)を行った際に、落石でふさがれた、山沿いであり海沿いでもあった国道から見えた古ぼけた灯台が妙に心に焼き付いて
いたことも、この物語に引き込まれた一因だろう。
「ごめんごめん。待たせた?」
一時、物語世界から離れてまばらに明かりを放つ古ぼけた灯台を思い起こしていると、聞きなれた声が頭上から降ってきて、顔を向けた。まっきーだ。
公園の時計で時刻を確認する。まだ待ち合わせ時間まで30分はある。15分どころではない。彼女はいつも30分前には現着していたのだろうか。
「いいえ、今来たところだから」
これだ。この言葉が言いたかったのだ。マスクの下で綻びそうになる表情を必死に堪えて、声にも感情を出さないように答えた。何気ない風を装えていただろうか。
申し訳なさそうな表情のまっきーを見るに成功したようだ。(彼女は常無表情であるが、ある程度の感情の機微は雰囲気や僅かな表情の違いから読み取れるようになった)
「そっか。良かった。なに読んでるの?」
一言謝った後は特に後を引くでもなく、次の興味に話題を移す。まっきーのこういう潔いところも好きだった。本をぱたんと閉じて
「ヴァージニア・ウルフの「灯台」へ、よ。これは世界文学全集の中に収録されている一篇だけど」
分厚い本をバッグに仕舞って立ち上がりながら答える。残念ながらハードカバーの「灯台へ」は見つからなかった。岩波文庫をなかなか仕入れない図書館だからか文庫版も見つからず
(最も、澄花は文庫があまり好きではない。まるでインスタント食品のような大衆向け化された装丁(これは澄花の思い込みである)が気に入らなかった。本はもっと重厚で格式高いもので
あるべきである)仕方なしに「灯台へ」が収録された世界文学全集を借りてきたのだ。同書に収録されたジーン・リースの「サルガッソーの広い海」だったか。こちらも未読だ。
「へー。世界文学全集というと……アルプスの少女ハイジとか。フランダースの犬とかだね!」
「確かにハイジもフランダースの犬も古典文学の名著だけど、貴方が言っているのはアニメの方よね?」
確か世界名作劇場だったか。澄花も小さい頃、TVで再放送されていたのを見た覚えがある。つい何年か前にも、カリカチュアされたハイジのキャラクター達が車だか塾だかのCMに出演していた。
アニメならともかく、ハイジもフランダースの犬も、最近ではライトノベルもかくやという、少女漫画や(むしろいわゆるオタク向けの青年漫画)のようなタッチで描かれたハイジやネロが表紙を飾り
中身も児童向け、というにもあまりに簡略化された文体で再構成された文庫が売り出されており、書店で見かけた時は、澄花は軽い眩暈を覚えたほどだった。
澄花が愛した、特にフランダースの犬のような、哀愁の漂う表紙と文体で綴られた名著はどこに行ってしまったのだろう。
(とはいえ、澄花自身岩波少年文庫で読んだクチなので偉そうなことが言える立場ではない)
憤りがマスクの下の表情に、あるいは声に出ていたのだろうか、まっきーが苦笑いをして申し訳なさそうに続けた。
「まったく読まないわけじゃないんだけどね。読書習慣がなかったからさ、文学とか、古典とか、全然ピンと来ないんだよね〜」
「『習慣も大事だが、なかには守るより破ったほうがいいものもある』」
「あ!それなら知ってる!シェイクスピアだよね!」
「……妙なことは知っているのね」
シェイクスピア自体オペラの素養がない人間でも知っているドメジャーな人物ではあるが、少なくともハムレットでは「弱き者、汝の名は女なり」や
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(最近になって誤訳だと判明し散々引用した澄花は人知れず顔を真っ赤にした)
などの方が有名だろう。まっきーを決して馬鹿にしているわけではないが、疑問といえば疑問だった。それが、疑問だ。
「この前演劇部の助っ人でハムレット演じたばかりだからね〜。台詞はみっちり覚えこまされたから、当分は忘れないよ。個人的にはホレイショーの方が好みだったんだけどねー。
ハムレットってさー。演じてて面白いんだけど、格好良くはないよね〜」
成るほど、と頷きながら澄花は得心した。かねてよりまっきーが度々演劇部の助っ人を引き受けていることは知っていた。それも主役級の男役ばかり。
魔法少女としての彼女は三度笠に花柄の着流し、という時代錯誤な格好をした(格好に関して言及するのなら、澄花演じるマリー・ヴァージニーも大概なものだが)
黒髪おかっぱの小学生くらいの少女であり、確かに時折見せる物憂い大人びた表情などに凛々しさを感じることはあっても、とても演劇の男役が務まるような
見た目ではない。ということは、変身前の彼女――澄花が名前も知らない彼女は恐らく男役が似合うようなボーイッシュな美少女なのだろう。
冴えない根暗女の澄花とは大違いだ。興味はないが、例えどんなにメイクを頑張ってみたところで、自分が演劇部の助っ人、ましてや男役に選ばれることはないだろう。
ちくり、と胸が痛んだ。こうして魔法少女としては対等の付き合いをしている二人だが、変身前であるなら、接点など生まれようがなかっただろう。それ程に二人が暮らす世界は違う。
同じ時間を過ごし、同じ景色を見ているつもりでも、魔法少女でなくなれば、付き合う友達も、活躍の場も、興味がある物事すら違う赤の他人だ。そう、思うと澄花はたまらなく寂しくなり
心細くなるのだ。そして、そういう風に感じる自分が嫌にもなる。
「でさー。……聞いてる?」
「あ………ええ、聞いてるわ」
うつむき加減になっていた顔を起こして、慌てて答えた。澄花がとりとめのない思索にふけって、一人落ち込んでいる間もまっきーはしゃべり続けていたらしい。
至近距離から、澄花のマスクの下の表情をのぞき込むまっきーの目には、気遣いが溢れていた。どうやら、端からはぼーっとしていた見えた(その通りなのだが)
澄花を本気で心配してくれているようだ。まっきーの気持ちに嬉しくなり、くだらない想像に頭を悩ませていた自分を更に恥じた。
「大丈夫?ここんとこ、まほかつ(魔法少女としての活動の略)してるからね〜。疲れてるなら今日はもう無理しないほうがいいよ。送ってくから」
「大丈夫よ。私にだって、物思いにふける自由はあるわ。とはいえ、『個人の自由にも、制限されなければならない事がある。それは、他の人に迷惑をかけてはならないということだ』
ごめんなさい。聞いていなかったので、話を戻して貰ってもいいかしら?」
まっきーは尚も心配そうな瞳で澄花を見つめていたが、不調がないことに納得がいったのか、一度小さくなずくと再度語り始めた。頷いた表紙に三度笠が少しずれてまっきーの片目を隠した。
「今度、というか明後日なんだけどね。実は新しい魔法少女の子の教育係を引き受けることになったんだ。あ、引き受ける、といっても一時的に…というか一日だけだよ。本来の教育係の子が
その日だけどうしても都合が悪いらしくてね。だから代わりに…ってなったんだけど、私もさ、その日どうしても外せない用事が入ちゃって。それで、マリー、代わりにお願い出来ない?」
「お願いって…私に一日教育係をしろっていうこと?」
「うん。急なお願いだってことは分かってるつもり。でも他に頼れる子がいなくてさ。どうかな……お願いしてもいい?」
ごめん、と掌を合わせて上目遣いに頼み込むまっきーから一歩距離を取り(決して上目遣いの彼女のあまりの可愛さに思わず後ずさってしまったわけではない)、顎に手を当てて思案する。
成るほど、確かに澄花にとっては難題だ。まず澄花は人付き合いが決して上手い方ではない。いや、正直に白状しよう、苦手だ。
それは悠久を生きる泰然自若としたミステリアスな美女マリー・ヴァージニーとしても同様で、少なくとも初対面の人間相手に直ぐ打ち解けられるようなキャラではない。
ましてや、教育係として魔法少女としての在り方、活動方針をレクチャーするなど以ての外だ。上から目線で蘊蓄などたれ相手を怒らせてしまった日には、澄花を頼ってくれたまっきーに顔向けできない。
しかし、しかしだ。そう、まっきーが頼ってくれたのだ。澄花しか頼れる子がいないとまで言ってくれた。常に澄花をさり気なくフォローし、風よけにすらなってくれていたあのまっきーがである。
初めて二人の関係においてイニシアティブを取れたという暗い快感と、まっきーが頼ってくれたという事実の甘い感動で、澄花はかつてないほど興奮していた。
ひょっとするとペストマスクから荒い鼻息が漏れていたかもしれないと危惧するほどに。
「………分かったわ。引き受けましょう。『人間の美徳は、すべてその実践と経験によって、おのずと増え、強まるのである』何事も経験っていうものね。たまには良い刺激だわ」
マスクの下で小さく咳ばらいをし、なるべく平静を装って答えたつもりだ。
常に悠然たる態度を崩さない永遠の乙女マリー・ヴァージニーが、たかだか一回友達から頼られた程度で狂喜乱舞していたと発覚すると、澄花のアイデンティティの崩壊にも繋がりかねない。
優雅に、鷹揚にまっきーに頷いて見せた。
「ありがとうマリー!持つべきものは友達だね!」
その後直ぐにまっきーに抱き着かれても悠然と構えていたはずだ。きっと、おそらく、たぶん。嬉しさに動揺して身体が震えたりはしていないはず。

魔法少女としての活動を終えて、帰宅しベッドに潜ってから、そういえばまっきーの用事ってなんだろう、ひょっとして彼氏とデートとかなのだろうか、ととりとめのない憶測に神経を疲れさせ
眠れぬ夜を過ごしたのは、マリー・ヴァージニーではなく、生身の泉澄花であったので、セーフなのだ。きっと、おそらく、たぶん。









そして今に至る。

ふらつきながら立ち上がり「これが…若さか……」などと訳知り顔で呟いているroter kometに、尚も詰め寄るミーユの周囲に人だかりが出来ていた。
見れば、やじ馬が呼んだらしい自転車に乗った警察官が、人だかりに近づいてきている。
二人の間に割って入り、roter kometに肩を貸して立たしている警察官にどう説明…いや釈明すべきか、必死に考えながら澄花は格好つけのためにまっきーの頼みごとを引き受けたことを
心底後悔していた。



◇◇◇


意外や意外、澄花の予想とは異なり、苦言を受けた二人は素直に謝意を示し、人通りのない路地裏で正座していた。
個性的(変人とも言い換えられる)な二人のことだから、説得もさぞ難しいことだろうと、澄花は敬愛する何人かの偉人の言葉を引用すべく
灰色の頭脳をフル回転させていたが、結局必要はなかった。澄花の深い造詣に感銘を受ける二人を見てみたかったので少し残念でもあった。
「つべこべつべこべと!何故ごめんなさいと言えんのだ!本官の意見は、この街の皆様も意見でもある!それを聞けんというのなら私にも考えがある!」
と仲裁に入った警察官に一喝されたのも効いたのかもしれない。最も、ミーユが一喝された後口の中でもごもごと
「国家暴力はいけない……そうだな。警官の宿命だものな。警官は、自体の善悪など分からずに、上司の命令に従うんだものな。許してやるよ」
と尚も反抗的な言葉を口にしていたのを澄花は聞き逃さなかったが、幸いにも警察官には聞こえなかったようだ。
ミーユの不満の矛先が警察官に向いたこともあり、二人の確執は一旦棚上げになったようで、澄花としてもようやくまともに話が出来ると安堵した。
ともかく、正座して微動だにしないroter kometとまだ若干ふてくされた様子のミーユに、澄花はなるべく要点をかいつまんで分かりやすく丁寧に
(まっきーからの受け売りそのままに)魔法少女の活動について説明した。
曰く、魔法少女は超常の存在であるから、一般の人々に迷惑をかけないよう立ち振る舞うのは勿論のこと、その異能の力をもって、公共の福祉に貢献すべきで
あること。曰く、魔法少女は他者にその正体を知られてはならず、先ほどのように人目のあるところで、お互いの正体について議論を交わすなどもってのほか
であること、等々を澄花なりに丁寧に語って聞かせたつもりである。
roter kometは(マスクをつけているからかどこ見ているのか分からない)得心したようで一度深く頷き
ミーユも不貞腐れてこそいたが「分かりましたよ、やればいいんでしょ!」とややぶっきらぼうながら理解を示した。
(とりあえず、今晩くらいならなんとかなりそうね)
澄花は安心した。一時はどうなることかと思ったが、少なくとも話がまったく通じないわけではない。
二人とも魔法少女が慈善活動を行うことに関しては異論はないようで、噂に聞く魔法を悪用し己の欲望を満たすことしか頭にない悪徳魔法少女ではないようだった。
ならば、後は澄花が監督しつつ、二人のしたいようにさせておけばいいだろう。まっきーがいないこともあって、近隣であったトラブルの情報は仕入れていないし
日が落ちて夜の街もそろそろ賑わいを見せる頃とはいえ、早々毎日トラブルなど起こるものではない。人通りのある通りを適当に巡回すれば今日の活動は終わりだろう。
二人には魔法少女としての心構えを伝えたし、代理としての仕事は果たしたように思った。


――――と楽観的に考えていたのが、間違いだった。
「よくもミネバをこうも育ててくれた!」と子連れの若い母親に食って掛かるroter kometを止め(ミネバって誰よ、ミネバって!)
「一方的に殴られる、痛さと怖さを教えてやろうか!」と学生の集団に突如喧嘩を売るミーユを宥め(この子沸点低過ぎる!)
店の入り口の階段に座り込む少女に「君は、シャア・アズナブルという人の事を知っているかな?」といきなり声をかけるroter kometを制止し
(尚、彼女は「は?知らねーよ。キモッ、しつこいんだよ、警察呼ぶから!」と怒りを露にし、説得するのに時間を有した。
にも関わらず「いや、君には出来んよ」と嘯くroter kometを引き剥がすのに苦労もした)
派手な装いの女性(化粧のせいか見た目より年上に見えた)に「嫌ならやめちゃえばいいだろ。今の自分をさ、普通の女の子になればいいじゃないか。
アイスクリームを食べて、おしゃべりして……」と友達感覚で話しかけるミーユに頭を痛めることになったり、とにかく澄花は振り回され、苦労をした。
ほんの二時間ほどの出来事だったが、澄花には何年にも感じられた。それくらい右往左往し、色々な人に謝罪をして回った。
普段人と関わることが少ない澄花には大変な労力であり、まっきーや所謂リア充と呼ばれる人々は普段からこんなに苦労しているのだろうかと
彼女らに対する認識を改めそうにもなった。
体力はそう消耗していないはずなのに、気疲れしたのか肩で息をしながら、
何故かやりきった顔をして路地裏のパイプだらけの壁に、腕を組んで寄りかかって二人に澄花は文句の一つや二つ言ってやりたかった。
(この子達、さっきの私の話を本当にちゃんと聞いていたの!?)
いや、実際言ってやろう、と呼吸を整えて二人に向かおうとした時、ベルが鳴って、澄花と二人の間に自転車が止まった。先ほどの警察官だ。
また頭が痛くなってきた。それはそうだろう、行く先々でトラブルを起こしてきたのだ。今度は二人だけでなく、一緒に行動していた澄花も咎められるに違いない。
ところが警察官からかけられた言葉は予想外のものだった。

「いや、君達ありがとう、助かったよ。本来なら我々警察官の仕事だが、言い訳になるがなにぶん人手が足りなくてね」

なんのことかと訝しむ澄花に警察官は続けた。問題が起こり得るであろう市民に注意喚起を促してくれただろう、と。
夜の20時も過ぎているのに居酒屋に幼い子供を連れて入ろうとする母親を咎め、後輩に対し半分おふざけとはいえ、暴力を振るっていた先輩学生を戒め
明らかに家出だと思われる少女の話を聞き、家に帰るよう説得し、心身ともに疲労していた夜の街で働く女性を慰撫して、他の道も示した。
生の感情をぶつける態度が彼女ら彼らの心を動かしたのか、どのケースも良い方向に動いたようだ、と。
そして最後に警察官はこうも付け加えた。
「一生懸命謝罪し、心配してくれた妙な被り物の女の子にもよろしく、と言っていたよ。二人に振り回されている君の姿を見たら
なんだか自分のしていることがバカらしくなったそうだ」
誇らしげな様子の二人と顔を合わせ、マスクの下で苦笑が漏れた。なるほど、二人はどうやら立派に魔法少女だったようだ。
そして、胸に熱いものがこみ上げて、ほんの少しばかり目尻に涙が浮かんできている澄花も、魔法少女で間違いないようだ。
(ありがとう!マリー!持つべきものは友達だね!)
何故か、笑顔のまっきーが思い浮かんだ。



◇◇◇


心地よい達成感に包まれていたのもつかの間、更なる難問を得てしまった。
今、その難問はミーユの腕の中に抱かれている。栗色のウェルシュ・コーギーだ。彼女は「ロザミィ、お兄ちゃんが守ってやるからな」等と声をかけているが
たぶん名前はロザミィじゃないし、そもそもミーユはお兄ちゃんではないだろう、とツッコミたかったがぐっと我慢した。
余計なことを言おうものなら、また不必要な口論を交わしてしまうだろう。
コーギーは警察官から預かった子だ。曰く「迷い犬らしいのだが、申し訳ないが、しばらく預かっては貰えないだろうか。
勤務が終えたら交番か自宅に連れ帰って世話をするつもりだが、今は少し忙しくてね」とのことで、半ば強引に渡されてしまった。
首輪がついていることから飼い犬だろう。警察官は、通りから離れ民家もまだらに点在している郊外の田舎道で、途方にくれていたのは発見したとも言っていた。
ここから随分な距離だ。あの警察官はかなり広域を一人で巡警していることになる。この辺りの警察の人手が不足しているというのは本当のようだった。
だからというわけではないが、澄花ら三人の魔法少女の間で、預かっている間に飼い主を探そうという結論に達し、今はその郊外の田舎道にある民家を一軒一軒
尋ねている最中。飼い主探しに妙に乗り気な二人(短い付き合いながらroter kometとミーユの二人が強い正義感の持ち主だとは分かった)に押し切られる形で
始めたことだが、前途は多難そうだった。まっきーから教育係の代理を引き受けた以上、こと慈善活動であるのなら、教育係として、また先輩魔法少女として
引き受けざるを得ない状況であったことも関係しているが。それに―――
(こんな寒い中、家に帰られないのは可哀想だものね)
澄花が抱いていた小型犬のイメージと違い、今はroter kometが「あの子と同じだ……ララァ…」と呟きながら抱いている(たぶん名前はララァでもない)コーギー
は大人しく人懐っこかった。小型犬は可愛らしいが、やたらと吼えまわったり、大型犬に比べて情緒が発達していないイメージを持っていたのだ。
この子が誰にでも懐く可愛らしい犬だから、余計になんとかしてあげようという気持ちになったのかもしれない。
(私にも抱っこさせて欲しいんだけど……言えないわよね、そんなの……)
ああ、でも抱っこさせて欲しい。誘惑に屈しそうになり、roter kometの頬を舐めるコーギーに手を伸ばしそうになった瞬間、耳をぴくぴく、と反応させた彼(彼女)は
roter kometの腕から飛び降り、突然走り出した。小型犬とはいえ犬の脚力もとい速力は人間と比べ物にならない。
あっけにとられる澄花ら三人を尻目に一目散に駆けていくコーギーに追いつけたのは、自分たちが魔法少女だったからだ。
コーギーは小さな公園に入ってきて、なにやら吠えている。あの人懐っこくておとなしい子が珍しい。見れば、暗がりのベンチに座る二十代前後の女性に向かって吠えているようだ。
ひょっとして飼い主だろうか。そんな淡い希望は直ぐに打ち砕かれた。彼女の足元には猫が寝そべっている。いや、そのように見えた―――

「…………ッ!」
澄花は悲鳴を上げそうになった。野良猫と思わしきその子は寝そべっているのではない。
………死んでいるのだ。
口元の地面には嘔吐物が零れ落ちており、目は見開かれていた。嘔吐物のある地面の直ぐ傍にちくわの切れ端が落ちている。
それを見下ろす(今はコーギーの吠える声に気づき澄花達を見ている)女性は薄笑いを浮かべていた。
澄花の脳内でつながるものがあった。先ほど通りのトラブルを解決(トラブルの渦中にいたのだが)して回った際、中年の女性グループから話を聞いていたのだ。
最近、自宅の近くで野良猫等の小動物の不審死が相次いでいる、と。今思うと警察官が警巡の範囲を広げていたのも、それが原因ではないだろうか。
眼前の女性と、小動物の不審死がつながった時、澄花はかつてないほどの義憤に駆られた。女性に対し、一歩踏み出そうとした瞬間、澄花の隣を駆けてゆくものがあった。
ミーユだ。―――いけない!

「お前………お前ぇー!」
拳を振り上げて女性に向かうミーユに、残像を作る程の速度で追いついたroter kometが追いつき、彼女を羽交い絞めにした。
それでもミーユは激しく猛り、怒っていた。
「止めるんだ、カミーユ。魔法少女の腕力で彼女を殴ればタダでは済まん!」
「離してください大尉!離せよっ!………あいつは、あいつは生かしておいちゃいけないんだ!貴様だ!貴様のような奴がいるから悲しみは広がっていくんだよ!
お前は悲しみを生む元凶だ!暗黒の世界に帰れ!」
コーギーとミーユから怒気を浴びせられ、女性は困惑した(と見える)表情で立ち上がった。
「なんなんですか、あなた達!……コスプレ?……なんか分からないけど、いきなり怒鳴って。警察呼びますよ!」
白々しい偽装だと思った。後ろめたさもないのか、目線すら逸らさずに澄花らを非難していた。
怒っているのはミーユだけじゃない、澄花も同じだ。一歩前に出た。
「どうぞご自由に。でも、困るのは貴方じゃないのかしら?」
「はぁ?何言ってるんですか?私が来た時にはもう死んでたんです。役所に電話して処理して貰おうかと思ったけど、こんな時間だし、どうしようか迷っていたらあなた達が来て」
「ほう?ならば君の上着のポケットから見えているその袋は何かな?……私には猫の傍に落ちているちくわが入っていた袋のように思えるのだが。それに、もう一つ残っているようだ」
言い逃れが下手糞だ。言わなくても良いことまで喋っている。roter kometが指摘した通り、彼女のコートのポケットから袋の空いたちくわが見えている。大方殺虫剤か何か毒を混ぜたものだろう。
彼女があっ…と地面に落ちたちくわと袋の中に残ったものを見比べて、地面のものを回収しようと手を伸ばすより先に、澄花がそれを拾い上げた。ポケットの袋も押収する。
調べれば、直ぐに毒が混入されたものだと分かるだろう。

「……………だから何よ。あたしなんか悪いことした?どうせそのうち殺処分される野良猫じゃん。むしろ保健所とかの代わりにボランティアで殺してあげたんだから、感謝して欲しいくらいなんだけど!」

「動物愛護法に、愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、二年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する、って規定があるの知ってる?
それに、ペットを殺したら刑法で器物破損も適用されるわ」
澄花は怒っていた。ミーユには悪いが、激昂する彼女をけしかけてもいいと思える程度には怒っていた。とはいえ、相手と同じ土俵に立ってもしかたない。
務めて冷静に振舞うよう自制し、杓子定規の答えを返したつもりだ。つもりだが、言葉の端々に怒りが滲んでいるのはしかたないことだろう。
彼女は笑っていた。何の罪もない、恐らく人の手からご飯を貰うことに何の疑いも抱いていなかった猫を殺して笑っていた。勿論、猫が可哀そうだという思いが強かったが
それ以上に、自分を信頼する無垢な相手を裏切ることは、とてつもなく罪深いことに思えた。
「だから飼い猫じゃなくて、野良猫だって!野良猫増えて困ってるってみんな言ってるし、あたし悪いことしてないんだけど!」
「………確かに、野良猫にむやみに餌を上げたり、避妊手術をしない飼い猫を自由に外を歩き回らせたり、モラルのない飼い主にも責任はあると思うわ。
でも、だからって勝手に……こんなことしていいってことにはならない。それに、みんなって誰?貴方の家族や友人が言ったのかしら?」
「あたしのフォロワーとか、とにかくみんなだよ!あんたが言うように迷惑してるっていうから!」

―――もう駄目だ。もう限界だ。ミーユに泥を被って貰うまでもない。澄花はそう思い、彼女に更に一歩近づいた。それで初めて彼女は怯えるしぐさを見せて後ずさった。
その様子にも腹が立った。弱い者いじめは出来ても、澄花みたいな自分より年の若い女にすら、まともに向き合わないのか。

「血の流れない殺しでは、痛みが分からんのだ。………やはり、重力に魂を引かれた人々の革新を待つことは……それを待っていたら地球は人類の手で汚れて、死に絶える……か」

roter kometが何事かを呟いたが聞き取れなかった。どうやら彼女も澄花を止める気はないようだ。ミーユも「どうだ!一方的な暴力を振るわれる恐怖は!ははっ!ざまあないぜ!」
と同調している。勿論、殺しはしない。ちょっと痛い目を見てもらうだけだ。静かに横たわっている猫が受けた苦しみよりも何倍もマシだろう。
その程度の罰を受ける義務が目の前の女性にはあると思った。
そう思い、手を伸ばそうとした瞬間―――

「いっっ!この……っ!」
コーギーが女性の足に?みついていた。ウウウ…と唸り声をあげている。彼女は振り払おうと、必死に足を噛んで離さないコーギーを蹴ろうと足を振り上げた。
―――いけない!澄花は走った。roter kometも、彼女から解放されたミーユも走っていた。間に合うか、間に合わないと―――
























「はい、そこまで」



























聞き覚えのある声と共に、振り上げた女性の足を誰かが掴んだ。コーギーも澄花が抱きかかえるとあっさりと彼女の足から牙を離した。
何かが澄花の肩に落ちた。――雪だ。小さな雪の結晶が、空から舞い落ちてきている。
それを認識した途端、先ほどまで一つの感情に支配されていた頭が急に冷えていく感覚を覚えた。クリアになった視界で周囲を確かめる。


「………まっきー?」

「ごめん、マリー。大変だったみたいだね。でも、とても助かったよ、ありがとう」

女性の足をつかんで、今下したのはまっきーだった。後ろにはさっきの警察官の姿もある。
警察官は澄花達に会釈すると、茫然自失とする女性の肩を抱くと、自転車を引いて静かに道の方へ歩き出した。恐らく交番に連れて行くのだろう。
その間女性は不思議と何も言わなかった。うつむいて、静かに肩を震わせていた。自分の正当性を主張し、澄花達に罪を擦り付けるのだろうと思っていたのに。
「まっきー、どうして?」
「あはは、なんか出町してたみたいな感じになっちゃったね。でもほんとに偶然、我ながらいいタイミングだったと思うよ。
いやー、実はさー、この子の……」
まっきーは澄花の腕の中で満足そうに寛いでいるコーギーを撫でて
「家が分かったからさ。あのお巡さんと一緒にマリー達を探してたんだよ。そしたら偶然、言い争う声が聞こえてさー。来てみたらびっくり、って感じ。ともかく、良かったよ」
薄く微笑んだ。先ほどの女性とは違い、他人を、いいえ、澄花を安心させるような、とても心安らぐ微笑みだったせいで、澄花は今になって緊張が溶けて疲労やら何やらが噴き出し
コーギーを抱きかかえたまま、その場にぺたんと座り込んだ。
(そうじゃなくて、どうしてここにいるか聞きたかったのだけど………)

後になって思えば、マリー・ヴァージニーらしくない失態だったが、後悔先に立たず、である。


後ろでは深々と降る雪の中、ミーユとroter kometが空を見上げ、
「これは、暖かい光……そうか、俺は一人じゃない……一人じゃないんだな……」
「………ララァ………そうだな、新しい時代を作るのは老人ではない」
等と呟いていた。




◇◇◇



「マリーは怒っていたんじゃなくて、悲しかったんだよ」

帰り道、まっきーがそんなことを呟いた。

無事にコーギー(彼はまろん、という名前らしい。賢くて、勇敢で素敵な子だった。お父さん、お母さん、女の子、と一緒に暮らしており、まろんを心配して遅くまで起きていた女の子は
何度も何度も澄花達にお礼を言って、まろんを抱きしめていた。彼も大はしゃぎでどこか誇らしげだった。後ろでは同じく丁寧に澄花らにお礼を述べてくれた両親が優しい顔で見守っており
その光景に、マスクの中で澄花は自然と涙ぐんでいた)を送り届け、警察官の厚意で猫のお墓を手配して貰ってから、roter komet、ミーユらと別れ(大変だったが終わってみれば寂しくもあった)
まっきーと並んで夜の道を歩いていた。雪は止んでいる。
「藪から棒に、なんのことかしら?」
「さっき、あの女性と対峙していた時のこと。マリーは怒ってた、って言ってたけど、それが嘘だとは思わないよ……でも、たぶんそれ以上に悲しかったんだよ。
だからマリーの悲しみも、雪になったんだと思う」
ああ、そういうこと。澄花は納得した。さっき、雪が降りだしてから急に強い感情から覚めて、思考がクリアになったように感じたのは、まっきーの魔法のおかげだったのだ。
彼女は人々の悲しみや嘆きを、雪に変えて癒す魔法を使う。
「さあ、どうかしら?私自身にも実際のところは分からないわ。『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである』」
「おっ、ちょっと調子戻ってきたね〜。いつものマリーだ」
「ひょっとして私、馬鹿にされてるの?」
やや棘のある口調で問うたが、あはは、ごめんごめん、と笑うまっきーの姿を見て、なんだか馬鹿らしくなった。こほん、と咳払いし、どうせだから聞きにくかったことも聞いてやろうと
思った。
「それで、結局今日はなんの用事だったの?」
まっきーは答えにくそうに頬をかいた。……不貞腐れて直球の質問をしてしまたが、やはり間違いだったろうか。この反応を見る限り、本当に彼氏とのデートだったのかもしれない。
やっぱりいい、と質問を撤回しようとした寸前、まっきーが苦笑いして

「今から時間ある?」
と訊いた。
澄花はこっくりと、頷いた。






◇◇◇


灯台の窓から見える夜の海は凪いでおり、時折水平線の向こうにまばらな光が点々と見える。
頭上の投光器からは淡い光が漏れて、不規則に夜の海の姿を闇に浮かび上がらせている。
澄花達は海辺にぽつんと建っている灯台の制御室、そこに設けられた窓から夜の海を眺めていた。果てのない夜の暗闇は水平線と空を境をあいまいにしていて、雲の下まで暗い海が続いているようだった。
本来は関係者以外立ち入り禁止である。ならば、なぜ澄花達が入れたかというと、まっきーのおかげだった。

まっきーの用事とはつまり、それだ。灯台の所有者、幸いにも民営だった、に以前から掛け合っていたまっきーはこの度、ついに潮で劣化し、汚れた灯台の表面を一日かけて掃除することを条件に
何時間かだけ立ち入りを許されたのである。彼女が魔法少女であり、以前灯台の敷地内に転がり落ちた落石を澄花と共に撤去した実績もあったから、成しえたことだろう。
まっきーはあまり詳しくは話したがらなかった。そういうときのまっきーに深く聞いても無駄だし、澄花自身相手から本音を引き出すテクニックなど身に着けられるほど会話上手ではないので、
それ以上は聞かなかったが、なんとなく、ひょっとしたら勘違い、思い上がりかもしれないが、澄花――マリー・ヴァージニーのためにしてくれたことのように思えた。
分かっている。恐らく勘違いだろう。
以前この古びた灯台が妙に気に入り、ひょっとしたら「風情のある灯台ね。一度灯台からの景色というものを見てみたい気もするわ」などと口にしたこともあったかもしれないが
まっきーがそんなことまで覚えており、まさか澄花のために骨を折ってくれたとまでは思えないので、やはり勘違いだろう。そうに決まっている。絶対に勘違いだ。思いあがってはいけない。

景色が見やすいようにマスクを外していた澄花にまっきーが静かに声をかけた。

「やっぱりさ、悲しかったんだよ」

「なに、さっきの話の続き?」

「うん、ほら…あの人もさ、たぶんだけど、あんなこと楽しくてやっていたわけじゃないと思う。なにか辛いことやどうしようもないことがあって、間違えてしまったんじゃないかなって。
勿論、だから許されることじゃないけどね。ただ、なんとなく……」

あの人とは、猫にひどいことをした、いや猫だけではないが、あの女性のことだろう。まっきーの言うことも分かる。魔法を使ったまっきーにはあの女性の悲しみも雪に変えた、という実感があるのだろう。
だから彼女はおとなしく警察官について行ったのかもしれない。でもだからといって――

「………そう、だからってしたことがなくなるわけじゃないわ。だからって、何も知らない子をあんな………
あの猫だけじゃない…まろんも、ひょっとしたら怖い目にあっていたのかもしれないのだから」

「……まろんってあの子の名前だね。マリー、ちゃんと覚えてたんだ」

妙に感心したような口調で言うものだから、澄花は焦った。なにかマリー・ヴァージニーのキャラにそぐわないことを言ってしまったかもしれない。
なんだか恥ずかしくなって、頬が熱くなるのを意識してしまい、慌ててごまかそうとした。

「いや、違うのよ。ほら、あの飼い主の子が何度も名前を呼ぶものだからつい頭に残っちゃって……!」

「マリーはさ、優しいよね」

だから頷きながらそういう私は分かってますみたいな生ぬるい口調で微笑むのは止めて欲しいのだ。気づけば、いつもこうやってまっきーにペースを握られている気がする。
今日だって、本当はまっきーからイニシアティブを取るつもりだったのに、いいところは全部彼女に持っていかれたような気がする。なんだか不公平だ。
























「だから、好きだなあ……………」



























恥ずかしさと敗北感から俯いて、これだからリアルが充実している子は……等ともごもごと口の中で呟いていたからか
まっきーの言葉がよく聞き取れなかった。
なんて?と聞き返す。

「あっ……いや、なんでもないよ!」

妙にそわそわと焦っている。怪しい。また何か澄花をからかう言葉を口にしたのだろうか。問い詰めようと、まっきーに一歩詰め寄ると

「あっ!ほら見て、雪だ………」

つられて窓の外を見る。まっきーの魔法じゃない、本物の雪が深々と夜の海に舞い落ちていた。灯台の明かりが舞う雪を照らし、きらきらと星のように煌めかせた。
遠くでは汽船の音が聞こえる。きっと、もうすぐ港に帰ってくるのだ。
雪は静かに振り続ける。澄花はふと今読み進めている最中の小説の情景を思い起こした。別離の話だ。時の流れと共にすべてのものは移ろい、変わってゆく。
鮮やかだった灯台も、一緒だった家族も、そして人の意識すらも。でも変わらないものもある。移ろいゆく意識も、たとえ澄花のものでなくなっても
同じ場所違う時間似た誰かに流れ、受け継がれる。この日見た感動と一緒に、きっといつまでも。
だからこの景色を覚えておこうと思った。大切な人と共にいるこの時間と共に。
















そんなことを考えながら窓から雪降る夜の海を眺める澄花は気づかなかった。
その横顔を、頬を染めたまっきーが見つめていたのを。























Virginie A Biography 了


























































































あとがき(補足)

本怪文章は以前スレで供養させて頂いた妄想嘘予告「あの薔薇の咲く星で」の後日談という体で、当初は書き出したものですぽん
マリー・ヴァージニーちゃんの日記を(文章好きな彼女だからしたためてそうだと勝手に思ったぽん)読んだ他のキャラさんの回想みたいな感じで。
でもややこしいからオミットしたぽん。
「あの薔薇の咲く星で」に関しては、「」ァブの脳みその中で勝手に完結した妄想の後日談も糞もないだろうと思われることでしょうが、一応着手はしたものの
終わらねえぽんこれ!ってなったので妄想は妄想のまま思い出横丁にフォール!したぽん。
魔法少女集団の抗争ものが書きたくなってああ…いいねェぽん…この子らスレでの接点皆無だけど妄想の中ではとんでもなくキテるねェぽんな
子達を何人かお借りして、すれ違ったり殺し愛したり、真実の愛を見つけたりして死ぬ怪文章を書く!書けらぁ!という意気込みのまま途中で折れたので
せめて接点もあってマジでキテたマキマリだけはお出ししようと思ったのでこうなりましたぽん。
※roter kometちゃんとミーユちゃんは妄想長編には登場しませんが短編ならこう言っちゃなんだけどまんまなこの子等でも動かせるな!と思ったのでお借りしましたぽん。
お前もアーガマに帰りたいのね……

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