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《『常夜の姫の鎮魂歌(レクイエム)』、実写映画化決定!》

ライトノベルの登竜門、雷撃小説大賞の受賞作「常世の国の姫君」のシリーズ化作品で、
原作とコミカライズ版合わせて300万部を超える中高生に大人気の学園伝奇小説。
闇と異形の棲む“常夜の国”と人間界を舞台に、“常夜の姫”と呼ばれる若き女バンパイアと
人間界の侵略を目論む異端派との壮絶な闘いを描くストーリー。
主人公の常夜姫に765プロの歌姫・如月千早、人間界の恋人役には男性アイドルとして
再ブレイクを果たした秋月涼。敵役に東豪寺麗華や菊池真など豪華キャストを配し、原作に
こだわりつつアイドル映画の枠を超えた作品を目指して間もなくクランクイン……
  •  - -

「……だって。千早ちゃん、映画初主演おめでとう!」
「あ、ありがとう春香……」
「そのクールな反応、ダークヒロイン“常夜姫”そのものだね。もう役作りかな?」
「もしかして春香も原作を読んだのね」
「はい! 映画化が決まった時にって、なんでそこで溜息?」
「原作を読んだのならわかるでしょ……」
「もしかしてラブシーンのこと!? 相手役は涼ちゃんだよね、いいなぁ、羨ましいなぁ」
「ラブシーンではなくてキスシーン。それだって実際にキ、キスするわけではないのだから。
秋月さんであることも別に関係ないわ」
「でもさ、原作にはベッドインする描写もあったよ?」
「あのシーンは一緒にベッドに入るだけなの。ベッドで何をしたかまで描写されていないから」
「ねんねじゃないんだからさ、そこは暗黙の了解ってやつじゃない?」
「了解なんてしていないから! 朝まで一緒に眠っただけなの!」
「ま、さすがにトップアイドルだからベッドシーンは無理だよねぇ。でも真や麗華さんとの
絡みは絶対話題になるよ! 間違いない!!」
「な、何よ……吸血鬼が血を吸うシーンはラブシーンと関係ないでしょ!」
「わかった、分かったから落ち着いてよ、千早ちゃん」

「ただいま、何を騒いでいるんだ? ああ、春香も来ていたか」
「お帰りなさい、プロデューサーさん。千早ちゃんと映画のお話していたんですよ」
「プロデューサー……台本の件、どうでした?」
「そんな心配しなくてもこっちの意向はきちんと通してあるから」
「なんだ、ベッドシーンはなしですか……残念だなぁ」
「あわてるな春香。ベッドに入るシーンは原作通りちゃんとあるから」
「プロデューサー! それでは話が違います!!」
「慌てるな千早、ベッドに入るだけなんだから。作者さんだってあのくだりのことは
“皆様のご想像にお任せします”って言っいるくらいだからな」
「はっきり言うのは野暮ってやつですね」
「春香、しつこいわよ? それに想像の方向がいやらしい」
「ねんねのちーちゃんにラブシーンは10年早かったか」
「あはは……もうすぐ18才なのにまだ子供扱いですか」
「二人ともいい加減にしてください! 私は真剣に役のことを考えているのに」
「だから心配するなっての。経験はなくても俺が責任持って指導してやるから」
「プロデューサーのエッチ! 変態! 大きらい!!」


「千早ちゃん出て行っちゃいましたけど」
「このあと打ち合わせがあるから遠くには行ってないだろうよ」
「まーた他人事みたいに。さっきの発言はさすがにデリカシーに欠けると思いますけどねぇ」
「お前がいうなよ……いつもの軽いジョークじゃないか」
「千早ちゃんが下ネタNGなの知っているくせに。そんなんじゃ優しいイケメン共演者に
取られちゃいますよ」
「秋月君か? あのヘタレにそんな度胸があるもんか」
「可能性はゼロじゃないと思いますけど。なんせ千早ちゃんが唯一心を許した男の子だし、
友人にしてよきライバル、ストイックなとことか歌への姿勢も似ていますからね」
「でも女装の時は下着まで女物にこだわったらしいじゃないか」
「それはともかく……撮影の間は一緒にいる時間が長いから、最初は演技の相談とか
しているうち、徐々に身の上相談になっちゃって、いつしか涼ちゃんの優しさにほだされ…」
「ふむ、それは使えそうだな」
「あ、プロデューサーさんが悪い顔してる。何か変なこと企んでます?」

◇p

俺の思いつきというのは秋月涼に千早の“性教育”をしてもらうことだった。

この秋始まった千早との恋愛関係がキスから先に進まないのをどうにかするためである。
千早の初心さや真面目ゆえの潔癖さが原因かと思い、ゆっくり慣れさせるつもりでいたが
舌を絡めあうようなキスを受け入れるようになっても、愛撫の手を胸や下半身に進めようと
すればとたんに腰が引けて拒絶モードに入ってしまう。
無理に女にしようとは思わないが、お預けをくらうのは正直辛くなってきているし
こんなことがきっかけで二人の関係に亀裂が入るのは洒落にもならない。

そこで秋月涼の出番である。
真面目な彼の言う事なら、性に関する話でも千早は無碍に拒絶しないはずで
映画のラブシーンに絡めればきっと耳を傾けるに違いない。
ラブシーンの演技に難儀する千早にアドバイスを名目とした性教育を施すことで
千早の意識を変えることができればよし、そこまでいかなくともセックスに対する偏見を
少しでも解くことができれば御の字だと思っている。
そのためには多少の接触程度は容認するつもりでいるし、キスくらいなら許してもいいと
思うがそれは口に出さないことにした。千早が心変わりするとは思わないが、男女の間に
絶対はないのである。



律子姉ちゃんから打診があったことを疑うべきだった。
映画のことには間違いなかったけど、まさか千早さんの性教育をお願いされるなんて。
プロデューサーさんに乗せられてOKはしたものの、よく考えればとんでもない話だった。

彼がいうには、性的知識に乏しい千早がベッドシーンやキスシーンでとんちんかんな演技を
して現場を困らせるのは避けたいが、教えようにも変態扱いされて拒絶されるんだ、と。
秋月君なら千早も信頼しているからきっという事を聞いてくれるはずだ、それに言葉の説明で
足りなければ多少の実技も構わない、体に触れるくらいのことならと。
プロデューサーさんの性教育すら拒絶されるくらいなのに、どうして僕が千早さんの体を
触るのがOKになるのか、全く辻褄の合わない話だ。
そもそもあの二人の信頼関係を考えれば、あえて他人に頼む事ではないように思うけど
セックス、いや性教育に関してはまた別なんだろうか?

だけど考えても答えは出そうにないし、引き受けた以上は映画を成功させるためにも
千早さんへのサポートを惜しんでいる場合ではない。
頭に浮かんだ“役得”という言葉を打ち消そうとしながら、まだ見ぬスレンダーな肢体と
その触り心地を想像してしまうと股間の反応は止められなかった。



クランクイン直後はぎこちなさのあった現場も、撮影が進みスタッフ・キャストの息が
合ってくると心地よい緊張感に満ち、ライブの時と同じくらい気分が昂ぶってくる。
撮影前にあれこれ悩んだのが嘘みたいに調子もよく、このテンションを維持できれば
難しいシーンもきっと上手くいくに違いない。

それが甘すぎる期待だったことを、その日の撮影で思い知らされることになる。
VFXが多用される戦闘シーンのうち、格闘だけはスタントなしで私たちが演じるのだけど
そのため真と時間をかけて準備してきた立ち回りは密かに自信があった。

“常夜姫”に襲い掛かる敵幹部との戦闘シーン。
不意を突かれて防戦一方の私は真の容赦ない猛攻に追い込まれ、不運も重なって
倒されてしまうと首筋に牙を突き立てられそうになり……という場面だった。

地面に叩きつけられた衝撃で動けなくなった私の上に馬乗りになる真。
不敵な笑みを浮かべた彼女に手首を押さえつけられていよいよピンチのはずなのに
女の子らしい柔らかさや甘酸っぱい体臭に、襲われている緊迫感をつい失った私は
少し前プロデューサーに押し倒されてキスされた時みたいだとぼんやりと考えていた。
乱暴に顎をつかまれて横を向かされ、真の顔が無防備の首筋に迫ってくる。
頬に零れ落ちた汗の滴の温かさ、荒い吐息の熱さ、なにより唇のなまめかしい感触に
背筋がぞくぞくしたとおもったら、ふぁあ……なんて声が出てしまった。
台本にある、“苦痛と屈辱に耐えながら歯を食いしばる小さな呻き”とは似ても似つかぬ
甘えるような変な声を……。

失敗……どころじゃない、大失態だ。
その証拠に撮影現場は凍りついたように沈黙しカットの声すらかからない。
真だって呆れているに違いない、そう思いながら恐る恐る目を開けると……

「あはは、ごめんね千早。くすぐったかったよね?」
「え? あっ、いえ……その」
「監督、ごめんなさい! 千早が可愛くて台本と違うことしちゃいました!」

可愛いくそう言ってからペロリと舌をのぞかせた真に、スタッフからどっと笑い声が起こり
撮影現場にざわついた空気が戻ってくる。
真のウィンクでをうまくフォローしてもらったのだと気付いたけれど、お礼をいう暇もなく
ばたばたとリテイクが始まり、二度目はうまく演じることができてOKが出た。

そのあと休憩時間に入ると楽屋に戻る真に断って一人お手洗いに向う。
確かめるまでもなく、やはり私の体ははしたないことになっていた。
仕事の最中、しかも相手は真なのに。
プロデューサーとキスする時ほどじゃないのが救いといっても、こんなことではこの先に
控えている秋月さんと絡むシーンが思いやられる。
替えの下着は1枚しかなく、このあとも撮影で汗をたっぷりかくはずだから
ウォシュレットとトイレットペーパーで応急処置をすませてから楽屋に戻る。

「千早、お疲れ! さっきはごめんね」
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい、変な声だしてしまって」
「変だなんてとんでもないよ。あの時の千早、押し倒した瞬間から凄く可愛かったんだから」
「……え?」
「何か訴えるような目でボクを見るもんだから、誘っているのかと思ったくらいだよ」
「そ、そんな顔していないわ」
「ふーん……じゃあさ、千早?」
「な、何? ちょっと顔が近いわよ」
「あの時、何考えてたの? 誰にも言わないからボクにだけ教えてよ」
「べ、別に変なことは考えていないから、そんなに迫ってこないで」
「隠し事はよくないなぁ。正直に言わないとさっきの続きしちゃうよ?」
「だめよ真……お願い、本当になんでもないから」
「いっちゃいなよ、何を……いや、誰のこと考えてたの?」

真がふざけていると分っていても、衣装のレザージャケットを着たまま押し倒されると
さっきのシーンを思い出し体がかっと熱くなってくる。
そのとき楽屋のドアがノックされていなければ、無意識のうち真の体に回そうとした手の
言い訳に困ったに違いない。
今までそう意識したことがなかった真王子の危険さを理解できたのはともかく
女の子の真に迫られても反応してしまうなんて無節操もいいところだ。
どうしてこんな体になってしまったのか分らなくて本当に困ってしまう。


私が体の変調に気付いたのはプロデューサーと恋愛と呼べる関係を結んだ頃だった。
そう、あれは秋のライブが終わったあとの夜。
ステージのテンションのまま彼に抱き寄せられた時、ためらいや恥ずかしさはなく
ただ舞い上がるような気持ちのまま彼と唇を重ねていた。
嬉しさと安堵感から涙ぐんでしまい、ほんのりしょっぱいファーストキスになったけれど、
暖かい感触に夢中になり無意識のうち彼に抱きついて長い時間そうしていた。
先に息が切れた彼が唇を離して息を吸うのを待ち今度は私の方から唇を求めに行く。
さっきよりも唇の感触や体温が鮮明に感じられるのが嬉しくて、それからもただただキスと
息継ぎだけを繰り返していた。

どれだけ長い時間そうしていたのかもわからない。
夜も随分と更けているはずだけど、私に時間を気にする余裕などあるわけもなく
頭だけでなく体全体が熱に浮かされていた私は最初それに気が付かなかった。
体の中でも一際熱く疼いている部分のことを。

キスの合間、息継ぎをした彼が一言呟く。
“千早、顔だけじゃなく体まで真っ赤だ”と
その瞬間、ジンジンと脈打つように熱を帯びた股間に覚えのあるぬるみを感じて
さーとキスの酔いが醒めていく。
月のものと思ったけれど先週終わったばかりだし、これが何かの変調だとしたら……
そう考えるともう甘い気分にひたるどころではなかった。
喉が渇いたといって抱擁から逃れ、洗面所に向かうとそっとお手洗いに入る。

そこが湿り気を帯びることがあるという知識はあったのだけれど
降ろした下着は信じられないくらいの液体を吸って濡れそぼっており
恐る恐る指で触れた性器も当然ながら粘っこい液体で満ち溢れていた。
自分が変態じみた女なのか、その恐れに似た疑惑は、その次にキスした時確信に変わった。
こんな本性がばれるわけにはいかないけれど、いつかキスから先を求められたら……
それからは彼とキスをするのが楽しみではなく恐れに変わった。



プロデューサーさんの依頼に進展が無いことに焦っていなかった。
“難しいシーン”の撮影が近づけばきっとチャンスは生まれる、その予想に間違いはなく
ベッドシーンの撮影を数日後に控えた頃、千早さんの表情にはっきりと不安や憂いが
現れるようになり、それこそ僕が待ち望んでいた“きっかけ”だった。

「千早さん、お疲れのようですけど大丈夫ですか?」
「体調に問題はないけど気遣ってくれてありがとう。秋月さんは元気そうね」
「体は元気ですよ。でもベッドのシーンで上手く演技できる自信が全然なくて……」
「私もよ。あのシーンを演じるイメージがどうしてもできなくて困っているの」
「経験のないことだからしょうがないですよ」

あえて“経験がない”という台詞を口にしたけど、千早さんに拒否反応は見られない。
余裕がなくて気が回ってないのかもしれないけど、気にせずたたみかける。

「あの、千早さん、よかったら僕が持っている映像資料、一緒にみませんか?」
「映像資料?」
「はい。映画好きの知り合いが演技の参考にってベッドシーンばかりを集めたDVDを
作ってくれたんです。あの、エッチなものじゃなくて僕たちが演じるような感じので……」
「ふふっ、子供じゃないのだから演技のためになるならエッチなものでも平気よ?」

処女のくせに何故か背伸びをしたがる千早さんには申し訳ないけど、プロデューサーさんが
編集したDVD(初級編)はベッドでの行為どころか肌の露出すらほとんどない。
行為の直前あるいは事後と思われるシーンはあったけど、映像の美しさや演出、演技は
見応えもあって参考資料としては本当によく出来ていると思う。
もっともキスシーンや胸の露出がある中級編、行為そのものを描写した上級編を見れば
プロデューサーさんがどういう意図で無修正映像まで収録したのかよくわからない。
千早さんへの教育用というには過激すぎて逆効果のような気もするけど。



「本当にいいんですか、僕なんかがお邪魔して」
「遠慮しないで。散らかっているし何のおもてなしもできないけど」
「は、はい……それじゃあ」

千早さんがお茶を入れている間に部屋を観察した限りでは、散らかっているどころか
殺風景といっていいくらい飾り気も少ないし、窓際に置かれたベッドはホテルのように
きちんとシーツが整えられている。
まなみさんのように下着が部屋干ししてあることもなく余計な妄想をしなくてすむ。
さすがに今日ばかりはあの夜のように暴走するわけにはいかない。

「お待たせ。早速始めましょうか」

テーブルに広げたノートに何を書くのだろうと思いながらDVDをスタートさせる。
既に内容を知っている僕はさりげなく千早さんの横顔を見ながら反応を図る。
途中表情が揺らいだような気もしたけど、真剣な表情は最後まで変わらなかった。

「どうでした、千早さん。何か参考になったでしょうか」
「そうね、少し具体的なイメージができそうな感じ……というところかしら」
「それはよかったです。ちなみにどのシーンが良かったと思いますか?」
「最後のシーンで不安そうな女の子がふと穏やかな顔になったところが印象的だたわ。
あれって布団の中で手を握り合ったのだと思うの」

経験者がみれば手による愛撫とその反応だとはっきり分かるシーンでも、処女の千早さんには
そういう綺麗な解釈になるのか……千早さん相手に同じ行為を妄想しかけた僕とは大違いだ。

「それと、顔をぎりぎりまで近づけていた距離感もよかったと思うの。キスしそうでしない、
それが二人の迷いと不安を表しているみたいな気がしたわ」

その意見には僕も同意するけど、キスの話題だけで顔を赤くするのは初心すぎませんか?
照れた顔が可愛すぎて目のやり場に困った僕がつい視線を逸らしたのがまずかった。
千早さんもそれに気づいたのか、お互いの顔とベッドを見比べながら沈黙に包まれる。

先に口を開いたのは千早さんの方だった。

「あ、あの……秋月さん?」
「は、はい?」
「もし良かったらだけど……今から、その……ベッドでしてみない?」

まさかの爆弾発言に体中の血液が轟音を立てて下半身に集中していく。

「今度の撮影の予行演習としてだけど……」



千早さんが着替えている間、まなみさんの部屋での出来事がフラッシュバックし
なんとか勃起を収めようとする努力むなしくさらに硬度が増す始末である。
今からするのは撮影のための稽古であり、あの時のような暴走が許されるなど
思ってもいけないのに、ベッドに千早さんを押し倒す妄想が頭の中を離れない。

だけど着替え終わった千早さんの姿を見て、はっと我に返った。
タンクトップにハーフパンツと露出が多目なのは、台本にある“生まれたままの姿”に
彼女なりに近づけようとした結果なのだろう。仕事には常に全力を尽くす千早さんらしく、
僕のことを信頼してくれているからこそなら、それに応えないでどうする?
こうなれば開き直ってとことん付き合うしかない。

「恥ずかしいから少し暗くするわね」
「は、はい……」
「秋月さんも良かったら脱ぐといいわ。皺になるといけないから」

ジャケットを脱ぎ捨てて潜り込んだ千早さんのベッド、そこは甘美な地獄だった。
甘酸っぱくてなまめかしい体臭とシャンプーの混じりあった匂いが嗅覚を直撃し
触れ合う肌から伝わる柔らかく温かい感触が僕の清い決意を瞬殺する。
生殺しなどというちゃちなものではない、もっと恐ろしいものの片鱗を感じた僕は
勃起がばれない心配どころか、うっかり暴発させないよう全身全霊で耐えながら
慎重に動いて台本通りの体勢を整える。

苦労の割にこの稽古が上手くいかなかったのは、演技や台詞がどうこうよりも
勃起と妄想を抑えるだけで精一杯だったからという情けない理由だけれど
本当に最低だったのはそんなものではなかった。
千早さんがDVD最後のシーンを再現してみたいと言い出し、ベッドの中で体勢を
入れ替えようとして交錯した手がお互いの下半身を直撃したのである。
僕の手は太ももあたりに着地したはずだったが、千早さんの手は限界付近まで
膨張している僕の大事な息子をむんずと握り締めていた。
ジーンズ越しとはいえ敏感な先端部を攻められてはひとたまりもなかった。
千早さんの手の中であっけなく暴発させてしまったのである。

べっドを飛び出しトイレで緊急処置を施すと、訝る千早さんに別れを告げた。
どこをどうやって帰ったのかも分からないまま帰宅し、ほっと一息ついた瞬間
DVDを忘れてきたことを思い出した。



DVDの映像はどれも参考になるものばかりで、それまでぼんやりしていた演技のイメージに
くっきりとした輪郭が浮かび上がってくるのが実感できた。
途中のキスシーンを見たときには体が反応しそうになったけれど、映像に意識を集中させて
なんとか凌いだから秋月さんには気付かれていないと思う。

秋月さんを稽古に誘ったのは、頭に浮かんだイメージを形にするためには
今すぐ演じてみるのが一番いいと思ったからで、ここでなら誰にも気がねすることなく
自分の思うイメージを演じながら試すことができる。

確かにイメージはしっかり掴めたと思う。
薄着になったことでベッドの中では裸という台本の設定もそれなりに体感できたし
男性とベッドをともにする主人公の心情も理解できたように思う。
せっかくの機会だから、DVDのシーンも自分で演じてみたかったのだけど
何故か秋月さんは稽古を中断して帰ってしまった。

ベッドから飛び出してトイレに駆け込んでいたから、もしかしたら具合が悪くなったの
かもしれない。様子を見る限りでは大したことはなさそうだけど。
そういえば慌てていたからDVDを忘れて帰ってしまったわね。
もう一度DVDを見て復習でもしようとして、ケースの中にあるディスクに気が付いた。
<中級編>と<上級編>と書いてある2枚。
機械の中に入っているのは<初級編>だったから、よりレベルの高い映像資料が
入っているのだろうと期待してディスクを入れ替える。

予想とは違う、とんでもなくいやらしい映像のオンパレードだった。
一応どれもベッドシーンだけど、とても参考にはできないエッチなことばかりで
これは私が見ていいものじゃない、私にはまだ早すぎる、だから見るのを止めないと
そう思いながら体は動かず最後まで画面から目が離せなかった。

ううん、体が動かないというのは嘘だ。
途中から私の手はじんじんと熱く疼き出していた部分を無意識に触っていた。
画面の中の女優さんがされているのを真似するように。
ぬるぬるに濡れた性器を指で触れてみて、初めてそれが“気持ちのいい事”と知った私は
やめようとしてやめられず、DVDが終わった後にテレビを消してベッドに潜り込むと
また例のシーンを思い浮かべて手が下半身に伸びてしまう。
もし秋月さんの手でこんな風にされていたら……そんな浅ましいことを考えかけて
自己嫌悪に陥りながらも自分の性器をまさぐる手を止めることができなかった。



撮影当日、早めにスタジオ入りした僕は、祈るような気分で千早さんの到着を待っていた。
あの日以来(怖くて)連絡できなかった非礼を仕事の前に一言詫びるつもりだった。
やがて珍しく眼鏡姿で現れた千早さんは僕に気付いたのにどこかよそよそしい感じで
挨拶もそこそこに楽屋に入ってしまった。
こんな日に限ってプロデューサーさんは同行しておらず、千早さんの楽屋に気安く
はいっていけそうな関係者も見当たらない。

あれが噂に聞くローテンションの千早さんなのか……? 最悪の事態も覚悟しながら
準備を終えたぼくがセットで見たのは今まで見たこともないくらい憔悴した千早さんだった。
そんな彼女に監督、スタッフが不安を隠せない中、僕はいたたまれない気持ちでいた。
千早さんに過激なエロDVDを見せるだけでは飽き足らず、ベッドの中でまさかの暴発を
かました超ド級の変態がここにいますとは口に出せず……

異様な空気に包まれたスタジオは、とてもじゃないけどラブラブなベッドシーンを撮影する
ような雰囲気ではなく、このままリハーサルを始められる状況ではない。
せめてプロデューサーさんがいればまだしも、今日は千早さんのケアができそうな人が
誰ひとり居合わせていないのも不運だった。

監督をはじめスタッフ一同が頭を抱える絶望的な状況に僕は覚悟を決めた。
千早さんに謝ろう、誠心誠意。
それがけじめをつけることだから、たとえ謝って許されることではないとしても謝ろう。
当たって砕けてしまったら、後のことはあのプロデューサーさんに任せればいいだろう。
僕は監督にでっちあげた理由を話してしばらく二人きりにしてもらうよう頼んだ。



覚えたばかりの自慰に夜通し耽った挙句、最悪のコンディションで撮影を迎えるなんて
プロとしてあるまじき失態だった。
ドタキャンすることも考えたけど、スタッフや共演者に迷惑をかけることになるなら面と向って
謝ったほうがまし、そう思ったからこそ重い体を引きずってスタジオまできたのに、出迎えて
くれた秋月さんの顔すらまともに見ることができない。
準備をしてセットに望んでも、スタッフが忙しく立ち働くセットの中で茫然とするしかなかった。
だから急にスタッフがいなくなったのに気付かず、目の前で秋月さんがいきなり土下座を
したことも理解できずにいた。

「この前はごめんなさい、この通りお詫びします」
「ちょっと秋月さん、いきなり何? どうしてあなたが謝っているの?」
「僕が悪いからです。千早さんには多大な迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
「だから待って、謝られる理由がわからないの。頭をあげて、きちんと説明して」

その時になって秋月さんの顔が泣きだしそうに歪んでいるのに気付いた。
彼は慎重に言葉を選びながら、私の部屋にきたときのことを話し始める。
DVDについての説明、ベッドで稽古をしていたとき起こった出来事に対する謝罪。

「顔をあげて、秋月さん……私、あなたのこと責めるつもりは全くないから」
「で、でも千早さん」
「ごめんなさい、私のせいでいやな思いをさせてしまって」
「違います! 悪いのは僕です。真剣に稽古をしなくちゃいけないときにエッチなことを
考えたり、挙句の果てに……その、出してしまったり」
「エッチなことを考えるのは悪いことかしら」
「えっ? そ、それは……」
「あのね、秋月さん……わたし、本当は……」

秋月さんに悪気はないことは他ならぬ私自身が一番よく分っている。
DVDの件で家に誘ったのも、ベッドでの稽古をもちかけたのも私なのだから。
役作りに協力してくれた彼に感謝することはあっても、全く非のない彼から
謝罪を受け取るわけにはいかない。
謝るべきなのは私のほうだから。
それを言葉にするのは途方もなく恥ずかしいことだったけど、だからこそ私も彼に
打ち明けないといけない。

「……あなたが帰ったあとね、DVDの続きをみたの」
「うっ……ごめんなさい」
「謝らないで、あれはあれで、参考になったというか……面白かったというか……
でも本当は夢中になってしまったの」
「…………?」
「見ていてエッチな気分になって、そうしたら、その……濡れてきてしまって。
秋月さんは知っているかしら、女の子がそんな風になるの」
「えっと、まあ、多少のことは」
「私ね、恥ずかしい話だけど少しの刺激でもすぐ濡れてしまうの。はしたない話でごめんなさい。
でもね……こんなこと誰にもいえなくて、自分が変態みたいで、うっ、ぐすっ……」
「そんなことはありません! そんなの女の子なら誰だって」
「ううん、私みんなが思う程真面目なんかじゃないの。だってDVD見ながら自分のあそこ触って
それが気持ちいいって気付いてからはずっと触るのがやめられなくて」
「そんなの僕だって同じです! あの日、家に帰ってから何回一人でオナニーしたか」
「……秋月さんも?」
「千早さんも?」

思わず顔を見合わせ吹き出したおかげで緊張がほぐれ、すっと気持ちが楽になった。

「あっ、でも謝らないといけないことが一つ残ってました」
「……まだ何かあるの?」
「はい。オナニーする時、千早さんのエッチな姿を想像していました」
「それはお互い様だから不問にしておくわ」
「えっ、じゃあ千早さんも、まさか僕のこと?」
「いやだ、違うの、今のなし、忘れてちょうだい、絶対に忘れるのよ?」



人生をかけたカミングアウトをした直後、それを上回る衝撃的なカミングアウトを聞いた
僕は正直ほっとしていた。
千早さんも一人の悩める少女であり、あの時の僕と同じだったことに。
彼女の真面目さ、潔癖さ、そして無知ゆえに悩み苦しんでいたのなら
今こそ解放されるべきであり、それこそが僕の役目に他ならない。

「ともかくこれで一件落着ってことにしませんか?」
「だめ、やっぱり恥ずかしい……私の本性を知ってがっかりしたでしょ」
「じゃあ千早さんは僕の告白を聞いて軽蔑しましたか?」
「…………ううん」
「ね、僕たちは同じなんです。男女の違いはあっても性に触れるのは普通のことなんです。
いやらしいことじゃなくてごく当たり前のことなんです」
「でも……経験もないのに、キスしただけでも濡れてしまうなんて」
「キスすることで感じてくれたなら僕は嬉しいし、素敵なことだと思います」
「変ではない? いやらしいとか変態とかじゃない?」
「どうしてそれが変なのですか? エッチなことは変なこと、駄目な事なんですか?
キスしたり抱き合ったり、セックスするのは変なことなんかじゃありません。
セックスすると気持ちいいんです、肉体的な快感という意味で。でも大切な人と繋がると
心も気持ちよくなるんです。だからみんな求め合うんだと思います。
千早さんもいつか、大切な人とそうなればきっと分ると思います」

「秋月さんは……セックスの経験があるみたいね」
「ええ、あります。詳しい事は省きますけど、とても素敵な体験でした」
「この前、秋月さんは私にも性欲を抱いた、ということかしら」
「不愉快に思ったらすみません。千早さんは尊敬する先輩であり恩もあります。
でもそれ以上に女性としてとても魅力的で可愛らしいですから」
「そう……」

しばらく無言で考えこんでいた千早さんが、ふと顔をあげると立ち上がった。
そのままシャツのボタンを外して無造作に脱ぎ捨てると、ズボンにも手がかかる。

「ち、千早さん! いきなり何を」
「リハーサルの準備……恥ずかしいからいいというまで目を閉じていて」
「はい……でも」

衣擦れの音につづいて布団の音がして、それから千早さんの声がかかった。
目を開けると布団にもぐりこんだ千早さんが顔だけだして照れくさそうに笑っている。
視界の端には千早さんの脱ぎすてた衣類が畳んであり、シャツの間から覗いている
白いのは下着に間違いなさそうだった。

「秋月さんも早く!」
「わ、わかりました」

こうなったらもうヤケだった。千早さんに背中を向けると手早く衣類を脱ぎ捨て
半立ちのものだけ手で押さえながら布団の中に潜り込む。

「ふふっ、この前の稽古を思い出すわね」
「あの時は変なことばっかり考えてさんざんでしたけど」
「あら、いやらしい……でもこの方が温かくていい感じだと思わない?」
「正直やばいくらいですけど。でもなんで全裸になんて」
「私なりに“常夜姫”の気持ちを考えた結果なの。好きになった人間の男性とベッドに入る、
原作にも台本にもそれしか書かれていないけど、彼女が本当に愛することを知ったのなら
秋月さんの言ったとおり求めあうのが自然だと思って」
「分りました。じゃあ皆を待たせているので早速始めましょうか」
「ええ、よろしくね」

そこから先、僕はもう遠慮しなかった。
布団の中で体を寄せると千早さんの肩を抱き寄せ、あのDVDのシーンのように
キス寸前まで顔を近づける。
息がかかり唇まで微かに触れ合っても気にせず、台詞のタイミングを合わせる間は
手を握り合っていた。
体の向きを変えたときに僕のものが千早さんのお腹にあたっても、くすぐったそうな顔で
くすくす笑うだけだった。

「さすがね、秋月さん。仕事の間は性欲をきちんとセーブできて」
「そ、そういうわけじゃなくて……」
「やっぱり私なんかじゃ欲望を感じないのかしら」
「からかわないでください、その気になればすぐですから」
「本当かしら……」

悪戯っぽい顔で僕を見つめる千早さんの顔は好奇心で溢れている。
これもプロデューサーのいう性教育だと、背中に回した手をゆっくり下に下ろしていく。
引き締まった、でも柔らかい張りのあるヒップに触れても千早さんは止めようとしない。
少し乱れた芳しい吐息と可愛らしい溜息が僕のペニスに力を漲らせていく。

「す、凄いのね……こんなに固くなるものだなんて」
「嫌じゃなければ触ってみてください」
「こ、こう?」

おずおずと伸びてきた指先が軽く触れたあと、僕の勃起はしなやかな手で握られる。
そのうち千早さんが、力を入れてみたり指先でなぞって感触を確かめたりするうち
僕の我慢は限界を超えた。
横向きに寝ている千早さんを仰向けにすると、覆いかぶさりながら太ももに手を置く。

「……だ、駄目よ。恥ずかしいから」
「確かめるだけです。だから力を抜いて」
「……やっ、駄目なの、私もう……」

本気の抵抗でない証拠に、僕が太ももに置いた手を股間の方に滑らせていくと
見開いていた目を閉じて小さく口を開いた。
指先に柔らかい陰毛の感触がしたあと、ぬるりとした感触に包まれた。
確かにそこは熱くてぬるぬるした愛液で満たされていて、指先が性器をなぞっていく間
千早さんは息を弾ませながら小刻みに体を震わせる。
これがスタジオセットでなければ、例えばこの前の千早さんの部屋だったら。
このまま千早さんの足をひろげて僕の勃起を押し当てていたかもしれない。
千早さんの処女を奪うことはしなくても、まだ男性を知らない彼女の性器に
むしゃぶりついていたかもしれない。

ともかく僕は最後まで理性を保ち続けることができ、千早さんが回復するまでの間
千早さんの肩を抱き、長い髪をあやすようになで続けた。



準備を整えるとスタッフをセットに呼び戻し、撮影が再開する。
彼らは布団の中で僕と千早さんが生まれたままの姿だとは思ってもいないだろう。
二人だけのリハーサルのおかげで本番は一発OKとなり、そのまま休憩をもらうと
もう一度僕たちはセットの部屋で二人きりになる。

「お疲れ様でした、うまくできてよかったですね」
「そうね……でも秋月さんの手がくすぐったくて我慢するのが大変だったわ」
「えっ、そ、それはその……」
「ふふ、冗談よ。それより一つ質問していいかしら?」
「何でしょう?」
「ズボンの上から触っただけで出してしまったのに、さっきはなんで出なかったのかしら」
「えっと……それは」
「出すための秘訣があるのなら、後学のために教えてもらいたいのだけれど」
「ち、千早さんにはまだ早いんです! 大人になったら教えてあげますから!!」



随分と波乱万丈な映画撮影だったけど、苦労しただけのことはあったと思う。
映画は千早さんの体当たりの演技が話題となって公開直後から大ヒット、動員記録が
ベストテンに入ったことで続編製作も本決まりになるらしい。
プロデューサーさんからはお礼と千早さんの誕生日プレゼントを兼ねた豪華な温泉旅行に
招待され、ほいほいついていったら千早さん、真さん、麗華さんとの混浴というハプニングが
待っていたけどそれはまた別の話にしようと思う。

気が付けばいつもの忙しい日常に戻りつつある。
僕自身、千早さんに触発されて夢子ちゃんとの関係を前進させようとしているし
あの映画で一皮向けた千早さんは歌にドラマにと活躍を続けている。
一度だけ触れた彼女の秘めたる場所の感触が薄れつつある頃
不意に千早さんから電話があった。

「秋月さん、あのDVDを忘れているでしょ? 暇な時に取りにきてほしいの」
「わかりました。千早さんの都合は? ああ、それなら大丈夫、いけそうです」
「せっかくの機会だから続きを一緒に見ましょう」
「……え? 続きって何の」
「だからDVDよ、上級編はまだ見ていないの」
「……そ、それは千早さんには時期尚早かと」
「あら、どうして? それに温泉旅行のときのお返しもまだしていないでしょ」

もしかして僕はとんでもない人に性教育をしてしまったのではないだろうか?


おしまい
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