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[SSメモ] 21 2011/09
9.18騒動のさなか、いくつか書いたキスをテーマにした短編を今回の書庫化にともなって
一応のシリーズとしてまとめたもの。
元々書きかけ放置中のテキストからKISSの部分だけ取り出してアレンジしたもの。
千早×Pのラブラブもの単品ですが妊婦千早シリーズの結婚前くらいだとこんな感じに
なるのかななどと考えながら。
最後の方はかなり無茶な展開であるうえに千早が縦文字を使っている。んなあほな。
随分唐突な感じでテキストが終わっているけど、多分最後は飽きたorネタ切れだったはず。
ちなみにキスだけっていう話は2011年の4月頃に新たなシリーズで書いたりしている。
(「Just a kiss」を参照)

  • 以下本編-

◇レッスン1 キスレッスン

「千早、両手で俺の肩もって。そう、倒れちゃだめだよ」腰に置いていた手で、千早の頬をはさむ。
ゆっくり顔を近づける。
重なり合う直前まで俺を見つめていた千早は、その瞬間、そっと瞼を閉じた。
唇を合わせている間、千早がもらす甘い鼻息が可愛らしく、いじらしい。
息が続かなくなったのは当然だが俺のほうだった。一旦唇を離し、大きく深呼吸してみせる。
それを知った千早は、悪戯っぽく微笑むと大きく息を吸い込むと、今度は自分から俺に唇を重ねてくる。
息継ぎのタイミングが悪かった俺はわずか数秒で苦しくなるが、千早がしっかりと頭を抱えているので逃
れられない。軽く千早をタップすると、離れる代わりに俺の口にたっぷり息を吹き込んできた。
自分が主導権を持ったのがうれしかったようで、何回もその人工呼吸のようなキスを繰り返した。
「……もう少し肺活量を鍛えてもらわないと物足りません」
「おいおい、キスとはそういうものではないのだが」
「冗談ですよ、プロデューサー」
そういって、今度は軽くチュッと音を立てて唇を合わせる。
子供のようなキスだが、チュッ、という音が気に入ったのか、くすくす笑いながらそれも繰り返す。
「大人のキスを教えるのは、また今度だな」
「キスにも大人とか子供とかあるのですか?」
「ああ。今見たいなのはそう、まだ子供のキスだな」
「ではその前のは?」
「あれは、キスじゃなくて人工呼吸だろ。俺が海で溺れたときには頼むよ」
笑顔のまま、ぷっとふくれっつらを作った千早は、もう一度顔を近づけ、俺の鼻の頭を軽く噛んだ。
「今のは?」
「プロデューサーが私を冷やかしたときにする、怒ったキスです」
「怒ってもキスはしてくれるんだ?」
また鼻を噛まれた。ついでに舌が鼻の頭をひと舐めしていく。
「大人のキス、はまた今度なのですね……」
「んー、そうだな……。じゃ、少しだけな」膝に乗せた千早を、ソファーの隣に下ろす。

きょとんとした千早の肩に手をまわし、やわらかく引き寄せ、もう片方の手を千早の頬に添えた。
「千早、唇の力抜いて」
先ほどよりもやわらかく、そして深く唇を合わせた。
唇を重ねながら、強弱をつけ、軽く千早の唇をはさんだりもする。
「んっ……んんっ」目を閉じ、悩ましげな声を漏らす千早の顔が可愛い。
息継ぎを挟み、長い時間そのキスを続ける。
最後に舌で軽く千早の唇をなぞってから、顔を離した。
余韻を楽しむかのように目を閉じていた千早が、しばらくして瞼を開く。
「どうだった? 今のが大人のキスの入門編ってとこ」
「今のキスが今日した中で一番好きです。すごく、やさしかったから」
「そうか。次回の続きも楽しみにしておいてくれ」
「今日は……もう、おしまいですか?」
「ああ、おしまい」
「プロデューサー?」
「ん?」
「それでは、おしまいのキスをしてください」




◇レッスン0 ファーストキス

手すりにもたれ、ぼんやりと海を眺める。
時折吹く冷たい風が、火照った体には心地よい。けど……
まだ心が熱く、そしてざわめいているのはライブの余韻のせいじゃない。

今夜のライブで、私はアイドルとしての活動に終止符を打った。
これから先のことは……もうすぐ答えがでる。
それがどのような形であれ、乗り切っていく決心は出来ていたはずなのに。
もし、一人で歩いていくようなことになるのなら……

不意にコートに包まれた。それはとても温かく、懐かしい匂いがして。
「お待たせ、千早。寒かったんじゃないか?」
「いいえ。もうすぐ4月ですよ? ほんとにプロデューサーは寒がりですね」
「でも心は熱いぞ、触ると火傷するぞぉ?」
手すりにおいた手に重ねられたプロデューサーの温かい掌。

 

アイドルとしてではなく、歌手として活動を続けたいという願いは、意外とすんなり認められた。
Bランクに到達した頃から、アイドルより歌姫と呼ばれることが増え、世間からもそう認知されて
いたこともあるのだろうけど、隠していた私の真意が高木社長にはお見通しだったことに
気づいたのはもっと後の話になる。
ともかく、大きなハードルはクリアできた。
あとは、ただ私の決心、彼に本当の気持ちをぶつけることだけだった。

“これからも、ずっと私と一緒にいてくれますか?”

歌手とプロデューサーという関係だけでなく。
如月千早という、一人の人間として、いいえ、女としての切なる願い。



いつの間にか、わたしは背中をプロデューサーにもたれかけていて。
聞こえるのは彼の穏やかな呼吸と、まるで破裂しそうなわたしの鼓動だけで。
このまま時間が止まってしまえば。
そうすれば、悲しい思いはしなくて済むのだから。

でも

「千早に返事、しなきゃいけないな」
「…………はい」
重ねられた手からすっと力が抜ける。肩に添えられた手に従って彼に向き直る。
「えっと……目、つぶってくれるかな?」
「……?」
んっ……!?
唇が重ねられ、それが彼の答えだと気づいたときには涙が溢れて、とまらなかった。
「俺の気持ち。ちゃんと伝わったかな」
彼の指がそっと涙を拭いとる。
「……あの、よくわからなかったので……その、もう一度……」

2回目のキスはさっきよりも強く、熱く、そして長く。
彼の背中に手を回した。
もう離れない、離さない。ずっと、ずっとこうして一緒に……
息が苦しくなるまで。
唇を離した一瞬に空気をむさぼり、またすぐに唇を合わせて。

その夜、ベッドに入ってもなかなか寝付けない。
思い出すのは、海沿いの公園でプロデューサーと交わした約束のキスのことばかり。
感触。なんとか思い出そうと、そっと指を唇に沿わせてみるけど……
違う、もっと温かくて、心が溶けて流れ出すような感じだった。
明日オフだし……


「あの時は、思い切った決心だったんだぞ」
「そうなのですか? 今おもえば随分と気障なお答えだと思いますけど」
「『何するんですか!』なんてひっぱたかれたらどうしようかと心臓バクバクだったんだぜ?」
「なら普通に言葉で伝えればよかったのでは?」
「そ、そうだけど。でもな千早」
「はい?」
「千早のファーストキスだから、思い出にのこるようしたかったんだけどさ。まさかいきなり2回目を
 せがまれるとは想定外だった」
「…………//////」
「そんなに良かったか?」
「し、知りませんっ!」
「ほんとは最初のキスでちゃんと伝わってたんだろ?」
「違いますっ!」
「ほんとに? あ、痛っ、本気で噛むなっ、いてててて歯型がつく、千早、ごめん、痛い、許して……」


◇レッスン2 キス魔

枕元に置いた携帯が聞きなれたメロディを奏でながら振動している。
眠い。寝かせてくれ。今日はオフのはずだろ……
着信5回目にして惰眠をあきらめ、携帯をひらいた。
<おはようございます><おきてますか?> <今日遊びにいっても?> <<朝ごはんつくりますね>
<いま近くまできてます♪>
うわっ。これはまるでメリーさんだな。仕方なく起きだして顔を洗ったところでチャイムがなった。
ドアを開けると満面の笑みを浮かべたメリーさん、じゃなくて千早が抱きついてきた。

「おはようございます。来てしまいました」
どこで覚えてきたのか、上目遣いで俺を見つめる。
しっかり抱きついている千早に朝の硬直が失礼しないように懸命に腰を引く。
「ああ、おはよう。随分と早起きなんだな」
「せっかくのオフですから」
微妙にずれているのが千早らしいといえばらしいわけだが。
「あの……プロデューサー?」
ん? 君はどうしてそこで目をつぶって唇を突き出しているのだろうか?
などと無粋なことを聞いたりはしない。
付き合いも長くなれば、この真面目な娘の思考は簡単にトレースできる。
取りあえず洗顔と歯磨きをする時間があった幸運に感謝しながら、俺は彼女のリクエストに答えた。
それが全てのはじまりだと気づかずに。



千早本人は、自分がキス魔だという認識が全く無い。
そうするのが当たり前のように、まるで挨拶のようにキスを求めてくる。
さすがにTPOはわきまえているようだが、事務所の中はいきすぎだろう?
例のライブの翌日、家に押しかけてきた千早の求めるまま、朝のキスをしたやったのがきっかけで
千早さんのいう「朝の挨拶(のキス)」「仕事がうまくいったご褒美(のキス)」
「夜、さようならの挨拶(のキス)」がルーチンとして定められ、そうできない状況のときには
目に見えて機嫌が悪化した。

それでもまだ朝と夜は俺か千早の家での話しだからいいとして問題は「仕事のご褒美」だ。
おととい事務所にあるレッスンルームで実行したとき、あれは絶対音無さんに感づかれている。
そのあと彼女の入れてくれたコーヒーに塩がはいっていたことからも、それは明白だ。
まだ音無さんの場合は事務所の人間だし、俺たちを応援してる立場にあるからスキャンダルには
結びつかないからいいが、テレビ局の楽屋やレコーディングスタジオの場合はリスキーだ。
やはり千早にしっかりといってきかせなければならない。
意を決した俺は、次のオフに千早を家に呼んだ。



15のころから大人びて見えた千早だが、中身は意外とお子様で、デビュー当初はそのあたりで
随分悩んだりもしたが、賢い子ではあった。
だから頭ごなしの命令や指示よりも、本人に“気づかせる”示唆が何より有効であり
子供扱いせず、一人の大人として同じ目線で接することが重要なポイントだった。
それが、いまや18才の“社会人”に対して有効かどうかは不明だが、放置はできない。
鉄は熱いうちに打てというではないか。

オフ当日。目覚ましで飛び起きて一通りの準備は済ませてしまう。
ファーストキスの翌朝、寝起きを急襲され、千早のペースでコトが進んでしまった反省もある。
準備を整え、深呼吸をし、覚悟を決めきったときにチャイムがなる。

「おはようございます、プロ…んんっ、んむ…」

ドアを開け、千早をひっぱりこみ、ドアが閉まりきるのももどかしく抱きしめて唇を重ねた。
乱暴にならないよう気をつけながらも、今までにない強引さで。
唇をあわせたまま抱き寄せた千早を壁に押し付け、さらに強く。
いきなりのキスに、千早は目を大きく見開いたままで、それでも抵抗はしなかった。
その千早にしっかりと目を合わせ、俺はむさぼる様に彼女の唇をなぶる。
「んんん、ぷはっ…プロデューサーっ、んん」
先に息をあげたのは千早だったが、何かいいたそうな千早の口を即座にふさぐ。
千早の顔に赤みがさしてきた。すっとまぶたもとじる。
(ちょっ、千早さん。ここは抵抗するなり詰問するなりしなきゃ!何雰囲気だしてんの!!
 なんのためにこんなに強引なキスしたかわかってるの?)
初っ端から計算違いだが、仕方がない。作戦はまだ始まったばかりだ。

ようやく唇を離し、二人同時にため息がでたので顔を見合わせて笑ってしまう。
「今日は…いきなりなんですね/////」
「いや、ほら久しぶりに顔見たら、すごくキスしたくなっちゃって」
「昨日も事務所で一緒でしたけど?」
「でも、あれから8時間もたってるんだぜ? ともかく上がって上がって」
リビングに千早を通し、無理やりソファーに座らせた。
「朝ごはん、つくりましょうか?」
「いや、もう食べた」
「そ、そうですか…」

わずかに残念そうな表情を見せる千早につけこんだ。
千早の隣に腰をおろし、肩に手をまわして顔を寄せる。
「だって、せっかくのオフだし、こうして一緒に過ごす時間がほしかったんだからな」
そのまま、もう一度。今度はそっと唇がふれるかどうかというくらい、柔らかく。

先ほどの急襲の余韻か、一瞬力が入った千早だが、そっと髪を撫でると力が抜けた体を預けてくる。
んんっ…んくっ……んんんんっ…んふん…ふうん…
そんな甘えるような鼻息をもらす千早に、つい目的を忘れそうになりそうだ。
心を鬼に。
何度か、啄むようなキスをしたあと、千早を押し倒して覆いかぶさる。
肩を抑えつけてから、顔の角度を変え、ぴたりと唇を押し付けて

舌を入れた。

「んん! んー、んーっ!!」

予想通り。
突然の浸入に驚いた千早が、じたばたともがきはじめる。
そりゃそうだろう。
大人になったといっても年齢がそうなっただけで、中身はお子様だし。
何より、いまだに性行為やそれに類することに抵抗感をもっていることも知っている。
少々かわいそうだが、あと一手。
唇を離し、暴れる千早の隙をついて首筋に顔を埋める。
すっかり馴染んだ、髪の匂い。
最近になって、時折つけるようになった爽やかなコロンの香り。
そして、少々汗ばんだ肌の匂い。
押さえつけた手の力を加減してから、白い首筋に唇をつける。

「いやっ、やめてください! プロデューサー、離して」
ようやく自由になった手で、懸命に俺の胸板を押し返そうとする。

「こういうの、嫌だった?」
「やりすぎです。落ち着いてください、今日のプロデューサー、なんか変です」
「そんなことないけどな。俺はただゆっくり千早とキスがしたいだけで」

とぼけた表情と声色をつくり、身を起こす。

「……ですが…」
「うん、嫌だったのならやめる。ごめん、千早はキスする気分じゃなかったんだな」
「あ、あの、それは……」
「もうしない。悪かった、ほんとうにゴメン。千早の気持ち、全然考えてなかった」

立ち上がり、まだ横たわったままの千早に手を差し伸べた。
「プロデューサー?」
「もう変なことはしないってば。ほれ」
おずおずと手を取った千早をひっぱって起こし、乱れた髪をそっと撫でる。
「飲み物でもいれるよ。千早はいつものでいい?」
「……はい」


「ほい、お待たせ」
「ありがとうございます。いただきます」

キッチンのテーブルに差し向かいで座り、しばらくはお互い無言で紅茶をすする。

「あの…プロデューサー?」
「ん?」
「実はご迷惑だったのでは……」
「何が?」
「あの、その……私が、その…キスすること」

真っ赤な顔をうつむけて、消え入りそうな声でつぶやく。

「可愛い千早とキスするのが迷惑なわけないじゃん。どうして迷惑なんていうのさ」
「ですが……」

やれやれ。これは気づいてくれたと思っていいな。よーし、鬼畜モードは解除っと。

「な、千早。俺は大好きな千早とキスするの大好きだよ。いつでもそうしたいくらいに」
「わ、わたしもです!」
「でもTPOも大事だよな」
「はい」
「それにしょっちゅうキスばっかりしてると、千早の可愛い唇がタラコみたいになっちゃうかもよ?」
「え!? それは…困ります」
「わはははは、まぁ、それは冗談だけど」

ようやく顔をあげた千早の顔はまだ赤く、嬉しそうな目で頬をふくらませ俺をにらむ。

「あとさ、これは真面目な話なんだけどな」
「なんでしょう?」

久しぶりの9393もいいもんだな。

「俺も男だしさ、キスしてるとつい、こう、ムラムラっとくるものがあってな」
「だからさっきはあんな風に?」
「いやいや、あれはお芝居」
「……やっぱり」
「ともかくだ。頑張ってセーブはするけどな、正直キスだけじゃものたりなくて、
その先に進みたい 気持ちはあるっちゃある」
「えと…でも…でも、まだ、その…赤ちゃんとかは早すぎませんか?」
「え?」
「え?」


結論。千早はお子様だ。
キスを覚え、キス魔みたいになったのも、スキンシップだったというわけで、
しっかり大人のことを教えきるまでは、ままごとのようなキスにつきあうしかないか。
参ったな、こりゃ。トホホホホ…



◇レッスン3 Pの教育的指導

「あのさ、千早。赤ちゃんってどうやってつくるか……知ってる?」
「からかっているのですか、プロデューサー。もう子供じゃないんですよ」
「じゃあ説明してみてくれる?」
「な、何をいっているのですか! そんな当たり前のこと今更……必要ないと……思います…けど」
「当たり前だからこそ大事だと思うけど。ああそうか、将来結婚したいとか子供作る気が無いなら
 確かに必要ないな」
「なっ!…………」
すっかりテンパっている千早は、俺の強引なすり替えに気づかない。
俯いたまま、スカートの裾を掴んだ手がぷるぷる震えている。
「プロデューサーは赤ちゃん欲しい……のですか?」
「欲しいけど、まずは結婚しなきゃ。相手がいないと一人じゃできないしね」
「……その、相手に…心当たりとか……?」
一瞬、上目遣いで俺を見て、すぐ視線を伏せる。
「無くも無い。けど、その人はどうも脈無しの気がする」
「そんなことありません! あっ、いや、ないと思います」
「そうかな? 子供作る気が無くて、その知識も必要ないらしい相手は難しいと思うんだけど」
「私、子供欲しくないなんていってません!ただ知識が足りないだけです」
千早は立ち上がると、俺の横にきた。
「居場所が無ければ作ればいいってプロデューサーはいってくれたじゃないですか。それなら
 知識がないのなら覚えればいいはずです!」
つられて俺も立ち上がった。千早の肩に手をおき、しっかり目を見つめた。
「そうだね。じゃ、教えるから覚えてくれる?」
「もちろんです!」
「じゃ、最初の質問にもどるんだけど……」
「……えっ? あっ!」

まんまと引っ掛けられ拗ねている千早を引き寄せた。
「プロデューサーなんか嫌いです……」
そういって顔を背けようとする千早の頬に手を沿えた。
「ごめんな千早。からかったわけじゃなくて、真剣なんだから許してほしいんだけど」
「……知りません」
「あの時約束したろ、ずっと千早と一緒だって」
体勢は苦しかったが、なんとか首を捻じ曲げ千早の唇を捉えた。
「んっ……」
それでも千早は逃げずに応えてはくれた。
「ずるいです、プロデューサー……ちゃんと…真面目に教えるって約束、ですよ」

これが後の妊婦なちーちゃんである。

「さて。改めて聞くよ。赤ちゃんはどうやってつくるかについて、千早の認識は?」
「あの…おしべと…めしべが…くっついて…」
「それは植物の話だよね。それとも中学や高校でもそういう風に教わるんだっけ?」
顔を真っ赤にして、ふるふると首を横に振る。
「恥ずかしいのはわかるけど、大切なことだよ。恥ずかしがってちゃだめです」
「ううっ…あの、卵子……女のひとの卵子と、男のひとの…せ・せ…」
「精子」
「それが結びついて…それが受精で……」
「そうだね。では受精のためには男の精子を女性の体内にいれないといけないよね。それはどうするか
 わかるかな」
「男のひとの……あの、お、おち……」
「おちんちん」
「それを、おんなのひとの、なか…膣の中にいれて……そこで出して」
「出すって何? 卵子が出るの?」
「…………」
「千早、ちょっと手、貸して」
千早の右手を取り、ちょうど筒を握るような形をつくらせる。
「ここが女の子の性器とするね。で、ここに男の子のおちんちんをこうやって」
いいながら、親指と人差し指で作った輪に、俺の人差し指をさしこんだ。
「いれます」
「……はい」
とりあえず射精までの過程は一旦省略することにした。
「しばらくすると、おちんちんから、精液が出ます。これが女性の膣を遡って、卵子に到着すると
 受精完了ということですね」
受精から先、着床から出産までの知識は特に問題はなかった。小学校のときにあった性教育で
生理についても基礎知識はOKだったが、排卵日や避妊についての認識が怪しかったので、借りて
きた本をみせながら、きちんと補強はできたはずだが。

「ちょっと簡単だけど、以上が赤ちゃんのつくりかたです。わかりましたか、千早君」
山場が終わりほっとしたのか、ようやく顔をあげた千早が大きく頷いた。
「ま、ほんとうはもうちょっといろいろあるんだけど、千早にはもっと基礎的な部分からレッスン
 はじめたほうがよさそうだな」
“レッスン”という単語に半ば反射的に顔に喜色をうかべ、すぐに不安そうな表情をのぞかせる。
「ほらほら、そんな顔しない。簡単で恥ずかしくないことだから」
「レッスン……なんですか」
「そう、レッスン」
「あの、がんばります。真面目に取り組みますのでよろしくお願いします」
「じゃあ、最初はキスからはじめよう」





◇最後のレッスン 「千早の学習ノート」


「千早さん、そのノートは?」
「これですか? 特別レッスンのためのノートですが?」
「特別って……この前からはじめたアレのか。ちょっと見せて」
「だだだ、駄目です!」
そういって慌てて両手でノートを押さえつけた。
「あ、あの……駄目というか……やはり恥ずかしいので、その」
俺にすら見せられない物騒な書き物を無造作に持ち歩くな! しかも表紙に名前まで書いて……
「あのね、千早さん。ちょっと話聞いてくれる?」

「わ、わかりました。これはプロデューサーにお預けします」
「中身は見ないって約束する。なんなら次まで封筒にでも入れて密封しておく」
「いえ、そこまでしなくても。見られて困ることはなく、ただ少し恥ずかしいだけなので」
「いやいや、見ないって。ほれ、ここにいれて、こうして封しとくから」
ノートを無地の封筒に入れ、糊付けしてから自分のバッグに押し込んだ。
「じゃ、そろそろいくか」

アイドル卒業ライブからこっち、余裕のあったスケジュールもそろそろ詰まり始めている。
新生千早の復活ライブに新曲、そしてニューアルバム。今日は終日スタジオに缶詰だ。


家に帰ると真っ先に薬缶をコンロにかけた。沸騰する間に着替えをすませ、鞄から例の封筒を取り出す。
見ないといった手前千早には悪いが、やはり俺にも立場ってものがある。
ノートの内容によっては処分しなければならないかもしれないし、そうでなくても千早の書き物に
対する好奇心があることも否めない。
蒸気を封筒に当てると、溶けたのりが綺麗にはがれていく。
千早の名前が小さく書いてある表紙を開くと、小さなメモ用紙がクリップでとめられていた。
そこにはこう書かれていた。


 うそつきプロデューサー殿
 見ないと約束したのにやはり見てしまったのですね。
 たしかに約束したことを守ってもらえない、信頼関係なんて私の錯覚だったのですか?
 勝手ですが、大変長い間お世話になりました。
 つまらない形でお別れになるのが残念ですけど
 理由なんて、こうなってしまえばどうでもいいことなのかもしれません。
 でも、いまさら釈明、言い訳の類は一切ご無用に願います。
 すみません、こんな一方的な言い方で。あとこのノートは処分してください。
 よろしくお願いします。
 
 PS 試すような真似はお詫びします。私の荷物の処分については裏面をみてください。
                  如 月

「じょ、冗談……だろ?」メモ用紙を持った手が小刻みに震え始める。
これは悪いジョーク。そう、いつも俺に引っ掛けられている千早のささやかな仕返しってヤツだ。
そう思いながらも、見慣れた几帳面な文字がいつもよりよそよそしく感じる。
それに“千早”と書かずにわざわざ“如月”と書くあたりも不穏すぎる。
いったいどのくらいへたりこんでいただろう。携帯が立てる振動音で我に返った。
こんな時に誰からだ? 

 発信者:ちーちゃん
 object:裏面が大事
 本文:ちゃんと感想、お返事くださいね!

「はあ?」思わず声に出し、慌ててメモ帳をひっくり返した。

 うっかりプロデューサーさま
 どうです、驚きました? いまごろメモを読んで、ガタガタ震えているのでは?
 つまりですね……ジョークでした!
 きづきませんでしたか? なら今回は私のほうが一枚上手だったってことですね。
 理由は、そうですね。たまにはこんなのも面白いかと思って。
 せっかくのチャンスでしたので、少し凝ってみました。
 いつも騙される私の気持ち、これでわかってもらえたと思います。
 これに懲りたら、今後は自重してくださいね。
 裏面を見なかったことにして騙し返すのは禁止ですから!

 PS ノートはちゃんと内容をチェックして、必要があれば赤ペンで添削してください。
       あなたの千早より
 
ご丁寧なことに、余白には自画像らしいイラストが笑いながらアカンベーしている。
千早にしては巧妙なその仕掛けに敬意を表するつもりで
いまだ涙目の自撮り画像に“ゴメンナサイ”と文字を入れて千早に返信しておく。
千早のいうとおり、今後引っ掛けて冷やかすのは控えめにしておこう。
そう考えながら、薬缶の湯をもう一度沸騰させた。
熱い珈琲でも淹れ、気分を落ち着かせてからノートのチェックに取りかかろう。
それにしても千早、この俺をまんまと引っ掛けるとは。



気を取り直した俺は改めてノートを開く。

1行目に書かれたタイトルを読んだ瞬間、俺は口に含んだ珈琲を吹いた。


「プロデューサーと赤ちゃんをつくるための特別レッスン」



○月X日
今日は最初のレッスンということで、キスの仕方から教わることになった。
せっかくノートを用意したわけだけど、キスなら実技中心?と思ったら、講義が始まり少しがっかり。
 ・投げキッス(実技あり)
  それくらいは私だって知ってるし、前に歌った曲で投げキッスをするような振り付けもあったし。
  でもプロデューサーは真面目に説明しているので、大人しくノートにとるフリをした。
  え、ライブの最後にやってみろですか? えーと、そんなことしても大丈夫なのでしょうか?

 ・指でキス(実技あり)
  人差し指を自分の唇をあて、そのまま相手の唇にそっとタッチする間接キス。
  なるほど、これならその現場をさえ見られなければキスしていたとは思われない。
  ルージュがつきにくいのもメリット。最近薄くだけどお化粧をしていることも多いから
  少しもどかしいけどキスはキス。事務所でもこれなら大丈夫と思われる。さっそく明日から。
  
 ・バードキス(実技あり)
  唇と唇を軽く触れ合わせる程度のソフトなキス。挨拶程度のキス。
  その名前のとおり、鳥がくちばしを触れ合わせるところから来たものと思われる。
  いまとなっては少々物足りない感じがする。

・スタンプキス(実技なし)
 プロデューサーとのファーストキスがこれとのことで、実技は省略された。
 もちろんあのときのことはいまでも鮮明に記憶はしているのだけど、だからって省略するのは
 ひどい手抜きだと思う。なにが“普通に唇と唇をぴったりと重ねて”ですか!
 私は真面目に覚えようとしているのに!

・フレンチキス(これも実技なし)
 スタンプキスより、もっと濃厚なキスらしいって。ふーん
 私にはまだ早いですかそうですか。つーん
 プロデューサーって大人ぶって偉そうにしているけど、案外経験とかすくないのでは?
 いや、でも待って。プロデューサーの過去の経験って……よく考えれば、恋人の一人や二人いても
 おかしくない……か? いてほしくない気がするけど、ま、まあ昔のことだし、それは私には関与
 できない話であって、えと、だからこういうことは考えても仕方ないわけだから。
  気にしてもしょうがないから。ああ、駄目。気になりだしたら止まらない。
  でもそんなの聞くのって絶対だめよね。どうしよう。やっぱり聞こうかな。
  でもそんなこと聞くと嫌がられるかもしれない。
  

この日の記述はそこで終わっている。
「これはひどい……」
俺は頭を抱えた。


おしまい。

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