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大人のリレーションズ 完全版


◇ 1 貴音編 序

地方での仕事が入り、泊まりがけで貴音と二人きり。
ならば今夜は誰に気兼ねする事も無いと考えたのは俺だけではなかった。
テレビ局のディレクターへの接待も兼ねた夕食の席上、貴音は艶やかな笑顔を絶やさず、
際どいジョークを受け流しながら、テーブルの陰で俺の太ももに手を這わせている。

「かの殿方には、いま少しご奉仕しておけば如何かと」
彼がトイレに立った合間、貴音は手の動きを止めず囁く。
「ああ、そうだな。なんとか次の繋ぎも確保したい」
こういう場での空気の読み、駆け引き、振る舞い。
貴音の手管は呆れるくらい完璧だった。
相手がまっとうな<男>である限り、あれから逃れることはまず無理だろう。
「貴音に任せる。やりすぎない程度に喜んでもらおうか」
「畏まりました。私にお任せおきを」
「奴さんが戻ったら締めにしよう。そろそろお開きにしたい」
勘定書きを手に取り、そっと目配せして席を立つ。
早速彼ににじり寄る貴音の気配を断ち切るよう、後ろ手で障子を閉じた。
別に体を売っているわけではないが、奇麗事だけで渡っていけるほど甘い世界ではないのだ。

上機嫌の客を乗せたタクシーを最敬礼で送り出し、ようやく仕事が終わりとなる。
歓楽街のラーメン屋で貴音の食欲を満足させ、ホテルに戻れたのは10時少し前だった。
上着だけ脱いでソファーにふんぞり返っていると、待つほどもなくノックが聞こえる。
部屋に迎え入れた貴音は、ドアが閉まるのも待ちきれず俺を壁に押え付ける。


「歯磨きは済ませましたゆえ…」
俺が言い返すのを封じるかのように、貴音の唇で口を塞がれる。
なるほど、微かなミントの風味がする。随分と律儀なことだ。
「とんこつ風味でも良かったのだが……」
息継ぎの合間に囁くと、途端に貴音に睨まれる。
「そのように興が冷めることなど……」
つまらぬ事はいうなとばかり両手首も壁に押さえつけられ、もう一度唇がふさがれる。
「んっ……んんっ」
悩ましい鼻声を漏らしながら、貴音の舌が侵入を始める。
押し戻そうかとも思ったが、押し付けられた乳房の感触に気を取られ
気がつけば懸命に貴音の舌を吸いながら、唾液を啜り取ろうとしている。

「……さきに、報告を済ませなくてもよいのですか?」
それでひとまずは気が済んだのか、体を引き離した貴音がからかうような目で俺を見る。
「あ、ああ。そうだったな」
「まずはベッドの上に……」
先ほどの接待の場を思い浮かべながら、乞われるまま胡坐をかく。
豊満なその体を、軋み音ひとつさせずにベッドに持ち上げる貴音は、猫科の獣のようだ。
しなやかに忍び寄り、獲物の急所を一撃。
かつて俺をそうやって仕留めたように、今夜も地方局のキーマンを一撃で屠ってのけた美しき雌獣。

<報告>とは名ばかりの狩りの再現、貴音がそれを好んで行うのは
捕食者としての本能か、それとも単なる前戯の代わりか。
いや、それはどうでもいい。今夜も仕留められるのは俺と決まっている。
最後に倒れ伏すのが血溜まりの中ではなく、愛液でびしょ濡れのシーツの中なのが幸い。
せいぜい貴音が満足するよう振舞うのが俺の義務って奴だ。
そう腹を決めて貴音を見やる。
俺を見返す貴音の瞳は、すでに濡れたように光っている。
「では……」
貴音は俺の横に膝をつくと、上半身を預けてくる。
甘い、花のような芳香とともに温かい体温が伝わってくる。
腕が絡め取られ、豊かな乳房、その深い谷間に二の腕がそっくり挟みこまれる。

「このたびの出演、あなた様のおかげでございます」
貴音の両手が俺の手のひらを包み込み、するりと指が絡まってくる。

「……まこと、お礼の申しようもありません」
熱い吐息ととも低い囁きが耳に吹き込まれる。意図的に触れる唇がくすぐったい。

「また……お呼びいただけますでしょうか?」
潤いを帯びた、そんな貴音の濡れた声を聞くにふさわしい場所。
例えばベッド。
あそこが居酒屋などではなく、その場所だったなら。
奴は間違いなく貴音を押し倒していただろうと確信できた。
ややサービス過剰といえなくも無いが、貴音に任せた判断だ。
上出来だ、貴音。そう告げようと彼女のほうに首を回した瞬間。

「まだ、続きがございますゆえ……」
そういって、貴音の手が俺の顔をやわらかく押し戻す。

「呼べば今日みたいに一緒にいてくれるのか、あの殿方はそう申されました」
「貴音はなんと?」
「……はい、このように」

静かに頷くと体を浮かせ、耳元に唇を寄せ囁いた。
「お約束いただけるのなら、必ずや……」
貴音は俺の横に座ったまま、腕を首に絡め顔を近づけてくる。
ああ、例のしるしか。
その仕草から俺が理解した通り、貴音の唇は首筋にぴたりと合わされる。
「明日もある故、あなた様にはつけませぬが……あの殿方にはしかとお印を」
そういって貴音は薄く笑う。
相手がしきりに首元を気にしていたのはそういうわけか。
それなら次回の仕事も間違いない。
これまでに貴音と<約束の印>を交わした相手が、それを反故にしたことは一度もない。
まるで牙で刺されたように、軽い痛みすら伴うその印は、俺自身何度も経験がある。
反故にするどころか、不履行を考えたことすら一度もない。
いや、正確にはできないといったほうがいいのだろうか。


「顛末は以上でございます」
そういって正座を崩し、膝の上にもたれかかってくる。
「やはりあなた様からもおしるし、頂戴いたしましょうか」
からかう目が俺を見上げている。

「千早が怒るが……まぁいいか」
頬に差し伸べられる貴音の手をとりながら、つい言葉にしてみる。
「うふふふ。あなた様は戯れ言ばかり申されます……」
貴音の手が柔らかく頬を抓り、それから顔ごと引き寄せられる。
俺たちはもう一度、深く唇を重ね合わせた。

俺の肌には、もう何度も貴音の唇で印が刻まれている。
貴音と寝た夜につけられる、赤く、小さな罪深い印。
その翌日、千早と肌をあわせようとも初心な彼女はそれに気付かない。
気付いたところで、虫刺されくらいにしか思わないだろう。

「お互い様、と申しますゆえ……」
貴音は、自分の柔肌に、俺が愛した印を散りばめたがるのをよく知っている。
知ったその上で、そうしたいなら自分もと要求している。
ばれないと高をくくっているのか、ばれてもいいと腹をくくっているのか。
行為の直前にはどうでもいいことだ。
貴音の体をベッドに転がした。

「……では、よろしいのですね?」
それは質問ではなく、行為の始まりを告げる言葉であり、貴音がその体を俺に許す合図だった。
柔らかい体にのしかかり、両手を押さえつけると、
銀色に波打つ髪を掻き分け露になった耳朶を口に含む。

「貴音、今から犯してやるよ」
もう脱がせることすらもどかしかった。
震える指でシャツのボタンを外し、ずらしたブラからこぼれ出た乳房に吸い付く。
「あぁ、あなた様……そのようにせずとも、慌てなくても逃げませぬので、あぁん」
右の乳首。それが口の中で硬くとがってくると、今度は左の乳首。
鮮やかな赤に充血したそれを、舌で、歯茎で挟みこみこりこりとした感触を味わう。
「んんっ、あぁあ、もっと強く吸ってくださいませ……」
こうなってしまった貴音に、もう先ほどのような余裕はない。
切羽詰った喘ぎを聞き流し、仕返しとばかりポイントを外した愛撫で貴音の焦りを煽る。

「あぁぁぁ、お、お願いです…そのように焦らさずに……あなたさまぁ、はやく……」
下半身を押さえつける俺の脚を巧みに捉え、足に挟み込むと熱い坩堝の感触が俺を誘う。
「もうこのように……まちきれません、はやく、あなたさまのもので……」
「貴音はもう欲しくなったのか?」
「はい……お、犯していただけるのでは」
「いやらしいな。そんなに欲しいか?」
「あの店にいるころから欲しくてたまらないのはご存知のくせに……」
「なら、いつものように……わかってるだろ?」
「はい……では」

仰向けになると、貴音もすぐ上体を持ち上げ、ズボンに手をかける。
ベルトのバックル。スラックスのジッパー。まるで魔法のように一挙動で開かれる。
スーツとトランクスがまとめてずり下げられ、反動で大きく跳ね返った怒張から
溢れていた先走りの雫が貴音の顔に飛び散る。
それを拭いとった指先を軽くしゃぶり、真っ赤な舌をべろりと一往復させると
口を大きく開き、先端をぱくりと咥え込んだ。
根元までずぶずぶと飲み込まれ、先端が貴音の喉奥に当たると
今度は唇で締め付けながらゆっくり離れていく。
感触を確かめるよう、そうやって数回上下したのち、一気にペースが上がる。
涎とも先走りともつかない液体を口元から垂れ流しながら
じゅぷじゅぷとしゃぶりあげ、その合間に息を継ぎ、また深く咥え、吸い上げる。
貴音の舌が、敏感な粘膜を丁寧にくすぐっていく度、脊椎を駆け上がる信号が強さを増し
頭の中を白い閃光が飛び始める。

そのまま貴音に任せておいてもよかったのだが、少しのどの渇きを覚えた俺は
横ざまに覆いかぶさる貴音の尻を軽く叩き、俺の意図を伝える。
すぐに把握した貴音は、しゃぶるのを止めないまま、体を回し下半身を俺の顔に覆いかぶせる。
丈の長いスカートをまくりあげると、臙脂色のショーツがあらわになる。
その大部分は濃い色の染みで染め上げられ、そこから発する噎せ返るような雌の匂いが
わずかに残った理性を吹き飛ばす。
本能のままショーツを引き裂くように毟り取ると、震源地である貴音自身、
艶やかな花びらのように、口をあけ蜜を垂らして誘うそこにかぶりついた。
「ああんっ! あん、あぁぁっ!」
刺激が強かったのか、貴音は頬張っていたものを口から出しながら、大きく喘いだ。
「あぁ、あなた様、もう少し、お加減を……」
「こうか?」
舌を伸ばすと、濡れきった花びら全体をべろりと舐め上げた。
「ひゃん、いけません、それでは……あなたさまのものを……」
「貴音、口が休んでるぞ?」
「ふぁむ、むぐ……あぁ、んむ、あむぅ……んぐ」
俺の舌が貴音の膣を抉るたび
大きく膨らみ、包皮を押しのけ姿を見せた花芯を転がすたび
唇で花びら全体を吸い込み、溢れ続ける愛液をこそぎとって喉に流し込むたび
貴音は悲鳴のような喘ぎ声をたてながら、それでも口内に収めた俺の怒張を
こぼさぬように唇と指で懸命の愛撫をつづけ、隙を見ては強かな反撃を試みる。

口での相互愛撫が、まるで報復合戦のようにエスカレートしていく。
貴音が細くすぼめた舌先を挿入し、鈴口を蹂躙しようとした試みが成功する直前
俺の花芯への集中攻撃が実を結び、辛くも貴音が先に白旗を掲げた。
最後におおきく体を痙攣させた後、貴音の体から力が抜ける。
覆いかぶさった体をひっくり返し、足を大きく割ると怒張をあてがい、一気に貫いた。
先ほどの愛撫で失神寸前にあった貴音だが、それでも深く突き入れられるたび
切ない喘ぎ声をあげ、俺に応えてくれる。
その声がどうしようもなく可愛くて
そして、たまらなく愛しかった。

俺自身、限界はもうそこまできている。
支えていた腕から力を抜くと、貴音の乳房が俺の胸の下でふんわりと形をかえる。
頬をなで、銀色の豊かな髪に指を通して梳きながら
ラストスパートを控えた俺は唇を重ね、それから貴音に囁きかける。
「貴音……いいか、そろそろ」
「……ぁあ、あなた様……中に、中にくださいませ」
「ああ、出すぞ貴音の中で」
「はい、いっぱい、奥に、わたくしの中に、あ、あなたさまの精を……」
俺は貴音の太ももを抱えあげ、限界まで押し開きながら腰を押し付ける。
先端が、貴音の胎内、降りてきた子宮の入口に突き当たった瞬間、
俺は果てた。

半ば意識を失いかけ、貴音の上に動かぬ体を落としたあとも
貴音の内部は、それ自身の意思でも持つかのよう俺自身に絡みつき、
まだ絞り足りないといわんばかりに、ゆるやかに蠢き続けている。



◇ 2 千早編 序

「四条さんは一緒じゃなかったのですか?」
「貴音は東京駅で帰らせた。疲れもあったし、事務所に用事も無いからな」
俺だけでなく、貴音の帰りも待ちわびていたらしい。無邪気な笑顔を微かに曇らせる。
「それなら送ってあげればよかったのでは?」
「貴音のことは心配いらない。それより課題、ちゃんと進んでいるのか?」
失言だと分かっていながら止められなかった。
千早の笑顔が凍りつき、まるでコマ送りを見るように歪んでいく。
泣かせたか、と思ったが千早は踏みとどまった。
だが、固い表情のまま、ぎこちなく頭を下げる。
「出すぎたことをいって済みませんでした」
そのままレッスンルームに戻ろうとした千早を、慌てて呼び止めた。
「すまん、言い方が悪かった。 珈琲頼めるかな、砂糖入りで甘いの。千早の分も一緒に」
懸命に作った千早の笑顔が痛々しいほど胸に突き刺さる。

帰らせたのではなく帰られたんだ、とは言えなかった。
帰りの車中、ずっと無言の貴音が東京に着いてようやく口を聞いたと思ったら
「今日はこれにて失礼させていただきます」
それだけ言って、俺の返事も待たず、あっというまに雑踏に消えていった。
千早の待つ事務所には、貴音と一緒に戻りづらい。そんな思いを見透かされた気がする。
あるいは、千早が慕っているほど貴音は千早の事を好きではないのかも知れない。

珈琲を淹れて戻った千早の表情は普段どおりでも、声は微かに湿っていた。
「どうぞ、プロデューサー。砂糖か塩かはわかりませんけど」
「あ……ああ。ありがとう。それと改めて、さっきはごめん」
「いいえ。 それより少し安心しました」
「安心?」
「はい。プロデューサーも感情のままに叱ることもあるのだと」
叱られる時、俺が気を使っているのがわかると、申し訳ない気分になるらしい。
「そういうものかな」
「そういうものです。それに、あの、私たち……」
そういって、今は何もつけてない左手の薬指をしきりに触っている。
「そうだった。じゃ、仲直りしてくれる?」
千早の手に、指を絡ませる。

「え、あっ……どうしようかな」
「今日ご飯食べにいっていいだろ?」
二人だけの秘密のサイン。これは泊まりにいっていい?の合図。
「大したもの、作れません。それでもよければ」
千早は赤くなった顔を俯けたまま答えてくれた。
繋いだ指を持ち上げて、指輪があるべきあたりに唇をつけると
千早はくすぐったそうな顔をして、堪えきれず小さく笑った。



夕食を終えると、小さいソファーに体を寄せ合って座り、ふたりだけのミーティングタイム。
昨日の仕事をかいつまんで話してから、帰りの様子を説明する。
「……とまあ、そういうわけでな。東京駅で帰っちゃったと」
「四条さんを怒らせるようなことを言ったわけでもなく?」
「怒らせることって、たとえばこんな?」
伸ばした手が胸元に届くはるか手前で、ぴしゃりと叩かれる。

「まさかとは思いますけど、そういう冗談は四条さんには絶対に通じませんから」
「千早ちゃんなら通じるのにな」
今度は力いっぱい抓られた。
「な、なにをいっているのですか。私にも通じません」
「そうか、そうだよな。ちーちゃん子供だからそんなことしたら泣いちゃうもんな」
「あ、あぅっ……な、泣きませんから。今日はどうしてそうなるのでしょう?」
「そりゃ、久しぶりなんだしさ……ちょっと位いいかなって」
「だ、駄目です……今日のプロデューサーは意地悪だからだめです」
「今日が駄目なら明日ならいい? もうすぐ日付も変わることだし」
「……駄目。明日も駄目です!」
「じゃあいつならいいんだよ!」
「いい大人が逆切れしないでください。全く子供みたいですよ?」
そういうと、千早はさっきから掴んだままの俺の手を引き寄せた。

「ほ、ほんとに少しだけですからね?」
もう何回もそうしているのに、やはり千早は恐る恐るといった感じで俺の手を導く。
パジャマ越しに伝わってくる、柔らかさと体温。
空いている手で千早の背中を抱き寄せ、流れる長い黒髪をあやすように撫でてやる。
少し乱れた呼吸が静まる頃、ほんの僅か、指先に力をいれる。
柔らかく乳房を押さえた手のひらを、小さな円を描くようゆっくりと動かす。

「……んっ」
俺の手首を掴んている千早の手に力が入る。
「止めようか?」
首を小さく横に振ったのを見て、手の動きを少し大きくしてみる。
「あっ……ふぁっ……んんっ」
揉むより撫でるといった感じだが、顔を真っ赤に染めながら千早は小さい声で反応してくれる。
もう少しでも大丈夫か、そう思い指先で乳首を探しあてる。
固さを帯びて隆起した、小さくて可愛らしい千早の乳首。そっと指先で転がしてみる。
「んっ、あぁぁ……ゃっ……」
「今日はこのくらいにしておこう」
「も、もうちょっとだけ……」
何かを訴えるような目で俺を見上げ、胸に触れている俺の手を上から押さえた。
「わかった。じゃ、ボタン外してしまうぞ」
千早の手を俺の膝に置き、二つボタンを外してから、その中に手を差し入れた。
呼吸に沿って小さく上下する膨らみを包み込むと、その下から早鐘のような鼓動が伝わってくる。
肩を抱き寄せ、鼓動が収まってくるまで待つ。
やがて千早は溜めていた息を大きく吐き出すと、体の力を抜いた。
「辛くない?」
目を開けた千早は薄っすら微笑んで、首を振る。
「プロデューサーの手、あったかくて……その、あの……」
「気持ち、いい?」
「んっ……はぃ……」
頬に手を添えて唇を重ねた。
「あの……こっちにも。少しだけ」
身を屈め、薄紅色の乳首を唇に包むと、千早の口から満足げなため息が漏れてくる。

ベッドに潜り込むと、しがみついてくる千早を抱き寄せた。
「お、おやすみのキスが……まだですよ?」
甘えた声でおねだりする千早に、先ほどより少し大人のキスをお見舞いしてやろうと
重ね合わせた唇から、伸ばした舌先で千早の唇を軽くなぞる。
「んんっ! んっ……」
驚くのに構わず舌で催促のノックを続けると、諦めた千早はおずおずと舌を伸ばしてくる。
ひとしきり、千早と舌を軽く絡めあう。

「さ、気がすんだかな。電気消すよ?」
「あっ、あの。待ってください。プロデューサーのここ」
体を起した俺を見上げた千早が、首筋を指で押さえた。
「虫刺され……でしょうか。痒いとか痛いとかありませんか?」
「いや、特にないけど」
そんなわけは無かった。丁度24時間前、貴音が残していったキスマーク。
昨夜見せつけられた奔放な肢体が鮮明に思い起こされ、心臓あたりがちくりと痛んだ。
その思いを振り払うよう電気を消し、布団を被る。

「吸血鬼に噛まれたみたい。小さいのが二つ並んでて」
「怖い怖い。千早が吸血鬼なら怖くないんだけどな」
「そうですか? 私なら意地悪な人には思い切り噛み付きます、きっと」
「えっ。そうなの?」
「はい。こんな風に……」
もぞもぞ布団の中で俺にのしかかってくると、首筋に温かい吐息があたる。
「では、か、噛みます……」
貴音のアレを思い出してつい身構えたが、千早はその場所に軽く唇を当てただけだった。
それから、思いついたように舌でペロリと一舐めする。

「悪い吸血鬼の跡は消毒しておきました。おやすみなさい……」
胸元に顔を埋めている千早に、俺の鼓動がばれないか冷や冷やしたが杞憂だった。
やがて千早はくーくーと穏やかな寝息を立て始めた。



事の発端は、Bランク昇格を祝ったあのプレゼント、ということになる。
無難なものではなくわざわざプラチナの指輪を選んだ理由。
それは結婚しようという大それた意思表示ではなく、千早を俺だけのものにしたいという一種の
自己満足、いいかえればガキっぽい妄想レベルの発想のたまものだった。
だが色恋沙汰に疎い千早が、その指輪をみてああまで極端な勘違い、そしてそれに基づく
あのようなアグレッシブな行動を取るとは思いもしなかった。
俺は千早の発想と行動力を甘く見すぎていたわけである。

千早が突然やってきたのは、プレゼント翌日の深夜だった。
一日考えて決心がつきました、そういって万年床に潜り込むと、布団の中で
器用に脱いだらしい上着とズボンを放り出す。
それから真っ赤な顔をちょこんと出し、恥ずかしいから暗くしてくださいなんていうので
そうかそうかそういうことなら、と手早くパンツ一丁になって千早の待つ布団に突撃した俺だった。

抱き締めた千早の体は熱く昂ぶっていて、予想より遥かに柔らかくしなやかだった。
胸に手を触れると、あぁっ、などと可愛い声を漏らすものだから、嬉しくなった俺は調子に乗り
胸から腹、そしてその先へ欲望にまかせて進んでいく。
そのうち千早はプルプルと震えだし、いよいよ俺の手がパンツを脱がそうとしたあたりで、
ガタガタと本格的な震えが止まらなくなった。
まあ初めてだもんな、などと思いながら仰向けにした千早にのしかかったところで。

千早がわんわん泣き出した。

懸命に宥め、なんとか千早が泣き止んだのは、30分程後である。
パジャマを着せ、温かいお茶を飲ませてようやく落ち着いた千早がぽつぽつ語った話を総合すると、
1:指輪をもらったのはイコールプロポーズ。すごく嬉しかった。
2:ただ年齢的に結婚できてもまだ高校生。卒業まで待ってもらえるのかどうかが少し心配?
3:ならいっそのこと今のうちに既成事実を作ってしまえば大丈夫。
4:でも初めてだし、怖いし不安でたまらない。大丈夫だろうか? いや、思い切って見切り発車。
ということらしい。


なんとも凄まじい発想のぶっ飛び方であり、それをまたストレートに行動に結びつけたものである。
鼻をすすりながら、時折しゃくりあげている千早の背中をさすりながら、呆れ果てていた俺だが
よくよく考えれば、全ては千早の俺に対する愛なのであり、千早を行動に踏み切らせたのは
俺が送ったプラチナのリングなのである。
とりあえずは仕事のパートナーだけの関係だけでなく、プライベートでは、一人の男と一人の女と
しての関係を作っていかないかと提案して、受け入れられた。
結婚だの婚約だのはまだ先の話として置いておき、千早のペースに合わせた緩やかな恋愛関係は
その夜初めて交わした軽いキスで始まった。

千早が心配する“既成事実”については、泣くほど怖いなら無理しなくていいとはいったのだが
頑張って慣れるという本人の意思を尊重し、少しづつステップアップしていくことになった。
最初の一ヶ月は普通にキスできるようになるだけで終わった。
2ヶ月が過ぎる頃、服の上からなら胸やお尻に触れられるのに慣れてきて、それでも少しは
泣いてしまうのだが、3ヶ月も過れば、泣くのは我慢できる、けどちょっと涙目という程度まで
成長した。
ただその先、セックスを前提とした、前戯のような愛撫に慣れるのには時間がかかった。
それでも千早がリラックスできたときなどは、下着を脱がせても泣かずに済むようになったし
胸やお腹へのキスも、最初くすぐったがるだけなのが、いつしか気持ちく感じるようなった。


半年立ってまだ千早の処女卒業はメドも立たないが、俺はこのペースをのんびりと楽しめている。
俺しか知らない、泣き虫な千早も可愛いものである。

だが。

貴音の存在が無かったなら、俺と千早のこの関係は正直、どうなっていたか分からない。






◇ 3 貴音編 破

新居のマンションに着いた時、引越し荷物はもうあらかた片付いていた。
荷物といっても大きいのはソファーぐらいで、あとは寝室に置かれた小さな箪笥とドレッサーのみ。
若い女の子の部屋にしては随分と素っ気無いが、家主本人は上機嫌な微笑みを崩さない。
ただ姦るだけなら、あのうらぶれたアパートの雰囲気の方が好きだったな……
昭和の趣すら感じさせるくすんだ部屋に居て尚、貴音の高貴さは損なわれること無く、
その豊満な肉体をささくれの目立つ畳に押し倒し、嬲りながら味わう真っ黒い自虐感。
この小奇麗な部屋では何が味わえるのだろうか。

「綺麗でいい感じの部屋だな」
「恐れ入ります。これも皆あなた様のご尽力のお陰。感謝の言葉もありません……」
「大袈裟だな。貴音が努力した結果だろ。突っ立ってないでこっちきて座れよ」
「はい。では……」
ラフな感じのチュニックとその下から覗く黒いスパッツ。見慣れぬその姿だけでもうスイッチが入る。
「なあ……」
そういって肩に回した手は、柔らかく押し戻される。
「今日はなりません」
「いいだろ、久しぶりなんだし」
構わず抱き寄せてキスしようとした俺の唇を、今度は貴音の人差し指がぴたりと押さえる。
「このあとのレッスン。 千早がお待ちかねです」

立ち寄るだけの余裕も無かったのを、予定を振り替えてまで時間を搾り出したのは
貴音と姦る、ただそれだけの為だ。
切羽詰るほどでもないが、収まりがつかない程度には溜め込んでいる。
それなのに貴音は、千早の予定を盾に拒否をした。
俺が求めて一度も拒否したことのない、いや、拒否してはならない貴音が。
千早との関係を知った上で割り込んできて、体だけの関係でよいと懇願した貴音が。
否定された劣情は、すぐに目が眩みそうな怒りに形を変えた。
貴音の手首を掴み、押さえつける。

「やらせろよ。すぐに済ませるから」
「困ったお方……。千早に悟られてしまいますよ?」
「そういえば、お前がつけてくれたキスマーク、千早にしっかり見られたな」
「まぁ、それは……隠さなかったのですか」
「虫刺されだと思ってるよ。千早曰く『悪い吸血鬼』の仕業だそうだがな」
「確かにそういわれても仕方なき所業。どうか今日だけはご自重くださいまし、千早の為にも」
「だからその千早にばれなきゃいいんだよ。なぁ、口だけでもいいから」

うつむいた貴音を見ていると、俺の内心を見透かした上で、そろそろこの関係における
立場の交替でも狙っているのか、などと勘ぐってしまう。
愛人どころか、ただの性玩具の小娘が、立場もわきまえず偉そうに。
怒りがどす黒い衝動になって突きあがってくる。
貴音の銀髪を掴んで引き寄せ、俺の股間に押さえつけた。

「いいからしゃぶれよ。今日は口だけで許してやる」
それからの貴音は、抵抗も反論も一切しなかった。無言で俺の前に跪く。
いつものように唇と舌を駆使した口技で俺を翻弄しておきながら、最後、喉奥にたっぷり精液を
放ってやると、飲み込み損ねたのか、白濁にむせて激しく咳き込んだ。
出してしまえば醒めると思ったが、床に手をつき、苦しそうな貴音を見下ろしていると
さっきまでの劣情に取って代わったのは罪悪感ではなく、真っ黒な嗜虐心だった。

貴音の後ろにまわりこみ、チュニックを捲り上げると、パンツごとスパッツを引き摺り下ろした。
見慣れた艶やかな紅色の花弁。そして銀灰色の貴音特有の陰毛。
いつもは湧き出した愛液で濡れ光っているのが、今は微かに湿っている程度か。
それでも愚息は構わないらしい。放ったばかりなのに、もう硬度を取り戻しかけている。
まだ先端から滲んでいる先ほどの残滓を、花びら全体に塗りつけていく。

「あぁ、あなた様……どうか、今日はお許しを……」
「うるさい、尻をあげろ。入らないだろそれじゃ」
豊かに張り出した尻に平手をくれてやりながらも腰の動きは止まらない。
花びらの表面がぬるぬるしているのは俺の粘液のせいだが、先端を軽く差しいれると
温かい内部には貴音自身の粘液が、すでに行為に備えて溢れだしつつある。

「ほらみろよ、貴音のここは欲しがっているじゃないか」
指先で愚息を握り、花びらにこすり付けてクチュクチュ音をたてさせる。
「それともやめるか、ん? いいんだぞ、俺とやるのが嫌ならそう言えよ、貴音」
「あっ、あぁぁぁぁ……お、お許し……あなた様、千早、ゆるして」
「千早は関係ないだろ!」
腰をつかみ、一気に奥まで叩き込んでやった。
「あぁん、あぁ! いやぁ、やっ、やめてください、いやぁぁぁぁぁぁ」

あとはもう衝動任せで、四つんばいの貴音を獣のように犯し続けるだけだった。
くびれた腰をつかみ、あるいは豊かな臀部を掴み上げながら腰を振ると
性器がぶつかりたてるパンパンという音に、貴音が漏らす単調な呻き声が重なっていく。
顔の下に出来た小さな水溜りには、いまも涙と涎が零れつづけている。
それを見て射精す前に醒めた。
これはもうレイプだ。性交ですらない、ただの暴行。
いつもの快感は消えうせ、砂を噛むような虚しさだけが残った。
貴音の膣を擦り続けていた愚息も自然と力を失い、中から抜け落ちる。
犯されたままの体勢で動かない貴音を抱き上げ、ソファーに横たえた。

「……あ、あなた様、許してもらえるのですか」
俺はそんな貴音の頬に手を当てる。

すまん、貴音。その一言が俺には言えなかった。

隣室に畳んであった布団の山から毛布を一枚ぬき、貴音の体にかける。
汚した床をハンカチとティッシュで拭い去ると、俺はそのまま貴音の家を後にした。



◇ 4 千早編 破

スタジオに着いたのは、約束の時間ぎりぎりだった。
既にアップを始めていた千早は、反射的に浮かべた笑顔を、慌ててしかめっ面に作り変える。
「あと1分で遅刻でした。プロデューサー、命拾いしましたね」
「悪かった。この前の用事がちょっと手間取ってしまってな」

レイプ同然の暴力的な性交。抵抗せず耐え続けた貴音の姿が頭をよぎり、吐き気を覚える。

「ご気分でも悪いのですか。顔色、あまり良くありません」
「ああ、大したことはない。アップ続けて」
「はい。ですがその前に」
タオルを手にした千早が近寄ってくる。

「デビューした頃、プロデューサーにはこうして汗、拭いてもらいましたね」
「そんなこともあったっけな」
「ええ。最近は全然してくれませんけど……」
「自分でするからいいって言ったくせに」
「そ、それはプロデューサーの拭き方、ちょっと乱暴だったからです。こんな風に」
おでこをごしごしと擦られる。それから千早は顔を近づけ囁くようにいった。
「四条さんのところ、行っていたのですね」

返答、表情、態度。辻褄をあわせて考える余裕はなかった。
<気分が悪くて仕方がない>という体を装い、面倒臭そうに顔を上げる。
「だいぶ無理されたのでは? さっき四条さんから電話があって。凄く恐縮していました」
「貴音から、電話?」
「はい。レッスンにちゃんと間に合ったか、ずいぶん気にされていました」
「ギリギリ間に合わせただろ。遅れていたらどんな罰ゲーム考えてたんだ?」
「罰ゲームだなんて。事情あってのことなのですから、遅れても文句などいいません」
「大事な千早を放っとけないから急いできたんだぜ?」
「か、からかわないでください。でも……ありがとうございます。いつも私達のために」
ささやかながらご褒美です、そういって唇をおでこにつけてくれる。
そんな千早の表情を見る限り、貴音の電話の内容に怪しい点はなさそうである。

貴音の新居立会いなら事務所のスタッフで十分であり、多忙な俺が予定を割いてまで
駆けつけるのは不自然だと取られかねない。割いたのが重要な予定だからなおの事。
だから千早には伏せておこうと考えていた。
内緒にしていた事が後になって発覚したとしても、何とでも誤魔化しようはあるが
貴音とやるためやりくりした辻褄は、追及されれば誤魔化しようがないと思ったからだ。
そんな俺の目論見を、阻止するかのような貴音から千早への電話。
痛めつけ、無理やり犯した直後、貴音が千早にかけた電話。
その意図が、俺には全く読めなかった。
貴音はすべてを千早にばらしたのかもしれない。
ただの連絡だけなのかもしれない。
あるいは、貴音が俺に向けた何らかのメッセージなのか……?

「プロデューサー、やはり休まれたほうがいいのでは?」
「ん、どうしてだ?」
「あの……すごく辛そうな顔、されています」
「ああ、いや。少し考え事をしてただけだ。ほら、レッスン始めるぞ」
俺は無理やり声を絞り出し、立ち上がった。



よほど大事な用事や連絡でもない限り、四条さんが私に電話してくることはない。
その四条さんからかかってきた、プロデューサーが遅れてないかを確認するための電話。
何気ないただの連絡だけだと思っていたのだけれど。
考えれば、それ自体が不自然のような気がしてきた。
四条さんの引越しが今日とは知らされてなかった事。
その立会いに、忙しいはずのプロデューサーが行っていた事。
それが原因でレッスンに遅れたら申し訳ないという四条さんの謝罪。
それを話す四条さんの沈んだ声。
プロデューサーが私に何も教えてくれていなかったという事実。
彼の顔色が病人みたいにひどい理由。
そして彼から微かに漂う、四条さんがいつも漂わせているお香と同じ匂い。
考えれば、全てのことが不自然で、おかしな出来事のように思えてしまう。
だからレッスンの間は精一杯努力して余計な事を考えないよう過ごし、それはうまくいったと思う。
最後に更衣室に行くまでは。
そこで私は、忘れ去ろうと努力していた出来事をすっかり思い出していた。



合同ライブの衣装合わせの日、事務所の更衣室に居合わせたのは、私と春香と四条さんの三人。
その時に見てしまった四条さんの真っ白い綺麗な体。正確にはその胸。
深い谷間に隠れるようにあった赤い小さな痕跡、どこかで見たことがある気がした。
先に着替えを済ませた四条さんが出ていくと、それを待ちかねたように春香が囁く。
「ねえ千早ちゃん見た? 四条さんの胸」
「さ、さあ。何のことかしら。別にうらやましくないのだけど」
「違うよ、キスマークだよキスマーク。四条さんって大人しそうなのに、やることやってるんだね」
「や、やることやってるって……憶測だけでそんなこというものではないわよ?」
「憶測じゃないよ、れっきとした証拠じゃん、キスマークつけて。ね、相手って誰なんだろうね」
キスマークとか相手とか、なんでもいい。
問題は、その痕跡に見覚えがあった場所、それがプロデューサーの首筋だったということだった。
その時には二つのキスマークの関連性など考えつかなかったのに、考え始めると次々と
疑惑らしきものが浮かんできてしまう。
プロデューサーの首筋に見たのはいつだった? 四条さんの胸に見たのはいつ?
でも証拠がたった二つでは根拠に乏しいし、そもそもあれがキスマークだという証拠すらない。
偶然の一致といってしまえばそれまでだ。それぞれ別の人につけられたものかも知れないのだし。
え? 今、わたし何を考えていた?
だめ、私のほうがどうかしている。
あの二人がそんなことするなんて、とても考えられない。

騙すような真似をして申し訳ないのですが、確かめさせてください。何もないってことを。
疑っているのではなく、プロデューサーの潔白を証明するためなのです。
私の勘違いでも間違いでもいい。二人がキスマークと無関係ならなんでもいいんです。
本当にごめんなさい、プロデューサー。
今は元気を取り戻し、普段どおりの顔でハンドルを握るプロデューサー。
私は彼の横顔を盗み見ながら、そう何度も心の中で謝っていた。



「千早が一緒にお風呂入ろうだなんて珍しい。この前誘った時は断ったくせに」
「今日よく頑張ってくれたプロデューサーを労うため、お背中でも流してあげようと思っただけです。
変なこと考えているのでしたら、お一人でゆっくりしてください」
そういって立とうとしたのは、半分は本気。
「おっと、こんなチャンス逃がしてなるものか」
立ち上がりかけた腰にプロデューサーの腕が回されて、そのまましっかり抱き寄せられる。
「相変わらずのナイスバディだな?」
そう囁かれる耳元がくすぐったい。
「からかわないでください。こんなに痩せてギスギスの体」
「これが好きなんだけどな」
嘘ばっかり。
背中を預けたこの体勢では、目的を果たせない。なんとか向き合おうともがくのだけど
プロデューサーの手がそれを許してくれない。そればかりか。
「やぁ、ひゃぁぁぁぁん!」
髪を掻き分けられたと思ったら、背骨に沿って首筋を舐められて情けない声をあげてしまう。
駄目、そんな風にされると力が抜けてしまうじゃないですかぁ……
「ん? どうした千早。ぐにゃぐにゃになってしまったぞ?」
「んんっ、意地悪しないでください、あぁ、やぁ、胸……まだだめぇ」
腰を捕まえていた手がするする上がってきて、胸をきゅって押さられた。
「やぁ、だめ、んんっ、んふぅ……はぁ、やっ、ああっ」
だめ、まだそんなに揉まないで……ちゃんとすることしてから。
必死でプロデューサーの手を持って。あんっ……離して、おっぱい。

なんとか、その手を引き離せた。
その隙に、プロデューサーの腰に座ったまま、からだをぐるっとまわして向かい合わせになる。
プロデューサーの肩に手を置いて体をささえ、じっと目をのぞきこむ。
「わたしのおっぱい、勝手に揉まないでください」
「千早のおっぱいは俺のものなんだからいいだろ」
「今日から許可制にします」
「えー、どうしてだよ。なんだよ許可制って」
「大きければいい、などと思っている人には許可を出しませんからそのつもりで」
「なら、俺は大丈夫だな。千早の胸はまさに至宝だ」
「でも正直もっと大きければいいと思っているのでは?」
いいながら、さりげなくプロデューサーの胸の辺りを撫でながら、目を凝らす。
特にこれといって、目立つものはない。というか全く何も痕跡はない。
それで少し心が軽くなり、ちょっと悪戯してみたくなった。
プロデューサーの胸をこちょこちょ触ってみる。
「くすぐったいよ、千早。揉まないでくれ」
「も、揉んだら、大きくなるって本当ですか?」
「それは春香のガセ情報だから信じるな、千早。男にしても効果はない」
「春香よりもプロデューサーを信じろと?」
「ああ、当然だろ」
「じゃあ、ひとつ質問します。四条さんのプロデュース担当に立候補した真の理由は?」
「突然貴音が出てきたな」
「それは……春香が、プロデューサーが立候補したのは四条さんのおっぱい目当てだって」
「だから春香のガセネタは信じちゃいけないってあれほど…」
「春香はいいから、ちゃんと答えてください」
「貴音を引き受けた理由は千早も知ってるだろ。それをおっぱい目当てだなんていうと
 冗談でも怒るぞ。ったく、俺はこれが好きなんだからな」
止める間もなく、プロデューサーに乳首を咥えられてしまう。
だめ、まだお話終わる前だから、もうちょっとだけ待ってください……

「それなら誓ってくれますか。四条さんとは何にもないのだって」

プロデューサーの動きが止まる。
胸から唇を離して、じっと私の目を見つめている。

「つまり、千早は疑っているわけだ、俺と貴音に何かあるんじゃないかって」
「疑ってなんていません。そ、そんなことは……」
「疑ってなければ、さっきみたいな言葉は出てこないとおもうがな」

そういってから、プロデューサーは真顔からふと顔をゆるませた。

「とりあえず、風呂、でよう」




不自然な流れだとは思ったが、やっぱりそうか。
いつ、何がきっかけにか分からないが、具体的なことを掴んだわけではなかろう。
俺が貴音を抱こうが、きれいなままの関係でいようが、
早晩千早が疑念を持つであろうことは想定してあった。

それが今夜そうなった、
そして俺は貴音と実際に関係を持っている。

それだけの話だ。

だから、今夜俺がすべきことはただひとつ。
千早のために積み重ねてきた嘘を、いま一つ増やすだけだ。
さて、今日はどういうお話をでっちあげようか。
貴音にはどんな些細な嘘でも通じないというのにな、まったく。




◇ 5 貴音編 (Pの回想)

四条貴音を初めて見たのは、とあるオーディションの会場だった。
強引なやり口が評判の新興プロダクション、そこに所属する大型新人アイドル。
Bランクに上がるまで敵無しで来た千早が、初めて追い詰められ苦戦した相手。それが貴音だった。

その後、ライバルとして対抗してくれたなら、千早にはいい刺激になっただろうし、
アイドル業界の活性化にも役立って、お互いの利益になっただろうに。
奴らは何をトチ狂ったか、不毛な消耗戦を仕掛けた挙句、あっさりと自爆のような形で潰れ去った。
可哀相なのは、さっさと雲隠れした経営者に放り出された、貴音たちタレントだった。
彼女らの窮状を見かねた千早の懇願を受け、社長に談判して俺が責任を負う約束で貴音を拾い上げた。
その後、顧問弁護士が貴音の身辺を法的にきれいに片付けるまでの一ヶ月、
俺は自腹を切って借りた安アパートに貴音を住まわせ、その間千早と一緒にレッスンを受けさせた。
こんなことを今の俺がいっても説得力の欠片もないわけだが、当時の俺は貴音を再びアイドルとして
輝かせる事を真剣に考えていた。

貴音の身辺整理が終わった一ヵ月後。秋の終わりにしてはくそ暑い日曜日だった。
どうしてもお礼がしたい、そう言う貴音の誘いを、俺は単純に考えていた。
外見はお嬢さんなのにラーメン好きを隠さない貴音の事、お手製ラーメンでもご馳走してくれるか。
そんな微笑ましい想像をしながらドアノックした。

「やあ、お招きにあずかって、うわぁ、ちょ、ちょっと四条さん?」

挨拶をしかけた俺の腕を貴音がつかみ、室内にぐいぐいと引き寄せた。
バランスを崩しながらも、慌てて靴を脱ぎ飛ばし、通された6畳一間の室内。
というより、靴脱ぎ場のすぐ向こうがもう部屋になっている。
昼間でも日当たりの悪い室内は、カーテンが閉ざされ薄暗く、目が慣れないうちは
貴音の姿も室内の様子もよくわからない。
ただ靴下に伝わる感触から、ささくれた畳ではなく、布団の上にいるとわかる。

「あなた様……驚かせてすみません。きょうはようこそ、おいでくださいました」
「あ、ああ、それはまあいいんだけど、どうした、こんなに暗くして」
「明るい場所での営みがお好みでしたら、そのようにさせていただきます」

その時、ようやく部屋の暗さに目が順応してきた。
やはり足元は布団だった。って、布団?
顔をあげ貴音を見た俺は、文字通り腰を抜かし無様に尻餅をついた。
貴音は、その豊満な肢体に薄手の肌襦袢だけをまとい、俺を見つめていた。
「お、おい貴音……なんだその格好は」
「ようやくわたくしを名前で呼んでいただけました。嬉しゅうございます」
「そ、そうじゃない。なんで」
「お礼を差し上げると申しました。わたくしが差し上げられるのはこの身唯一つゆえ」

そういってふわりと俺の前に膝をついた。

「不束者ではありますが、よろしゅうお願いいたします、この通りにて」

頭を床につけ、手は、そうか。これが三つ指ってあれか。などと感心している場合ではない。

「た、貴音、いや四条さん。待て待て。どういうつもりだ」
「こう見えても閨の作法、しかと心得ているつもりです。どうか、遠慮なさらず、いかようにでも」
「いやいやいやいやいやいや、だめだって、落ち着け、服を着ろ。ラーメン作れ」
「あなた様はお優しい方。ですがこのような場で女子に恥をかかせるのはいただけません」

貴音の手が足にかかる。

熱い。

「それとも、はしたなきことではありますが、私から参りましょうか?」

それが初めて見た貴音の艶やかな笑顔だった。いや、肉食獣の雌が獲物に見せる舌なめずりか。
口では拒否をしていても、俺の股間はとっくに猛りきっていた。
既に薄暗い部屋に、俺の目もようやく慣れてきている。
貴音の羽織る襦袢は前など閉じていない。彼女の動作にあわせひらひらと身頃が舞うたび
その下にある豊かに張りのある乳房も、くびれた腰も、それから銀灰色の飾り毛もが
躊躇なくあらわになっている。
始めてみたとき、目を奪われた奔放な肢体。
決して手が届かないであろうと思われた、乳房、尻、太もも。
俺は苦労して生唾を飲み込むと、恐る恐る手を伸ばす。

「うれしゅうございます、あなた様。どうか、思う存分にお情けをちょうだいしとうございます……」

引き寄せ抱き締めると、胸の下で乳房がぐにゃりと形をかえながら押し返してきた。

「……貴音」

「はい……貴音はあなた様のもの……」


頭の中で何かが弾けた。
あとはもう夢中だった。スーツを脱ぐのも忘れ、俺は貴音を布団の上に押し倒した。
仰向けになった貴音が、俺を見上げ妖艶な笑みを浮かべる。
半開きの紅い唇から誘うように除く舌先。たまらず唇を押し付けて吸った。
何度も息継ぎをしながら貴音の唇をむさぼり、一息つこうとしたとき貴音の腕が俺の頭を抑える。

舌がぬるりと這入りこんでくるや、生き物のようにぐねぐねと俺の口内を蹂躙しはじめた。
反射的に押し返そうとした俺の舌が絡めとられ、そのまま貴音の熱い口内に引き込まれる。
薄暗いアパートの中を、ぐちゅぐちゅぺちゃぺちゃ、まるで下品な咀嚼のような音が溢れ
その合間には忙しなく空気を貪るお互いの喘ぎが交差する。

俺は両手で貴音の豊かな乳房を掴んだまま、しつこく唇を求め続けた。
唇を合わせて唾液を流し込んでやると、喉音をたててそれを飲み下した貴音が
今度は俺の口内にじゅるじゅると甘い香りのする唾液を返してくる。
俺は何度もその液体をねだっては飲み込んだ。
お互いの唇と舌だけの愛撫。それはすでに前戯の域を遥かに超えた濃密さがあった。

昂ぶったものを布地ごしに貴音の秘部に擦り付けていたため、染みが大きく広がっている。
いや、その半分は俺が溢れさせた先走りか。
下半身だけではない。全身が汗にまみれ、下着もシャツも既にぐしょぐしょになっている。
自身の酸っぱい汗のにおい。貴音の甘く刺激的な体臭。
それが下着にもスーツにも、あまねく染み渡っていく。

「あなた様…脱がせて差し上げます」
息継ぎのため気を抜いたほんの一瞬、貴音は下から俺に抱きついたまま体を返し、俺の上になる。
ネクタイが引き抜かれ、シャツのボタンが外されて、下着まであっさりと取り去られていく。
最後に残ったトランクスも躊躇無く引き摺り下ろした貴音は、だらだら先走りを垂れ流しながら
起立している愚息を、うっとりした目で見つめている。

「なんと逞しい……」
貴音の手が怒張を包み、溢れだす先走りをなじませるようこする淫靡な音が耳を刺す。

「あぁ……このように硬く滾っていただけたかと思うと…」

不意に先端が熱く柔らかいものに包み込まれる。

「いとおしくてたまりませぬ。このまま、このように」

ずぶずぶと、根元まで咥え込まれた。
「んんぐぅっ、んむん、あむぅ…」

先端が貴音の喉をこすっているはずなのに、苦しがる様子をまったくみせない。
そのままゆるやかに顔を上下させはじめる。

喰われる、そう錯覚する程、貴音の口は深かった。
さほど大きくない口元だが、俺の勃起を完全に飲み込んでなお、余裕を見せる。
何度も女に咥えさせたことはあるが、貴音のフェラチオは別次元だった。
強烈な快感が脊髄を這い登り、脳が焼き切れそうになる。
深く密着しているのに、陰茎に歯のあたる感触がまるでない。
実際、貴音がしゃぶりはじめて1分もたたないうち、もうこみ上げてきた。

「た、貴音だめだ、それ以上されると出る」

ぬぽんっ、そんな音を立てて口を外したのはわざとであろうか。

「まあ、それは嬉しゅうございます。たっぷりご馳走になります」

貴音はそういうと、根元の一点に指を添え軽く押さえつけた。
ただそれだけの動作だが、堰き止めたのは暴発寸前の精液だけではなかった。
いましも頂点に達しようとしていた快感をも、その直前でぴたりと押さえつけていた。
一回り大きく膨らんだ陰茎と、切羽詰った俺の表情を伺って満足げに笑った貴音は
おもむろに先端部分を咥え込み、舌を絡めてきた。

やばい。
僅かに残った俺の意識が警鐘を鳴らし始める。

よすぎる。
気持ちよすぎる。
手足の先が、びくびくと小刻みに痙攣をはじめている。
本来なら、射精時に得られる快感はほんの一瞬。
それが射精直前で抑えられたまま、まるで貴音の舌で転がされているかのように続いている。
このままでは気が狂うのではないか、そんな恐怖すら沸き起こる。

「た、貴音やめろ、だ、ださせて、いかせてくれ」

なんとか達しようと足掻く俺を、貴音は咥えたまま上目遣いで見やって楽しそうに微笑む。

(まだまだでございます)

その笑みにはそのような意図でもあったのだろうか。
しかし必死だった俺に、貴音の極限を超えた愛撫を楽しむ余裕は無い。

「頼む、貴音…とめないでくれ、狂う、気が狂う」

不意に根元の拘束がはずされ、一際深く飲み込まれたその瞬間。
俺ははじけとび、貴音の喉奥にたっぷりと精液を迸らせていた。


一回の射精でそこまで大量に出るものなのか、そう疑うほど脈動は長く続いた。
普通なら数回脈打って終わる射精が、その倍以上の回数を刻みなお止まらない。
そして貴音はそのすべてを口で受け止めている。
長々と続いた放出が終わると、唇で扱くようにして陰茎内に残った精液を吸い上げ、
唇の周囲に散った飛沫を舌で舐め上げると、たっぷり溜め込んだ精液を味わうかのように
口の中で転がした挙句、ようやくといった感じで喉を鳴らし飲み下した。

「大変美味しゅうございました…」

仕上げとばかり、もう一度貴音の舌が俺の陰茎を這い、残った粘液を綺麗に拭い去っていく。

「まあ。まだこのように雄雄しく……」

自分でも不思議だった。
感覚的には、2回分、いや3回分ほどの量を放出したくらいの満足感があるのに
射精後につきものの虚無感がないどころか、まだ怒張は収まりそうにない。

まだだ。次はこっちに。

俺の脚にまとわりつく貴音の太ももの隙間に手をねじ込ませると、その意図を悟り
すっと足が開かれる。


ぞろりとした陰毛の感触。
思春期の生え始めたような千早と違い、貴音には既に豊穣に茂っている。
まだ乾いたままの上辺からたどっていくと、水辺に近い下半分は熱い沼から噴出した
粘液を吸ってじっとりと濡れそぼっている。
それを人差し指1本で掻き分けながら、ゆっくり花弁を探っていく。

「あっ…」

偶然触れた肉の芽にも、貴音は敏感に反応する。
軽く背筋をそらせながら、奔放な喘ぎの声は大きい。
俺が指でこねまわすごと、その声のトーンが上がり、ピッチが跳ね上がっていく。

「あっ、あっ、ああっ、あぁん…、あなた様、ああ、もっと…」
「欲しいのか、貴音」
「はぁっ…はいっ、あなた様の逞しい逸物、わたくしにくださいまし…」
「なら、入れやすいよう自分で足を広げろ」
「こ、このように、ですか……?」

自ら抱え込んだ太ももを大きく押し広げると、鮮やかな紅色をした肉の花びらが、
その厚みを誇示するようぷっくらと開き、その中にある膣の入り口をのぞかせる。
俺は誘われるまま、先端をそこに押し当てると、ぷりぷりとした弾力が押し返さんばかりである。
その感触だけでも油断すればどうなるものかわからない。
俺はケツに力を入れると、弾力に逆らっておしこんでいく。

ずるり。
狭い入り口を先端が通り抜ければ、あとは一気に進んだ。
締め付けはきついが、たっぷり湧き出る粘り気のある愛液が、挿入をスムースに導いてくれる。

「はぁっ…あなた様のもの、奥まで。ああ、わたくしの中に」

貴音の奔放な喘ぎでヒートアップしながら、俺は貴音の太ももを抱え込み激しく突き動いた。
出したばかりでなかったらすぐ果てていただろうが、二回目の今ですら気を抜くとそのまま
もっていかれそうなほど、貴音に包まれた怒張、そこに伝わる快感は大きかった。

最後は本能のままガムシャラに腰を振り、ただもう貴音の子宮を精液で満たすことしか
考えらてなかった。
やがて限界が近づき、堪える気などまったくなかった俺は、最後の力で腰をたたきつけると、
貴音の子宮めがけ二度目の射精を迎えた。
一発目にも劣らぬほど大量の精液を注ぎ込み、体力も気力も消耗しきった俺は貴音と繋がった
まま、その乳房に顔を埋めた。
息をするのも精一杯だったが、貴音の膣壁はまだ収まらない俺の怒張に絡み付き、
奥へ引き込むかのように蠕動を続けている。


少し眠ってしまったか。
気がつけば仰向けに寝かされた俺の体を、貴音が絞った手拭いで拭き清めている。
すでに貴音は肌襦袢をまとい、今度はきちんと前を紐でとじあわせている。
とはいえ乳房は半分がたこぼれているし、薄い生地からは下半身が鮮明に透けてしまっている。
実際、全裸よりそそられるその姿を見ていただけで、またしても勃起がはじまってしまう。

「まあ。なんとも逞しきこと。あれほど頂いてなおこのように…」

貴音の手がそれを包み込み、唇が触れる。
もう二回も放ったというのに、それだけでまた激しい性衝動が突きあがってくる。
と同時に、不意にその事実に思い至った。
さっき、俺は貴音の中にそのまま出した…よな?


「ご心配には及びませぬ」
俺の問いに、貴音は薄っすら笑みを浮かべ首を振った。
「確かなくすりを用いておりますゆえ、どうかご安心を」
「薬…ピルか」
「ふふふ。あなた様はいつでも好きなときにお求めください」
「そのことだが、貴音。お礼というならもう十分だ。いや、本来ならこんなこと……」
「よいではありませんか。殿方を喜ばせるのもおなごの喜びであれば」
「そ、そうなのか」
「はい」
「いや、やっぱりだめだ。そもそもアイドルに手を出しちゃだめなんだ、本当は」

不意に貴音は笑いを収めた。
「千早は例外、でございますか」
「な、何?」
「もっとも千早はまだ未通女と見受けましたが、お手つきには変わりないかと」
「ど、どうしてそれを?」

「ふふ、決して口外いたしませぬゆえご安心を。それにあの娘にはまだ殿方への伽は荷が重いかと。
大切にしておあげなさいませ。時が満ちれば、いずれあの娘の体も花と開きますゆえ。それまで、
あなた様の渇きはこのわたくしが満たして差し上げますほどに…」

そういって貴音は俺にまたがると、自ら握りしめて立てた愚息を秘所にあてがった。
「失礼、いたします」
体重をかけたとも思えないうち、十分な潤みを残した貴音の体が俺を呑み込んでいく。
先ほどまでの交わりで敏感なままの愚息を、温かくぬめる膣が包み込む感触。
思わず俺は呻き声をあげていた。
そんな俺の様子を満足げに見下ろしながら、貴音の腰がゆるやかに上下を始める。

「くれぐれもこのことは千早には漏らさぬよう。この口が裂かれるとしても………」
貴音の手が俺の唇をそっとさする。
「よろしゅうございますね?」
俺はただただうなずくだけだった。
やがて貴音は目を閉じ、動きを早めていく。


この日から、俺は貴音が勧めるままに、その体を性欲解消の手段として扱うようになった。
貴音は俺の要求は一切拒まかった。
ために欲求がエスカレートし、行為がノーマルの領域を外れようと一切頓着しないどころか、
変態性が増すほど、その肢体は妖しくぬめるような光を放ちはじめる。


千早とのママゴトのような関係は相変わらずだが、最後の一線を許そうとしない
千早の生殺しにも、ストレスを感じずにすむようになった。
行為の最中、貴音の肢体を脳裏に思い描くだけでいい。
幼い処女は幼稚な愛撫で満足させておき、
たまったものは成熟した貴音の体に吐き出せばいい。


至極簡単なことだった。





◇ 6 千早編 急 (前編4のつづき) 

何度も検討を重ねたストーリーに穴はない。丁寧に説明すればきっと納得するだろう。
話が終わればベッドに寝かせ、抱きしめてキスしてやり、一緒に寝る。
純情な処女にはそれで十分だろう。

罪の意識など感じる必要はない。貴音とはお互いが認めた体だけの関係。
今が潮時、あと何回か抱いてそれで手切れ。それも貴音との約束どおりだ。
そうはいっても俺が面倒を見る限り、やる機会は少なからずあるだろうし、
千早だっていい年齢なんだ。そのうち処女を卒業させてやれば、十分相手に。

「すみません、お待たせしてしまって」
千早が戻ってきたところで不埒な思考は放り出した。
バスローブ姿の千早の手を取ると、ベッドの縁に座らせた。
「で、貴音の話だったな」
「…はい」
「何もないって誓うのは簡単さ。実際、何もないわけだから」
それだけで、不安げな表情がやや和らいだ。やはり千早はちょろい。
「千早は俺が、その、貴音と浮気しているんじゃないか心配なんだろ?」
千早は床を見つめたまま小さく頷く。
「心配しなくていい、なんて口でいうのは簡単だ。ただ、俺が心苦しいのは……
 疚しいことは何もしていなくても、それを証明できる証拠がないことだ」
千早がもらした溜息は明らかに安堵のものだった。
さっきまで沈んでいた声と表情が、目に見えて明るくなりつつある。

「証拠、ですか?」
「そう。貴音に聞いてもらってもいいんだが、そんなことお姫さんに聞くと怒るだろうしな」
「あの、証拠だなんて。私はプロデューサーの口から、何もないっていってもらえたら
それで十分です。ごめんなさい、変に疑ったみたいになってしまって…」
「謝ることはないさ。俺が千早の立場ならそう考えると思う。いや、もっと嫉妬するだろうな」
「わ、私はそんな、浮気なんてしません、絶対にそんな、浮気なんて……」
「ありがと。俺もしないよ、今までもこれからも」
肩を抱き寄せ、頬にキスをしてやる。
「ごめんな、千早を心配させてしまって。俺の配慮が足りなかった」
「そ、そんなことありません。私が、その……し、嫉妬、んんっ!」
言いかけた口を唇で塞いだのは、千早に嫉妬などと言わせると、この真面目な少女が
嫉妬の炎に身を焼かれ悶え苦しむところを想像したくなったからだ。

腹の中で蠢きはじめたどす黒い何者かを、俺は懸命に押さえつけようとした。

「ほかに気になることがあるなら、せっかくだから全部さっぱりさせとくか?」
「いえ。気になることなんてありません。これで全部片付きましたから。
 四条さんまで変な目でみてしまって……申し訳ないというか」
「まあ、あのお姫様はある意味変な人だからな、仕方ないよ」
「プロデューサーとして、変だなんていうべきではないと思いますけど?」
「なんでだよう。本当のことだぜ?」
「綺麗でスタイルもいいし、そ、その胸だって大きいのですから、プロデューサーは
その好みの女の子をほめてあげるべきです」
「な、なに。千早は俺をおっぱい星人扱いする気か?」
「それは事務所でも周知の事実ですが、プロデューサー?」
「ちょ、ちょっと待て千早。おっぱい星人だなんて全力で否定するぞ」
「却下します。事務所で美希に懐かれてべたべたしてたの知っていますから。あ、そうそう。
ついでだから言っておきます。お香の匂いが移るほど四条さんと密着するの、お控えくださいね」

そんなことを冗談口で言える。つまり俺の説得工作は無事完了というわけだ。



「密着なんかしてないさ。たった10分あの部屋にいただけで匂い移りしたんだぜ、あのお香」
「ならいいんです。密着するのは私だけにしてくれれば……」
甘えた声の千早というのも悪くは無い。

「俺だってそうさ。千早以外の子には密着どころかできるだけ近づかないから」
「プロデューサーは言い方が大げさです。いつもどおりでいいのですから」
「いつもどおりというと、こうか、ちーちゃん?」
「えっ、あっ…駄目です、なんですか、そのいやらしい手つき…」
「おらおら、おっぱい星人疑惑をはらすため、今から証明してやる、ほれほれ」
虚をついて、千早のバスローブの前を思い切り左右にひっぱった。

「きゃっ、駄目です」
バスローブの下は、そのまま素肌だった。
さらけ出された可愛いらしい双丘が小さく揺れる。
あわてて隠そうとする千早の手を押さえると、顔を寄せ乳首を含み吸いあげる。

「あっ、やぁ……そ、そんなのだめです」
「ごめん、大好きな千早のおっぱい見てると、止まらない」
「んあっ、ああっ、んんん、プロデューサー、だめ、やっぱりおっぱい星人きらい……」
「むふふ。おっぱいが出るまで吸ってやる」
「ああっ……やぁ、ふぁぁ、だ、だめですぅ……おっぱいなんて出ません」
「あむっ。吸い続けたらきっと出てくる」
「あ、あん、やぁ、だめぇ。出ないから許してください、やぁぁ」

千早の腕が俺の頭を強く抱き締める。
吸う力は加減してやるかわりに、舌で乳首を絡めとる。
唇で挟み、舌先で転がし、歯を立てて甘噛みして、その度に千早の体が跳ねる。
その姿にたまらなくなった俺は背中に回した手をはずし、そのままベッドに押し倒した。
のしかかり、かろうじてバスローブが隠している太ももに下半身をこすりつける。
愛撫のどさくさにまぎれ、タオル地ごしに俺の勃起を千早の秘部に押し付け反応を見る。

「あっ…だ、だめぇ……おっぱい、き、気持ちいい……」

そのままローブを押し開きたい衝動を抑えた。
乳房から離れ、体をずりあげる。

「千早。これでわかってだろ? 誰のおっぱいが一番好きか」
「……おっぱいは余計です」
「千早だけだぞ?」
「わ、わかってます、そんなの」

髪を漉くように撫でてやると、舌先をちろりと覗かせて催促される。
俺も舌を伸ばして、ちょんと千早の舌をつついてやる。

「これでいいか?」
小さく首を振って、もういちど舌先を出してキスの催促。
千早の気の済むまで、何度もこのやりとりを繰り返す。

「あと何回くらいしたら納得できそう?」
「……んと、朝までには。ふふっ、嘘です。もうとっくにわかっています」
そういって千早は体を起すと、そのまま俺の上にのしかかってくる。

「プロデューサー……?」
「ん?」
「わたし…わたしはプロデューサーだけのものです」
「どうした、急に?」
「ですから、プロデューサーのものだっていうしるし、私にください」

「えっと、それは……いよいよ、その、決心ついたって事…でいいのか?」
「……!?」
首を傾げていた千早にその意味が通じた瞬間、真っ赤になった顔をぶんぶんと振った。

「ち、違います。そっちはその、まだ……なのですが」


千早は俺の胸に顔を埋めた。胸の真ん中あたりに唇のやわらかい感触が伝わり
そのまま強く吸ったのだろう、ちくりと軽い痛みが走る。
「こうやってつけるのがしるし、です」
視線を下げると、なるほど胸の真ん中に赤々とついた千早製の大きなキスマーク。


小さく体が震えたように思う。

「これはプロデューサーが私のものだっていうしるしです。だから私にも同じように」
「い、いい、いいのか、千早。な、何日も取れないぞ?」


震えているのは俺の声だった。

「プロデューサー、どうかしたのですか? 声、震えてます」
「な、なんでもない、つけてやるから、ほら」

「消えないように、しっかりつけてください。もし消えてもまたつけてくだされば」
「それは……そうだ、が 俺は……千早、俺は……」



どんなに強がってみても、罪悪感を感じていないというのは錯覚だった。
貴音とやるたび、お互いつけあった無数のキスマーク。
胸。首。腹。あるいは性器にも。太もも。背中。
貴音の肌に吸い付いて、白い陶磁の表面に浮かび上がらせる赤い血のような痕跡。
貴音の唇によってもたらされる、軽い痛みをともなった情事の証拠。
それが吐き気のようにこみあげて、頭の中にあふれ出す。
それを振り払い、何度も千早の乳房に唇をつけようとして。

果たせなかった。

顔を赤らめながら俺からのしるしを待っていた千早の微笑みは、俺の表情を見るうち
怪訝な表情に変化していった。
やがてその目に浮かんだ涙が頬にこぼれていく。


「やはり……駄目、なのですね……」
「違う、千早。そうじゃない」
「わ、わたし…ごめんなさい。わかっていたんです」
「違う、聞いてくれ、千早」
「いいんです、もう」

搾り出すような声でそういった千早は、はだけた胸元をぎゅっとかき合わせると
向こうむきになった。
「もう寝ます。おやすみなさい」

押し殺した泣き声、時折すすりあげる鼻。
小刻みに震える華奢な肩。
それを隠すよう布団をかぶせると、俺はベッドから降りた。

◇7 千早編  決別

目が覚めると、すっかり明るくなっている。
どうやらあのまま泣き寝入りしてしまったらしい。
習慣のシャワーが億劫で、それでもなんとか脱衣所までたどりついてバスローブを脱ぎ捨てる。

鏡に映ったわたしの裸。
やせて肉付きの薄いからだ。ちいさな胸。
すべすべで綺麗な肌だ、そういっていつもプロデューサーは誉めてくれるけど。
私が本当に欲しかったのは、ここへのキスマークなんかではなかった。
私が疑っていた通り、あの二人の間に何かがあったとしても、
プロデューサーが私のところに戻ってきてくれさえすれば、それでよかった。

でもプロデューサーはこの家を出ていった。
あれから四条さんの家にいったのかもしれない。
恋人気取りで我侭をいい、拗ね、甘え、困らせ、振り回してばかりいるくせ
男のひとの求めには応えられない、女として役立たずの私なんかを放り出して。

震えそうな胸を抱きかかえた指に小さく光ったプラチナの指輪。
そう、これをもらってからだ、おかしくなってしまったのは。
歌だけに生きてきた私の閉ざした人生を、明るく楽しいものに塗り替えてくれたあのひと。
歌だけが全てではないと思えるようになったのも
毎日穏やかな気持ちですごせるようになったのも
みんなプロデューサーのおかげだった。
だから指輪をもらったとき、嬉しさのあまり舞い上がり、はしゃぎすぎて、
とんでもない勘違いをしでかしてしまったのだ。

プロデューサーが、恋愛関係をはじめようといってくれたのは、そんな私を憐れんで、
どうしようもない子供の私を傷つけないようための配慮で。
そこから何ヶ月もおかしな恋愛ごっこにつき合わせてしまって
その無理がたたり、昨夜ついに壊れてしまった。
どうして私はそのことに気づかなかったのだろう。
あれが真剣な恋なんかじゃないってことに。
体にキスされているとき、ふと見てしまったプロデューサーの冷めた表情。
あのとき、彼が見ているのが私なんかじゃないって気づくべきだった。

ごめんなさい、プロデューサー。
私、ほんとうに馬鹿でした。
遅いかもしれませんが、ようやく自分の失敗に気づきました。
これからは、前のように歌に専念し、お仕事に集中します。
恋愛とか恋人とか、浮ついて変なこと考えたりしません。
せっかくいただいた指輪ですが、これは一旦あなたにお返しします。
もし何年か先、私がそれを身につける資格があると思えば、そのときはまた私に……

やめた。そんなこと、あるわけないのだから。
外した指輪を丁寧にぬぐい清め、ドレッサーにしまっておいたケースに収めた。

今日の予定は午後からだけど、早い時間、まだ人が少ないうちに事務所にいって。
プロデューサーにお返しする。そしてもう一度、きちんとお願いしよう。
私のプロデュースだけは続けてもらえるように。

本当はわたし、わかっていたんです。
プロデュースを続けてほしいという願いは、歌に生きたいという思いから発しているのではなく
あなたを繋ぎ止める、唯一にして最後の手段であると自覚していることを。

あなたを繋ぎ止めることができるのは、私が女であるという事実ではなく、
もはや歌しかないという悲しい現実を。

◇8 貴音編 終わりの始まり

千早の家を逃げ出したあと、明け方近くまで飲んだくれていたおかげで、
ひどい寝不足と頭痛を抱え出社する羽目になった。
幸い、今日の予定は午後からである。
デスクに残されたメモの用件を片付けたら仮眠室で一眠りしよう、そう思ったところに千早が現れた。

「おはようございます、プロデューサー」
「お、おお。おはよう千早。今日は午後からだぞ?」
「はい。あの、仕事の前にお話しておきたいことがあって。ご迷惑でしたでしょうか?」
「いや、構わん。ここでいいか?」
彼女はうなずくと、バッグに手を突っ込んだ。
「あの、これ……お返ししようと」
千早が差し出した、嵩張った封筒。形だけで中身が知れた。
「いらないのなら捨ててしまえばよかったのに」
俺が受け取ろうとしないので、彼女はデスクにそれを置いて俺を見る。

「あの、プロデューサー。いろいろとすみませんでした」
「どうして千早が謝る?」
「私、浮ついてました。これからは歌に専念します、ですから、その……」
「俺は少し仮眠を取る。仕事は昼からだから12時に起こしにきてくれ、それまで自主トレ」

俺の拒絶、貴音の存在。疑い出せばきりがない疑惑の数々。
その中で千早は自分なりに考えたのだろう、自分がどうすべきかを。
恋愛関係を破棄し、元の通り仕事のパートナーとしての関係にもどる。
そうすれば歌は歌える。仕事もできる。そして、俺のそばに居続けることができる。
所詮アイドルを自分のものにするなど、無理だった。
貴音の例を出すまでも無い。心は体ほど簡単に手に入らないものなのだ。



仲はいいが、それ以上に厳しい師弟コンビ。
俺と千早の関係は、事務所の中でも、外でもそのように思われているらしい。
それは二人の恋愛という関係が終わったあとも全く変化はない。
初日こそややぎくしゃくしたものの、2、3日もたてばそれもなくなった。
変に気を使わなくなったことで、コミュニケーションがよくなったと錯覚すらしそうだった。

俺と千早の関係を知る唯一の存在である貴音。
あの日以降も、何度か顔をあわせているが表情にも言動にも変化がない。
鋭い貴音のこと、俺と千早の変化を悟り、何か言ってくるかと思ったがその兆候はなかった。
そうやって表面的には平穏に日々は流れてゆき、あっというまに1週間が過ぎた。
その間に俺の心は平坦さを取戻し、その上そろそろ溜まりだしてきたのも自覚していた。
それを見透かしたかのようなタイミングでかかってきた貴音の電話。
千早を帰し、適当な残業で時間をつぶしながら、俺は今夜やるべきことを思い描く。



貴音の家に着いたとき、頭の中にあったのはただ姦る、それだけだった。
だから貴音の服装が見慣れた扇情的なものでないことに気づかないまま壁に押し付け
唇を重ねようとする俺を、貴音は薄く笑いながらやんわりと遮った。

「あなた様。今日は少し趣向を変えてみませんか?」
その言葉で俺も貴音の装いの変化に気づいた。
「趣向を変える?」

俺の問いに、貴音はふふ、と笑うばかりで答えない。


「こちらに」
貴音が示したのは、ベッドでもソファーでもなく、小さなダイニングのテーブルだった。
その意図を読めずに戸惑う俺の前に、ことり、と小さいコーヒーカップが置かれた。
「まずはお茶でも喫して落ち着いてくださいまし、あなた様……」
「あ、ああ。頂こう」
湯気とともに立ち上る花の香り。ローズティーの類か。
一口、二口すすってカップを置くと、正面から貴音がまっすぐ俺を見据えている。

貴音相手に構える必要などこれまでなかったし、この1週間で俺自身新しい状況に慣れていた。
それを油断というかはともかく、少なくとも無防備なのは間違いないところに。

「1週間前。あなた様、千早に何をしたのですか?」

質問でも鎌かけでもない、いきなり断定が真正面から切り込んできた。

大きな声でも、鋭い問いでもない、淡々とした貴音の質問。
なのに俺は冷や汗をかきながら、受けるか、躱すか、逃げを打つのか姑息な計算を始めている。

「千早に何か? さあ。何もしてないが」
様子見のため、まずはとぼけてみせるが、茫洋とした貴音の表情は全く変化がない。
「今夜は戯れも偽りもなきようお願いします。よろしいですね?」
「あ、ああ」
柔らかく穏やかな声と表情にも関わらず、俺は即座に貴音に従う返事を返していた。

「では今一度、問います。1週間前、あたな様は−」

手で制して後は俺が引き取った。
「俺は千早と別れた。もちろん恋人関係の清算という意味でだ。仕事は今までどおり続ける」

首を傾げてみせる貴音に、俺はあの夜のやり取りを順に説明する。
千早が抱いていた疑惑、それはすべて否定して納得させたはずのことも、
改めて千早に愛していると告げたことも。

だが、キスマークのくだり。そこからは説明のしようがなかった。
自分でも説明のつかないあの時抱いた感情。思い出そうとしただけで苦い吐き気がこみあげてくる。
かといって罪悪感のせいにするには安直過ぎるし、他に説明できる理由は見当たらない。
だからその部分は省略し、翌日の指輪の話まで飛ばした。
結果として、歌に専念したいという千早の心変わりを受け、俺が別れを決意したという
いびつな話に落とさざるを得なかった。


「そう、ですか。なんとも痛ましいこと……」
そういって貴音は顔を伏せる。

「千早には歌を追求する生き方があってるってことだよ」
俺の答えに、貴音は顔をあげる。

「ですが、わたくしには解せませぬ。なにゆえ千早が愛の証をつき返す必要があったのか」
穏やかな口調ではあったが、表情は真剣だった。

「歌、というのは他のすべてを捨てなければ成しえないものでございましょうか?」
「少なくとも千早はそう考えたんだろ」
「たとえそうだとしても。なぜ今そうしなければならなかったのか」
そういって、再び顔をうつむけ考えにふけり始める。




俺はいい加減焦れてきていた。
千早のことはとっくに終わったことであり、理由はどうあれ面倒な関係を清算できたのである。
それは貴音にとってもメリットとなっても、デメリットになりえないはずなのになぜ
この女はそこまで千早のことを気にするのか?
お預けをくらった性欲が、腹の中から村々燃え始めている。
いっそこのまま抱きすくめ、立ったままでも―

そんな不埒な考えを読んだわけでもないだろうが、貴音がきっと顔をあげ俺を見つめる。

「あなた様。まだお話いただけていないこと、あるいはお忘れのこと、ございませぬか?」

落ち着いて考えれば、貴音が俺を気遣い、顔を立てるため遠まわしな言い方をしたと分かるだろうが
性欲、いや獣欲を滾らせていた俺はその一言で完全に切れてしまった。

「なあ貴音。それがお前に何の関係があるんだ?」
「……! あなた様、今なんとおっしゃいました?」
「千早と俺が付き合おうが別れようがお前に関係ない。そういったんだ」
「で、ですが…」
「聞け。千早とは元通り仕事の関係にもどるだけだ。それだって歌に集中させるという点では
あの子のためになることだ。恋愛にうつつをぬかすよりもな」
「それはわかりますが」
「貴音にだって都合いいだろう? 少なくともこうやって密会するのが密会でなくなるんだ
 なんなら、貴音。お前が俺の新しい恋人になってくれてもいいんだがな」
「………あ、あなた様は、そのようなことを本気で、お考えに…?」
「貴音の意志は尊重するぞ。今までどおりやるだけの関係がいいならそうするし、
 もう売れてきて俺のサポートなんざいらないのなら、お前とも清算したっていい」
「ふふ、うふふふ。そう、でしたね………考えようを変えれば、そうかも知れませぬ」
「そういうことだ」
「ですが、あなた様。あれほど大切にしていた千早のこと。後で悔いたりはしませんか?」
「処女のままでよかったと思うし、千早だってそうだろうよ」
「では本当に未練はないと?」
「くどいぞ貴音。 もう終わった話を蒸し返すのはやめてくれ」
「いいえ、やめません。今夜のあなた様、まるで辻褄があっておりません。鏡をご覧ください。
 あなた様のその泣き顔、わたくしには見ておられませぬ……」
「う、うるさい。いい加減なこというな! それより景気づけに一発やるからこっちこいよ」
「いけません。まだ話は終わっておりません」
「いいから脱げ。いや、そのままでいいから立て、後ろからやる」
「嫌です、おやめください、あなた様……あぁどうかお気づきになってください」
「黙れ淫乱。あの小便くさい小娘を切ったから今度はお前と付き合ってやれるんだぞ」
「そのようなこと……戯れでもいってはなりません!」

あくまで落ち着いた貴音の物言い。それがお互いにとって災いだった。
立ち上がった俺は貴音の腕をつかみ、押さえつけようとしたが抵抗は激しかった。
必死で抗う貴音ともみ合いながら、テーブルにぶつかり、リビングの床に打ち付け
ソファーにぶつかり転げまわる。
貴音の服はあちこちが裂け、腕や足だけでなく、顔にまで打撲の痣が浮かびあがっている。

もしそこで貴音があきらめていたら、あるいは俺も鎮火できたのかもしれないが、
この夜の貴音は何がなんでも体を許さない、そう頑なまでに抵抗を続けた。
俺は暴れる貴音をなんとか押さえつけようとしながら、引越しの日のことを思い出していた。
あの時の貴音はそれでも無抵抗だった。

だが今は違う。
死に物狂いで俺から逃れようとする貴音。
何が何でも犯してやろうと襲い掛かる俺。
これこそ、紛れもない強姦だった。
俺は完全に狂っていた。

抵抗をやめない貴音に業を煮やし、一切の手加減をやめ力ずくで着衣を引き裂いていく。
カーディガン、シャツ。スカート。下着。
布地が引き裂かれる音が、俺の劣情を燃やし続ける燃料となった。
ぼろ同然の布をわずかにまとわりつかせ、なお諦めない貴音から、俺は暴力で抵抗を削いでいく。
平手で頬を張り、豊かな乳房を引きちぎるかのようにねじり上げ、鳩尾にこぶしをめり込ませ。
起き上がろうとするところに足を掛け、尻を蹴り飛ばし床に這わせる。

そこでようやく貴音は抵抗をやめてくれた。
固いフローリングの床に倒れこんだ貴音の体をを仰向けにして足を開き。
まだ無傷で残っていたパンツを、紙でも引き裂くように破り捨てた。
力の抜け切った足を無造作に開いて性器を曝け出すと、いつもはぐしょぐしょに濡れ光っている
艶やかな花びらは今はしっかりと閉じ合わさり一滴の雫すら浮かべていない。

それを見たとき、全身から力が抜けた。
膝をつき、それからへたり込んだ。


「気がすみましたか…」

抑揚がなく、生気を感じさせない声で貴音は俺に問いかける。

「大切な女子を平気で切り捨て、今またこのように暴力で己が劣情を満たそうとは」

声の位置から、ゆっくり身を起こしたのがわかった。
虚ろな声が、いまでは俺の正面から聞こえているようだった。

「見下げ果てた卑怯者…とでも言えればよいものを」
「いいんだよ。俺はそのとおりなんだから」
「いえ……それよりも」

俺に触れた貴音の手のひら。驚くほど冷たかった。

「終わりにいたしましょう」
「……ああ、そうだな。それがいいな」
「ふふっ、最後までとぼけたお方」

それまで俺の頬を、まるで愛しむかのようになでさすっていた手がすっと下に下りて。

首に巻きついた。

同時に貴音の体当たりで、俺は受身も取れず床に倒される。


硬質の打撲音。


それが、その夜俺が覚えている最後の出来事だった。




あのとき私のうちにあったそれは、明らかに殺意だった。
激烈な怒りとともに湧き上がった、まごうことなき殺意、だった。
大切な思い人を無思慮に捨てたこの男に対する。
わたくしを獣欲のまま、犯そうとしたこの男に対する。
そんな男を愛していた現実に失望し、絶望したわたくしは
せめて我が手で終わらせようと思い至り、倒れて無防備な男の首に両の手をかけた。

そのとき、思い出していなければ、きっとわたしは男をこの手で殺めていたであろう。

かつて、行き場も生きる術も全て失おうとしていた私を掬い上げた、その手の暖かさを。
今、力を失い投げ出されている、かつて暖かかったその手。
それを持ち上げ、この男が私を抱いた時、必ず一番最後そうしてくれたよう、頬に添えた。

ご恩に報いたいというのは口実だった。
自分で作り上げたこの口実に縋り、なんとかあなた様に近づきたかった。
あなた様の傍にはいつも如月千早が付き従っており、深く愛し合う二人の間にはわたくしなどが
入り込む余地は寸毫もなく、それでもなお諦めきれなかったわたくしは。
卑劣と知りながらあなた様を篭絡し、求めに応じ体を開くことで愛を得ようとした愚か者。
二人を引き裂いたのはこのわたくしの身勝手さだったというのに。

「あぁ、あなた様……どうかお許しください。この身をもって償いますゆえ……」

着衣をおろして、愛しいものをあらわにする。
口に含み、唇、そして舌をからめていく。
あぁ、あなた様。
今宵だけ、どうか今宵だけはわたくしのわがままをお許しください。
わたくしはあなた様を愛しておりました。
せめて最後に、このわたくしにお情けを頂戴したく、お願いします。

まだ意識をとりもどさぬうち、それでも力を取り戻していくあなた様のぺにす。
それがすっかりと硬さを保ちえたところで、口を離し。

あなた様に救われましたうえに、お情けまでいただけた幸せをこの胸に抱き、
わたくしはその責を果たすため旅立ちます。
いまはこれまでにて。
どうか、愚かなこのわたくしをお許しくださいまし……

またがり、すでに潤いはじめたわたくしの性器に、慣れ親しんだあなた様のぺにすを添える。
いまわたくしのなかに。
あぁ………、ゆっくりと腰を下ろし、中に迎え入れていく。
子宮にあなた様を感じるところまで、そうすればあとはこのまま、いつもそうしていたように。
あぁ、あなた様……

今生、ご縁はこれを限りとさせていただきます。
ですが、きっと。この先、輪廻のその先に。
かならず、かならずあなた様を待ちまする。
どれほど長く転生をくりかえそうと。必ず私は待っております。
ですからどうか約束してください、この私を見つけてくださると。
そして、そのときこそ、どうかわたしをあなた様のものとしていただけますよう、
お願いいたします、嗚呼ぁ……あ、あなた様

どうか千早と二人、お幸せに……




◇ 大人のリレーション  TRUE END

(起きてください。あなた、あなたってば、起きてください)


頭が痛い。あんなに強くぶつけたから、こぶだけで済めばいいのだが
それにしても千早の声がキャンキャンうるさいな。もう少し休ませてほしいのに


(あなた、起きないと遅刻しますよ。今日が大事な日だってわかってますか?)


やれやれ。大事ってオーディションだったか? 一人でいっても勝てるだろうに。
俺はここで寝かしてくれ…寝ながら応援してやるから。んん……


「あ、な、た、ってば!」
「うわああああああ、千早か!?」

目を開けると、カーテンが開け放たれ柔らかい日差しがベッドにまで届いている。

「全然起きないので、少し心配したじゃないですかぁ、ほんとにもう……」
「あれ、千早泣いてる? いやいや、髪切ったのか? ちょ、ちょっとまて。
 千早、お前、千早だよな? なんか色々違っているのは何故だ」
「あぁ、あなた……落ち着いてください。目、覚めていますよね?」
「お、おお。ちゃんと起きてる。寝ぼけてないぞ」
「では、もう一度。よく私を見てください」


「………あっ」
「ふふっ。やっと分かったようですね、あんまり心配させないでくださいね、
ほら、この子だって驚いています」
「ああ、すまん。きっと夢を見てたせいだ」
「…何か思い出したとか?」
「いや、そうではない」

俺は勢いをつけて起き上がると、かつて担当アイドル、今は妻である千早を抱き寄せキスを交わす。
「よし、こっちにもだ」
そろそろ目立ち始めたお腹。シャツをめくり、ぴんと張った丸いおなかに唇をつける。
「あら、いま動きました」
「うん。キスしたのがわかったようだな」
「女の子です、きっと。パパのチューから逃げようと」
「おいおい、それはないだろ…それより、体調は?」
「問題ありません。このところ安定していますから、式の出席も大丈夫です」
「そうか。綺麗だろうな、貴音のウエディングドレスは」
「ええ。楽しみです」


朝食の支度のため、台所にもどる妻の後ろ姿を見送りながら
俺はそっと頭をさすってみる。
髪の上からでもはっきりわかる、大きな傷跡。
それができた理由は今もって思い出せていないが、どうせろくでもない理由に違いないから
思い出さないほうがいいのかもしれない。



おしまい。

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