二人の時間
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arucard_72 2012年09月10日(月) 13:25:57履歴
[ＳＳメモ] 2012.8月下旬に「独り語り�供�14〜19」で公開したものを
独立したＳＳとして書庫に保管。
セックスが「苦痛を我慢するだけの時間」だったのは比較的短い時間のこと。
回数を覚えているわけではないけれど、片手で数えられる程度なのは間違いない。
けれど苦痛が無くなったことで事態が好転したわけでもない。
セックスが「恥ずかしさを我慢するだけの時間」になったからだ。
どういうことをする（される）かが分ってきて、それによって自分がどうなるかも
分ってくるとそのことが堪えようがないくらい恥ずかしいのである。
より正確にいえば、セックスという行為により反応しそうになっている自分が
どうしようもない位、はしたないよう思えて仕方なかった。
だからできるだけ体が動かないよう、そして変な声を漏らさないよう口を塞ぎ
違うことを考えてその時間が早く過ぎるよう、そればかりを考えていた。
そういう状態だったから、彼がそれをどう思っているかなんて考えもしなかった。
「千早は……やっぱりこういうことは好きじゃない？」
彼がそんなことを言い出したのは、ある夜行為が始まる直前のことだった。
なんとなく体をくっつけあって、どちらからともなく手などを握り合って
それからキス。（念のため言えば、キスはこの時からすごく好きなことだった）
何度か唇を重ねて、それがだんだんと深いものになっていくのを感じながら
いよいよベッドに……などと思っていたとき。
「えっ？」
「いや、ベッドの中の顔があんまり楽しそうじゃないっていうか」
「……そ、そうなのですか？」
「そうなのですかって、千早は実際どう思っているんだ？」
「べ、べつに嫌とか嫌いというわけでは……」
「気を使わなくていいよ。もしセックスが苦手なのだったら……」
そういって彼は寄せていた体を離し、小さな溜息をつく。
「ごめんな、無理強いするつもりもないから今日はゆっくり寝よう」
結局その夜、パジャマを脱がされることはなく
なんとなく妙な空気の中、私と彼は朝まで何もないよう眠っただけだった。
もちろんそれは朝になっても変わりは無い。
別に彼とベッドインすることは嫌いじゃないし、肌を触れ合うことは好き。
単に私がセックスに無知で、それゆえに思い違いをしていただけのこと。
ただ恥ずかしいのを我慢していたのも事実だから、セックスという直接行為が
減るのは私にとってありがたくもあり、キスしたりじゃれあったりするのが増えるのだと
思っていた私は本当にどうしようもない。
当然だけど彼は私の反応を誤解していて、その夜以来セックスどころか
キスすることも控えるようになった。
それだけで二人の距離が開くとかということもなかったけれど
奇妙な空気というのはいつまでたっても解消されない。
その結果、私自身もとんでもない誤解を生み出すに至ってしまった。
彼が私に触れないのは飽きてしまったから？
こんなことで仕事に集中できない自分が情けなく、なんとかしようにも
一度乱れた心は中々まとまってくれない。
心の中の雑念や疑念を片付けなければ、どんなにあがいてもこの問題が解決
しないのは分かっているから、いつものように彼にぶつかっていけばいいのだけれど
問題が問題だけに自分から言い出すのは躊躇われる。
こういう時、いつも彼が私の気持ちを察してくれてそれとなくリードしてくれることが
多いのだけれど、今回はとてもそういう雰囲気ではない。
むしろあの夜の空気を引きずったまま、心の距離感が開いたままの状態。
仕事への影響を考えれば、やはり自分から打開するしかないのだろうか。
「プロデューサー、折り入っての相談があるのですが」
「仕事のこと？ それとも何か悩んでいることでも？」
私の考えなどとっくにお見通しのくせに、そうやってとぼけてみせる彼。
だけど話を受け止めてくれるのはいつも通りだからそれがせめてもの救い。
何度か深呼吸をしてから思い切って切り出した。
「プライベートな悩み事です。プロデューサーは私に飽きたのですか？」
「……はい？」
「もうあんな事はしないお積りなんですか？」
「千早は一体何を言っているんだ？」
「分かっているくせに……とぼけないで答えてください」
「いや、ある程度の予想はついてるけど、間違ってたら千早に失礼だろ」
「でははっきり申し上げます。セックスのことです」
「つまり千早は、俺が千早とのセックスに飽きたんじゃないかと悩んでいるわけか」
「ち、違います！ そこは別に悩んでいません」
「だとしたら今の質問にはどういう意図があるんだ？」
「それは……いいからまず質問に答えてください」
彼は小さな溜息をつくと、
「何故そんな思い違いをしたのかわからんが、答えはどちらも“ＮＯ”だ」
話が微妙に噛み合わないのは私の質問が悪かったからだろうか。
だとしても、いい加減話の方向性を悟ってリードしてくれてもよさそうなものだけど……
「答えたんだけど……そろそろ話、続けてくれない？」
「えっ、あの……つまり、私が悩んでいるのはそんなことではなくて
最近プロデューサーが、そう、妙によそよそしいことです」
「それとセックス、関係あるのか？」
「あ、あるというか……その……」
「じゃあ聞くけど、千早はセックスをどう思ってる？」
「どうって……」
「そうだな、例えば“好き”か“嫌い”、二択で答えるとしたら」
「それは……す……嫌いではありません」
「好きか嫌いの二択なのにわざわざ“嫌いじゃない”って答える千早さん」
「意味は同じじゃないですか」
「ストレートに“好き”って言わなかった理由は？」
「そ、それは……」
「千早の悩みの根源はそこにあると思うんだけど」
「どうしてそんなことがわかるのですか？」
「俺も悩んでいるからさ。千早がセックスを嫌ってるんじゃないかって」
「ですから……嫌いではありませんと」
「でも“好き”とは言ってくれない」
「そういうはしたないことは……言えません」
「千早にとってセックスは嫌いじゃないけどはしたないこと？」
「違います、セックスのことをとやかく言うのがはしたないんです」
彼のペースに乗せられて、気がつけば問題の核心に迫っていた。
彼も悩んでいたというのは意外だったけれど。
「例えそれがはしたないことだとしても、決して疎かにすべきことじゃないと思う。
だからこの際、お互いの考えを明らかにしておくべきだと俺は思うんだよ」
そう前置きしてから彼が話してくれたのは、彼自身のセックス観というべきもの。
セックスは愛情であり、コミュニケーションであり、生殖行為でもあって
理性や理屈で考えるものではなく、もっと根源的で動物的な行為でもあるということ。
言わんとしている事は分からなくもないけれど、理性と羞恥心でがんじがらめの
私にしてみれば、まさに対極となる考え方。
そして彼は説明の最後をこう締めくくる。
「そうはいっても俺は千早の価値観を尊重したいと思っている。
だから自分の意見を押し付けるつもりはないよ。セックスについては特に」
「ですが……お互いの悩みが価値観の違いに根ざしているのも事実です。
何もしなければ意見は平行線を辿るだけだと思います」
これは今までの仕事で散々経験してきたことだ。
方針を巡って対立しそうになるたび、お互いの意見をぶつけながら前に進んできた。
反対や否定だけでは何も生まれず、マイナスにしかならないことは痛感している。
そう考えた私の心を読んだように、彼は真剣な顔のまま話を続ける。
「だけどセックスのことが仕事と同じように上手く行くとは限らないと思う。
特に……千早の考え方を聞いた限りでは」
「プロデューサーの仰りたいことはよく分かりました。ですがこのまま何もせず
思い悩むのも嫌ですから、何らかの手段を試してみる価値はあるかと」
そういったのは、私なりに気持ちを固めた上でのこと。
確かにセックスのことでは恥ずかしいことばかりだけど、彼のいったとおり
コミュニケーションの手段として考えれば、決して悪いものではないとも思う。
それに所詮はセックス、どんなに恥ずかしくても命まで取られるわけでもなし。
彼に任せてチャレンジすれば、何か新しい世界が掴めるかもしれないし。
長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「分かった。だが一つだけお願いがある」
「なんでしょう？」
「真面目にやるから俺のことを変態扱いしないでほしい」
「はい…………って、は、はぃ？」
もしかして、私はとんでもない約束をしてしまったのかも知れない。
今さらじたばたしても仕方のないことだけど……
けれど彼はあの夜の出来事などなかったように仕事に集中しているようで
それにつられて私もそんな約束のことを忘れかけようとしていた。
だからあるオフの日、彼に誘われて出かける時にも
それが例の約束を果たすためとはまるで思いもしなかった。
街にでて買い物や食事をしたあと彼が足を向けた繁華街の裏通り、
飲食店や雑居ビルが軒を連ねる狭い路地にその建物はあった。
看板が何も無い鉄扉は明らかに怪しい雰囲気を醸し出しているのだけど
彼は平然と呼び鈴らしいボタンを押している。
ほどなくロックが解ける音がして開いた扉の先には階段があった。
照明は薄暗く地下に降りていく以外、何があるかも分からない。
「プロデューサー、ここは一体……どこなのですか？」
「着いてみてのお楽しみさ」
彼のジャケットをそっと掴み、足元を確かめながら階段を下りていく。
雰囲気はライブハウスに似ているけれど、ここにあるのは煙草やお酒の匂いではない。
強いて言うなら……危険な匂い？ そう思いながら入った地下室の中には。
よく磨かれた木製のフロア、正面の壁一面は鏡張りで……
「ここ、レッスンスタジオ……ですか」
「せっかくのオフに悪いけど、千早はレッスン大好きだからいいだろ？」
「サプライズレッスンですか。別にかまいませんが何の用意もしていませんよ」
「大丈夫。今日千早にしてもらうのは特別レッスンでね」
「特別…レッスン？」
「ルールはただ一つ、俺のいうこと全てに従ってもらう。できるか？」
彼の意地悪そうな笑みを見て、ようやくこれが例の約束なんだと理解した。
だけど……何故レッスンスタジオなんかで？
「千早、返事は？」
「は、はい。プロデューサーの言うとおりにします」
「よろしい。じゃあ早速始めるから服、脱いで」
「えっ、ええ？」
「そのままでもいいけど、汗かいたら着て帰る服がないよ？」
いきなりいやらしい……と思ったけれど最初の命令というか指示はストレッチ。
彼も脱ぐそぶりすら無く、いつものように椅子に座って腕を組むだけ。
「いきなりエッチをするとか思ったか？」
「まさか……そ、そんなこと思いません」
正直にいうほど私だって初心じゃないもん。
「よかった。ストレッチのあとはダンスで汗を流してもらうからな」
「それでは普通のレッスンと変りないのでは？」
けれど彼はニヤニヤするだけで私の質問には答えなかった。
こんな場所まで用意しているのだから、絶対に何らかの企みがあるはず。
気になるのは向こうのカーテンの仕切りなんだけど……。
そんなことを考えながらも体は慣れ親しんだプロセスをたどって
薄っすらと汗ばんできた頃、ストレッチは完了する。
彼が選んだスローな一曲目で全身の動きを確かめる。
うん、問題ない。コンディションは上々のようだし。
二曲目に少しテンポが速くなったけど、体は軽く動くから問題ない。
ただエアコンの効きが控えめらしく、早くも汗の粒が浮かんできたから
曲が終わると手早く髪を束ねてゴムバンドで止めておく。
「調子はどう、千早？」
「ええ、ばっちりです」
体を動かせば自然と心も弾んでくる。
この先何をさせられるかとか、下着姿で踊っていることも今はにならず、
逆に肌を出している開放感に気持ちよさを感じているくらいだ。
曲のテンポが速くなり、ターンのたびに飛び散る汗がスローモーションのように見える。
続けて何曲か踊り、全身が汗びっしょりになった頃に最初の休憩が入った。
この程度の運動ならほんの序の口だから、軽くクールダウンしながら
彼にもらったスポドリで喉の渇きを鎮める。
「まだまだ余裕みたいだな」
「プロデューサー、からかわないでください」
「これは失礼。では準備運動も終わったようだし、本番いってみようか」
彼がスイッチを操作すると蛍光灯が消え、代りに赤っぽい照明が入る。
それだけでレッスンフロアが扇情的なステージのような雰囲気に変る。
「次もダンスですか？」
「次から激しくなる、その濡れたブラは邪魔になるから脱いでしまえ」
「は、はい……」
まず恥ずかしいと思ってしまうのは条件反射のようなもの。
けれど汗で濡れたブラが肌に張り付いてダンスの邪魔なのは事実だし
彼と二人きりなのだから、裸を見られるのは気にするべきことでもない。
次の曲のイントロが始まり、慌てて外したブラをフロアの端に放り投げる。
その曲「ＫＩＳＳ」は刺激的な歌詞とＰＶで話題をさらった美希たちユニットの人気曲で、
メロディーと歌詞は私の頭に入っていても、振り付けとなるとそうもいかない。
彼に視線を送ってみたところ、帰ってきたのは「アドリブで」という指示だけ。
本番のステージでもないから、例のＰＶを思い出しながらなんとかしようと思ったとき
歌いだしのタイミングに合わせ、正面の鏡に突如映像が映し出された。
「千早、歌とダンスはどうした！」
彼の怒声に我に返ったものの、映像に目を奪われたままの私は
歌もダンスもぐだぐだになり、それを全く立て直せないでいる。
扇情的なメロディーをバック、生々しく肌を絡み合わせる男女の姿。
男の口が汗にまみれた肌のあちこちを彷徨うたび、艶かしい表情で反応する女性。
お返しとばかり、体制を入換えて男性にのしかかり責めはじめる女性。
唇のキス。乳房へのキス。手、足へのキス。そして……
お互いの体が上下に交差し、カメラが執拗にその唇を追いかけると
男と女は同時にその唇を相手の体……性器にぴたりと重ねられる。
そこが私の限界だった。
曲の途中なのに集中を切らした私は、その場にがっくり膝をついたものの
目だけは画面の男女から離せないでいる。
アイドルにあるまじき“喘ぎ声”と言われた四条さんの声にあわせるように
その体を一つに重ね合わせ、動きを続ける男と女。
生々しくもリアルなセックスを見せつけられることで思考能力を奪われていながら
私は彼が主張するセックス感をようやく“体”で理解しようとしていた。
セックスを頭で考えても仕方が無く、理性など無用のもの。
するべきことは体が勝手に考えてくれる。
だとしたら、今私がしなければいけないことは……
「さすがの千早も、これを見ながらは歌えないか」
「いいえ。パートナーさえいれば、どのようにでも歌って見せます」
「ふーん……で、俺にどうしろと？」
ふふっ、分かっているくせにまだとぼける気ですか？
私は汗を吸ってぐしょぐしょになったショーツを脱捨てると彼を手招きした。
「全部脱いで……それから来てください」
フロアに籠る熱気のせいで彼の肌も汗で湿っているけれど
まだまだこんな程度では全然足りない。
理性を捨てて本能のまま動物になって交わらないといけないのだから
もっともっと私を夢中にさせてくれないと。
曲をリピートさせ、彼の手をとってアドリブを始めると
先ほど戸惑ったのが嘘のように体が奔放に動いてくれる。
肌を密着させ、顔が近づけば口付けを交わし、肌に浮かぶ汗の雫で
喉を潤しながら私たちはダンスを続ける。
曲にあわせ、歌詞にあわせて私たちは歌い踊りながら体を交える。
汗の匂い、男のひとの咽るような体臭。
乳房から立ち上る唾液の匂い。
喘ぎ、囁き、それから悲鳴。
彼の指で抉られた場所が快感に打ち震え
その指が私の舌に、己の性器の味を教えてくれる。
全ての匂い、全ての味わい、全ての音。
それが私を一匹の雌に仕立て上げて
目の前の逞しい雄にこの体を捧げようとしている。
性の快感で屈服させられることの目の眩むような快感。
仁王立ちとなった彼の前に膝をつくと、彼は私の頭を乱暴に掴む。
目の前にある、雄のシンボル。
私が屈服させられるもの。
もはや言葉はなくてもすべきことは分かっている。
大きく口を開き、濃密な臭いを放っている彼のペニスを口に含んだ。
刺激的な味わいが舌を刺し、彼の呻いた声が私の耳を狂わせる。
夢中で喉の奥まで頬張りながら、私は自然と歓喜の涙を流していた。
理解しあえたことの喜び。
愛する彼と、心も体も一つになることのできた幸せ。
それが今、ようやく果たされようとしている。
彼の手が私の頭を撫で、口での奉仕が終わりを告げる。
フロアに横たえられた私の足が大きき開かれ持ち上げられると
この先に満ちた歓喜の瞬間を逃さないよう、私は懸命に頭をもちあげて
彼の顔の行方を追うけれど、目を開けていられたのはそこまでだった。
触らなくてもわかるくらいびしょびしょに濡れたあそこをぴちゃぴちゃと舐められた
私は気が狂いそうになるほどの快感に絶叫のような喘ぎで応える。
もう私にあるのは獣のように犯してほしい、ただそれだけのことで
その願いは言葉にしなくても、すぐに叶えられた。
熱く固く猛々しい彼のペニスにあそこを貫かれながら
彼の背中に回した手が離れないよう、しっかり爪をたてた。
最後まで彼が離れてしまわないよう、太ももで逞しい腰をしめつけた。
私の心からの願いはきちんと彼に届き
その夜、私たちは日付が変るまで狂ったように交わりを続けた。
数え切れないほどの絶頂。
子宮で受け止めきれず、溢れ出してしまうくらい大量の精液。
体中に交わしたキスのしるし。
やがて朝が来てふたりの時間は終わりをつげたのだけど
この日私はほんとうの意味で彼のものになれたのだと思う。
セックスが「大切な時間」になったこともあるけれど
本当に重要なことが私には理解できたのだから。
おしまい。
独立したＳＳとして書庫に保管。
- 以下本編-
セックスが「苦痛を我慢するだけの時間」だったのは比較的短い時間のこと。
回数を覚えているわけではないけれど、片手で数えられる程度なのは間違いない。
けれど苦痛が無くなったことで事態が好転したわけでもない。
セックスが「恥ずかしさを我慢するだけの時間」になったからだ。
どういうことをする（される）かが分ってきて、それによって自分がどうなるかも
分ってくるとそのことが堪えようがないくらい恥ずかしいのである。
より正確にいえば、セックスという行為により反応しそうになっている自分が
どうしようもない位、はしたないよう思えて仕方なかった。
だからできるだけ体が動かないよう、そして変な声を漏らさないよう口を塞ぎ
違うことを考えてその時間が早く過ぎるよう、そればかりを考えていた。
そういう状態だったから、彼がそれをどう思っているかなんて考えもしなかった。
「千早は……やっぱりこういうことは好きじゃない？」
彼がそんなことを言い出したのは、ある夜行為が始まる直前のことだった。
なんとなく体をくっつけあって、どちらからともなく手などを握り合って
それからキス。（念のため言えば、キスはこの時からすごく好きなことだった）
何度か唇を重ねて、それがだんだんと深いものになっていくのを感じながら
いよいよベッドに……などと思っていたとき。
「えっ？」
「いや、ベッドの中の顔があんまり楽しそうじゃないっていうか」
「……そ、そうなのですか？」
「そうなのですかって、千早は実際どう思っているんだ？」
「べ、べつに嫌とか嫌いというわけでは……」
「気を使わなくていいよ。もしセックスが苦手なのだったら……」
そういって彼は寄せていた体を離し、小さな溜息をつく。
「ごめんな、無理強いするつもりもないから今日はゆっくり寝よう」
結局その夜、パジャマを脱がされることはなく
なんとなく妙な空気の中、私と彼は朝まで何もないよう眠っただけだった。
もちろんそれは朝になっても変わりは無い。
別に彼とベッドインすることは嫌いじゃないし、肌を触れ合うことは好き。
単に私がセックスに無知で、それゆえに思い違いをしていただけのこと。
ただ恥ずかしいのを我慢していたのも事実だから、セックスという直接行為が
減るのは私にとってありがたくもあり、キスしたりじゃれあったりするのが増えるのだと
思っていた私は本当にどうしようもない。
当然だけど彼は私の反応を誤解していて、その夜以来セックスどころか
キスすることも控えるようになった。
それだけで二人の距離が開くとかということもなかったけれど
奇妙な空気というのはいつまでたっても解消されない。
その結果、私自身もとんでもない誤解を生み出すに至ってしまった。
彼が私に触れないのは飽きてしまったから？
こんなことで仕事に集中できない自分が情けなく、なんとかしようにも
一度乱れた心は中々まとまってくれない。
心の中の雑念や疑念を片付けなければ、どんなにあがいてもこの問題が解決
しないのは分かっているから、いつものように彼にぶつかっていけばいいのだけれど
問題が問題だけに自分から言い出すのは躊躇われる。
こういう時、いつも彼が私の気持ちを察してくれてそれとなくリードしてくれることが
多いのだけれど、今回はとてもそういう雰囲気ではない。
むしろあの夜の空気を引きずったまま、心の距離感が開いたままの状態。
仕事への影響を考えれば、やはり自分から打開するしかないのだろうか。
「プロデューサー、折り入っての相談があるのですが」
「仕事のこと？ それとも何か悩んでいることでも？」
私の考えなどとっくにお見通しのくせに、そうやってとぼけてみせる彼。
だけど話を受け止めてくれるのはいつも通りだからそれがせめてもの救い。
何度か深呼吸をしてから思い切って切り出した。
「プライベートな悩み事です。プロデューサーは私に飽きたのですか？」
「……はい？」
「もうあんな事はしないお積りなんですか？」
「千早は一体何を言っているんだ？」
「分かっているくせに……とぼけないで答えてください」
「いや、ある程度の予想はついてるけど、間違ってたら千早に失礼だろ」
「でははっきり申し上げます。セックスのことです」
「つまり千早は、俺が千早とのセックスに飽きたんじゃないかと悩んでいるわけか」
「ち、違います！ そこは別に悩んでいません」
「だとしたら今の質問にはどういう意図があるんだ？」
「それは……いいからまず質問に答えてください」
彼は小さな溜息をつくと、
「何故そんな思い違いをしたのかわからんが、答えはどちらも“ＮＯ”だ」
話が微妙に噛み合わないのは私の質問が悪かったからだろうか。
だとしても、いい加減話の方向性を悟ってリードしてくれてもよさそうなものだけど……
「答えたんだけど……そろそろ話、続けてくれない？」
「えっ、あの……つまり、私が悩んでいるのはそんなことではなくて
最近プロデューサーが、そう、妙によそよそしいことです」
「それとセックス、関係あるのか？」
「あ、あるというか……その……」
「じゃあ聞くけど、千早はセックスをどう思ってる？」
「どうって……」
「そうだな、例えば“好き”か“嫌い”、二択で答えるとしたら」
「それは……す……嫌いではありません」
「好きか嫌いの二択なのにわざわざ“嫌いじゃない”って答える千早さん」
「意味は同じじゃないですか」
「ストレートに“好き”って言わなかった理由は？」
「そ、それは……」
「千早の悩みの根源はそこにあると思うんだけど」
「どうしてそんなことがわかるのですか？」
「俺も悩んでいるからさ。千早がセックスを嫌ってるんじゃないかって」
「ですから……嫌いではありませんと」
「でも“好き”とは言ってくれない」
「そういうはしたないことは……言えません」
「千早にとってセックスは嫌いじゃないけどはしたないこと？」
「違います、セックスのことをとやかく言うのがはしたないんです」
彼のペースに乗せられて、気がつけば問題の核心に迫っていた。
彼も悩んでいたというのは意外だったけれど。
「例えそれがはしたないことだとしても、決して疎かにすべきことじゃないと思う。
だからこの際、お互いの考えを明らかにしておくべきだと俺は思うんだよ」
そう前置きしてから彼が話してくれたのは、彼自身のセックス観というべきもの。
セックスは愛情であり、コミュニケーションであり、生殖行為でもあって
理性や理屈で考えるものではなく、もっと根源的で動物的な行為でもあるということ。
言わんとしている事は分からなくもないけれど、理性と羞恥心でがんじがらめの
私にしてみれば、まさに対極となる考え方。
そして彼は説明の最後をこう締めくくる。
「そうはいっても俺は千早の価値観を尊重したいと思っている。
だから自分の意見を押し付けるつもりはないよ。セックスについては特に」
「ですが……お互いの悩みが価値観の違いに根ざしているのも事実です。
何もしなければ意見は平行線を辿るだけだと思います」
これは今までの仕事で散々経験してきたことだ。
方針を巡って対立しそうになるたび、お互いの意見をぶつけながら前に進んできた。
反対や否定だけでは何も生まれず、マイナスにしかならないことは痛感している。
そう考えた私の心を読んだように、彼は真剣な顔のまま話を続ける。
「だけどセックスのことが仕事と同じように上手く行くとは限らないと思う。
特に……千早の考え方を聞いた限りでは」
「プロデューサーの仰りたいことはよく分かりました。ですがこのまま何もせず
思い悩むのも嫌ですから、何らかの手段を試してみる価値はあるかと」
そういったのは、私なりに気持ちを固めた上でのこと。
確かにセックスのことでは恥ずかしいことばかりだけど、彼のいったとおり
コミュニケーションの手段として考えれば、決して悪いものではないとも思う。
それに所詮はセックス、どんなに恥ずかしくても命まで取られるわけでもなし。
彼に任せてチャレンジすれば、何か新しい世界が掴めるかもしれないし。
長い沈黙の後、彼は口を開いた。
「分かった。だが一つだけお願いがある」
「なんでしょう？」
「真面目にやるから俺のことを変態扱いしないでほしい」
「はい…………って、は、はぃ？」
もしかして、私はとんでもない約束をしてしまったのかも知れない。
今さらじたばたしても仕方のないことだけど……
けれど彼はあの夜の出来事などなかったように仕事に集中しているようで
それにつられて私もそんな約束のことを忘れかけようとしていた。
だからあるオフの日、彼に誘われて出かける時にも
それが例の約束を果たすためとはまるで思いもしなかった。
街にでて買い物や食事をしたあと彼が足を向けた繁華街の裏通り、
飲食店や雑居ビルが軒を連ねる狭い路地にその建物はあった。
看板が何も無い鉄扉は明らかに怪しい雰囲気を醸し出しているのだけど
彼は平然と呼び鈴らしいボタンを押している。
ほどなくロックが解ける音がして開いた扉の先には階段があった。
照明は薄暗く地下に降りていく以外、何があるかも分からない。
「プロデューサー、ここは一体……どこなのですか？」
「着いてみてのお楽しみさ」
彼のジャケットをそっと掴み、足元を確かめながら階段を下りていく。
雰囲気はライブハウスに似ているけれど、ここにあるのは煙草やお酒の匂いではない。
強いて言うなら……危険な匂い？ そう思いながら入った地下室の中には。
よく磨かれた木製のフロア、正面の壁一面は鏡張りで……
「ここ、レッスンスタジオ……ですか」
「せっかくのオフに悪いけど、千早はレッスン大好きだからいいだろ？」
「サプライズレッスンですか。別にかまいませんが何の用意もしていませんよ」
「大丈夫。今日千早にしてもらうのは特別レッスンでね」
「特別…レッスン？」
「ルールはただ一つ、俺のいうこと全てに従ってもらう。できるか？」
彼の意地悪そうな笑みを見て、ようやくこれが例の約束なんだと理解した。
だけど……何故レッスンスタジオなんかで？
「千早、返事は？」
「は、はい。プロデューサーの言うとおりにします」
「よろしい。じゃあ早速始めるから服、脱いで」
「えっ、ええ？」
「そのままでもいいけど、汗かいたら着て帰る服がないよ？」
いきなりいやらしい……と思ったけれど最初の命令というか指示はストレッチ。
彼も脱ぐそぶりすら無く、いつものように椅子に座って腕を組むだけ。
「いきなりエッチをするとか思ったか？」
「まさか……そ、そんなこと思いません」
正直にいうほど私だって初心じゃないもん。
「よかった。ストレッチのあとはダンスで汗を流してもらうからな」
「それでは普通のレッスンと変りないのでは？」
けれど彼はニヤニヤするだけで私の質問には答えなかった。
こんな場所まで用意しているのだから、絶対に何らかの企みがあるはず。
気になるのは向こうのカーテンの仕切りなんだけど……。
そんなことを考えながらも体は慣れ親しんだプロセスをたどって
薄っすらと汗ばんできた頃、ストレッチは完了する。
彼が選んだスローな一曲目で全身の動きを確かめる。
うん、問題ない。コンディションは上々のようだし。
二曲目に少しテンポが速くなったけど、体は軽く動くから問題ない。
ただエアコンの効きが控えめらしく、早くも汗の粒が浮かんできたから
曲が終わると手早く髪を束ねてゴムバンドで止めておく。
「調子はどう、千早？」
「ええ、ばっちりです」
体を動かせば自然と心も弾んでくる。
この先何をさせられるかとか、下着姿で踊っていることも今はにならず、
逆に肌を出している開放感に気持ちよさを感じているくらいだ。
曲のテンポが速くなり、ターンのたびに飛び散る汗がスローモーションのように見える。
続けて何曲か踊り、全身が汗びっしょりになった頃に最初の休憩が入った。
この程度の運動ならほんの序の口だから、軽くクールダウンしながら
彼にもらったスポドリで喉の渇きを鎮める。
「まだまだ余裕みたいだな」
「プロデューサー、からかわないでください」
「これは失礼。では準備運動も終わったようだし、本番いってみようか」
彼がスイッチを操作すると蛍光灯が消え、代りに赤っぽい照明が入る。
それだけでレッスンフロアが扇情的なステージのような雰囲気に変る。
「次もダンスですか？」
「次から激しくなる、その濡れたブラは邪魔になるから脱いでしまえ」
「は、はい……」
まず恥ずかしいと思ってしまうのは条件反射のようなもの。
けれど汗で濡れたブラが肌に張り付いてダンスの邪魔なのは事実だし
彼と二人きりなのだから、裸を見られるのは気にするべきことでもない。
次の曲のイントロが始まり、慌てて外したブラをフロアの端に放り投げる。
その曲「ＫＩＳＳ」は刺激的な歌詞とＰＶで話題をさらった美希たちユニットの人気曲で、
メロディーと歌詞は私の頭に入っていても、振り付けとなるとそうもいかない。
彼に視線を送ってみたところ、帰ってきたのは「アドリブで」という指示だけ。
本番のステージでもないから、例のＰＶを思い出しながらなんとかしようと思ったとき
歌いだしのタイミングに合わせ、正面の鏡に突如映像が映し出された。
「千早、歌とダンスはどうした！」
彼の怒声に我に返ったものの、映像に目を奪われたままの私は
歌もダンスもぐだぐだになり、それを全く立て直せないでいる。
扇情的なメロディーをバック、生々しく肌を絡み合わせる男女の姿。
男の口が汗にまみれた肌のあちこちを彷徨うたび、艶かしい表情で反応する女性。
お返しとばかり、体制を入換えて男性にのしかかり責めはじめる女性。
唇のキス。乳房へのキス。手、足へのキス。そして……
お互いの体が上下に交差し、カメラが執拗にその唇を追いかけると
男と女は同時にその唇を相手の体……性器にぴたりと重ねられる。
そこが私の限界だった。
曲の途中なのに集中を切らした私は、その場にがっくり膝をついたものの
目だけは画面の男女から離せないでいる。
アイドルにあるまじき“喘ぎ声”と言われた四条さんの声にあわせるように
その体を一つに重ね合わせ、動きを続ける男と女。
生々しくもリアルなセックスを見せつけられることで思考能力を奪われていながら
私は彼が主張するセックス感をようやく“体”で理解しようとしていた。
セックスを頭で考えても仕方が無く、理性など無用のもの。
するべきことは体が勝手に考えてくれる。
だとしたら、今私がしなければいけないことは……
「さすがの千早も、これを見ながらは歌えないか」
「いいえ。パートナーさえいれば、どのようにでも歌って見せます」
「ふーん……で、俺にどうしろと？」
ふふっ、分かっているくせにまだとぼける気ですか？
私は汗を吸ってぐしょぐしょになったショーツを脱捨てると彼を手招きした。
「全部脱いで……それから来てください」
フロアに籠る熱気のせいで彼の肌も汗で湿っているけれど
まだまだこんな程度では全然足りない。
理性を捨てて本能のまま動物になって交わらないといけないのだから
もっともっと私を夢中にさせてくれないと。
曲をリピートさせ、彼の手をとってアドリブを始めると
先ほど戸惑ったのが嘘のように体が奔放に動いてくれる。
肌を密着させ、顔が近づけば口付けを交わし、肌に浮かぶ汗の雫で
喉を潤しながら私たちはダンスを続ける。
曲にあわせ、歌詞にあわせて私たちは歌い踊りながら体を交える。
汗の匂い、男のひとの咽るような体臭。
乳房から立ち上る唾液の匂い。
喘ぎ、囁き、それから悲鳴。
彼の指で抉られた場所が快感に打ち震え
その指が私の舌に、己の性器の味を教えてくれる。
全ての匂い、全ての味わい、全ての音。
それが私を一匹の雌に仕立て上げて
目の前の逞しい雄にこの体を捧げようとしている。
性の快感で屈服させられることの目の眩むような快感。
仁王立ちとなった彼の前に膝をつくと、彼は私の頭を乱暴に掴む。
目の前にある、雄のシンボル。
私が屈服させられるもの。
もはや言葉はなくてもすべきことは分かっている。
大きく口を開き、濃密な臭いを放っている彼のペニスを口に含んだ。
刺激的な味わいが舌を刺し、彼の呻いた声が私の耳を狂わせる。
夢中で喉の奥まで頬張りながら、私は自然と歓喜の涙を流していた。
理解しあえたことの喜び。
愛する彼と、心も体も一つになることのできた幸せ。
それが今、ようやく果たされようとしている。
彼の手が私の頭を撫で、口での奉仕が終わりを告げる。
フロアに横たえられた私の足が大きき開かれ持ち上げられると
この先に満ちた歓喜の瞬間を逃さないよう、私は懸命に頭をもちあげて
彼の顔の行方を追うけれど、目を開けていられたのはそこまでだった。
触らなくてもわかるくらいびしょびしょに濡れたあそこをぴちゃぴちゃと舐められた
私は気が狂いそうになるほどの快感に絶叫のような喘ぎで応える。
もう私にあるのは獣のように犯してほしい、ただそれだけのことで
その願いは言葉にしなくても、すぐに叶えられた。
熱く固く猛々しい彼のペニスにあそこを貫かれながら
彼の背中に回した手が離れないよう、しっかり爪をたてた。
最後まで彼が離れてしまわないよう、太ももで逞しい腰をしめつけた。
私の心からの願いはきちんと彼に届き
その夜、私たちは日付が変るまで狂ったように交わりを続けた。
数え切れないほどの絶頂。
子宮で受け止めきれず、溢れ出してしまうくらい大量の精液。
体中に交わしたキスのしるし。
やがて朝が来てふたりの時間は終わりをつげたのだけど
この日私はほんとうの意味で彼のものになれたのだと思う。
セックスが「大切な時間」になったこともあるけれど
本当に重要なことが私には理解できたのだから。
おしまい。
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