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ノーマルSS  「彼の彼女」  

かなり以前に書いた非エロSSのひとつです。
未完でしたが、一旦加筆して完結版とします。
プロデューサーに彼女がいた、という設定の他愛のないお話。


 
彼女と知り合ったのは、俺がまだ普通の会社に勤めているころの話だ。
同期で入社し、俺は営業部門に、彼女は総務部に配属となった。
入社試験で一目ぼれした彼女と内定式のときに再会した俺は、猛烈なアタックをかけ
入社前のクリスマスに正式に付き合うようになった。
就職活動のため黒かった髪は今風の茶髪になり、メイクもずいぶん垢抜けてきたが、
おっとりと穏やかな性格は変わることなく、慣れない営業の仕事で四苦八苦している俺を
いつも優しく癒してくれた。
上司と衝突して飛び出すように会社を辞めたときも、妙な成り行きで芸能プロダクションへの
就職が決まったときも、愚痴も文句も言わず、俺を見守ってくれていた。
もっとも、そんなものが錯覚だったとついさっきわかったわけだが。

プロダクションでは先輩プロデューサーに付き、研修という形で実地の仕事を覚えさせられ、
それが十分でないまま人手不足を理由に一人のアイドルを担当することになった。
如月千早という、まだ15才の少女だ。
大人びて端正な顔立ちのこの少女は、信じられないような綺麗な声と歌唱力をもっており、
デビューして短期間で人気と知名度を増やしていった。
といっても仕事の殆どは社長や先輩がとってくる有様で、俺はプロデューサーとは名ばかりの、
マネージャーか付き人のように彼女に従い、仕事やレッスンのスケジュール管理と、
その送り迎えを主な仕事としていたし、彼女も俺のことをそのようにしか見ていなかった。

半ば歩合制に近い給与体系のおかげで彼女が売れるほど見入りが増えるのと、
サラリーマンと違う不規則な勤務時間がアバウトな俺の性分にあっていたのもあり、
働くことで得られる満足がなくとも、不満は感じなかった。
如月千早の扱い難さは所属アイドルの中でも折り紙つきという評判らしいが、
かつて存在した信じがたい程理不尽な元上司に比べたら、高校生の女の子の我侭など
可愛いもんである。それに周りからはクールだ、冷淡だといわれているが、
仕事を離れた千早は至って物静かで、大人しく、そして賢い子だった。


それでも担当になって3ヶ月もたてば、それなりに打ち解け他愛のない世間話をしたり、
仕事の帰りに食事をする程度には仲良くなっていた。
私には歌しかありません、そういって憚らない彼女は、気楽な学生生活を送ってきた
俺から見れば、歌以外信じられないほど何ももっていなかった。
本当に彼女には歌しかなかったのである。
そのせいだろうか、千早は俺の学生時代の話がお気に入りらしく、せがまれる様になった。
中学高校に熱中したバスケのこと。
合宿で女子風呂を覗きにいった話。
受験勉強の話に大学受験のエピソード。
大学のサークルの話。バイトの話。
バイクの話。ツーリングの話。
ところどころ脚色を加えた俺の話を、千早は目を輝かせて聞いてくれる。
不毛な人生と比べてしまうのか、話が終わると寂しそうに目を伏せるのがいたたまれず
俺は脚色捏造なんでもありで、話を膨らませていくのが常だった。

自制心の強い性格なのか、千早はどんなに羨ましいと思っても、
決して「私も一度そういうことがしてみたい」と口にしなかった。
それが、ビリヤードのように今すぐできる事でも、北海道の海岸にある露天風呂の事でも。
俺だってできるものならそういう体験をさせてやりたいとは思うが、
仕事の制約もあり、思うように時間が取れるわけもない。
平日は高校があり、放課後から夜にかけてが千早のアイドルとしての時間である。
遊ぶ余裕は、スケジュール帳にも彼女の心の中にも存在しえないのだ。


俺自身の生活も千早を中心に回るため、生活習慣は会社勤めの頃と全く変わった。
午後から夜が仕事タイムとなり、午前中は休みか、午後の仕事の準備時間となる。
法律の許す限界まで千早と仕事をし、彼女を家に送った後は事務所で書類仕事。
休日はないに等しくなった。
朝早くから千早をつれてテレビ局、レコード会社をまわり、プロモーション活動のため
あちこちを駈けずりまわる。
そんな生活だから、一番犠牲となったのが彼女との時間ということになった。
会社勤めの彼女とは生活サイクルが全く逆になり、会う時間がとれなくなった。
千早がデビューしたてのころは、まだ平日でも夜はなんとかなったが、
人気の出てきた今はもう会うどころか、電話で話す余裕もないくらいになった。
もともとマメなほうでもなく、メールを送る回数も目に見えて減っていく。
彼女からは、ほぼ毎日のようにメールが来るにもかかわらず。
忙しい俺を労わる文面や、会えなくても気にしないで、という言葉を額面どおりに
受け取っていた俺は掛け値なしの馬鹿野郎だった。


その日の仕事は同じ事務所の先輩、天海春香のラジオ番組へのゲスト出演だった。
同じ年頃でもあり、事務所でも唯一といっていい友人関係である天海さんとだから
千早にしては珍しくトークも弾み、収録が終わったあとも上機嫌だった。

「そういえばプロデューサーの恋愛の話はまだ聞いたことがありませんね」
番組で天海さんが恋バナを無茶振りしてたことを思い出した。
「そうだったっけ?」
「そうですよ」
「ま、恋愛話の10や20、いくらでも披露はできるけどね」
「本当ですか?」

疑わしげな顔をつくりながらも、千早の顔は笑っている。
賢い子だから、ある程度の脚色は見抜いた上で、それを楽しんでくれる。
恋愛関係の話を避けていたわけではないし、実在の彼女が存在している以上
エピソードには事欠かないのだが、普通の遊びすらろくにしていない千早にとって
もっとも縁遠い話ゆえ、話をふっても膨らまないと思い遠慮していただけである。

「あ、疑っているな。俺にだってちゃんと付き合っている彼女はいるぞ? 
最近は忙しいからろくに会ってないけど」
「そうなんですか?」
このとき千早が見せた表情の変化はごく僅かなもので、このときそれに気づきはしても
その意味までは考えが及ばなかった。
千早の性格上、自分のせいで会えない、などと見当違いの勘違いを疑ったくらいである。

「大人はな、君たち高校生と違って毎日会えないと駄目!なんてことはないのさ」
千早の前では余裕ぶってはいるが、内心ではかなり不安ではあった。
「わ、私は恋愛には興味ないし、付き合ったこととかないのでよくわかりませんけど」
いつもははっきり物をいう千早が珍しく言いよどむ。
「でも、時間をつくってデートとかしたほうがいいのではないですか?」
「そうだね。こんどオフが取れたらそうしようかな。いつになるかわからないけど」


そんな会話があったのだが、家に帰って思い返してみれば、
メールや電話をするくらいの時間はいくらでもあるし、飯を一緒にたべにいくことも、
スケジュール次第ではなんとかなることに今更ながら気がついた。
無意識で俺は彼女を避けていた……のか?
千早とは毎日のように一緒に時間を過ごし、共に泣き共に笑っているというのに。

◇ 千早主観

寝る準備を終えてベッドに潜り込むと、習慣どおり一日を振り返ってみる。
今日、プロデューサーに恋愛に興味がないといったのは嘘でない。
正確には興味がなかったというべきだろうか。
デビュー前は歌のことばかり考えていて、男性と時間を過ごすということが全くなかった。
それが、いまでは毎日のようにプロデューサーと一緒にいる。
年も一回りも離れていてわたしはまだ高校生でむこうは大人、
それに付き合っている彼女もいるのに。
なのにどうして、今度のオフにデートって話を聞いて嫌な気分になったのだろう。
私のために頑張ってくれているプロデューサー、そのプライベートにそんな気持ちを
持つなんて、わたしって嫌な子だな……



日曜のオフは予定通り取れたが、彼女には仕事が入ったとメールをしただけだった。

(仕事だったらしょうがないね)

しばらくして来た返信は素っ気無かった。絵文字も俺をねぎらう言葉もなかった。
終わったな。
不思議なことに、悲しくさも切なさも感じなかった。
俺は携帯を取り上げると、最後になるであろう文字を打ち込み送信ボタンを押す。
それからスーツに着替え事務所に向かった。
結局彼女からの返信はなかった。

溜まっていた書類を片付け、時間に余裕があるので千早のプロモーション案を考え
時折かかってくる電話の応対をしているうち昼前になった。
少し早いが昼飯にするか、と立ち上がりかけたときだった。

「プロデューサー? 今日はお休みだったのでは?」
「そういう千早こそ。たまの休みなんだからゆっくりすればよかったのに、どうして?」
「そ、その。家にいてすることもないから、ここにきて自主レッスンでもしようかと……」
「熱心なのはいいけど無理はするなよ。ところで千早、昼飯まだなら一緒にいくか?」
「は、はい……」

いきつけのレストランは休日ですいていた。眺めの良い窓際のテーブルに座る。
「あ、あの。プロデューサー、今日は彼女さんとデートだったのでは?」
「ちょっと予定が合わなくてな。延期になったよ」

別れを告げるメールを送った、とはその原因となる当事者にいえたものではない。

「そうですか。それは残念ですね」
「でも、そのおかげで可愛いアイドルと一緒に食事をできるんだから収支はプラスかも」
「か、可愛いとか、そういうことはいわないでください」
いつもは冷たい顔をされるのに、今日はなぜか顔を赤らめて照れている。

「事実をいったまでなのに、そう怒らないでほしいな」
「お、怒ってなんかいません」
「それならいいんだけど」
「だいたい、プロデューサーは私のことどう思っておられるのですか。
いつもいつも子供扱いばかりして、さっきみたいにからかったり……」
「子ども扱いしているつもりはないし、からかうつもりもないんだけどなぁ」
「なら、もう少しきちんと、大人の女として扱ってください」
「大人の女?」
「ええ、そうです。15才ですが、きちんと仕事をしてお給料もいただいています。
そういう意味での大人、です」
「ああ、そっちか。そうだよな、千早の言うとおりだ、ははははは」
「な、何がそんなにおかしいのですか。そっちの意味とはどういうことですか?」
「いやいや、深い意味はないって」

やはり俺にはこっちの世界で生きるべきなのだろう。
ふくれっつらをしたり、ケラケラと笑う千早を見ていれば
自分の決断が正しかったことに自信が持てる。




俺が彼女に送りつけた一方的なメールの結末は意外な場所で知ることになった。
新しくオープンしたショッピングモールの特設ステージ。
ミニライブを終えた千早を連れ、キャンペーン先のCDショップに向かう途中だった。
従業員用の通路を通って目的地に向かう手前、その曲がり角でばったりと出くわした。
彼女、いや元彼女がしっかりと腕を絡めていた相手は俺もよくしっている元同僚だった。
固まった二人の表情をみて全てを悟った。

一方的に彼女を振ったつもりの間抜け。
その間抜けに見切りを付け、二股をかけ乗換えを図った女。
女の事情を知り、絶妙なタイミングで寝取った男。
いい年をした大人が3人、顔を見合わせて妙な空気で固まっているのを
事情を知らない千早が後ろから不思議そうに見ている。

だが俺にとってはもうどうでもいいことだ。

「やあ、久しぶり」

俺は精一杯の陽気を装って声をかけてから千早を振り返る。

「前にいた会社の知り合いだよ。さ、いくぞ千早。ファンのみんなを待たせちゃわるい」
「ええ、プロデューサー」

千早は歩きながら、一度だけ二人のほうを振り返った。

(あの女の人、プロデューサーの彼女だったんだ……)

顔を戻し、小走りでプロデューサーに追いつく。
まだ幼い千早には、プロデューサーの心中まではよく理解できないでいる。

(でも、プロデューサーにはわたしがいるから)

どうしてそんな考えが浮かんだのかもわからないが、それでもよかった。
私と彼、二人はいつも一緒のパートナーなのだから。

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