ブログ「日々是千早」もよろしくね!

[SSメモ] 26 2011/07

千早さん短編集ファイル9393から。
これもとあるレスから。固有名詞がひとつも出てこないのは仕様です。

  • 以下本編-

「珍しいね、君がメークして来るなんて」
「私だってお化粧くらいします。……それともどこか変ですか?」
「これは失礼。努力のあとがよく分かるよ、だいぶ上手になったね」
「では……に、似合っていますか?」
「チークを控えめに、それともう少しぼかした感じで。目はそこまで強調しなくていい。
君の目は大きいからね。あと…そうだな、リップは桜の花をイメージした色が好きだな」

――桜の花をイメージした色が好き。
私に似合うから好きなのではない。あくまで担当アイドルのイメージに合う、それだけのこと。
そして彼のアドバイス通りメークを直すと、鏡の中に彼が担当するアイドルに一番似合う、
そして魅力を最大限アピールできるらしい顔が出来上がっている。
少しむすっとした、作り物の笑顔だけれど。

彼が本当に好きなのは、あの年上の女の人のような、明るく艶やかな笑顔とメーク。
仕事の合間、彼は時々手を止めて彼女の横顔を盗み見している。
鮮やかな紅色と、つやつや光るグロス。
もしかしたらその唇と交わした秘密を思い浮かべているのかもしれない。
そんな彼女のメークを私が真似してみたところで、彼が振り返ってなんかくれないことは
嫌になるほど分かりきっているのに。


仕事を終えて事務所に戻ると、あの人の明るい笑顔が私たちを出迎えてくれる。
その笑顔を見て、彼はようやく安心したような表情を見せる。
彼の好み通りの熱いコーヒー。楽しそうな雑談。もしかしたら夕食の相談。
つまらない。
メークを落としてスッピンに戻ると、むすっとした顔で挨拶して事務所を後にする。


一人きりの味気ない夕食を終え、シャワーを浴びて汗ばんだ体をさっぱりさせると
バスタオルを巻いたままドレッサーに向かいメークの練習。
ううん、練習なんかじゃない。
きちんとファンデーションをのせ、派手な感じにチークを塗り、鮮やかな紅色のリップの上に
グロスをつける。あの人のぽってりと柔らかそうな唇は真似できないけれど。
口許にあるというだけで、男心を引き付けるらしい小さなホクロは真似しないけれど。
そうやって、もしかしたら彼が好きになってくれるかもしれない女の子の顔を作ってみる。

一通り出来上がると、部屋の明かりを少し落として、手鏡を立てる。
座る位置を調節して、鏡に口許だけがうつるようにして。
唇を開き、そっと舌を出して唇を舐めてみる。
それから何度も見て目の奥に焼き付けてある、彼の唇を思い浮かべて。

一月ほど前、衣装室の奥の暗がりで、あの二人が夢中で交わしていた大人のキス。
音をたて、涎をすすりあい、舌をべろべろ舐めあいながら二人は長い時間、
私が見つめているのもしらず、唇を貪りあっていた。
キスを終えた直後の、あの女の人の少しぽーっとした顔がどきっとするほど可愛くて、
魅力的に見え、激しいキスのせいで乱れたリップですら羨ましく思えた。
いいえ、憎かった。ただひたすら悔しかった。
年が違うというだけで。
私にはどうしようもできない、年齢という無慈悲な理由のせいで。
あの人は彼に優しく愛してもらえ、
私は……私はただの、アイドルという道具。

だから時々、こんな風に。アイドルという彼の道具であることを忘れるため
キス。そう、キスするところを想像する。


彼があのひとと交わすキスの姿を思い出し、それからもっとはしたないことをする
二人の姿を想像しながら、あの人の姿を私に置き換えて。
あの人そっくりになった私を見て、彼は優しく笑いながら、似合うねなんていいながら
私にキスしてくれる。最初は軽く、そして優しく。
それがだんだんと激しくなり、最後は大人のキス。
何十回もキスされてから、ふと私は我に帰って目をあける。

彼とあのひとも、今頃はあんな風にしているかもしれない。
私が帰る時に二人がしてたのは夕食の相談ぽかったから。いや、きっとそうだ。
二人仲良くご飯をたべ、それから手をつないで、ホテル……か彼の家にいって。
いっぱいキスして、それからベッドで……。
そう考えると胸が苦しくて、とても切なくて、どうにもならなくなってしまい
巻いたバスタオルをひきはがすと、裸になってベッドに横たわる。
彼は大人で、だから大人の女の人だ好きだ。
今、こんな風にあの人を裸にしてベッドに二人で……

いやだ、やっぱりそんなの嫌。もう我慢なんてできない。
私だってアイドルなんかじゃなくて、一人の女の子として見て欲しいのに。
もう私だって子供じゃないのだから、こんな風に、ここだって……
ほら、もうちゃんと……濡れるのですから。
年下の女の子は駄目、ですか?
私なら大丈夫です。ちゃんとできます。ほら、触ってみてください。
もう、できますから。
い、痛くなんてありません。あっ……んぁ、そこが……指、いれ……て
胸だって、育つのはまだこれからですけど、ちゃんと……感じますから
あの、ですからそこも……し、してくださっても……あぁっ

彼の顔を思い浮かべ、彼の声を思い浮かべ、自分の指を彼のだと思い込ませて
ゆっくり、ゆっくり人差し指を……ぐっしょり濡れた女の子の中に入れていく。
最初は怖かったし、少し痛みもあったけど今はもう大丈夫。
指一本だけなら痛くないし、その……少しは気持ちよくも感じるし。
彼ならどんな風にこの体をかわいがってくれるのだろう。
彼とセ…セックスしたら、どんな感じになるのだろう。
よく分からないけれど、彼とそういうことをしたら、きっとこれ以上気持ちいいに違いない。

そうやって一通りのことを終えてしまうと、しばらくは力が抜けて動けない。
正確には寂しさと虚しさがごっちゃになって、動きたくないだけ。
それでも私はやめられない。
だからこういうときはいつも。
携帯を開いて。
時間を確認して。
まだ、大丈夫な時間。彼の番号を呼び出す。

「どうした、こんな時間に」
「あの、夜分に済みません。どうしても確認しておきたいことがあって……」

私がでっちあげたありもしない悩み事にも、真剣に相談に乗ってくれるあのひと。
その彼の声を聴きながら、私の指はもう一度あそこをまさぐっている。
彼にばれないよう、変な声が絶対に口から零れないようだけ気をつけて。

「−ということだね。どう、こんな感じでよかったのかな?」
「よく分かりました。プロデューサー、ありがとうございました」
「どういたしまして。じゃまた明日。お休み」
「おやすみなさい、プロデューサー」

電話をきって、部屋の明かりを消すとシーツに包まって目をとじる。
聞いたばかりの彼の声を思い浮かべながら、まだあそこを触ったままの私は
ようやく眠りの中に落ちていくことができる。



おしまい

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます