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[SSメモ] 25 2011/04

アイドル別小規模単品集。「キスだけ」


PART1:春香
PART2:千早
PART3:伊織
PART4:美希


★今後新たに書いたらこの上にアンカーリンクを追加★



Just a kiss (春香編)

「…なあ、春香。俺の返事、わかってるんだろう?」

そんなこと、言われなくたって分かってる。
プロデューサーさんが決してイエスと言わないことくらい。
でも好きだってこの気持ち、断られるのが分かっていても言葉にして伝えておきたかった。
だから誕生日パーティのあと、駅まで送ってもらう車の中で
思い切って言ってみた、それだけの話。

「ごめんなさい、いいんです。ただ言ってみたかっただけですから」
「春香がそう思ってくれる気持ちは有難いし、嬉しいのは本当だ」
「いいんです、そんな風に気を使ってもらわなくて」
「なあ春香。俺はアイドルとしての春香が好きで、大切にしているつもりだけど、
 決してそれだけじゃないってことも分かって欲しいんだ」

プロデューサーさんの立場。芸能界のルール。大人の事情。みんな分かってる。
だからってアイドルが誰かのこと好きになっちゃいけないわけ?
馬鹿馬鹿しくて悲しくて、なんか頭がもうぐちゃぐちゃになってしまって。

「だからもういいんですって。口ではなんとでも言えますから」

沈黙が車内を包む。
すぐ取り消さないと。謝らないと。焦れば焦るほど言葉は出てこなくて、
まるで酸素不足の金魚のように、口をぱくぱくさせるだけ。
不意に急ブレーキがかかり、車が止まった。

「口ではなんとでも言えるか。確かに春香の言うとおりだけど、口先で誤魔化している
なんて思われているなら、それは心外だよな」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、その…」
「いいや許さん。そんなこという悪い子にはお仕置きが必要だ」
そういってプロデューサーさんは助手席のほうに身を乗り出してきて、ちょっと怖いくらい
真剣な目がじっと私をのぞきこむ。

「あ、あの…ごめんなさい、プロデュ、んん!!」

目を閉じる暇もなかった。
唇をふさがれたわたしは、プロデューサーさんと見つめあったまま、
ただ息をつめ、身を固くするしかなかった。
ほんの数秒だけなのに、まるで無限に唇を重ねあっているように思えて
開けっ放しで瞬きするのも忘れてた目が痛くて涙がちょっとでてきて
それでもプロデューサーさんの唇がすごく暖かくて
気持ち、よかった…のかな。

長いくちづけが終わると、大きな溜息がハモり、二人して吹き出してしまった。


「今のはお仕置きであってキスなんかじゃないから、変な勘違いはするなよ_」
「え、ええ。わかってます。あんな下手なのがキスなんて有り得ませんか…んむっ!?」

今度はちゃんと目をつぶることができた。
それにさっきは息を詰めてて苦しかったけど、今度はちゃんと鼻で息しようとしたら
「んっ、んんっ…」
なんて、すごい甘えた鼻声がでてしまって恥ずかしい…


「これに懲りたらもう口答えするなよ? いいか、口答えしたらまたお仕置きだからな」
「ええ、もう懲り懲りです、あんな乱暴なキスなんて、きゃっ……んっ、んぁ…」

そんな風に、私たちは何度も何度も唇を重ねてキス…じゃなかったお仕置きされて
私もプロデューサーさんも夢中になってて、ふと気がついたら終電が出たあとだった。

「親御さんには説明しておいた。遅くなったからホテルに泊めるって」
「…今夜は一人になるの、いやです…」
「心配するな。だが布団はひとつしかないから我慢しろ」
「は、はいっ!」
「それと、今は付き合うとかそういうのは無しだぞ」
「わかってます」
「いっておくが、絶対にキスだけだからな。いいか、絶対だぞ」
「それもわかってます」
「TPOはわきまえろよ」
「もう、プロデューサーさん、くどい男の人って嫌われますよ?」
「春香にはくどいくらいが丁度いいんだよ」
「あーあ、ロマンチックじゃないなぁ。ちょっとがっかりかも」
「なんか言ったか?」
「いーえ、何にも」
「あと人前では駄目だぞ」
「うわっ、流石の私でもそれはないですよ?」
「そうか、ならいい。ああ、それとな」
「はい?」
「お仕置き以外でも、俺がしたくなったらするからな」
「……プッ」
「笑うな」


でもそのあとしてくれたお休みのキスは
その日、数え切れないくらい交わしたキスの中で一番優しく、暖かいキスだった。



とまあ、そんなわけで誕生日のあの夜から、わたしとプロデューサーさんの
秘密の挨拶はずっと続いている。

朝するキスは挨拶がわり。

お昼のキスは居眠り防止のおまじない。

午後のキスは疲れてきた私への栄養補給。


それから、夜のキスは…えへへ、それは内緒ですよ♪



おしまい






Just a kiss (千早編)  


春香とプロデューサーがキスをしていた

その時私はプロデューサーと絶賛喧嘩中で、ほぼ丸一日口を聞いておらず、事務所にいる間も
あの法螺吹き男のデスクでなくオーディオルームを居場所にしていた。
明かりを消してクラシック鑑賞なんて久しぶり。疲れていた私はそのまま居眠りしていたみたい。
ふと気がつけば、微かな光が背後から差し込んできている。

(如月さん、いるよ)
(寝ているから大丈夫ですよ。もうこの部屋しかないですし)
(大丈夫かな…起きたりしないかな)
(ほらヘッドホンも付けてるから。ささっと済ませちゃいましょ♪)

ヘッドホンをつけたままでもCDはとっくに止まっているから、春香とそのプロデューサーが
ぼそぼそ交わす会話はほぼそのまま聞こえている。
目を閉じたままでいたのは、二人が私が寝ているかどうかを気にしたことと、どこか秘密めいた
口調に何かただ事ではないものを感じたからなのだけど、まさかああいうことになるとは。

(ほら、春香。おいで)
(んふ。んんっ、はやく…)
そんな囁きのあと、すぐにチュっという音がして、甘えるような春香の鼻声が続く。
すぐに終わるかと思ったのだけれど、その後何回もチュッチュしていて、最後のほうには
チュっ、ではなく、チュパ、クチュ、レロレロなんて音が聞こえてきて
一体どんな風にキスすればあんな音になるのか不思議なのだけれど、起きているのがばれると
不味いと思い、必死で寝たフリをつづけていた。
時間にして2分か3分くらいしてから、ようやく秘密の密会は終わったらしい。

「ねえねえ千早ちゃん、起きてるんでしょ?」

顔のそばで聞こえた春香の声に、心臓が跳ね上がったけど、なんとか寝たフリを通した。

「うん、大丈夫。千早ちゃんの寝顔って無邪気で可愛い♪」

な、何が無邪気で可愛いよ。ほんとに人の気も知らずに春香ったら。
それにしてもあんな風に、その、恋人みたいにキスなんかしてどういうつもりなのかしら。
ともかく、思いもかけないラブシーンに毒気を抜かれたらしい私は
プロデューサーとの子供じみた喧嘩が馬鹿馬鹿しくなり、フロアに戻ることにした。

「よぉ、寝癖がチャーミングな千早じゃないか。昼寝は楽しかったか?」
子供っぽい挑発はまだ喧嘩続ける気満々か。はぁ……いい加減にして欲しいのだけど。

「ええ、お蔭様でとんでもない夢を見てしまいました。その件で報告を」
「おいおい、俺はお子様の怖い夢までフォローしなくちゃいけないのか?」
「子供同士、ちょうどいいではないですか。兎に角ここでは話せませんのできてください」
「い、いててて、耳引っ張るな、痛い痛い痛い痛い」


「……というわけで報告終わりです。ご判断はお任せします」
「目、つぶってたんだろう? どうしてキスってわかったよ」
「そ、それはその…音、で……」
「その耳が性能いいのはしってる。俺がいいたいのは、キスしたこともないのお子様が
どうして音だけでキスって分かったのかってこと」
「また、子供扱いなのですね…昨日の喧嘩だって、プロデューサーがわたしのこと……」

今度は泣くまいと我慢しようとしたけど、涙はもうこぼれて落ちたあとだった。

◇ 

昨日、つまりちょうど24時間前、場所もここ、事務所のこの部屋だった。

「あのさぁ、キスシーンったってフリだけなんだから、目ぇ瞑ってこうしときゃいいだろ」
蛸のような口を突き出されて、いい加減腹が立ってきた。
「フリでも表情は写るのですから、それをどうしたらいいか聞いているのです。変顔の仕方
なんて聞いていません」
「んだよぉ。だからお目々瞑ってうっとりしてりゃいいんだよ。千早はあれか、
恋愛経験なさそうだけど、キスのひとつもしたことないお子様か?」
「恋人いない暦イコール年齢です。キス一つしたことないお子様です。ひょっとしてそうやって
誤魔化しているのは実はプロデューサーも女性経験が無くて教えようがないからでは?」
「そこまでいうなら教えてやんよ。ほら立て、有難い実地指導で仕込んでやるからよ」

立ち上がるといきなり強く抱きすくめられた。
「どうだ、ドキドキするだろ?」
こんな乱暴にされてドキドキするか、なんて目を上げたらすぐ前にプロデューサーの顔があって、
よく見れば深いブラウンの瞳なんだ、プロデューサーって。何気に睫毛も長かったりするし。

「痛くて苦しいだけの抱擁を有難がれと?」
なんて照れ隠しの憎まれ口を叩いてしまう。
「ちっ、クソ真面目な処女はこれだから…」
それでも力を緩めてくれて丁度いい感じになったから、つい体重を預けてしまう。
「ほら、ぼさっと突っ立ってないで千早も腰に手を回す」
「こ、こうですか?」
「こらこら脇腹がこそばいだろ。もっと背中までしっかり。そう、それでいい」
えーと、密着してしまってますけど、これでいいのでしょうか…

「千早さん、顔あげなきゃキスできないよ? それともつむじにチューしてやろうか?」

くっ。本当にこの男、調子に乗るといいたい放題だ。
黙っていれば真面目に見えるのに、なんで喋るとこうもいじめっ子みたいなのだろう。
顔をあげる前に深呼吸をして仕切りなおしておこう。

「なあ、俺千早のこと好きだから本当にキスするけど、いい?」

えっ? ええええっ? ちょ、ちょっとプロデューサー、あの、えと、その、あの……
これは、ですからキスシーンの練習であって、本当にキスするのではなくて、台本では
キス、するフリをロングで撮るから、口元も写らないって言われてて
ええええ…そんなこといきなり言われても…

「心の準備、できたら顔上げて。時間かかってもいいから」

ほほほほほ、本気、ですか?
ほほほほんきにしますよ? わ、わたしのファーストキスなんですよ?
いいのですか、あ、いやソレ考えるのは私ですけど、プロデューサーが初めてでも
べ、別にいいかな、なんて前から思ってて…
だって、わたし。わたしもプロデューサーのこと、す、好きかもしれないし。
口は悪いけど、ほんとは優しいのしってますから。
だ、だから私、初めてなので、そのぉ…や、やさしくしてくださいね?

「うーん、実にいい顔だ。その顔の作り方忘れちゃだめだよ?
 いやあ、演技力と表現力、力いれて仕込んだ成果だなぁ、流石は俺の指導だって、へ?」

信じた私も馬鹿だけど、プロデューサーはもっと馬鹿
ていうか担当アイドルの女の子泣かせるなんてホント最低。



「あいつらの事は放っておけ。千早もあちこち言いまわったりしないでさっさと忘れろよ」
「で、ですが……」
「気になるか?」
散々迷った末、私は正直に頷いた。
「で、千早さんが気になるのは二人の関係か、それとも………」
言葉にするのは恥かしかった。
それでもなんとか顔を上げ、上目遣いになりながら唇の動きだけで、2音節の単語を伝える。

「なあ千早。やっぱり俺とキスしてみる?」

驚いて顔をあげた。
「……そ、その手にはもう乗りません」
そんな風に言ったのは、昨日みたいにからかわれるのは本当に辛くてイヤだから。
私だって女の子なんだから。

「からかったのは悪かった。でも俺、昨日は一言も嘘はついてない」
「そ、そうだとしても今の台詞が嘘かもしれません」
そんなことを言い返しても、頭のなかでは懸命に記憶のプレイバックを始めている私。

「確かに千早の言うとおり。でも、今からいうことは誓ってもいい、本当だから」
ちゃんと私の目をみつめて、彼がいう。
これは信じていい。仕事で私をだますとき、いつも目を逸らすのを知っているから。

「わ、わかりました。それは信じます」
「ありがとう。では、ああ、えっと、言うぞ」
「はい、どうぞ?」

「千早のファーストキスは俺がもらう。いや、誰にも渡したくない」
「…ふぇっ!?」
「俺にくれ。いいか?」
「は、はひぃ!」
「それと、千早のことが大好きだ。ていうか愛してる」
「あ、はわぁ、あああ、あぅあぅ」
「千早の初めては全部俺がもらう


そこから先、彼が続ける長々とした宣誓はよく覚えていない。
ただ覚えているのは、彼の胸に抱き締められているのがとても温かくて居心地がいいことと
キス、というのがなんていうか
気が遠くなるほど気持ちよかったってことくらい。
私は何度も何度も彼にキスをせがみ、百回を超えてもう数えるのはやめたけど
こんなに気持ちがいいものなら、毎日したっていいのではないだろうか。



「プロデューサー、ここなら誰も着ません。鍵も掛けておきました。
 ですからゆっくり朝の挨拶、お願いしますね?」


おしまい。



Just a kiss (伊織編) 

「ねぇ、あんたキスってしたことある?」
「なんだよ突然」
「いいから答えなさいよ。あるのかないのかどっちよ?」
「あるに決まってるだろ、常識的に考えて」
「子供の頃、ママにしてもらったキスはカウントしないのよ?」
「当たり前だ! ちゃんと彼女とした」
「……そう」
「なんだよ、テンション下げて」
「あんたに彼女がいたことに驚いただけ。物好きもいるものね、ホント世界は広いわ」
「余計なお世話だ。しかも過去形でいうな」
「違うの?」
「違わないけど…」
「ごめんなさい。ちょっといいすぎだったわ」
「ふーん、今日は殊勝だな」
「な、何よ。いつもは意地悪で我侭みたいに聞こえるじゃない」
「いや、いいさ。彼女はいつでも作れるが、伊織様にお仕えできるのは今だけだからな」
「何年前の話?」
「ちょ、俺の名言はスルーか」
「当たり前の話でしょ、そんなの。それより質問に答えなさいよ」
「彼女がいたときの話か」
「うん。それとキスした話」
「今日はキスがよくでてくるな。伊織もいよいよお年頃か」
「ち、違うわよ」


違うことはない。地下駐車場で目撃した千早と担当Pのキスシーン。
降りようとするPの袖を引っ張って、何か駄々をこねているらしい千早。
珍しいこともあるんだと、冷やかし気分で覗いていただけなのに。
Pが千早を抱き寄せ唇を重ねあわせる。
とても深くて長いキス。
終わったときの千早の顔、しばらく忘れられないかも。
あのクールな千早がうっとり蕩けそうな顔してたんだから。
最近千早が妙に丸く理由が、まさかああいうことなんてわかんないものね。
あの千早に先を越されたのはちょっと癪だけど、幸せそうだからまあいいかな。
でもあの二人、一体どんなきっかけであんな関係になったのかしら。
千早のプロデューサーはうちの鈍感とは違う切れ者だから、なんて違うのかな。


「キスってそんなにいいものなのかなって思っただけよ」
「うーむ」
「ね、あんたはどう思う?」
「いやぁ、どう思うって言われてもねぇ……」
「ホントあんたって大事なとこで当てになんないのね」
「そうじゃないさ。相手、状況、感情、天候、そういったあらゆる要素の組み合わせで
キスの印象は変わってくるんだから」
「息を吐くように出鱈目言わないでちょうだい。何が天候よ、馬鹿じゃないの?」
「やれやれ、お子様にはわからねーか。大人になったときせいぜい俺の言葉思い出してくれ」
「ちょっと、ほんとうにそうなの?」
「嘘だけどな」
「きーっ、私のことおちょくるなって何回言ったらわかるのよ!!」

真面目に話なんて聞くんじゃなかった。
こんなの相手にするくらいなら、千早に聞いてやったほうがはるかにましだわ。



「なんなら俺がプロデュースしてやろうか?」
「もうしてるじゃない」
「伊織のファーストキスさ」
「いやよ、お断りするわ。ていうか、もうその話はおしまいよ」
「遠慮するなよ」
「ファーストキスはもっと素敵な人にしてもらうの。あんたなんかやーよ」
「お菓子かってあげるから」
「うっさい」
「百円あげるから」
「安すぎるわよ。桁が10個たりないんだからって、コラー! 財布あけて数えるな!」
「いおりん、好きだ、愛してる。付き合ってくれ、さ、告白も済んだしチューしよう」
「いい加減にしないとこ○すわよ?」
「せめて死ぬ前に伊織とキスしたかった…」
「今の言葉が辞世の句ね。いいわ、わたしが責任を持ってお墓に刻んであげるから」
「なんだ、結局伊織はキスしてくれないんだ。期待して損した」

練習代わりに、一回くらいならコイツとキスしてもいいと思った私が馬鹿だったわ。

「あんたになんか一生キスなんてしてあげないから」
「わかった。じゃあ俺を首にしてくれ」
「ちょ、ちょっとなんでいきなりそうなるわけ?」
「……人生を悲観した。伊織なしの人生なんて死んだようなものだよ」
「じゃあ首にしろなんて言わなきゃいいじゃない」
「だっていおりんとキスできないし」
「あー、もう大の大人が泣くんじゃないわよ、鬱陶しいわね、ほら座りなさいよ」
「もういいよ。今までありがとうな」
「そ。そんなに私と別れたいっていうなら止めないわ」
「止めろよ」
「うっさい黙れ。黙って目をつぶりなさい、餞別くらい出してあげるんだから」

プロデューサーと私は身長差がありすぎて、立ったままじゃ背伸びしても届かない。
けど、こうして座ってもらったら丁度目の前が唇なの。
ほらね、私の位置がちょっと高いでしょ。
あ、ちょっとあんたそんな唇して何期待してるのよ全く。
はいはい、ほらこう……
んっ……
こんな感じでいいの? 何よ、もう一回やり直しって。
んんっ……んっ、やっ、んー、ん!
いきなり舌入れないでよ! びっくりしたじゃない。いい?あんたはじっとしてて。
私がしてあげてるんだから。分かった? 今からするから。舌、ほんとにだめよ?
んっ。んむっ……ん……んっ、んふっ………はぁーーーっ。
ね、どうだった? ちゃんと出来てた?
にひっ。そうでしょ。
え? うん……いい、よ。もう少しくらいなら。
きゃっ、急に……ううん、こういうのもいいかなって。でも夢中になって落とさないでよ。
ほら……
何? 足音? 聞こえないけど。
気のせいでしょ、きっと。それよりほら。もう少しくらいなら、その……してていいから。
んっ……ん? あ、ちょっと、ダメ、離して。下ろして、はやく
やぁ、ダメだから、すぐはな、あ、ああっ……アレが来たから、離しなさい……


「いいのデコちゃん。美希、見てみぬふりしてるから、続きどうぞなの!」


Just a kiss (美希編)

「ねえねえ、プロデューサーさんは担当アイドルとチューしたことってあるの?」
「……俺は大事な担当アイドルにそんなことしません」
「なんで? デコちゃんたちはチューしてたよ?」

この事務所ではプロデューサーとアイドルが仲よくなる事が多く、春香や千早のように
担当Pと恋人関係に発展するケースもままあるから、伊織たちがそうだとしても不思議はない。
決して業界ルールや職業的倫理を軽視しているわけではないのだが、このあたりの微妙な事情を
どう説明したものかと考え……思いとどまった。この娘にそんな建前の話をしても仕方がない。
下手な理屈より直観に訴えるほうが効果的なのは分かっている。つまり……

「じゃあ美希に聞くけど、恋人同士でもない二人がキスすることをどう思う?」
「んー、美希的にはそーゆーのってなんかイヤかも」
「そんじゃ恋人関係じゃなくて、外国人の挨拶みたいにチュってするのは?」
「それは…イヤじゃないけど、美希日本人だもん。あーゆーのって照れくさいよ」
「でも親近感があって人からみたら仲良さそうって思うだろ?」
「うーん、それはそうかも」
「伊織たちがキスしてたのも、多分そういうことなんじゃないかな」
「そっか、うん。そだね」
「じゃ、そろそろミーティング初めていいかな」
「ちょっと待って。仲がいいのはいいことでしょ? でも仲が良くなりすぎたらどうするの?」
「良くなりすぎたらって……好きになったらってこと?」
「うん」
「それはそれでいいんじゃないかな」
「でもプロデューサーさん、美希に『アイドルは恋人つくっちゃだめ!』っていったよね?」

確かにそういう話をした。それでなくても学校、芸能界問わずもてまくりの美希なのだ。
担当プロデューサーである俺には頭の痛い話である。

「ひょっとして、恋人にしいた男の子ができたとか?」
「ううん、そーゆーのじゃないの」
「じゃあ別に気にすることないと思うんだけど」
「だって……好きな人いなくても、あんなラブラブ見せられたら、キスとか気になるよ?」
「キスが気になるって……ひょっとして美希はまだ?」
「……うん。したことはないよ」
「なら、好きな人ができたときまで大事にとっとけばいいと思うけど」
「でもプロデューサーさんは彼氏つくっちゃだめっていうでしょ?」
「い、いやそれはあくまで立場とか建前とかの問題であってだな」
「じゃあ美希が本気で好きになったとしたら、OKしてくれる?」
「ま、待ってくれよ。今のは例えばの話だろ?」
「ちゃんと答えてほしいの。美希が本気だったら、ちゃんとOKしてくれるよね?」
「あ、ああ……約束する。美希の気持ちはちゃんと尊重するから」
「よかった。じゃ言うね、気になる人はいるよ」
「えっ?」
「あは、そんな驚いた顔しなくていいよ。だってまだ好きかどうかはわかんないし。
でもかなりいい人だから、美希的にはその人ならキスしてもいいかなって思うの」
「あっ、あのな……そういうこと思うのはいいが絶対に他所で言っちゃだめだぞ」
「むうっ……分かってるよ、そんなことくらい」
「もういいから、ミーティング始めるぞ」
「ねえねえ、プロデューサーさん、ホントは気になるんでしょ?」
「当たり前だろ。なぁ、誰だよその相手は。内緒にするから教えてくれ」

「だめ。やっぱ恥かしいもん……でも絶対誰にもいわないから、安心していいよ」
「そ……か。ま、いいよ。美希のこと信じているから」
「うん、ありがとうなの」
「じゃ、そろそろミーティング始めていいかな」
「おにぎり食べながらでもいい? ムツカシイこと考えたからお腹すいちゃったよ」

もちろん彼女は俺が返事をする前に、バッグから持参のおにぎりをだしている。
ホッペに米粒をくっつけて、美味しそうにおにぎりをほお張る美希をみているだけで
こっちまでほんわかと幸せな気分になれるからいいんだが。

「さて、今週の予定だけど」
「ねえ、少しだけ分けてあげようか?」
「これは珍しいな。そんなら一口もらおうかな」

次の瞬間、美希は半分ほど食べかけたおにぎりを、テーブル越しに俺の口に押し込んできた。
「んぐっ……んむむ」
「あは、食べながらしゃべっちゃだめなの」

そうはいっても、いきなりおにぎりを突っ込まれたら喉がつまるだろうが。
慌てて湯飲みに手を伸ばそうとした瞬間。
「プロデューサーさん、お弁当つけてどこいくのかな♪」

テーブル越しに身を乗り出してきた美希の唇が迫ってきて、ああ、ご飯粒ついたままだろうが
と思った瞬間、思った以上に柔らかい唇が俺の唇をふさぎながら、舌先がぺろりと唇についた
ご飯粒をさらっていった。
「んっ、んんー、んんん!!」

美希には食べる時と同じで、キスするときは喋っちゃだめだって教えないといけないな。

あと、キスの時は目をつぶれって。
いやそれはいいか。こうして美希の奇麗な瞳を見つめながらのキスっていうのも
ありっちゃありだし……


「ねえねえ、どうだった? おいしかったでしょ?」
「……おかかより梅の方が好みなんだ」
「むー、ちがうよぉ。そっちじゃなくて」
「あのな、おにぎり食べながらのキスなんて初めてだよ。美希はファーストキスがそういうので
よかったのか?」
「モチロンだよ! あぁ、なんかキスっておいしいものなんだね」
「多分それはおにぎりのせいだと思うけど」
「ううん、おにぎりもおいしいけど、やっぱ好きな人とするキスっていいものだったの」

「あっ、そうだ。今日のこと、響と貴音に自慢しちゃっていいよね?」


おしまい。

★5人目(美希の次)がかけたらこの先に追加のこと★

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