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[SSメモ] 089 2012/03〜0422  β版(0422)

3月〜4月にかけて一旦ブログにて発表した短編のつもりが
気がついたら長編になっていたという話。

吸血鬼注意

  • 以下本編-

#0
 
事務所が作る公式プロフィールには“アイドルになったきっかけは?”という欄があり
そこには歌謡コンクールの会場でスカウトされたからという“作り話”が記載してある。
コンクールに出場したのも、スカウトされて芸能界に入ったのも事実だけれど、
本当の理由は私と彼の大事な秘密だから誰にも明かすことはできない。
だからその代わりに、こんな“作り話”を聞いてもらおうと思う。

 ◆

私が歌手になる決意を固めたのは中学3年生のとき。
毎日体力づくりのトレーニングと歌の自主レッスンに明け暮れながら
目についたコンクールに出場しては、腕試しと芸能界に向けたPRを続けていた。
何度か入賞し、優勝したこともあったけれど中々チャンスは訪れない。
それでも努力を続けていれば必ずチャンスは巡って来ると信じていたから
来るべきに日に備えるための日課は全然苦ではなかった。

そんな私に転機は思いもしなかった形で訪れた。
レッスン場所である河川敷に通うのは早朝と決めていたのだけれど
あるとき事情があって陽が落ちる頃練習していた私は、
柄の悪い連中に絡まれ、鉄橋の下の薄暗い茂みに連れ込まれてしまった。

「なんだ、まだ中坊じゃねーか? やせてぺったんこだべ」
「ガキでもいいべ、よくみりゃ綺麗な顔してんじゃんかよ」
「んだよ、ガキでも処女はあそこがキツいから締まって気持ちいいべ?」
我勝ちにジャージを引っ張り合い、順番争いで口汚く罵りあう男たち。
暴力で汚されてしまうという恐怖と悲しみが私から気力を奪って声を出すことすら出来ず
下着姿の素肌に冷たい空気が突き刺さり、絶望に苛まれながら目を閉じたとき。
鈍い打撲音が何度か響き、すぐあたりは静かになっていた。
恐る恐る目を開けてみれば、男たちは地面に伸びていてピクリとも動かない。
そしてその傍らに一人の男性らしきシルエットが私を見下ろしていた。
彼が差し出してくれたジャージを受け取って慌てて着替えを済ませると
彼は無言で私を抱え上げそのまま川土手を登り始めた。
明るい灯火に溢れる人家の方向、その先にある私の家に向かって。

「あ、あの……待ってください」
家の前で私を下ろして無言で歩き出した彼の背中に呼びかけた。
「お、お礼を、あの……助けていただいて、ありがとうございました」
彼は振り返って小さく頷くと、あっというまに夜の街に姿を消した。


あの出来事以来、明るい時間でも河川敷に向かう気にはなれず、といって代りになる
練習場所は簡単には見つからず、カラオケに通うにはお金が過ぎる。
思い切り歌えないことで欲求不満とストレスがどんどん溜め込まれていく。
聞き覚えのない芸能事務所から一通の封書が届いたのはそういう時だった。
その中にはいつか出場したコンクールで優勝した私に興味をもったこと、
もし芸能界に関心があるなら一度話を聞きにこないかという誘いが書かれていた。
パンフレットにある“女性アイドル専門”という文句に引っ掛かることもあったけど
それ以上に“無料体験レッスン”の文字に強く弾かれた私は、
これこそが待ち望んでいたチャンスだと考え、週末を待ってその事務所を尋ねたのである。


繁華街の裏手にある古びた雑居ビルの3F。
予想していた芸能事務所とかけ離れた外見に躊躇いはあったけど
私には後に引くという選択肢は考えられなかった。

そうして開いた扉の向こうには、私が望む歌の世界が広がっていた。



半年前には一人河川敷で歌っていた私が、今では大きなステージにたち
まばゆいスポットと沢山のファンの歓声を受けて歌っている。
そんな歌に明け暮れる充実した日々を私に与えてくれたのがプロデューサーだ。
お金に余裕のない私を定期レッスンに呼んでくれただけでなく、高校にあがった2ヵ月後
アイドル候補生の中から抜擢され新人アイドルとしてデビューすることになった。
それ以来ほぼ私専属のプロデューサーとしてお世話になっている。

その彼のことをよく考えるようになったのはここ最近のこと。
仕事上のパートナーに個人的な感情を抱くべきでないのは分かっているけれど
お世話になっている人にお返しをするのは悪いことではないはず。
例えばオフの私が事務所で忙しく仕事中のプロデューサーに差し入れをするとか。
そんなささやかなプランに浮かれた私は、彼を驚かしてやろうとこっそり階段をあがり
古びた扉が軋まないよう静かに開いた向こう側で……

プロデューサーと音無さんが抱き合って唇を重ねあっていた。

初めて見る男女の行為に、私は息をこらして見入ってしまった。
プロデューサーが音無さんに覆いかぶさり、まるで唇を貪るようなキスの光景からは
愛する男女の行為というより、何やら異様な雰囲気が感じ取れたのだけど、
音無さんが漏らす溜息のせつなさ、それと夕陽の色に染まった二人の横顔を見ていると
胸がとても苦しくなって、いたたまれなくなった私はそっとドアを閉めた。



翌朝メールが来て、事務所での取材がレッスンに変更されたのには正直ほっとしたけれど、
何故プロデューサーはいつものように電話してくれなかったのだろう?
昨日私は気付かれてないはずだから、ラブシーンが見られて気まずかったわけでもない筈。
けれど翌日、翌々日とメールだけの指示が届くに到って、これはおかしいと思った私は
覚悟を決めてレッスンスタジオから事務所に向かうことにした。

「……プロデューサーは外出ですか、でしたらお帰りの時間は?」
「えっと……その件だけど、なんて説明したらいいんだろ」
「音無さんですら説明できないような事態なのですか?」
「とりあえず落ち着いて、ね、千早ちゃん」
「電話も通じない、居場所も教えてくれない。そんなの納得できません!」
「分かっているから、ちゃんと説明するから……お願い、冷静に話を聞いてちょうだい」
そう前置きして音無さんが話し始めたのは、数日前のあの事だった。
二人は私が見ていたことに気付いていたらしいけれど、あのことは関係ないはず。
けれど真剣な顔つきの音無さんは、私の表情には構わず話を続けた。

―プロデューサーは実は吸血鬼であること。
―生命維持のためのエネルギーを異性の体液から得なければならないこと。
―ある一定の基準を満たす必要があり、たまたま音無さんがマッチしたこと。
―血液以外の体液(例えば唾液。“あいえき”が何かは知らない)でも代用できること

つまり私が見たのはラブシーンでなく、吸血鬼とやらに唾液を提供していたのだと。
馬鹿馬鹿しくて言葉もでないけど、肝心のことを聞かずに話し合いを放棄できない。
けれど音無さんは質問に答える代わりに、ポケットから出した鍵を私の前に置いた。

彼はエネルギー摂取を断ち死にかけている。
口止めされていたけど、信じてくれないのも癪だから判断は任せる。
見に行こうが放っておこうがどっちでもいいけど、後悔だけはしないでほしい
音無さんはそれだけいうと、あとは何を聴いても沈黙を続けた。

「与太話は信じません。自分の目で見て確かめてきます」
私は合鍵を手に取って立ち上がった。



彼は自宅のベッドでただ静かに眠って……いるわけではなかった。
痩せ衰え精気の抜けた姿は、音無さんの言葉じゃないけどまるで死人だった。
触れた頬は氷のように冷たかったのに、彼は私に気づいてうっすらと瞼が開いた。

「来てくれたのか」
「手の込んだ冗談かと思いましたが、さすがにこれは救急車を呼ぶべきかと」
「呼んでも無駄だから遠慮しておく」
「それは……吸血鬼でも死ぬということですか?」
「不死身ってわけじゃないからな」
「では…その大切な命を粗末にする理由は?」
「吸血鬼なりの事情ってやつさ」
「私はどうしたらいいのですか。せっかく信じられるパートナーができたと思ったら
その人が吸血鬼だっていわれ、しかも死にかけているだなんて」
「申し訳ない……だが今の君なら俺がいなくてもやっていけると信じている」
「そんなの勝手過ぎます。無責任です」
「その勝手ついでで悪いが……お別れの前に一つお願いがある」
「……なんでしょう?」
「死ぬ前にもう一度だけ聴きたいんだ、君の歌う“アベ・マリア”を」


アベ・マリア。
それを聞いて、今まで抱いていた違和感がすとんと腑に落ちた。
河川敷で練習していた頃、本当に調子がいいときだけ歌うことにしていた曲。
事務所に入ってから、いや彼の前では一度も歌ったことがないはず。
あの夜河川敷で起きた事件。
そこで出会った男の人。
事務所からの誘いの手紙。
そして今の私のありよう。
ようやく全部が繋がったという確信がもてた。
毎日のように一緒の時間を過ごしていながら、なぜ気付かなかったのだろう。

「アベ・マリアは手向けの歌ではありません」
「……それは残念。ともかく済まなかったな、こんな結果になって」
「いいえ……」
もう気持ちが決まっていた私は、呼吸を整え大きく息を吸い込んだ。
彼が吸血鬼であるという荒唐無稽な説明を信じたわけではないし
命の恩人に私のファーストキスを捧げる気になったわけでもない。
いつか彼に、ベストコンディションの“アベ・マリア”を聴かせたい、それだけだった。
ベッドの上に屈みこむと、そのまま唇を重ねた。
驚くほど冷たい彼の唇をしっかり捉え、口の中に溜めた唾液をゆっくり流し込む。
動きのない彼が、はじめの一滴を受け止めた途端ぴくりと震えた。
そしてねだるように唇が動きはじめると、私は何度も何度も唾液を集め彼に注ぐ。


時間のたつのも忘れるほど、私は彼と唇を合わせ唾液を送り続けた。
気がつけば私は彼の体に覆いかぶさり、彼の腕にしっかりと抱かれている。
もう唾液を送り込むというより、唇を重ねあいぶつけ合うようになっていて
それに気付いた私は恥ずかしさを誤魔化すため、顔を引いて唇を離した。

「本当にこんなことで元気になるなんて……」
「少しは信じる気になってくれたか」
「さあ、吸血鬼らしいところは全然見ていませんから」
「よし。今なら見せてやれるからな」
彼がにやりと笑って口角をあげると、犬歯がむき出しになる。
それが私の見ている前でにょっきり伸びて鋭い牙のようになった。

「まるで手品みたいですね」
「……千早が命の恩人でなかったら噛みついてやるとこなんだけどな」
「困ったときはお互い様ですから。それにしてもこの牙よくできていますね」
「あっ、触るな、危な……!」

唾液を飲ませただけで瀕死から回復し、犬歯が牙になるのを目の当たりにしながら
まだ彼が吸血鬼だという事実を受け入れられない私は、無意識にその牙に手を伸ばした。
そっと触れただけの指先に鋭い痛みが走り、真っ赤な滴がじわりと滲みはじめていた。

彼は私の手首をぎゅっと握ると、血に染まった指先を見つめて呟いた。
「……やっちまったか」
「どういうことですか?」
「見たままだよ。それより千早さん、せっかくなので」
「まさかこれを飲むつもりですか」
「吸血鬼だからな」

そうはさせじと指を引っ込めようとして、まるで力が入らないことに気付いた。
むしろ逆にその指先を彼の口元に近づけていくよう動いている。

「魅了っていう能力なんだ。逆らえないだろ?」

指先が彼の唇に包まれる。
吸われる感触はなかったけれど、なぜか自分の血液が彼に流れ込むのが分った。
彼が喉を鳴らすたび、顔に赤みがさしてどんどんと精気が増していくようだった。
行為はすぐ終わり、彼の舌が指先を舐めると私の意識は軽くなり自由を取り戻した。
先ほど血をにじませた指先は不思議なことに傷ひとつなく
彼の口元にも血の雫どころか、牙さえ引っ込んで目立たなくなっている。

「ご馳走様。思った通りすばらしい味だった」
「自分の血を飲まれた感想を言われても返事に困ります」
「自分の目で見たことは信じなきゃ」
「これでもまだ半信半疑です。あれくらいなら誰だってできますから」
「どうしたら全部信じてくれるのやら」
「吸血鬼らしく首筋を噛むとか、蝙蝠に化けて空を飛ぶとか……」
「そういうのは映画の中の話だよ……でも信じてくれるなら首を噛んでやろうか」
「そんなに私の血が美味しかったのならもっと味わって見てはいかがですか?」

別に挑発しようとか、彼に血を吸わせてあげようという殊勝な気持ちでもない。
というより何故自分がそんなことを言ってしまったのかすらわからないから
ひょっとして彼のいう“魅了”という力にやられていたのかもしれない。

「それでは遠慮なくいただくことにする。実はもう我慢の限界でな」

彼はそいってにやりと笑うと、次の瞬間には私を軽々と抱き上げていた。
そう、あの河川敷で助けられたあとのように。
そのまま私を寝室のベッドに横たえると、無造作に私に覆いかぶさってきた。
私が首を仰け反らしたのは、無意識に逃れようとしたのか、別の理由かはわからない。

とにかく彼はむき出しの首筋に唇を寄せ、あの鋭い牙を突きたてたようだった。
一瞬の痛みが走ったあと、溢れだした血を啜り上げ飲み干す音とともに
私の体は奇妙な感覚に包まれていた。
噛まれた首筋を基点に、全身が痺れながら甘くうずく快感に。
私は目を閉じると、彼の体に手を回してしっかりと抱きしめた。



目が覚めたのは見覚えのないベッドの中で、部屋も真っ暗で何も見えない。
慌てて起き上がろうとしたけれど、体が妙に頼りない感じで力が入らない。

「起きたか、千早」
「……プロデューサー?」
「無理するな。最初はどうしてもそんな風になるみたいなんだ」
「もしかして……私もきゅ、吸血鬼に?」
「そんな簡単にならないって。蚊に噛まれた程度に思ってくれたらいいさ」
「じゃあ……痒くなったり、腫れあがったり?」
「いや、今のはただの例えであって……首筋触ってみ、ほら、ここ」
噛まれたはずの首筋を触ってみたけれど、それらしい痕跡は何も無かった。
あの鋭い牙で噛みつかれたのが信じられない気分になる。

「吸った後はこうして綺麗に塞いでおくんだ」
「これも吸血鬼の特殊な能力なのですか」
「そういうこと。とにかうもうしばらく休んでいなさい」
「今……何時ですか?」
「もう夜中だから今日は泊まって行くといい。お腹はすいてないか?」
「……あまり食欲は」
そういった矢先にお腹の虫がぐーっと鳴ってしまった。

「ご馳走の御礼がこんな簡単なもので恐縮なんだが」
彼が作ってくれた卵粥は本当に美味しくて、食べるほどに食欲が刺激され
結局2回お替りした結果すっかり体も温まり、抜けていた力も戻ってきたらしい。
体のあちこちを動かしてみてから慎重にベッドから足を下ろした。
彼が差し出す手を握り立ち上がると、歩くのも問題なさそうだった。
そのままお風呂場に案内されたので、少し迷ったのだけど結局入ることにして
借りたジャージに着替えて部屋に戻ると、彼はいい香りの紅茶を用意していてくれた。

「あ、あの……そんなに見ないでください。恥ずかしいです」
「ごめん、風呂上りの姿がちょっと新鮮でな」
「美味しそうに見えるとか?」
「まさか。ちゃんと魅力的な女の子として見ているよ」
「プロデューサーはそういうことを言わない方だと思っていました」
「プロデューサーや吸血鬼である以前に男だからな」
「では私も一応用心はすべきですね」
冗談めかせた仕草で胸元のジッパーを首まで引き上げて見せると
「そういうこと。隙を見せないように気をつけてくれよな」
彼もにやりと笑って応えてみせる。
「ところで今のは吸血鬼としての意見ですか? それとも男性としての?」
「両方さ。俺は自分のことを吸血鬼でもあるが人間でもあると思っているからな」
「ともかく……今晩は満腹させてあげたので大丈夫ですね。そろそろ眠りませんか」
「ああ、それがいい……って何だよこの手は」
「この家のベッドはこれ一台のようですから」
「俺はソファーで寝るから手を離しなさい」
「血を吸われたせいか寒気します。温めるのが義務ではないかと」
「……わがままだな」

色々なことがありすぎて今でも頭が混乱しっぱなしのままだ。
とりあえず眠って明日になれば、少しでもましになっているといいのだけれど。
プロデューサーのお宅に泊まるだけでなく、同じベッドで一緒に眠るなんてこと
今までの私では考えられないことだけど、なぜだか今とても穏やかな気持ちでいる。
彼のそばにいると安らかで……そう、守られているような。
だから今夜はよく眠れるはずだ……



思い返せば本当に不思議な体験だった。
チクリと走った痛覚はすぐに消え、首筋から全身にふわふわした感触が
拡がっていくににつれ体の力が抜けていく。
宙に浮くような浮遊感に不快さは無く、むしろ心地よさを感じるくらいだ。
それも吸血鬼の“魅了”とかいう奇妙な力のせいかもしれないけれど……

そう、吸血鬼。
フィクションの中だけの存在が、私の隣で暢気に口を開けて眠っている。
覗き見える犬歯はやや尖り気味なくらいで牙というほど鋭くはないけれど
確かに昨夜、私はこの牙を首筋に受けて血を吸われたのだ。

「……んん? もう朝か」
「おはようございます、プロデューサー」
「ああ、おはよう千早。よく眠れたか? 体の具合はどうだ?」
「よく眠れましたし体調も普段よりいいくらいです」
「そうか、異常が出てないならもう大丈夫だ。とりあえず朝ごはんにしよう」
昨夜同様、トーストとスクランブルエッグの朝食も味は中々のものだった。
料理の腕を競ったら間違いなく私の完敗だろうことは黙っておくかわりに
昨夜聞けずじまいに終わったいくつかの質問をぶつけてみた。

「血を吸うペースか。千早の血はエネルギー値が高いから月に1、2度くらいで
十分だと思う。その合間に……唾液の補給も併用しての話だけど」
「……では、そちらのほうは?」
「えっと…週に1度か2度くらいか」
「では必要な時には遠慮せずいってください。昨日みたいにへばられて困るのは私ですから」
「すみません」
「それと一応心の準備もあるので、できるだけ前もっていっていただくと助かります」
「そのように配慮します」
「いっておきますけど、あくまで栄養補給であって、キスとは違いますから」
「…………?」
「そんな顔しないでください。他人に見られないよう気をつけないといけない、、
そういいたいだけですから」
「あ、ああ……そうだったな」
吸血鬼に生きる力を分け与えるため、なんて言い訳が通じるはずもないのだし
音無さんとの例があるから、とにかく慎重にしなければ。

「それはそうと血液と唾液に何か違いはあるのですか? あと音無さんがいっていた
あいえき?という液体のことも聞いておきたいのですが」
「あいえきは……体液と聞き間違えたのじゃないだろうか」
「いいたくない、あるいは聞いてほしくないことならはっきりそういってください」
自分のヒアリングには自信があったし、彼の目の逸らし方はいかにも不自然だった。
この期に及んで嘘や誤魔化しは聞きたくなかった。
たとえそれが私にとって不都合な事実であろうとも。
だからそんな風に正面から啖呵を切ったわけなんだけど……

「言ってもいいんだけど……千早的には聞きたくないことだと思うんだ」
「な、なぜですか。いまさら嘘つくのも誤魔化すのもやめてください。
それに万一あいえきが必要になった場合に備えて聞いているだけですから」
「わ、分かったから落ち着けって」
「私は落ち着いています」
「愛液というのは、女性の体…膣内で分泌されるヴァルトリン氏腺液という粘液のことだ」
「……なっ、ち、膣って!?」
「知らなかったのはしょうがないけど、“愛液”という表現はあまり女の子が口にして
いい表現じゃないから以後気をつけてください」

じゃあ何て言えばいいんですか!

「まあ、そんなわけで唾液と血液があれば十分だから」
「そうですが……一応説明ぐらいは」
そう聞いたのは啖呵を切った手前の、ただの照れ隠し。

「ちなみに唾液と血液の違いは、エネルギーの質と量の違いみたいなもんさ」
「質と量、ですか」
「そう。吸血鬼には身体と精神を維持するエネルギーが必要で、どの体液にも
それぞれが含まれているけれど、その量と質が異なるというわけさ」
「ではプロデューサーがへばった理由というのは身体維持のエネルギー不足?」
「そういうこと。血液の不足さ」
「音無さんの血は吸ってなかったのですか」
「そうなんだ。俺のほうに音無さんの血が合わないという事情もあってね」

それって好き嫌いじゃないのですか、と突っ込みそうになったけどやめた。
吸血鬼であることにどんな複雑な事情があるのか分からないけど、
少なくとも一度は死に掛けるほど衰弱していたのだ。
本当に血を吸わないと死んでしまうなら、あの魅了とかいう能力を使えば
女性の血を吸うことなんてそう難しいことではないはずなのに。



そんなことがあったのに、今までどおりの日常に戻ってしまえば
プロデューサーが吸血鬼だというのは信じがたい事実である。
唾液の補給といっても行為自体はキスそのもの、
というより私が思っていたキスよりもっと……大人のキスというか。
そんなことを続けているうち、目的よりも行為そのものに私の関心は向いてしまい
その日が来るのを心待ちにしている自分に気づくわけで。
それは、そう……例えてみれば母乳を与える母の心境とでもいうのだろうか。
もちろんそんな経験は無いけれど、彼の頭を抱いて口移しで唾液を分け与えていると
なんとなく母性本能が刺激されているのかもしれない。
それにいくらキスではないと否定しても、これだけ何度も唇を重ねていれば
私の体がその感触を気持ちのいいものだと覚えてしまっている。

唾液だけでこれだから、血を吸われる時はもっと気持ちが昂ぶってしまう。
彼の唇が首筋に重なり、ぞくりとした感触が体を走った直後、
一瞬の痛みと直後の甘い感覚が全身を痺れさせていく。
もしかしたら、男性とセックスをすればこんな気持ちになるのかもしれない。
それが証拠に、血を吸われるとき私の体はある変化を起こすようになっている。
女の子の部分がじんじんと熱くなる。
体の奥から溢れてきたものが、下着の股間をべっとりと汚している。
そして性器の中にもまだたっぷりと充ちているヌルヌルした体液。
つまりそれが愛液そのものだった。

“あいえき”、つまり愛液は性的興奮をきっかけに膣内に分泌される粘液。
彼との行為でこののように愛液が出てしまうというのなら
あのゾクゾクする感覚が性的快感なのかもしれない。
ただ一つの問題があるとしたら。
その快感が吸血鬼のせいか、私自身のせいか定かではないこと。

いくら体液提供のためだとしても、その行為自体は男女のそれと何ら変わりない。
それなら唾液の口移しや首筋からの吸血と、愛液の提供は何が違うのか?
前に体液についての講義を聞いたとき、彼が愛液の説明だけを省略したのは
それがあからさまな性行為だから? それとも他に理由があって?

もはや私の関心は、愛液を吸われる時にはどんな快感が得られるのか
そこにしか向いていなかった。



「千早さんはなんでブラウスを脱ごうとしているのだろう」
「これは……前に襟に着いた血のシミを落とすのに苦労したからです」
「だからって、それは目のやり場に困る」
「なら目を瞑ってください。私だって恥ずかしいのを我慢しているのですから」

もちろん血のシミなんて口実にしか過ぎない。
服を脱いで見せることで(さすがに下着まで脱ぐ度胸は無かったが)
彼が何か反応するのか試してみようと思ったからである。
血を吸われる立場の私が性的快感と思しきものを得ているように
彼も血を吸う事で“食欲”以外の何かを満足させているのかもしれない。
いや、私を相手にすることで満足して欲しい願望なのかもしれない。

「では…血を吸う前にこちらもどうぞ」
ソファーに座ってもらった彼の前に立つと、いつものように頬を挟んで顔を寄せる。
けれど唾液というのは口実で、いま私がしようとしているのは紛れも無いキスだった。
唇をぴったり重ね合わせて、それから唾液と舌を彼の中に送り込む。
彼の舌に迎えられると、それだけで鼻声が漏れてしまうが構わない。
途中から唾液を送り込むことも忘れ、彼の膝に跨って夢中でキスを貪る私を
彼はそのまま受け入れ応えてくれている。

そして私は、まだ牙を受けていないのに、キスだけで濡れ始めていた。
跨った彼の太ももに股間をこすりつけていたのは無意識のなせること。
だが彼はまだ執拗に舌をねだろうとする私を乱暴に引き離すと、
私の体を持ち上げ、ソファーに座らされた。

「血を飲ませてもらう前に確認しておきたいことがある」
「……あの、なんでしょう?」
「血を吸われる時……これまでと違う感覚があったりしないか?」
「違う感覚……といわれても特にこれといっては」
「大事なことなんだ。何か感じているのなら正直に答えて欲しい」
「隠すとためにならないようなことですか?」
「……その可能性はゼロではない」
「ならその事をプロデューサーが私に説明しなかったことについては?」
「済まん……隠すつもりは無かった。ただ……」



「前に説明したとき、なぜ音無さんから血を吸わなかったのか疑問に思わなかったか?」
「いえ、音無さんの血が合わないのは好き嫌いかと思っただけです。
“魅了”という力を使えば別の女性の血を吸えるのではと思いましたが」
「それは千早の言うとおりだが、あまり無差別にというのは避けたかっただけなんだ。
万一にでも魅了しきれなかった場合、大変なことになりかねないからな」
「一応は配慮しているわけですね」
「まあな。それより問題は誰の血を吸うとかじゃないんだ。
千早は音無さんとある共通点があるが、それが何か分かるか?」
「音無さんとの共通点……なんでしょうか。血液型とか?」
「いや。二人とも処女ってことだ」
「しょ…処女が関係あるのですか」
「ああ、ある。処女の場合、血を吸われると無意識に魅了される可能性があるんだ。
回数を重ねれば当然その確率も増えていく」
「魅了……つまりプロデューサーのことを好きになってしまうとか?」
「端的にいえばそうだが、実際にはもっと生々しいことになる」
「でも、プロデューサーはそれを知りながら私を噛んだ」

「ああ……そうだ」
彼はそこで言葉を切ると目を伏せた。

彼にとっては気の重い重大発表だったようだけど、私は内心では安堵していた。
この前から感じていたことにちゃんとした理由があったこと。
でなければ自分のことを変態だと思いこんでしまうところだった。
それに魅了された結果であろうと、彼を好きになることに異存はないし
歌手を目指すため必要な有能なプロデューサーを縛りつけておくことができるなら
それこそ願ったり叶ったりではないだろうか。
音無さんには悪いけど、彼が私を噛んだ理由はつまりそういうことでしょう?

「プロデューサーの説明、よく分かりました。では早速今日の分の血をどうぞ」
「えっ……いや千早、何かいうことはないのか?」
「言うこと? 責任を取ってくださいとでもいえばいいのですか?」
「それは勿論だが」
「プロデューサーには私が必要。私にはあなたの指導が必要。それで十分かと」
「……本当にそれでいいのか?」
「では魅了されて生々しいことになってもちゃんと私の面倒はみてください」
「わ、わかった」
「ではどうぞ……」
私は羽織らされていたバスローブを脱捨てると、さっきのように彼にしがみついた。
今度は彼も遠慮しなかった。
もう一度唾液の交換(実際にはほとんど交換はしなかった)をしたあと
彼は髪を掴んでのけぞらせると無防備に露出した首に牙を突き立てた。

ぞくり、と感触が走り、同時にあそこから漏れるように溢れる感触を知る。
今度は彼も止めなかったから、私は逞しい太ももに下着越しの性器をこすりつけ、
くちゅくちゅと音をたてながら快感を追い求めていた。

「千早は随分とお行儀が悪い子になってしまったな」
「ち、違います……そんなことは」
「じゃあどうして血を吸うだけなのに、そんな顔をしているんだ?」
「……どんな顔なのか分かりません」
「いやらしい顔している。まるでセックスで感じているときの女の顔だ」
「知りません。セックスなんてしたこともないのに」
「そうだったな、千早は処女だからそんなこと知らないよな」
「そ、そうです……それより血はもういいのですか?」
「ああ……血よりも美味しい体液が飲みたくなった。千早のせいだぞ」

そのことをふと思いついた私は、もう一度彼に唇をねだるふりで視界を塞いだ。
彼が吸ったばかりの私の血、その鉄臭い味を感じながら指を下着の中に差し入れ
温かく濡れた指先をゆっくり彼の口元に運んだ。

「あなたが飲みたいのは……これ」
「ああ……千早、一舐めしただけでこんなに、体が震えるくらいすごい」
「私の体はもうあなたのものですから……好きなだけ体液を奪ってください」
「いいんだな、唾や血と違って愛液を口にしたらもう止まらないぞ」

返事の代りに彼の唇に吸い付くと、舌を伸ばしただけで口の中に血の味が溢れる。
愛した男性が吸血鬼だった、ただそれだけのことだ。
だったらいっそ私も吸血鬼になってしまってもいい。
彼が私の血を美味しそうに味わうように、私も彼の血を味わってみたい。

彼とキスを交わしながら、愛液を指で掬っては口元に運んでいたけれど
そのうち体が痺れたように震えだして自分の体がうまく動かせなってくる。
最後の力を腕に込めると、彼の手をそこに導いて囁いた。

「ここも……いっぱい吸ってください」



シーツのあちこちに散った血痕、それと同じものが私の体にも残っているのは
嵐のような昨夜の出来事のあと、拭おうとした彼を止めそのままで眠ったから。
そのことに別に深い意味はない。
こうして目覚めた朝、あれを夢だと思いたくなかっただけの話だ。
彼の牙による愛撫を現実のものとして、記憶の中に深く刻んでおきたかった。
その思惑通り、牙による傷跡はどこにも残っていないけれど
血痕を指で辿るだけで、昨夜のことを克明に思い出すことができる。

私自らの手で、愛液を彼の口に運んだ結果。
彼は宣言したとおり、愛撫の手を一切ゆるめることはなく
魔物の本性を現した吸血鬼は私の体の隅々までいいように弄び
まるで死に直面するのではないかと思うくらい強烈な快楽を与えてくれた。
それが魅了という力のせいでも構わない。
ただひとつ不満があるとしたら、最後の一線を彼が踏み越えなかったこと。
けれどそれだって時間の問題だと思っている。
私もそれを望んでいたし、昨夜見た彼の表情や目つきも同じだと思ったから。
処女を吸血鬼に捧げることで私も同類にされるのなら、それはそれで構わない。

手足には痣というほどではないけれど赤く擦れたあとが残っている。
私の愛液を口にした彼が獣のように私を貪る過程で残った痕跡。
昨夜、荒々しく押さえつけられることが何故か嫌ではなかった。
彼はやりすぎたというけれど、私には強く求められることは喜びだった。
乱暴な行為のあと得られたのがさらなる快感だったせいかもしれないけれど

例えば乳房。
彼は指の後が残るほど強く絞り上げ、果物を丸齧りにするよう牙を立てた。
柔らかい乳房の皮膚を裂いて食い込む牙は痛みではなく快感を打ち込み
まるで母乳を吸うような格好で彼は乳房から血液を吸いあげると
片側では不足とばかり、もう一方の胸にも同じような牙跡を残してくれる。

胸の次はお腹や太もも。
彼は思うまま私の体に牙を突きたて、そのたびに私は痛みを感じているはずなのに
噛まれるたびにはしたない喘ぎ声を上げ、血を啜られる快感に震えていた。
そしてただ一箇所、彼の唇に蹂躙されながら牙の洗礼を与えられなかった場所。

つまり私の女性である部分。
そこにだけ、彼は牙を立てなかったが、代わりに舌の蹂躙は容赦がなかった。
最初は性器から溢れ出た愛液を舐め取っては飲む干すだけだったのが
いつしか内部に彼の侵入を許し、そこは既に処女地ではなくなっていた。
普段なら閉じているそこをこじ開けた彼の舌がそのまま差し込まれていく。
初めてわが身の中に迎え入れた男性の体、それが細長い舌だとしても
経験のない処女にとっては、それだけで十分だった。
むしろ膣の中を縦横に動き回れる分、本来あるべき性器より始末におえず
私は気が狂いそうになるほど凄まじい快楽の中で悶え、呻き、泣いていた。
その最後、性器から伝わる強い電気のような刺激が脳に伝わった瞬間、
頭の中に白い閃光が爆発し、私の意識も弾けて飛んでいた。

どうやら最後の瞬間、気を失ってしまったらしい。
心配顔の彼に揺り起こされても、まだ体はふわふわとして頼りない。
彼は血に塗れた私をなんとかお風呂に連れて行こうとしているようだったけど
私は考えることも動くことも億劫で、ただただ眠ってしまいたかったから
彼の腕にしがみついたまま深い眠りに落ち、こうして朝を迎えたというわけだ。

「おはよう千早……その、どこか痛むとか気分が悪いとかないか?」
「いいえ、どちらかといえばかなりいい気分です」
「ならいいんだが…我ながらやり過ぎだと思いながら止められなかった」

はしたなく乱れてしまった昨夜を思い出すに、照れくさいのを誤魔化すため、
甘えたふりで彼に抱きつくと、また欲しくなったら困ると押しのけられてしまった。
「欲しければいつでも奪ってください……」
「欲しいだけ食べたら、千早なんてすぐ食べ尽くしてしてしまう」
「ふふっ、おとなしい顔して貪欲ですね、プロデューサーは」
「こら。いいから風呂入ってこい。その血を見て我慢する身にもなってくれ」

全身血の跡だらけという、普通に見れば凄惨なヌード姿なのだけれど
吸血鬼の彼にとってはこれが魅力的に見えてしまうということか。
私としては今襲われてしまうのも差し支えはないのだけれど
そうはいいながら、欲望に流されてはいけないと自重する気持ちもあって
結局私は大人しくお風呂に向かったのである。

熱いシャワーに身を委ね、体に残った血の跡を綺麗に落としていく。
いつだったか体液の説明をされたとき、彼が愛液のことをとぼけた理由。
それは昨夜この身をもって理解することはできた。
愛液を口にした彼は獣の本能のように、私の体中に牙を立て血を啜りながら
吸血と性の快楽を同時に私の体に刻み込んでいった。
それが吸血鬼の本能か男性の本能かはわからないけれど、そのことで私の心は
完全に彼に奪われてしまったといってもいい。

それなのに……
体の中で唯一、血痕も牙の記憶も無い場所をお湯で流しながら考える。
なぜ彼は私を奪ってしまわなかったのだろう?
それを求めていたわけではないけれど、そうなっても構わないとは思っていた。
彼の舌を体内に受け入れたあとに、いよいよ彼の男性が入ってくると思っていた。
けれどその場所だけは血の一滴すら流すことなく、私は処女のままだ。
あるいはそれこそが、彼がまだ明かしていない秘密なのかも知れない。
もしそうだとしたら、そのような重大な秘密を彼は話してくれるのだろうか。



週に1、2度だった唾液の提供、それがほぼ毎日の日課となった。
唇が触れ合う感触は温かく心地よいから好きだし、手軽にどこでもできることだし。
キス……というわけではないけれど、別にキスでも差し支えはないはず。

月に1、2度だった血液の提供、それすら数日置きの頻繁な習慣となる。
私の血で彼が元気になるのだから、回数は多いほうがいい。
吸われる量は知れているし、別に私が吸われて気持ちがいいとかではない。

だけど愛液だけは別。
彼がそれを強く求めない限りあげないことにしていた。
理由はそうでもしないと止まらなくなるから。

けれどベッドに限っていたその行為も、人目が無ければどこでも行うようになった。
事務所でも、仕事先でも、あるいは移動中の車の中ですら。
唇を重ね舌が絡み合う、ただそれだけで私のアソコは熱くなり
彼の手が乳房を愛撫し始めると、もう奥から滴り始める。
彼の唇が乳首を咥える頃には、もうパンツはべっとりと愛液で濡れ
彼はそれを指で掬い取っては美味しそうに啜り上げる。
唇でないのがもどかしいけれど、焦らされればそれだけ後の快楽は大きくなる
そんなことまで私は覚えてしまっているというのに……
彼は一向に私の処女を奪おうとはしなかった。
いや、奪う気が無いはずはない。
奪うことができない理由があるはずに違いない。


ベッドでするとき。
私は全部脱ぐけれど、彼はパンツだけ絶対に脱がない。
脱がないくせに固くなった性器を何度もあそこに擦りつけてくる。
意思に反して、彼の性器が私と繋がりたいと訴えかけているみたい。
それなら私が誘いかけてみれば……

伸ばした手をパンツにかけ、ずり下ろそうとして……
「それは駄目なんだよ、千早」
「何故ですか。私では駄目ということですか」
「違う、そうじゃない。むしろ千早じゃないと駄目なくらいだ」
「なら……どうして」
「千早を吸血鬼にしたくない」
「それって……プロデューサーとすれば、その……私も?」
「その可能性が0でない以上……」
「私は構いません、吸血鬼になっても」
「吸血鬼になってもいいことなんてない。安易なことをいうのはよせ」
「あっ、でしたらちゃんと避妊すれば」
「妊娠じゃないんだって」
「違うのですか」
「……いや、まぁ、間違いではないけど」
「それはつまり、プロデューサーの体液が関係あるのですね?」

吸血鬼が異性の体液をエネルギー源としているのと逆に
吸血鬼の体液が入ることで吸血鬼になるとしたら私には十分可能性がある。
そう考えるとなにやらウイルスで感染する病気のようにも思えるのだけど
彼の表情を見ればその考えがどうやら間違いではないらしい。
そして私と彼は、今までにもう数え切れないほど唾液の交換をやってきている。

「残念ながら唾液だけで吸血鬼になる可能性はないよ」
「唾液が駄目なら、血液と……あの、せ…精液?」
「一応は正解といっておく」
「だとしたらやはり避妊をすればいいのでは?」
「だから問題はそこじゃないんだって」
「では……」
質問を重ねようとした私の口は彼の手でふさがれる。
「そんなことまで千早が知る必要はないだろ」
「……わかりました。それならもうこれ以上は聞きません」
「そうしてくれ」
「プロデューサーの気持ちもよく分かりました。ですからあのような行為はもうやめます」
「……そうだよな」
「栄養補給は続けますからご心配なく。……また倒れられても困りますから」
「ああ、頼む。千早をトップアイド…いや、立派な歌手に仕立て上げるまでは
どんなことがあっても俺は一緒にいるって約束するから」
「そうですね。仕事のパートナーと割り切ったほうがせいせいします」


意地悪な言い草になってしまったのは仕方が無い。
彼が理由を言ってくれないことは不満というより悲しさがあったのだし。
彼の命を救おうと決めたあの日、私は全てを彼に預けたつもりだった。
それなのに彼は、たとえ私を吸血鬼にしないためとはいえ全てを預けてはくれない。

だからといって諦めたわけではなかった。
プロデューサーとしての彼も、一人の男性としての彼も。
たとえ吸血鬼であろうと、そんなことは関係ない。



「プロデューサーに重要なお知らせが二つあります」
「……二つもか。それは大変だな」
「一つはいい知らせですからご安心を」
「いい知らせだけ聞く訳にはいかないかな」
「駄目です。ではまず悪い方から。プロデューサーは厄介なウイルスに感染しています。
現在の科学では治療法も解明していない難病の原因です」
「それ……その厄介なウイルスはなんていう名前だ?」

「千早ウイルスです」

「……なんか随分と可愛い感じのウイルスだな」
「か、可愛くなんかありません! ウイルスを甘く見てはいけません。
治療をしなければ命に関わり兼ねない恐ろしい病になります」
「へぇー、怖い怖い。ちなみに治療をしなかったらどうなるのかな?」
「詳しいことは謎ですがとにかく恐ろしい病です」
「千早さぁ……吸血鬼って病気にはならないんだよ」
「……嘘! あのときへばっていたくせに」
「いや、あれは単なるエネルギー切れで衰弱しただけだよ」
「で、でも千早ウイルスは吸血鬼すら蝕む恐ろしい病なんです!」
「……ああ、そ、そうかもしれん……胸のあたりが苦しくなってきた」
「ほら、いわんこっちゃない! ですがご安心ください、いい知らせもあります。
この私がウイルスの抗体を持つただ一人の人間なんです!」
「そ、それはよかった安心した」
「プロデューサー、棒読みはやめてください。ここは空気を読む場面です」
「さすがの俺も千早ウイルスなんていわれたら何も読めないのですが」
「……鈍感。そんな人は治してあげませんよ?」
「でも抗体ならいままで散々吸ってきたはずだけど」
「残念でした。まだプロデューサーに抗体はありません」
「そうかぁ。じゃあ俺はウイルスにやられて志半ばであの世行きってわけか」
「まだ死ぬと決まったわけじゃありません」
「そうだ、冥土の土産に……最後に千早を味あわせてくれないかな?」
「私の……何をですか?」
「千早って意外と意地悪なとこあるよな」
「そう仕向けたのはあなたです。素直になれば私も考えなくもないですけど」
「千早はまだ若いんだ。大人の判断が下せるようになってから改めて考えてくれ、
俺みたいな吸血鬼の伴侶になっていいのかどうか。いや、よくはないけどさ」
「いまだって十分大人です。それに大人がそうやって誤魔化すのは事態を
有耶無耶にしたい時だと。違いますか?」
「……恐れ入りました。千早ウイルスの抗体をください、ていうか血をください」
「正直でよろしい。今日は特別に……許してあげます」

さすがに脱ぐのは憚られたから、シャツのボタンを一つ外して首筋を彼に差し出す。
買ったばかりの可愛いブラに彼は気づいてくれるだろうか?
などと考えている間に彼の牙が2週間ぶりに私の血液を啜り始める。
彼の態度に反抗し唾液以外の提供をボイコットしたのはいいけれど
ほんの数日で音を上げたのは私の方だった。

彼に噛まれたい一心ででっちあげた“千早ウイルス”というネタ話。
彼が乗っかってくれたのは、そろそろ血液に飢えてきたのも事実だけど
そんな私の気持ちも汲み取ってくれたに違いない。

遠慮がちに胸元に伸びてきた彼の手に自分の手を添えながら
私は心の中で呟く。
意地悪してごめんなさい。お詫びに前みたいなことをするの、許してあげます。
だから、好きなところを好きなだけ噛んで……それからいっぱい吸ってください
私はあなたのものですから。

 ◆

彼のプロデューサーとしての才能が確かなことは、
私の立つステージの変遷を順番に眺めてみればすぐ分ることだ。
河川敷で独り歌っていたわずか二ヵ月後には
ライブハウスに集まったファンを熱狂させていたし
夏が終わる頃には、有名なホールをファンで埋め尽くしていた。
デビューして一年を待たず、私の歌は電波に乗って全国に流れていく。
順調にファンを増やし、アイドルランクを駆け上がった末に手をかけた
トップアイドルといわれた地位。

それを確かなものにするはずのドームライブを目の前にして
私は高熱を出して病院に担ぎ込まれ、そのまま病室に閉じ込められていた。
診断結果は扁桃腺炎。
熱が出たくらいならステージに立てる自信はあったけれど
肝心の喉が使い物にならなければどうしようもない。

「運が悪かったというべきでしょうか」
「無理にしゃべるな。まだライブが駄目になると決まったわけじゃない」
「気休めは結構です……自分の喉の状態くらい分りますから」
「なぁ……千早は俺を信じるか」
「何を今さら」
「俺は千早を明日のステージに立たせることができる」
「吸血鬼から魔法使いに転職ですか」
「吸血鬼は病気にならない、そういったの覚えてないか?」
「…………まさか!?」
「そのまさかだ。千早を吸血鬼にすれば簡単な話だ」
「冗談なら今、そういってください。でないと本気にします」
「俺は千早に二つ約束をしたつもりだ。今千早を吸血鬼にするのは
予定より随分と早いが……まあそれもいいかもしれない」
「私をトップアイドルにする以外に約束が?」
「どうするかは千早が決めてくれ。今回のライブを諦めたとしてもそんなもの挽回できる。
だが吸血鬼になるってことは……」
「そうすればあなたは一生私と一緒にいてくれる、そうでしたよね」
「ああ……」
「それなら決まりですね」



「いいんですか、無断で病室を抜け出して」
「いっても止められるだけだからな。それに吸血鬼がばれたら困るからな」
「そうですね。それより……あの、吸血鬼になるのは、やはりベッドで、そのぉ……」
「あっ、違うぞ千早。もっと簡単なことだから」
「前にいってたことと違ってませんか?」
「いいから大人しく座っていろ、そろそろ始めるから」

ソファーに座った私の隣に彼は腰を下ろすと、徐に牙を伸ばすと自分の指に噛み付いた。
よく意図がわからないまま、私は彼を見守る。

「いいか……最初の一口だけ我慢してくれ」

真っ赤に染まった唇が近づいてくるのを目を瞑って受け止めた瞬間、
口移しで彼の血が流し込まれ、鉄臭い味が広がる。
わずか一口にも満たない彼の、いや吸血鬼の液体を受け取ると
私は躊躇うことなくそれを飲み干した。
その瞬間、私は吸血鬼の本質を理解した。

わずか一口の血液だったけど、それはまさにエネルギーの塊だった。
胃の中がかっと熱くなり、次いで全身の細胞に炎のように感覚が
燃え広がるよう伝わっていき、指先まで焼き尽くされた感覚のあとから
私の全身には信じられないくらいの力が漲っていた。

「どうだ、千早」
「体中が凄い感じで……あ、声も出ます!」
「慌てるな、本番はこれからだぞ。ほら、鏡」
「……き、牙が!!」
「いやいや、吸血鬼になったんだから当然だろ」
「では…プロデューサーが凄く……お、おい……」
「美味そうに見えるんだろ? ほら、俺がしたように噛み付けばいい」
「ですが……」
「ほら。慌てずゆっくり味わって飲んでくれよ」
「はい、ではその……失礼します」
彼のと比べれば半分くらいの大きさしかない私の牙だけど
それでも先端は鋭く尖っていて、力を入れたわけでもないのに
彼の首に触れた途端、口の中に彼の暖かい体液が広がっていく。

もう鉄臭くも無く、生臭くも無かった。
味覚というより、体全体で感じ取ることができた“彼”そのものだった。
血液とともに私の中に流れ込んできたのは彼の意思であり、心だった。
限りない一体感を感じながら、私は涙を零しながら彼の命ともいうべき血液を
吸って私の中に同化させていった。



伝説のライブなんていわれると面映い気持ちになる。
開演からアンコールまで、私は気持ちよく歌い続けただけだったから。
歌えば歌うほど、体の奥底から無限に力が湧き出すイメージ。
いや、それは確かに存在したエネルギーだった。
彼が私に与えてくれた命そのものなのだから。
そして私と彼、二人で作り出した歌の世界。
文字通り私と彼は血の絆によって、固く結ばれたのだ。


会場で簡単な打ち上げをしてから彼の家に戻ってきても
まだ私は興奮からさめやらず、夢の中に浮かんでいるようだった。
吸血鬼になること自体は私の望んだことではないけれど
そうなることで初めて彼と、一生をともに出来る資格を得たのだから
それほど嬉しいこともなかった。
それに吸血鬼になって初めて知った事実。
愛する相手の体液を口にするのは、決して栄養のためなどではない。
命を二人で分かち合い共有することに他ならないとわかった。
彼の血液が私の中に入ってきたとき、
彼がどれほど私のことを深く思ってくれているかがはっきり伝わった。
だから今度は私もそれを伝えなければ。
いいえ、二人がお互いに血を分かち合えばいいのだから。
ふふっ、歌いすぎて喉が渇いたかもしれないですから
私から先にいただきますよ。

……あれ? 牙…伸びない
どうして? さっきは彼をみただけで自然ににょっきり伸びた牙が
今は全然……普段の私の犬歯のまま

「ごめんな、千早」


「ごめんって……どういうことですか?」
「吸血鬼になるのは本当なんだけど、あれな、一時的なことなんだ」
「一時的って……」
「ライブが終わった頃に効果が切れていたと思う」
「効果が切れるって……う、嘘つき!」
「吸血鬼になれたのは事実だろ?」
「なったけど…これでずっとあなたと一緒にいられると思ったのに!」
「それは吸血鬼にならなくてもできることだから」
「でも……いやだそんなの。あなたのことをもっと感じたかったのに」
「ああ、それは、そうだよな」
「ううっ…わたし、ぐすっ……うぇ、うええええええーん」
「わっ、ちょっと千早、泣くなってばおい、千早さん?」
「だって…だって」
「ほんとにちーちゃんはしょうがないな……」
「ふぇっ? あ、あの……」
「千早のことは俺がもらうって決めてたんだからな」

彼はそれだけいうと私を軽々と抱き上げてベッドまで運んでくれた。
灯りが小さくされ、ぼんやりしたシルエットが覆いかぶさってくる。

「もう止めたって止まらないよ?」
「……止めませんけど、途中で止めないでください」
「大丈夫さ。千早こそ、びびって止めるなよ」
「へ、平気です……でも、や、やさしくはしてください。乱暴なのは……」

初体験を迎えた女の子が感じるという破瓜の苦痛。
それがどの程度のものなのかはわからない。
牙で噛まれた程度の痛みなのか、それとももっと激しい痛みが伴うのか。
私にとっての気がかりはそれだけで、たとえ程度がどうあれ私は耐える覚悟はできている。
とっくの昔に。

同じようなことは彼に血液や愛液を吸わせてあげるときに何度も経験している。
だけど純粋に男と女としての行為、つまりセックスとしてするのはこれが初めてで
いつもなら痛みと快感が均等に与えられる吸血行為とは違って
彼の唇も手も指も、とにかく繊細で丁寧で優しかった。
体に触れられるたびその柔らかい愛撫が私の体温をたかめてゆき
ひときわ熱い女の子の中心からは、いつもよりも多いのではないかと思うほど
愛液が湧きだしている。
そこに彼の指がそっと添えられ、探るようにあちこちをさ迷う。

「……んっ、んはぁ」
「痛くはないか?」
「いえ……今は全然」

その指が愛液で潤んだ膣の中にそっと忍び込んでくる。
彼の舌、指。そしてこのあとにくるはずの……
彼のペニス。
微かな異物感はすぐに払拭され、ソコは意志を持つようにそれを飲み込む動きを見せる。

「うっ、凄いな千早のここ……」
「そんなこと言わないでください、恥ずかしい……」
「駄目駄目、顔を隠さないで、ちゃんと最後まで表情をみせてくれないと」
「や、やだ……意地悪、変態」

睨みつけようと目を開けると、彼は真剣な顔でじっと私をみている。

「その前に千早に見せておこうか」
彼は私から体を外すと、まだ脱がずにいたらしいパンツを脱ぎ捨てて
私の方に向き直った。
ぼんやりとした明りのもと、彼の股間の中心部に聳えている男性器。
彼のペニス。おちんちん。
それは思った以上に大きく、そして異形だった。
あんなものが私のなかに入るのだろうかとは思ったけれど
不思議なくらい恐れも不安も浮かばなかった。
ようやくこれで彼とひとつになれる、彼のものにされるのだという気持ちが
期待に似た高揚感を私にもたらせているから。

「はじめまして、ですね」
「……そうだっけか」
「ええ。見ようとしても恥ずかしがって見せてくれませんでしたから」
「ああ、それはまあ……」
「それより……これ」
そっと手を伸ばして触れてみる彼のもの。
見かけはグロテスクでも、手触りは滑らかでやや高めの体温が伝わってくる。

「ぅっ……」
「あの、痛かったでしょうか?」
「いや、千早の手が気持ちよくて」

ただ触れているだけなのに。
それとも男性の性器も女の子のように、触られるだけで気持ちのいいもの?
彼がわざわざ私に見せたのも、実はそうしてほしかったからかしら。
少しおかしく思いながら、そういうことならとあちこちを触ってみると
触れる場所や強さに応じて彼がため息をついたり腰を反応させるのが面白い。
やがてその先端から液体が滲み出してきたのが指先に感じ取れる。

「なぁ、千早……もう一度吸血鬼になってみないか」
「…………?」
「血液以外でも吸血鬼になる」
「今、私が吸血鬼に?」
「半分は俺のワガママみたいなもんだけど」

吸血鬼は異性の“体液”を吸うことでエネルギーとしている。
彼にとっては私の唾液、血液、そして愛液。
その彼の体液を私が飲むことで、私も吸血鬼となる。
ライブの前に飲んだのは彼の血液。

そういうこと。
男性の体液、今私が握っている部分から出されるもの。
自分の理解が正しいかどうか確認するため彼を見上げる。
彼の目が懇願の意思をこめて私を見返す。

ふふっ……そんなことなら。
彼が何故、今私を吸血鬼にしたいと思うのかは分らないけど
理由はともかく、もう一度あの感覚を得られるのなら異存はない。
目の前にある彼のペニスをそっと両手で挟み込むと顔を近づけ
濡れた先端にそっと唇をつけてキスをした。
震えるペニスが可愛かったから、舌先で雫を舐めとってから
ゆっくり口の中に飲み込んでいく。
押し殺した彼の呻き声を聞きながら、口の中に収めたたくましい男性器。
はて、私は今からこれをどうしたものか……

そんな私のためらいを見抜いたのか、彼は私の頭を支えると
膝を突いた体勢のままゆっくりと腰を前後し始める。
ああ、そういうことなら。
彼の動きを制して、今度は自分で頭をふってみる。
唇で包み込んだペニスに歯があたらないよう気をつけて
頭を前後に動かしてみる。

「千早、ゆっくり……気持ちよすぎて」

そんな切羽詰った彼の声を聞くと、少し意地悪してみたくもなる。
ペースを少し上げ、ついでに舌でチョロチョロと舐めてみたり。
そのたび彼は声をあげ、腰がピクリと跳ね上がる。
そうか……こういうことか。
自分がしていることで相手が気持ちよくなる、そのことで自分が嬉しい。
彼が私のアソコを執拗なまでに嘗め回し、私がやめてほしいとお願いしても
その行為をやめてくれなかった理由。
なら私も。
さらに動きを大きくし、ついでに唇も強く締める。

「千早、だめだ……いくぞ、千早の中で」

私の動きと同調していた彼が、最後にひときわ大きく腰を突き出し
喉奥に向かっておおきくペニスが跳ねたその瞬間。
一瞬ペニスが大きく膨らみ、ついで先端から精液が迸って喉を叩いた。
それは一度では終わらず、二度三度と脈打ちながらそのたびに熱い液体を
噴出し、私の口の中が彼の精液で満たされていく。
それ以上出るとこぼれてしまうと思ったとき、ようやく射精は終了し
私の頭を押させていた彼の手から力が抜けたのが分った。
まだ力を失わないペニスがゆっくりと引き出されてゆく。
口の中いっぱいの精液。
これを飲めば、あのときみたいに私はまた吸血鬼になれる。
もう一度彼と目をあわせると、たっぷりの液体を飲み込んでいく。
そして血を吸ったときと同じように、飲み込んだからだの中から熱が走り始めた。


「千早、牙……見せて」

口中の精液を全て飲み干してなお、彼の体液への渇望が沸き起こっていて
彼の体にその思いをぶつけただけで、私の犬歯は鋭い牙となっていた。

「前よりもちょっと立派な牙になったかな」
「ふふっ、ということは私に吸って欲しいということですか」
「ああ。でも今から吸うのは……いや、噛むのはこれ」
「いいのですか? 痛いと思いますけど」
「大丈夫、それに俺も千早のを噛むから。そうして、千早を貰う」

それが吸血鬼なりの儀式なのかもしれないけれど理由は聞かない。
彼と結ばれるのに、お互いが吸血鬼のほうがより深く繋がれることを
私は知っているから。体も心も全てひとつに。
そのためならば、痛みも血を流すこともまるで厭いはしない。

「私から? どうせなら二人同時に、というのは?」
「そうだな、じゃあ千早が上になってみてごらん」

仰向けの彼の顔の上に跨ると、アソコを押し付けるようにして体を前に倒す。
早急な彼の舌がくすぐったいのを我慢し、唾液で濡れ光るペニスをもう一度口に収める。
彼がひととおり愛液を味わったのを見計い、伸ばした牙をそっと彼の先端に触れさせると
私のアソコにも尖った感触があてがわれる。

待ち望んでいた場所に、ようやく牙を受け入れることのできる喜び。
そして私も自らの牙を彼に与えることができる。
これ以上の幸せは無いだろう。
私は目を閉じると、顎に力を加えて牙をペニスに突きたてた。
口に広がる血の味、そしてアソコに与えられる甘美な苦痛。
一瞬の痛みのあとにやってきたのはそれまで感じたことのない快感だった。

吹っ飛んでしまいそうな意識をかろうじて保とうとする私を
彼はベッドに押さえつけると、体勢を入れ替えて私にのしかかる。
血の滴る彼の牙。
今、その太くたくましいのが私のアソコに添えられて。
ゆっくりと膣を押し広げてはいってこようとしている。
大きく固いそれが狭いアソコに入ってくるときの身を裂かれる痛み。
確かに体はそれを痛みだと判断しているはずなのに、
私の心は限りない快感と喜びしか感じ取っていなかった。

やがて彼のものが全て私の中に収められる。
彼のペニスで切り裂かれて流れる私の処女の血。
それが私の牙によって流された彼の血と混じりあい
繋がった部分を中心に、絶え間なく全身に熱と快感を送り出していく。
しばらくの間は静止していた彼が、ゆるやかに腰を動かし始める。
その頃にようやく私の神経は、破瓜の痛みを脳に伝えてきたのだけれど
もう私の全身は彼の血による快感で侵食され尽くしていて
激しくなる一方の彼の体に手足を絡めてしがみつきながら
何度も彼の名前を呼び、求め続けた。
そうして初体験の終幕。
彼も私の名前を呼びながら、鮮血が滴る唇を重ね合わせて
私のからだの一番奥、子宮めがけてもう一度たくさんの精液をあびせかけると
そのまま力をうしなってぐったりと私の体にもたれかかってきた。
お腹の奥が熱くうずき始めたのは、子宮が彼の精液をたっぷり吸い上げたせいだろう。
飲み込んだときに感じたのは熱さと快楽だったけれど
子宮が感じているのは、まさに女としての幸せだと私の本能が教えてくれた。



いつかのときみたいに、あちこちに血の跡が残っていないのは
私が気を失っている間に彼が丁寧に拭い清めてくれたからだろう。
初めてのセックスを終え、激情のあとの心地よい気だるさを感じながら
彼の胸で甘えることのなんと心地のよいことだろう……

「千早、痛みは大丈夫か?」
「ええ……もう大したことはありません」

噓だった。
行為の途中、吸血のせいで快楽に置き換えられた痛みは
まだ体の奥底からジクジクとした痛みを訴えかけている。
けれどその痛みにも、今の私は心地よさを感じている。

「あなたのほうこそ痛いのでは? 結構思い切り噛みましたから」
「千早の牙は優しいから大丈夫さ」
「じゃあ次は本気で噛みますよ?」
「いいさ。俺はもう千早の、千早だけのものだからな」
「それでは証拠のために……指輪でもプレゼントしてもらわないと」
「あれじゃあ駄目だった? 一応吸血鬼的には一生を誓うという儀式なんだが」
「吸血鬼にはそうでも、私は人間ですからそちらに従ってもらいます」
「最初に千早を見たときは、こんな風に尻に敷かれるとは思わなかった」
「そういえば……あの川原で歌っているときが初対面なのですか?」
「そうだよ。歌っている千早を見て、初めて嫁にしたい女だと思った」
「歌う姿に一目惚れなんて……話が出来すぎていませんか?」
「済まん、ほんとうに嫁にしたいと思ったのは初めて血を吸ったときだ」
「一目惚れならぬ、一噛み惚れですね。正直でよろしい」



おしまい。

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