――魔物のどうくつ――
壇上に上がったスライムはそう言うと、集まった魔物たちの顔を見回した。
目をそらす者もいれば、力強くうなずく者もいる。
ももんじゃ「でもよお、勝算はあるのか? 仮にここにいる奴がお前について行っても、相手があの魔王じゃ分が悪すぎるぜ」
この場で最古参の魔物、ももんじゃは訝しげに首を振った。
スライム「あるとも言えるし、ないとも言える。しかし、魔王に対する勢力は一つや二つではない。人間の勇者だって中々の強さだ」
魔物たちは悩む。現状維持か、それとも……。
――魔王の城――
魔王「うむ、いい酒じゃのう」
ドラゴン「魔王様。こちらの肉もお召し上がりになってください」
魔王「うむうむ。美味いのう、楽しいのう」
華美な衣服を着て、宝石をちりばめた椅子に座り、豪華な食事を楽しむ魔王。美女を侍らせ、酒を注がせる。
彼の贅沢は魔物と人間からの貢物によって賄われていた。
強大な力によって世界の大半を手に入れた彼は、人間はおろか同族である魔物からも貢物を届けさせた。
魔物には外交や親善の理念がない。
本能による屈服と恐怖によって統治される魔物にとって、人間の贅沢を好む魔王は憎むべき存在になりつつあった。
魔王「うはははは!」
魔王が笑うたびに大地が揺れる。少しでも機嫌を損ねれば、たやすく命を奪われるだろう。
侍る美女は動揺を隠し、笑みをつくり、次の一杯を勧めた。
――――
ドラキー「でも、具体的にどうするんですか。ここにるのはせいぜい30体程度です。歯が立ちませんよ」
スライム「戦力はおいおい補強できるさ。魔王に従わないドラゴンやゴーレムもいるだろう」
ももんじゃ「そいつらを吸収して、反魔王勢力をつくると?」
スライム「そういうことだな」
スライム「とにかく、俺は一人でも行く。無謀だと言われようがな」
ももんじゃ「……うーん」
ドラキー「どうしましょう」
スライム「明日の朝、出発する」
ももんじゃ「おいおい、ちょっと急ぎ過ぎじゃないか…ってどっか行っちゃったよ」
スライムは家族の墓に花を供えた。
魔王の手下に蹂躙され、傷だらけになった父と母の姿がありありと思い出せる。
スライム「……みんな、来てくれるかなあ」
呟きと共に溜息が洩れる。
魔物の住み処といえども、この洞窟にいるのは低級のモンスターだけだ。
運よくこの洞窟以外の魔物たちを説き伏せても、魔王軍に蹴散らされるだけかもしれない。
スライム「それでも、行くしかないよな」
スライムは気を引き締め、墓を後にした。
翌朝、洞窟の前にはこの住み処のモンスターが全員集合していた。
ももんじゃ「言っておくが、俺は危なくなったら真っ先に逃げるからな」
ドラキー「そんなこと言って、全員分の装備と食料集めてたくせに」
ももんじゃ「シーッ! 黙っとけよ!」
おおきづち「ボクじゃあまり役に立てないかもしれないけど…精いっぱい頑張るよ」
いたずらもぐら「スコップおいしい」
スライム「みんな…ありがとう!」
ももんじゃ「んで、どうするんだ?」
スライム「まずはここから一番近い魔物の巣に行こう」
ドラキー「というと…」
スライム「鳥獣の巣だ」
――鳥獣の巣――
平原を行き、森林に入る。このあたりにはキメラなどのモンスターが棲息していた。
スライム一行は恐る恐る進んでいく。
森のなかほどに、骨がうず高く積まれている場所があった。
スライム「これは…なんの骨だろう?」
いたずらもぐら「スコップの骨」
ドラキー「人間の骨みたいだね」
ももんじゃ「ーーッ? 危ない!」
スライムはいたずらもぐらを口にくわえ、とびすさる。
地面が赤々と燃えていた。
木の陰からキメラが姿を現す。
キメラ「オレの火炎を避けるとは、スライムにしちゃあなかなか素早いじゃねえか」
いたずらもぐら「スコップ!!!」
スライム「ちょっと黙ってて。せっかく危ないと思って助けたんだから」
スライム「きみに話があるんだ」
キメラ「話? ふん、あらかた住み処を寄越せっていうんだろ。その人間たちも同じだ」
ドラキー「この骨おいしそうだね」
ももんじゃ「食うなよ? 腹壊すぞ」
キメラ(…緊張感ねえなこいつら)
スライム「まあ聞いてくれ。俺たちは魔王を倒したいんだ」
キメラ「…魔王を倒す? おまえらみたいな下級のモンスターが?」
スライム「ああ。今はこれだけしかいないが、魔王を嫌うモンスターを集めて一つの勢力をつくりたい」
キメラ「無謀だ。無理だ。敵いっこないさ」
スライム「それはどうかな? きみだって、魔王を嫌うモンスターの一体だろ?」
キメラ「それは…」
スライム「魔王の勢力が強まるにつれて、人間が新たな地を求めて移動する。この骨もそんな人間たちの成れの果てだろう?」
キメラ「……」
スライム「魔王を倒せば、人間があちこちを彷徨ってここに迷い込むこともない。たとえ倒せなくても、俺たちだけの土地を根城にすればいいんだ」
キメラ「それにしたって…いや、魔王を倒すことが目的ではなく、魔王から独立することが重要なのか」
ももんじゃ「俺のクッキー食うなよ!」
ドラキー「ケチくさいこと言わないでくださいよ!」
スライム「嫌なら途中で抜けても構わないんだ、来るだけ来てみないか」
キメラ「…わかった。オレの命をお前に預けよう」
スライム「そこまでしなくてもいいけど…」
キメラが仲間になった!!
キメラ「他の奴らにも話をつけてくる」
その頃魔王の城では……
ドラゴン「見栄えが悪い。作り直し」
料理人「そ、そんな。作り直すのもう20回目です!」
ドラゴン「だからなんだ。大地の覇者たる魔王様が食されるのだぞ。見た目、味、栄養。そのどれか一つでも欠けていたら、魔王様に失礼であろうが!」
料理人「ひいい…」
ドラゴン「まったく。これはこちらで廃棄しておくからな」
ドラゴン「……行ったか?」
ドラゴン「もぐもぐ…うっめ! めっちゃうっめ!」
キメラ「こちらからは20体ほど出すことになった」
ももんじゃ「キメラ20体か。空中戦が心強いな」
スライム「よし、次は…」
キメラ「ここからだと湖が近いな」
スライム「そこには何がいるんだ?」
キメラ「少々、性格に難のある奴がいるぜ。交渉はあんたに任せるがな」
――湖――
湖面を光が奔る。深く澄んだ巨大な青がスライムたちの眼前にあった。
スライム「綺麗だな」
ももんじゃ「疲れた…」
ドラキー「水おいしい!」
キメラ「おい、気をつけろよ。引きずり込まれるぞ」
ドラキー「引きずり込まれるって、だれに――うわっ!?」
スライム「ドラキー!? くそっ!」
湖のなかに消えていくドラキーを追おうとしたスライムを、キメラが止める。
キメラ「まあ待て。すぐに戻ってくるさ」
スライム「戻ってくるって、なにを悠長な…」
瞬間、しぶきを上げて何者かが襲い掛かってきた!!!
ガニラス「……私の眠りを妨げるのは貴様らか」
スライム「…ガニラス? なんだ、あまり強そうでは――」
ガニラスの攻撃!!
痛恨の一撃!!
スライムに50のダメージ!!
スライム「ぐはっ!?」
キメラ「だから言ったのに」
スライム「いってえ…」
ガニラス「邪魔者は叩き潰す。私こそが正義。私の安眠こそが最大の優先事項」
キメラ「こいつを説得しようとしても無駄だよ」
ももんじゃ「話を聞かないタイプだな。頑張れよスライム」
スライム「ぬおっ!」
ガニラス「む、早いな」
スライム「喰らえ! ギガスラッシュ!」
スライムは強力な剣撃を繰り出した!
ガニラスに30のダメージ!
ももんじゃ「ギガスラッシュじゃないだろ、それ」
キメラ「どう見てもただの木の棒を振り下ろしただけだな」
スライム「う、うるさい!」
ガニラス「むん!」
スライム「てやっ!」
一進一退の攻防が続く。
分厚い鎧のような表皮を持つガニラスに対し、スライムは決定打を与えられない。
対するガニラスも、素早く動き回るスライムに攻撃が当たらない。
キメラ「首が痛い」
ももんじゃ「同意。スライム、もうちょっとゆっくり戦ってくれ」
スライム「無茶言うな!」
スライム「はあッ!」
ガニラス「ぬおっ!? む…無念…」
ガニラスを倒した!!
キメラ「ドラキーを返してもらおうか」
ガニラス「……わかった」
ガニラスは水の中からドラキーを引き揚げた。
ドラキー「」
ももんじゃ「ご冥福」
ガニラス「薬草がある。煎じて飲ませればじきに目を覚ます」
スライム「んで、かくかくしかじかなんだけどさ」
スライムは事の次第を話した。
ガニラス「それで、私たちにどうしろと」
スライム「ついてきてほしい。具体的に言えば、戦力と物資と拠点が欲しい」
ガニラス「まるで強盗だな」
スライム「魔王よりはマシだと思うがな。このあたりも大分荒らされたんだろう?」
ガニラス「……」
スライム「現実から目をそむけ、水の底で眠っているよりも、戦おうと思わないか」
ガニラス「…そうしよう。連れて行ってくれ」
スライム「よろしくな」
ドラキー「げほっ!?」
ももんじゃ「お、起きたか」
キメラ「今日はこのあたりで休むか」
――――
勇者「…なにかおかしくないか?」
僧侶「え? どうしました?」
魔法使い「そうね…魔物が出てこないというか…」
戦士「腹減った」
勇者「魔物の気配は確かにある。だが、攻撃してこない」
僧侶「ふむ、なにかありそうですね」
勇者「盗賊はどこに行った?」
魔法使い「さあ? 協調性ないし、一人で宝箱でも漁ってるんじゃないの?」
スライム「とりあえずこの一帯は支配下におさめたな」
キメラ「もともとそれほど強い奴らもいないしな…」
ももんじゃ「うれしいような悲しいような」
ガニラス「これ以上進むのなら、相応の覚悟が必要だぞ」
スライム「ああ。きつい旅になるだろうな」
――――――
その後もスライムたちは転戦を繰り返し、徐々に支配圏を広げていった。
魔王の広大な勢力に比べればそれは微々たるものだったが、魔王を憎む者にとっては快事だった。
ゴーレム「我らも協力する」
キラーマシン「マオウ、イジメルカラキライ。スライム、オイルクレルカラスキ」
ひくいどり「火うめえwwwwwww」
――王の城・謁見の間――
王「冒険の途中に呼び出してすまんな」
勇者「いえ、お気になさらず。それで、ご用件は?」
王「うむ。おぬしたちも薄々感づいておろうが…」
勇者「魔物が妙な動きをしていることですか?」
王「さすがに話が早いな。彼奴らめ、今までにない行動を起こしておる」
勇者「魔物が群れることはあっても、たいていは同種族、同レベルで集団をつくるはず。それが、スライムからゴーレムまで一ヵ所に集まっている」
王「最近は貢物を届けたりしていたからか、魔王もおとなしかったが…」
勇者「捨て置けませんね。また侵攻してくるかもしれません」
王「しかし、いたずらに刺激すれば娘の命も危ない」
勇者「…申し訳ありません、勇者でありながら不甲斐なく思います」
王「いやいや、おぬしはようやってくれている。…それでは、この件については任せてもいいかの」
勇者「承りました」
――宿屋――
盗賊「んで? アタシに潜入して来いって?」
勇者「もしかしたら…と思ってな」
盗賊「どういうことよ」
勇者「情報を集めると、あの界隈…おかしなスライムがいるところだけ、戦闘が起きていない。人間がしかけても、適当に追い返す程度で、殺したりしていない」
盗賊「……」
勇者「まさかとは思うが…」
盗賊「魔王の下についているはずの魔物が離反したってこと?」
勇者「そう思わないと、説明がつかないんだ。王には万が一の時の攻撃準備もあったからあんな風に言ったがな」
盗賊「んじゃ、アタシはそのスライムたちの様子を探ってくればいいわけね」
勇者「ああ、頼んだ」
盗賊「捨て駒かあ…アタシがいなくなっても、世界を救うはずの勇者サマがいなくなるのに比べたらかわいいもんだよね」
勇者「…そう言うなよ」
盗賊「冗談よ」
勇者「あとこれを渡しておく」
盗賊「勇者の印?」
勇者「それを見せれば、あちらもわかるだろう」
盗賊「魔物と手を組むのも戦争するのもアタシ次第なわけかあ、責任重大だわ」
勇者「あくまで非公式のことだ。内密にな」
盗賊「あいよ。行ってきます」
おおきづち「だれか来たよ」
スライム「ん?」
キメラ「人間だな。追っ払うか?」
スライム「いや待て、あれは…」
盗賊「やっほーい」
ももんじゃ「美人だ! 足なげえ! スタイル良い!」
スライム「……」
盗賊「きみがここの頭領かな?」
スライム「ああ。あんたは?」
盗賊「じゃーん」
スライム「勇者の印か…。ついにこのときが来たんだな」
――魔王の城――
グラコス「魔王様、よろしいですか」
魔王「ん? どうした?」
グラコス「一部、魔物どもが言うことを聞かない地域があるようです」
魔王「ほう」
グラコス「攻撃し、魔王様の怖さを教えてやったほうがよろしいかと」
魔王「……グラコス、お前に任せた」
グラコス「はっ。不肖グラコス出陣いたします!」
魔王「…ふっ、自分が戦いたいだけだろうが」
ドラゴン「大丈夫でしょうかね」
魔王「負けて帰ったらスープにしてやろう。うははははは!」
――――――
スライム「俺たちは魔王を倒したい」
盗賊「私たち人間もよ。できれば、魔王の居城の構造や戦力についても知りたい」
スライム「ならば、この条件を飲んでくれるか」
盗賊「聞くだけ聞いておくわ」
スライム「不可侵。魔物の中にも争いを嫌う者はいる。むろん、人間限定の場合もあるが」
盗賊「人間に、魔物を狩るなと?」
スライム「ああ。この土地だけでいい。たとえこの集団にいる者でも、この土地を離れたら攻撃しても構わん」
盗賊「んー…」
スライムは特に争いを嫌うわけでも好きなわけでもない。
ただ、魔物の中にも平和を好む者がいる。魔物にも家族がおり、集団の意識があり、守るべきものがある。
しかし力を持つ者とそうでない者がいる。
ドラゴンなどの強力な種族は自分たちだけで孤高を貫けるが、弱い魔物は一方的に迫害されるだけである。
人間から見れば彼らは悪鬼かもしれないが、魔物から見れば人間こそ悪鬼であった。
盗賊「今は手を組んで貴方たちが独立を勝ち取っても、数十年後は人間が約束を破るかもよ?」
スライム「そのときは…また新たな地を見つければいいさ」
数日後、王城にて調停式が行われた。
魔物側からはスライムとももんじゃが、人間側からは王と勇者が立った。
ももんじゃ「これであのへんは俺たちの住み処なんだな?」
勇者「そういうことになる。以後、人間はお前たちに手は出さん」
スライム「好奇と疑惑の視線がすさまじいな」
王「人間の本拠地たる我が王城に魔物が乗り込んでおるのだからのう、当然と言えば当然だ」
勇者「アークデーモンやボストロールなんかだったらこうはいかないだろうな」
ももんじゃ「俺のかわいらしさ満点の姿があってこそだな」
王(魔物にも話が分かる奴がおるんじゃのう…もっと早くに知っておくべきであったわ)
大臣「まさか、王自ら臨まれるとは」
王「礼を尽くさねばな。たかが魔物、されど魔物だ。なにより彼らは魔王討伐の鍵」
勇者「魔物のことは魔物に聞いたほうがよかったですね。さすがに質のいい情報が手に入りました。領地くらい、魔王を倒すには安いもんです」
大臣「あちこちからせっつかれるのは私なんですけれどもね…」
スライム「人間のメシってうまいな」
ももんじゃ「キラーマシンとかに料理法覚えさせるか」
スライム「オイル買って行かないとな…」
スライムが食事を終えるころ、城外で兵士が慌てふためいていた。
王「何事じゃ?」
兵士「申し上げます! グラコス率いる魔物の集団が進撃してきている模様です!」
王「良い機会じゃ。スライム、準備は?」
スライム「ここに来るまでにあいつらには言ってあるよ。任せとけ」
勇者「迎え撃とう。今こそ団結を取るのだ!」
大臣「出陣準備開始!」
見晴らしの良い平原に、グラコスの軍勢は並んでいた。
グラコス「貴様ら、魔物の身でありながら魔王様に楯突くとはなんたることだ!」
スライム「魔王につくのはもうやめだ。俺たちは魔王を憎んでいる。あとは戦うしかない」
グラコス「ぬうう…反逆者め、血祭りにあげてくれるわ!」
勇者「開戦だ!」
魔物には戦術戦略の概念がない。
圧倒的なパワーで敵をねじ伏せるのみである。
ギガンテスの振り回す棍棒が兵士の頭を割り、脳髄を飛び出させる。
しにがみきぞくのランスが騎兵を馬ごと貫く。
歩兵が集団でどぐう戦士に絡み付き、容赦なく剣を突き刺す。
隊列を組んだ騎兵が一気呵成に魔物を打ち崩していく。
グラコス「ぬおおおおお!」
グラコスはやたらめったらに槍を振り回し、人間を吹っ飛ばす。
盾を構え、包囲を狭まる歩兵の集団に対し、
グラコス「マヒャド!」
広範囲を魔力を込めた氷雪で攻撃しようとしたが――
スライム「ギガスラッシュ!」
グラコス「ごふぁっ!!」
呪文詠唱の隙を突かれ、呆気なく敗死した。
――魔王の城――
ドラゴン「報告いたします。グラコスがやられました」
魔王「まあ、そうだろうな」
ドラゴン「勢いに乗ってこちらへ進軍してくるようですが…」
魔王「ふははははは。よいよい。相手をしてやろう」
ドラゴン「と、いうと…」
魔王「この城に来るまで、手出しは無用よ。全軍を持って盛大にぶつかろうではないか」
魔王「祭りの用意をせよ。うは、うははは…うはははは」
ドラゴン「……」
――――――
勇者「静かだな」
スライム「おいおい、魔王の本拠に近づいちまうぞ」
ドラキー「全然、魔物が出てこない…」
ももんじゃ「そのカレーパン半分くれよ」
戦士「お前のメロンパンと半分こな」
スライム(と離反した魔物たち)・人間の連合軍はとうとう魔王の城に着いた。
城は毒の沼と鬱蒼とした森林に囲まれ、野獣の鳴き声がどこからともなく響く。空は赤く燃え、大地は腐肉のように異臭を放ち、思い出すかのようにびくびくと蠢いている。
奇々怪々たる光景であった。
戦士「持ってきた食料がほとんど腐っちまった…」
魔法使い「瘴気に当てられたのね…もう引き返すこともできないわ」
僧侶「行きましょう」
盗賊「お宝たくさん見つけなきゃ♪」
勇者「いざ!」
城は荒れ果てていた。
だれかが住んでいた痕跡などどこにもない。
盗賊「魔物の巣にしても、汚れすぎ…」
僧侶「魔王が住んでいるくらいですから、もっと華美なのかと思いましたが…」
スライム「おかしいな。魔王は贅沢な…ん?」
スライムが異変に気付く。
床が、脈動していた。
兵士「うわあああッ!?」
兵士「たっ…たすけ」
そして彼らは見た。壁が、床が、天井が……人間を喰らうところを。
ももんじゃ「な、なんだこれ!?」
スライム「違う…城に魔王がいるんじゃない…この城自体がが魔王なんだ」
勇者「な――なにを馬鹿な」
魔法使い「でも、この魔力は…」
《うはははははははははははははははは》
スライム「うおっ!?」
脳髄を凍りつかせるような、不気味な声。
勇者「おい、脱出するぞ!」
敵中どころか、敵の腹の中である。勇者は一時撤退を決め、脱出しようとしたが……。
無情にも扉は閉められ、窓の類も粘膜を覆った肉壁に変わる。
魔法使い「ひい……」
盗賊「アタシたち魔王に食べられちゃうの!? やだ! まだ勇者とキスもしてないのにいいいい」
《あひゃうほほ、うひゃはやひょひょあははははははは》
城全体が、うねうねと蠢く一つの巨大な肉の固まりになる。
醜く開いた口吻から土を吸い、空気を飲み、天と地の間にあるすべてのものを飲み込んでいく。
それはまさに暴食の魔王であった。
スライム「クソッ、ここまできて食われてお終いだなんて…」
ドラキー「死にたくないいいい」
おおきづち「もう、ダメなのかな…」
キメラ「なんてことだ…チクショウ……」
勇者「俺には勇者なんて無理だったのかな……」
魔法は吸い込まれ、剣で裂いても肉の壁は瞬時に再生する。
為す術なし、と思われたが――。
爛れた肉の壁に亀裂が入る。
そこから現れたのは……。
いたずらもぐら「スコップ!!!!!!!!!」
スライム「いたずらもぐらああああああ」
ももんじゃ「よくやったあああああああ」
いたずらもぐら「スコップ///」
勇者「この魔物は……」
魔法使い「いったん、外に逃げましょう!」
僧侶「ルーラ…は使えないですよね」
《うびゃびゃべぼぼぼっぼぼぼっぼおんん》
スライム「うげ、吐きながら暴れまくってる」
盗賊「もしかして…外部からのダメージには弱いのかな?」
勇者「そうか、だから…ならば! ギガデイン!」
ももんじゃ「ヒャド!」
ドラキー「メラ!」
スライム「ギガスラッシュ! まじんぎり! せいしんとういつ!」
《うごあ……ごはははは…ぎ………》
スライム「とどめだ! ばくれつけん!」
ダメージの許容量を超え、肉塊が爆散する。
血飛沫が舞い上がり、天空を朱に染める。
勇者「やった……のか?」
僧侶「邪悪な気は消えました…」
ガニラス「食われていたものも…見ろ、まだ息がある」
魔法使い「よかった…」
僧侶「食べたというよりも、エネルギーを吸ったような感じですね。とりあえず……ベホマズン!!」
兵士「あう……」
兵士「…ん?」
スライム「終わったのか…なんか実感がないな」
勇者「帰ろう。凱旋すれば、実感が湧くさ」
戦士「この肉、食えないかな」
ももんじゃ「腹壊すってレベルじゃねーぞ!」
スライム「おーい、こっちも頼む」
僧侶「はい。……って、この方は」
勇者「ひ、姫様!?」
僧侶「…気を失っているようですね。生命に別条はありません」
盗賊「……」
勇者「よかった……嗚呼…姫様…」
魔法使い「……んんッ、ごほん」
盗賊「……チッ」
ももんじゃ(メスって人間も魔物も同じように怖いんだなあ…)
――王の城――
王「魔王を倒し、わが娘をよくぞ取り返してくれた!」
勇者「彼らの力があってこそです」
スライム「ていうか俺がとどめ刺したからな。仇は取れたから別にいいけどさ」
王「うむうむ、よくやってくれた」
勇者とその仲間たち、協力した魔物たちも伝説となった。
暴食の魔王は倒れ、人々は末永く幸せに暮らし、魔物も平和を謳歌する時代が来た。
ドラゴン「……これが、その魔王様の核だよ」
ドラゴンキッズ「すげー! かっこいい!」
ドラゴン「……お前も、いつかは魔王様の側近になれるように努力するんだよ」
ドラゴンキッズ「うん!」
ドラゴン(それにしても、あのスライムといたずらもぐらは……)
竜王「魔王がやられたか……」
悪魔神官「さようでございますな」
竜王「でくのぼうの食いしん坊めが、調子に乗りおって」
悪魔神官「いいですねえ、下界は。あたたかそうです」
竜王「ふん。わしだって封印が解ければ…」
悪魔神官(チョコパフェ食べたいなあ)
完
コメントをかく