某大型掲示板などで公開されたSSのまとめ、たまに2ちゃんスレもなWiki

幸せか不幸せかなんていうのは所詮、個人の主観によって変わってくるものであって、

それを定義しようとするなんてことは途方も無く無謀で、とてつもなく無駄なことだと思う。

例えば俺は朝から同居人に咬み付かれたり、登校中に不意打ちで電撃を放ってくる中学生と遭遇するなんていう、いかにも不幸な目にあったりしたところで、

友人達は「幸せ者やなぁ」などとその細い目をさらに細くして羨ましがったり「裁かれるにゃー」とサングラスで隠された瞳に殺意を宿らせたりする。

「だったら代わってくれ」なんて言った所で友人達はやれフラグだの、やれカミやん属性だのとよく分からない単語と共に怒りのオーラを放ってくるのだ。

まぁ何が言いたいのかというと、人によって状況の受け止め方、感じ方は様々だということで、さらに言えばそれは別に幸福や不幸だけではないということ。

食べ物に好き嫌いがあるように、人間に好き嫌いがあるように。それは人間として当然のことだ。

共に腐っていきたい。共に古傷を開きあいたい。共に痛みは他人に押し付けたい。

きっとこんな事を常に思っているのはあの大嘘憑き位のもので、

普通なる俺としては腐っていくなら止めたいし、古傷が開いたら手当てをしたいし、痛みは一緒に乗り越えたいと思う。

きっとこんなことを言えば大嘘憑きはお得意の詭弁で捲くし立てるのだろうが、生憎と俺は物分りの悪いオチコボレ高校生なので落ち込みはせよ、反論はできないにせよ

自身の行き方を変えるつもりは無い。

変らないものなど存在しないという言葉はよく耳にするが、変わらないものは存在すると俺は持論を持っていたりする。

それは一体なんなのか、と問質されれば上手いこと話すことはできないのだが。

論より証拠、とでも言えば良いのか。あの事件から二週間が経ち、人吉先生を始め自分の過去を色々聞いた今でも上条当麻は上条当麻のままで、相も変わらず不幸体質はそのままで。

インデックスには咬み付かれるし、財布は落とすし、同級生には頭突きされるし、特売は買えないし、

補習は受けさせられるし、スキルアウトには絡まれるし、ビリビリ中学生には追い掛け回されるし、厄介事が向こうから手を振ってやってくる。

とにかくちょっとやそっとでは人間は変わらないし代わらないのだ。

だから俺は俺のままで死ぬまで生きていくのだろうと思っていた。

例え一度死んだ身だろうが、厄介ごとに巻き込まれていようが、自分がとんでもない過負荷(マイナス)を抱えていようが、これまで通り生きていくのだろうと思っていた。

俺と一方通行と御坂美琴という少し変わった面子であの研究所を訪れ――

死んだはずの大嘘憑き、球磨川禊と三度目の再開。いや、正確には四度目の再開を果たすまでは。

だからこれは俺の「変化」についての後日談。起承転結の結の後に続いてはいけない起の話だ。

予め言っておくとこの話はバッドエンド。全てを終える頃には全てが台無しになってしまう。そんな後日談。

それでもよければ、どうか聞いてほしい。















後日談・幻想殺しの場合










「よぉーカミやん」

教室へ入ると陽気な声で挨拶をする青髪が教壇に腰をかけていた。

当たり前だが校舎は崩壊などしていなく、他のクラスメイトたちも登校しておりいつも通りの光景が目の間に広がっていた。

「土御門は?」

「今日は用事があるにゃー、やと」

「そうか」

もう一人の友人の姿が見えなかったので確認をしてみるとどうやら登校すらしていないようだ。恐らくはあの事件の後処理、そんなところだろう。

あの事件がとりあえず終結した後日、俺、青髪、土御門、姫神、人吉先生という面子で話し合いが行われた。議題は勿論、球磨川禊について。

話し合いは青髪、姫神の両者が土御門へ謝罪をするところから始まった。

特に姫神の謝り方は凄まじく、「お前そんなテンションできんのかよ」と思わず突っ込んでしまうほど。

当の土御門は顔色一つ変えず「まぁ想定の範囲内だったからにゃー。気にすることは無いぜよ」と不敵な笑みを浮かべて二人を許した。

どうにもやっぱりこの男はどこか含みのある言い回しを好むようだ。

土御門の事情を知る俺や、事情を知ってしまえる青髪はその言葉で土御門は自分なりの役割を終えたのだろうと理解した。食えない奴め。

その後の話し合いはなんというか、消化試合とでも言うのか、どこぞの軽音部よろしく人吉先生が持参したティーセットでお菓子を摘みながら行われた。

そんなわけで、あの事件は一応の解決をみた。

ちなみに人吉先生は久しぶりに訪れる学園都市を観光するだとかで近くのホテルに拠点を構えている。子を持つ身ながらご自由なことだ。

というか、あの容姿であの年齢はないだろう。ウチの担任である小萌先生とも知り合いみたい(先輩後輩の仲らしい)だし、やはり類は友を呼んでしまうのだろうか。

「うーん、平和だなぁ」

思わずそんなことを呟いてしまう。

「なんやぁカミやん。いつもなら不幸だーとか叫んどるのに」

俺の言葉にニヤニヤしながら言う青髪。

「姫神もなんとか能力を抑えてるみたいだし、土御門の傷もたいしたことなかったし、妹達……あぁお前には隠す必要は無いな。妹達も全員無事だしな。これ以上望むのは文武不相応ですよ」

「そんなもんかいな」

「そんなもんだよ。まぁ心残りはあるんだけどな」

心残り。それは球磨川と交わした約束が果たされていないこと。いや一つは守られているのだが、もう一つはやはり実行されてはいない。

というよりも「俺たちの前に現れない」という約束と「全てを元通りにしろ」という約束が前者だけ守られたところから考えるに、やはりあの男は死んでしまったのだろう。

死者は何も語らない。

いくら他人の死をなかったことにできる力を持っていた所で、その術者が死んでしまえば使うことはできない。

「あ、そうやカミやん。放課後でええから人吉センセがホテルに来て欲しいんやと」

「そうなのか?同居人は食事の作り起きしておいたから大丈夫だけど、俺今日はちょっと用事があるんだよなぁ」

ふと思い出したように言う青髪は、どこと無く眉間に皴が寄っているように見えた。

「なに言うてんねん!人吉センセから直々のご指名やぞ!ボクがカミやんやったら今すぐにでも飛んでいくわ!」

まったくこれやからフラグ体質の男は、となにやらブツブツ呟いている青髪。

「ま、まぁその用事も少し遅い持間だから、先に人吉先生のところへ行くようにしますよ」

青髪から滲み出る怒りのオーラを感じ取った俺は、その場を取り繕うために取り合えず首を縦に振った。

まぁ実際、一方通行達との約束は完全下校時間過ぎてからだし、問題は無いだろう。

「ホント、幾らかそのフラグ建築能力をボクにも分けて欲しいわぁ」

「お前が何を言っているのか理解できないんですが……」

俺がその言葉を言った途端、教室の至る所から舌打ちが聞こえた。まずい多分これで目を向けたら俺はヤラレル。

「……でもカミやんはこれからも厄介ごとに巻き込まれるみたいやし?それで勘弁したるわ」

青髪のその言葉には先ほどまでのふざけた様子は無く、真剣な口調だった。

「大変やで、カミやん。ボクが言ったこと覚えてるやろ?」

俺は二つの単語を思い出した。

「代用可能理論と時間収歛理論……だったけか」

「その通り。よぉ覚えとったなぁ、褒めてあげるわ」

「茶化すなよ」

起こるべく出来事は回避したところで必ず起こるし、物事には必ず代わりが用意されている。

「今回、球磨川さんがカミやんと関わったことで本来起こるべき出来事が全部後回しになったんや。だからこれから一気にそれが起こると考えてもええ」

青髪は言葉を続ける。

「平行世界の過半数を占める割合で同じ事件が発生しよる」

「勿論、カミやんはその渦中にいてるよ。当然、多少のズレはこの世界では起こるからその通りに事が進むとは限らんけどな、十中八九カミやんはまた巻き込まれるで」

この世界と平行して存在する世界を自由に覗くことができる青髪は、きっとこれから起こるであろう事件の内容を把握しているのだろう。

「だったら手伝ってくれ……って訳にはいかねえか」

「うん。それは無理や」

あっさりと切り捨てられた。

「あん時……話し合いの場でも言うたけどな」

青髪は語る。

「これから起こる出来事にボクは関わってはいけないんや。他の世界でボクはカミやんのクラスメイト。ただそれが役割やからな」

「今回こうして関わっただけでもイレギュラー」

「そうや。だからボクが関わったところで事件は解決できるかも知れんけど、それがこの世界にどんな影響を及ぼすのかが分からんからな」

つまり、青髪はクラスメイトとして、上条当麻の親友というのが与えられた役割なのだ。事件に加わってはいけない存在。

「だからこれからも、これまで通りの青髪ピアスをヨロシクってことや。それにな」

そう言って右手を差し出す青髪。

コイツはこう言って協力をしない理由付けをしたが、実際のところもう一つ理由がある。

平行世界をこの世界に反映できる強力な能力を使用すれば、いずれどこかの世界は崩壊してしまう、と青髪は言っていた。

ならば青髪は今まで通りその能力を使わないだろう。例え自分が死ぬような目にあったとしても。

それでも、あの時俺を止めるためにコイツは能力を使ってくれた。

その覚悟がどれだけのものか俺には想像もできないが、俺の為に使ってくれたという点で感謝をしている。

俺は青髪の手を握る。握手の形だった。

そして青髪は不適に笑いこう言った。

「ヒーローは自分の力で未来を切り開くもんなんやで」

まったく、俺の親友はどこまでもふざけてやがる。

学校が終わり、俺を呼び出した人物に会うために高級ホテルへと向かい、現在その人物が居る部屋の前に居る。

とりあえずノックをしたところ、入室許可が下りたのでドアを開く。(オートロック式だがどうやら解除してあったらしい)

「失礼しま……す?」

「いらっしゃい」

「…………」

あ、ありのまま今起こったことを話すぜ!

学園都市でも随一である高級ホテルの一室に入ったらバスローブ姿の幼女が待っていた。

な、何を言ってるのか、わからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった……

頭がどうにかなりそうだった……

平衡戦場だとか大嘘憑きだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。

もっと恐ろしいもの(合法ロリ)の片鱗を味わったぜ……

「なにポレナレフがDIOのスタンド攻撃を初めて食らったときみたいな顔してるのよ」

「は!」

バスローブ幼女こと人吉瞳先生(41歳)の声で自我を取り戻すことができた。

いやいや、だってバスローブ姿の幼女ですよ?ロリコンではない上条さんはいささか理解に苦しむ光景ですよ。

これで青髪なんかが居たら、えらい事になってた気がする。

「と、とりあえず着替えたらどうですか?」

「んー。面倒くさいからこのままでいいわよ。別に問題は無いでしょ」

「いや、上条さんの目のやり場的な意味で問題があるんですが……」

俺の抗議などに聞く耳は持っていないようで、人吉先生は部屋の中央にあるキングサイズのベットに腰を下ろし、

向かいにあるもう一つのベットに座るよう俺を促した。

服装についてはこの段階で諦めた俺は素直にベットに腰掛けた。

「で、なんで俺を呼び出したんですか?」

単刀直入に呼ばれた理由を問う。

人吉先生はその言葉を聞きベットの脇においてあったランドセル(なぜランドセルなのかはもう突っ込まない)から分厚い書類を取り出し、それを俺に渡す。

「カルテ……ですか?」

「うん、上条君の」

目を通すと確かに俺のカルテのコピーで、一番新しいカルテから順に揃えられていた。

その中でも記憶喪失(破壊)に関するカルテは含まれていない所から考えると、どうやらあの医師が人吉先生に渡したのだろう。

「ははは……こうやって見ると、途轍もない量ですね……ん?」

苦笑いしながらカルテを眺めていくと、記憶喪失以前のカルテが現れてきた。

まぁそれは大した内容ではなかったのだが、最後のカルテを見た瞬間、俺の手は止まった。

なぜならそのカルテだけが十二年前という表記だったからだ。

「これは……」

じっくりとカルテを眺めるとそこには箱庭総合病院というどこかで聞いた病院で記載されており、担当医は目の前の人吉先生になっていた。

「そう。それは私が書いたカルテ。といっても十二年前の事だからもう覚えてないでしょうけどね」

人吉先生は単純に物心つく前という意味合いで言ったのだろうが、十二年前どころかインデックスの件以前のことは何も覚えていない俺にとっては、記憶の中にあるはずも無い。

「……異常(アブノーマル)な子供達を検査する病院だったのよ」

重々しい口調で話す人吉先生。

「異常(アブノーマル)……ですか?」

「フラスコ計画って言ってね、とある高校の理事会が中心となって人間を完成させる計画があるのよ。この学園都市も一枚どころか中枢に絡んでるんだけど」

「ようは異常……天才と呼んだほうが分かり易いかしら?とにかく天才がなぜ天才たるかを解き明かし、人為的に天才を造り出すことを目標にしてるわけ」

「その為には大量のサンプルが必要で、そうやってあの手この手で異常な子供達の情報を集めてたの」

人吉先生は俺が持っているカルテを指差しながら、どこか疲れたような表情を見せる。

「もう理解しちゃったと思うけど、上条君もその対象だったのよ」

しっかりと俺を見据えて喋る人吉先生に瞳は奪われ、目を逸らす事が出来ない。

「で、でも……俺は天才なんかじゃないですよ!頭だって悪いし」

「幻想殺し」

まるで言い訳をするように話す俺を立った一言で黙らせる。そう、そんなことは俺だって分かっていた。異常な子供を集めているというのなら、この右手は異常すぎるほど異常なのだ。

「別に天才ってのは勉学に優れている、って意味じゃないわ。とにかく通常の人間とは違う何かを持っている人間って意味でのセグメンテーション。そう考えると異常に不幸な貴方の体質を危惧したご両親がこの病院へ預けるのは無理も無いわ」

「実際、その原因は右手にあったわけだしね」と今度は俺の右手を指差す。

「……確か、青髪もその病院に」

「通院してたわ。球磨川君もね」

球磨川、という単語にピクッと反応してしまう。

「その時は異常っていう括りしかなかったけど、過負荷……負能力者ってカテゴリができた今は青髪君も球磨川君もそこに分類されるわ、勿論、当時の貴方もね」

「……今は違うってことですか?」

当時、と人吉先生は言った。それはすなわち現在は違うということ。

「ええ、今の貴方は過負荷なんかじゃないわ。青髪君もね。過負荷だとかそういったのは様は心構えの違いよ」

「はぁ……」

その言葉に幾分か安心すると同時に胸の奥で何かが引っかかっている感覚を覚えた。

何かが、俺を呼んでいるような。

「今回呼んだのはこれを伝えたかっただけよ」

「そうなんですか?」

「あの上条君が今はこうやって立派に生きているだけでオバサンは感動してるのよ」

「もう大丈夫だとは思うけど一応こうやって自分の過去を知っておけば過負荷に落ちることはないと思うし」

だからこれまで通り生きてね、と親指を立ててエールを送ってくれた。

その後は先生の息子の話(どうやら面識があるようだが当然覚えていない)だったり、息子さんが必死に守ろうとしている少女の話だったりで時間が流れた。

そして気がつけば一方通行達との約束の時間が近づいていた。

「あ、すいません。俺ちょっと用事が」

「あら?用事があったの?ゴメンね長話しちゃって」

「いえいえ、とっても楽しかったですよ」

言いながら俺はベットから立ち上がり部屋を後にしようとする。

そして一度振り返り最後に質問を先生に投げかけた。

なぜこんな事を聞いたのか分からない。胸の奥に居る何かが、そうさせたのかもしれない。

「俺の過去は、本当にそれだけですか?」

俺の質問に目を開き驚いた人吉先生だったが、直ぐにいつもの笑顔を浮かべてこう言った。

「ええ、全部よ」

その言葉を聞くと、俺は「失礼します」と呟いて部屋を後にした。

帰りのエレベーターの中、独りになった俺はふと一つの言葉を呟いた。

それは誰に対して言った言葉なのかは分からない。

ただその言葉は冷たくエレベーター内に溶けていった。

『嘘つけ』

待ち合わせ場所はあの研究所から歩いて数分の所で営業しているコンビニで、結果として俺が一番遅く到着した。

予定していた集合時間より五分早く到着したというのに、何故か俺が遅刻をしたような雰囲気が流れるが、誰一人言葉を発しない。

一方通行、御坂、御坂妹、そして俺こと上条当麻を含めた四名。これが今回あの研究所へ向かうメンバー。

研究所、いや実際には研究所跡と呼称した方が正しいだろう。事件後に何度か足を運んでいるが崩壊したまま放置されているのだ。

「……行くぞォ」

一方通行がそう呟くと、返答も待たずさっさと歩きだした。

カツカツカツと杖独特のリズムを奏でながら。

一方通行の後ろに俺たちは何も言わずついていく。

今回の企画は一方通行から持ちかけられたもので「自分の目で最後の確認をし、それでも何もなかったらこの件は完全に完結」という趣旨らしい。

突然の一方通行からの連絡にも驚いたし、提案内容にも驚いたし、なによりそのメンバーの中に御坂が含まれていたのが驚きだった。

当然というか、やはりというか御坂への連絡は俺からとった。(道端でエンカウントした時)

絶対に拒否されるだろうと思っていたのだが、「いいわよ」とまさかの返事を貰いずいぶん困惑した覚えがある。

あの御坂が、あの一方通行との同行を許容する。

俺が困惑するには十分な理由だった。

さらに言えば御坂妹(正式名称はミサカ10032号だが、俺はそう呼んでいる)も9982号の代理という形だがこの場にいる事も驚きだ。

きっとあの事件で思うところもあるのだろうし、また違った理由でここに居るのかもしれない。

仲良きことは素晴らしきかな。とまではいかないが、どうやら争いは起こっていないらしい。

それでもこの雰囲気は耐え難いものなのだが。

結局、俺達は目的地に到着するまで一言も喋らなかった。喋れなかった。

「なっ……」

「なンだァ?」

「なによ……これ……」

「これはいったい……」

研究所跡、いや研究所を見て四者四様の声を上げる。

共通点は全員が全員目の前の光景に驚愕しているということだった。

開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。なんせ崩壊したはずの研究所が元通りに戻っているのだ。

当然、再び建設された訳ではない。仮に建設される予定があったとしてもこの規模の建造物はこうも早く建つはずがない。

以前からあったように、まるで崩壊などなかったように。

悪夢の象徴はそこにあったのである。

「ふっざけンなァァアア!」

一方通行が叫びと共に研究所へ向けて走り出す。杖をついていないということは、能力を使用しているのだろう。

それはつまり戦闘体制に入った事を示していた。

「待ちなさい!」

「お姉様も静止してください!とミサカは走る二人を追いかけます!」

一方通行を追って御坂、御坂妹の二人も研究所へ向かって行った。

「お、おい!待て……」

俺も三人を追おうと走り出そうとした瞬間、背後から感じた気配に足を止めてしまった。

おぞましき気配を肌で感じる。

おぞましき過負荷(マイナス)を背後に感じる。

この押しつぶされる様な嫌悪感。

この押しのけられるような怠惰感。

振り向かなくても分かる。あの男が俺のすぐ後ろに居る。

きっと相変わらず屈託のない無邪気な邪気を含んだ笑みを浮かべているだろう。

研究所を元に戻す。いや、文字通り崩壊をなかったことにしたであろう張本人。

冷や汗が、頬を伝う。

身を震わすほどの恐怖を振りまきながら。

身を凍らすほどの悪意を滲み出しながら。

アイツはそこに立っている。

ドクン、と胸の奥が、脳の最下層が脈を打つ。

何かが、俺の中で、何かを言っている。

そして、アイツは声を発した。










『やぁ、上条ちゃん』











振り向くことは、できない。

振り返れば奴が、大嘘憑きが、最悪が立っているから。

――球磨川禊が立っているから。

『おーい。聞こえてるんだろう?無視は流石に傷つくなぁ』

『あ、でも振り向かないでね。『君たちの前に姿を現さない』っていう約束破っちゃうから、さ』

『一方ちゃん達が戻ってくるまでお喋りしようよ。上条ちゃん』

どこか楽しそうな声が背後から聞こえる。間違いない。球磨川の声だ。

「な、なんで生きてるんだよ……」

搾り出すように発した声は今にも消えてしまいそうだと自分でも分かるほどで、明らかに混乱している。

いや、混乱などという言葉では俺の心情は表しきれない。これは、混沌だ。

『えー、逆になんで僕が死んだと思ったんだい?』

「それは、あの時第四位が……」

――あぁ?なにめでたいこと言ってんだよ?アイツなら死んだよ。私が殺した

確かに、そう言っていた。そうでなくともあの崩壊した研究所からは死体は発見されなかった筈だ。

つまり、球磨川が生きていてはおかしい。

『ふぅん。麦野ちゃんがそう言ったんだー。まぁ間違いではないからね』

『ただ訂正しなきゃいけないよ。“球磨川禊は死んだけど生き返った”ってさ』

「生き返った……?」

とても理解できる言葉ではなかった。

『これは僕も知らなかったんだけど、どうやら死後にも大嘘憑きは発動できるみたいでね』

『ただ副作用というか、副産物というか、誤作動というかなんというか、ある女の子と会わなきゃいけないんだよ』

球磨川が、何を言っているのか、分からない。

わからない。

『っま、そんなことはどうでもいいんだ!今日こうやって上条ちゃんに会いに来たのは理由があるんだ』

『これはもう一つの約束を守ったよって報告。いやー思ったより時間がかかっちゃって……ごめんね』

俺は答えない。

『ほら、上条ちゃん言ったじゃないか「元に戻せ」って』

『だから殺しちゃったスキルアウトの子達や壊れた物をなかったことにするのが大変で大変で……』

『この苦労分かってくれるよね!』

他人を理解することはできないと言っておきながら、苦労を分かってくれるかと言い出す球磨川。

俺はまだその言葉の意味を理解しきっていなかった。

球磨川が関わった事を元に戻すという意味を。

「なにが、言いたい……」

辛うじて言葉を吐くことができた。拳も握ることができた。

球磨川がまた何か企んでいるというなら、再び止める覚悟もできた。

『スキルアウトの子は六人でしょー、研究所は大きいし疲れちゃったな』

『まぁそれだけなら良いんだけど、なんせ一万人以上の存在をなくさなきゃいけなかったしね』

……おい。今なんて言った?

一万人以上の存在をなくす?

一万人以上の存在を無くす?

一万人以上の存在を失くす?

一万人以上の存在を亡くす?

「お……お前……」

もう、ちゃんと声が出ているかすら怪しい。

喉は渇ききって、対照的に全身を濡らすほどの汗が滲む。

球磨川は、何を言っている?

『どうしたの上条ちゃん?僕はリクエスト通り動いただけだよ』

球磨川は変わらない口調で言葉を続ける。

『  カ    』

なにを

『ミ        な  し   』

なにをいっているんだ

『  大 嘘  』

わからない

『 約                  上  ん   ?』

なにもいえない

『    だ     』

なにもかんがえられない

『よ              !』

たのむから

『  え    だ        さ 』

たのむから

『       なかったことに』

たのむから

『ミサカちゃん達        』

嘘だといってくれ、大嘘憑き













『生き返らせたミサカちゃん達の存在をなかったことにしたのさ』













「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

気がつけば叫んでいた。

気がつけば振り向いていた。

気がつけば拳を振り上げていた。

気がつけば球磨川へ飛び掛っていた。

そして、気がつけば、倒されていた。

『おいおい、せっかく約束を守っていたのに上条ちゃんが破ったらいけないじゃないか』

『全部台無しだぜ?』

学ランのポケットへ手を突っ込んだまま済ました表情で俺を見下す球磨川。

その表情が、声が、仕草が、挙動が、すべてが腹立たしい。

「お前が……それを言うなぁぁあああ!!」

立ち上がり、再び殴りかかる。

もう説得をするなどという選択肢は、俺には、なかった。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

『相変わらず上条ちゃんは元気が良いね。なにか“悪いこと”でもあったのかい?』

『とりあえず、落ち着いて僕の話を聞きなよ!』

「っが!」

軽く足を払われただけで俺の体が宙を舞い、無様に地面へと叩きつけられる。

『よいしょ』

そしてうつ伏せ状態の俺の背に球磨川は腰を下ろすことによって身動きを拘束する。

必死に抵抗するが、動くことができない。

「お前、ここに来て……学園都市に来て何がしたかったんだよ!!」

俺にはコイツの真意が全く分からない。

『学園都市?』

『ああ、別に学園都市には用事なんてないよ。用があったのは上条ちゃん、君にだよ』

「俺……に……?」

言葉の意味が分からない。

俺が居るというだけで、ここまでの事を起こしたというのか?

『おかしいとは思わなかったのかい?僕の行動が、君に起こった偶然が』

球磨川は、語る。

『なんでミサカちゃん達を蘇らしたのか』

『なんで涙子ちゃんに過負荷を与えたのか』

『なんで風紀委員ちゃんと戦ったのか、まぁこれは偶然だけど』

『なんで上条ちゃんと接触したのか』

『なんで青髪ちゃんと上条ちゃんの居る高校へ転校したのか』

『なんで僕の行動が分からないようにログをなかった事にしなかったのか』

『なんでわざわざ君達の到着をのんびり研究所内で待っていたのか』



球磨川は語り続ける。

大嘘憑きは止まらない。

『偶然、一方ちゃんや美琴ちゃんが研究所に居たと思った?』

『偶然、あの日天井ちゃんが打ち止めちゃんの居場所を芳川さんに教えたと思った?』

『偶然、気を失ったのがC棟の調整室だと思った?』

『偶然、花飾りちゃんが調整室に向かったと思った?』

『偶然、僕が調整用のプログラムを花飾りちゃんへ渡したと思った?』

『偶然、涙子ちゃんと風紀委員ちゃんとミサカちゃんだけに攻撃したと思った?』

球磨川は一呼吸置き、こう言った。










『甘ぇよ』












『ねぇ上条ちゃん。君は本来ここに居てはいけない存在なんだよ』

『不幸体質、とか言ってるけどそれは自分だけで納まらなず、こうして僕みたいなのを呼んじゃってさ』

『言い換えれば僕がこんな事をしたのもぜーんぶ上条ちゃんのせいだからね』

『そうだ、人吉先生から話を聞いたんだろ?』

『どうせ「貴方は今、過負荷なんかじゃない」とか言われて安心したんじゃない?』

『安心したって事は裏を返せば、自分が過負荷だって自覚があると同義だよ』

『それに人吉先生は本当に上条ちゃんの過去を全部教えてくれたかい?』

球磨川の言葉に、再び俺の中で何かが脈を打つ。

『疫病神と呼ばれた過去』

『平気で他人を不幸に巻き込んでいた過去』

『他人の幻想を面白がって殺していた過去』

『投薬によって無理やり記憶を強制された過去』

『そして……』

ゆっくりと、俺の真実が明かされていく。

不思議とそれを聞くたびに鼓動が収まっていく。

『僕と親友だった過去をね』

「お前と親友だった……?」

記憶を失っている俺には確かめる術はないが、球磨川が嘘を言っているようには思えなかった。

散々嘘をつかれているというのに、なぜだかそう思ってしまった。

『僕は一度しかあの病院へ行かなかったけど、上条ちゃんとは意気投合してね。いつか一緒に遊びたいなって思ってたんだ』

『それが風の噂で更正したって聞いてね、とても信じれなかったよ』

『だからこうやって学園都市に来て確認したんだ。すると本当に善行を行っている君の姿をみちゃってね』

『そのとき僕は思ったんだ。間違った友達を導いてあげるのが親友としての僕の役目だって!』

『その為にこんな茶番を仕組んだって訳』

「…………」

黙って話を聞くしかなかった。

そしてこの後、問われるであろう質問に対し考えを張り巡らせる。

『おっと、一方ちゃん達が戻ってきたみたいだ。名残惜しいけど僕はこれで帰るね』

俺はなんて答えればいいのだろう。

『学園都市ともこれでお別れかぁ。寂しくなるな』

俺はどうやって受け入れればいいのだろう。

『さて、最後にあの時の答えを聞かせてね。垣根ちゃんのせいで聞き取れなかったんだ』

それは、研究所での一コマ。

俺はあの時なんて答えたんだっけ。

『上条ちゃん』

俺は。

『できれば僕とまた友達になってくれると嬉しいな』

俺は、俺は――




球磨川『学園都市?』15

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