【雪の絨毯】

2008/04/14(月) 03:04:21 ID:zdHTDee5


まだ朝の四時前。空は灰色に染まっており、そこから白銀の結晶が美しく舞いながら地面を銀世界に導い
ていた。白く染まった中庭を見渡せる部屋で雪女はアルバムを開いていた。
それにしても四月を迎えたというのに、この天気は異常だ。別に私が降らせたわけじゃない。でも、こう
いう日がいつだっけか、あった気がする。



遡ること、七年前。
それは奴良組 若頭 リクオが小学校に入学する日だった。この日も異例の雪の日で、町中が雪に覆われて
いた。
「雪女ぁー!早く行こうよぉー!」
可愛らしい声をあげているのはリクオ様。今日の入学式はお母様が出席するはずだったけど、風邪で行く
ことが出来ないようなので代わりに私が行くことになっていた。私の姿は人間でいう中学生程度。
姉ということなら問題ないでしょ。
「雪女ぁー!まだなのぉー?」
「はい、ただいま。」
玄関へ向かうと、黒いワンボタンスーツと黒い半ズボンで身を包んでるリクオ様。あまりの可愛さに思
わず抱き締めそうにになるが、そこはこらえる。
「じゃ、行こう!」
「はい、リクオ様。」
そう言うと彼は私の左手を小さな右手で掴み、私を引っ張るように歩き出した。よほどその学校というの
に行くのが楽しみなのね。そう思うと思わず笑みがこぼれた。



バス亭に向かう途中、雪女は彼女を引っ張るリクオの後ろ姿を見つめていた。
嗚呼、ついこの前まで赤ん坊だったリクオ様がこんなに大きくなられた。本当に人間の成長は早い。昔か
らリクオ様の世話役の私に無邪気な笑顔を見せてくれた。人間をここまで好きに、大切に思えたのは初め
てだった。彼の成長を見るのが私は楽しみで、今日はすごく特別な日だ。
そう思うと嬉しさが込み上げてくる。しかし、同時に大きな不安が浮かんできた。


いつまで、こうしていられる?私達、妖怪の寿命は人間の数倍にも及ぶ。人間のリクオ様と比べれば、私の
寿命は永すぎる。
そう、私にとって大切なリクオ様は確実に私なんかより先に逝ってしまうのだ。そんなこと痛いほど分か
っていた。それが妖怪と人間の違いなのだから。二人は同等に交わることなんて許されない運命なのだ。


そう思っていると、自然に涙が頬を濡らしていた。リクオはしっかりと握られていたはずの彼女の手の力
が緩むのを感じた。ふと後ろで振り向くと涙を流す彼女の姿。
「雪女、どうしたの?お腹でも痛いの?」
呼びかけられた言葉で彼女は我にかえった。
「な…なんでもありませんよ。リクオ様は気にしなくて結構ですから。」
笑顔を作り、彼女は儚い命に顔を向けた。涙を袖で拭い、止めてた足を進め始めた。まだ、同じことを考
えながら。


嫌だよ。
ずっと側にいたいよ。
貴方の側にいたいよ。
どうして駄目なの?
どうすればいいの?


「わぁ〜、雪女、見てよ!」
そう言われ下を向いていた彼女は顔を上げ、その光景に見とれてしまった。
真っ直ぐと伸びた道。その両側を同じ高さの木が平行に並んでいた。それぞれが雪で白く染まっており、
その光景は異次元の世界だった。
「綺麗だね〜、雪女!」
「…そうですね。あのリクオ様?」
「なに、雪女?」
「その…リクオ様は私が怖いですか?いつまでも同じ姿の私が。」
聞いてしまった。
気になってたけど怖くて聞けなかったことを。
「雪女がどんな姿でも、怖くなんかないよ!ずっと一緒にいるもん!これからだって、ず〜っと!」
「ずっと…一緒に?」
「そうだよ!いつまでも雪女とこうやって一緒に歩くんだ!」
彼の言葉を聞いて、彼女の目には溢れるくらいの涙が出ていた。


ずっと…一緒。
いつまでも…一緒。
そんなことありえないのに。
叶うはずなんかないのに。
心から安心するのは、なぜ?


「…雪女…やっぱり泣いてるの?」
「違いますよ。嬉しいんです。たまらなく嬉しいんです。」
「え…どうして?」
「リクオ様は今は知らなくて大丈夫ですよ、さ、行きましょうリクオ様。」
今度は引っ張られず、引っ張らずに並んで歩いた。


「あれから…七年か。」
全てを思い返し、雪女は外を見つめていた。
「雪女ぁ〜!一緒に行くんなら、早く行こうよ!遅刻しちゃうよ!」
そう呼ばれて私は急いで、制服を着て玄関へと向かった。少し大人っぽくなった彼のもとへ。
二人は特に話を交わさないまま歩き続け、あの時と同じ光景のあの道へと辿り着いた。
「うわ、すごい綺麗だね。」
「…リクオ様。手、繋ぎませんか?」
「…え?べ…別にいいけど。」
頬を赤くしながら、彼は傘を右手に持ちかえ、彼女に左手を差し出した。その左手の上に彼女は右手をそ
っと添えた。


時間の流れに逆らえず、いつか果てる儚い命。
大きすぎるその命の差により、交わることのない人間と妖怪。
記憶は薄れていき、いつかはなくなってしまう。
しかし、それを示し続けるのは、お互いの姿があるだけで十分なのかもしれない。
それが心というものだから。
2008年08月09日(土) 22:21:08 Modified by ID:vqJ/huhBhQ




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