漆黒

投稿日:2008/04/02(水) 00:07:21 ID:Z48oE76Q


【漆黒】

今宵の月はいつもより輝いて見えた。空がいつもより暗いからだろうか。そんな月と空の下で騒動は起きていた。
「だったら…人間なんてやめてやる!」
その一言。私は屋敷の中で聞いてしまった。思わず屋敷を飛び出しそうになった。
そんな…嫌だ!
私の大好きな若が!
私にとってかけがえのない若が!
若でなくなってしまうなんて…そんなの嫌だ!

不意に後ろの襖が開けられた。驚いて後ろを見ると、髪の長い人影があった。月明かりの逆光で、顔がよく見えない。
「雪女か…。何をしている?」
声を聞いて分かった。若だけど…若じゃない若だ。あぁ、私何言ってるんだろ。
「あ…お部屋の整頓を…。」
「…まぁ、いい。そこのタンスから、黒い着物をこちらに渡せ。」
「は…はい!」
いつもの若とは全然違う。口調から姿まで。
いつもの若なら、弾けるような笑顔を向けてくれるのに、今の若は無表情で氷みたいに冷たい雰囲気を漂わせている。雪の私が何を言ってるんだか。
自分の中で悲しい気持ちを紛らせながら、タンスを探った。奥の方から見つけた黒い着物は少しホコリをかぶっていた。そのホコリをはらうと…驚いた。先程の姿が嘘みたい。
ホコリをはらったその着物の色はまさしく漆黒。あまりの色に見とれてしまいそうになった。
「おい、何をしている。早くよこせ。」
そんな感情を吹っ飛ばす一言。あちゃー起こられた。
「どうぞ、若。」
「…ふむ。もうよいぞ。」
やっぱり冷たい。こんな若は嫌だよ。いつもの若に戻ってよ。胸がしめつけられるような…そんな気分がした。
さっさと軽くお辞儀をして部屋を後にしようとした。涙を見られたくなかったから。涙を隠すために顔を下げたまま立ち去ろうとした時。
「…待て。」
その一言で時間が止まったかと思った。


"待て。"
その一言が耳に入った時、時間が一瞬止まったかに思えた。ゆっくりと振り返ると漆黒に色付けられたの着物を羽織る若の姿。いつもと違う若の姿。
「…何ですか?」
そう尋ねると、彼は何も言わずに雪女の前に歩み寄ってきた。お互いの身長は普段は同じくらいなのに、変化した若の身長は少し伸びていて、頭一つ分大きい。
何も言わずに、雪女の目の前で佇むリクオ。上から見つめられ、雪女は少し赤面していた。
「あの…若?」
バッ!
雪女がそう言いかけると、若が彼女をいきなり自身の胸へと包み込んだ。
「ひゃっ!…わ…若!?」
いきなりと言っても優しい腕に抱かれ、何とも心地よい。若の心臓の鼓動が胸から伝わってきた。何だか、すごく心が安らぐ。
以前も当たり前のように、感じてたような…そんな感じがした。何だろう…この感じは。
「俺は…俺のままだ。安心しろ。」
耳元で囁かれた言葉。
嗚呼、そうだ。この感じ。思い出した。変化する前の若と一緒に居たときに感じてたのと一緒だ。彼の笑顔で、こんな気持ちにさせてもらってたっけ。
そうだ…若は何も変わってない。私の知ってる若のままだ。いつもの若が少し大人っぽくなっただけ。私の知ってる若は…私の大好きな若は変わらずに側にいてくれる。もう…それだけで十分。
「ありがとう…若様。」
「あぁ…。」
名残惜しさを感じつつ、二人は離れた。
そうか…貴方は私の気持ちに気付いてくれたんだね。
私を見ていてくれたんだね。だから、私を抱き締めてくれたんだね。
「行くぞ。」
「はい…リクオ様♪」
漆黒の着物が夜の背景と同化し、溶け込んでいく。
そんな貴方の後ろ姿を追っていく。
何も変わってない貴方の後ろ姿を追っていく。

THE END




【漆黒】おまけ


その後。
「まさか…四分の一…血を継いでるからって、一日の…四分の一しか、妖怪で…いられない…とか?」
………。
私の決意はどーすんのよぉぉぉ!
心の内を声に出しそうになった雪女だった。




2011年08月26日(金) 02:53:46 Modified by ID:YQO7mb6raw




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