※毛倡妓×邪魅


43 恋  sage 2009/05/11(月) 06:32:56 ID:s9G7iaiw
杯を交わしたリクオ様に付き従って生まれ育った海辺の町を離れてから十日が経過した。
お陰様で移り住んだ奴良家での暮らしにもだいぶ慣れて来た。正直新人いびりを覚悟していたのだがそのような事はなく、男からの恋文も送られなければ夜這いもされない。快適だ。
私は子供達の世話をまかされ彼らの面倒を見ている。時折木魚達磨様の囲碁のお相手を致す。勝った例しはない。
あの方は総大将と対戦なさりお負けになると私をお呼びになるようだ。勝つ事でお喜びになるのだ。失礼かもしれないがお可愛らしいと思う。

品子様に抱かねば死ぬと脅され手篭めにされた心の傷からだろう、未だ夜が怖い。眠ってしまえば済む事だろうが私は幽霊交じりである為かあまり眠る事がない。
私に懐いた子供達が一緒に寝てくれとせがんで来るようになってからはだいぶ楽になった。子というものは体が温かく眠る時も一生懸命だ。可愛い。
只一つ困っている事がある。毛倡妓なる女が私の体の冷たさに気づき、暑くなったと言っては私に抱きついて来るのだ。
私の体が冷たい理由は一重に人間だった頃冷たい海水に飲まれて溺死したからだろう。
「あー、涼しいー。リクオ様ったらいい人連れて来てくれたものだわ。」
「毛倡妓…。慎みを持て。」
「慎みって何?」
「……。」
姿を消す。毛倡妓の腕が空を掻き体が前のめりになる。いつもの事だ。全く懲りもせず。大体暑いのなら雪女に冷やしてもらえば良かろう。何故私なのだ。
そう思い以前質してみた所によれば雪女だと冷えすぎて腹が壊れるからだとか。周りはそんな事はない、お前は邪魅が好きなのだろうと囃す。その度に毛倡妓は言う。
「邪魅には木魚達磨様がいるわよ。」

その日の夜、奴良家では小さな宴が催された。奴良家に住む妖怪の一人が子を産んだのだ。酒が振舞われ私も飲んだ。子の父親は嬉しさの余り早々にでき上がっていた。
私がその男の一番目の子といつも遊んでやっている為、大きくなったら赤ん坊の事も頼むと頼まれた。そしてもっと飲めと酒を勧められた。
ある程度飲んだ所で二日酔いにはりたくないと断ったのだが、まあそう言うな、祝ってくれと杯を口に当てられしこたま飲まされた。体が熱くなった。

涼風のそよがない夏の事。熱くてたまらず彼は襦袢の襟を広げて片方を下げ、袴の片裾も太腿までたくし上げた。胸と肩と脚が露になる。札も鬱陶しい。捲くる。
整った美しい顔。上気した頬ととろんとした目で荒い息をする。酒の雫が唇についているような気がして舌なめずりをする。男の色香に女達が色めき立った。
「ちょっと…!あれ…!」
「何?…きゃっ!」
皆、邪魅の顔を見るのはこれが初めてだった。彼が奴良家に来た時女達は若い男が来たと言ってはしゃぎ、一目顔をみようとした。しかしリクオに釘を刺された。
「お札は無闇に捲くらないでね。特に女の人達。」
邪魅を迎えるにあたってリクオは品子の件の再来を案じた。あんな事は滅多にないだろうが過去の話を聞けば彼は襲われ易い体質らしい。尚更哀れで心配になった。
いい女を紹介すると約束したが、彼なら別に顔を見せずとも性格で恋人を作れるだろうと確信していた。
女達が息をするのも忘れたかのように瞠目しているとリクオが血相を変え物凄い勢いで走って来た。
「何してんだーーーーーーっ!!」
鬼の形相で邪魅を連れ去ろうとする。
「顔見せんじゃねぇって言ったろが!それに何だその格好!ほら行くぞ!すぐ様!直ちに!急遽!」
「若!もう少し!」
「もっと鑑賞させて下さい!目の保養を…!」
「うるせぇ!今見たものは忘れろ!青田坊!こいつ部屋に運べ!」
剛力の青田坊が決して小柄ではない邪魅を軽々と持ち上げ大部屋へ運んで行く。リクオもついて行った。
大部屋に着き布団を敷いて彼を寝かせ、袴を脱がせて楽にしてやる。邪魅は刀を引き寄せて抱いた。
「おい、得物なんざ寝るのに必要ねぇだろ。」
「好きにさせてやれ。」
事情を知るリクオは邪魅から刀を取り上げようとする青田坊を制した。これはこいつの癖なんだろう。夜這い対策の。ぞっとしねぇがこの家にも男色の気のある奴はいると言う。
女共がこいつの顔を見て騒いでいる。噂は直に男共にも広まるだろう。やられる事はないだろうが刀を持たせていた方がいい。


次の日の奴良家の男達は死屍累々の様相を呈していた。どんな小さな宴でも酒が出されるのなら全力で飲むのが彼らだ。酒をあまり飲まず給仕に徹していた首無は元気だ。
彼は女達と共に二日酔いに苦しみ喘ぐ男達を介抱して回っていた。と言っても出来るのは薬を与え水を飲ませる事位だが。部屋の外から女達の声が聞こえて来た。
「今袴履いてないって!」
「マジ!?行こ行こ!あぁん、あんな色っぽいなんて知らなかったわ〜。」
彼女達は男達の大部屋に押し掛けると邪魅の傍に早足で近寄り、猫撫で声で彼に語りかけた。その足音にうるせぇ、死ねという文句があちこちから漏れたが彼女達はお構いなしだ。
「邪魅ぃ、起きてる?気分はどう?」
「わ…るい…。」
頭がガンガンする。眩暈と吐き気がする。きっと立ち上がれまい。昨晩の内に厠へ行っておいて良かった。
「二日酔いに効くいい薬があるの。飲むといいわ。」
「首無に…もらった…。」
「沢山飲んだほうが治りは早いの。本当よ。」
平然と嘘をつく女。平生なら嘘だとわかる邪魅も今は頭が正常に機能せず、ここの女達は何と優しいのだろうと思う。また治りたい一心で薬をもう一度貰う事にした。
「じゃあお口開けてね。はい、あーん。」
女は水に溶いた薬をわざと何度も零し、口移しするしかないなどと言い出す。邪魅がならんと言っても聞かない。
この危機を救ったのは首無だった。薬は一度飲むと充分だ。飲みすぎると体に悪い。迷惑だから出て行けと女達を追い出した。
彼も女達に人気があったがいかんせん隙が無い。彼と同じくご面相の良い黒田坊は来る者拒まずと言う噂だが。

夕方にもなるとそれまで死んでいた男達も甦り始めた。しかし一部の者達はまだ臥せっている。邪魅もその一人だった。彼にだけ女達の見舞いが後を断たない。
他の男がおい俺には?と聞いても不細工は死んでなさいと言うだけだ。急に自分にだけ女達がたかるようになった事を不思議に思う邪魅だったが、その原因を探る余裕は無い。
夕方の薬も首無が飲ませてくれたお陰で恐怖の口移しから免れる事が出来た。夜になると子供が一緒に寝ようとやって来たが酒気を嫌って親の元へ帰って行った。
一晩苦しめば開放されるのだと高を括っていたが次の日も頭痛と眩暈と吐き気は治まらなかった。三日酔いだ。また女達が押し寄せて来た。
「苦しいのね。沢山飲まされて可哀想。唇に血の気が無いわ。」
そう言った女に唇を触れられた瞬間あの夜の出来事の数々が瞬くかの如く脳裏に甦り、彼は悲鳴を上げた。
「わああぁぁーーーーーーーっ!!」
息も絶え絶えに苦しみ臥せっている者の出す声ではなかった。驚愕する女達。
「え…。な…何…?そんな嫌だった…?」
「唇に…触れるな…!」
女達は顔を見合わせ、ごめんねと言い残してそそくさと立ち去った。心証を害したに違いない。彼女が悪い訳ではないのに。後で謝らねば。
体が震え脂汗が滲んでいた。涙が出た。

次の日になってようやく動けるようになった邪魅は昨日の女を探し出して侘びを入れた。
「昨日は済まなかった…。お前は悪くない…。」
「いいのよ。びっくりしたけど。ねえ、それより一緒にお菓子食べない?」
嬉々として触れられた腕を咄嗟に引く。
「つ…慎みを持て。気持ちは嬉しいが私は物を食さん。とにかく済まなかった。子供達の面倒を見なくてはならん。ではな。」
毛倡妓には抱きつかせるのに。でもつれない所がたまらないわ。などと女達は囁き合った。
その夜から彼は個室を与えられた。邪魅が大部屋にいると女共が詰め掛けて姦しくて叶わんと言う苦情がリクオの元に殺到したからだ。
これには邪魅は素直に喜んだ。大部屋の男達の雷のようないびきには辟易していた。
眠る訳ではないが立ったり座ったりしているのも何なので夜着に着替えてから一応布団に入り横になる。今日は子供は来ないのか。部屋が変わった事を知らされていないのか。
彼がにゅーすきゃすたーとあなうんさーはどう違うのかとどうでもいい事を考えていると障子の外から声がした。毛倡妓が来たのだ。こんな夜に何の用だろう。
布団を二つ折りにしてから招き入れる。


起きている。入れ。」
「今晩は。何で布団畳んであるの?」
「慎みというものだ。」
「そればっかり。硬派ね。」
特に用はないとの事だった。ただ寝付けないから話がしたい。前から家にいる者達と話すのは飽きた。あなたの事はまだよく知らないから来たのよと。
何か面白い話はないかと訊かれ、私に面白い話など期待するなと言いながらも赤子の頃に刀と筆どちらかを選ぶ行事でどちらにも見向きもせず落ちていたゴミに突進した話をしたら笑われた。
こんなくだらない話の何処が可笑しいというのか。試しに祖父が深刻そうな顔をしていたので何か悩みがあるのかと訊ねたら放っておいてくれと言われたので
なら話を変えるけど最近髪が薄くなったかと訊いたら話が変わっていないと怒られた事を言ってみるとまた笑われた。私はあの時傷ついたのに。
せっかくなので自分からも色々訊ねた。お前は闘えるのか。得物は何か。今まで一番苛烈であった闘いはどのようなものであったか。すると色気の無い事ばかり訊くなと嗜められた。
女と色気のある話などした事もなければする気もない。そう言うとやっぱりねと返された。

毛倡妓は今日他の女達から邪魅が唇に触れられて絶叫したという話を聞いて湧いた悪戯心を胸に彼の部屋を訪れた。まだ女を知らないんだわと。
「私悪戯しに来たの。」
「悪戯?」
「こうよ。」
彼女は札を捲くり邪魅に口付けた。彼は何が起きたのかわからず動く事が出来なかった。舌が入れられて初めて口付けられたのだと気付きばっと顔を離した。そして。
「うあぁ!ああぁ…!し…しな…こ…様…!あ…あぁ…!」
あの時と同じ猛烈な嘔吐感と震え。眩暈と苦しみ。深い暗闇の奈落の底に只一人で孤独に閉ざされる絶望感に見舞われた。また涙が溢れ流れ出る。
「えっ…!うぇ…!え…!お止め…。なりま…せん…。あぅぁ…。うぁ…。」
「な、何…!?しなこ?誰それ?」
品子の名に恐怖が激増した。
「リ…リ…。うえぇ!えっ…。あぁ…。リ…クオ…様…。おい…で下さ…。怖う…ご…ざ…。うぁ…。」
「よ、呼んで来る!」
一体どうしたというのかしら。あの様子は尋常じゃない。しなこって誰?やめろとかいけないって何を?何が?どうして怖いの?
色々疑問はあったが毛倡妓はリクオの部屋へ駆けた。邪魅にキスした途端。そこまで言った時点でリクオは無言で部屋を飛び出て走って行った。邪魅の部屋へ向かったのだろう。
毛倡妓がその後を追う。邪魅の部屋に戻るとリクオは彼を抱き締め髪や背を撫でていた。
「よしよし、怖かったなぁ。でももう大丈夫だ。俺が来たから。な?」
昼のリクオからすら聞いた事の無い果てしなく優しい声音。
「ここにはお前を襲う奴なんざいやしねぇよ?あんな怖ぇ女は来ねぇ。もし来ても俺が必ず守ってやるから。さあ、横になろうな。一緒に寝よう。」
リクオが寝ると言ったので毛倡妓は折り畳んであった布団を元に戻した。襲う?怖い女?何の事?訊きたいが訊けない雰囲気だ。彼女は驚きと疑問を抱えたまま自室へ引き下がった。
邪魅に添い寝してリクオはまた歌う。今度はまともに遠き山に日は暮れてやここに空があるからなどを歌った。口ずさみながら思う。ここまで根深い傷だったとは。
こいつはもう手遅れなのか。立ち直らせる方法は無いものか。たった一つでいいから切欠さえあれば。ああ、えづきと呻き声が泣き声に変わった。泣き止めば眠るだろう。

少し落ち着いてものを思う余裕を持てた。この記憶を殺せるのであれば必殺のさつおよ、あやまたずこれを射よ。いくさの君よ、百万のいさおしに白刃を振るわせよ。
申し訳ございませんリクオ様。何の武功も無き新入りの私如きの為にこのようなお気遣いを。温かなお情けを有難う存じます。毛倡妓に謝らねば。彼女は何も知らんのだ。
夜が明けた。目を覚ますとすぐ横でリクオ様がお眠りになっておいでた。もしかしたら明け方までお起きになっておいでだったのかもしれない。
今が学問所の長期休暇の期間で良かった。そうでなくば重ねてご迷惑をお掛け申し上げていた。このままお休みになって頂こう。
部屋を出て毛倡妓に会いに行く。朝餉を食しに広間にいる筈だ。

広間では妖怪達が食事を摂っていた。邪魅が毛倡妓を見つけ近寄ろうとした時、よく邪魅の布団に入りに来る子供が遠くにいる彼に聞こえるよう大声で言った。
「じゃみはきのうりくおさまといっしょにねてたよね!ないてたよね!」

見られていた。リクオ様にそんなご趣味が!?おい、泣くほど嫌ならはっきり嫌と言え。俺達が言ってやろうか?などと広間がざわめいた。


「ざ、戯言を言うな!私は…その…。怖い夢を見てしまってな。リクオ様にお頼み申し上げて一緒に寝て頂いたのだ。」
大の男が夢くらいで泣くな。掘られたのに庇うのか?それしきで若に甘えんな。どっちが抱く側だ?新入りの分際で。気持ち良くて泣いたのか?と意見が入り乱れた。
邪魅が少し抜刀したくなったのを堪えて毛倡妓に謝罪すると彼女は心配そうに彼を見てうんとだけ言った。
きっと怪力の大女か想像を絶する妖術使いに襲われたんだわ。陰陽師かもしれない。それで死にそうな目にあって。だからあんなに脅えていたのよ。そうに違いない。
でもどうしてキスでそれを思い出したのかしら。相手は元恋人で彼が浮気したから復讐を?浮気するような男かしら。浮気したと誤解されて?
何か違うような気がする。毛倡妓はその夜邪魅に真実を質そうと再度彼の部屋を訪れた。嫌な事を思い出させてしまう。でも湧いた疑問を放って置くのは気持ち悪い。

「手篭めにされたのだ…。抱かねば…死ぬと仰せになり…。実際にお首をお切りになってお見せに…。」
「何…それ…。」
考えていた内容とまるで違う。何て卑劣な。悪辣な。同じ女とは到底思えない。口調から察するに相手は目上の女。どうしても逆らえなかったんだ。
「それでキス…口付けがトラウマ…心の傷に…?」
「共寝とそれに至るまでの過程そのものが…。」
「許せないわ…!絶対に…!」
義憤が炎となって燃え上がる。しなことか言う女、死ねばいいのに。この手で殺してやりたい。同時に同情に絆される。この酷いトラウマを消し去ってあげたい。
「口付け…されるのが嫌なら自分からしてみるってのはどう?私が相手になるわ。」
「私の方からお前に口付けを…?それはならん。男女は互いに慎みを…。」
「そんな事言ってたら一生傷ついたままよ!いいの!?これから何百年もそんな…!あなた奥さんとか子供いらないの!?」
「それは欲しい…!しかし…!」
「私の事は構わないで。勇気を出すのよ、邪魅。」
毛倡妓が目を閉じる。たっぷり十分、いや十五分、もしかしたら二十分は動けなかったかもしれない。
散々逡巡した果てに邪魅は何も言わずに待っていた毛倡妓にそっと触れるだけの口付けをした。毛倡妓が目を開く。
「どう…?」
「平気…だ…。」
毛倡妓は安心し微笑んで再び目を閉じながら次を促した。
「もっと長くしてみて。」
今度はすぐに応える事が出来た。
「心地良い…。唇とは斯様に柔らかかったのか…。」
別に品子の唇が硬かったと言う訳ではない。只あの時は不快な感触以外は全て遮断されていた。勃ったのも頂に達したのもただ体が反応しただけだ。
「舌入れて見る?」
あの長く気色が悪いだけだった時間を思い出したがやってみる事にした。唇の間まで差し入れることは存外易しかった。歯列を通過させる意を決するのに時間を要した。
勇気を出すのよ。先程の言葉を励みにそろそろと舌を侵入させてみる。口内に着いた。大丈夫だ。もう少し奥へ。毛倡妓の舌の存在を確認する。それは動かない。
一旦唇を離し恥ずかしいが良ければ舌を絡ませてみてくれと頼む。舌を絡ませ合うと夢にも思わなかった快さを感じた。
「気持ちが良かった…。礼を言う。ありがとう。毛倡妓。」
「抱ける…?」
「だ…!抱く…!?」
抱かなきゃ子供は作れないわと言われそれはそうだがと答えると処女じゃないからと微笑まれた。深い口付けに快感を覚えた事でもう傷は癒えたと確信していた。だが抱きたくなった。
欲しくなった。男をそそられ情欲が湧いたのだ。

「毛倡妓…。」
名を呼んで抱擁し、長く口付ける。深く。これ以上ない程長く長く。丹念に。一旦離し再び抱擁する。そしてまた長く口付ける。それを数度繰り返す。
毛倡妓の帯を解く。初めてだが夜着なので簡単だった。夜着を脱がせて現れた素肌。これを何と評そう。端麗。典麗。流麗。佳麗。清麗。秀麗。その全てか。
かぐわしく匂い立つ大人の女の色香に感銘を受ける。もう一度抱擁し、口付けて名を呼ぶ。褥に寝かせる。昂ぶる。


首筋に口付け、吸う。舌を這わせる。男の掌でも覆い切れない豊かな胸を讃えるように揉む。あやすように突起を優しく責める。呼吸の波が大きくなる。
「あ…。ん…。あん…。」
哀切するように胸の突起を唇で揉む。いたわるように吸う。澄み渡らせるように舐める。
「あぁ…。はぁ…ん…。ふぁ…。」
礼を尽くすように掌をくゆらせながら脇腹から腰、太腿を撫で下ろす。同じようにして撫で上げる。眠りにつくように胸に頬ずりをする。また口付ける。名を呼ぶ。
腕を下に伸ばす。敬うように秘所を指先で濡らす。そこを口でどうかしようとは思わない。恐ろしいのでも忌まわしいのでもない。
夢見るように蜜をからめる。落涙するようにそこかしこに口付ける。名を呼ぶ。脚を広げさせる。先端を当てる。
「毛倡妓…。本当にいいのか…?」
「うん…。」
わずかに入る。
「痛いか…?」
「ううん…。」
「痛ければ言ってくれ…。すぐやめる…。」
「うん…。」
沈めてゆく。閉ざしてゆく。
結ばれた。水面をたゆたう羽毛のようにゆったりと腰を振る。長く長くつながっていよう。丁寧に。始まる前の口付けのように。
「ん…。あぁ…ぁ…。邪魅…。あ…ん…。邪…魅…。」
「毛倡妓…。」
遠く遥かな海を彷徨うようなゆるやかな時の流れに身も心もゆだねる。祈るように溶け合う。そして静かに終えた。

頬を撫で可愛いと言ってやる。
「か…わ…いい…?」
「うん…。可愛い…。」
毛倡妓が身内以外の男からそう言われたのは初めてだった。皆は彼女を凄い美人だの妖艶だのと呼ぶ。それはそれで嬉しいが言われすぎて当たり前だと感じるようにもなっていた。
紅潮し戸惑う彼女の瞳から知らず涙が零れた。邪魅はそれを唇で拭ってやりたいと思ったが、もう共寝の時は過ぎた。例え髪一筋でも触れることは出来ない。
毛倡妓の腹の精をリクオがくれたティッシュで拭う。

この女を妻に迎えたい。今すぐにでも娶りたい。しかし彼女はその優しさで私に情けをかけてくれただけだ。求婚などしてはならん。
この男を夫にしたい。今すぐにでも婚礼を挙げたい。でも彼は癒される為に私と寝ただけ。プロポーズなんてしてもらえない。

品子様との時とは何もかもが真逆だった。口付けとは、共寝とは斯様に幸福なものだったのか。厳命するのではなく提案する。忍従を強いるのではなく促す。
彼女が愛しい。もう夜は怖くなくなった。

もう抱きつけなくなった。どんなに暑くても。私は好きになればその男から離れない女の筈なのに。
会えば普通に言葉を交わす。でも札に隠れた目は私のそれと合わせてくれてない。わかる。
とても穏やかで優しく丁寧だった。私の上を通り過ぎて行った男達はみんな貪るようだった。興奮していて荒々しかった。
あんなに長かったのにもっとつながっていたかった。八回くらい昇らせてくれた。いつでも探して目で追うようになった。
子供達と遊んでやってる。黒田坊に悪戯して折檻されそうになった子供を抱き上げ、これしきで叩くのは可哀想だと庇っやってる。
どちらが先に彼の膝に乗るかで喧嘩になりかけた二人の子供を広げた羽織で同時に包んでやってる。袴の中に潜り込もうとする子供を注意してる。
「ずっと見てるのね。やっぱり好きなんだ。」
女妖怪に指摘され赤くなった所を見られないようあわてて後ろを向く。
「邪魅にはリクオ様がいるわよ。私、二人が寝てる所見たんだから…!」

広間での子供の証言に重ねてこの言葉。
邪魅という男は奴良組若頭のイロだという風聞が流れるのに時間はかからなかった。

果たして邪魅と毛倡妓が互いの気持ちを知り合う日は来るのだろうか。

<恋・完>



2011年05月26日(木) 23:39:19 Modified by ID:99JzfgdaZg




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