ストロベリー・パニックのSS保管庫です。

12話 Shooting star 〜願いを込めて〜

「ふあ、さすがに4時起きはつらかったですね・・・」でも、ようやく帰ってきた。
渚砂ちゃんのいるいちご舎に。時刻は8時すぎ、まだ寝ているかもしれませんね。
用意した『お土産』気に入ってくれるでしょうか?そっとドアを開けると、
ベッドは・・・空っぽ?もうどこかに行ったんでしょうか?
「んー」今のは・・・渚砂ちゃんの声?あらためて部屋を見渡すと、
私のベッドが膨らんでいる?
「私のベッドにいたんですね。せっかくですし、寝顔を堪能させてくださいね」

「ん、朝?」目が覚めたみたいですね。
「おはよう、渚砂ちゃん」
「あ、おはよう。玉青ちゃん・・・あれ、家に帰ってたんじゃあ?」
「ええ、20分ほど前に帰ってきたところです。渚砂ちゃんの寝顔、可愛かったですよ」
「もう、起こしてくれてもいいのに・・・」
「ところで・・・なぜ私のベッドに?」
「それは・・・笑わないでね。なんだか落ち着くの、玉青ちゃんの匂いがする
みたいで」
「くっ・・・」慣れたと思ってすっかり油断してましたけど・・・久しぶりに
理性が飛びかけましたよ。
「ごめん、迷惑だった?」
「あ、いえ。そんなことはありませんよ。何度も一緒に寝たじゃないですか」

「ところで・・・明日からの三日間はなにか予定はありますか?」
「え、特に無いけど・・・」
「でしたら、うちの別荘に行きませんか?」
「別荘?別荘って・・・吹雪の雪山とか絶海の孤島にあるっていうあの別荘?」
「ええ、まあ。ある場所は高原ですし、事件も起きないと思いますけど」
「へー、実在するんだ?」
「はい、それで行ってみませんか?」
「でも、私が行ってもいいの?」
「ええ、寮のお友達と一緒に、ということで許可を取りましたから。それに・・・」
「それに?」
「貴女と・・・サマースクールに行きたかったんです。だから・・・」
「玉青ちゃん・・・。うん、私も・・・」
「決まりですね」
「うん。それで、どんなところなの?」
「ここからだと、電車で5時間ほどだそうです。最寄の駅から5Kmくらいと
聞きました」
「そっか、でも丁度良い電車あるかな?」
「それはまだ調べてません。でも、時刻表を用意してきましたから」
「うわ、準備いいね」

「これだと、明日の7時半にいちご舎を出ればよさそうだね」
「ええ、それで午後2時頃に最寄の駅に着きますね。駅前に商店街が
あるそうですから、そこで三日分の食材を買っていきましょう。
食器や調理器具はそろっているそうですから」
「そうだね。あ、でもお昼はどうする?なにか作っていく?」
「それなんですけど、お昼頃にこの駅で1時間位待ちますよね。ここって
大きな駅なんです。それで・・・一度立ち蕎麦というのを食べてみたいんですけど・・・」
「あ、いいね。じゃあお昼はそうしよっか」
「はい。後は荷物を準備しましょう」
「うん。明日が楽しみ。二人きりのサマースクールだね」

 翌日
6:00 起床。(興奮してよく眠れなかったので少し辛かった)
7:30 出発。
12:20 昼食。(立ち蕎麦というのは意外に面白かった)
14:05 最寄の駅に到着。
14:40 買出し終了。
そして、現在16:25・・・
 迂闊でした・・・。5Kmと聞いていたので1時間ほど歩けば着くと思って
いたのですが・・・荷物を持っての山歩きだということを見落としていました。
30分前に休憩したばかりですけど・・・。それにさっきから右のかかとが痛い。
渚砂ちゃんは・・・まだ元気ですね。
「玉青ちゃん、少し休む?」ばれていたみたいですね・・・。
「ええ、そうさせてください」
 靴を脱いでみると・・・靴下に穴が。それに、血がにじんでいるような?
「玉青ちゃん?足、どうかしたの?」
「あ、大したことありませんよ」
「うん。でも、ちょっと見せて。・・・靴擦れだね、痛かったでしょ?そっか、
私のブーツはともかく、玉青ちゃんの靴って山登りにむいてないんだよね・・・」
「靴擦れ・・・ですか。初めて経験しました」
「今、手当てするから」
 そう言って渚砂ちゃんは靴下を脱がせると、さっき飲んでいた
スポーツドリンクを足にかけました。
「渚砂ちゃん、それは・・・」
「うん、洗わないと。水があればよかったんだけどね」あ、いえ。そうではなくて・・・。
 今度は荷物の中から取り出したタオルを巻き始めた。
「手際いいですね」
「まあね、慣れてるから・・・よし、とりあえずこれでいいかな」
「ありがとうございます」
「ううん、気にしないで。さてと、じゃあ背中に乗って」え?
「そ、それはどういう?」
「その足じゃ辛いでしょ?おぶってくよ」
「そんな。大丈夫、歩けますよ」
「だめ。化膿したりしたら大変だよ。それにむこうに着けば薬箱くらいあるよね?」
「ええ、たぶん」
「大丈夫。私体力には自信あるから、ね?」渚砂ちゃん・・・。私も
かなり辛いですけど・・・すみません。甘えさせてください。
「ごめんなさい、お願いしていいですか?」
「うん、まかせてよ。荷物は・・・後で取りに来ればいいね。もうすぐだろうし」
 渚砂ちゃんの背中・・・。

 それから・・・10分ほどで別荘に到着しました。
「すみません。渚砂ちゃんもお疲れでしょう?先に汗を流してください」
「それよりも玉青ちゃんの手当てが先。薬箱は・・・あ、あった」

「少ししみるよ」
 慣れた手つきで消毒し、包帯を巻く。本当に手際がいいですね・・・。
「これでよし。私、荷物とって来るね」
「あ、渚砂ちゃん」行ってしまいました・・・。
 ごめんなさい、たくさん迷惑をかけてしまって・・・。でも・・・眠い・・・
もう・・・限界・・・で・・・す・・・。

「う・・・ん」寝てしまったんでしょうか?それに、ここは・・・ベッドの上?
確かソファにいたような気が・・・。それに、なんだかいい匂いがしますね。
渚砂ちゃんは・・・キッチンでしょうか?
 渚砂ちゃんはキッチンでなにか作っていました。
「あ、玉青ちゃん。目が覚めたんだね」
「ええ。私、眠っていたんですね?」
「うん。気持ち良さそうだったから。そのままベッドに運んだの」
「そうですか・・・。あ、私も手伝いますね」
「ううん。もうほとんど出来てるから。あ、先にシャワー使わせてもらったよ。
玉青ちゃんも汗流してきたら?」
「渚砂ちゃん・・・。ではお言葉に甘えますね」
「そうだ、その前にこれ」
「ビニール袋?」
「うん。これを足にかぶせておけば濡れないでしょ。まだ濡らさないほうがいいよ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 汗を流してくると、もう夕食の用意がしてありました。メニューは・・・
カレーライスにサラダ。
「私ね、カレーライスには自信あるんだよ。さ、食べよっか?」
「ええ・・・」
「いただきます!」
「いただきます・・・」

 目の前のお皿からはとてもいい匂いかする。でも・・・。
「玉青ちゃん・・・。もしかして口に合わなかった?」
「そうじゃないんです。あの、ごめんなさい・・・」
「どしたの?いきなり」
「だって・・・私、貴女と思い出を作りたくて誘ったんです・・・なのに・・・」
迷惑をかけてばかりだったなんて・・・。
「玉青ちゃん、きっとこれもいい思い出になるよ」
「渚砂ちゃん・・・でも・・・」
「それに・・・怒らないでね?」
「なにをです?」
「ちょっとだけね、嬉しかったの。いつもは私が助けられてばかりだから、
私も玉青ちゃんの役に立てるんだ・・・ってね」
「そんな・・・私だって貴女に助けられてます」
「そう?それにさ・・・確かに今日はいろいろあったけど、まだ
始まったばかりでしょ?私達のサマースクールは」あ・・・。
「そう・・・ですよね。せっかくのサマースクールなのに落ち込んでるなんて・・・それこそもったいないですよね」
「そうそう」
「それではいただきますね。渚砂ちゃんの手料理が冷めないうちに」
「うん」

 夕食の後片付けが終わる頃にはすっかり日が暮れていました。
「渚砂ちゃん、聞いた話だとここは星がとても綺麗だそうなんです。
外にでてみませんか?」
「うん。あ、でもその前に・・・」
 そう言って渚砂ちゃんは私の足にタオルを巻き始めました・・・。
「これは・・・?」
「こうしておけば靴を履いても大丈夫だから。帰りもこれでいいと思う」
「そうなんですか・・・。ありがとう、渚砂ちゃん」こんどは、素直にお礼を
言えましたね。良かった・・・。
「どういたしまして。じゃ、行こう」

「うわ・・・すごいね・・・」
「ええ、本当に綺麗」
 外に出てみると想像よりもずっと見事な星空が広がっていました。
「よいしょっと」
「渚砂ちゃん?」
「玉青ちゃんも横になったら?気持ちいいよ」
「そうですね、では・・・」本当に綺麗ですね。降ってくるような星空とは
こんなのを言うのでしょうか?
「あの日もこんな風に夜空を見上げたんだよね・・・」
「あの日?」
「うん、ミアトルに来る前の日。私ね・・・初めはすごく不安だったんだよ。
ミアトルってなんだか由緒ある学校だって聞いてたから・・・馴染めるのかな?
とか友達が出来なかったらどうしよう?とか、そんなこと考えながら空を見てたの」
「そう・・・だったんですか・・・」
「でも・・・そんなことなかった。いろんなことがあったけど、
すっごく楽しい一学期だった・・・そう思う」
「渚砂ちゃん・・・」
「でも、それは玉青ちゃんがいつも傍にいてくれたから。私ね、
ミアトルに来て・・・玉青ちゃんに会えて・・・ほんとに良かった」
 そう言って私を見つめる。その表情が輝いて見えたのは星の光に
照らされていたせいでしょうか?それとも・・・。不意にある衝動が湧き上がる。
ずっと胸に秘めていた想い・・・もし、今伝えたなら・・・伝えられたなら・・・。
「ねえ、渚砂ちゃん。貴女に・・・聞いて欲しいことがあるんです」私は体を起こす。
「何?」
「私・・・ずっと貴女が・・・貴女のことが・・・」伝えたい・・・。
「うん・・・」
「貴女のことが・・・貴女が・・・」この想いを・・・。
「貴女が・・・貴女が・・・」どうか・・・。
「ずっと・・・貴女が・・・来てくれるのを・・・待っていたんです」・・・言えなかった・・・。
「玉青ちゃん・・・。ありがと。私もね、もっと早く出会いたかったな」

「はぁ・・・」
 結局、伝えたい言葉は言えなかった。知りませんでした・・・。
想いを伝えるというのがこんなにも勇気のいることだったなんて・・・。
『私・・・ミアトルに来なければよかった・・・。ミアトルに来なければ・・・
静馬様に会うことも・・・こんな気持ちになることも無かったのに・・・』
 不意に・・・過去の記憶が蘇る。
「あの時とは正反対の言葉。・・・ただ一度きりだったんですよね。
貴女と・・・唇を重ねたのは・・・」
 隣のベッドからは寝息が聞こえる。そっと近づく。よく眠っているみたいですね。
やっぱり、疲れていたんでしょうか?
「渚砂ちゃん・・・どうか・・・動かないで・・・」
「・・・玉青ちゃん」
「・・・っ」ばれた!?
「ん〜もうお腹いっぱいだよ〜」
「・・・・・・」寝言・・・ですか?なんとも渚砂ちゃんらしい内容ですけど・・・。
「確かに・・・こんなのはフェアじゃないですよね・・・」
 苦笑しつつ、なんとなく窓の外を見ると・・・。
「あ・・・」星が流れた。
星はもう消えてしまったけれど・・・願ってもいいでしょうか?

この想いを伝えたい。そして・・・描いてる明日に・・・
もっと・・・もっと・・・近づけますように・・・


13話 ソラミアゲ

 それから・・・二人のサマースクールから帰った私達を迎えてくれたのは・・・
何故かいちご舎に帰っていた千代ちゃんでした。何か用事があって早く帰ってきた
そうですが。そのあとも三人で海に行ったり、夏祭りに行ったりするうちに
夏休みは過ぎて行きました。でも・・・何度も決意したけれど・・・結局、
想いを伝えることは出来ませんでした・・・。

二学期に入り、だんだんと秋が色濃くなってきたある日のこと。今日は
光莉さん達のお部屋で夜のお茶会です。
「ふーん、千代ちゃん達は学園祭でロミオとジュリエットをやるんだ?」ポリポリ。
「はい。まだ決まってはいませんけど、希望する人が多いですね」
「そっか。それで・・・皆はなんの役をするんだろうね?」パリパリ。
「私はジュリエットに立候補するつもりなんです」そう言ったのは蕾ちゃん。
「うぇ・・・」
「なんですか夜々先輩?その嫌そうな声は?」
「私はロミオやりたいんだけど・・・」
「ぐ・・・」
「そっちこそ、その心底嫌そうな顔はなんなの?」
「だって・・・せっかくのラブロマンスなのに・・・」
「同感。光莉がジュリエットなら素直にハッピーエンドを喜べるんだけど・・・」
「私は、主役はちょっと・・・」あら?今何か違和感があったような?
「まぁまぁ。そういえば・・・千代ちゃんは出ないの?」ポリポリ。
「はい・・・。今年はミアトルが裏方をする年だそうです。唯一の例外は
エトワール様ですけど」
「そうなんだ。でも、千代ちゃんのお芝居も見たかったかな」パリパリ。
「実は・・・私もジュリエットをやりたかったんです・・・」
「千代ちゃんならきっと可愛いジュリエットになると思うよ」ポリポリ。
「本当ですか!それで・・・できることなら・・・周りから祝福されて・・・
渚砂お姉様のロミオと結ばれたかったです」・・・もしかすると?
「あの・・・つかぬことを聞きますけど。ロミオとジュリエットが悲劇だって・・・ご存知ですよね?」
「「「「「ええっ!?」」」」」反応したのは・・・5人。やっぱり・・・。
「玉青ちゃん、それってほんと?」
「ええ。渚砂ちゃんはどこまで知っていますか?」
「えーっとね・・・『あなたはどうしてロミオなの?』ってアレだよね?」
「「「「うん」」」」
「まぁ・・・確かにそのシーンが有名ですね。あとは?」
「え?えっと・・・」
「確かに二人は結ばれるんですけど・・・ちょっとした誤解から最後は互いの
後を追うように自殺する、という結末なんです」
「そうなんだ・・・。じゃあ、玉青ちゃんが企画したっていう・・・えっと」
「カルメンですね」
「そう、そのお話は?」
「こちらもハッピーエンド・・・とは言えませんね。古典の名作には悲恋悲劇が
多いんです」
「そうなんだ・・・。あれ?」
「どうしました?」
「もう無くなっちゃったね。クッキー」
「ほとんど一人で食べちゃったのは誰です?」
「「「「・・・」」」」蕾ちゃん・・・誰もがあえて言わなかったことを・・・。
「で、でも、夜中にこれだけの量を食べられるのは渚砂お姉様くらいですよ」
千代ちゃん・・・あまりフォローになってない気が・・・。
「あ、あはは・・・。きっと千早ちゃんがいけないんだよ。お菓子作るの
上手だから・・・」まぁ、『食欲の秋』ですしね・・・。
「今日はこれくらいにしましょうか」
「そ、そうだね」

 結局のところ下級生が『ロミオとジュリエット』を、上級生が『カルメン』を
演じることになり、カルメンの脚本は私が任されました。前回の脚本では
いろいろと反省する点もあったわけで・・・できることならもう一度書いて
みたいと思っていたんですよね。執筆中・・・つい先ほど冬森会長の妨害・・・
もとい、売り込みがあったりもしましたが・・・。
「完成です」
「玉青ちゃん、一息ついたら?」
「あ、お茶を入れてくれたんですね。ありがとうございます」
「私にはこれくらいしかできないけど」
「いえ、嬉しいですよ。そうだ、ちょうど今完成したところなんです。良かったら
見てもらえますか?」
「あ、うん。いいの?」
「はい。感想も聞きたいですし」

「どうでした?」
「この脚本でお芝居するんだよね?すっごく楽しみだよ」
「気に入ってもらえたみたいですね。良かった」
「あ、そうだ。読んでて気になったんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「カルメンってエトワール様のイメージじゃない気がする」
「鋭いですね。では誰のイメージだと思いますか?」
「うーん」
「ではヒントを、消去法でいくと他の有力候補は?」
「天音さん・・・は違うね。千華留さん?」
「正解です。千華留様の演技、とてもお上手なんですよ」
「へー、そうなんだ」
「どこか気に入った場面とかはありましたか?」
「うん。ここの・・・カルメンとエスカミーリョが踊るところ、素敵だと思うよ」
そこは・・・エトワール選で踊った時のことをイメージして書いた場面でしたっけ・・・。
コン、コン
「あ、誰だろ?どなたですか?」
「花園です」静馬様?
「花園さん・・・って誰だっけ?」渚砂ちゃん・・・。
「エトワール様の姓は『花園』ですよ」
「あ、そうだった・・・。どうぞ」
「こんばんは。夜遅くにごめんなさいね」
「いえ、そんなことはないですから」
「そう、ならいいのだけど。実はあなた達に頼みたいことがあるの」
「なんです?」
「配役が決まったら練習に付き合って欲しいの」
「私もですか?」
「ええ、渚砂ちゃんと玉青ちゃんの二人に。もちろん、無理にとは言わないわ」
「私はいいですけど。玉青ちゃんは?」
「ええ、お引き受けします」断る理由もありませんしね。
「そう、ありがとう。よろしくね、渚砂ちゃん、玉青ちゃん」
「「はい」」

 配役は前と全く同じに決まり、私達は静馬様の練習に付き合うことになりました。
私がカルメン役、渚砂ちゃんがエスカミーリョ役で・・・。まぁ、確かに
エスカミーリョはホセとの決闘シーンがあるので渚砂ちゃんの方が向いてますし。
でも・・・役の上とはいえ、渚砂ちゃんと静馬様が私をめぐって決闘すると
いうのはなんとも・・・。最初は渚砂ちゃんの迷、ではなくて名演技に二人で
大笑いしたりもしましたけど・・・。そんな練習期間も終わり、明日は
いよいよ本番前のリハーサルです。
「今日まで付き合ってくれてありがとう。後は明日のリハーサルと本番を
残すだけね」
「私は楽しかったですよ」
「そう?ならいいのだけど。渚砂の演技も随分上達したわね。玉青も
そう思うでしょう?」そう言って私にウィンクする。静馬様?あ、もしかして。
「そうですね。みんな楽しみにしてますよ。渚砂ちゃんのエスカミーリョ」
「あ、ありがとう、本番もがんばるね・・・ってあれ・・・?もう、
静馬様も玉青ちゃんもからかわないでよ」
「ごめんなさいね。でも、できるならあなた達と演じたかったわ。それは本当よ」
「静馬様・・・。そうですね、私もお二人と演じてみたかったです」
 いつの間にか静馬様は私達を玉青、渚砂と呼ぶようになっていました。
そして私達も静馬様と・・・。

 翌日・・・
リハーサルは順調に・・・ほぼ順調に進んでいますね。まぁ、約二名ほど
気になる方がいますが・・・。
「玉青さん、少し来てもらえる?」
「六条様?」
 舞台袖に行って見ると、そこには静馬様と千華留様もいました。
「脚本のことで話があるの」
「どこか不都合でも・・・」
「いえ、内容ではないの。ただ・・・少し時間をオーバーしそうなの。それで、
どこか削るとしたら・・・」
 ズゥゥゥン。舞台から大きな音が?・・・もしかして!?
「渚砂ちゃん!」
 舞台に行ってみると・・・背景が倒れている?渚砂ちゃんは・・・倒れた
背景の横に倒れていました。隣に倒れているのは・・・天音様?
「渚砂ちゃん!お怪我はありませんか?」
「あ、うん。私は平気。天音さんが助けてくれたから。天音さん!?足が!」え?
 天音様の右足が背景の下敷きに!?
「なに、大したことはないよ」
「ごめんなさい・・・。私のせいで・・・」
「気にしないで。君に怪我が無くてなによりだよ」
「それに・・・背景も・・・私のせいだ・・・」渚砂ちゃん・・・。
「大丈夫よ、渚砂」
「静馬様?」
 その後、皆で修復作業を行い・・・なんとか明け方に終わりましたけど・・・。
前は千華留様が本番で足を痛めたんですよね。もしかして・・・あの二人が?

 そして・・・ロミオとジュリエットも終わり、いよいよカルメンが始まりました。
2回目とはいえ、千華留様のカルメンは本当に素敵ですね。それに、
静馬様のホセも。舞台は順調に進み、次はあのシーン。前に千華留様が
怪我をしたシーン。渚砂ちゃんが素敵だと言ってくれたシーン。開始直前に
カルメンの靴を調べたけれど特に異常はありませんでしたし。今回はきっと大丈夫。
『ああ、カルメン。私はお前が大好きだ』
『私も貴方が大好き』
『今日の祭りの試合でも私は勝つ!お前のためにな』
『あぁ、エスカミーリョ』そう言って千華留様がしなだれかかった瞬間、
靴のかかとが折れた?天音様の?そのまま二人は倒れてしまった。アドリブで
千華留様を抱き上げ、舞台袖に降ろすと同時に天音様も崩れ落ちてしまった。
そんな、どうして?
「二人とも大丈夫?」
「六条会長。すみません、足をくじいてしまったみたいで、立つのも辛いです。
天音さんは?」
「すまない。私も同じだ」
「天音さん・・・もしかして、私を助けた時に足を?ごめんなさい・・・
私のせいで・・・」渚砂ちゃん・・・。
「今はそんなことを言っている時ではないわ。なんとかしないと・・・」
「でも、カルメンとエスカミーリョの二人とも動けないんじゃあ・・・」
「深雪、私に考えがあるわ」
「静馬?」
「代役がいるわ」
「静馬様・・・?まさか!?」
「そう、玉青、あなたがカルメンを。そして、渚砂がエスカミーリョをやるの。
ずっと私の練習に付き合ってくれたあなた達なら・・・きっとやれるわ」
「私と・・・渚砂ちゃんが?」
「代役を・・・?」
「玉青ちゃん、できるのなら・・・お願い。私はこの足では舞台には
立てないけれど・・・成功してほしいの」
「千華留様・・・」
「渚砂、私からも頼む。ここまで皆でやってきたんだ、なんとしても成功してほしい」
「天音さん・・・」
 渚砂ちゃんの顔を見ると・・・はっきりと目が語っていた『一緒にやろう』と。
「決まりだね」私も同じ目をしていたみたいですね。
「ええ、やりましょう」
「深雪、それでいいわね」
「静馬・・・。わかったわ。すべての責任はミアトル生徒会・・・
いえ、私が取ります。冬森会長、それでよろしいですね?」
「・・・しかたありません」
「私がアドリブ・・・ホセの独白で時間を稼ぐ。渚砂は準備が出来次第舞台に、
そこから決闘に繋げるわ。深雪、音響と照明をお願い」
「わかったわ、30秒後に舞台に上がって。後はなんとかするから」
「それじゃあ、こっちも衣装合わせを始めましょう。まずは渚砂ちゃんの
エスカミーリョね」

「よし、これでOKよ。急ごしらえだけど短時間なら大丈夫」
「はい!」
「渚砂、頼む」
「まかせてください!」
「渚砂ちゃん、私もすぐに行きますから」
「うん、待ってる」
「さ、次は玉青ちゃんのカルメンね」
「はい」

「できたわ。玉青ちゃん、後は・・・お願い」
「はい。お任せください」
 舞台では二人の決闘が終幕に近づいている。台本を頭で確認する。深呼吸。
では・・・行きます!
『やめて!お願い、決闘なんかやめて!エスカミーリョ、貴方はセビリアの英雄、
祭りの花形。さあ行って!』
(今度は私の番です)
(うん。頑張ってね)
『ホセとやら、憶えていろ』
 そう言ってエスカミーリョは走っていく。お二人が繋いだこの舞台・・・
絶対に・・・演じきってみせます。
『ああ、カルメン、私はお前が大好きだ!竜騎兵隊をやめ、泥棒になったのも
みんなお前のため!お前だってそのことを良く知っているではないか』衣装の
せいなのか、練習の時とは迫力がまるで違う。
『ふん、それがどうしたっていうのよ。私はいつだって自由な女よ。自分の気持ちに
うそはつけないわ!』私も・・・カルメンの気持ちを思い描いて言葉をぶつける。
『なあカルメン。お願いだから遠くの街に行って一緒にやりなおそう』
『いやよ、いや!貴方に貰った指輪なんかこうしてやる』指輪を投げつける。
『ああっ!?』悲痛な声を上げるホセ。演技と分かっていても流石に・・・
堪えますね。
 そして、響き渡る歓声。
『あの人が勝ったんだわ!行かなくちゃ!』
『ま、待て!カルメン!』
『あっ!?』
『うああああああっ!』ホセの刃が私の脇をすり抜け、舞台が緋色に染まる。
『あ・・・ああっ・・・』崩れ落ちる私をホセが抱きかかえる。
『ああ、カルメン、カルメン・・・カルメン・・・カルメン・・・・・・・・・
カルメーン!!!』そして・・・ホセの叫びが響き渡った・・・。

「お疲れ様、玉青」
「静馬様・・・」いつに間にか幕が閉じ周りには皆が集まっていました。
「やったね、玉青ちゃん!」
「渚砂ちゃん・・・私、上手く出来てましたか?」
「うん」
「私も渚砂ちゃんと同感よ。とてもよかったわ」千華留様・・・。
「渚砂、君も立派だったよ」
「天音さん・・・」
「大成功よ、二人ともお疲れ様」
「渚砂お姉様、玉青お姉様、お二人ともすごく素敵でした」六条様も
千代ちゃんも・・・皆私達を称えてくれる・・・。嬉しいけど・・・
少しくすぐったいですね。
「渚砂、玉青、二人とも良くやったわ。あなた達は胸を張って自分を誇っていい。
それだけのことをしたのよ」
「玉青ちゃん」そう言って渚砂ちゃんが上げた掌に・・・私も手を叩きつけた。

 炎を囲んでの後夜祭。渚砂ちゃんと一緒に舞台に立てるなんて夢にも
思いませんでした。また、素敵な思い出が出来ましたね。
「ねぇ、玉青ちゃん。ちょっと一緒に来て欲しいんだけど」
「渚砂ちゃん?どこにですか?」
「それは・・・まだナイショ」
「いいですよ。ではそこに連れて行ってください」
「うん」

 やって来たのは・・・。
「舞台の片付けは明日ですよね?」誰もいない舞台でした。
「うん、それはわかってるんだけど。ほら、あのシーンだけ最後まで
できなかったでしょ?だから・・・」そういえば・・・あのシーン、
気に入ってくれてましたね。
「だから私達で演じるんですね?面白そうですね」
「まぁ、脚本を見ながらなんだけどね・・・」
「仕方ないですよ。ホセのいないシーンは練習してませんし」
「それじゃ、初めよっか」
「はい」

『ああ、カルメン。私はお前が大好きだ』
『私も貴方が大好き』
『今日の祭りの試合でも私は勝つ!お前のためにな』
『あぁ、エスカミーリョ』
 そして、間近で見つめ合う。
「玉青ちゃん・・・」え?
「ん・・・」その時なにが起きたのか?目の前にあった渚砂ちゃんの潤んだ瞳が
さらに近づいて・・・そして・・・唇に柔らかい感触が・・・。これは・・・?

「はぅ・・・」私・・・渚砂ちゃんに・・・。頭が理解したのは、
二人の唇が離れてからでした・・・。
「玉青ちゃん・・・」恥ずかしそうにそう言った渚砂ちゃんの表情が・・・。
「あ!?」瞬時に驚き、そして・・・。
「あ、あの・・・ごめんなさい・・・」哀しみと涙に染まる・・・。
どうして・・・?
 走り去っていく渚砂ちゃんを・・・私は・・・引き止められなかった・・・。
「渚砂ちゃん・・・」まだ唇が熱い・・・。渚砂ちゃんは・・・どうして・・・?
「え?これは・・・」いつの間にか頬が濡れていた・・・。涙?私は
哀しかったわけじゃない。ずっと・・・ずっと求めていたことだから。
今、胸にあるのは・・・。
「じゃあ・・・渚砂ちゃんは!?」私を傷つけたと思って?・・・
追いかけないと!
「渚砂ちゃん!」

「渚砂ちゃん・・・どこにいるんですか?」
 後夜祭会場、温室、そして・・・私達の部屋にも戻ってきた跡は無い。
不意に目に映ったのは・・・机の上で月明かりに照らされていた・・・赤いリボン。
「もしかしたら!」

「渚砂ちゃん・・・」ずっと押さえていた想いが・・・いつしか・・・
溢れ出していた。
「渚砂ちゃん・・・」もう・・・嫌です。なくしたものを追いかけまわして・・・
後悔して・・・泣くのは・・・。
「渚砂ちゃん・・・」たとえ友達としてでも傍にいられればいい?違う。
そう自分に言い聞かせて・・・無理をして・・・笑っていたけれども・・・
本当は辛かった・・・。貴女が私でない誰かを愛しているのが・・・
悲しかった・・・痛かった・・・苦しかった・・・。私だけを見てほしかった。
私だけを想ってほしかった。私だけを・・・愛して・・・ほしかった。
「渚砂ちゃん・・・」どこまで行けば・・・どこまでうまく・・・
いくかなんて・・・わかりません。それでも・・・この想いを・・・
貴女に・・・貴女に・・・。

 私達が出会った・・・あの場所で・・・渚砂ちゃんは・・・
木に縋るように・・・泣いていました。足音を忍ばせてそっと近づく。
「私・・・なんであんなことしちゃったんだろう?玉青ちゃんとは・・・
ずっと・・・ずっと・・・仲のいい友達でいられたのに・・・」渚砂ちゃん・・・。
「夢ならいいのに・・・夢だったら目が覚めたら・・・またおはようって
言ってくれる。ずっと友達でいられるのに・・・」夢だったら?ずっと友達で?
でも・・・私は・・・。
「私は・・・嫌です!」
「あっ!?」
「待って!渚砂ちゃん!逃げないで!」今度は・・・手を掴むことができた。
「貴女に・・・伝えたいことがあるんです。だから・・・どうか」
「やだぁ!聞きたくないよ!」
「渚砂ちゃん。お願いです」
「嫌だよ・・・聞きたくない・・・玉青ちゃんに嫌われたくないよ!お願い・・・
私のこと・・・嫌いにならないで・・・」
「渚砂ちゃん・・・」私の言葉は届かないんですか?それでも・・・
この想いを・・・どうか!
「渚砂ちゃん!」
 渚砂ちゃんを振り向かせて・・・唇を・・・重ねた・・・。
「ん・・・」そして、そのまま抱きしめた。

「ふぁ・・・」
 今度は・・・逃げないでいてくれた。
「渚砂ちゃん。順番が逆になってしまいましたけど、貴女に伝えたいことが
あるんです」もう迷わない。
「さっき私は涙を流しました。でもそれは哀しかったからじゃない・・・
嬉しかったんです」この想いを伝えよう。
「私は・・・ずっと貴女のことが好きでした・・・貴女を・・・愛しているんです」
「玉青ちゃん・・・。ほんとに・・・私のこと許してくれるの?だって・・・
私・・・」
「私だって同じようなことをしましたよ?」
「私のこと・・・嫌いにならないでいてくれるの?」
「貴女を嫌いになるなんてできません。たとえ・・・貴女が望んだとしても」
「玉青ちゃん・・・」
「ねぇ、渚砂ちゃん。貴女の返事を聞かせてください」
「私は・・・この気持ちが玉青ちゃんと同じなのかわからない。でも・・・
玉青ちゃんへの『好き』は・・・静馬様や千代ちゃんへの『好き』とは違う。
私は・・・玉青ちゃんのこと考えるとなんだかドキドキする。玉青ちゃんといると
それだけで幸せな気持ちになれる。玉青ちゃんが傍にいないと・・・すごく・・・
辛いよ」
「渚砂ちゃん・・・。きっと・・・二人の気持ちは同じですよ」
「玉青ちゃん・・・。あ、あれ?」
「渚砂ちゃん?」
「あれ、おかしいな・・・私ね、すごく嬉しいの、嬉しいはずなのに・・・」
渚砂ちゃんの頬を流れる熱いものが・・・。
「ね?嬉しくても涙は流れるんです」
「うん。そうだね・・・そうだね・・・」
 渚砂ちゃんの体を抱きしめて、頭を撫でる。
「憶えてますか?前にこの場所でこうしてくれたこと。こうしていますから。
貴女が落ち着くまで・・・ずっと・・・ずっと・・・」

 空を見上げると月が滲んで見えた。でも・・・今の私には・・・それが・・・
とても綺麗だと・・・そう思えた。

「・・・もう朝でしょうか?」すぐ隣には渚砂ちゃんが。あれから・・・
一緒に寝たんでしたね。そっと唇をなぞる。
「夢じゃ・・・なかったんですよね」昨夜、私達は・・・。
「ん・・・」
「渚砂ちゃん。おはよう」
「あ、おはよう、玉青ちゃん・・・。あのさ・・・昨夜のことって・・・
夢じゃないんだよね?」そう言って唇をなぞる。同じことを思って
いたんでしょうか?
「ええ、もちろんですよ」
「・・・・・・うわぁっ!」渚砂ちゃんは布団を被ってしまいました・・・。
「あの・・・渚砂ちゃん?」はっきりわかる。声が震えているのが・・・。
そんなことって・・・。
「あの・・・昨夜のことなんだけど・・・ね」
「は、はい・・・」震えが止まらない・・・。
「昨夜のこと思い出したら・・・恥ずかしくて・・・玉青ちゃんの顔、
見れないよ・・・」
「・・・・・・はい?」えーと、それは・・・つまり・・・拒絶されたわけでは
なくて・・・。ほっとすると同時に悪戯心が沸き起こる。
「渚砂ちゃん、こっちを見て。どうか、その恥じらいで真っ赤に染まった
可愛いお顔を見せてください」
「・・・やだ!」
「でも、そろそろ起きないと朝ごはんに間に合いませんよ?」
「うー。・・・玉青ちゃんの意地悪」

「おはよう。渚砂、玉青」
 食堂に向かう途中で静馬様に声をかけられました。
「「おはようございます」」
「昨日はお疲れ様。あなた達の評判も良かったみたいよ。・・・あら?」
「静馬様?」
「そう・・・。おめでとう、でいいのかしら?」もしかして?
「あ、ありがとうございます」
 そのまま静馬様は行ってしまった。
「二人ともどうしたの?」
「気付いていたみたいです。私達のこと」
「ええっ!?どうして・・・」
「さあそこまでは?・・・あっ」
 目線を下に向けると・・・気がつきませんでしたけど、いつの間にか
手を繋いでいたんですね。思わず離してしまいましたけど。
もっと繋いでいたかった・・・。
「ねえ、玉青ちゃん。もう一回、手、繋いでもいい?」
「は、はい、もちろんです!」


  1. Shining way
  2. Shining way(2)
  3. Shining way(3)
  4. Shining way(4)
  5. Shining way(5)
  6. Shining way(6)
  7. Shining way(7)
  8. Shining way(8)
  9. Shining way(9)
  10. Shining way(10)
  11. Shining way番外編

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