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【定義】

〜錨贅海悟道したときの様子を偈にしたときの言葉から、1句目2句目の冒頭の2字ずつを合わせて熟語としたもの。
転じて、禅宗に於ける悟道そのものを指す言葉。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では9巻、75巻本では25巻。延応2年(1240)4月20日、興聖寺にて学人示衆された。

【内容】

|羚颪諒舷佑任△辰秦錨贅魁1036〜1101)は、廬山に到ったとき渓の水の音を聞いて、それがそのまま仏陀の説法に他ならないことを悟り、偈にして常総禅師に呈している。
盧山にいたれりしちなみに、渓水の夜流する声をきくに悟道す。偈をつくりて、常総禅師に呈するにいはく「渓声便ち是れ広長舌、山色清浄身に非ざること無し。夜来八万四千偈、他日如何が人に挙似せん。」この偈を総禅師に呈するに、総禅師、然之す。 『正法眼蔵』「渓声山色」巻

道元禅師は,乃鵑欧秦錨贅海緑頌をもって、『正法眼蔵』一巻の主題とし、蘇東坡が見出した「渓声がそのまま如来の説法である」という事実を敷衍して、大悟底にある学人の様子であるとし、まさに渓声に隠れている仏陀の説法(無情説法)を聴くべきであるとした。
あはれむべし、いくめぐりか現身説法化儀にもれたるがごとくなる。なにとしてかさらに山色をみ、渓声をきく。一句なりとやせん、半句なりとやせん、八万四千偈なりとやせん。うらむべし、山水にかくれたる声色あること。またよろこぶべし、山水にあらはるる時節因縁あること。

そして、このような蘇東坡の偈頌のように、一切の存在がまさに仏陀の説法であると直観した中国の祖師方の因縁を採り上げられて、提唱を進めている。その祖師とは、香厳智閑禅師の「香厳撃竹?」、霊雲志勤禅師の「霊雲桃華?」である。道元禅師は、これらの話を通じて、自己の身心を含めた一切の存在が仏法そのものであることを気付き、信じて修行すべきであるとした。
この身心骨肉、かつて従法而生ならざるによりて、法と不相応なり、法と不受用なり。祖宗師資、かくのごとく相承してひさしくなりぬ。菩提心はむかしのゆめをとくがごとし。あはれむべし、宝山にうまれながら宝財をしらず、宝財をみず、いはんや法財をえんや。もし菩提心をおこしてのち、六趣四生輪転すといへども、その輪転の因縁、みな菩提の行願となるなり。

また、この巻の後半では、学人光陰を虚しく過ごさないように修行するにはどうすればよいかが示され、また、どうしても修行を進められないときには、自らの従来の行いを懺悔し、これまで得道した諸仏諸祖の力を借りるべきであるとされた。それは、『永平高祖発願文』としても知られている。

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