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【定義】

】雜譟dharani]の音写であり、漢訳であれば、総持・能持となる。保つ、支える、助けるといった意味を持つ言葉。なお、密教などで使う「陀羅尼」という場合には、呪文を唱えて不思議な働きを発すものである。
日本曹洞宗では、幾つかの陀羅尼を状況に応じて読誦することがある。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では55巻、75巻本では49巻。寛元元年(1243)に越前の吉峰寺にて示衆された。

【内容】

 崑僕綟堯廚蓮∧教では「これを保持することによって、善法を散逸せしめず、悪法を遮止することを得るもの」という意味である。そのための方法として、三陀羅尼や四種陀羅尼があるが、後者は以下の内容である。

・聞陀羅尼 教えを聞いて、忘れないこと。 
・義陀羅尼 法の意義を忘れないこと。
・呪陀羅尼 呪文を唱えて記憶し忘れないこと。
・忍陀羅尼 教えを決定して、もはや動じないこと。

密教などでは、3番目の「呪陀羅尼」の意義が強調されていくことになるし、一般的では、そのような「呪文」を指して陀羅尼とすることもあるが、密教を含めて、以上の意義はどれかに留まることなく常に行われているのである。

現在の日本曹洞宗では、様々な機会で陀羅尼を読む。読まれる陀羅尼は以下の通り。

・『大悲心陀羅尼
・『消災妙吉祥陀羅尼
・『大仏頂万行首楞厳陀羅尼?
・『仏頂尊勝陀羅尼
・『甘露門』所収の諸陀羅尼

道元禅師は,悩里蠑紊欧唇婬舛砲箸蕕錣譴襪海箸覆、「陀羅尼」とは以下のような内容であると定義する。
いはゆる大陀羅尼は、人事これなり。人事は大陀羅尼なるがゆえに、人事現成に相逢するなり。〈中略〉その人事は、焼香礼拝なり。

人事には、出身地や人間関係といった意味があるが、ここでは挨拶を敷衍した「焼香礼拝」が人事であるとされ、それが陀羅尼なのである。理由は、仏法の護持になるためである。そして、焼香し礼拝する対象とは、自らが学ぶ本師に対して行われるのである。
あるひは出家の本師、あるひは伝法の本師あり。伝法の本師、すなはち出家の本師なるもあり。これらの本師にかならず依止奉覲する、これ咨参の陀羅尼なり。いはゆる時々をすごさず、参侍すべし。安居のはじめをはり、冬年および月旦月半、さだめて焼香礼拝す。

出家本師とは、最近では受業師と呼ばれ、伝法の本師は単純に本師と呼ばれるが、道元禅師はこれらの師に参じることを陀羅尼とされ、更に、その参じることの具体的様子が焼香礼拝なのである。そして、同巻ではこの礼拝法について詳しく述べられていくことになる。ほとんどは、請益のための礼拝法である。中には「無住拝」なども説かれている。また、何故礼拝が陀羅尼になるかという理由は、以下の一文にて知られる。
おほよそ礼拝の住世せるとき仏法住世す。礼拝もしかくれぬれば仏法滅するなり。伝法本師を礼拝することは、時節をえらばず、処所を論ぜず拝するなり。

つまり、礼拝の行為が現れている、まさにその時こそが仏法の現成であり、ここで仏道修行が理念ではなく、ただ具体的に行われているかどうかだけが問題になることを知るべきなのであり、仏法の持続は修行の持続なのである。なお、余談的だが密教的な解釈も用いて、この礼拝の重要性を説く箇所もみられる。
一切の陀羅尼はこの陀羅尼を字母とせり。この陀羅尼の眷属として一切の陀羅尼は現成せり。一切の仏祖、かならずこの陀羅尼門より、発心弁道成道転法輪あるなり。

ここからは、焼香礼拝の事実こそが、逆に一切の陀羅尼を産み出すことを示しており、陀羅尼同士にみる阿字の関係を説く密教にも、道元禅師が通じていたことを示す。

また、『御抄』では「陀羅尼」の意義について以下のように註釈している。
陀羅尼と云事、世間には梵語をなづけ、諸経は梵語を漢字に翻訳す。然而、猶漢字にのこす所を陀羅尼といふ。しからば何として、梵字にはのこしをくぞと、覚たれども、梵字多含の義にて、ひろく義をのけ、漢字は一義を心得るゆへに、陀羅尼と云て梵語をあらためず。

梵字が複数の意味を含むということ自体が、既に密教的解釈であるため、本来の梵字とはやや意義を違えているように思われる。

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