曹洞禅・仏教に関するwikiです。人名・書名・寺院名・思想・行持等々について管理人が研究した結果を簡潔に示しています。曹洞禅・仏教に関する情報をお求めの方は、まず当wikiからどうぞ。

【定義】

瑩山禅師の提唱録である『伝光録』の中から、言葉を選んで抄出し、『修証義』の体裁にまとめられたもの、別名「曹洞教会修証義続」。編者は宮城県にある繁昌院住職・菊地大仙師。明治42年(1909)成立。

【内容】

現在でも宗門で使われている『修証義』は、道元禅師の『正法眼蔵』から言葉を抄出して編集されているが、一方で瑩山禅師の『伝光録』全53章の中からも同様の著作を作るべきだという見解があったようである。それで成立したものの1つに『總持開祖御教義抄』がある。そして、1つがここで挙げた『洞流正伝修証法』である。出版などはされず、原本が編者の自坊に残され、また清書が總持寺にあるともされる(駒澤大学にも写真の複写版が存在、禁帯出)。明治42年(1909)1月19日から、同年3月2日までかけて編集された。

内容は以下の通りである。

第一章・総序(発心帰仏)
第二章・懺悔滅罪
第三章・受戒入位
第四章・発願利生
第五章・行持報恩

宗門の「四大綱領」に則って編集されていることが分かる。なお、同著に関して採り上げた桜井秀雄師の「近代宗団の歩み(七)」では、詳細な解題がなされ、中でも次の一文は、『修証義』の内容を補完する意味でも、極めて重要な指摘である。
原典となる伝光録そのものの語句用法から、必然限定されることではあるが、“悟道明心・心地徹通・大悟大徹”等の語が強い表現で提示されている。特に現行修証義に欠けていると評される面を補う意図の下に、第一章には、「参禅学道はもとこれ根本に達し、心性を廓明せんがためなり」とか、「夫れ参禅学道もとより心をあきらめ、旨を悟るをもてその指要とす」という句がとりあげられている

【テキスト】

・桜井秀雄『開けゆく法城』(昭和仏教全書 第二巻)
・『宗学研究』第9巻、昭和42年

以上の2本にて、テキストを見ることが可能である。

【論文】

先に挙げた文献以外として、
・深瀬俊路「『修証義』と『正法義』をめぐって」『宗学研究』33・1991年
・深瀬俊路「新聖典編集と曹洞宗」『教化研修』34・1991年
・深瀬俊路「洞門近代教化と新編聖典」『宗教研究』287・1991年

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

管理人/副管理人のみ編集できます