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【定義】

「脇、席に至らず」と訓じ、西天第十祖・波栗湿縛尊者道業を讃歎する際に用いられる言葉。波栗湿縛尊者は、生まれた時既に60歳で、老人のような出で立ちだったそうだが、80歳で出家し、それから一生の間、脇を寝床(席)に付けること無く、或る時は経行し、或る時は坐禅して修行したことから、「脇尊者」と尊称された。
第十祖波栗湿縛尊者は、一生、脇不至席なり。これ八旬老年の弁道なりといへども、当時すみやかに大法単伝す。 『正法眼蔵』「行持(上)」巻

その後も、同じ修行を勤める者には、この「脇不至席」を用いた。
第三十一祖大医禅師は、十四歳のそのかみ、三祖大師をみしより、服労九載なり。すでに仏祖祖風嗣続するより、摂心無寐にして脇不至席なること僅六十年なり。 『正法眼蔵』「行持(下)」巻

これは、東土第四祖・大医道信禅師の道業である。
大凡浄和尚に見へてより、昼夜に弁道して、時暫らくも捨てず。故に脇席に至らず。浄和尚尋常示して曰く、汝古仏操行あり。必ず祖道を弘通すべし。我、汝を得たるは、釈尊の迦葉を得たるが如し。 『伝光録』第51章

瑩山禅師道元禅師の天童山での修行も、そのようであったと讃歎する。

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