71名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:50:26.610
雅は苛立っていた。
たまたま機嫌が悪かったわけではない。
毎年この日は決まって機嫌が悪くなるのだ。
今日を迎えてからお祝いのメッセージをたくさんもらい、日中は上機嫌だった。
けれど、夜が近づくにつれて雅のテンションはどんどん下がっていく一方だった。
そして今、雅の部屋に置かれた時計の針は午後11時を指している。
雅はスマホのロックを解除した。
メッセージアプリを開き、やり取りの履歴を見る。
しばらく下にスクロールしていくと、探していた名前を見つけた。
通話のアイコンをタップし、音声通話を選択する。
発信音が鳴る間、スマホを持つ雅の手は少しだけ震えていた。
数コール後、ようやく相手に繋がった。
「もも、遅い」
『え、第一声がそれなの?』
桃子の呆れた声。
雅にとっては声を聞くのもずいぶん久しぶりに感じた。
1年ぶりだろうか。
昨年のこの日も同じやり取りをした気がする。
『みや、なんか機嫌悪くない?』
「別に……ももには関係ないし」
『……そっか』
付き合いが長いだけあって、声だけで機嫌の悪さを察知されている。
だが雅としては、桃子の言うことを認めたくなかった。
しばらく沈黙が包む。
電話ではお互いの顔が見えないから、妙な間ができてしまう。
焦った雅は沈黙を破ろうと口を開いた。
72名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:51:20.820
「なんでメッセージも電話もないの?」
口を衝いて出たのは、桃子への文句の言葉だった。
これでは『桃子が原因で機嫌が悪い』と言っているようなものだと雅は後悔する。
桃子に「みやってば、ももちのこと大好きなんだから〜」と返されることなど容易に想像できる。
桃子が何か言う前に、雅は言葉を続けた。
「今日みやの誕生日なんだけど」
『え……えっと、そうだよね。ちゃんと覚えてるよ?』
「絶対忘れてたやつじゃん、それ」
今度は雅が呆れた声を出した。
桃子の性格はわかっているつもりだ。
雅から見た桃子は面倒くさがりで、結構適当で、色々と無頓着だ。
昨年も、一昨年も。
思い返せば、桃子が芸能界を引退した年から。
雅の誕生日に桃子からお祝いのメッセージや電話は届かなかった。
73名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:52:59.860
雅と桃子は元々頻繁に連絡を取り合うような仲ではない。
同じグループで活動していた時から、仕事で連絡を取り合うことはあっても、何気ないやり取りすることはあまりなかった。
雅の誕生日にはメッセージが来ることもあったが、会って直接言われることの方が多かったくらいだ。
Berryz工房が無期限活動休止となってからは、それぞれのグループで活動していたために顔を合わせる機会は減ったが、事務所や番組などで時々会っていた。
また、約4年ぶりの単独ライブとなったBuono! の武道館ライブは雅の誕生日に開催され、会場全体が雅のメンバーカラーである赤色に染まったことは今でも雅の記憶に強く残っている。
その時に桃子から「おめでとう」という言葉をもらったことも雅は覚えていた。
桃子が引退してから──。
以前に増して会う機会が少なくなったにも関わらず、雅の誕生日に桃子はメッセージの一つも寄こそうとしなかった。
そして今年も例外ではない。
そのことが雅を苛立たせていた。
それこそ、電話で文句の一つでも言いたくなるくらいに。
74名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:53:42.910
『もう、ごめんって。そんな怒らないでよ』
「怒ってないし」
『怒ってんじゃん』
「…………ぷはっ」
まるで一緒に活動していた頃のように雅は桃子と言い合う。
あの頃より確実に大人になっていても、こういったところは何一つ変わっていないことが妙に可笑しくなって雅は思わず吹き出した。
同時に、こんな言い合いに時間を使うのはもったいないとも感じる。
時間というのは有限であって、桃子と過ごす時間だってそうだ。
雅につられるように、桃子も吹き出した。
ひとしきり笑った後、雅は桃子に尋ねた。
「ももは最近どうなの?」
75名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:54:46.400
雅が振った話題を皮切りに、お互いの近況を報告し合うことになった。
現在の桃子は幼児教育の道に進み、雅はソロで活動している。
桃子本人から聞く仕事の話は、雅が体験したことのない話ばかりでどれも新鮮だった。
桃子が幼児教育に興味を持っていたことを雅は知っていた。
そのことは、ソロでのテレビ出演が増えていた中で教育実習に参加していたことからも明らかだった。
メンバーの中で一番忙しかったにも関わらず、桃子は雅たちに弱音の一つも吐かなかった。
芸能界をやめると桃子から言われた時のことを雅は今でも覚えている。
息が止まるかと思った。
頭を殴られたような衝撃だった。
桃子は誰よりもアイドルだった。
だからこそ、いつまでもアイドルでいるだろうと心のどこかで思っていた。
一方で、桃子らしい決断であると納得している自分もいることに雅は気づいていた。
出会ってから20年近く経っても、桃子の考えていることが全てわかるわけではない。
言ってしまえば、雅と桃子は正反対なタイプだ。
服の系統も違えば、アイドルとしての方向性も、人付き合いの仕方も違っていた。
一緒に活動していた時もふたりで遊びに行くことはほとんどなかった。
だからといって仲が悪いというわけではなかった。
仲がいい友達というよりは、ライバルのような存在であったと雅は思う。
負けたくないと思うのも、安心して背中を預けられられるのも、真っ先に思い浮かぶのは桃子だった。
もうきっとあの頃のようなライバル関係ではないはずだ。
ただ、今の桃子との関係を何と呼べばいいか、雅にはわからない。
77名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:14:17.070
そんなことをぼんやりと考えていると、今度は桃子が雅に尋ねた。
『そういえば、みや。あの言葉の続き、まだ教えてくれないの?』
「……あの言葉って?」
『もう、とぼけないでよ』
聞き返してみたが、桃子が何のことを言っているか雅はすぐにわかった。
あの言葉の続き。
それは2017年5月22日、Buono! ライブでの『Kiss! Kiss! Kiss!』の曲中のことだ。
間奏明けのBメロ後にメンバーが背中を預けて眠り、夢の中でそれぞれ想いを打ち明けるシーン。
桃子、愛理、雅の順でそれは行われた。
桃子の願いも、愛理の想いも、会場にいるファンの胸を打つ言葉だった。
雅の番になり、ファンやDolceメンバー、愛理へ感謝の思いを伝えた。
そして、いよいよ桃子へのメッセージ。
「もも。ももとは──」の言葉の直後、目覚ましが鳴って曲が再開したのだ。
もちろん雅は初めから伝えるつもりなどなかった。
このやり取りは初めてではない。
何度聞かれても同じ答えしか返さないとわかっているはずなのに、桃子は度々この質問をぶつけるのだ。
「何回も言ってんじゃん、そんなの言うつもりないって」
『えー、雅ちゃんの愛の告白聞きたいんだけどなー』
「きもっ」
『ちょっと、ひどくない!?』
桃子の冗談を雅が冷たく返す。
桃子にだからできることだった。
78名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:16:15.300
『ももは雅ちゃんのこと、大好きなのに……』
「はいはい、だったら誕生日くらい連絡してきなさいよ」
絶対この人面白がってる。
雅は心の中でそう思う。
桃子が“雅ちゃん”と呼ぶのは8割方ふざけている時だと、雅は適当にあしらった。
そうしてしばらく他愛もない話をしていると、雅は次第に瞼が重くなるのを感じた。
時計を見ると思ったより時間が経っていた。
電話越しの声も心なしか気怠げに聞こえたので雅は桃子に言った。
「あ、もうこんな時間じゃん。明日早いし、そろそろ寝るわ」
『んー……ほんとだ。久しぶりだから結構話しちゃったね』
「ね。じゃあ、もも。切るね、おやすみ」
『みや、おやすみ』
通話が終了すると、雅は少し熱くなったスマホをベッドの上に置いた。
桃子との関係を何と呼べばいいか、雅はまだ答えを見つけられない。
どんな関係になりたいかもわからない。
けれど、それでもいいかと思う。
こんな曖昧な関係は桃子以外にいなくて、それはある意味特別なことだから。
眠気が一気にやってくる。
雅はベッドの上に寝転ぶと、そのまま思考を手放した。
79名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:19:14.320
***
桃子のスマホはまだ熱を持っている。
普段あまり連絡を取らない分、雅との電話はついつい長くなりがちだ。
きっと雅は知らない。
雅の誕生日に桃子から連絡しない理由も。
Buono! 最後となったライブでの『Kiss! Kiss! Kiss!』の曲中、雅から桃子に向けられた言葉の続きを何度も聞こうとする理由も。
雅は知らなくていい。
気づかないでほしいとも思う。
雅のことだ、気づいてしまったら連絡が来なくなることだってありうる。
桃子が雅の誕生日にメッセージを送らなかったのは偶然だった。
桃子が引退した年のこの日、桃子は雅にお祝いのメッセージを送るのを忘れていた。
決してわざとではない。
第二の夢に向けての準備が色々とあってドタバタしており、頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
午前0時を迎えようとしていた時のことだ。
電話が鳴ったので相手を確認すると、珍しく雅からだった。
電話に出ると不機嫌そうな声で『今日何の日かわかる?』と聞かれた。
わざわざ電話してくること、機嫌が悪そうなこと。
ある一つの考えが桃子の頭に浮かんだ。確信はなかったが、それ以外には考えられなかった。
その翌年も桃子は雅に連絡を取らなかった。
今度はわざとだった。
するとやはり雅から電話がかかってきて、桃子はようやく確信する。
それから毎年この日は、雅からの連絡を待っている自分がいた。
80名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:21:23.410
アイドルにとって、誕生日は一年で最も大事な日と言っても過言ではない。
ファンやメンバーからのお祝いの言葉、バースデーイベントでの楽しいひと時。
桃子にとっても、自分の誕生日には大切な思い出がたくさん詰まっている。
それはきっと雅も例外ではない。
そんな大事な日に雅が桃子に連絡するということは、それだけ桃子のことを気にしているということだ。
それこそ、桃子からの連絡がないことに対して機嫌が悪くなる程度には。
桃子にとってそれは嬉しいことだった。
たぶん雅はまだ気づいていない。
雅自身の気持ちの正体にも、桃子が抱いている気持ちにも。
桃子からわざわざ教えるつもりはない。
けれど、もしも雅が気づいたのなら、その時には。
「今度はみやから好きって言ってよ」
雅は苛立っていた。
たまたま機嫌が悪かったわけではない。
毎年この日は決まって機嫌が悪くなるのだ。
今日を迎えてからお祝いのメッセージをたくさんもらい、日中は上機嫌だった。
けれど、夜が近づくにつれて雅のテンションはどんどん下がっていく一方だった。
そして今、雅の部屋に置かれた時計の針は午後11時を指している。
雅はスマホのロックを解除した。
メッセージアプリを開き、やり取りの履歴を見る。
しばらく下にスクロールしていくと、探していた名前を見つけた。
通話のアイコンをタップし、音声通話を選択する。
発信音が鳴る間、スマホを持つ雅の手は少しだけ震えていた。
数コール後、ようやく相手に繋がった。
「もも、遅い」
『え、第一声がそれなの?』
桃子の呆れた声。
雅にとっては声を聞くのもずいぶん久しぶりに感じた。
1年ぶりだろうか。
昨年のこの日も同じやり取りをした気がする。
『みや、なんか機嫌悪くない?』
「別に……ももには関係ないし」
『……そっか』
付き合いが長いだけあって、声だけで機嫌の悪さを察知されている。
だが雅としては、桃子の言うことを認めたくなかった。
しばらく沈黙が包む。
電話ではお互いの顔が見えないから、妙な間ができてしまう。
焦った雅は沈黙を破ろうと口を開いた。
72名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:51:20.820
「なんでメッセージも電話もないの?」
口を衝いて出たのは、桃子への文句の言葉だった。
これでは『桃子が原因で機嫌が悪い』と言っているようなものだと雅は後悔する。
桃子に「みやってば、ももちのこと大好きなんだから〜」と返されることなど容易に想像できる。
桃子が何か言う前に、雅は言葉を続けた。
「今日みやの誕生日なんだけど」
『え……えっと、そうだよね。ちゃんと覚えてるよ?』
「絶対忘れてたやつじゃん、それ」
今度は雅が呆れた声を出した。
桃子の性格はわかっているつもりだ。
雅から見た桃子は面倒くさがりで、結構適当で、色々と無頓着だ。
昨年も、一昨年も。
思い返せば、桃子が芸能界を引退した年から。
雅の誕生日に桃子からお祝いのメッセージや電話は届かなかった。
73名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:52:59.860
雅と桃子は元々頻繁に連絡を取り合うような仲ではない。
同じグループで活動していた時から、仕事で連絡を取り合うことはあっても、何気ないやり取りすることはあまりなかった。
雅の誕生日にはメッセージが来ることもあったが、会って直接言われることの方が多かったくらいだ。
Berryz工房が無期限活動休止となってからは、それぞれのグループで活動していたために顔を合わせる機会は減ったが、事務所や番組などで時々会っていた。
また、約4年ぶりの単独ライブとなったBuono! の武道館ライブは雅の誕生日に開催され、会場全体が雅のメンバーカラーである赤色に染まったことは今でも雅の記憶に強く残っている。
その時に桃子から「おめでとう」という言葉をもらったことも雅は覚えていた。
桃子が引退してから──。
以前に増して会う機会が少なくなったにも関わらず、雅の誕生日に桃子はメッセージの一つも寄こそうとしなかった。
そして今年も例外ではない。
そのことが雅を苛立たせていた。
それこそ、電話で文句の一つでも言いたくなるくらいに。
74名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:53:42.910
『もう、ごめんって。そんな怒らないでよ』
「怒ってないし」
『怒ってんじゃん』
「…………ぷはっ」
まるで一緒に活動していた頃のように雅は桃子と言い合う。
あの頃より確実に大人になっていても、こういったところは何一つ変わっていないことが妙に可笑しくなって雅は思わず吹き出した。
同時に、こんな言い合いに時間を使うのはもったいないとも感じる。
時間というのは有限であって、桃子と過ごす時間だってそうだ。
雅につられるように、桃子も吹き出した。
ひとしきり笑った後、雅は桃子に尋ねた。
「ももは最近どうなの?」
75名無し募集中。。。2021/08/28(土) 17:54:46.400
雅が振った話題を皮切りに、お互いの近況を報告し合うことになった。
現在の桃子は幼児教育の道に進み、雅はソロで活動している。
桃子本人から聞く仕事の話は、雅が体験したことのない話ばかりでどれも新鮮だった。
桃子が幼児教育に興味を持っていたことを雅は知っていた。
そのことは、ソロでのテレビ出演が増えていた中で教育実習に参加していたことからも明らかだった。
メンバーの中で一番忙しかったにも関わらず、桃子は雅たちに弱音の一つも吐かなかった。
芸能界をやめると桃子から言われた時のことを雅は今でも覚えている。
息が止まるかと思った。
頭を殴られたような衝撃だった。
桃子は誰よりもアイドルだった。
だからこそ、いつまでもアイドルでいるだろうと心のどこかで思っていた。
一方で、桃子らしい決断であると納得している自分もいることに雅は気づいていた。
出会ってから20年近く経っても、桃子の考えていることが全てわかるわけではない。
言ってしまえば、雅と桃子は正反対なタイプだ。
服の系統も違えば、アイドルとしての方向性も、人付き合いの仕方も違っていた。
一緒に活動していた時もふたりで遊びに行くことはほとんどなかった。
だからといって仲が悪いというわけではなかった。
仲がいい友達というよりは、ライバルのような存在であったと雅は思う。
負けたくないと思うのも、安心して背中を預けられられるのも、真っ先に思い浮かぶのは桃子だった。
もうきっとあの頃のようなライバル関係ではないはずだ。
ただ、今の桃子との関係を何と呼べばいいか、雅にはわからない。
77名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:14:17.070
そんなことをぼんやりと考えていると、今度は桃子が雅に尋ねた。
『そういえば、みや。あの言葉の続き、まだ教えてくれないの?』
「……あの言葉って?」
『もう、とぼけないでよ』
聞き返してみたが、桃子が何のことを言っているか雅はすぐにわかった。
あの言葉の続き。
それは2017年5月22日、Buono! ライブでの『Kiss! Kiss! Kiss!』の曲中のことだ。
間奏明けのBメロ後にメンバーが背中を預けて眠り、夢の中でそれぞれ想いを打ち明けるシーン。
桃子、愛理、雅の順でそれは行われた。
桃子の願いも、愛理の想いも、会場にいるファンの胸を打つ言葉だった。
雅の番になり、ファンやDolceメンバー、愛理へ感謝の思いを伝えた。
そして、いよいよ桃子へのメッセージ。
「もも。ももとは──」の言葉の直後、目覚ましが鳴って曲が再開したのだ。
もちろん雅は初めから伝えるつもりなどなかった。
このやり取りは初めてではない。
何度聞かれても同じ答えしか返さないとわかっているはずなのに、桃子は度々この質問をぶつけるのだ。
「何回も言ってんじゃん、そんなの言うつもりないって」
『えー、雅ちゃんの愛の告白聞きたいんだけどなー』
「きもっ」
『ちょっと、ひどくない!?』
桃子の冗談を雅が冷たく返す。
桃子にだからできることだった。
78名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:16:15.300
『ももは雅ちゃんのこと、大好きなのに……』
「はいはい、だったら誕生日くらい連絡してきなさいよ」
絶対この人面白がってる。
雅は心の中でそう思う。
桃子が“雅ちゃん”と呼ぶのは8割方ふざけている時だと、雅は適当にあしらった。
そうしてしばらく他愛もない話をしていると、雅は次第に瞼が重くなるのを感じた。
時計を見ると思ったより時間が経っていた。
電話越しの声も心なしか気怠げに聞こえたので雅は桃子に言った。
「あ、もうこんな時間じゃん。明日早いし、そろそろ寝るわ」
『んー……ほんとだ。久しぶりだから結構話しちゃったね』
「ね。じゃあ、もも。切るね、おやすみ」
『みや、おやすみ』
通話が終了すると、雅は少し熱くなったスマホをベッドの上に置いた。
桃子との関係を何と呼べばいいか、雅はまだ答えを見つけられない。
どんな関係になりたいかもわからない。
けれど、それでもいいかと思う。
こんな曖昧な関係は桃子以外にいなくて、それはある意味特別なことだから。
眠気が一気にやってくる。
雅はベッドの上に寝転ぶと、そのまま思考を手放した。
79名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:19:14.320
***
桃子のスマホはまだ熱を持っている。
普段あまり連絡を取らない分、雅との電話はついつい長くなりがちだ。
きっと雅は知らない。
雅の誕生日に桃子から連絡しない理由も。
Buono! 最後となったライブでの『Kiss! Kiss! Kiss!』の曲中、雅から桃子に向けられた言葉の続きを何度も聞こうとする理由も。
雅は知らなくていい。
気づかないでほしいとも思う。
雅のことだ、気づいてしまったら連絡が来なくなることだってありうる。
桃子が雅の誕生日にメッセージを送らなかったのは偶然だった。
桃子が引退した年のこの日、桃子は雅にお祝いのメッセージを送るのを忘れていた。
決してわざとではない。
第二の夢に向けての準備が色々とあってドタバタしており、頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。
午前0時を迎えようとしていた時のことだ。
電話が鳴ったので相手を確認すると、珍しく雅からだった。
電話に出ると不機嫌そうな声で『今日何の日かわかる?』と聞かれた。
わざわざ電話してくること、機嫌が悪そうなこと。
ある一つの考えが桃子の頭に浮かんだ。確信はなかったが、それ以外には考えられなかった。
その翌年も桃子は雅に連絡を取らなかった。
今度はわざとだった。
するとやはり雅から電話がかかってきて、桃子はようやく確信する。
それから毎年この日は、雅からの連絡を待っている自分がいた。
80名無し募集中。。。2021/08/28(土) 18:21:23.410
アイドルにとって、誕生日は一年で最も大事な日と言っても過言ではない。
ファンやメンバーからのお祝いの言葉、バースデーイベントでの楽しいひと時。
桃子にとっても、自分の誕生日には大切な思い出がたくさん詰まっている。
それはきっと雅も例外ではない。
そんな大事な日に雅が桃子に連絡するということは、それだけ桃子のことを気にしているということだ。
それこそ、桃子からの連絡がないことに対して機嫌が悪くなる程度には。
桃子にとってそれは嬉しいことだった。
たぶん雅はまだ気づいていない。
雅自身の気持ちの正体にも、桃子が抱いている気持ちにも。
桃子からわざわざ教えるつもりはない。
けれど、もしも雅が気づいたのなら、その時には。
「今度はみやから好きって言ってよ」
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