まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

404名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:24:47.230



長く生きてりゃこういうこともある。そういうことだよね。
別に嫌ってわけじゃないんだけど。ないんだけど。
これはももの意思ではないからさあ。
でも仕方ない。受け容れるしかない。
ただね、みやに会いたいなとは、思ってしまうと思う。
これはどうしようもなく、何度だって、思ってしまうと思う。



「ただいまー」
改札を走り抜けたももが、そう言いながらみやの胸にどんっとぶつかってきた。
「おつかれさま」と言いながら、通りすがりの人の視線に、みやの目はあらぬ方へ泳いだ。

これどう思われるのかな。
ただいまーだから、帰省してきた家族をお迎えに来たのかなとか
それにしても抱き合うなんてよっぽど長いこと離れてたのか、なんて、思われるんだろうか。
「会いたかった」とももは言い、顔を埋めてきた。みやはちょっと顔を赤くする。
半日、バイトに送り出してただけなんだけど。大げさすぎるわ。
「お仕事終わったあと、お母さんとお茶してもいいですか?」
と、梨沙ちゃんから電話があって、もちろん快諾したんだけど
帰り時間教えてもらって、駅まで迎えに来ちゃうみやって過保護ですか。

「仕事ちゃんとできた?」
「褒められたよ」
うふふふと得意げに笑うももの腰をぽんぽんと叩き「さてじゃあ帰ろうか」とみやは言った。

ほんとに、働いて来た。人間のために。
そうさせたのはみやだけど、実際無事につとめて帰って来ると、それはそれで何か驚く。
「働いてみてどうだった?」
「ニンゲンは生き急いでるね」と、ももが言った。
「人生80年て言うから」
「そこがいいよね」
よくない気もするし、それでいい気もする。並んで歩きながら、横顔を見た。
ももは、これまで長く生きてきた悪魔としての時間を、みやと一緒に終えるんだろうか。
お昼寝してたらニンゲンの時間で100年経ってたこともある。とももは言っていたけど
そんなん、ほんとか嘘かなんて、こっちには確かめようもない。

405名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:28:03.690

「梨沙ちゃんとさ、駅ビルのお店をいろいろ見て回ったんだよ」
食後に紅茶を飲みながら、楽しそうにももが言った。
「何かいいものあった?」
「別に欲しいものはなかったけど」
「ウィンドウショッピングなんて初めてだったんじゃない」
「悪魔が封印された石を売ってたよ」
「え?」
みやが顔を上げて目を合わせると、ももは可笑しそうに口元をむずむずさせていた。

話を聞けば、その店はたぶん、パワーストーンとかアクセサリーを売っているパーツ屋さんだ。
「これっくらいの大きさの」と、ももは指で丸をつくった。
「すももくらいか。けっこう大きいね」
以前にみやが遭遇した石は、ピンポン玉くらいの大きさだったっけ。
そういえばあれも、リサイクルショップの商品だったんだろうか。

その石を見つけたのは梨沙ちゃんで、店の奥からももをちょいちょいと手招きした。
「これ、入ってますよね」って言われて「そうだね」って眺めて、帰ってきたのだとももは言った。

「え、そのまま帰ってきたの」
みやは思わず、横に座るももの顔を見た。
「持って帰ってきてどうすんのさ」
ももは紅茶のカップをテーブルに置くと「いらないよね」と続けた。
「だって、それって、誰かが買っちゃったら、誰かのおうちで悪魔が飛び出したりとか」
「運がなかったと諦めるしかない」
「そんな、運気を上げようと思って買った石で」
「ふっ……みやもたまに面白いこと言うね、玉だけに?」
「いや笑い事じゃないわ。ちょっと、それ、みやが買ってくる」
「えぇー?めんどくさいよ」ももはぼそぼそと呟いた。
「明日一緒に行こ?ね、みやが抱っこしてあげるから」
我ながら無茶苦茶を言っている。そう思いながら、みやはももをソファの上に組み敷いた。
頰を合わせると、ももは呻いた。
「……そんな手ばっか使えると思うなよ」

407名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:31:27.960

翌日、ももの案内でたどり着いた駅ビルは
広いコンコースの脇にショッピングフロアの入り口があった。
すぐ前のエスカレーターを上がる。

ももが指差した石は黄色に白い模様が入っていた。アラゴナイト3,000円。と書いてある。
みやはじっとその石を眺めた。みやの目には、ただの石にしか見えない。
「すごいのが入ってるのかな」
「いや……小悪魔が一匹だね」
「わかるの?」
「まあ、雰囲気くらいはね」ももは鼻で笑った。
それにしてもお手頃価格で良かった。みやは安堵の息をつく。
店員が長々話す効用の説明を聞き流し、みやはその石を購入した。
小さい紙袋。この中に、悪魔が入っているなんて。手にぶら下げた重みにみやの胸はざわついた。

いつの間にやら離れていたももを探すと、ケースに入ったパールを小指で無心に掻き混ぜている。
その手を引くと、店を出た。
「それどうする気、飾っておくの?」
「割る」
「割るの?悪魔が出てくるけど」
「話を聞きたい」
「えっ?聞いてどうすんの」
「聞かないとわかんないけど」

人間にとって悪魔とは何なのか、それを知りたい。
いろんな悪魔がいるわけで、いろんな悪魔を知りたい。
「みやは、それを知るためにスターミヤビちゃんになったと言っても過言ではない」
みやがそう言うと、ももは小さいため息をついた。

リビングの床に石を置くと、みやは聖剣をその手に取り出した。

柔らかく傷つきやすいと言われたのに、この石は庭の敷石に叩きつけても金槌で打ってもヒビすら入らなかった。
そこでようやくももが「聖剣使えば」と言った。そういうことは早く言って欲しい。

剣先でつついた瞬間、石に亀裂が走り、みやは息を飲んだ。
すぐに黒い靄が吹き出した。ぐるりと巻いて人の形を成していく。
上に向かって悪魔の羽が伸びばさばさと音を立てると、みやは後ずさり、ももはソファの上に立ち上がった。

靄が消えると、人型は、女の子の姿になっていた。

四つん這いで、項垂れている。黒いTシャツワンピから伸びる生足が艶かしい。
距離を保ったまま身じろぎもせず、みやはじっとその様子を窺った。
一度は広げた羽が畳まれ、ゆっくりしおれるように体の横に降ろされた。
耳の下あたりで切りそろえられた黒髪が、その悪魔の顔を覆い隠していた。

410名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:34:56.930

「……おまえらか。私を封印したのは」
低く、掠れた声で悪魔は呟いた。
「違うよ。解いてやったんだよ」
そうももが言うと、悪魔はその姿勢のまま何回か肩で呼吸した。鼻息が荒い。
今の言葉の真偽を考えているように見えた。

「みや、これどうすんの」
ソファの上で仁王立ちしたまま、ももが視線を投げて来る。
「話を聞きたい」
みやが言うと、悪魔はバッと顔を上げた。
「は?……まじ」
「まじだよ」
「それで、自由の身に戻れる?」
「まあ、たぶんね。とりあえずだけど」とももが言う。
「おお……神よ」
悪魔は膝立ちで顔を覆って呟いた。
ももが眉根を寄せ困ったような顔をして見てくる。その顔が可笑しくて、みやは口元を覆った。

悪魔はリカコと名乗った。
オーバーアクションは気になるが
エキゾティックで目に力のある美少女だ。

「最初に言っとくと私は悪魔バスターなんだけど」
そうみやが言うと、床の上で横座りしていたリカコは口をぱくぱくさせ、体をくねらせながら、ももを横目で見た。
「私は悪魔だよ」
「なにゆえに」
「まあまあ、そこは置いといて」
確かに一から説明するのもやっかいだ。みやは再び口を開いた。
「あの、とりあえず基本、私は何もしてない悪魔は祓わないから」
「何もしてませんとも!……いや、ちが」
リカコはそう言うなり床に突っ伏した。拳が床を叩く。

「ちがう……私はただ、ムロを助けたかっただけ」

412名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:38:11.140

「ムロは、ちっちゃい頃から私を可愛がってくれていたのです」
「声ガッスガスだね」と横槍を入れるももを、みやは目線で制した。
「ムロっていうのは」
「半ケツがエロい夢魔です」
リカコの言葉に、ももは黙ったまま片眉を上げる。
「リカコちゃんも夢魔なの?」
みやが聞くと、リカコは片手で口を覆い首を振った。
「いやっ……ふ……自分そんな無理っす」

リカコは、悪の音楽を広く普及する悪魔なのだという。
「狂ったギターの音色とうねる重低音、イカれたリリックは、ニンゲンを混沌に陥れ希望を奪いさるのです」
と、リカコは言った。
リカコはそのままオススメを語り出そうとしたが、それはももがやんわりと止めた。

ムロが封印されてしまったのはだいぶ前。
それを知ってから、リカコはずっと、どこにあるのかもわからない石を探し続けた。
噂と勘だけを頼りにやみくもに探し続ける日々だったが、ある時
見かねた悪魔が手を差し伸べてくれたのだと言う。

「これを貸してくれて」
リカコがワンピのポケットから取り出したのは、スマホのような機器だった。
受け取ったそれを操作したももが目を細め、唇をすぼめる。
「何だかわかるの?」とみやが聞くと、ももは顔を上げた。
「悪魔が封印された石の場所をスキャンしてるみたいだね」
「そう!そうなんですよ。だからそれを借りてからはそこに見えてるのをいっこずつ、当たってて」

414名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:41:24.100

それは、工事現場で施工途中の石壁に半分埋め込まれていた。見てすぐに、リカコにはわかった。
ここにムロはいない。
スキャンは正確で、たどり着けばその石には確かに悪魔が封印されているとわかるのに
いつだってそれは探している石ではない。

リカコは地面に落ちていたパイプを握ると、奇声を上げながら力任せにその石を打った。
何度も、何度も、打つうちに、壁が削れ、丸い石は地面に落ちて転がった。
リカコはさらにその石めがけてパイプを振り下ろした。
真夜中の工事現場に、石を打つ金属音とリカコの吠え声だけが響いた。

振り下ろすうち、不意に溢れ出したものに視界がぐにゃりと歪む。
しゃくり上げた途端、涙はぼろぼろと頰をこぼれ落ちた。リカコは手の力を失い、パイプを取り落とす。
口を大きく開けて、肩で息をした。

何やってんだ私。こんなこと、まるで無意味だ。

ピシリと小さな音がして、リカコは足元を見る。
割れた石から黒い生き物が飛び出し、空へと飛んでいくのを、リカコはぼうっと見送った。

416名無し募集中。。。2019/01/02(水) 12:44:31.690

その直後だった。
「何かを、被せられたんだと思いました。急に目の前が何も見えなくなって
上からすごい圧がかかって、耐え切れなくて倒れたら、全身が地面に押し付けられた。
背中が焼けるように熱くなったと思ったら、そこから、ものすごい勢いで体が吸い込まれて」

その時の恐怖を思い出したかのように、リカコは自分の膝を抱き、ぶるっと震えた。
「そのまんま、封印されちゃったわけだ」と、ももが言った。
「結局、私は、ムロのこと、見つけ出すことすら」
そう言ったきり、膝に顔を埋めたリカコは、少ししてから肩を震わせ泣き出した。
何度もしゃくり上げる子どものような嗚咽が、みやの胸をぎゅっと締め付けた。

「みやが見つけてあげる」
横からももの手が伸びてきて、きつく腕を掴まれる。
「待ってよ」
「だって、そのスマホがあれば、手がかりにはなるんでしょ。みやだったら聖剣で封印もすぐ解ける」
「何言ってんの、何言ってるかわかってるの」

リカコが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を上げた。
「ほぅ、ほ、ほんとですか?」
「みやは悪魔バスターだけど、何でも祓うわけじゃない。ムロを助けてあげる、その代わり」
「その代わり、何ですか」
「ムロには夢魔は廃業させて」
「それなら!いっ、一緒に、音楽やります」
「……んー、まあ、それくらいなら、別に」
「お願いします!」リカコは床に土下座した。
みやの腕を握り絞めていた、ももの力がゆるんだ。
その手に上からそっと触れると、みやはリカコの方に近づき、前にしゃがみこんだ。

「んっ……あの、ついでに図々しいお願い、いいですか」
頰を手の甲で拭いながらリカコが言った。
「ん?」
「それまでここに、私を、置いてもらえませんか」
子犬のような目で見上げられる。
みやはももを振り返った。ももの顔はこれまで見たこともないほど引きつっていて
これは抱っこでは誤魔化せそうにないな。と、みやは思った。

474名無し募集中。。。2019/01/04(金) 18:22:16.580

少しの間、何か考えるように目を伏せていたももは、視線を上げるとみやの方を見た。
「ここは、みやのおうちだから、みやが決めたことには従います」
みやが口を開く前に、リカコが平伏したまま「ハイそうさせていただきます!」と声を上げた。
「いいの?」とみやが言うと、手招きされる。
近づくと、足を踏まれた。
顔をしかめた途端、肩を掴まれ、ももの顔が耳の下に入ってくる。

「みやに振り回されんの慣れた」
自嘲のような微かな笑いを含んだ、ため息のような声だった。
みやは頰を緩ませると、その手首を握り「ありがと」と言った。
ももはふっと顔を反らすと、ようやく、踏んでいた足をはずした。

にへひかを泊める時に使う部屋を、リカコには使わせることにした。
言わなくても触れないだろうと思いながら、窓とドアに貼り付けてあるカトラリーの話もした。
「ただのシルバーじゃないからね」と、ももが念押しする。いや、ただのシルバーなんだけど。
言われずとも、怖くてしばらく外に出ようとは思えない。とリカコは言った。
家主の倉庫部屋に置いてあったギターのことを思い出し渡してやると、リカコはチューニングを始めた。
おとなしくしていてくれるなら構わない。

「悪魔って、みやが思うよりずっと臆病なんだよ」
ももにそう言われて、みやは抗議の眼差しを向けた。
「そんなこと、みやに向かって言うのは狡い」
「悪魔のこと知りたいって言ったのはみやだから教えてるんだよ」
「わかった。……みやがもっと強くなればいいんでしょ」
「そういうこと」
リカコにただ同情して、感情に流されているわけじゃない。
対象を知ること。見極めること。
何を祓うべきか、自分自身で決められるようになりたい。
そのための場数を踏む。これはそのひとつだ。

475名無し募集中。。。2019/01/04(金) 18:25:34.310

翌朝目覚めると、ベッドの隣は空だった。
めずらしく早くから起き出しているらしい。みやは起き上がって伸びをする。
伸ばした腕を戻しかけ、ふいに思い出した。
そうだ。今、うちには、もう一匹悪魔がいるんだった。
慌てて身支度し、廊下に出る。リカコを寝かせていた部屋のドアを開けると、誰もいないベッドが目に入った。
階段を降りていくと、甘い匂いがしてくる。みやは降りる足を速めた。
リビングのドアを開けると、奥のキッチンスペースで何か調理しているリカコの姿が目に入った。
部屋中にパンケーキの匂いが充満していた。

ももは、みやに背中を向けて、カウンターに上半身を預け、その様子を覗き込んでいた。
「ねーところでさ、リカコちゃんはもものことどう思う?」
「あーこんな可愛い夢魔なんてこれまで会ったことなかったですねー」
「えぇー?それほどでもないけどなあ。ムロとどっちが可愛い?」
「いやそりゃ断然こちらの方です!あなたです!」
「リカコちゃんはいい子だねー」

半ば呆れながら、みやはそのやりとりを聞いた。
が、ももとリカコがうまくやってくれるなら何かと事も進めやすい。
今回のことで、ももに無理を通している負い目がないと言ったら嘘になる。
「パンケーキ?」と、声をかけると、リカコは顔を上げ、ももが振り返った。
目が合ったリカコは一瞬、口角をきゅっと上げて笑顔を見せた。寝癖がひどい。
可愛い。そう思った。

後片付けを済ませると、リカコは部屋へ引っ込んで行った。
今日から始めるなら、何か準備はいるだろうか。
みやは自室で簡単に荷造りする。マップを頼りにして、しらみ潰しに当たるだけだ。まずは日帰りで近場から。
リビングに戻ると、ももはソファに座って、スマホの画面を爪で弾いていた。
「これの持ち主に一言話つけておきたいんだよね」
「知ってるの?」
「うん。たぶんね。こっちを済ませてから出かけよう」

庭に出ると、ももはゲートを開いた。
縦に引いた線から、ファスナーでも開くように亀裂が口を開ける。
以前、梨沙ちゃんを送り出す時に見た、魔界へのゲートだ。
「どこに行くの」
「みやも来て」
「もちろん、行くつもりだけど」
腕を絡められた。ぎゅっとくっつかれる。
「ももから絶対、離れないでね」

476名無し募集中。。。2019/01/04(金) 18:29:24.670

ようやく目が慣れてきた。足元で硬質な音を立てる土の感触と空気の流れから
洞窟のような細い道を歩いていると思っていたが
両側は石を組み上げた高い壁で、長い長い廊下のようだった。
「ここもお城?」
声を潜めてみやが尋ねると、ももは「街だよ」と言った。
みやの右手の小指は、ももの小指にしっかりと絡め取られていた。そのまま引かれてさらに進む。

数百メートルは進んだだろうか。ぐいぐいと進んでいたももが突然立ち止まり、みやはその肩に体をぶつけた。
その途端、頭上で割れんばかりの鈴の音がガチャガチャと響き渡り
びっくりしたみやはももの肩にしがみついた。
音のした方を見上げ、目をこらすと、左右の壁の高いところにたくさんの大ぶりな鈴がぶら下がっている。
「なによこれ」
そう言ったももの足が、張られた紐に引っかかっていた。

ももは鼻息荒く、紐を踏みつけると、みやと小指を繋いだまま真っ直ぐ大股に歩き出した。
「だっ、大丈夫なの」
「は?」
「侵入がバレたってことでしょ」
「そもそも別に逃げ隠れするつもりじゃないし」
たどり着いた突き当たりのドアを、ももは拳で乱暴に叩く。返事はない。
鍵などはかかっていなかった。
ももが大きく開け放ったドアの奥、いくつものランプの光にみやは目を細めた。
木の古めかしいデスクと大きな椅子、左右の棚にはガラクタのような置き物が秩序もなく詰め込まれている。
小部屋の中には誰もいなかった。
ももの機嫌はさらに悪くなった。

その場から、再びももが開いたゲートの先は、まるで裏通り。
飲み屋のような小さな軒が並び、それぞれ中で悪魔たちが騒いでいる。みやの胸はざわざわとした。
そのうちの一軒、一人通るのがやっとの狭い階段を、ももの後ろに着いて上がる。
身長よりだいぶ低い木戸を開け、潜り抜けると、蝋燭の火がゆらめいている。
カウンターの一番奥に、女が座っていた。

「まあさ」
ももが声をかけると、その黒髪の女は黒い盃を持ち上げたまま振り向き
ももの後ろに立っているみやをじっと見つめた。
「もしかして、そちらさんは、みや?」
繋がれたままだったみやの小指が、ぎゅーっと握りしめられた。

477名無し募集中。。。2019/01/04(金) 18:33:25.570

「よくこれが、あたしのだってわかったね」
「だって、漫画のシールが貼ってあったから」
ももがスマホの裏をかざして見せると、茉麻は「もうこのシリーズ古いんだよね」と
器用に爪を引っ掛けてシールを剥がし、すぐ横の壁に貼り付けた。

「まずなにより、封印された悪魔の情報なんて、一介の悪魔にはまるで必要ないものだからね」
スツールに腰掛けると、ももは隣の座面を指で叩き、みやを座らせた。
「茉麻くらい、偉い悪魔でないと」
「ハハッ、ももからお偉方扱いされるのなんて初めてだ」
カウンターの中から黒い山羊の頭がぬっと顔を出し、みやは咄嗟に口を覆って悲鳴をこらえた。
「かぶりものだよ」とももは言い、山羊の手から盃を受け取る。
みやの前にも赤い盃が置かれた。色のわからない酒で満たされている。
決して口はつけまい、とみやは思った。

「ようこそみや」と、茉麻が盃を突き出してきた。
間に挟まれたももが手に持った盃でそれを押し戻すと、茉麻は苦笑した。
「で、あの子は、無事に探してた悪魔を見つけたのかな?」



下級悪魔なんてその時の気分と欲望だけで動いてりゃ良い。あとは上がなんとかしてくれるもんだ。
まあさみたいな管理側にしたら、こんなのばっかで大変だろうね。
まあさが何を思って、これを許したかっていったら
封印破りなんて事を荒立てるのは、下っ端に任せておこう。くらいのことだと思うけど。
まずリカコちゃんにあの機器を渡したのは、失敗だったね。
工事現場で封印を解かれた悪魔は、まあさのところに帰ってきたけど、使い物にならなくなってたってね。
みやの目の前で解かれたあの悪魔も、まあ話を聞くに完全にパニック状態になってたみたいだし
期待してたのかもしれないけど、あれも完全なハズレだよ、まあさ。
言っとくけど、あれでみやを恨むのはお門違いだからね。



478名無し募集中。。。2019/01/04(金) 18:37:00.880

「もうちょっと、精度上げられないのかなこれ」とももが言うと、茉麻は肩をすくめた。
「ピンポイントでマークしたい珠は使い魔が張ってるし、そんなのだいたいわかればいいからさ」
「ムロがどこにいるのかわかるならもっと話は早いんだけど」
ももはスマホのマップ画面をぐにゃぐにゃと無作為に動かしていた。
「あたしにわかるのは機器頼りでここまでだね。上はもしかしたらわかってんのかもしれないけど」

「リカちゃんなら知ってるのかな」
みやの言葉を聞き、茉麻は目を伏せて口の端っこだけで笑った。「リカちゃんね」
「あの人には聞かない」
とすかさずももが言う。
「会ったらまた面倒なことになりそう」

こっちこそ、会いたくはないけれど。あんな怖い思いは二度としたくない。
茉麻が、ももの顔を覗き込んでいる。
「ももって鈍感なとこあるよね」
「え?意味わかんないんだけど」
みやにはなんとなく、茉麻の言ってる意味がわかる。
そう。リカちゃんが面倒なことにしてるわけじゃない。多分、ももが、その関係を面倒にしてるんじゃないかな。
言わないけど。

「まあ、みやが手当たり次第聖剣でバンバン解いてってくれるって言うなら、こっちにとっても悪い話じゃないからね」
「無責任だよ茉麻は」
「あんたに言われたくないね。まあ、これはまたそっちに預けるよ。別にしばらくなくても困らない」
「わかった。帰るよみや」
小指をぐいっと引っ張られて、みやはスツールを降りた。

店を出る直前、茉麻は「もも」と声をかけた。
「みやを紹介してくれてありがとう」
「どうしたしまして」
茉麻の視線がみやに移った。みやが「お邪魔しました」と口にすると、茉麻は笑った。
「ももはあたしの友達なんだ。これからも頼んだよ」

131名無し募集中。。。2019/01/23(水) 14:26:06.880

ムロという夢魔を封印から解く。
リカコから引き受けた石探しだったが、みやにはもう一つ、それをしたい理由があった。
探しながら、いろんな悪魔と話をしてみたい。
茉麻に借りたデバイスは、石のありかを教えてくれる。頼りになるのはこれだけ。

「こんなとこに悪魔が転がってるとか、怖すぎる」
「別に踏みつけたくらいで解けたりしないよ。ほれ」
繁華街の雑踏、街路樹の真下で土に半分埋まっていた黒い石を、ももはつま先で器用に掘り出し、やおら踏みつけた。
みやは慌てて屈むとももの足を叩き、その下から丸い石を拾い上げる。
「どこか、どっか人のいないとこまで持ってく」
細い路地に入ると、みやは聖剣を取り出した。
地面に置いた石に切っ先を向け、慎重にコツン、と突く。
亀裂からすぐに上に伸びた黒い羽は、みやの目の前で大きく羽ばたき、人型の悪魔が現れた。
目指すムロでないことは明らかな、筋骨隆々としたその姿を見てみやは一歩後ずさった。
「あの」
声をかけた途端、開かれた真っ赤な目がぎろりとみやを睨みつけながら立ち上がる。
2メートル以上はあろうかという体躯。
ハッとして後ろを振り返ると、走って逃げていくももの後ろ姿が目に入った。

「うっそ」
顔の横に伸びて来た腕を咄嗟に振り上げた剣で払うとすぐ、みやは体勢を低く屈め
懐に飛び込んでその巨大な体に剣を突き刺した。
覆い被さってくる黒い影は、体に触れる前にみるみる溶け落ちる。
何もなくなった中空を睨みつけたままみやは剣を収めた。詰めていた息を吐く。
地面で割れていた石はあっという間に塵と化し、風に吹かれて飛んでいった。

ももはすぐ近くの公園のベンチで膝を抱えていた。
駆け寄ると、みやは再びハアっと大きな息を吐き、その顔を覗き込んだ。
「おい」
見上げるももは、みやの視線を受け取めると目を細め微笑んだ。

132名無し募集中。。。2019/01/23(水) 14:29:34.330

「どうだった?お話できた?みや」
「ねえ、本気で言ってないよね、そんなこと本気で言ってんじゃないよね」
顎をぐいと掴んで上向かせると、ももは目をぎゅっと瞑ってみやの手を払った。
「だってみやは武器持ってるけど、ももはなんにも持ってないし」
「ももが悪魔にやられるとかないよね。みやがどうなってもいいわけ?」
「あの程度の悪魔にどうこうされるようなことないでしょ」
「逃げたくせに」
「ちょっと、ビックリしただけだよ」
みやは片頬だけで笑った。こいつ、使えねえ。

ももはベンチから立ち上がると、強引にみやの手を取った。
「本当にマズイ時はこうやって手を握ってあげるからさ、一緒に逃げよう」
それでいいのかよ。と喉まで出かかった言葉をみやは飲み込んだ。

ももの態度には最初こそ若干腹が立ったものの、石探しを続けるうち、みやにもだんだんわかってきた。
敵意を剥き出しにし襲いかかってくるような悪魔は祓うしかない。
そしてほとんどは、割れた石から飛び出した途端に逃げ出していった。
みやとしては、それらしき女の姿があれば「ムロですか」と声をかけるのが精一杯。お話どころではない。
リカコと心を通い合わせることができたのは、奇跡的なことだった。

石の色や大きさと、出てくる悪魔に関係があるのかどうか、みやにはわからなかった。
どす黒い斑の石から見目麗しい悪魔が出てくることもあれば、パステルカラーの石から醜悪な悪魔が出てくることもあった。
それでも、みやは手応えを、経験が自分の内に積み上がっていくのを感じていた。
よくよく探れば、彼らはおおむね無邪気なようにも思えて、興味はさらにつのった。
逃げていく間際、呪詛を吐き捨てて行くもの、薄っぺらい謝辞を言い捨てて行くもの。
ももは、大抵みやの後ろで黙ったままそれを眺めていた。
たまに石を指し「これはムロじゃないよ」と言われると、みやはそれに従い
石のまま、自分のバッグに収めて持ち帰った。
「どういうコレクションよ」
「そのままにもしておけないし」
「どうするつもり?」
「封印は解かない。見える場所に置いておくの」

「まあ、みやが拾ったんだしみやの好きにしていいけどね」
「あんまり、石だらけになったら考えるけど」
「みや、趣味悪いよ」
「いやいやいや、悪いけどセンスには自信あるし」
「そーですかぁ」と言いながら前を行くももの背中を、みやはど突いた。
前のめりによろけるももの首を引き寄せるように腕を回し、ぎゅっと抱きとめる。
「趣味いいでしょ」
そう言ってやると、ももは黙った。みやの頬がゆるむ。
うい奴めと伸ばした手で頬を叩くと、親指の根本を噛まれた。

133名無し募集中。。。2019/01/23(水) 14:33:00.060

出かけるたび、リカコは弁当を持たせてくれる。
「まあ、何ていうんですか、これがまさに正真正銘、悪魔のおにぎりっていう」
みやが笑うと、リカコは指先で耳の上を掻いた。
手渡された包みはほんのりと温かい。
「へんなもの入れてないでしょうね」
リカコはブルブルと首を振る。
「リカコちゃんはそんな器用な子じゃないもんねえ」
そうももが言うと、リカコは憮然とした顔で唇を尖らせた。

敬礼するリカコに見送られながら家を出る。
「さて、今日こそムロを見つけよう」
「この途方もない石探しの見返りがおにぎりだけでいいわけ?」
門を出て、坂道を下りながら、呆れたようにももが言う。

駅からずいぶん歩かされ、辺りはすっかり暗くなっていた。河原の堤防を降りていく。
コンクリートから下の草むらに飛び降りると、みやは振り返り
おぼつかない足取りで降りてくるももに手を伸ばした。
「暗いけど、わかるかな」
「わかるよ」
みやの手を掴みぴょんっと飛び降りたももはスマホを片手に橋の下の暗がりへと歩いていく。
辺りは道沿いの街灯がうっすらと照らしているだけだ。

橋の影に入ると、不意に前を行くももが立ち止まった。どこかを見ている。
「見つけたの?」
そう言いながらみやが歩み寄ると、ももは腕を伸ばしてみやの体を止めた。
「え?」
視線の先を見ると、暗闇の中、少し離れたところに女の子が立っているのがわかった。
白いワンピースにダウンジャケットのフードを被っている。
風が吹いて、フードからこぼれたその子の黒髪が頰を撫でていた。
ももが躊躇うような吐息を漏らす。
目を凝らして、みやにもようやく、その子が誰なのかわかった。

見紛うはずもない。そこに立っているのは、ちぃだった。

134名無し募集中。。。2019/01/23(水) 14:35:56.770

「ちぃちゃんひとり?まいちゃんも一緒?」
そうみやが聞くと、ちぃは被りを振った。

ももが一歩踏み出す。
「どうしてこんなとこにいるの?」
ちぃは肩でため息をつくと、片手でフードをはずしながら口を開いた。
「あの別に、好きでここにいるわけでもないんで。っていうか、なんでここに来たんですか?」
「石拾い」
ももの言葉にちぃは黙ったまま首を傾げた。
「ねぇ」
「あーごめんなさい、ちょっと、もう行かなきゃなんないんで」
早口でそう言うと、ちぃは左右を見回してから川の方へと駆け出した。
走りながら脱いだダウンを片手に、その背から大きく羽が伸びる。
足が地面を蹴り、ちぃの体は一気に高く舞い上がった。黒い影はあっという間に橋の上へ消えていく。
咄嗟に追い掛け、2〜3歩行ってみやは足を止めた。
追えるわけがない。
でもどうして?

呆然と見送っているみやの袖を、急にももがぐいと掴んで引き寄せた。
ハッとしてみやが見ると、ももの横顔は、ちぃが消えていった方とはまったく逆を見ている。
橋の下の暗がりを抜けた先、地面に落ちる街灯の光を背にした女性のシルエット。
その片手に、長い剣のようなものをぶら下げている。みやは目を細めた。
「あれ悪魔バスターじゃん?」横でももが小さく顎をしゃくる。
みやは再びちぃが消えていった方角を見上げた。

逃げていたのか。
一旦胸を撫で下ろし、それから、みやは思わずふっと笑った。
逆だし。あっちに見える悪魔バスターが、みやの仲間。
「ねぇ」
と、遠くから声をかけられ、みやがはももをかばうように前へ出た。
そう。仲間だけど。
今は、ももを逃がさなきゃいけない。
「ね、今ここにダウンジャケット着たちっちゃい女の子いなかった?」
近づいてくる。みやは迎えるようにそちらへ歩みを進めた。

135名無し募集中。。。2019/01/23(水) 14:39:28.180

「じゃ、もも戻ってるね」背中から声をかけられる。
みやは振り返らず「うん。そうして」と返事をした。

真正面に、その女性はだいぶ近くまで歩み寄って来ていた。グレーのベンチコート。足元の白いスニーカーが目立つ。
みやが微笑むと、彼女もまた微笑みを返したのがわかった。
髪を後ろに束ねたその面差しは、みやより年下のようにも見える。
「こんばんは」
機先を制するようにみやからさっと声をかけると、ちょっと不意をつかれたように、その子は目を見開いた。
「こんばんは。あの」
「ダウンジャケットの女の子なんて見ないけど。何色の?」
「白いワンピースに、黒のダウン」
無防備に、右手にぶら下げているのは、やはり長剣だった。
みやの脳裏に一瞬、考えがよぎる。ひょっとして、この子は。
視線に気付いて、彼女は再び取り繕うような微笑みを浮かべたが、剣を隠すそぶりもなく、そのまま何も言わない。
2人は間近に向かい合っていた。

「ここにはそんな子、いなかったけど」
「そっか」
そう言いながら、彼女の視線がみやの肩越し、左背後に流れる。
「友達と散歩してたんだけど、もう帰るとこなの」
「そうなんだ」

つと伸ばされた手がみやの肩に触れた。
見つめ合うと、探るような視線に、みやは目を細めた。彼女は一旦俯いてから顔を上げ、唇を開いた。
「あなた、悪魔に憑かれてる」
瞬時に引きつったみやの顔を覗き込むと、彼女は笑った。
「大丈夫だから」
そう言うやいなや、みやの肩から手を離すと、背後に向かって駆け出す。
振り返ると、ももの姿はまだ視界の中にあった。一気に血の気が引く。
おい、ご自慢の逃げ足はどうした。もたもた石段上がってる途中かよ。
その後姿に向かって真っ直ぐに、草むらを蹴る足音が遠ざかっていく。
みやは唇を噛むとすぐ後を追った。
ベンチコートの裾が風に煽られ翻っている。銀色の剣身が光を返している。
必死に追うみやの視界に遠く、段の途中で振り返り、固まっているももの姿が見えた。

210名無し募集中。。。2019/01/27(日) 00:51:56.020


結局、外に出るってのはこういうリスクを負うことだよね。
いつかみやの手で消してもらう時までリスクは徹底的に回避して、万全に過ごすことだってそりゃできる。
できたんだけど。
ごめん、嘘だ。
ももは、みやの好きにさせたいし、もう、近くで見ていたいっていう感情を抑えられない。
干渉を、止められない。
そんな衝動のまんま動いてたら、遅かれ早かれこんなことも起こるんじゃないかって
どっかで、思ってた癖に。ねえ?


ももを悪魔と見抜いたバスターが、みやの前をまっすぐ走って行く。
堤防を上がる階段の途中で、凍りついたように固まっているももに向かって
その手に持っている剣で、一突きにするために。
全身が悲鳴を上げるほど追い立ててるのに、どうして、距離が全然縮まらないんだろう。
みやの力って、こんなもんなの?
こんなこと、ありえない。

飛ぶように傾斜を駆け上がり、ももに襲いかかろうとするコートの後ろ姿が見える。
その向こう側で、見えていたももの顔が、消える。
「やめて!!」
血を吐くようなみやの願いは、橋の下に反響して散った。
傾斜を上がりきる直前、みやの目に飛び込んできたのは、振り返ってこちらを見ているバスターの顔。
足がもつれ、みやはつんのめるようによろけた。
「はぁっ……はぁ」
転びかけたみやの視界には、彼女の足元で仰向けに倒れている、ももの姿があった。
頭の横で左手の小指が丸まっている。ゲートを開くのすら、間に合わなかったということか。
みやは片手で胸を押さえた。

「……やめて」
低く押し殺すようなみやの声に、こちらを向いている彼女の黒目が揺れた。
ももは自分の上に立っている悪魔バスターを射るように見つめている。その喉元に、剣の切っ先が突きつけられていた。
衝動的に湧き上がる感情を堪える。

「この、悪魔の言ってることほんと?」
と、彼女は言った。
ももの表情は動かない。
「何て?」
「自分が消えたら、あなたも死ぬって」
「……ほんと」
みやがそう言うと、バスターは顔を歪めた。

211名無し募集中。。。2019/01/27(日) 00:58:17.470

ももが頭を少し動かすと、剣先はそれを追った。
「動かないで」
「今、みやが言ったでしょ。もものこと消したら、あんた人殺しになるんだけど」
「あぁ、契約を結んでるってわけだ」
「そう。だから」
ももの言葉を遮るように、みやは声を上げた。
「悪魔の、魂の契約とかじゃないから」
彼女と、こっちを見たももの目も同時に見開かれた。

「どういうこと」
「死ぬ時は一緒だよって、約束してるだけ」
「どうして」
「……愛し」
「やめてよみや!何で今そんな話すんのややこしくなるじゃん!契約ってことにしといた方がいろいろ」
「じゃあ、契約ってことでもいいけど。まあ?教会で誓い合ったわけだし」
ももがため息を吐いたので、みやはムッとした。

「愛を?」
急に、間に立つ彼女が呆けたような声を出した。みやは不機嫌な顔のままそちらを見て頷く。
「あのさ、私も、あなたと同じ、悪魔バスターなんだよね」
そう言って、みやは右手に現れた聖剣を握りしめゆっくり近づいた。
銀色の聖剣に、彼女の視線が吸い寄せられる。
剣身でももを狙い定めている切っ先をそっと除けた。彼女は抵抗しなかった。

「……天使との契約?」
「そう。最後一緒にって、天使との約束」
階段に座り込んだ彼女の隣に、みやも腰掛けていた。
遠く川岸で石を投げて遊んでいるももを頬杖で眺め、彼女は言った。
「生かす意味あんの」
「あの子はみやに、悪魔が何なのか、教えてくれる」
どうして、みやが悪魔バスターをやってるのか、教えてくれる。

「ふぅん。まあ、今はもう人に干渉しないっていうなら、それでもいいのか」
彼女は無造作に片手で結んでいた髪をほどく。豊かで弾力のある毛束が肩に落ちた。
「さて、今日はもう店じまいだ」
そう言い、右手を握りしめる彼女を見て、みやはついさっき頭をよぎったことを思い出した。

「ねえ、もしかしてって思ったんだけど、あなたが持ってるのも、天使の聖剣じゃないの」
みやがそう言うと、大きな黒目が向けられ、得意げに唇が微笑む。みやは確信した。
やっぱりこの子は、天使の賭けに乗せられたもう一人の悪魔バスターだ。
「天使に使われるだけでは終わらせない。私には私の筋があるから」
意思の強い瞳だった。
ベンチコートを両手で叩きながら立ち上がった彼女を、みやは見上げた。
「ねえ、名前教えて」
初めて見せた溶けそうな笑顔は、悪魔バスターとは思えないほど無防備であどけない。
「愛理。……あのさ、なんか、みやとはまたどこかで会えそうな気がする」

212名無し募集中。。。2019/01/27(日) 01:04:01.830

探していた石のことをすっかり忘れていたのに気付いた時
すでに二人は電車の中だった。
「戻る?」とみやが言うと、ももは嫌そうな顔をした。
「やっぱ今日はもういいか」
「みやも疲れたでしょ」
「まあね」

もうだいぶ時間も遅いのに、車内は帰りの通勤客で溢れかえっている。
ドア際に身を寄せて、二人は共に電車の揺れに耐えていた。
「またすぐ出直せばいいよ。なくなるような場所でもなかったし大丈夫。リカコちゃんには悪いけど」
そう言うとももは乗客から目を逸らすように横を向いて、ガラス窓の外に視線を流した。

みやの脳裏にさっきの光景がちらつく。
ももの喉元に剣を突きつけていた、愛理の姿。
あれは、初めて会ったとき、ももを祓おうとしていた、みやの姿だ。
夢魔の作り出す夢に、先回りする罠の仕掛け方を師匠に教えてもらってすぐ、初めて試した。
今思えばよく飛び込んでいったものだ。碌な準備もしていなかった。返り討ちの危険が高すぎた。だからこそ
あれは運命だったんだと、何度も思った。
だけど、ほんの少しの掛け違いで、もし、ももの剣が愛理の方に与えられていたら。
ももは愛理に着いて行ったんだろうか。

そんなこと。

減速する電車が大きく揺れ、後ろから押されたみやが、ももの体を押しつぶすと
外を見ていた視線がこちらを向いた。
人いきれ。みやの腕の中で窮屈そうにもぞ、と肩が動く。
密着したまま黙って顔をしかめ、困ったように微笑むももの肩にそっと手を伸ばし
コート越しの熱に触れると、堪えきれないほどの衝動がみやの胸を衝いた。
こみ上げるものを抑えきれず、みやは言った。
「次で降りよ」
「え?」
「次の駅で」
「帰るんじゃないの」
「だって」
あとは黙ったまま、ももの腕を掴む。
みやの目を見上げると、それきりももの方も何も言わなくなった。

駅に着くと、押し出される乗客に巻き込まれながらホームに降りる。冷たい空気が頰を撫でた。
大きく息を吸えば少しは楽になるかと思った体の内は、空気を取り込むほどに熱く痺れる。
並んで改札に向かいながら、ももの手がみやの腰に触れた。
それだけで、みやは苦しげに目を細めた。

214名無し募集中。。。2019/01/27(日) 01:09:28.270

「あんな人がいっぱいいるとこでさ、我慢できない。みたいな顔して見ないでよ」
「ん……んっ」
ももの唇が耳を噛む。音を立てて啜られるとみやは肩を強張らせ、背中を反らした。

平日のホテルは空いていた。部屋に入るとももは何もかもわかったような顔をしてみやの肩を突き
みやは何の抵抗もせずにベッドに倒れた。

求めて。
「疲れてるくせに」
そう言って、ももは嬉しそうに笑った。

そう。ちょっと、つかれてるせいだ。
全身が重い。切り離したい。けどもう動けない。
枕に埋めた頭の後ろから、引っ張られるみたいに、貼りついたまま。
ももが動かして。そうやって、確かめて。

「……っあ」
「大丈夫だから、こっち見て」
「もも」
愛して。
「なんて顔よ」
手のひらが、指が、唇が、丁寧にみやの全身の神経を敏感に尖らせていく。
あれ、いつからこんなに、優しいんだっけ。
「……もっと」
ももは「足りないの?」と不満げに言った。
「全然足りない」
薄闇の中で、ももの瞳孔が開く。
こんなこと言ったら、めちゃくちゃにされるの、わかってるんだけど。

「起きれなくなっても知らないよ?」
「やれるもんならやってみな」
声を立てずに笑うと、ももは両手でみやの髪を掴み、唇を引き寄せてきた。
そう、私たちがどうして出会ったのか、今すぐ教えて。

334名無し募集中。。。2019/01/30(水) 10:59:57.440

「まさかみやちゃんが、さらに悪魔を一匹家に置くなんて」
カウンターに寄りかかりながら、にへが言った。
「うち広いから」
身をかがめ、キャビネットを覗き込みながらひかるが言う。
「この石全部に悪魔が入ってるってことですよね。ちょっとなんか……」
「ももにも言われた。趣味悪いって」
「みやちゃん怖くないんですか?」
「別に。そうでもない」
「けっこうな環境ですよこれ」
階上から漏れ聞こえてくるギターの音に、にへは天井を見上げた。

「まあまあそんなことより、例のものは?」
みやの言葉にひかるはキャビネットから離れると
ソファに腰掛け、傍のバッグから書類を取り出した。
「これが今、私たちのとこに来てる悪魔祓いの依頼で」
向かいに腰掛けているみやは手を伸ばし、上の何枚かを取るとさっと目を通す。
「って言っても、この中で本当に悪魔に取り憑かれてる案件なんてほとんどないわけで」
そう言いながら、にへがみやの後ろでソファの背に手をかけた。
首をひねって見上げると「人生相談に行くようなもんですよね」とにへは苦笑した。

「まあねー、それでも行くのがうちらの仕事」
「お話聞いてあげて、その人がちょっとでも楽になるならいいか。って思うしかないですよね」
「ひかるは口下手みたいに言うけど、なにげにそういうの上手いよね」
みやの言葉に、ひかるは顔をぷるぷると横に振った。

悪魔の石探し。近郊はほとんど洗ってしまった。
ムロは見つからない。
デバイスが表示する石のありかは、広範囲に渡っている。
見つからなければ遠方へも足を伸ばさざるを得ない。
だったら、悪魔祓いでにへひかの手が回ってない分も石探しと一緒にカタをつけてしまおう。
長丁場になりそうな石探しの中、それは不意に思いついたことだった。

335名無し募集中。。。2019/01/30(水) 11:03:09.980

「ほとんどいないとは言いましたけど、いたら、これにつけといてください」
にへから真新しい手帳を手渡される。
「真面目にやってんね」
「いちおう、統計とってるんですよ。取り憑かれた時期とか現れた症状とか
もししてたら悪魔との会話とか」
「ケースによって振り分けとくと役に立つことあるんです」
「わかった」
手帳をテーブルに置くと、その横に広げられた書類から、みやは5枚ほどを選び取った。
「最近、依頼は受けてなかったから久しぶりだわ。ちゃんとできるかな」
「できないわけないでしょう」
そう言うにへを見上げて、みやは笑った。
「いや、人生相談の方」

クライアントの抱える悩みは複雑なものも多い。
ついストレートに言ってしまって、余計面倒を背負い込む羽目になったことも
これまで何度かあった。
みやは「がんばりまーす」と言いながら、書類をファイルに挟み込んだ。

広げた書類を戻しながらひかるが言った。
「ももちゃん今日は寝てるんですか?」
「たぶん」
みやがそう言うなり、階段をドタドタと駆け下りる音が聞こえ、その場の全員が顔を上げる。
すぐにリビングのドアが開いた。

集まった視線を受けて瞬きすると、ももは「こんにちは」とだけ言い
そのままリビングを突っ切ってキッチンの方へ向かった。
後ろ姿に向かって、にへが「お邪魔してます」と言うと、ももは立ち止まって振り返った。
「にへちゃん」
「はい」
「そう言われるとなんかももさぁ、休日に遅く起きてきた旦那さんみたいじゃない」
にへが「あー確かに」と呟く。ひかるが吹き出した。
「ほんと稼ぎの悪い旦那で困るわー」
みやが言うと、ももは鼻をヒクッとさせ
「実力に見合う仕事がないもんで」と嘯いてキッチンへと消えていった。

ももが消えたのを見計らって、にへが「でしょうねぇ」とソファの背に頬杖をついた。
「実力発揮されたらヤバイ」とひかるが渋い顔をする。
みやは「させません」と言い、立ち上がった。
「そういえばあの、アルバイトは」
「もう行かせてない」

ずっと家にこもりきりのリカコを抑制しているのは、ももの存在だ。
向こうはみやに対して完全に心許しているわけじゃない。考えてみれば当たり前のことだ。
みやは家の中でリカコと二人きりになることを
できるだけ避けるようにしていた。

336名無し募集中。。。2019/01/30(水) 11:06:27.970

車窓の景色は目まぐるしく流れていく。
窓際の席で、ももは寝顔を見せていた。
顔を上げるとデッキへ抜けるドアの上、電光掲示板に次の停車駅の表示が出ていた。
目的の駅まではまだかかりそうだ。
みやは坐り直すとシートに背中を沈め、にへひかから貰い受けた依頼書を取り出した。

その夫婦の住む家は、石が示す場所から10キロほど離れた山間にあった。
こちらを先に済ませて、夕方になる前に石の場所へたどり着く予定だ。

実際、話を聞くのにそれほど時間は要らなかった。
玄関を出ると、ももは広い前庭に長く伸びる渡り石にぴょんっと飛び乗った。
「たったあれだけの話で悪魔が憑いてるに違いないとか
ニンゲンの考えの飛躍にはびっくりだよ。
言ったら、息子が実家に帰って来たってだけじゃん」
「まあでもなんか、大企業に就職した自慢の息子さんだったみたいだし
急に仕事辞めたって戻って来ちゃってずいぶんがっかりしたんじゃない」
みやは大きな玄関を振り返る。母屋の裏手には林が広がっている。
何本もある庭木は手入れが行き届いているように見えた。
「それだけのことから、いろいろ心配になっちゃうんだよ、やっぱ親は親なんだなって」

先を行っていたももが門の手前で立ち止まる。
「息子、帰ってきたみたいだよ」
顔を上げると、木立の方から、青年が一人歩いてくるのが見えた。
ジーンズにコートを羽織ったラフな格好だったが、上背があるのも手伝ってやけに決まって見える。
もてそうだなぁ、とみやは思った。

その場で待っていると、青年はまっすぐに近づいてきた。
眼鏡の奥の目が、訝しげに細められる。
「もしかして、あなた方、悪魔祓いとやらにうちを訪ねて来られたんですか」
低めに響く声音は、なかなかの美声だ。
「ええまあ。いちおう」と、みやが答えると
青年は「それは……申し訳ない。まさか本当に来るとは」と言いながら頭を掻き
照れたように俯いて笑った。

みやは安心させるように微笑んでみせる。依頼があれば来るのが仕事なんです。
別に、これはここで終わりにして石のとこに向かってもいいんだけど。
「ちょっと、お話聞かせてもらってもいいですか?」
みやの言葉に、青年は少し驚いたように顔を上げ、口元に手をやると
「いや、家の恥を晒すのも」と口ごもった。

337名無し募集中。。。2019/01/30(水) 11:10:05.740

「話したくないことは話さなくてもいいので」
「別にあの、僕から話すようなことはなにもないですし」
さっと頭を下げ、玄関に向かおうとする青年に向かって、不意にももが声をかけた。
「ももちゃん、ホットミルクティー飲みたいなぁー」
えっ、とばかりに振り返った青年の顔が困惑に歪んだ。
「もも、ちょっと」
「だってみろりちゃしか出てこないんだもん。なんか甘くてあったかいの飲みたい」
ももはそう言って、じっと青年の顔を見つめた。みやは二の句を失い
その場に少しの沈黙が流れた。

青年は片手を眼鏡の蔓に当て、少し焦ったように言った。
「ま、まあ、そうですねわざわざ来ていただいたのに、じゃご馳走、した方がいいのかな」
「あっ、いやそういうつもりじゃ」
言いかけたみやを青年は制し
「ちょっと歩きますけど街道沿いに出れば大きい喫茶店があるんですよ。
僕ちょっとバッグ取ってきます」
そう言って、玄関の方へ歩いて行った。

ももに向かって顔をしかめてみせる。
「あのね、そんなワガママ言うもんじゃないの」
「話したかったんでしょ」
みやが口をすぼめると、ももは涼しげに微笑んだ。
「どうせならあったかいとこであったかいもの飲みながらがいいよ。
彼から話を聞く必要なんてまるでないと思うけど」
「そうだけど、いちおう。まだ時間余裕あるしご両親と揉めたままっていうのもなんかね、あれだし」
ももは目を鋭く細めた。
「なに、みやはああいう男タイプなの?」
「はぁ?」
すぐに玄関を出てきた青年がこっちに歩いて来るのが見えた。
ももがみやの袖をぎゅっと引っ張る。
「ちょっとでも色目なんか使ったら許さないからね」

339名無し募集中。。。2019/01/30(水) 11:14:35.320

広い駐車場にはたくさんの車が停まっていた。
ログハウス風の大きな喫茶店で、みやはももと並んで青年の向かいに腰掛けた。
オーダーを済ませウェイトレスが立ち去ると、青年は眩しげに目を伏せた。
「今日は朝から親父が悪魔祓いが来るって息巻いてて、面倒だから散歩に出てたんですけど
それにしてもまさか、こんなきれいな女性が来てるとは思わなかったので」
テーブルの下で、ももが足を蹴ってくる。
「あっ、いや全然、そんなことは」
「そういえば何かで聞いたことがありますけどね。エクソシストは若い女性が適してるとか」
「ほんとですか?」
「ええ。心を開きやすいんじゃないですか」
「悪魔が?」

「悪魔がっていうか」と青年は苦笑した。
「正直僕は悪魔なんて信じちゃいないですよ。あなた方の仕事は実際のところ
何かの考えに取り憑かれた人の、その洗脳を解除するようなものでしょう。
女性の方がソフトランディングに導けそうだ。
僕からしたら、あなた方には親父の凝り固まった頭の中の方をなんとかして欲しいですね」

「ご両親は、ただ心配してるだけだと思いますけど」
みやがそう言うと、青年は口の端を微かに歪ませた。
「それはあれかな、仕事を辞めた話ですかね」
ウェイトレスが飲み物を運んできて、青年は口を噤んだ。
「ホットミルクティーのお客さま」
「はぁーい」とももが声を上げた。青年がちらりと見る。
「あなたも、悪魔退治の方なんですよね」
「まあ、アシスタントみたいなもんかな」
ミルクティーに砂糖を入れながら、ももがそう答えると
「興味深いですね」と、青年は目を細めた。笑い皺も、悪くない。
生き生きと働いていたら、この人はもっと魅力的だろう。

「仕事が忙しくて嫌になったりする気持ちは、わからなくもないですけど」
みやはカフェオレのカップを両手で包んだ。
「そう、そんなもんです」
「何かきっかけとか、あったりしたんですか?」
「説明するのは、難しい。辞めたとはいえコンプライアンスには縛られたままでね」
「あ、そう、そっか。なるほど」
ももが顔を上げた。
「すごーく優秀だったって聞いたけど。同期で一番に昇進したって。
もったいないことするもんだね」
「親父はそんなことしか言わない。……いや、もうこの話はいいでしょう」

青年は懐に手を入れると、封筒を取り出しテーブルの上を滑らせた。
「家の者がご迷惑をおかけしてすみませんでした。足代の足しにでもなれば」
「受け取れません」
みやは両手の指先で丁寧にそれを差し返した。

340名無し募集中。。。2019/01/30(水) 11:17:00.570

「体あったまったね」
そう言われて見ると、もものカップは空になっていた。
青年が立ち上がる。
「すみません、ちょっと失礼します」
化粧室の方へ向かう青年の後ろ姿を見ながら、みやはため息をついた。
雰囲気こそ終始和やかだったものの、彼は想像以上に頑なだ。
みやにはこれ以上、何も聞けそうにない。
突然来て仲裁なんて、そもそもがハードル高すぎなのかもしれないけど。
「残念だったねぇ」カップの取っ手を弄びながら、含んだ声音でももが言う。
「何が。馬鹿じゃないの」
みやはさっきのお返しとばかり、つま先で軽く蹴ってやった。

大きな窓の外に目をやると、街道はひっきりなしに車が往来している。
その時、遠くからサイレンの音が聞こえてきて、みやは耳をすました。
けたたましく鐘を鳴らし、すぐに何台もの消防車が目の前を通り過ぎて行く。
みやは思わず、消防車の向かう方向を見た。火事。
不意に体の奥をざらりと舐められたような気がした。胸騒ぎに店内を見回す。
多くの客が窓の外に目を向けていた。
青年はまだ、戻ってこない。

みやは慌てて立ち上がると、ももを急き立てた。

家が近づくにつれ、同じ方へ向かう野次馬の姿が目に入ってくる。
嫌な予感は的中した。遠くに黒煙の上がっているのが見える。
「もも、急ぐよ」
「今更」
ぐずぐず言うももの手を強引に引きながら
みやは長い坂を必死に駆けた。

重なり合う見物人に阻まれ、みやは足を止めた。
震えながら見上げる。隣でももがケホッと咳き込んだ。
母屋の東側が燃え盛り、もうもうと舞い上がる黒煙が迫ってくるようだ。
それは、さっきみやたちが依頼主の夫婦と話していた居室のあたりだった。

「……だから、話なんかしてないで、あの場でとっとと祓っておいたら良かったのに」
ため息混じりに呟くももの横で、みやは立ち尽くしていた。

64名無し募集中。。。2019/02/04(月) 00:23:45.930

最初はここまで、大変なケースになるとは思っていなかった。

「やぁーようこそ。すみませんね、息子ももうちょっとしたら帰ってくると思うんだが」
訪れたみやの名刺を見ながら声を張り上げる父親の横で、母親は困ったように頭を下げた。
「大丈夫です。まずはお話だけでも聞かせてもらえれば」
と、みやは言い、広い玄関をさっと見回した。
年季は入っているがしっかりした造りの屋敷だ。
市内で電器店を営んでいると父親は言った。
大型店に押されてはいるが前の代から長年続く顧客との信頼関係があるのだなどと語る。
玄関先で交わすにしては長い自慢話を、みやは頷きながら聞き流した。
笑みを崩さず「そちらさんも?」と言う父親に
みやの後ろにいたももは「アシスタントなんですぅ」と答えた。

両親の後ろに着いて廊下を進んでいると、ももが黙ったまま小指で柱の上を指す。
飴色の柱の馴染んだ小傷の中に、真新しい傷が入っている。何かの文字のようにも見えた。
初めて見るものだったが、みやはすぐにももの言わんとするところを察した。
ももはさらに別の柱や鴨居など何箇所かを指差した。

広い畳敷きの間に通される。窓から明るい中庭がよく見えた。
母親がお茶を運んでくると、父親は「だいたいおかしいと思ったんだ」と語り出した。

「うちの息子は子供の頃から優秀で会社でも次期社長は間違いないってくらいのね。
それがこっちに何も言わず、辞めて帰ってくるなんて何か取り憑いたとしか思えない。
調べてみたらあれ、実家に返す悪魔ってのがいるらしいじゃないですか」

「お母さまから見てどうですか?」と、みやは聞いた。
既に何かを聞く必要はなくなっていたが
みやは、にへから預かった手帳のことを思い出していた。
「顔つきがね、変わったような気がしてね」と、母親は自信なさげな微笑みを見せた。
「最初は悪魔だなんて、とは思ったんだけど、話しているとやっぱりね、反抗的なところとか
昔はそりゃ反抗期もあったけど、その頃の突っ張り方とも何か違ってね」
「ゾッとするような、嫌な笑い方をするようになった」と父親が吐き捨てるように言った。
「お父さんそんな言い方」とたしなめる母親を、父親は遮り
「で、見てもらったらすぐに悪魔は祓ってもらえるんですかね」と身を乗り出した。

65名無し募集中。。。2019/02/04(月) 00:29:38.270

「完全に悪魔憑きだし、みや……こちらの悪魔バスターにさっくり祓ってもらうといいですよ」
それまで黙っていたももが急に喋り出し、両親の視線が向いた。
みやはちょっとびっくりしてももの横顔を見た。

「既に家中に稚拙なマーキングしてるみたいだし、やるなら早い方がいいんじゃないかなぁ。
まあ、みやは優秀なんで時間もかかんないですし。ね、みや?」
両親の目が今度はみやに注がれる。
何。これじゃ完全にもものペースじゃん。
一瞬迷ったものの、こちらを見ているももの顔を横目に見て、みやはある程度を任せることにした。
そのジト目は、めんどくさいからとっとと済ませたい。と、必死にみやに訴えていた。

そう。
ももの言った通り、話など聞いている余裕はなかったのかもしれない。
もう悪魔はいつでも獲れると、すっかり油断していた。
それは、ももが一緒だということもあったし
青年があっさりこちらのペースに巻き込まれているように見えたのもあった。
今思えば、バッグを取りに、と一旦家に戻った時に恐らく
追い詰められたと思った悪魔憑きの青年は、何かを仕掛けたのに違いない。

屋敷の前は消防車が占拠していた。距離を置いて取り囲む野次馬が
進路を完全に阻んでいた。怒声が飛び交っている。
みやは歯噛みした。
どうすればいい。
そう思った瞬間、人波の向こう側にちらりと青年の顔が見えた。
視線に気づくと、青年はさっと身を翻し、家から遠のくように去っていく。

みやはすぐにそれを追おうと、人波をかき分けた。
「みや!」
後ろからももの呼ぶ声がしたが、みやは構わず駆け出した。
人々の視線とは反対方向、道沿いを駆けていく青年は途中で
生い茂る林の脇道へと姿を消した。

68名無し募集中。。。2019/02/04(月) 00:34:57.110

林の中、草木をかき分けて丘の斜面を上がって行く。
既に姿は見えなかったが、みやは真っ直ぐ駆け上がった。
追いつける。そう確信していた。

中腹に開けた場所があった。上がり切ると、みやは素早く周りを見渡した。
絶対に、近くにいる。

背後に砂利を踏みしめるような足音を聞いた瞬間
みやは右手首を掴まれ、ぐいと後ろに引っ張られた。
「愚かな悪魔バスターさんよ」
顔を確認する前に強く突き飛ばされ、みやは両腕で体を庇いながら地面に転がった。

……マズイ。
すぐに起き上がろうとするみやの肩に、素早く肘がかかり
上から伸し掛られる。
青年の顔はまるで形相を変えていた。
さっき発した声も、青年のものとは全然違う。
みやは間近に睨み上げた。伸し掛られた体で、みやの右腕から指先まで押さえ込まれている。
先に聖剣を握っておくべきだった。
窮地に陥ったことを理解した途端、地面に押し付けられた背中から悪寒が駆け上がった。

「この男の望みは叶えた。あの両親は業火に焼かれて地獄行きだ。
田舎のしがらみってのもなかなか美味しいな。今度は死んだ父親の利権を貪りに
目を輝かせた権力者とやらがワラワラ集まってくるらしい。
この男を捨てたら今度はそいつらに鞍替えだ」

大柄の体躯がみやの全身を押し潰している。
相手は悪魔だ。けれど、この体は青年のものだ。
体さえ、いや右腕さえ自由になれば。どうすべきか、みやは必死に頭を巡らせた。

「みや!」
声の方を見る。同じ道を駆け上がってきたらしい、ももが肩で息をしている。
「……もも」
「なぁにがアシスタントだ」
悪魔はみやの上で笑い、顔をももの方へ向けた。
「お前も悪魔だろうが。まぁバスターにつくってのもアリかもな。勉強になったよ。
ただしこいつは獲らせてもらう。そこで見てろ」
脇腹を掴まれ、みやは思わず悲鳴を上げた。

69名無し募集中。。。2019/02/04(月) 00:39:49.250

その呻き声は、青年のもののように聞こえた。
ハッとしてみやが目を開くと、目の前で悪魔の口元が歪んでいる。
その肩越しに、引きつったももの顔があった。
どこで拾ってきたのか、ももの手に握られた火箸が悪魔の左肩を突き刺している。
みやは焦って思わず叫んだ。
「傷付けないで!」
ももと目が合う。
不満げに頰をヒクつかせると、ももは力任せに火箸を抜く。コートに血が滲んだ。

その時、右腕を押しつぶしていた力が緩んだ。
みやは手を開くとそのまますぐ前にある悪魔の左手を掴み、外側に捻じ上げる。
「あっ、あぁ」これは、青年の声だ。
痛くしてゴメン。みやは心の中でそう言いながら、左手をついて体の下を抜け出すと
上に伸し掛かるようにその肘を極めた。叫び声は一層大きくなる。
みやは、起こした上半身でそのまま思い切り体重をかけた。

両手を離し、素早く起き上がるとみやは右腕を振る。
現れた聖剣で、横向きになり仰け反っている顎の下を思い切り打った。
青年の体は崩れ落ち、それきり、ピクリとも動かなくなった。

みやはゆっくりその傍らに立つと、切っ先を首の後ろに押し当てる。
口の中で呟くとすぐ、悪魔が霧散していく手応えに、両手がジン、と痺れた。

「はぁっ……」
息を吐き、大きく吸うと、煙の匂いが鼻をついた。
ようやくあたりを見回すと、ももがいない。
みやは一瞬迷ってから、一旦屈んで青年の肩に触れる。もう出血は止まっているようだ。
ポケットから聖油入れを取り出すと
倒れている頭の周りにぐるりと一周回しかける。
横に落ちていた火箸を拾うと
みやはさらに林の奥へと踏み入った。

こっちへ進めば、屋敷の裏手に出るはずだ。
ひたすら進むうちに目論見通り、屋敷を見下ろせる高台までみやは辿り着いていた。
もうもうと上がる煙は白煙になっている。パトカーも数台停まっているのが見えた。
目を瞬かせ、咳き込みながら、みやはさらに進んだ。
その先に、小さな小屋があった。

引き戸を開け駆け込むと
そこには身を寄せ合う青年の両親と、その前にしゃがみこんでいるももの姿があった。

70名無し募集中。。。2019/02/04(月) 00:45:48.120

両親を屋敷から移動させたのはももだった。

「みやが悪魔祓いを済ませるまで、ご両親はこのおうちから離れててください」
と、ももは言った。
「残念ですけど、もうこのおうちは悪魔が好きにできるテリトリーになっちゃってるんですよね」
父親は怒りからか顔を赤くした。
「裏山の物置はどうかしらね」と母親が言い
文句を言い募る父親を宥めながら、裏口から出て行ったのは
みやたちが玄関から出るすぐ前のことだった。

小屋の中で、父親は項垂れていた。
不安げにこちらを見上げる母親に、みやは何から話せばいいのかわからなかった。
恨まれるなら、それも仕方ない。
それでも、全員が無事だ。みやは安堵に肩を落とした。
ももがこちらを見て微笑む。
「火災保険入ってるって。よかったね」
みやは眉間に皺を寄せた。

「悪魔は、いなくなりました」
ようやく、みやが口を開くと、父親も顔を上げた。
「息子は、無事でしょうか」
「はい」
「いいじゃない、家が燃えても、あの子が無事なら。ね」
母親が口を覆う。ももが立ち上がった。
立ち尽くしているみやの腕を取ると、ももは強引に小屋の外へ引っ張り出した。

結局、あの家族のわだかまりについてはわからないままだった。
でもそれで、良かったのかもしれない。みやに理解できたことなのかも、わからない。
もうあとはただ、その後の幸せを祈るだけだ。

街道まで出ると、すぐに運良くタクシーを捕まえられた。
シートに背を預けると、みやは全身の疲労にため息をついた。
「ねえ、成功報酬ってちゃんと振り込まれるわけ?」
窓の外を見ながらももが言う。
「あの場でそれ、言わないでくれてよかったわ」
「だって、みや喫茶店で封筒も受け取らなかったし
仕事したんだったら報酬もらわないとこのタクシー代も出ないじゃん」
みやが返事をしないでいると、ももがこちらを向き、腕を伸ばして頰に触れた。
「お疲れさま」

「……助けてくれて、ありがと」
それだけ言うと、ももは困ったように目を細めた。

373名無し募集中。。。2019/02/12(火) 23:35:33.190

みやが優しいのはいいんだけど。
だから今こうしてここにいるんだけど。
ありがとうなんて言われても。なんだ?ありがとって。
実のところ、ももはちょっとムッとした。
触れていた頰から指を離すと、みやはぎこちなく微笑んで、顔を伏せた。
そういうとこさあ。わかってんの?ねえ。

「今更、ももに強がってみせる意味あるわけ?」
と、言ってみたら、みやは下向いたまま「なにそれ」と呟いた。
あぁなるほど。疲れてんだからやめてくれる?みたいな、そういう態度取るわけだ。
わかるでしょ?と言いたいわけだ。
まあね。わかるよ?

みやの、手袋に包まれた両手が膝の上に置かれている。
左の甲にleft、右の甲にrightって刺しゅうが入ってて
これ見ればすぐに左右がわかるんだよって
そんなもんいちいち見なくても知ってるだろっていう話は置いといて。
そんなんドヤ顔で自慢してくるみやが可愛いって話も今は置いといて。

握り込まれた指にめっちゃ力入ってんの。
見ればわかるんだけど。
じゃあももに近い方のrightからいこうか。

右手首を掴んで指先を握ると、みやはびっくりしたようにももの方を見た。
ぐっと力を入れて、手袋を引き抜く。
それからももは、無防備な指先を、あらためてぎゅっと握った。
小刻みに震えている、氷のような指をまとめて握り込んだ。

バカじゃないの。怖かったくせに。

374名無し募集中。。。2019/02/12(火) 23:40:34.900

運転手がラジオのボリュームを上げた。
アナウンサーがニュースを読み上げている。
本日午後2時ごろ、⚪︎⚪︎市⚪︎⚪︎町で住宅から煙が出ていると近所の住民から通報がありました。
地元の消防によりおよそ1時間あまりで消し止められましたが木造二階建ての家屋は全焼。
火災発生時住人は留守にしており、この火事によるけが人は確認されていないとのことです。

「お客さんたちが乗ってきた近くじゃないですか」と運転手が言った。
「いっぱい消防車が走ってくの見ましたよ」と、ももが答えると
運転手は「留守にしてたなら放火かねぇ、怖いねぇ」と呟いた。

放火とも失火とも断定できないんじゃないかなあ。と、ももは思う。
火元がないんだから。
まあ、あとはこっちの知ったことじゃないか。

ももの手の中で、みやの指がもがく。
「ん?」
「……左手、も」
「レフトね」
差し出された指先をつまんで左手の手袋を脱がせると、みやの両手をまとめて包む。
ほんとやだ。

「あのさ、もも怒ってるんだけど」
「うん。……なんで?」

ももは、みやの手を握りしめたまま身を乗り出すと、運転手に声をかけた。
やめやめ。行き先変更。
さっき言った山の方じゃなくて、どこか近く、特急の止まる駅とか、大きい駅に。
みやが顔をしかめて「え?帰るの?」と、言った。
そうだね。できるもんなら帰りたい。
だけど出直すのも面倒だからさ。

376名無し募集中。。。2019/02/12(火) 23:42:57.960

「そこで休んで、明日出直そう」
「でもまだ、日も暮れてないし、石確認するのにそんな時間かかんないし、みやなら大丈夫」
「へえ」
包んでた両手をぱっと離したら、やっぱりぶるぶると震えていて
それに目を落としたみやは「あはっ」って言って、えへへへへへと笑い出した。
バカ。

仕方ないから、その両方の手首をもいっかい掴んで
ももは自分の膝の上に引き寄せた。
みやの体がこっちを向く。

「みやはなんでバスターやってんの」
「……なんでだろ」

こんなこと続けて報われようなんて、酷な話だ。

「いっそこんなのやめて、アドバイザーにでもなったら?」
「なんでそんなこと言うの」
ももは、ふーっと長い息を吐いた。

「みや、みやのこと心配だから」

くっそ。舌がもつれた。なんでももがこんなこと言わなきゃなんないわけ。
やっぱいい。やっぱりみやは好きにやってくれていいよ。
あーもう余計なこと言って悪かったよ。もう言わない。
もうこんなこと言わない。

「もも」
「いい、ごめん」
「顔が赤い」
「はい?」

377名無し募集中。。。2019/02/12(火) 23:47:11.570

顔を上げたら、みやと目が合った。
「今、すごいキュンときた」
「あ、あっそう」
「何?みやのことそんな風に思ってくれてんだ」
「むしろあれだよね、そ、思ってないとでも思ってたわけ?」
「知ってるけど、そういうの、時々言って欲しい」
「……もう言わないから」
「なんで?」

ももは唇を噛んだ。しくった。ムカつく。
そっちだって、怖いとか、言わないくせに。
言わなくてもわかれって態度平気で取ってくるくせに、こういうときばっか。
みやが、顔を覗き込んでくる。
「ジト目かわいい」
ほんとうるさい。もうこの話は終わり。
顔をしかめて舌を出してやったら、みやの顔がさらに近づいてきた。

ちょ。キスすんの?今?ここで?
いや別にももはいいんだけど、どこでなにしたっていいと思うけど
また急だね。
ほら、バックミラーごしにすごい見られてるんだけど
って、ももが気にすることじゃないんだけどさ
別にこれきり会わない人だって言われたらそれもそーだし
でもそういうムードでもなかったよね。ちょっとびっくり。
むしろちょっと言い合いになりかけてたくらいで
あ、わかった。あれでしょ、キスでごまかせるとか思ってんだ。
ももが怒ってるから。
あのさあ、そういう話じゃないからさ、ももだってそこまでシンプルじゃないから。

息を詰めてる、みやの唇から熱気がかかる。
一瞬ぶつかってきたせつない瞳の色に射抜かれて
傾いた頰、睫毛が伏せられたのを合図に、ももは目を閉じた。

両手の中で、みやの指はしっとりした温もりを取り戻していた。

406名無し募集中。。。2019/02/14(木) 15:17:30.160

ふたりは山の斜面をひたすらに登っていた。
低く雲が垂れ込めた空は、いまにも雨が降りそうだ。
みやは、スマホを見ながら進むももの赤いスニーカーを追いかける。

「昨日休んでよかった」と、みやが言うと、ももは振り返ってドヤ顔を見せた。
「こんな山の中だったからね」
「どうして、こんな場所に封印されてるんだろう」
「わからない。獣が運んだのかもしれないし」
そう言いながら、立ち止まったももが上を見上げる。
つられて顔を上げたみやの頰に、雨粒がひとつ当たった。
天気予報では確かに雨だったけれど、なんとなく降られないような気がしていた。
ツイてない。けど仕方ない。

折りたたみ傘を広げていると、ももはどんどん先へ行っている。
「ねえ」と声をかけながら駆け寄った。
「早く行かないと」
「そうだけど、傘入って」
「濡れても平気だよ」
「そうかもしれないけど」
「みやはちゃんと傘差しときなよ、風邪ひくでしょ」
「でも」
言いかけたみやのすぐ上空を、鳥の羽音と鋭い鳴き声が通り過ぎる。
慌てたももがすぐにしがみついてきて、みやは笑いながらその肩を抱いた。
「くっついてるとあったかいし」
「みやはそうやってすぐくっつきたがるから」
「え、そう?」
ももが笑うと、濡れた髪がみやの頰に触れた。

木々の隙間から弱い雨が降り続いている。
ももが木の枝を使って掘り出したその石は、テニスボールくらいのけっこう大きなものだった。
傘を差しかけながら、みやは「どう?」と聞く。
ももが「うん」と答え、立ち上がった。「解いてみたら?」

傘をももに手渡すと、みやは聖剣を取り出した。
少し下がって、剣の先を石に向ける。手のひらにぴりっと痺れを感じた。
アイスクリームみたいな、マーブルの石。
ここに、ムロがいてくれますように。
遠くに雷鳴が聞こえた。

408名無し募集中。。。2019/02/14(木) 15:23:16.700

みやの記憶は少し途切れているかもしれない。
ただ、そこからはずっと、スローモーションみたいに
時間のすべてが、ゆっくり動いたように思う。

ももが、手にしていた傘を放り投げるのが見えた。風に煽られて、変な折れ方して。
みやの左手を取った瞬間の、ももの顔がずいぶん青白かった。
腕を強く引かれて、みやは何がなんだかわからないまま
引きずられるようにもと来た方へ駆け出す。
そこまで来て思い出した。

“本当にマズイ時はこうやって手を握ってあげるからさ”


一緒にいればなんとかなる。
結局、それはももの過信だったのかもしれないけど
それでも、一緒にいればなんとかなるって、そう思うのが
連れ合いってやつじゃないの?
だからやっぱり、みやは、ももの恋人なんだよ。


後ろからフラッシュを焚かれたみたいに、目の前から辺りが真っ白になった。
耳をつんざく、割れるような爆音で地面が震えた。
雷。
雷があの石に落ちた。そう思った。
振り返ろうとするみやの手に、ももの指が食い込む。
逃げるの。みや、一緒に。
伝わってきたものに、みやの心臓は跳ね上がった。頰が引き攣る。

次の瞬間、繋いでいたももの手が振りほどかれ
その姿が、みやの横から消えた。


こうなると思ってた?って聞かれたら、まあ
全然思ってなかった。とは言わない。
起こりうるんじゃないかなぁくらいは頭にあったけど
それでも、言い訳する時間くらいはあるんじゃないかって思うじゃん。
ほんとひどいよね。


410名無し募集中。。。2019/02/14(木) 15:29:40.990

わけもわからず左右を見回し、振り返ったみやの目は
何かに捕われたようにもがきながら後方へ引きずられていく、ももの姿を捉えていた。
遠く、石のあった場所から周りの木はなぎ倒され水蒸気が立ち込めている。
「もも!」
駆け寄ろうとしたみやの全身を何かが阻んだ。
圧倒的な気に、みやは立ち竦む。

もものいる向こう側、見覚えのある魔女の姿があった。


佐紀ちゃんがせっせと封印してきた悪魔をこっちは次々放ってたんだから
怒らないわけないよなーとは思いつつ
でも、みやも半分くらいは逃さず退治してたからさ。
交渉の余地くらいはあると思ってたわけ。
だから天使は怖いんだよね。こういうとこあるから。ほんと融通きかないっていうかさぁ。


佐紀の手から放たれている銀糸が、ももに巻きついている。
脚に、腕に、首に、触れた場所の痛みから逃れるように、ももは暴れていた。
ももが庇う場所全てに容赦なく糸が巻きついていく。
まるで電熱線を押し当てたかのように、銀糸の一本一本はその肌に跡をつけていた。
赤黒く裂けた箇所からブレて、溶け落ち、見えなくなっていく。
糸が頰に触れた途端、ももは声にならない悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。

みやは、身動きひとつできなかった。


これが例えば茉麻とかさ、デバイス貸してくれて
で、半分くらいみやは退治しちゃってんだけど、ここは茉麻何も言わないと思うんだよね。
たぶんあんま気にしてないと思う。
口出してくるとしたら、よっぽどポテンシャル高い悪魔が封印されてた場合で
そういうのは使い魔に見張らせてるとか言ってたし
結局ぬるいというか、悪魔って、厳しくはないんだよね。
ニンゲンをターゲットにするしかない弱さというか。そういうとこある。


近づいてきた佐紀は片手で纏っていたローブを脱ぐと、蹲っているももの
その体をすっぽりと覆うように被せ掛けた。
顔を上げた佐紀と目が合う。みやは右手の聖剣を握りしめた。
天使の剣で、天使は討てない。討てるわけがない。

「ほんと困る」と佐紀は言った。

413名無し募集中。。。2019/02/14(木) 15:34:32.930

「めちゃくちゃだよ、みや。やり方がもう、めっちゃくちゃ。
こっちだっていろいろ事情があって石に封印してんの。わかるでしょ」
「……やめて」
佐紀はふふ、と笑った。
「だぁめ」

ローブを被せられているももの脇に腰を下ろし、佐紀は右手を広げてその背中にかざした。
雨はみやの全身を叩いているのに、ローブも、佐紀の体もまるで濡れていなかった。
真白い大きな翼の先も、土に汚されたりはしない。
布の中央が吸い寄せられる。佐紀が指を丸めると、光が宿る。

みやは、リカコが言っていたことを思い出していた。
思い出したくないのに、思い出していた。
背中が熱くなって、吸い込まれて、封印されてしまったって。
そんなこと。

その手の中に丸い石が握りしめられるまでに、数秒もかからなかった。

佐紀は左手でローブの端を掴むと立ち上がる。何もない地面に雨粒が落ち、吸い込まれていく。
そこにはもう、ももの姿はない。
そこには天使が立っていた。左手にローブを、右手に何かを握りしめて。
佐紀の唇が動いた。

「悪魔を千匹、殺しておいで」

何か言ったのはわかった。けれど何を言われたのか、わからなかった。
みやの目は、佐紀の右手の中にある珠に吸い寄せられていた。
色が蠢いている。生きた丸い石。
佐紀は横を向くと、まるで果実を齧るようにその珠に歯を立て
一瞬、視線だけをみやに寄越した。
みやの背筋から、震えが全身に広がっていく。

珠から口を離し、舌を引くと佐紀は言った。
「選ぶんじゃないよ、みや。無差別に千匹だ」


石の中はまあ、窮屈だけど、ずっといられないってことはないよ。
ここは、佐紀ちゃんの夢の中なのかもしれないね。


415名無し募集中。。。2019/02/14(木) 15:37:02.290

料金メーターを目の端に見ながら、みやはカードを差し出した。
8万だって。すごいね。
玄関の鍵を開ける。家の中は真っ暗で、物音ひとつしない。
リビングのドアを開けると灯りをつけた。
すぐ、横にあるキャビネットを見て、みやは肩にかけていたバッグをソファに放り
右手に聖剣を取り出した。

そのまま衝き上げてくる勢いに任せてキャビネットのガラスを叩き割る。
薄いガラスはあっけなく砕け、散乱した。
衝撃で、並べられていた石がぶつかり合い、転がり落ちる。
すぐ前に転がってきた石を剣先で突く。亀裂から黒い芽が伸びる前に
みやは深く剣を突き刺した。こんなもの、一瞬だ。
あっという間に、消える。恐ろしさなんて感じない。
何も感じない。

2、3、4、5、6……
頭の中で数えながら、みやは無心に石を潰す。
千だって。笑っちゃうよね、千匹ってさぁ。
これまでの全部合わせたって、100行ってんのか行ってないのかわかんないくらい。

不意に真正面に飛び出して来た黒い塊を払い除ける。
でっか。こんなのもいたんだ。
千切れた黒い手がみやの足首を掴んだ。真上から剣を突き立てる。
足から引き剥がすとそのまま剣を振り抜いた。7。

石もっと溜めておけばよかった。
そしたらもっといっぱい退治できたのに。

最後の石が粉々になり、溶けてしまうと、みやはその場に立ち尽くした。
耳をすます。
2階から聞こえてくる音を捉える。
13匹目が階段を降りてくる足音に、みやは剣を握りしめたままじっと息を殺した。



ただね、みやに会いたいなとは、思ってしまうと思う。
これはどうしようもなく、何度だって、思ってしまうと思う。
だからみや、これだけは、お願いだから
何があっても、生きていて。



『kaleidoscope』第一部 終

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