まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

48名無し募集中。。。2019/06/09(日) 11:53:19.480

どうしてこんなことしちゃったんだろう。

雅は自分のベッドの上で膝を抱えながら、心の中でつぶやいた。
普段と何も変わらない自分の部屋。
ローテーブルがあって、お気に入りの化粧道具を並べる棚があって、姿見もあって。
普段と違うところといえば、床に散乱した服がないこと、そして――桃子の鞄。
何の特徴もない、よくある形をした紺色のリュックサック。
仕事に来るときはいつもそればかり背負ってくるから、雅にも馴染みがある。
なのに、自分の部屋にそれがあるというだけで、部屋の空気がなんだかぴりぴりと張り詰める。

「あー……」

膝を抱えたまま横に転がると、雅の世界がぐるりと傾いた。

うち泊まれば、なんて言ってしまったのは。
次の日の朝が早くて、雅の家からの方が近くて、それだけが大義名分。
それ自体は、よくある言い訳。
事実それを理由に他のメンバーとお泊まりをしたこともある。
けれど、そんなものは建前に過ぎない。
自分の髪の毛をくしゃりと握って、雅はそっと目を閉じた。
瞼の裏で、ぐにゃぐにゃと形を変えるアメーバが生まれては消えていく。
本当は。
本当は、あの日の桃子の行動の意味を、行為の意味を、聞いてみたいと思っていた。
言い表せない自分の気持ちにも、そうすれば名前がつくような気がしてならなかった。
雅の心は騒がしい。
桃子が頭を撫でてきたのは、好かれているからこその行動だろう、とは思う。嫌ではなかった、とも思う。
じゃあ、桃子が自分を慰めていたことは、と考えて、けれどその先は、ぐちゃぐちゃと形にならない。
目の裏のアメーバみたいに。

コンコン、と部屋に控えめなノックが落ちる。
そんな些細な音にも雅の心臓は跳ねて、肺が変に引き攣った。

「雅、開けて良い?」
「どーぞ」

聞き慣れたママの声。雑な響きにほっとしながら、雅は返事をする。
ママが持ってきたお盆には、二人分の緑茶とお菓子が乗っていた。
この前、雅が仕事で広島に行った時に買って帰ったものだった。
川通餅。小指ほどの大きさの餅の中にクルミの欠片が入っていて、たっぷりのきなこがまぶされている。

「ママ、ほうじ茶なかったっけ」
「あら、緑茶じゃだめ?」
「んー……ちょっと気分じゃない」

わざと甘えた声を出すと、ママは呆れ半分、うれしさ半分という顔をして湯飲みを一つ手に取った。
仕事で家にあまりいないせいか、昔ほど素直じゃなくなったせいか。
たまにこうして甘えると、ママは柔らかい笑顔を浮かべながら雅の希望を叶えてくれる。
持ってくるわね、とママが消えていったドアが閉まる音を聞いて、雅はのそりとベッドから降りた。
残された湯飲みを手に取って、両手でくるんでみる。
自分の指が思いのほか冷えていたことを、今更ながら自覚する。
湯飲みからはふわふわと湯気が立っていた。きっと淹れてくれたばっかりなのだろう。
ふうふうと水面を吹きながら、雅はゆっくりと緑茶をすする。

緑茶が気分じゃないなんて嘘だった。

49名無し募集中。。。2019/06/09(日) 11:56:37.300


「ただいまぁ」
「っ、わ」

気付いたら、桃子が後ろに立っていた。
緑茶に集中していたせいで、全く準備ができていない。
びくりと腕が震えてしまって、熱々の緑茶が雅の舌を襲った。

「あっつ!」
「なーにやってんの」

ニヤニヤと笑いながら、桃子は雅の隣にあぐらをかく。
風呂から上がったばかりの桃子は、近づいただけでじんわりとした熱気が伝わってくる。
一つ前のツアーのTシャツに、使い古されたジャージ。
桃子の肩の辺りから、他人の家の柔軟剤が香る。雅はわずかに顔を背けた。

「ももが、いきなり入ってくるから」
「いやいやいや、ノックしたもん。あ、はいこれ」

桃子はそう言いながら、テーブルの上に湯飲みを置く。
ママから預かってきたのだろう。

「それ、ももの」
「あ、そうなの?」

いただきまーす、と、桃子の声が弾んだ。
やっぱりほうじ茶の方が良かったよね。雅は桃子の横顔を見ながら少しだけ満足する。

「これ、川通餅?」
「うん。みやがお土産で持って帰ったの出してくれたみたい」

ももだって広島行ったのにね、と言うと、桃子はこれ好きだから嬉しい、と笑った。
好き、という言葉だけが浮き上がって聞こえて、雅は再び緑茶の水面に目を落とした。
今の、何。
自問する雅の横で、桃子は川通餅に手を伸ばす。
楊枝で餅を取り上げ、薄い唇が緩やかに開くのをなぜだか見つめてしまった。

「ん? みやのもあるよ?」
「……うん」
「え、まだ舌痛い?」
「……だいじょぶ」

ぼんやりと言いながら、雅も餅の袋を摘まんだ。

「冷たいもの、もらってくる?」
「いい」

桃子の視線に、心配そうな色がよぎる。年上ぶってんな、と雅は思う。
そういう目を、させたいわけじゃなかった。
餅の中に入っていたクルミの欠片が、奥歯の辺りでコリッと音を立てた。

50名無し募集中。。。2019/06/09(日) 11:58:37.440


簡単なマットレスと客用の羽毛布団。
ベッドなんて使えないってば、と言う桃子を押し切って、雅はマットレスに陣取った。
部屋の電気を落とすと、雅の指先は急速に冷えた。
声と、呼吸と、シーツの音。ごまかしが利かないような気分になる。

「今日は一人で寝れる?」
「え、何それ」
「だって前、寝れないって来たじゃん」

茶化すような声を作りながら、雅はマットレスの上に座った。

「あれは……怖い話のせいだもん」

桃子の声が、ツンツンと小さな棘を持つ。
新鮮な野菜の表面の、指に突っかかる産毛のような。

「そっか。じゃ、今日は寝れるね」
「そりゃね」

桃子の声は、得意げに響く。まだ余裕あるんだ、と思ったことがなんだか悔しかった。
雅は自然と自分の左手で右手を覆っていた。冷たいもの同士が触れ合ったって冷たいものは冷たいままだ。
自分だけがこんなに冷えているのだとしたら。雅は小さく唇を噛む。

「ねえもも、この前起きてなかった? 夜」
「この前?」

桃子の声が、微かに揺れる。

「この前のライブ。一緒に、ホテル泊まった時」
「えー……いつだろ」

間延びした桃子の声。嘘くさい、と雅は静かに苛立った。
覚えてるくせに、ごまかしているのだとしても。
もしかしたら、本当に全く覚えてないのだとしても。
どっちにしたって、モヤモヤすることに変わりはない。

「ももに、……名前呼ばれた気がするんだけど」

雅はゆっくりと伸び上がってベッドに手をかけた。
シーツの波を探って、強張った桃子の指先を手繰り寄せる。桃子の指先も、冷たかった。
ひっ、と桃子が小さく息を呑む音がする。
見つけた。雅はクラクラする頭を沈めようと息を吸った。
喉の奥が干からびて、ちりちりと痛みが走る。

「呼んで、ないよ」
「うそ」
「夢でも見てたんじゃ、ないの」

うそだ、と大きな声を出しそうになる。夜の闇が、寸前のところで雅を引き止めた。

51名無し募集中。。。2019/06/09(日) 12:00:18.960

「じゃあ」
「ん?」
「じゃあ、みやがそんな夢見てたら、どう思う?」
「……へ?」

とぼけようとした桃子の声は、失敗していた。
雅は空いていた手で、桃子の顔を上向かせる。
桃子の顎に触れた指先から、桃子の喉が上下したのが伝わってくる。

「どう、思う? やだ?」
「……ゃ、じゃ」

真っ直ぐ見つめた桃子の瞳の奥に、じりじりとした熱を見た気がした。
雅が想像していたより、それはきっと、ずっと熱い。

溢れちゃったら、どうなるんだろう。

雅は思いを巡らせる。桃子の体の奥にある熱が、溢れ出てしまったら。
雅の体は、溶けてしまうのかもしれない。もしかしたら、桃子の体も。

「……ねえ、もも」

囁くように呼んでみると、桃子はすばやくまばたきをした。
上下する睫毛から、キラキラと星の欠片が飛び散るような、錯覚をする。

「え、と、みや、もう」

ねようよ、と絞り出された桃子の声は弱々しかった。
あるいは、必死なのかもしれなかった。何かが、溢れてしまわないように。

「本当に、一人で寝れる?」

ぎゅっと桃子の指が握り返してくる。
雅が掛け布団の隙間から体を滑り込ませても、桃子は何も言わない。
雅が腕を伸ばすと、桃子はおずおずとそこに頭を乗せてきた。
肘から指先くらいまでの、微妙な距離を開けてぎこちない腕枕。
そっと背中に手を回してみる。
桃子の体が強張っているのを感じて、ああ桃子は臆病だったと雅は思い出した。
宥めるように背中を撫で下ろすと、縮こまっていた桃子の手足が徐々に弛緩する。

「……きょう、ねらんないかも」

桃子の声が、泣く直前の子どものように震える。

「みやも」

言った瞬間、腹の底から熱いものがせり上がった。
雅の指先に優しく絡まってきた桃子の指先は、じんわりと温かかった。

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