まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

690 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/04(日) 23:53:27.89 0

いつものように部屋の前、バッグに入れている鍵を探りながら、なにか胸騒ぎがした。
いつになく慎重に、かちゃり。と鍵を回してドアを開ける。ほら、やっぱりだ。
玄関に脱ぎ捨てられている見覚えある靴。微かに漂う自分じゃない匂い。
「もも」転がっている靴を揃えて置き直し、声をかけながら部屋の中に入る。返事はない。

寝室に入ると、ベッドがこんもりとしている。これもいつものこと。
雅は手にしているバッグをその上に投げつけてやりたい衝動に駆られた。ぐっと堪え、もう一度、今度は優しく声をかけた。
「もも。ねてるの?」
お布団が少し動いた。
「喧嘩でもしたの」
やはり返事はない。確信する。
「知沙希ちゃんと喧嘩したんでしょう」
「うるさい。寝てるんだから静かにして」
やっと返事したよ。声を立てず鼻で笑うと「ごめんね?着替えるからちょっとうるさいかもねー」そう声をかけ、わざと大きな音を立てクローゼットを開いた。

そんなつもりで合鍵を渡したわけじゃないかった。うちの方がももの仕事場に近いから、終電逃したときは私が留守でも来ていいよ。
なのにそんな時はタクシー使ってでも律儀に家に帰っているみたいだし、機嫌の悪いときだけこうして勝手に入り込んでくる。

694 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/04(日) 23:55:35.79 0

とりあえず部屋着に着替え、お湯を沸かし、メイクだけ落とすと再び寝室に入った。
「みやぁ 喉乾いた」
「今お湯湧かしてる」
「冷たいのがいい」
「冷蔵庫から勝手に取ってくれば?」
「じゃあいらない」
面倒になり会話するのをやめると、寝ているももの横に勢い良く腰を落とす。
ベッドと一緒に塊も揺れた。
頭まですっぽりとお布団を被っているから表情も見えない。想像はつくけど。

「返信とかめんどくさくてもちゃんとやった方がいいと思うよ」
当てずっぽうで言ってみたら、お布団がもぞ、と動いた。
びっくりするような速さで手が伸びてきて、肘を掴むから、体勢を崩してそのまま横に倒れ込む。
「ちょっと」
慌てて起き上がろうとする肩を上から押された。顔を横に向けると
半身を起こして、壮絶に不機嫌な様子で見下ろしているももの顔がようやく視界に入った。
これ相当やばいやつじゃん。

背中に伸し掛られる。ももが顔を寄せてきて、頬と頬が微かに触れた。
「せっかく久しぶりに会いに来たのに、知沙希ちゃんのこととか、どーだっていいじゃん」
温度の低い、掠れた声。とてもじゃないが、そんな気にはなれない。
じっと息を殺していると。ため息が聞こえた。
「みやのばか」
お布団を被り直して、再び背中を向けるももの気配を感じた。

695 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/04(日) 23:58:07.45 0

確かにバカなのはこっちの方だ。当たられて、甘えられて、機嫌が直ればまた何ヶ月だって来ない、いいように使われているだけじゃないかとどこかでわかっているのに、断れない。鍵を返せと言えない。玄関に靴を見ると、頼られているんだと嬉しくなってしまう。

こっちの気も知らないで。

ちゃんと付き合っていたと言えるのは何年前までだろう。心を開いたらあっという間に距離が縮まって、縮まりすぎた。最初のドキドキがなくなって、いつしか距離が開いても大丈夫になって、ただ幸せを願うようになって。
私たちは何になったんだろう。

あの純粋な可愛い子のことを思うと心が痛む。真っ直ぐな瞳で、正当な不満を訴えたんだろう。
「どうしてすぐ返事をくれないんですか?」
すぐに謝ってちゃんとお返事するようにすればいいだけなのに。今回の様子から見ると相当こじらせたんだよね。追いつめられたももに逃げ込む場所があることを、あの子は知ってるんだろうか。知ってるわけないか。

そっとお布団をめくると、横を向いたまま本当に寝てしまっているようだった。寝た振りの時はいつも閉じている唇が薄く開き、小さい歯が見えている。
規則的な寝息を立て、緩んだ表情で眠っている横顔を見下ろしていると、突然思わぬ衝動が沸き上がって来た。

ごめんね。
心の中で一回だけあの子に謝ると、そのまま顔を寄せて、耳朶に歯を立てた。舌で包んで強めに吸うと、いっとき間が開いてから、もものくぐもった吐息が聞こえてきた。

739 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 01:18:40.74 0

一度吐息を確かめると、音を立てて耳朶に吸い付いたまま、裏側に舌先を這わせる。
ついに睫毛が震え、薄く目を開いたももが横目でこっちを見た。
「ねむい」
思わず頬が緩む。わかってる。これはポーズ。
欲しくて来たくせに。
返事はしないまま、横を向いていたももの肩を掴み仰向けにさせると、上から目を見据える。
ももは目を逸らした。心なしか頬が赤い。
何着てるのかと思ったら、私の部屋着にしてるTシャツだった。

別に許可なんていらない。

首筋に唇を押し付ける。ももの左手が泳ぐように動いてこっちの肩口を掴んだ。
引き寄せるようにしがみついてくるももの、首筋に、顎に、何度も口づけを繰り返す。
そのまま完全に覆い被さる。枕元に投げ出されていた右手の指がぴくりと動いたから、握ってあげる。
Tシャツの上から脇腹を撫でると、腰が浮き上がってくっついてきた。
言おうかどうしようか、一瞬迷ったけど、言わずにはいられない。
「感じ過ぎじゃない?」
何か言い返したそうに開いた唇を、塞ぐ。ももの唇。
柔らかすぎない、ちょっと張って押し返してくる、久しぶりのもも。
「ん。う」
何か言ってる。ねえ、もう何も言わなくていいんじゃない?そのまま吐息になったらいいし。
舌を深く捩じ込み、音を立てて絡ませると、途切れ途切れに短い声が漏れて耳をくすぐってきた。
繋いだ指先が痛いほど握りしめられる。

こんな風に預けてくれるまで、どれだけかかったと思ってんの。
知らず知らず、脳裏に知沙希ちゃんを思い浮かべていた。

760 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 20:24:39.23 0


どこかから着信音が聞こえる。
ももはぴったりとこっちに体を寄せて、今度こそ本当に深い眠りに入っていた。
首を捻りながら自分の携帯を探す。あった。鳴ってるのはこれじゃない。
時間は……午前1時を回っていた。

着信音が止むと、外の車の走る音が耳に入ってきた。雨が降り出してるみたい。
貸せる傘あったかな。この子の明日の予定はどうなってるのかな。
世話がやける。
そう思うと、自分の顔が歪むのがわかった。

やっぱりこんなのおかしい。

2人を仲直りさせなきゃいけないと思う。
別に嫉妬したりなんかしてないし。
ももが起きたらそのための説得だってするつもり。面倒くさいけど、それくらいはしてあげられる。

「サイテー」
口の中でつぶやく。呆れる。なに?イイヒトぶって。

さっきまで何してた?

どうしてももは、こんなことができるの。天井を見つめながら思った。
一体どう整理をつけているのか、考えても考えても全然わからなかった。

だけど、目を閉じれば、世界はももの寝息と体温だけでできていて
別に、別に夜が明けなくてもいいんだけど。このまま。

761 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 20:28:12.86 0

「その、だから、あの子に悪いとか、そういうこと思わないの?」
朝ごはんにつくってあげたオムレツをぱくついている、ももの機嫌が良さそうだったので
ここはストレートに聞いてみることにした。
「思わない訳ないじゃん」
「だめじゃん」
「だめだよ」初めて、ももの顔が少ししょげた。

「だめだよ」
自分に言い聞かせるかのように、ももはもう一度繰り返すと、フォークを置いて
「みやがわかってくれるなんて甘い事も思ってない」
と俯いたまま言った。それ以上を言わせてはいけない。
慌てて被せるように
「まあ私は全然構わないけどね」
悪ぶって心にもないことを言ってしまう。顔を上げたももの目が微かに泳いだ。
怖くて、言葉を継ぐ
「もうなんか、そういうの超越した関係だと思ってるから」
「でも」
「別に、これって浮気とかそういうんじゃないじゃん?だって」

ーーだってももは私に気があるわけじゃないんだから

細かいガラスがいっぱい、心臓に刺さったような気がした。
「みや。みやは優しいから」
「だから、コレはコレで、ちょっとアレだけど置いといて、ちゃんと会って謝って仲直りしな。ね」
何かを言いかけていたももが口をつぐむ。
一度目を伏せてから、紅茶のカップを両手で持つと、こくりと音を立てて一口飲み込み息を吐いた。
「うん。そーする」

きらきらしたガラスの破片が血管をめぐり始める。

763 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 20:31:45.71 0


ももは、知沙希ちゃんと付き合いだしたことを自分から言ってきたわけじゃない。
こっちが勝手に目撃してしまっただけ。連れ立って歩いている2人の顔を。
よく笑う可愛い子だった。時折溶けるようにはにかんで、
それから窺うようにももを見つめる目は完全に恋する女の子のものだった。
ももの顔を見てわかった。ちょっと恥ずかしそうな笑顔。
向けられる気持ちを、吸い込もうとすると、照れるんだ。ももは。

見ているこっちが恥ずかしいわ!
その時は心底そう思って。
良かった。ももに可愛い恋人ができて、お幸せにね。そんな風にも、心底思ったの。
……嘘。
あんな真っ直ぐそうな子と、ちゃんと付き合ってあげれるの?
ちょこっとだけ、胸をかすめたんだった。心配だった。

「ねえ、知沙希ちゃんのどこに一番惹かれた?」聞いたことがある。
「あの子は愛される子なの」
そのときは、その言葉の意味が全然わからなかったんだ。
だって、誰よりも愛されたいのはももじゃん。甘えたいのも、大事にされたいのも。
今はわかっている。わかってるつもり。

もがいているももが、助けを求めに来るなら、それに応えられるのは自分しかいない。
手助けができるなら、何だってしてあげれる。それくらいの情はある。
ううん。これも嘘。

情なんかじゃない。私はただ、諦めないでいる。

765 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 20:35:46.39 0

かちゃん、と玄関の開く音がした。そのまま、ぱたぱたと歩いてくる音
リビングのドアを開けて入って来たももと目が合う。
「あ……ただいま」
「ただいまじゃないよね、ここはアナタのおうちじゃないよね」
返事がないのでもう一回言う
「ただいまじゃないよね?」

「みや、今日お仕事じゃないの?」
「今日お仕事じゃないよ。なんで?」
「ううん、ちょっと、びっくりしただけ」
「まさかだけど、まだ連絡してないとかないよね」
また黙った。嘘でしょ。

「ちょっと待って。ねえ、何があったのかちゃんと説明してくれるよね」
「傘ありがとう」
「そんなこと聞いてない」
ももがため息を吐いた。

ちっちゃい封筒を手渡される。
「お手紙?」
「そう」
「見ていいの?」
「だって、みやが説明しろって言うから」
めんどくさいので手で制して、中から便せんを取り出す。
想像したよりずっと小さいメモのような紙に1行ずつ。

766 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 20:39:36.19 0

「私は怒っています」

色ペンで書かれた書き出し。読み進めるうち
思わず片手で口を覆っていた。

・読んだら返事してください
・子ども扱いしないで
・すぐバカにしないで
・アイスでごまかすのはやめてください
・スタンプでごまかすのもやめてください
・どこに行くにも一緒がいいです
・「おはよう」と「おやすみ」は絶対
・私といるときに他の子にかまわないで
・他の子に触らないで
・私だけを見て

顔を上げてももの方を見たら、
ふてくされたように爪をいじっていた。
耳が、少し赤い。

これはももには難しいよねえ、なんて
笑いながら共感してあげることだってできたけど。

「それで?これくらい、まあ言ったらふつーだよね」

どっちかといえば、知沙希ちゃんの方に感情移入してしまう。
結局、言ってることはひとつじゃん。

ーー不安にさせないで。

痛いほどわかってしまった。

767 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/05(月) 20:45:18.39 0

一生懸命に書いただろうと思う。
こんなに必死に書いて、渡して、それきり、無視されている
知沙希ちゃんのことを思ったら
頭にカッと血が上った。

「今連絡しな」
「何言えばいいかわからない」
「できるかぎりこうするよ、って言ってあげたらいいじゃん」
「できそーな気がしない」
「知沙希ちゃんがどんだけの気持ちで」
「わかってる。わかってるよ」
めまいがした。

なんで私が。

何度考え直しても、こんなやり方が正しいとは思えなかった。
だけど私は今、高校の正門前に立っている。
下校中の生徒たちの視線を痛いほど感じる。
何故か知らない女生徒の2人連れからすれ違いざまに手を振られたので
ニッコリと振り返して見送った。おつかれー。ちゃんと宿題やるんだよー

不意に後ろから「どうしたんですか?」と声をかけられ
ドキッとして振り返る。
「お久しぶりです。夏焼、さんですよね?」
虚勢を張って精一杯振り絞ったかのような、満面の笑顔。
知沙希ちゃんから、怒りのオーラが立ち上っていた。
「どうしてあなたが来るの」全身で、そう言ってるみたい。

私、今、一番しちゃいけないことやっちゃってるかも。
手のひらが汗でびしょびしょになっていた。

918 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/06(火) 22:21:09.17 0

「今、私が会社で面倒を見てる子がいてね」
「面倒みてる。って、もも会社でもう部下いるの?」
「ちがうちがう。夏休みでインターンに来てる中学生の子なんだけど」
「ああ、なんだ、すごい勢いで出世してんのかと思って焦ったわ」
「フフ スピード出世でもう部長になっちゃってさぁーーごめーん」
「はいはいそういうのいいから。で何?」

「うちはイベント会社だから運営準備の手伝いとかなんだけど、話してたらやっぱいろんなお仕事に興味しんしんで、スタイリストにも興味あるんだって」
「あーー」
「みやにお話聞いてみたいって」
「いいけど。私もまだ先生のアシスタントについたばっかだし、大変だよーってことしか言えないかも」
「そーいうのがいいんじゃん」
「こんな地味なお仕事なんですかー?って夢がなくなっちゃうかも」
「いいじゃん。現実見せよう現実」

「何にやにやしてんの」
「いやースタイリストに興味あるとか言うからさ、1人知ってるけどって言ったらキラッキラした目で『すごーい』って言われちゃって。みやがいて良かったなーって思って」
「まあ?まあね?そう言われると悪い気はしないよね」
「このこのーー」
「痛いから。つっつかないでわかったから!で、いつ会うの」

初めて会った時は中3で、子どもにしか見えなかった。
なのにあれからたった2年で、知沙希ちゃんはこんなにしっかりと
1人の女の子になって、私の前に立っている。

919 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/06(火) 22:22:00.07 0

断られるかと思ったけど、誘ったらおとなしく付いてきた。
カフェはNGだった。「寄り道はほんとは禁止されてるので」
真面目な子なの。ももが言っていたのを思い出す。

公園のベンチは昨日の雨で濡れていて
他に行ける場所も思いつかず、ちょっと途方に暮れて立ち尽くす。
「いいです。別にここで」
構わず座ろうとする知沙希ちゃんを全力で止めた「待って待って待って」
道の向こうにコンビニが見えた。

フェイスタオルを何枚かと、温かいペットボトルを買った。
公園に戻ると、知沙希ちゃんは私からタオルを半ば強引に奪い
ベンチを丁寧に拭いてから「あの、ありがとうございます」
小さい声で言った。

ペットボトルを手渡す。私が座るのを待って、知沙希ちゃんが隣に座った。

「ももち先輩とずっとお友達なんですよね」
「ずっと……ってわけでもないけど、まあ、小中同じだったからねー」
「わたしが知らないことだっていっぱい知ってますよね」
「ん?あーー、そんなでもないよ たぶん」
敷いているタオルでこっそり手のひらを拭いた。

「ももち先輩は、元気にしてますか」
「んーどうだろ、元気……ではないかもね」
「そうですか」
知沙希ちゃんは微かに微笑んだように見えた。

920 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/06(火) 22:23:32.04 0

「夏焼さん、今のわたしの気持ちわかります?」
急に知沙希ちゃんが身を乗り出して来て、お茶をこぼしそうになる。
「わっ わかるような わかんないような?」
怖かった。

「連絡、取れなくなってから、一週間、毎日毎日もしかしたら、
今日学校を出たら、ももち先輩がいるんじゃないかって、
門のとこで待ってるんじゃないかって、願ってたんです。でも、いなくて」
「あの、あのね、知沙希ちゃんから見たら私たち大人かもしれないけど、
ももって不器用なところあるから」
「……知ってます」
「ちゃんと、私から連絡するように言うから」

さんざん言って、できないからここにいるんだけど。

「迷惑をかけてるなら、もう、いいんです」
「違うって。そんなことないから」
「わたしのこときっと、重いとか言ってますよね」
「言ってない。言ってないよ。
ももは。あれでもあの子なりに真剣に向かおうとしてるの、これはほんとに。
女心となるとちょっと気づかなかったり鈍感で無神経なとこもあるけど」

本人に聞かれたら怒るかなこれ、そう思ったけど、勢いのまま言ってしまった。
途中から俯いていた知沙希ちゃんが、顔を上げてこっちを見た。

「あの、大変なときに手紙渡してごめんなさいって、ももち先輩に伝えてください」
「大変なとき?」
「今なら読んでくれるかもって思ったけど、考えてみたら別にももち先輩は暇なわけじゃないんですよね」
「いや暇とかそういうことじゃなくて、お手紙はちゃんと読まなきゃだめだと思うし」
「会社辞めて、今が一番忙しいときだったかもしれないのに」
「……え」

会社を辞めたなんて、聞いてなかった。

921 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/06(火) 22:24:13.78 0

帰りに寄ろうと思っていた、大好きなショップの前を通りかかったけど
ウィンドウが色褪せて見えてそのまま素通りする。
全身が疲れ切っていた。足が痛い。靴捨てて裸足で歩きたい。
何でも話してくれるなんて思ってない。
だけど、そんな大事なことを相談もなしに進めていたことに
ただ、距離しか感じない。

玄関にももの靴はなかった。
そっか。帰ったんだ。

いい。勝手にすればいい。

明日は朝から撮影現場だし
今夜は早めに休もう。
お風呂に一番好きな入浴剤入れよう。あったまったら、何もかも忘れて

「わあぁあぁーーーーーーーー」

リビングに入った途端
大声とともにピンク色のうさぎの頭が目の前に飛び出してきて
とっさに避けようとしたら足がもつれた。
「……っ!!」
すぐ横の壁に張り付いて、バクバクする胸を押さえる。

「ジャーン!見てー。前にイベントで使ったこの被り物。みやの描くうさぎに似てない?」
脱いだうさぎの被り物をこっちに向かって突き出し、ももが楽しそうに笑っていた。

「ばっ……ッッッカじゃないの」
世界中のバカというバカをかき集めて投げつけてやりたい。このバカに。

69 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/08(木) 04:11:42.33 0

うさぎの頭をクローゼットに片付けさせると
ももをソファに座らせて説教。

「心臓、止まったからね、さっき、マジで心臓が完全に止まったから」
「大げさだよみや 止まってないよ生きてるよ」
「いやほんとだから、もう死ぬとこだった。危なかったからね」
「じゃあ、ももが心臓マッサージしてあげる」
伸びて来た手を払い除ける。

ちがった。説教したいのはこんなことじゃなくて

今度はこっちから腕を伸ばして、一度除けたももの手を掴んだ。
ももが目を丸くする。
勢いで訊かなきゃもう訊ける気がしなかった。
「ねえ、会社辞めたの?」
じっと目を見る。ちゃんと返事しなさいよ。

「おう」
ちょっと間があいて、雑な返事が返ってきた。

「次とか決まってんの?」
「うーん 決まっているというか、決まってないというか」
「何するつもり?」
「それはちょっと待って」
「今聞きたい」
「ちゃんとまとめて、それからちゃんと話すから待って」
「知沙希ちゃんには?」
「次探してるってことだけ」

掴んでいた手を放すと、ももはホッとしたように肩の力をゆるめた。

70 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/08(木) 04:12:20.46 0

「どこで私が会社辞めたの知った?」
「知沙希ちゃんに聞いた」
「会ったの!?」
「会ったの」
「いつ」
「今日、仕事早く終わったから、
どうしようかと思ったけど学校で待ち伏せして」
「……ごめん。何か言ってた?」
「大変なときに手紙渡してごめんなさい。って」
これは、さすがに堪えたようだった。

もう遅いけど泊まってく?
訊いたらめずらしく「できれば」と真面目な顔で言うので
今夜はちゃんとベッドの隣にお布団を敷いた。
お風呂から上がってくると、ももは掛け布団の上にぺたりと座っていた。

「知沙希ちゃんに電話した?」
「うん。した」
「仲直りできそう?」
「テスト期間に入るからしばらく会えません だって」
思わず両手で口を押さえる。
「若いわ」
「若いよね」ももが苦笑する。
「テストなんていいから会いたいとは言ってもらえなかったんだ」
ちょっと意地悪を言ってやると、ももは唇を尖らせた。
「望める立場じゃないし」

71 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/08(木) 04:12:57.45 0

夢を見ていた。

ゆらゆら

温かい水に浮かんで
ビルの間から見える明るい空を見上げていた
細かい泡の音がときどき小さく耳を叩く
お水はだんだん柔らかいゼリーみたいになって
心地よく絡み付いてきて
あったかくて 気持ちよくて 何も考えなくてよくて
頭も 肩も 肘も 指先も 腰も 膝も つま先も力が入らなくなって

沈んでいく

ーー深い。
そう思ったときには、もう水の色はすっかり濃くなっていて
見上げていた空がぐにゃぐにゃに歪んで、かすんで、遠くなっていた。
上がらなきゃ
そう思ったけど、手も足も力が入らない
どうしよう、溺れちゃう
温い水が口の中をいっぱいにして、まだどんどん入ってきて
鼻も喉も塞がれる
苦しい、誰か、助けて
助けて
もも

「みや」

72 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/08(木) 04:14:18.71 0

目を開けると、ももが顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?うなされてたよ」
「もも」
「汗かいてる」

ももの指が、額に触れた。
「だめ」
思わず口をついて出ていた。
ももが首を傾げる。
すぐにふっと小さく口角が上がったのが見えた。

「もも、だめ」
抵抗しようとするのに、全身が痺れたように重くて、うまく動けない。
耳元でももが微かに唸った。

何て言った?

体の中からどくっと大きく脈打つように温かい水が湧く
何度も、何度も湧き出した
ももが静かな声でカウントする
1回、2回、もう3回目だよみや?
軽く叩かれるたびに波打って、水音が聞こえる
全身に回ると、溢れ出しそうになって
堪えきれない、噛み締めた唇から、泣き声が漏れ出す
溺れる

「大丈夫。ももが全部飲んであげる」

73 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/08(木) 04:15:18.95 0

付き合ってる。そう言えた頃、
ももはよくコップをひっくり返した。
私の愛情を注いだコップ。
欲しがる分、なみなみ注いであげるのに、上手に飲めない。
不器用だからこぼすのか、わざとひっくり返すのか。
少し経って気づいた。こっちが、試されているみたいだった。

ももは何度も私に投げかける。怒るか、怒らないか。
子どもみたいに、わざと嫌がることもした。
怒ると、ももは後ずさりする。そして少し嬉しそうだった。
違うよ。怒ってたって、全部愛してるんだって
確かめる必要なんかないんだって
結局、どう言えば良かったのかわからないままだ。

手探りでアラームを止める。時間を見る。
寝た気がしない。
だけどベッドの横を見ると
お布団はきちんとたたまれ
部屋の隅に寄せられていた。

距離ができて楽になった部分もある。
こっちがイライラするほど仕掛けてくることはもうない。
お互い追い詰め合って、大喧嘩になることもない。

そうだ、今日撮影だ。早いんだった。
起き上がってめいっぱい体を伸ばす。
「いてて」
へんなところが、筋肉痛っぽかった。

245 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 11:27:00.71 0

「もしもし」
「あ、ももち先輩。電話しちゃいました」
「うん」
「今大丈夫ですか?何してましたか?」
「知沙希ちゃんのこと考えてたよ」
「えーっ、絶対ウソですよ」
「ウソじゃないよ」
「あー嘘。顔熱い。やっばい」
「フフ。勉強がんばってる?」
「範囲狭いんで、そんなに大変じゃないんですけど、あの」
「ん?どうしたの」
「テスト終わったら、遊びに行きませんか?」
「おう。行こう行こう。テストいつだっけ?」
「10,11です」
「じゃあその週末のどっちかかな」
「日曜日がいい。忙しくないですか?」
「大丈夫。空けれるよ。空ける」
「ほんとですか!?はぁ。これで頑張れる」
「ふふっ 嬉しい?」
「当たり前じゃないですか。また電話してもいいですか?」
「もちろん」
「……ももち先輩からも、電話してくれますか?」
「うん」
「話すことなくても」
「うん」

246 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 11:27:22.25 0

「ちょっと、さっき撮ったコーデ、ネックレスが抜けてんだけど」
データチェックをしていた編集者が大声を上げた。
スタジオの空気が一瞬で冷えて、
帽子にブラシをかけていた雅も手を止めた。

「青い石がついてるやつ、あったでしょう?」
あ……どのコーデに使うのかわからなくて、
ずっと置いてあったやつだ。
「あの、これですか」急いで持っていく。
「これですかって何やってんのあんた」
「いえ、あの、これって」
遠くからカメラマンの声が上がった。
「はぁ?!撮り直し?どうすんだよ
モデルもヘアメイク変えちゃってんじゃないの」
ヘアメイクの先生が顔を上げてこっちの方を見た。
「さっきの髪アップにしたやつ?いいわよ、やり直しましょう」

「こういうのほんっと困るんだけど?」
険のある声で編集が詰め寄ってきて、思わず言い返そうとしたら
さっと先輩が間に入った。
「この子アシスタントなんで、私のチェック漏れです。すみません」
カメラマンが舌打ちしてセット替えを始める。

戻ってきた先輩に言った。
「あのネックレス、もらったリストに入ってなくて」
先輩は、私の肩を優しくぽんぽんと叩いた。
「ヘアメイク待ってる間にあっちのハンガーもアイロンかけちゃおう」

こういうこと、時々あるし
気にしててもしょうがないのはわかってるけど
もやもや。

247 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 11:27:39.38 0

それでも撮影は予定より早く終了し
先輩と今度飲みに行く約束をして
帰りの駅に向かう。

あんなにキレてた編集さんも
帰りにお菓子くれたりして。「またよろしくね」って言われたりして。
大人って、フクザツだ。

あれ……知沙希ちゃん?

気のせいかと思った。こんなとこにいるわけない。
だけど道の反対側、人波の間から見えたのは
やっぱり知沙希ちゃんだと思う。
思わず追いかけていくと
大きい本屋さんに入っていった。

生きててこれまで入ったことない
参考書のフロアは、空気がかたくてシーンとしてて
つま先からおりるように、ソロソロ歩く。

棚の間に知沙希ちゃんを見つけた。
そーっと声をかけたら
「うそー、どうしてですか」ヒソヒソ声
びっくりしてこっちを見てからすぐに
笑顔がぱっと輝いた。

248 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 11:27:56.43 0

「ここにしかない本があるって聞いて来たんです」
知沙希ちゃんはそう言った。
一旦家に帰ったから、と言って
今日はカフェで2人向かい合っている。

「この間は、ありがとうございました」
「ううん、ごめんね。余計なことしちゃった」
「すぐにももち先輩から電話もらったし」
耳を赤くして満足げにジュースを飲んでいるのを見ながら

まあ、その時ももは私と一緒に居たんだけどね。

ちょっといじわるなことを思う。
大人って、フクザツなの。

「テスト終わったら遊びに行く約束したんです」
「へえ、そうなんだ、よかったね」
「遊園地とか行ってみたくて。乗り物好きなんで」
「そうなの?遊園地とか、もも喜ばないと思うけど」
知沙希ちゃんがきょとんとした顔をしてこっちを見る。
にっこりと微笑んでやった。

「あの子絶叫マシンも人ごみも苦手なんだよねー」
「そう……なんですか」
知沙希ちゃんは目を丸くしたまま言った。

250 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 11:28:14.79 0

「やっぱり、夏焼さんはももち先輩のことよく知ってますよね」
一瞬で自己嫌悪に陥った私を
感心したような顔で見て、知沙希ちゃんはしきりに頷いていた。
「そうだ」
知沙希ちゃんはバッグをごそごそと漁った。
「これ、あげます」

手のひらに乗るようなちっちゃいコットンの巾着に
紫の細いリボンがかかっていた。

「なあに、これ」
「すっごいいい匂いがするんですよ!」
鼻に近づけてみると、爽やかな香りがした
「レモングラスとベルガモットかな」
「やっぱりいろいろ知ってる。
わたし、レモンのサイダーみたいな匂いって思いました」
「これ、くれるの?」
「さっき覗いた雑貨屋さんでなんかフェスやってて
2コもらって、1コももち先輩にあげようかなと思ってたけど
やっぱりあんまりこういうの好きそうな感じがしないし
夏焼さんの方が似合うと思って」

わたしとお揃いです!知沙希ちゃんはそう言って
自分の巾着も見せてきた。
細いオレンジのリボンがかかっていた。

360 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/11(日) 17:12:05.06 0


帰宅して、知沙希ちゃんからもらったサシェを
ドレッサーの横に置いた。

きっと生まれながらに愛され方を知っている
知沙希ちゃんの強さ。
もしかしたらももは
知沙希ちゃんを傍において
変わろうとしてるんじゃないか、なんて
いつからか考えるようになっていた。

それを自分なりに応援してるつもりだったけど

長い付き合いで
もものことは何でも知ってるからって
自分の方が先を行ってるみたいな
安心したような気になっていたけど

もし、スタート地点が同じだとしたら?

楽な関係だって?笑っちゃう。
今の距離がいい?

よくない。全然よくない。
私はどうしたい?
ももがどうしたいかとか、どうなりたいかじゃない

私はどうしたいの。

362 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/11(日) 17:13:23.39 0

「最近よく来るねえ」
「そうだっけ?」
ももは涼しい顔で「これおみやげ」と言って
ケーキの箱をテーブルに置いた。
「まあ、最近みやには迷惑かけてたなーと思って」

頼られるのを、嬉しいと思っていた。
でも本当は
こんなの、イヤだ。

「……都合のいいときだけ利用して
ケーキでごまかせばいいとか思われてんのかな」
勝手に口から出ていた。

「ちがうよ」
「じゃあ今のこの関係、知沙希ちゃんにバラされても構わない?」

ももの顔が引きつる。
「それは、困る」
だよね。
「知沙希ちゃんと付き合ってんなら
なんで私のとこに逃げて来んの」
ももは一度口を開きかけて、黙り込んだ。

「ももと知沙希ちゃんって
ちゃんと付き合ってるって、言えるのかな?」
363 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/11(日) 17:17:32.86 0
「……ちゃんと、しようと、してるよ」
振り絞るようにももが言った。

もものことを許してあげられるのは私だけ
そうしていれば、いつだって
私のところに帰ってくる。
なんて、いつの間にかそう思うようになってた。

だけど、そんな関係になりたかったわけじゃない
いつからこんな関係に持ち込んだ?
「人のこと舐めてるからそういうことできるんだよね」
「どうしてそんな風に思うの」

どうして?
好きだからでしょ
そんなこともわかんないの

ももが不機嫌そうに目を細めた。
人の気持ちなんて、何も知りやしない。
「そんなんで上手くやってるつもりなら違うからね」
「うるさい」
「コントロールもまともにできてない」
「もういいよ」
バッグを持って帰ろうとする
ももの肩を掴んでこっちを向かせた。

「ももって恋愛下手くそすぎだよね」

364 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/11(日) 17:17:57.78 0

ぱちん
ももの左手が私の頬を張っていた。
びっくりして見ると、ももの目は真っ赤だった。

「は……図星さされてキレてんじゃないよ」
間を置かずにももの手首を掴んで引っ張る
「っ…きゃ」
小さい叫び声を上げてももが倒れた。
そのまま上に伸し掛る。
はね除けようとしてくる腕を何度も叩いた。

「何なの、なんなのマジで。
キレたいのはこっちだかんね。勝手すぎるでしょ
ほんとのことじゃん。欲しがるばっかで
何も求められてるかに気付きもしないで」

もがく手首をやっと掴んで床に押し付けた。
息を荒げて見下ろすと
ものすごい目でももがこっちを睨んでいた。

一瞬怯んで力がゆるんだ途端
すごい力ではね除けられて壁に肩を打ち付ける。
強烈な痛みに声も出ない
「……っ」
肩を押さえてようやく体を起こすと
玄関のドアが締まる音。

ももの出て行った音が聞こえた。
「あは」
笑っちゃう。したかったことって
こんなことじゃないでしょ。

だけどどこか
……ホッとしたのも事実だった。

421 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 00:30:07.32 0


着信があったのはそれから3日後で
そのとき、すごくおだやかな気持ちで電話に出れた。
向こうから聞こえてくる声も、そんな感じだった。

「みや、この間はごめんね

みやはほんとのことしか言ってなかった。

人付き合いはわりと得意だと思ってるんだけど
下手くそだなあと思うときもある
恋愛とか」

ももの口から恋愛、と言われてドキっとした。

「知沙希ちゃんに好きって言ってもらえて
特別に言ってもらえて、その気持ちがすごくストレートで
なんか戸惑ったりしてさ
みやに迷惑かけたりもして
気付いたの。私が知らなかっただけで
世の中の人は、もっと上手にやってんのかもしれないって
私も、ちゃんとできるようになりたいって」

照れたような小さな笑い声とともに、ももは言った。

そんなことないよもも、世の中の人だって不器用に
みんなみっともなくやってるよ。
そう言いたくなったけど、言えなかった。

ちゃんと、上手にしたいんだもんね。
わかるよ。

422 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 00:31:07.62 0

「だから、もう逃げるのはやめることにした」
静かで強い声だった。
「みや、ありがと」
何も言えない。
「私、知沙希ちゃんと今度こそちゃんと付き合う」

「いいと、思う」
もものこと、尊いと思った。

けど、ねえ、どうしよう。
ももが、私の手を離そうとしてる。

「今日これから知沙希ちゃんとデートなんだ」
少し掠れたような声でももが言った。
「……へぇー、どこ行くの。遊園地?」
鼻声に気付かれたくなくてがんばったけど、語尾が震える。

「何言ってんのみや、遊園地なんて行くわけないじゃん」

思わず笑ってしまった。
「あはっ」声を出した瞬間
涙が頬を何粒も何粒も伝って、ぽたぽたと落ちた。

ねえ雅、あんただって下手くそじゃん。
こうなる前にできたことだって
いっぱいあったんじゃないの?

「港の水族館に、知沙希ちゃんが誘ってくれたんだ」

424 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 00:32:17.65 0

お手紙のことも、もう一回ちゃんと話して
きちんとしたいと思うの
ここで向き合えなかったら
私も大人としてほんとどうかと思うし

うん。うん。相づちだけ打って
ももの声を聞いていた。
喉に何度も力を入れた。
息がうまく吸えなくて上を向く。
お腹がひくついて止まらなくて
必死に手で押さえた。

「じゃあ、行ってくるね」
「んっ。楽しんで、おいで」
「楽しめるかどーか、わかんないけどね」
笑うフリをして、ちょっとだけ鼻をすすった。
「ありがとみや、またね」
「ん、また」

電話は切れた。

「……ひっ。」
吸って、吸って、吸って
吸いきれなくなって
詰まった喉からついに声を吐き出したら
もう止められなくなった。

泣いても泣いても
涙は止まらなかった。

425 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 00:33:23.33 0

ーーソファに寄りかかったまま
どれくらい時間がたったのか

気がつけば
携帯を握りしめたままの手が震えていた。
今。ただ悲しいともちがう
なにか、興奮して、落ち着かなくて

行こう。

突き動かされるように思った。
行ってもどうしようもないのはわかってる。
何かしようっていうんじゃない
そもそも行ったとこで
2人を見つけられるかもわかんない

だけど、やっぱり
私はもものことが好きなんだ
好きだから
見届けたい

私が望んだ未来じゃなくてもいい。
ももが望む未来を掴むなら
それを見届けたいの。

冷たいお水で顔を洗ったら
気持ちよくて
私は大丈夫。そう思った。

442 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 07:59:07.64 0

港は強い風が吹き付けていて、ひどく寒かった。
そのせいか思った以上に人っけがなくて
むしろ、2人に見つかっちゃったらヤバイ、と
目の下までストールで覆う。

少し離れた場所に、水族館の建物が見えた。
中に入って探すより
入り口が見張れるとこで待ってようか

考えながら、見つけた東屋の数段を上がると
海沿いの水族館に続くアプローチ、遠目に
抱き合っている2人の姿が見えた。

……っと待ってよ。大胆すぎない
思わず辺りを見回してしまう。

こっちから知沙希ちゃんの後ろ姿が見えた。
2人は顔を寄せて話しているようで
知沙希ちゃんはももの背中にしっかり手を回し
ももは知沙希ちゃんの髪に触れていた。

そう。恋する2人って
人目とか気になんなくなっちゃうんだよね。

443 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 07:59:39.16 0

うん。
……
…………

強風に吹かれながら
きつく、かたく、抱き合っている2人を見ていたら
何か、急にどうでもよくなってきた。

どーだっていい。

私は私の楽しいことだって
いくらでもあるし、今だって毎日
お仕事も充実してて幸せだし夢もあるし?
そうだ合鍵返してもらわなきゃ。
しばらくももには会いたくないかも。
ももには悪いけど
私には私の生活があるんだし
ももの好き勝手に付き合って振り回されるのは
もういい加減やめにしてもいいよね。
この間言ったもんね。
ちゃんと言ったし。
そうだった。そうだよ。だってお互いもう大人だもん。
ねえ?
何やってんだろ私。寒いし。
寒いわ。

帰ろ。

444 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 07:59:57.63 0

そう思った瞬間、見つめ合っていた2人が離れた。
知沙希ちゃんが突然くるりとこちらを向いて
すごい勢いで走って来る。
「え、なに」

慌てて石柱に隠れると、すぐ横を
知沙希ちゃんが駆け抜けていった。
一瞬ちらりと見えた表情はニッコニコで
とてつもなく輝いていた。
「なんなの」

再びももの方を振り返って見る。
ももは、同じ場所に、真顔で立ち尽くしていた。

「なんでみやがここに来るの。恥ずかしいなあ」
私が近づいていくと、気付いたももが苦笑した。

「え、なに、どういうこと」
「振られちゃったよみや」
「え?」
「振られた」
「どうして!?」
「知らないよ」
ももは横を向いた。

445 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 08:00:27.16 0

「この恋は、これで終わりにします」

知沙希ちゃんは、そう言ったのだそうだ。

ももち先輩と付き合うようになって
恋するのってこんなにつらいんだなって思ったんです
連絡なかったりすると、毎日ほんとに苦しくて
つらいけど、それが恋だって
そのことを、ももち先輩が教えてくれて
感謝してるんです。

次に恋したとき
わたしはもっと上手にできると思うし、そうしたい。
わたしたち、上手くいかないことばかりだったけど
ももち先輩も、次に恋するときは
もっと
ももち先輩に都合のいい人と幸せになってください。

「ちょ、ちょっとまって、それ本当に知沙希ちゃん言ったの?」
「ほんとーにそう言った。すっごいドヤ顔で」

恥ずかしそうにそう言うと、ももはその場にしゃがみこみ
うなだれて、膝をぎゅーっと抱いた。
何も言ってやれなかった。

446 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 08:00:50.42 0

「若い子って残酷だ。大人の気持ちなんて知りもしない」
そんなことを言うから、思わず吹いてしまう。
わざとからかうように言ってやった。
「若さに八つ当たりって、完全にオバサンじゃん?」
言い返してくるかなと思ったけど
ももはしゃがんで俯いたまま フフっ と小さく笑った。
長い睫毛が少し震えてるように見えた。

目の前を走り抜けて行った知沙希ちゃんの顔がよみがえる。
きらきらしてた。その瞳は、前よりずっと大人びて見えて
きっとあの子は、痛みを知っても
ちゃんと新しい希望に変えて
自分のために強くなれるんだ。そう思った。

そしてここに、変わることができないまま
賭けていた未来をひとつ失ったももがいる。

ごめん。

うぬぼれでもいい。
こうなったのは、私のせいだって
責任感じていいかな。

「おなかすいた」
ももはしゃがんだままこっちを見上げた。

471 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 21:05:19.56 0

「帰りになんか食べてく?」
「……何食べたいかわからない」
「じゃあどうすんの、ウチでなんか」
「つくろうか」
「え。いやーそれは」
「私のつくったものが食べられないっていうわけ」

ももはその姿勢のまましばらく
ごちゃごちゃと言いがかりをつけては絡んできた。
横に立って、半分聞き流しながら相手する。
10分くらいか、それ以上か

お、立ち上がった。
「……行こう。」
言うなり、立て続けにくしゃみをするから
ストールをはずして、肩に巻いてやる。

「あったかい」
「先生にもらったの。すごくいいやつ」
「ふぅん、大事にしてんの」
「鼻水つけないでよ」
ももは声を出さずに目を細めた。

今、訊いてみようか。
「ね、そろそろ話せるようになった?」
「何?」
「お仕事のこと」

ももはふっと顔を上げ、指先を顔の前で合わせるとこっちを見た。
「そう。……昨日やっと目処が立ったよ」
「なに」
「ブライダルの会社を起こすんだ」

472 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 21:09:00.34 0

「私なんていったらまだひよっこだけど、
学生の頃からいろんなイベントに関わってきて
みやには前に言ったことあるかもしれないけど
やってて一番幸せになれるのがブライダルだったんだよねぇ」

話しだすと、さっきまでの何もかも忘れたように
ももはうっとりと、夢見るような顔になった。

「やっぱ人生で1回の晴れの舞台というかさ、
花嫁さんの最高の笑顔見て、やってよかったなあって思うし、
その先の幸せにつながる時間を演出させてもらえる喜びというか、
そういうのをもっと、極めたくなって。
まあ、ちゃんとやってけるのかなんてわかんないよ?でも
自分の中だけででも、よし、できるって思えたら、
そしたらみやにも胸張って、ジャーンって言ってさ
びっくりさせたいなんて、思ってたんだけど、その
まー根回しの当てがはずれたり、お目当ての物件がダメになったり
なかなかこっちの理想どおりにはいかなくてーー

一方的に話す
ももの唇を見ていた。

先へ先へ、誰にも見えてない先を見て
進もうとする。昔っからこんな感じ。
こっちには何も言わないで。
自分で決めて、どんどん進んで。
でも、そういうとこはもものかっこいいとこで。
そういうとこが寂しいけど、
仕方ない。

474 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 21:10:11.76 0

ーーでね、みやが、ウエディングドレスのプロデュースを
やったらどうかなと思ってたり」

ん?

どう?良いアイデアでしょ、と言わんばかりに
まあるい目を輝かせてこっちを見た、ももの
髪に白いお花をぐるりとさして、ヴェールを下ろした。

それから、ご自慢のデコルテに、レースを象ったパールのネックレス
子どもっぽくならないようハートネックのラインを引く。
二の腕隠しのクラシックなパフスリーブ
たっぷりのドレープが裾に向かって広がる
プリンセスラインの、真っ白なドレス。

頭の中で着せてやった。

「うん。いーんじゃない?」

「……みやにそう言ってもらえて、安心した」
ホッとしたように、はにかんだももの、手を取った。

歩き出す。
「いる場所が変わってもさ、きっと私たちは変わんないんだよ」
前を見たまま、歌うようにももが言った。
「うちらはずっと、変わんないとこがいいんじゃない?」
そう、返事しながら
心の中でまるで逆のことを考えてる。
475 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 21:11:50.39 0
いつか、私がももを変えてあげる。
だから私のことも変えて。もっと強くして。
そして2人一緒に
これまで知らなかった幸せにリンクするの。

今からはじめる。

ふと、繋いでいた手の力をゆるめたら
追いかけるようにぎゅっと掴まれたから。

大丈夫。私はずっとそばにいるから。
ももの希望を知っているから。

ーーー

かちゃん。鍵を開けて玄関に入ると
ももの靴が脱ぎ捨てられている。
「ねぇ 脱いだ靴はちゃんと片付けようって言ってるよね」
転がってる靴を横目に
言いながら部屋の中に入った。

誰もいないリビングの明かりはつきっぱなし。
テーブルに広げられたお仕事の資料もそのまんま。
物音ひとつしない。
「まさか……このまま寝たとか言わないよね」
慌てて寝室に入ると、ベッドがこんもりとしている。

「もも。ねてるの?」

476 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/12(月) 21:13:39.60 0

掛け布団から顔を出したももが、そのままこっちに両手を伸ばした。
「ううん。待ってた。おかえり」
「絶対待ってないでしょ寝てたでしょ」
んーん、とももは首を振る。
「いいから、きて」
甘やかさないんだからね
「ねー早く、みや」
仕方なく枕元に顔を寄せて言う
「玄関のくつ」
そう言いかけるや首に両腕が巻き付いて来て
唇がやさしく触れる。ああ、もう、やだ。
無防備で、気持ちが全部伝わってくるようなキス。

柔らかく押し付けてきたり、優しくついばんできたり、小さな舌先を当ててきたり
何度も何度も伝えてくるから
胸が詰まって、泣きそうになる。
「もも。そういうことすると今夜、寝かしてあげないからね」
「ねるよ。ねむいし明日はやいし」
おでこをこつん、と当てて、今度はこっちから
うるさい唇を塞いでやった。

世界は、私たちだけでできていた。

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