最終更新:ID:3qhMuzkBHw 2017年07月15日(土) 04:45:33履歴
164名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:17:23.800
▽
「……夢をね、見たの」
その日の雅は見るからにおかしかった。
いつも一緒に居た皆が見ればすぐに分かる程度には、おかしかった。
Berryz工房の武道館LIVEも終わって。打ち上げの宴会だったのだ、今日は。
それなのに、いつもこういう時こそ人一倍はしゃいで場を盛り上げようとするのに。
雅は一人ぼーっと椅子に腰かけて、どこか虚ろな視線を彷徨わせていた。
「ふぅん。どんな夢?」
勿論宴の参加者達は、長い付き合いの雅に少なからず好意的だし、そんな様子の雅を放っておく筈もない。
たびたび手を止めては雅の様子を窺いにきた。
だが雅はそれを悉く笑って追い払う。大丈夫、ちゃんと飲んでるし、何でもないから、と。
誰がどう見たって、大丈夫なんかではないのに。
165名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:18:03.530
「だぁーれも居なくなっちゃうの。それどころか、周りに何にもないの。何にも聞こえなくて。
お家も階段もいつも乗る電車も。山も川も。ママもパパも。いままで一緒に居た皆も。何処にも何にもないの。
ポツンとみやだけ取り残されたのか、みやが何もかも捨てて逃げてしまったのか。色も何にもないの。
いつも出てくる大きい人参も、こんな時に限って出てこないの。後ろも前も上も下も、何にも見えないの。
なんだか寂しくなって泣きたくなって、走ってみたけどやっぱり何もなくて、涙が止まらなくなって。
暫くして誰かにみやって優しく呼ばれて、そこで目が覚めた」
それでも本人が大丈夫と言えば、それ以上は踏み込める筈もない。
何故ならそれは、雅の「放っておいて」という意思表示に他ならないのだから。
それを誰が、踏み込めるというのか。
仕事仲間として尊敬も信頼もしているキャプテンも。いつも笑ってふざけてくる千奈美も。
最後まで心配そうにしていた茉麻も。これ美味しいから食べなよって持ってきてくれた熊井ちゃんも。
聞いてるこっちが苦しくなる程に魂を込めて歌って泣き過ぎて声が枯れてしまった梨沙子も。
マネージャーさんをはじめとした多数のスタッフさん達も。
その日の雅が求めていたものではなかった。
「まぁ……それは、夢でしょ」
やがて皆諦めた。本人がああ言っているのなら仕方ない。
LIVE後の疲労と全てをやり遂げた事への解放感とできっと黄昏ているだけ。
私達が雅に出来る事は今は無いんだろう。ならばそっとしておこう。
そう思って、皆それぞれに宴を楽しむことに専念した。
傍から見れば冷たいようにも見えるかもしれない。
でもそれは、いつも通りの家族的な付き合い方のようで、雅にとってありがたいことだった。
だから皆そうした。只一人、近くにさえも来なかった人を除いては。
167名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:18:38.800
「そう、夢。わかってる、でも。時々思うの。今迄のも、何もかも全部、夢だったんじゃないかって」
桃子がみや、と声をかけたのは、宴会が終わってからだった。
宴会どころか片付けも終わって、解散してからだった。
路線が同じだから帰り道が途中まで一緒なのは昔から変わらない。
それでもここ数年は個人での仕事もあってバラバラに帰っていたのに。
今更何しに来たの、と雅が尋ねる前に、桃子は雅の腕を掴んでいた。
たまには二人で飲もう。そう言って。いつの間に寄って来たのか手にはコンビニの袋をぶら下げていた。
たまにはどころか、初めてだ。中はアルコールの高くないものといつもの十六茶とおつまみばっかりだった。
再デビューの日まではももだって今はアイドルじゃないしと言い張って。
ピンク色の缶を持ち上げて、今日はももに酔っても良いんだよ〜ほれほれ、なんてふざけた事を言いながら。
ももにしては珍しい事もあるもんだ、と思ったけれど。
そこまで用意されては断れるはずも無い。仕方ないなぁ、と笑うだけで精一杯だった。
許されるなら最後まで皆と一緒にBeryyzを続けたいと思っていたのは間違いなく桃子と雅だ。
そして話し合いの場からつい逃げ出してしまう位には嗣永桃子という人間はBerryz工房が本当に大好きで。
静かに感傷に浸りたいと思ってるのは一緒か、と雅は小さな二次会に付き合う事にした。
169名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:19:14.560
「いつか皆の、記憶からも消えちゃうのかな。
アイドルじゃなくなって、年を取って。知ってる人が誰もいなくなって。
みやも……誰だか分からなくなって。……本当に、Berryz工房がみやの全てだったから。
今迄の楽しかった毎日が無くなって、空っぽになっちゃうような感じがして。そんな夢見たのかも」
二人は公園で月を見ながら尽きる事の無い思い出話をしながら、ぼんやりと呑んでいたが、
どうしたって夜が更けてくれば肌寒くなってくる。
電車も無くなるしそろそろ帰ろうか、と2人並んで歩く。何年も前は毎日そうだったのに。
寒いねーって言いながらどちらともなく自然と手を繋いで帰るなんて。
まるで初めての事のようだった。
それまで誰にも今日のぼんやりとしていた理由を何も言わなかった雅も、信頼し、認め合って、
また一方ならぬ複雑な想いを抱く桃子の前では、自然と言葉が零れ出てきた。
それはとても、とても悲しい夢の話だった。
「その夢、今日見たの?」
170名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:19:52.170
「…そう。LIVE中も終わった後も全然思い出さなかったんだけど。衣装を脱いだら突然思い出しちゃって。
忙しいし緊張もするけど大好きな歌を歌ってステージに立ったり、皆とふざけたり、笑ったり、喧嘩したり。
曲をファンの皆に見せる為に全員で頑張ったり、大変だったけど本当に、凄く凄く楽しかったのに。
あ、こういう事明日からもうしなくなるんだなー、って思うとさ、なんか、寂しくなって。
……ももはまあ、これからカントリー・ガールズやるんだからあんまり変わんないか。
みやはさ、ファッションも好きだしそっちかなーとかも何となく言ってたけど。
だからと言って熊井ちゃんみたいにモデルなのかデザイナーなのか、どうこの先の仕事にすれば良いんだろうって。
まだよく決まってないけど、千奈美だって英語を本気でやるんだって言ってるし。でも歌も好きだし。
皆みたいに他にこの先、何をやりたいかってあの日からずっと考えてるけどみやはやっぱりまだ分かんなくて」
「……何言ってんの。みやの中では答え、もう出てるじゃない」
「えっ?」
桃子は柔らかく笑って紡ぐ。
誰よりも何よりも愛しい仲間の為に。そして――自分自身の為に。
171名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:20:39.940
「なによりも歌が好きって。みやはアイドルじゃなくなったって、
誰かとステージで歌い続けたいってそう言ってる」
「誰か、と…」
「うーん、みやがソロってよりは何となく?ほら、みやってこう見えて意外と寂しがり屋だし、緊張するし。
最初はその、誰かのフォローしながらでも良いじゃない?
……カントリーの子達も、これから日々育ってくのを傍で見れるのもきっと嬉しい事だし。
みやは歌もダンスも教えるの上手だから、うん。みやも向いてるかなーって。
事務所に残るにしても、Berryz以外ならハロプロからじゃなくたって別に」
「歌は好き。本当に。……Berryzと同じ位大好き。
……でも確かに、この先もずーっとアイドルとして一人で生きてくのは流石に辛い、かな」
その誰かはももではダメなのか、何度も言いかけたその言葉を雅はぐっと飲み込んだ。
アイドルであることを既に選んで、事務所からもそして自分からも、
カントリー・ガールズを育てると決めたももが雅にそう提案していると言う事は。
誰かはBerryz工房以外で選べ、という事だろうから。
172名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:22:32.460
勿論、梨沙子という選択肢も以前ならば確かにあった。でもその答えはノーだ。
梨沙子は休みたい、一度普通の女の子に戻りたいと最初に言ったのだから。
いつか歌う立場として戻ってくるなんて保証も、僅かな可能性を待っていられる程気も長くない。
「うーん、辛い、か。まあそうだよね……あははっ」
もものどこか乾いた笑い声が空へと消えていく。
活動停止、としたのにそこから数人だけで再び何かやるなんて選択肢はあり得ない。
Berryz工房がもう終わった事だと言っているようなものになってしまう。
“元”だなんて自分達から言わない事。何度も何度も話し合って、自分達で決めた事だ。
「……やっぱりみやは、どんな形でも良いから歌を歌ってたい、かな。
でもモデルとかファッション関係もやってみたいってのも本当」
「そんなのどっちもやれば良いよ、もも達まだ若いんだから!
みや、私達はスタートが早過ぎただけ。まだ22歳だよ?それこそ可能性は一杯あるんだよ?」
「ももはあと3日で23歳だけどねー」
「くっ…この…大して変わらない癖に……。こういう時にそういうのは良いからっ。
ももはさ、アイドルである自分が好き。いつも言ってるけどもうそれこそ天職だと思ってる。
……ま、アイドルじゃない自分にもなれるだろうけど。
でもさ。勿論ももにだって不安があるよ?ずっーとこのまま可愛いままで居たいけど。
この先、10年後、自分はどうなってるのかな、必要とされてるのかなってさ」
174名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:26:42.830
もも自身の事を話してくれている間、同意する返事の代わりに繋いでた手を大きく振る。
それまでの真面目な横顔がちょっと笑ってくれてどこかホッとした。
年に一度と勝手に決めてたももへの真面目な相談、もう使ってしまう事になるなんて思っていなかった。
今朝見た夢と最後のLIVEで、もう会う事も少なくなるのかもと思ってしまってつい、甘えてしまった。
「それでもももち結びは今日のあの瞬間で、一旦活動停止。
Berryzで居られない時間にしてても、ももにとっては意味が無いし。
引きずってる様に見られるだろうし区切りはつけようと思って。
それにさ、10歳も離れた若い子に混じってまでまだやってんのーだとか、
もうその髪型痛いよってこの先きっと言われちゃうしねぇ」
「あー、それは。確かに!」
「確かに!じゃないよ、もー…まあ、毎日不安だらけだよももだって。
力不足だったのかなーって思う事が多いし。もっと自分達の人気も出るかなと思ってたんだもん。
目の前の仕事こなすだけだったけど、もっと何か出来たんじゃないかって。
……自惚れんなって言われるかもしれないけど、
ももち経由でBerryz工房見て、ももだけじゃなくて、もも以外を好きになったとかさ。
純粋にべリのファンになったよーって人達の言葉にもどれだけももが救われたか。
でも、こういうももちのこと苦手って人が沢山居るのも知ってるし、複雑なのも本当だけど」
「そんな事、ない。ももは頑張ってるよ。自惚れていい。みやが一番見てるんだから。
ももは絶対に誰かの陰口とか悪口とか言わないじゃない。
ま、自分アゲのぶりっ子はするけども。そこは持って生まれた良さって事で。
昔から女の子特有のドロドロした所が無いって言うかさ。本当、強いし。良いと思うよ。
だから気にしないでよ、TVの演出見てるだけでももの事よく見てもいない人達の事なんて。
……みやは、尊敬してるよ。アイドルしてるももちの事も、普段の嗣永桃子の事も」
好きと言えない代わりに、尊敬してると伝える位でどうにかなるなんては思ってはいないけれど。
何か言わないと10年以上も一緒に居た繋がりでさえもいつか消えてしまいそうな気がした。
176名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:31:47.090
「…そ、そっか。ありがとう?」
「なに。照れてんの?」
「…照れてなんか」
「そ?じゃあそういう事にしといてあげる。…で?ももはこの先どうすんの」
これ以上照れる照れないと突くのは可哀想か、と思って何となく聞いてみた。
「カントリーもね、2〜3年かなーって何となく決めてるの。
これからは恩返しっていうか、佐紀ちゃん達やべリのスタッフさん達と一緒にさ、
場所は違うけどつんく♂パパがそうしてくれたみたいに愛を持って後輩達を育てようって。
自信を持ってどこにでも送り出せるようになったら、きっとももみたいに表に居る先輩の存在は邪魔になる。
……そうなる前にスッパリ辞めるの。ハロプロも、多分アイドルも。
もうこの際、ファンの皆の記憶に思いっきり濃いアイドルももちを残してやって、
語る人が少なくたって良いから道重さんみたいにさ、Berryz工房伝説の1つにでもなってやろうかなって。
あ、みやにしかこんな事言わないからね。まだ誰にも言っちゃダメだよ」
「それは、うん。勿論。てか……ももはこの先、芸能界自体も辞めるって事?」
驚きはした。でもそれよりも、耳を疑ったのは次の言葉だった。
938 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:03:18.88 0
▽
「うーん。まだはっきりとは決めてないけど、多分そうなると思うなー。
ももの分のリソースは早く他の皆に回した方が絶対良いと思ってるし。
正直な話カントリーの皆を育てるのをメインにしたいし、少しずつ変えて貰ってるの。
でもって、あー、アイドルももちはもう十分過ぎる位やり切ったなー!って満足して次の世界に行くの。
それに若い内にもっと、自分の為の勉強をしっかりやっておきたいなって思ってるし。
……このままズルズルとこの世界しか知らないままだと、ももはいつかきっと後悔する」
あれだけTVで身体も心も張って賭けに出て、賛否はどうあれ【ももち】が浸透してきた所なのに。
それすらも一切の未練が無いと言わんばかりにももの目はもう先の事を見てる。
どうしたって置いて行かれる気持ちになってしまう。
ズルイよ、もも。
どうしていつもギリギリまで何も言わないで先に決めちゃうの。
どうしてみやよりも先に大人になってしまうの。
お願いだからもう少しだけ一緒にふざけててよ。
一度決めた大事な事は簡単に曲げない人間だと知っているから、余計にショックだった。
また口から飛び出していきそうな言葉達をグッと堪える。
939 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:06:02.66 0
ももの心をみやの勝手な我儘や気持ちで傷付けることはしたくない。
それでもみやにだけ言ってくれてるんだから、と自分に言い聞かせて。
子供の時だったら考え無しに言うだけ言って、喧嘩していた事だろう。
「……そっか」
寂しいなって顔をしてしまったのかもしれない。握っていた手をギュッとされた。
ももにとって大事な関係はずっと変わらないってのは舞波との事でも分かってる。
仲間で居ようって、隣に居続けたいって、みやも努力しさえすれば良いんだから。
ももが教えてくれる事は本当に一杯あって。感謝も尊敬も信頼もしてるのは本当。
「ま、皆がよーしまたBerryz工房でもやろーよって、ももちの事が恋しくなったわーって頃にでも、
仕方ないなーって皆で集まって、今度はアイドルじゃなくて、死ぬまで続けたって良いんだから。
いつかのハロコンでその予行練習もしたけど、あれだってその時は冗談のつもりじゃなかったよ?
……ももの全てはBerryz工房に詰まってるからさ。その時の為にももはずーっと可愛いままでいるつもりだし。
なーんて。もしくはいっそほとぼりが冷めた頃にしれっと裏方に回っちゃってさ、
佐紀ちゃんの横で研修生の皆に、ももが長いアイドル人生で得た魂やら心構えを教えてくってのもアリじゃない?」
相変わらず両目を瞑ってしまう不器用なウィンクを向けて微笑んでくれる。
すぐそうやってふざける所も。泣きそうなみやを笑わせようってする所も。
でもやっぱり気真面目な所も。笑って話すのが全部遠い先の夢だとしても。
「ふっ、ふははっ。なにそれ。勝手だなー、ももは。
はぁー…でも。うん…、悪くはない。むしろ格好良いわ」
そう。ももがやりたい事をやって笑ってるのが一番良い。
もしも今日のみやのように、ももが一人で泣きそうになってたら、みやも気づいてあげたい。
例えいつかももの隣に居るのがみやじゃなくなったとしても。
ももが自分らしく居られるならそれで良い。そう思ってはいるのだけれど。
940 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:08:45.72 0
「でしょー?…あ!そうだ!みや!
もも達の衣装、あれ、最初1曲だけねって言ってたけど恋泥棒のもさスタッフさん達と一緒に決めてよ。
あのね、凄い皆喜んでたの。見て下さい夏焼さんに選んで貰ったんですー!って報告しに来たりしてさ!
出来上がりも可愛かったし、なんか、やっぱり良いなぁって思って。
ま、言うても6人分だし多いけど。……なんならLIVEのとか今後もずっと宜しくお願いしますしたい位よ」
「えーっ!?嬉しい!そっかー、皆喜んでくれてたんだ〜。
そっかそっか。皆緊張してるのかみやが怖いのかガッチガチでさぁ。それなら良かった。
嬉しいけどみやがまたやって良いの?って言うか、許可とかって取らなくて大丈夫?」
「いーの!PMが良いって言ってるんだから良いの!
だって次の衣装合わせもう明日だし。勢いで大丈夫。ね、ね、ね!お願い!この通り!!
明日事務所に来て!!!皆の学校終ってからだから…えーっと。3時位に!ね!良いでしょ?」
「え、明日!?マジかー……」
両手を合わせて何度も瞬きされて拝まれて、嫌だなんて言うつもりも言えるはずもない。
きっと事務所のスタッフさん達にもこれから同じ様に頼むつもりなんだろう。
仕方ない、少しだけ先に行ってみやからも頼み込んでおこう。
「お願い!9日にはもうMV撮影だから!時間無いけどお願いします雅様!みーやーびーさーまー!」
そう。本当は5人だけでリリースするって予定だったから、あの時ももの衣装は選ばなかった。
やっぱり6人でって事務所から言われて、急遽付け足しのように撮り直しをしてたのは2週間程前。
確か明日にはそのMVや舞台裏とかもネットで公開される予定のはずだ。
スケジュールがぎっしり詰まってるのはももの事を待って貰ってたから仕方ないって笑うけど。
もう少し余韻に浸らせてくれても良いのに。みや達がずっとBerryz工房なのは変わらなくても、
明日からはももはもうカントリー・ガールズの一員に、本当の意味でなってしまう。
お願いお願いと右腕にひっついてるももがまたアイドルに戻るまで、あと、1時間だ。
941 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:12:30.28 0
「もー、分かった。分かったからやめてよー、雅様とか。逆にイラっとするから。
まあ、みやの方こそやってみたい事だし、勿論協力するって。
今度は6人分ちゃんと選ぶから。……もものだけ直接選んでなくて、ごめんね」
なんだか妙に照れくさくて、最後の気持ちは小声になった。
OKって聞いて子供みたいに喜んでるももには聞こえなかっただろうけど。
ももらしくて、可愛い服にしてあげよう。みやも好きなピンク色に統一して。
今日迄のももち結びじゃない、いつもの可愛いももを皆にも早く見せたいし。
そう思うと1人1人どんなのを着せようかなってもう考え始めてる自分がいた。
惜しげもなく夢を語って巻き込んでは、気付かない間に周りを成長させてくれて。
みやと一緒で面白い事が大好きで。ふざけ過ぎては一緒に怒られるのも好きだった。
小さいのに明るくて可愛くて格好良いももの事、出会った頃から本当はずっと大好きなのに。
ふざけながらそっと触れて、指先からももに伝われば良いのにと願う事しか出来なかった。
「よっしゃ!ありがと、みやっ!!よーし……これで衣装にちょっとはお金かけて貰える」
ガッツポーズしてこれでもかと大げさに喜んでくれてて、つい笑ってしまった。
みやが断るなんて思っても無かったくせに。
まあ、例え断ってもみやが根負けして頷くまで離れなかっただろうけれど。
しまった。一回断れば良かったかな。でも悲しい顔させたくないし。これで良いよね。
「んー?もも、なんか言った?」
まあ、衣装にはお金がかかっててもセットにはお金がかかってないだとか、
逆はまだしも油断してると両方ってパターンもあるもんね、ウチの事務所の場合。
そっか、そんな所まで心配しなきゃいけないのか、これからのももは。
942 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:19:16.62 0
「えっ?ももちゃん衣装とか分かんないから、可愛いのでお願いねって言ったのー」
「そんな風には聞こえなかったんだけど?」
「まあまあ、良いじゃん良いじゃん!
みやがこの衣装選んでくれたんだなーって思うと、ももも元気が出るからさ!」
マイクを持ってる様に左手の小指を立てて、リハーサル。
いつも通りのももの姿なのに。歌ってる曲はカントリー・ガールズの新曲になるんだ。
明日からももはBerryz工房じゃない曲をあの子達と歌うんだなって、少しだけ寂しくなった。
「そう?ももが元気が出るなら良いけどさぁ。ん?どした?……もも?」
「……ごめんね。やっぱりまだ寂しくって。駄目だな、みやに頼ってばっかりだ」
そう言って、みやの右腕に無防備に引っ付いてくる。
さっきまで笑ってたくせにちょっと弱気になってるのか少し泣きそうな顔で、
甘えるように真正面に立たれてしまったら、抱き締めずにはいられなかった。
そのままにしてたら。きっと後で1人になったら、今夜ももが泣いてしまう。
なんだかそんな気がしてしまったから。
ももの顔がみやからは見えないように。
泣いても良いよって付け足して、ももが壊れないようにそっと抱き締めた。
62 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 06:55:54.03 0
▽
「ばーか。幾らでも頼って良いっての、今更ごめんとか無しでしょ。……もも。
みや達はさ、明日からだっていつも通り!勿論一緒に仕事する機会は減っちゃうけど。
そもそも仕事ばっかりが人生じゃなし。むしろこれからはその他の時間の方が大事じゃん?
まあ、ももは真面目だからまだ恋愛とかはしないんだろうけど。
ご飯だってカラオケだって、寂しかったり一緒にふざけたい時は遠慮しないで誰か呼びな?
今まで通りプライベートのブログなんて書かなくて良いんだし。ま、書く気も無いだろうけど。
みやだってももと居た事とか、そういうのとか。ももがその気が無ければ今迄通り隠しておくし」
ポンポン、と片手で背中を叩きながらあやすように何度も頭を撫でる。
言いながら、みやも何だか泣きそうになってしまう。やだな、そんなつもりないのに。
「ももが好きだなーって思った事やったら良いんだよ。卒業とか皆には後で、いつか伝えるとしてもさ。
大人になったからって、無理しないで良いんだからね。皆、友達ってか家族以上に大切だし。
なんかあったらその日の内にちゃんと言いなよ?電話でもLINEでも。誰に甘えたって良いんだから。
…まあ、みやなら大体深夜まで起きてるし、いつでもどーぞ?」
段々と落ち着いてきたのかコアラみたいに抱き着いてた小さいももの手が緩んできた。
63 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:00:21.76 0
「……うん、知ってる。…いつもありがとね、みや」
そう言うとみやに抱き締められたまま、少しだけ離れてみやの顔を見つめてくる。
笑顔だけど何か言いたそうなのに言えないって伝わってくる。
あれ。ももって、こんなに大人っぽかったっけ。
絶対しないけど、少し動いたら唇にさえキスできそうな角度と動きに胸が痛くなる。
そういう顔、ももはまだアイドル続けるんだから、みや以外に見せないでよね。
みや以外にしたら、多分だけど我慢できなくなるでしょ。信頼されてるのは嬉しいけど。
「ん。どういたしまして」
みやは何も見なかった、と目を閉じて微笑んで軽く返事をする。
そのままゆっくり離れて、笑い合ってまた手を繋ぐ。
暫くして駅に着いてしまったけど、寒いし夜だし。
奥で事務作業してる駅員さん以外周りに誰も居ないから気にしない事にした。
「おー、誰も居ない。なんだかずっと二人っきりだね雅ちゃぁん」
「はいはい、そんな訳無いから。駅員さんもいるから」
小さい頃この駅で定期券入れたパスケース、落としてたこともあったっけなー。
先に帰ってて良いよって言ったのに。
一緒に戻って探してくれて、見当たらなくて泣きそうになって、見つかった時はそれはもう恥ずかしくて。
みーやん可愛いなんて優しく言われて、妙に心がざわついてその日は遅くまで寝れなかったっけ。
二度と落とさないし、次から名前は真面目に書こうと誓った日。
思い出しながら鞄から取り出そうとして手を離そうと…したんだけど。
「ちょっと。もも、離してくれないと、改札」
「えー。繋いだまま同時に行ってみよ?いつも人居るから急いじゃうけど誰も居ないしさ」
そう言うももは右手に自分の定期もう持ってるし。
仕方ない。みやも左手でパスケースを取り出した。
言い出したら聞かないんだから。
64 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:06:23.78 0
「なにそのバカップルみたいなの」
「良いじゃーん、やろーよー。こんな機会滅多にないよ?」
「ったく。はいはい、分かりましたー」
まあ確かに。こんな恥ずかしい事やってくれる人はもも以外居ないよね。
片手だけ繋いだまま持ち上げて、せーのって言いながらゆっくり通り抜ける。
目を合わせたらニコニコしてて楽しそうだったからまあ、良いか。
「お。思った以上に結構楽しいもんだねみや」
「ハーイ、ソウデスネー」
「なんで片言なのー。もー、やってくれるくせにツンデレなんだからー。
ちょ、ちょっと!痛い、痛いってば」
うっさい、って言いながら手を思いっきり握った。握り返されたけどたいして痛くなかった。
ふざけながら階段を登ってホームに出たら、パラパラと数人だけ。
残念だけど、二人っきりだね雅ちゃんうんそうだねももごっこはもう終わり。
時間も時間だし、皆酔っぱらっていたりスマホ弄ってたりイヤホンで音楽聞いてたりして。
新しく来たこっちの事は気にさえもしてないのが楽だった。
電光掲示板を確認するとギリギリだけど、うん、なんとか日付が変わる前にももをお家に送れる。
いつもの電車に乗って、殆ど人が居ない車両に二人並んで座る。
全く混んでないのに密着してるのはきっと寒いから。
「明日からはもうももはカントリー・ガールズ、かー。
皆良い子達だしさ、ももが納得行くまでまで頑張って育ててよ、応援してるから。ね、桃子先生?」
衣装もだけどどう映ってるか気になるからちゃんとMVも見るし、勿論CDも聞くし。
65 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:15:25.34 0
「うん……ありがとう、みや。
カントリーの子達にはさ、少しずつ仲良くなりながら、大事な事は伝えるつもりではいるけど。
ももが居る間も、その後も。色んなこと知って自分で考えて、自分らしいアイドルをしてて欲しいなって。
なんならいっその事、全てのアイドルを目指す子供達の為に嗣永塾でも開こうか?
あー、でも可愛くないな。ももち塾で君も最高に可愛いアイドルになろう!とか?」
いつものように笑ってくれるから。
ついさっきまではそのことを考えると涙で視界が歪みそうになってたのに。
そうやっていつも笑いにしてくれる。それでも涙脆くなったのはきっともものせい。
「待ってヤバい。それはマジでヤバい。
全ての子供達にとか止めて、想像しちゃったじゃん。っふふ。あはははは!
TV付けたりどっかのLIVE会場にももちみたいなのが一杯って考えただけで眩暈がするわ。
ももちは、ももがやるからこそ味があって良いんでしょうに」
それはそれで楽しそうだけど。
やっぱりももじゃなきゃ駄目だよ。
「そーかなぁ。まあ先の事だし?皆がどうなってるのかなー?なんて、ももにも分かんないよ。
それにさ……まだ私達にはBuono!もあるじゃない。みやにはももと愛理だって居るよ。
派生ユニットだしまだ活動出来るかどうかはそれこそ……賭けっていうか。
事務所とお偉いさん達との交渉次第だけど、このまま自然消滅だなんて格好悪い事ももは絶対させない。
絶対でっかい所で、武道館でも何でもやってやるって決めた、うん。今決めた!
……違う場所でもお互い大丈夫だよってなるまででもさ、ももが傍に居るから。
ちょっと頼りないこんなもぉれすけろも、リーダーについて来てよ?」
「っふふふふ、ちょっと、そこで噛まないで。折角格好良い事言ってんのに」
「たはは……ごめん」
「は?ちゃんと謝んな」
「…許してにゃーん」
「あ、それはまだやってくれるんだ。ちょっと安心した」
ももみたいに手が小さいと指を下に入れるのって意外と難しいんだよね。
でもそれをするかしないかで仕上がりの可愛さが全然違うってのが分かるから、
みやと方向性は違うけどももの可愛さにこだわる気持ち、本当に良いと思ってる。
66 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:23:26.90 0
「うん…やろう、もも。絶対。愛理とももとみやで、ちゃんと最後までロックしよう。
でっかい所で、超熱いLIVEを、ちょっとは大人になった私達を見せてやろう。
……Buono!は3人以外にあり得ないけど、そっちの区切りはちゃんとつけよう。
それに終わってもBuono!の曲はファンの皆で楽しんで歌ってくれれば嬉しいし。
みやもちゃんと、ももみたいに自分の道を、場所を決めるから。だから」
大丈夫だよって言わないで、ずっと傍に居てよって、そう言おうと思ったのに。
「ねぇ、みや?」
「ん?」
「夢ってさ、声に出して言ってないと絶対叶わないからさ。…歌いたいなら歌いたいってずっと言ってね。
でも自分だけじゃない、メンバー達の、スタッフさん達の、会社の、そして何よりファンの皆の、
周りの人達の夢と人生を一時的にでも私が預かってくんだって思って過ごさないと、きっと挫けるから」
「……うん、前も言われたから覚えてる」
そう。みやが仕事を中途半端な気持ちで続けてた時、ももに言われて目が覚めた。
自分にとってはどっちが大事なのか、もう一度考えてみなよって静かに怒られた。
ももに本気で怒られたのは、きっとあれが最初で最後になると思う。
みやだけじゃない、Berryz工房を、皆を守る為ならももは何でもする。
そう言っていたももの顔は、解散を決めたあの日も変わらなかった。
951 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:39:27.12 0
「そっか。覚えててくれたんだ」
あの日全員での話し合いの場からいつの間にかどっか消えてて。電話しても中々出なくて。
皆でLINEもして既読が付いた事にホッとして、そっとしとこうって待ってたら暫くして帰って来て。
ごめんね、お腹痛くってーって言ってたけど、真っ赤な目頭にももの優しい嘘だって皆分かってた。
『解散なんて言葉だと大好きな皆とのBerryz工房が無くなっちゃうみたいで寂しいから、ももは嫌だ』
ずっと一緒に笑ってたのに、名前が消えちゃうなんて嫌だそんなの嫌だって、駄々っ子のように。
鉄の心臓だって言い張ってるあのももが、子供みたいにポロポロ泣いていたんだから。
人にはあんなに化粧落ちて可愛くなくなるから泣かないのって言うのに。
「忘れないよ。みやにとって大事な事は、全部覚えてる」
「ももも忘れない。ううん、きっと忘れられない」
全員は色々調整しないと厳しくても、数人ずつならいつでも集まれるし、
ファンの皆にも自分達にも希望を持たせたいし、なにより皆これ以上目の前のももを泣かせたくなかった。
泣かないでももって抱き締めて頭を撫でてたらいつの間にか皆で抱き合って、気付いたら皆でわんわん泣いていた。
952 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:40:30.29 0
熊井ちゃんなんて一番泣いてるくせにティッシュ箱を片手に上から皆の顔にホラって配る始末。
別に仲が悪くってとかじゃなく自分達がやりたい事を存分にやってみたいから、って話なんだし。
うちららしく、Berryz工房らしく。もういっそのこと自由に捉えて貰おうよって。
自然と[無期限の活動停止]にしようかって流れになった。
言葉ってのは不思議なもので、そう決めた事で皆少しずつ気が楽になったんだと思う。
Berryz工房の名前は無くならないし、存在してるって思えた事で気持ちが守られたって言うか。
今迄みたいに全員揃ってのLIVEはしなくても、各自好きなソロ仕事とか勉強をしていこうかって感じで。
暫くは20代、30代でのラストLIVE!集合!皆お疲れ!じゃあ現地解散ね、みたいなノリで良いじゃんって。
数日前まではいつ事務所に言おうか?なんてタイミングも皆で悩んでたのに。
なるようになれ、とばかりに10周年もいつも通りに通り過ぎていってしまってた。
カラオケ配信でも良いならいつだってLIVEも出来ちゃうじゃないなんてふざけててさ。
野外でもLIVEやってみたいよね、なんてみやの夢はいつか叶う時が来るのかな。
左手を閉じたり開いたりして見つめながら、ももがポツリポツリとまた話し出す。
「オーディション受けてた時のももが、
あ、ももが1回目、2回目って受かっていってるって事は落ちた子達もいるんだってなって、
落ちた子達になんでこの子なのー!?って思われないように、
恥ずかしくないように生きていかなきゃってスイッチが入ってさ。
真剣にやるって、絶対合格するって言ったからこそ、今ここに居るんだなって思ってるし。
……そりゃー、応募した時は美味しいものが一杯食べられそうだなーとか、
大好きな石川さん達にも会えるかなー?とか、ちょっと不純な気持ちだったけど。
まだ子供でもさ、皆と分からないなりに頑張ってお仕事していく内にね、
大げさだけどそうやっていつの間にか、先輩達の姿を見て憧れだけじゃなくなって。
ももはアイドルでいる以上人生を賭けなきゃって風に考えが変わってたと思う」
954 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:41:15.50 0
ああ。だから、小さい頃どこかフワフワしてた子達を叱ったりもしたんだろう。
みやも本気で怒られた以外でも、何度も叱られた事があった。
キャプテンでもないももに言われたくないって反抗してしまった事もあったけど。
今みたいに体力も筋力も無かったのに、もうその頃からみやよりも、誰よりも動きがアイドルだった。
年齢的にお姉さんチームだったってのもあったし、ももに負けたくないって気持ちもあった。
あの時は何一人でムキになってんのとか思った事もあったけど、結局ももは間違ってなかった。
そう言えば、最近ももに叱られてないな。ってちょっと寂しくなる位。
ふと、ももの開いたままになった左手を握った。別に寒い訳じゃない、何となく。
そうして欲しそうな気がしたから。
一瞬驚いたようにこっちを見て来たけど、すぐにいつもの顔に戻っていった。
「そう。……大きくなるまで、ももみたいにみやは本当の自分と真剣に向き合ってなかったな。
プライベートも適当だった時もあったし。本当、申し訳なかったと思ってるからこそ頑張りたいし。
うちらが最初会った時のオーディション。ま、結局合格した日だったけど。
ももって子役の子なのかなー?と思った位だし。そっか、あの日のももはもう既に本気だったんだね。
大人しそうだけど声も仕草も可愛いかったし、しっかりしてそうって。
ま、実際大人しくは無かったけど。きっと受かるんだろうなーこの子って思ったっけ」
一気に言い終わるとももがキョトンとした顔になってた。
なに驚いてんの。「目がくりくりして可愛い」なんて。
こんな時間だからか、酔っぱらってるからかそんな感想いつもなら絶対言わないのに。
ついそんな事を口走って穏やかに笑ってしまった。
そりゃそうか、こんな事ももが目の前に居ない取材の時はともかく面と向かって言ったこと無かった。
955 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:44:53.51 0
「……よく覚えてるね、みや。
みやも、ぶつかったの緊張して前見てなかったももの方なのに。すぐ謝ってくれて驚いたっけなー。
お互い謝って笑ってさー、早く来なさーい!ってスタッフさんに言われて、
まだお互いの名前も知らないのに手を繋いで一緒に走って。
……懐かしいな。この手と同じ手なのに、昨日の事みたい。
みやのおかげで、あの時もも落ち着けたんだよね。それまで全然笑えてなかったもん。
小さいのにキラキラしたオシャレな子が、おお!後藤さんみたいなギャルがいるなーって思ってたけど。
笑った顔が可愛くてついつられて。優しくて良い子なんだなって。うん、可愛かったよねあの日の私達」
勿論、ハッキリ覚えてる。あんな少女漫画みたいな出会い方して忘れられるわけがない。
何て名前だったのかお互いに確認したのは合格を告げられてからだったけれど。
みやと同じように珍しい名字だったし、真っ先に覚えた。嗣永桃子。ももちゃんって。
ももだって覚えてくれてた。それだけで今のみやには十分過ぎる。
温めてあげるーってニギニギされる手がくすぐったくて嬉しいって思うようになったのはいつからだったろう。
「今も、でしょ?ったく、まだアイドルやるからには貫きなよ。
どしたー?ブレブレだよ今日のもも」
「そうだった。ごめん。……でもさ、ももの夢、本当はもっとあるの。
ももにとっては大切で絶対に叶えたい夢。まあ、何個かは結局叶わないままかもしれないけど」
「何、アイドル卒業したら結婚でもしようっての?…ま、別にいいんじゃないのそれ位。
もう大人なんだし。好きな人でも出来たら、この先当たり前になってくものじゃない」
別にももの人生だし、ももがそう望むのなら。それ以上はみやからは何も言えない。
思ってても心の奥底がチリチリと鈍く痛む。叶わなかった夢、叶えたい夢、そんなのみやにだって一杯ある。
このままずっとアイドルするならももが誰のモノにもならなきゃ良いのに。そう思った事もあった。
もっとも、そんな相手が既にももに居るだなんて聞いた事も無いけれど。
ももとは普通の友達になりたかったな。そしたら、きっと、ももの恋バナだって笑顔で聞けるのに。
957 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:58:40.80 0
なんで、厳重に鍵を掛けてでも心の奥に隠すしか無い気持ちに気づいてしまったんだろう。
気のせいだって思い込もうとして、他の人となんて試さなきゃ良かったのか。
アレ以来ももはみやが男の子の方が良い人だって普通の女子なんだってきっと思ってるから。
どっちもアリだなんて、いや、誰が良いとかじゃない。ももが良いんだなんて。
その時のみやだって気付きもしてなかったんだから。
でもそのままで良い。どうかももはそのままで居て。
「しても良いの?」
「え?なんで?別に良いんじゃないの。だってもものアイドル卒業後の話でしょ?
まあそれが何年後なのか誰なのかってのはみやには分かんないけど。
ももが好きなままなら、別に。ももが選んだ人生だし良いと思うよ?
ももは、ううん。ももこそ……ちゃんと幸せになりなよ」
口が乾くなぁ。なんでだろ。声、震えてなかったかな。
いつもみたいに笑えてたかな。
「ねえ、みや……幸せって何だろう」
「は?え。なに急に。どうしたの?」
「ももは、皆とふざけては笑って一緒に歌ってるのが幸せだった。
ううん、今でも。勿論、みやとこうやって帰ってるのも十分幸せだよ」
明日からが不安、なのかな。いつも忙しくしてるももだって。
いつもお気楽そうっていうかチャラそうに見られちゃうみやだってそうなんだから。
▽
「……みやの、幸せは」
「うん」
「…歌ってる時、かな。やっぱり。それに、メイクしてオシャレして、いつも可愛くしてようって頑張ってる時。
みやの知ってる人達とお喋りしたり遊んだり、ふざけてる時、あとはお店で可愛い服とか小物見つけた時とか」
「ちょ、ちょっと、みや!今は!?
ももと居ると十分幸せだよ…とかさぁ、もー、そういう空気も読もうよー雅ちゃぁん」
ふざけてるのか本気なのか、いつもそうやって寄りかかってみやの心に踏み込んでくるよね。
「あー、はいはい。みやの知ってる人達に入ってるってBerryzの皆も。むしろ知り過ぎてる位だし。
ふふっ、なーに不満そうな顔してんの。皺出来るよ?…十分幸せだから安心して。
……てか。みやだってもっと幸せになりたいし」
ももとこのまま、ふざけ合う関係で居れるのはそれはそれで嬉しいけど、幸せだけれど。
それ以上に、苦しい。
言えない幸せが、叶えたいのに叶わない夢が積み重なっていって、みやを縛り付ける。
お酒の勢いやら小さい頃のふざける延長で、頬にキスしたりされたりしたことはあった。
冗談混じりに抱き寄せたり、近づいたり、胸を触った事もあった。
どちらが嫌なそぶりをしたというわけでもないけれど、それ以上はなかった。
きっとそれが、超えてはいけない一線なんだろう、と思う。
ももの匂い、声、肌の白さ、腕の中にすっぽりと納まる感覚、小さな手の温もり、
寝癖のままで来た時に触れた髪の柔らかさも何もかも今も鮮明に残っている。
友達とは違う愛おしさを含んだ目線で見てしまった時があったのも自覚している。
そして気づいた時には、もう超えてしまっていた。
ももを想って、自身を慰めていた。駄目だという背徳感と、
ももが欲しいというエゴとのジレンマから目を背けて逃げるように、貪った。
けれど。
その先にあったのは、もがけばもがくほどに苦しくなる底なし沼だった。
一歩間違えば、自分だけでなくももも泥沼に足を突っ込んでしまう。
みやが長い事そんな底なし沼に嵌っている事を知ったら、
きっと、ももは。みやを助けようとしてくれるだろう。
でも、それをさせてはいけない。
同じ泥沼に引き込んで、ももの人生を、アイドルで居続ける彼女を、
みやが台無しにしてしまうような事だけは、避けなければ。
そう。抜け出せずに沈んでいくのは、一人だけでいい。
「もも、本当はさぁ。Berryz工房これからどうしようかーって皆と話してた時、
今日でももも全部終わりにしようって思ってたんだ。
みやが見た今日の夢じゃないけど。アイドルを辞めるなら、どこか遠くへ。
それこそ、日本からすら逃げちゃっても良いかなって思った位」
「え?だってもも、アイドル続けたいって言ってたじゃない。…カントリー、やるんでしょ?」
「そうだけど、…そうだけど。……ももはBerryzでアイドルを続けていたかったの本当は。
でももう今日が終わっちゃうし、それは無理だし。
この先はももにとっての、アイドル人生のボーナスステージっていうか。
事務所の大人達の事情も含めてだよ?振り回されてるなーとは思うけど。よくあるじゃん。
だって、用意周到に里田さんまで準備されちゃったら断り切れなかったっての。
でも決まったからには全力であの子達を守りたいし、きちんと育てたいって今の気持ちも本当。
皆も親御さん達も色々初めての事だらけだろうから、ももがどこまでフォロー出来るかは分からないけど」
「……無理って言わないでよ、もも。まだ、うちらはお休みしてるだけだよ。
もっと大人になったらまた集まろうかって決めたじゃない。みやとの、ううん…皆との約束破る気?」
「どうせノリでしょ、あれは。皆の……優しい嘘だって分かってるもん」
それきり。潤みだしそうな目線を外されて、お互いに黙ってしまった。
みやにとっては、ももにとっては嘘じゃなかっただろう。
でも皆は?
もっと大人になった時。何の障害も無く集まれるんだろうか?
今でさえ予定が揃うなんて稀なのに?
「あ、着いちゃった。…じゃあ、また明日、ね」
ももが笑って昔みたいにみやを見送ろうとする。
立ち上がってドアのギリギリまで行って、踏み出すことが出来なかった。
このまま、ももを一人にしたらなんだか後悔しそうな気がした。
いやきっと後悔する。
「だったら!」
「……みや?ちょっと、なんで降りないの!?電車、出ちゃうって」
「だったら、嘘にしなきゃ良い。もものその夢物語だって全部叶えて、本当にすれば良いじゃん!
……みやは諦めないからね。ももの事もみやの事も皆の事も、Berryzの事位信じてよ、もも」
なに、泣きそうな顔してんの、…ももの馬鹿。
それから見つめ合ったまま無言で、あっという間に次の駅についてしまった
ももの乗り換える駅で一緒に降りる。みやは引き返す為に、だけど。
お互いに黙ったまま、どこか不貞腐れたような顔でいたら溜息をつかれた。
「はぁ。やめやめ!先の事で悩むなんてらしくない!
いつか、……ももがこの日に卒業するねって決めた時も、ちゃんとみやに言うからさ。
ももの夢の話も聞いてね?みやに、言いたい事があるから」
「それは、勿論、聞くけど。今じゃダメなの?」
「駄目だよ、まだ駄目。だってももは皆のアイドルだし」
「…みやは今、アイドルじゃないよ。……停止中。ももだってそう。
ほら。あと、10分だけは。うちらアイドルじゃないよ」
スマホの無機質な時計機能に表示されてる時間は丁度23時50分。
あと10分。次の電車が来るまであと、4分。
「…みやは。まだ付き合ってもないし、まあまあの関係だけど。
普通に、好きな人が、いるの。……待ってられる程には誰よりも信じてるし。
……ももは?」
小さく呟いて、ももを見る。
何を言わせようとしてるんだろう。何を聞こうとしてるんだろう。
ももを試して、打ちのめされて。それが一体何になるんだろう。
肝心な部分をぼかしてしまったのは、みやの弱さだ。
それでも視線をももから外さずに真っ直ぐに見つめ、問うた。
▽
それは真剣に物事を訊く時の、みやの癖だった。
私はその眼差しに捕らえられると、逃げられなくなる。
ある意味、魔法のようだった。
重ねてきた、たわいの無い会話の防御が全て剥ぎ取られてしまう。
みやに対する私の想いが、剥き出しになる。
どくんどくんと、鼓動が速くなっていき、更には耳が熱くなる。
包み隠さず打ち明けてしまえたら、どんなに楽だろう。
まるで、鎖で繋がれて届かない距離にお肉を置かれた飢えた肉食獣のようだった。
すぐにでも食べなければきっと狂ってしまう。
空腹を満たすものはすぐそこにあるのに、絶対に届かない。
それだけではない。そこにある限り、飢えは限りなく酷くなっていく。
みやを貪りたい。
端整な顔立ちの彼女の唇を奪って、抱き締めて。
全てを委ねられたらどんなに幸せだろう。
自分を戒めるこの鎖がすんなりと切れてくれればどんなにか楽だろうか。
そう、思っていたのに。
ずきん、と胸が痛んだ。そして、背筋がすうっ、と凍りつくのを感じた。
みやの発した言葉が、一瞬、理解できなかった。
すぐに耳から脳へ、音波が電気信号に変わって駆け抜け、理解した。
――私の大好きな人に、好きな人ができた。
胸はさっきから痛い、痛いと悲鳴を上げている。
あぁもう、訳が分からない。
駅の機械的なアナウンスが次の列車の到着時刻を告げる。
みやはこのまま引き返すんだし。もう、行かなくちゃ。
「……ももは皆のアイドルだから」
やっとのことで、呼吸をして。笑って。それだけ、絞り出した。
「もも」
言い掛けたのを、片手を挙げて静止した。
聞きたくなかった。
それ以上に、みやを失うのが、怖かった。
「いい、何も言わなくていいよ。みやの事応援するから、精一杯。
・・・もう電車来ちゃうし、行かないと・・また明日、ね」
逃げるように、鞄を肩に掛けていそいそとホームのベンチから立ち上がった。
「もも―」
みやが何か言おうとしていたが、聞こえない振りをした。
聞こうとしなかった。
これ以上苦しくなるのなら、いっそこの関係を終わらせよう。
Berryz工房も、本日を以って活動停止。
それでいい。同じで良いんだ。
私が女の子じゃなかったら、お互いにアイドルじゃなかったら、
こんな終わり方しなくて済んだのに。
日付が変わるまであと2分。
▽
突き離されたショックで、動けなかった。
ももは、自分に触るなと言わんばかりにそそくさと行ってしまった。
多分、ももは悟ったんだと思う。
みやがいわゆる、現役中なのにまた他人に恋愛感情を抱いてしまっていた事を。
しかもその相手が他でもない、ももであるということを。
でなければ、みやを傷付けないように優しく笑って静止して、
気付かなかった振りまでしてみやから逃げるように去っていった説明がつかない。
ももを追わなければ、と思う自分がいた。
彼女に追いすがって嫌われる位ならばここで潔く身を引け、と諭す自分が居た。
何度も触れ合う瞬間にももから距離を図っていたのは気持ちに気付いていたからじゃないのか。
メンバーで、同期で、大切な仕事仲間の1人のままで十分特別だ、それで良いじゃないか、
だってももはアイドルを貫く事を選んだんだから、と戒める自分が居た。
それでも、何度考えても。ももを想う度に心が甘く苦しく痛んでしまう。
やっぱり誰よりも大切で、ももが好きだと、反論する自分が消えなかった。
ももに必要とされるならどんな事だって耐えられるのにって、
あの夢の中みたいに一人ぼっちで泣いている子供の様な自分が消えなかった。
無理だと、嫌われて、今より遥か遠くになって。みやに一体何が残る、と諌めた。
そうこうしているうちに、ももは電車に乗って完全に見えなくなってしまった。
ぽつんと独り、残されたみやを包んだのは激しい後悔と自責の念だった。
やっぱりこうなってしまった。これから一体、どうしよう。どうしたら良い?
彼女は、ももは。みやだけが心を許せる唯一無二の人だよとまで言ってくれていたのに。
ももが今迄相談してた大事な事、みやは絶対に他人に言わないから信じられるのって。
みやも、ももみたいに強く優しく綺麗な心になりたいって思ったから同じ様に接していただけ。
だからももの傍が安心できたし、ももにもそうであって貰いたいと思っていた。
仕事中はその場のノリで、わざとらしく距離を取ってしまう事もあったけれど。
きっと今日の事も言わないで、何事もなかったように接してくれるだろう。
けれど。
その信頼関係さえも。今日からの活動停止で、崩壊の危機を迎えてしまいそうだ。
いつものように手を繋いで温め合って、小さく小指を立て合って触れて笑い合う、
くだらなくて、だけど大切な、二人だけの儀式なんて最初からしなければ良かった。
ももがいつかね、と夢を語ってくれようとした、その夢は。
重ねた手の暖かさと一緒で、みやときっと同じだと思ってしまった。
もう隠しきれない程好きになってしまったみやの完全な自惚れだったというのか。
ももの笑顔は、あの泣き出しそうな顔は。
ももの言いたい事は。全部みやの勘違いだったんだろうか。
待っている間に、離れている間に、他の誰かに奪われる位なら、と焦ってしまった自分が居た。
ももの事を信じて、気が済むまで、好きな気持ちのまま待っていられなくてどうする。
自分の愚かさを、考え無しで動いてしまった馬鹿な自分を。
これでもかとばかりに、呪った。
それでも、呪いたくなる程気持ちに素直で馬鹿なのがみやだから。怒られたって構うもんか。
無意識にその手はスマホに伸び、もものアドレスを呼び出していた。
▽
これから先、みやの隣にいるのはももじゃなくて、きっとその好きな人。
みやは優しいし、知れば知る程魅力的だから、ももが遠くで応援しなくたってきっと上手くいく。
さっきまで誰よりも隣に居たのにみやがどんどん遠くなっていく。
ひょっとすると二度と、彼女の声を、笑顔を、温もりを、
優しさを、今迄のようにすぐ傍で感じる事はできないかもしれない。
そうなる前に、想いだけでも伝えられたらどんなにか良かったんだろう。
子供の頃からあらゆる種類の大人達を見過ぎて来たせいなのか、特殊な環境だったせいか、
自分が普通の女の子が持つであろう感情を抱いていない事はとっくに自覚していた。
冗談や笑顔で誤魔化して自分で作り上げた道化の仮面に逃げていたのは分かっている。
ネタにして笑っていた事も、何もかもが、全部が本気を包み隠していたとしても、
触れ過ぎないようにって気を付けていても、みやに包み込まれると動けなくなる。
笑って受け入れてくれていたのは、きっと同じメンバーとしてのみやの優しさだ。
メンバーの皆の事が同じように、家族みたいに、それ以上に大好きなのは事実だけど。
みやに対しては複雑な恋愛感情を含んでしまったのは、ももだけなのも分かっている。
『もも、みやじゃなくて好きな人をちゃんと作りなよ』って言われてる気がして眩暈がした。
何かあった時、頼りにされるのが嬉しかった頃は面倒見なきゃって思ってたのに。
いつの間にかももの方も自然と大人になったみやに頼る事が多くなって。
仕方ないなぁって顔で笑って構ってくれるのが嬉しいと思った頃からだ。
頑張るのは良いけど無理しないでねってそっと微笑んでくれた頃からだ。
ちゃんと見てるからって、ももの事応援してる。って言われた頃からだ。
打算も何もなく無条件に相手してくれて、優しくされて、好きにならない訳が無かった。
誰にだって分け隔てなく、みやがしたいからそうする、それがみやの良い所で悪い所だ。
だからももだけが特別な訳じゃない。そんなのは昔から知ってる。
男女問わず好かれるせいで結局断りきれなかった時も、それがあっという間に終わった時も、
ファン以外での深い、友達以上の好意を誰と決めず断り続けてきたみやの姿もずっと見て来た。
もしかして、と。ももの方も皆のアイドルだからと誤魔化してずっと断り続けて来た。
それでもこんな気持ちは絶対に言えない、と封印して勝手に苦しくなって。
ももは、馬鹿だ。期待なんて最初からしなければ良かったんだ。
でもこれがももの選んだ道だから仕方ないんだ。
だってももは、皆のアイドル『ももち』であることを望んだんだから。
声に出したら、真剣な気持ちでみやに向き合って形にしてしまったら。
ももは不器用だからきっと『ももち』も『嗣永桃子』もその瞬間に壊れてしまう。
それでも尚、みやが恋しい。愛おしい。
こんなに悲しいのなら、こんなに苦しいのなら、ずっと片想いのままで良いんだ。
そう言い聞かせてもう長い事燻ぶっている気持ちをすぐに消せるわけが無かった。
これで良かった。みやに好きな人が出来た。応援したいって気持ちは嘘じゃない。
ももが我慢すれば良いだけだ。みやと会う機会も減っていくんだから簡単な事だ。
TO:
2015/03/03 23:58
_______
見苦しい所見せちゃってごめん。ももだって明日からも皆のアイドルだし頑張る。
やっぱり、明日起きれなかったりしたら衣装の事、無かった事にしても良いからちゃんと寝てね?
頑張ってね、みやの恋も、夢も。ももはいつだってみやの味方だし、応援してるから。
すぐにはももの夢が言えなくてごめん。みやも気を付けて帰ってね?
今日はお疲れ様!!おやすみ、みや。
_______
……勢いで打ってしまった。
みやの事だから気付かないだろうし。何もかもただの自己満足だ。
宛先を入れて、画面に触れてしまえばみやの元へと届いてしまう。
けれど、送る事は出来なかった。
送るかどうか迷っていたら聞きなれた着信音が手元から響いてきたからだ。
LINEじゃない、久し振りのみやからのメールに思わず声が出てしまった。
「えっ」
慌てて、表示された文章を見つめる。
ももだけに宛てた、みやからの手紙。
昔は可愛いメモ紙とかを折り紙にしてメンバー同士送り合ったりしてたけれど、
スマホでのやり取りはその替わりなのか絵文字だらけだったはずなのに。
みやから届くメールは些細な事でも、いつも凝ってて可愛いはずなのに。
それなのに。
急いで打ったのだろう。絵文字は一つも無かった。
みやの飾らない気持ちがそこにある様な気がした。
FROM:みや
おやすみー
2015/03/03 23:59
_______
ももの夢とまだ駄目な事が、何なのかみやには分かんないけど、
ももの事はいつだって応援してるから。
がっかりさせないでよ?もものファンの皆の事も。みやの事も。
すっかり遅くなっちゃったから帰り道とか気を付けて。
今日までお疲れ、明日からも頑張れももち!みやも頑張るし。
また明日、ね。
PS.
皆のアイドルじゃなくなるまで、まだ駄目ってのがなくなるまで、
ももの事、夢の話の事、話してくれるまで待ってる覚悟も、みやにはあるから。
_______
みやの事だから全部偶然かもしれない。
それでも最後まで読んで、もしかして、と何度も何度も思っていた事は、
偶然じゃないと、まだももは勘違いしていたい。
みやがそう言うのならば、みやの事を信じていたい。
「……もぉの真似しないでよ、……みやのバカ」
視界が潤みそうになる感情を堪えて、もう一度メール機能を呼び出して。
『まだ駄目だよ、みやにはまだ言えない。でも、待ってて』とだけ打って送り返した。
そのメールの日付は3月4日になっていた。
まだ皆のアイドルで居る事がももの望みであり、
いつだってみやが信じて待っててくれる事、
それこそがももの支えであり、本当の恋の始まりだった。
END
▽
「……夢をね、見たの」
その日の雅は見るからにおかしかった。
いつも一緒に居た皆が見ればすぐに分かる程度には、おかしかった。
Berryz工房の武道館LIVEも終わって。打ち上げの宴会だったのだ、今日は。
それなのに、いつもこういう時こそ人一倍はしゃいで場を盛り上げようとするのに。
雅は一人ぼーっと椅子に腰かけて、どこか虚ろな視線を彷徨わせていた。
「ふぅん。どんな夢?」
勿論宴の参加者達は、長い付き合いの雅に少なからず好意的だし、そんな様子の雅を放っておく筈もない。
たびたび手を止めては雅の様子を窺いにきた。
だが雅はそれを悉く笑って追い払う。大丈夫、ちゃんと飲んでるし、何でもないから、と。
誰がどう見たって、大丈夫なんかではないのに。
165名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:18:03.530
「だぁーれも居なくなっちゃうの。それどころか、周りに何にもないの。何にも聞こえなくて。
お家も階段もいつも乗る電車も。山も川も。ママもパパも。いままで一緒に居た皆も。何処にも何にもないの。
ポツンとみやだけ取り残されたのか、みやが何もかも捨てて逃げてしまったのか。色も何にもないの。
いつも出てくる大きい人参も、こんな時に限って出てこないの。後ろも前も上も下も、何にも見えないの。
なんだか寂しくなって泣きたくなって、走ってみたけどやっぱり何もなくて、涙が止まらなくなって。
暫くして誰かにみやって優しく呼ばれて、そこで目が覚めた」
それでも本人が大丈夫と言えば、それ以上は踏み込める筈もない。
何故ならそれは、雅の「放っておいて」という意思表示に他ならないのだから。
それを誰が、踏み込めるというのか。
仕事仲間として尊敬も信頼もしているキャプテンも。いつも笑ってふざけてくる千奈美も。
最後まで心配そうにしていた茉麻も。これ美味しいから食べなよって持ってきてくれた熊井ちゃんも。
聞いてるこっちが苦しくなる程に魂を込めて歌って泣き過ぎて声が枯れてしまった梨沙子も。
マネージャーさんをはじめとした多数のスタッフさん達も。
その日の雅が求めていたものではなかった。
「まぁ……それは、夢でしょ」
やがて皆諦めた。本人がああ言っているのなら仕方ない。
LIVE後の疲労と全てをやり遂げた事への解放感とできっと黄昏ているだけ。
私達が雅に出来る事は今は無いんだろう。ならばそっとしておこう。
そう思って、皆それぞれに宴を楽しむことに専念した。
傍から見れば冷たいようにも見えるかもしれない。
でもそれは、いつも通りの家族的な付き合い方のようで、雅にとってありがたいことだった。
だから皆そうした。只一人、近くにさえも来なかった人を除いては。
167名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:18:38.800
「そう、夢。わかってる、でも。時々思うの。今迄のも、何もかも全部、夢だったんじゃないかって」
桃子がみや、と声をかけたのは、宴会が終わってからだった。
宴会どころか片付けも終わって、解散してからだった。
路線が同じだから帰り道が途中まで一緒なのは昔から変わらない。
それでもここ数年は個人での仕事もあってバラバラに帰っていたのに。
今更何しに来たの、と雅が尋ねる前に、桃子は雅の腕を掴んでいた。
たまには二人で飲もう。そう言って。いつの間に寄って来たのか手にはコンビニの袋をぶら下げていた。
たまにはどころか、初めてだ。中はアルコールの高くないものといつもの十六茶とおつまみばっかりだった。
再デビューの日まではももだって今はアイドルじゃないしと言い張って。
ピンク色の缶を持ち上げて、今日はももに酔っても良いんだよ〜ほれほれ、なんてふざけた事を言いながら。
ももにしては珍しい事もあるもんだ、と思ったけれど。
そこまで用意されては断れるはずも無い。仕方ないなぁ、と笑うだけで精一杯だった。
許されるなら最後まで皆と一緒にBeryyzを続けたいと思っていたのは間違いなく桃子と雅だ。
そして話し合いの場からつい逃げ出してしまう位には嗣永桃子という人間はBerryz工房が本当に大好きで。
静かに感傷に浸りたいと思ってるのは一緒か、と雅は小さな二次会に付き合う事にした。
169名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:19:14.560
「いつか皆の、記憶からも消えちゃうのかな。
アイドルじゃなくなって、年を取って。知ってる人が誰もいなくなって。
みやも……誰だか分からなくなって。……本当に、Berryz工房がみやの全てだったから。
今迄の楽しかった毎日が無くなって、空っぽになっちゃうような感じがして。そんな夢見たのかも」
二人は公園で月を見ながら尽きる事の無い思い出話をしながら、ぼんやりと呑んでいたが、
どうしたって夜が更けてくれば肌寒くなってくる。
電車も無くなるしそろそろ帰ろうか、と2人並んで歩く。何年も前は毎日そうだったのに。
寒いねーって言いながらどちらともなく自然と手を繋いで帰るなんて。
まるで初めての事のようだった。
それまで誰にも今日のぼんやりとしていた理由を何も言わなかった雅も、信頼し、認め合って、
また一方ならぬ複雑な想いを抱く桃子の前では、自然と言葉が零れ出てきた。
それはとても、とても悲しい夢の話だった。
「その夢、今日見たの?」
170名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:19:52.170
「…そう。LIVE中も終わった後も全然思い出さなかったんだけど。衣装を脱いだら突然思い出しちゃって。
忙しいし緊張もするけど大好きな歌を歌ってステージに立ったり、皆とふざけたり、笑ったり、喧嘩したり。
曲をファンの皆に見せる為に全員で頑張ったり、大変だったけど本当に、凄く凄く楽しかったのに。
あ、こういう事明日からもうしなくなるんだなー、って思うとさ、なんか、寂しくなって。
……ももはまあ、これからカントリー・ガールズやるんだからあんまり変わんないか。
みやはさ、ファッションも好きだしそっちかなーとかも何となく言ってたけど。
だからと言って熊井ちゃんみたいにモデルなのかデザイナーなのか、どうこの先の仕事にすれば良いんだろうって。
まだよく決まってないけど、千奈美だって英語を本気でやるんだって言ってるし。でも歌も好きだし。
皆みたいに他にこの先、何をやりたいかってあの日からずっと考えてるけどみやはやっぱりまだ分かんなくて」
「……何言ってんの。みやの中では答え、もう出てるじゃない」
「えっ?」
桃子は柔らかく笑って紡ぐ。
誰よりも何よりも愛しい仲間の為に。そして――自分自身の為に。
171名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:20:39.940
「なによりも歌が好きって。みやはアイドルじゃなくなったって、
誰かとステージで歌い続けたいってそう言ってる」
「誰か、と…」
「うーん、みやがソロってよりは何となく?ほら、みやってこう見えて意外と寂しがり屋だし、緊張するし。
最初はその、誰かのフォローしながらでも良いじゃない?
……カントリーの子達も、これから日々育ってくのを傍で見れるのもきっと嬉しい事だし。
みやは歌もダンスも教えるの上手だから、うん。みやも向いてるかなーって。
事務所に残るにしても、Berryz以外ならハロプロからじゃなくたって別に」
「歌は好き。本当に。……Berryzと同じ位大好き。
……でも確かに、この先もずーっとアイドルとして一人で生きてくのは流石に辛い、かな」
その誰かはももではダメなのか、何度も言いかけたその言葉を雅はぐっと飲み込んだ。
アイドルであることを既に選んで、事務所からもそして自分からも、
カントリー・ガールズを育てると決めたももが雅にそう提案していると言う事は。
誰かはBerryz工房以外で選べ、という事だろうから。
172名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:22:32.460
勿論、梨沙子という選択肢も以前ならば確かにあった。でもその答えはノーだ。
梨沙子は休みたい、一度普通の女の子に戻りたいと最初に言ったのだから。
いつか歌う立場として戻ってくるなんて保証も、僅かな可能性を待っていられる程気も長くない。
「うーん、辛い、か。まあそうだよね……あははっ」
もものどこか乾いた笑い声が空へと消えていく。
活動停止、としたのにそこから数人だけで再び何かやるなんて選択肢はあり得ない。
Berryz工房がもう終わった事だと言っているようなものになってしまう。
“元”だなんて自分達から言わない事。何度も何度も話し合って、自分達で決めた事だ。
「……やっぱりみやは、どんな形でも良いから歌を歌ってたい、かな。
でもモデルとかファッション関係もやってみたいってのも本当」
「そんなのどっちもやれば良いよ、もも達まだ若いんだから!
みや、私達はスタートが早過ぎただけ。まだ22歳だよ?それこそ可能性は一杯あるんだよ?」
「ももはあと3日で23歳だけどねー」
「くっ…この…大して変わらない癖に……。こういう時にそういうのは良いからっ。
ももはさ、アイドルである自分が好き。いつも言ってるけどもうそれこそ天職だと思ってる。
……ま、アイドルじゃない自分にもなれるだろうけど。
でもさ。勿論ももにだって不安があるよ?ずっーとこのまま可愛いままで居たいけど。
この先、10年後、自分はどうなってるのかな、必要とされてるのかなってさ」
174名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:26:42.830
もも自身の事を話してくれている間、同意する返事の代わりに繋いでた手を大きく振る。
それまでの真面目な横顔がちょっと笑ってくれてどこかホッとした。
年に一度と勝手に決めてたももへの真面目な相談、もう使ってしまう事になるなんて思っていなかった。
今朝見た夢と最後のLIVEで、もう会う事も少なくなるのかもと思ってしまってつい、甘えてしまった。
「それでもももち結びは今日のあの瞬間で、一旦活動停止。
Berryzで居られない時間にしてても、ももにとっては意味が無いし。
引きずってる様に見られるだろうし区切りはつけようと思って。
それにさ、10歳も離れた若い子に混じってまでまだやってんのーだとか、
もうその髪型痛いよってこの先きっと言われちゃうしねぇ」
「あー、それは。確かに!」
「確かに!じゃないよ、もー…まあ、毎日不安だらけだよももだって。
力不足だったのかなーって思う事が多いし。もっと自分達の人気も出るかなと思ってたんだもん。
目の前の仕事こなすだけだったけど、もっと何か出来たんじゃないかって。
……自惚れんなって言われるかもしれないけど、
ももち経由でBerryz工房見て、ももだけじゃなくて、もも以外を好きになったとかさ。
純粋にべリのファンになったよーって人達の言葉にもどれだけももが救われたか。
でも、こういうももちのこと苦手って人が沢山居るのも知ってるし、複雑なのも本当だけど」
「そんな事、ない。ももは頑張ってるよ。自惚れていい。みやが一番見てるんだから。
ももは絶対に誰かの陰口とか悪口とか言わないじゃない。
ま、自分アゲのぶりっ子はするけども。そこは持って生まれた良さって事で。
昔から女の子特有のドロドロした所が無いって言うかさ。本当、強いし。良いと思うよ。
だから気にしないでよ、TVの演出見てるだけでももの事よく見てもいない人達の事なんて。
……みやは、尊敬してるよ。アイドルしてるももちの事も、普段の嗣永桃子の事も」
好きと言えない代わりに、尊敬してると伝える位でどうにかなるなんては思ってはいないけれど。
何か言わないと10年以上も一緒に居た繋がりでさえもいつか消えてしまいそうな気がした。
176名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/05/04(木) 22:31:47.090
「…そ、そっか。ありがとう?」
「なに。照れてんの?」
「…照れてなんか」
「そ?じゃあそういう事にしといてあげる。…で?ももはこの先どうすんの」
これ以上照れる照れないと突くのは可哀想か、と思って何となく聞いてみた。
「カントリーもね、2〜3年かなーって何となく決めてるの。
これからは恩返しっていうか、佐紀ちゃん達やべリのスタッフさん達と一緒にさ、
場所は違うけどつんく♂パパがそうしてくれたみたいに愛を持って後輩達を育てようって。
自信を持ってどこにでも送り出せるようになったら、きっとももみたいに表に居る先輩の存在は邪魔になる。
……そうなる前にスッパリ辞めるの。ハロプロも、多分アイドルも。
もうこの際、ファンの皆の記憶に思いっきり濃いアイドルももちを残してやって、
語る人が少なくたって良いから道重さんみたいにさ、Berryz工房伝説の1つにでもなってやろうかなって。
あ、みやにしかこんな事言わないからね。まだ誰にも言っちゃダメだよ」
「それは、うん。勿論。てか……ももはこの先、芸能界自体も辞めるって事?」
驚きはした。でもそれよりも、耳を疑ったのは次の言葉だった。
938 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:03:18.88 0
▽
「うーん。まだはっきりとは決めてないけど、多分そうなると思うなー。
ももの分のリソースは早く他の皆に回した方が絶対良いと思ってるし。
正直な話カントリーの皆を育てるのをメインにしたいし、少しずつ変えて貰ってるの。
でもって、あー、アイドルももちはもう十分過ぎる位やり切ったなー!って満足して次の世界に行くの。
それに若い内にもっと、自分の為の勉強をしっかりやっておきたいなって思ってるし。
……このままズルズルとこの世界しか知らないままだと、ももはいつかきっと後悔する」
あれだけTVで身体も心も張って賭けに出て、賛否はどうあれ【ももち】が浸透してきた所なのに。
それすらも一切の未練が無いと言わんばかりにももの目はもう先の事を見てる。
どうしたって置いて行かれる気持ちになってしまう。
ズルイよ、もも。
どうしていつもギリギリまで何も言わないで先に決めちゃうの。
どうしてみやよりも先に大人になってしまうの。
お願いだからもう少しだけ一緒にふざけててよ。
一度決めた大事な事は簡単に曲げない人間だと知っているから、余計にショックだった。
また口から飛び出していきそうな言葉達をグッと堪える。
939 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:06:02.66 0
ももの心をみやの勝手な我儘や気持ちで傷付けることはしたくない。
それでもみやにだけ言ってくれてるんだから、と自分に言い聞かせて。
子供の時だったら考え無しに言うだけ言って、喧嘩していた事だろう。
「……そっか」
寂しいなって顔をしてしまったのかもしれない。握っていた手をギュッとされた。
ももにとって大事な関係はずっと変わらないってのは舞波との事でも分かってる。
仲間で居ようって、隣に居続けたいって、みやも努力しさえすれば良いんだから。
ももが教えてくれる事は本当に一杯あって。感謝も尊敬も信頼もしてるのは本当。
「ま、皆がよーしまたBerryz工房でもやろーよって、ももちの事が恋しくなったわーって頃にでも、
仕方ないなーって皆で集まって、今度はアイドルじゃなくて、死ぬまで続けたって良いんだから。
いつかのハロコンでその予行練習もしたけど、あれだってその時は冗談のつもりじゃなかったよ?
……ももの全てはBerryz工房に詰まってるからさ。その時の為にももはずーっと可愛いままでいるつもりだし。
なーんて。もしくはいっそほとぼりが冷めた頃にしれっと裏方に回っちゃってさ、
佐紀ちゃんの横で研修生の皆に、ももが長いアイドル人生で得た魂やら心構えを教えてくってのもアリじゃない?」
相変わらず両目を瞑ってしまう不器用なウィンクを向けて微笑んでくれる。
すぐそうやってふざける所も。泣きそうなみやを笑わせようってする所も。
でもやっぱり気真面目な所も。笑って話すのが全部遠い先の夢だとしても。
「ふっ、ふははっ。なにそれ。勝手だなー、ももは。
はぁー…でも。うん…、悪くはない。むしろ格好良いわ」
そう。ももがやりたい事をやって笑ってるのが一番良い。
もしも今日のみやのように、ももが一人で泣きそうになってたら、みやも気づいてあげたい。
例えいつかももの隣に居るのがみやじゃなくなったとしても。
ももが自分らしく居られるならそれで良い。そう思ってはいるのだけれど。
940 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:08:45.72 0
「でしょー?…あ!そうだ!みや!
もも達の衣装、あれ、最初1曲だけねって言ってたけど恋泥棒のもさスタッフさん達と一緒に決めてよ。
あのね、凄い皆喜んでたの。見て下さい夏焼さんに選んで貰ったんですー!って報告しに来たりしてさ!
出来上がりも可愛かったし、なんか、やっぱり良いなぁって思って。
ま、言うても6人分だし多いけど。……なんならLIVEのとか今後もずっと宜しくお願いしますしたい位よ」
「えーっ!?嬉しい!そっかー、皆喜んでくれてたんだ〜。
そっかそっか。皆緊張してるのかみやが怖いのかガッチガチでさぁ。それなら良かった。
嬉しいけどみやがまたやって良いの?って言うか、許可とかって取らなくて大丈夫?」
「いーの!PMが良いって言ってるんだから良いの!
だって次の衣装合わせもう明日だし。勢いで大丈夫。ね、ね、ね!お願い!この通り!!
明日事務所に来て!!!皆の学校終ってからだから…えーっと。3時位に!ね!良いでしょ?」
「え、明日!?マジかー……」
両手を合わせて何度も瞬きされて拝まれて、嫌だなんて言うつもりも言えるはずもない。
きっと事務所のスタッフさん達にもこれから同じ様に頼むつもりなんだろう。
仕方ない、少しだけ先に行ってみやからも頼み込んでおこう。
「お願い!9日にはもうMV撮影だから!時間無いけどお願いします雅様!みーやーびーさーまー!」
そう。本当は5人だけでリリースするって予定だったから、あの時ももの衣装は選ばなかった。
やっぱり6人でって事務所から言われて、急遽付け足しのように撮り直しをしてたのは2週間程前。
確か明日にはそのMVや舞台裏とかもネットで公開される予定のはずだ。
スケジュールがぎっしり詰まってるのはももの事を待って貰ってたから仕方ないって笑うけど。
もう少し余韻に浸らせてくれても良いのに。みや達がずっとBerryz工房なのは変わらなくても、
明日からはももはもうカントリー・ガールズの一員に、本当の意味でなってしまう。
お願いお願いと右腕にひっついてるももがまたアイドルに戻るまで、あと、1時間だ。
941 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:12:30.28 0
「もー、分かった。分かったからやめてよー、雅様とか。逆にイラっとするから。
まあ、みやの方こそやってみたい事だし、勿論協力するって。
今度は6人分ちゃんと選ぶから。……もものだけ直接選んでなくて、ごめんね」
なんだか妙に照れくさくて、最後の気持ちは小声になった。
OKって聞いて子供みたいに喜んでるももには聞こえなかっただろうけど。
ももらしくて、可愛い服にしてあげよう。みやも好きなピンク色に統一して。
今日迄のももち結びじゃない、いつもの可愛いももを皆にも早く見せたいし。
そう思うと1人1人どんなのを着せようかなってもう考え始めてる自分がいた。
惜しげもなく夢を語って巻き込んでは、気付かない間に周りを成長させてくれて。
みやと一緒で面白い事が大好きで。ふざけ過ぎては一緒に怒られるのも好きだった。
小さいのに明るくて可愛くて格好良いももの事、出会った頃から本当はずっと大好きなのに。
ふざけながらそっと触れて、指先からももに伝われば良いのにと願う事しか出来なかった。
「よっしゃ!ありがと、みやっ!!よーし……これで衣装にちょっとはお金かけて貰える」
ガッツポーズしてこれでもかと大げさに喜んでくれてて、つい笑ってしまった。
みやが断るなんて思っても無かったくせに。
まあ、例え断ってもみやが根負けして頷くまで離れなかっただろうけれど。
しまった。一回断れば良かったかな。でも悲しい顔させたくないし。これで良いよね。
「んー?もも、なんか言った?」
まあ、衣装にはお金がかかっててもセットにはお金がかかってないだとか、
逆はまだしも油断してると両方ってパターンもあるもんね、ウチの事務所の場合。
そっか、そんな所まで心配しなきゃいけないのか、これからのももは。
942 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 06:19:16.62 0
「えっ?ももちゃん衣装とか分かんないから、可愛いのでお願いねって言ったのー」
「そんな風には聞こえなかったんだけど?」
「まあまあ、良いじゃん良いじゃん!
みやがこの衣装選んでくれたんだなーって思うと、ももも元気が出るからさ!」
マイクを持ってる様に左手の小指を立てて、リハーサル。
いつも通りのももの姿なのに。歌ってる曲はカントリー・ガールズの新曲になるんだ。
明日からももはBerryz工房じゃない曲をあの子達と歌うんだなって、少しだけ寂しくなった。
「そう?ももが元気が出るなら良いけどさぁ。ん?どした?……もも?」
「……ごめんね。やっぱりまだ寂しくって。駄目だな、みやに頼ってばっかりだ」
そう言って、みやの右腕に無防備に引っ付いてくる。
さっきまで笑ってたくせにちょっと弱気になってるのか少し泣きそうな顔で、
甘えるように真正面に立たれてしまったら、抱き締めずにはいられなかった。
そのままにしてたら。きっと後で1人になったら、今夜ももが泣いてしまう。
なんだかそんな気がしてしまったから。
ももの顔がみやからは見えないように。
泣いても良いよって付け足して、ももが壊れないようにそっと抱き締めた。
62 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 06:55:54.03 0
▽
「ばーか。幾らでも頼って良いっての、今更ごめんとか無しでしょ。……もも。
みや達はさ、明日からだっていつも通り!勿論一緒に仕事する機会は減っちゃうけど。
そもそも仕事ばっかりが人生じゃなし。むしろこれからはその他の時間の方が大事じゃん?
まあ、ももは真面目だからまだ恋愛とかはしないんだろうけど。
ご飯だってカラオケだって、寂しかったり一緒にふざけたい時は遠慮しないで誰か呼びな?
今まで通りプライベートのブログなんて書かなくて良いんだし。ま、書く気も無いだろうけど。
みやだってももと居た事とか、そういうのとか。ももがその気が無ければ今迄通り隠しておくし」
ポンポン、と片手で背中を叩きながらあやすように何度も頭を撫でる。
言いながら、みやも何だか泣きそうになってしまう。やだな、そんなつもりないのに。
「ももが好きだなーって思った事やったら良いんだよ。卒業とか皆には後で、いつか伝えるとしてもさ。
大人になったからって、無理しないで良いんだからね。皆、友達ってか家族以上に大切だし。
なんかあったらその日の内にちゃんと言いなよ?電話でもLINEでも。誰に甘えたって良いんだから。
…まあ、みやなら大体深夜まで起きてるし、いつでもどーぞ?」
段々と落ち着いてきたのかコアラみたいに抱き着いてた小さいももの手が緩んできた。
63 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:00:21.76 0
「……うん、知ってる。…いつもありがとね、みや」
そう言うとみやに抱き締められたまま、少しだけ離れてみやの顔を見つめてくる。
笑顔だけど何か言いたそうなのに言えないって伝わってくる。
あれ。ももって、こんなに大人っぽかったっけ。
絶対しないけど、少し動いたら唇にさえキスできそうな角度と動きに胸が痛くなる。
そういう顔、ももはまだアイドル続けるんだから、みや以外に見せないでよね。
みや以外にしたら、多分だけど我慢できなくなるでしょ。信頼されてるのは嬉しいけど。
「ん。どういたしまして」
みやは何も見なかった、と目を閉じて微笑んで軽く返事をする。
そのままゆっくり離れて、笑い合ってまた手を繋ぐ。
暫くして駅に着いてしまったけど、寒いし夜だし。
奥で事務作業してる駅員さん以外周りに誰も居ないから気にしない事にした。
「おー、誰も居ない。なんだかずっと二人っきりだね雅ちゃぁん」
「はいはい、そんな訳無いから。駅員さんもいるから」
小さい頃この駅で定期券入れたパスケース、落としてたこともあったっけなー。
先に帰ってて良いよって言ったのに。
一緒に戻って探してくれて、見当たらなくて泣きそうになって、見つかった時はそれはもう恥ずかしくて。
みーやん可愛いなんて優しく言われて、妙に心がざわついてその日は遅くまで寝れなかったっけ。
二度と落とさないし、次から名前は真面目に書こうと誓った日。
思い出しながら鞄から取り出そうとして手を離そうと…したんだけど。
「ちょっと。もも、離してくれないと、改札」
「えー。繋いだまま同時に行ってみよ?いつも人居るから急いじゃうけど誰も居ないしさ」
そう言うももは右手に自分の定期もう持ってるし。
仕方ない。みやも左手でパスケースを取り出した。
言い出したら聞かないんだから。
64 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:06:23.78 0
「なにそのバカップルみたいなの」
「良いじゃーん、やろーよー。こんな機会滅多にないよ?」
「ったく。はいはい、分かりましたー」
まあ確かに。こんな恥ずかしい事やってくれる人はもも以外居ないよね。
片手だけ繋いだまま持ち上げて、せーのって言いながらゆっくり通り抜ける。
目を合わせたらニコニコしてて楽しそうだったからまあ、良いか。
「お。思った以上に結構楽しいもんだねみや」
「ハーイ、ソウデスネー」
「なんで片言なのー。もー、やってくれるくせにツンデレなんだからー。
ちょ、ちょっと!痛い、痛いってば」
うっさい、って言いながら手を思いっきり握った。握り返されたけどたいして痛くなかった。
ふざけながら階段を登ってホームに出たら、パラパラと数人だけ。
残念だけど、二人っきりだね雅ちゃんうんそうだねももごっこはもう終わり。
時間も時間だし、皆酔っぱらっていたりスマホ弄ってたりイヤホンで音楽聞いてたりして。
新しく来たこっちの事は気にさえもしてないのが楽だった。
電光掲示板を確認するとギリギリだけど、うん、なんとか日付が変わる前にももをお家に送れる。
いつもの電車に乗って、殆ど人が居ない車両に二人並んで座る。
全く混んでないのに密着してるのはきっと寒いから。
「明日からはもうももはカントリー・ガールズ、かー。
皆良い子達だしさ、ももが納得行くまでまで頑張って育ててよ、応援してるから。ね、桃子先生?」
衣装もだけどどう映ってるか気になるからちゃんとMVも見るし、勿論CDも聞くし。
65 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:15:25.34 0
「うん……ありがとう、みや。
カントリーの子達にはさ、少しずつ仲良くなりながら、大事な事は伝えるつもりではいるけど。
ももが居る間も、その後も。色んなこと知って自分で考えて、自分らしいアイドルをしてて欲しいなって。
なんならいっその事、全てのアイドルを目指す子供達の為に嗣永塾でも開こうか?
あー、でも可愛くないな。ももち塾で君も最高に可愛いアイドルになろう!とか?」
いつものように笑ってくれるから。
ついさっきまではそのことを考えると涙で視界が歪みそうになってたのに。
そうやっていつも笑いにしてくれる。それでも涙脆くなったのはきっともものせい。
「待ってヤバい。それはマジでヤバい。
全ての子供達にとか止めて、想像しちゃったじゃん。っふふ。あはははは!
TV付けたりどっかのLIVE会場にももちみたいなのが一杯って考えただけで眩暈がするわ。
ももちは、ももがやるからこそ味があって良いんでしょうに」
それはそれで楽しそうだけど。
やっぱりももじゃなきゃ駄目だよ。
「そーかなぁ。まあ先の事だし?皆がどうなってるのかなー?なんて、ももにも分かんないよ。
それにさ……まだ私達にはBuono!もあるじゃない。みやにはももと愛理だって居るよ。
派生ユニットだしまだ活動出来るかどうかはそれこそ……賭けっていうか。
事務所とお偉いさん達との交渉次第だけど、このまま自然消滅だなんて格好悪い事ももは絶対させない。
絶対でっかい所で、武道館でも何でもやってやるって決めた、うん。今決めた!
……違う場所でもお互い大丈夫だよってなるまででもさ、ももが傍に居るから。
ちょっと頼りないこんなもぉれすけろも、リーダーについて来てよ?」
「っふふふふ、ちょっと、そこで噛まないで。折角格好良い事言ってんのに」
「たはは……ごめん」
「は?ちゃんと謝んな」
「…許してにゃーん」
「あ、それはまだやってくれるんだ。ちょっと安心した」
ももみたいに手が小さいと指を下に入れるのって意外と難しいんだよね。
でもそれをするかしないかで仕上がりの可愛さが全然違うってのが分かるから、
みやと方向性は違うけどももの可愛さにこだわる気持ち、本当に良いと思ってる。
66 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 07:23:26.90 0
「うん…やろう、もも。絶対。愛理とももとみやで、ちゃんと最後までロックしよう。
でっかい所で、超熱いLIVEを、ちょっとは大人になった私達を見せてやろう。
……Buono!は3人以外にあり得ないけど、そっちの区切りはちゃんとつけよう。
それに終わってもBuono!の曲はファンの皆で楽しんで歌ってくれれば嬉しいし。
みやもちゃんと、ももみたいに自分の道を、場所を決めるから。だから」
大丈夫だよって言わないで、ずっと傍に居てよって、そう言おうと思ったのに。
「ねぇ、みや?」
「ん?」
「夢ってさ、声に出して言ってないと絶対叶わないからさ。…歌いたいなら歌いたいってずっと言ってね。
でも自分だけじゃない、メンバー達の、スタッフさん達の、会社の、そして何よりファンの皆の、
周りの人達の夢と人生を一時的にでも私が預かってくんだって思って過ごさないと、きっと挫けるから」
「……うん、前も言われたから覚えてる」
そう。みやが仕事を中途半端な気持ちで続けてた時、ももに言われて目が覚めた。
自分にとってはどっちが大事なのか、もう一度考えてみなよって静かに怒られた。
ももに本気で怒られたのは、きっとあれが最初で最後になると思う。
みやだけじゃない、Berryz工房を、皆を守る為ならももは何でもする。
そう言っていたももの顔は、解散を決めたあの日も変わらなかった。
951 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:39:27.12 0
「そっか。覚えててくれたんだ」
あの日全員での話し合いの場からいつの間にかどっか消えてて。電話しても中々出なくて。
皆でLINEもして既読が付いた事にホッとして、そっとしとこうって待ってたら暫くして帰って来て。
ごめんね、お腹痛くってーって言ってたけど、真っ赤な目頭にももの優しい嘘だって皆分かってた。
『解散なんて言葉だと大好きな皆とのBerryz工房が無くなっちゃうみたいで寂しいから、ももは嫌だ』
ずっと一緒に笑ってたのに、名前が消えちゃうなんて嫌だそんなの嫌だって、駄々っ子のように。
鉄の心臓だって言い張ってるあのももが、子供みたいにポロポロ泣いていたんだから。
人にはあんなに化粧落ちて可愛くなくなるから泣かないのって言うのに。
「忘れないよ。みやにとって大事な事は、全部覚えてる」
「ももも忘れない。ううん、きっと忘れられない」
全員は色々調整しないと厳しくても、数人ずつならいつでも集まれるし、
ファンの皆にも自分達にも希望を持たせたいし、なにより皆これ以上目の前のももを泣かせたくなかった。
泣かないでももって抱き締めて頭を撫でてたらいつの間にか皆で抱き合って、気付いたら皆でわんわん泣いていた。
952 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:40:30.29 0
熊井ちゃんなんて一番泣いてるくせにティッシュ箱を片手に上から皆の顔にホラって配る始末。
別に仲が悪くってとかじゃなく自分達がやりたい事を存分にやってみたいから、って話なんだし。
うちららしく、Berryz工房らしく。もういっそのこと自由に捉えて貰おうよって。
自然と[無期限の活動停止]にしようかって流れになった。
言葉ってのは不思議なもので、そう決めた事で皆少しずつ気が楽になったんだと思う。
Berryz工房の名前は無くならないし、存在してるって思えた事で気持ちが守られたって言うか。
今迄みたいに全員揃ってのLIVEはしなくても、各自好きなソロ仕事とか勉強をしていこうかって感じで。
暫くは20代、30代でのラストLIVE!集合!皆お疲れ!じゃあ現地解散ね、みたいなノリで良いじゃんって。
数日前まではいつ事務所に言おうか?なんてタイミングも皆で悩んでたのに。
なるようになれ、とばかりに10周年もいつも通りに通り過ぎていってしまってた。
カラオケ配信でも良いならいつだってLIVEも出来ちゃうじゃないなんてふざけててさ。
野外でもLIVEやってみたいよね、なんてみやの夢はいつか叶う時が来るのかな。
左手を閉じたり開いたりして見つめながら、ももがポツリポツリとまた話し出す。
「オーディション受けてた時のももが、
あ、ももが1回目、2回目って受かっていってるって事は落ちた子達もいるんだってなって、
落ちた子達になんでこの子なのー!?って思われないように、
恥ずかしくないように生きていかなきゃってスイッチが入ってさ。
真剣にやるって、絶対合格するって言ったからこそ、今ここに居るんだなって思ってるし。
……そりゃー、応募した時は美味しいものが一杯食べられそうだなーとか、
大好きな石川さん達にも会えるかなー?とか、ちょっと不純な気持ちだったけど。
まだ子供でもさ、皆と分からないなりに頑張ってお仕事していく内にね、
大げさだけどそうやっていつの間にか、先輩達の姿を見て憧れだけじゃなくなって。
ももはアイドルでいる以上人生を賭けなきゃって風に考えが変わってたと思う」
954 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:41:15.50 0
ああ。だから、小さい頃どこかフワフワしてた子達を叱ったりもしたんだろう。
みやも本気で怒られた以外でも、何度も叱られた事があった。
キャプテンでもないももに言われたくないって反抗してしまった事もあったけど。
今みたいに体力も筋力も無かったのに、もうその頃からみやよりも、誰よりも動きがアイドルだった。
年齢的にお姉さんチームだったってのもあったし、ももに負けたくないって気持ちもあった。
あの時は何一人でムキになってんのとか思った事もあったけど、結局ももは間違ってなかった。
そう言えば、最近ももに叱られてないな。ってちょっと寂しくなる位。
ふと、ももの開いたままになった左手を握った。別に寒い訳じゃない、何となく。
そうして欲しそうな気がしたから。
一瞬驚いたようにこっちを見て来たけど、すぐにいつもの顔に戻っていった。
「そう。……大きくなるまで、ももみたいにみやは本当の自分と真剣に向き合ってなかったな。
プライベートも適当だった時もあったし。本当、申し訳なかったと思ってるからこそ頑張りたいし。
うちらが最初会った時のオーディション。ま、結局合格した日だったけど。
ももって子役の子なのかなー?と思った位だし。そっか、あの日のももはもう既に本気だったんだね。
大人しそうだけど声も仕草も可愛いかったし、しっかりしてそうって。
ま、実際大人しくは無かったけど。きっと受かるんだろうなーこの子って思ったっけ」
一気に言い終わるとももがキョトンとした顔になってた。
なに驚いてんの。「目がくりくりして可愛い」なんて。
こんな時間だからか、酔っぱらってるからかそんな感想いつもなら絶対言わないのに。
ついそんな事を口走って穏やかに笑ってしまった。
そりゃそうか、こんな事ももが目の前に居ない取材の時はともかく面と向かって言ったこと無かった。
955 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:44:53.51 0
「……よく覚えてるね、みや。
みやも、ぶつかったの緊張して前見てなかったももの方なのに。すぐ謝ってくれて驚いたっけなー。
お互い謝って笑ってさー、早く来なさーい!ってスタッフさんに言われて、
まだお互いの名前も知らないのに手を繋いで一緒に走って。
……懐かしいな。この手と同じ手なのに、昨日の事みたい。
みやのおかげで、あの時もも落ち着けたんだよね。それまで全然笑えてなかったもん。
小さいのにキラキラしたオシャレな子が、おお!後藤さんみたいなギャルがいるなーって思ってたけど。
笑った顔が可愛くてついつられて。優しくて良い子なんだなって。うん、可愛かったよねあの日の私達」
勿論、ハッキリ覚えてる。あんな少女漫画みたいな出会い方して忘れられるわけがない。
何て名前だったのかお互いに確認したのは合格を告げられてからだったけれど。
みやと同じように珍しい名字だったし、真っ先に覚えた。嗣永桃子。ももちゃんって。
ももだって覚えてくれてた。それだけで今のみやには十分過ぎる。
温めてあげるーってニギニギされる手がくすぐったくて嬉しいって思うようになったのはいつからだったろう。
「今も、でしょ?ったく、まだアイドルやるからには貫きなよ。
どしたー?ブレブレだよ今日のもも」
「そうだった。ごめん。……でもさ、ももの夢、本当はもっとあるの。
ももにとっては大切で絶対に叶えたい夢。まあ、何個かは結局叶わないままかもしれないけど」
「何、アイドル卒業したら結婚でもしようっての?…ま、別にいいんじゃないのそれ位。
もう大人なんだし。好きな人でも出来たら、この先当たり前になってくものじゃない」
別にももの人生だし、ももがそう望むのなら。それ以上はみやからは何も言えない。
思ってても心の奥底がチリチリと鈍く痛む。叶わなかった夢、叶えたい夢、そんなのみやにだって一杯ある。
このままずっとアイドルするならももが誰のモノにもならなきゃ良いのに。そう思った事もあった。
もっとも、そんな相手が既にももに居るだなんて聞いた事も無いけれど。
ももとは普通の友達になりたかったな。そしたら、きっと、ももの恋バナだって笑顔で聞けるのに。
957 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/10(土) 00:58:40.80 0
なんで、厳重に鍵を掛けてでも心の奥に隠すしか無い気持ちに気づいてしまったんだろう。
気のせいだって思い込もうとして、他の人となんて試さなきゃ良かったのか。
アレ以来ももはみやが男の子の方が良い人だって普通の女子なんだってきっと思ってるから。
どっちもアリだなんて、いや、誰が良いとかじゃない。ももが良いんだなんて。
その時のみやだって気付きもしてなかったんだから。
でもそのままで良い。どうかももはそのままで居て。
「しても良いの?」
「え?なんで?別に良いんじゃないの。だってもものアイドル卒業後の話でしょ?
まあそれが何年後なのか誰なのかってのはみやには分かんないけど。
ももが好きなままなら、別に。ももが選んだ人生だし良いと思うよ?
ももは、ううん。ももこそ……ちゃんと幸せになりなよ」
口が乾くなぁ。なんでだろ。声、震えてなかったかな。
いつもみたいに笑えてたかな。
「ねえ、みや……幸せって何だろう」
「は?え。なに急に。どうしたの?」
「ももは、皆とふざけては笑って一緒に歌ってるのが幸せだった。
ううん、今でも。勿論、みやとこうやって帰ってるのも十分幸せだよ」
明日からが不安、なのかな。いつも忙しくしてるももだって。
いつもお気楽そうっていうかチャラそうに見られちゃうみやだってそうなんだから。
▽
「……みやの、幸せは」
「うん」
「…歌ってる時、かな。やっぱり。それに、メイクしてオシャレして、いつも可愛くしてようって頑張ってる時。
みやの知ってる人達とお喋りしたり遊んだり、ふざけてる時、あとはお店で可愛い服とか小物見つけた時とか」
「ちょ、ちょっと、みや!今は!?
ももと居ると十分幸せだよ…とかさぁ、もー、そういう空気も読もうよー雅ちゃぁん」
ふざけてるのか本気なのか、いつもそうやって寄りかかってみやの心に踏み込んでくるよね。
「あー、はいはい。みやの知ってる人達に入ってるってBerryzの皆も。むしろ知り過ぎてる位だし。
ふふっ、なーに不満そうな顔してんの。皺出来るよ?…十分幸せだから安心して。
……てか。みやだってもっと幸せになりたいし」
ももとこのまま、ふざけ合う関係で居れるのはそれはそれで嬉しいけど、幸せだけれど。
それ以上に、苦しい。
言えない幸せが、叶えたいのに叶わない夢が積み重なっていって、みやを縛り付ける。
お酒の勢いやら小さい頃のふざける延長で、頬にキスしたりされたりしたことはあった。
冗談混じりに抱き寄せたり、近づいたり、胸を触った事もあった。
どちらが嫌なそぶりをしたというわけでもないけれど、それ以上はなかった。
きっとそれが、超えてはいけない一線なんだろう、と思う。
ももの匂い、声、肌の白さ、腕の中にすっぽりと納まる感覚、小さな手の温もり、
寝癖のままで来た時に触れた髪の柔らかさも何もかも今も鮮明に残っている。
友達とは違う愛おしさを含んだ目線で見てしまった時があったのも自覚している。
そして気づいた時には、もう超えてしまっていた。
ももを想って、自身を慰めていた。駄目だという背徳感と、
ももが欲しいというエゴとのジレンマから目を背けて逃げるように、貪った。
けれど。
その先にあったのは、もがけばもがくほどに苦しくなる底なし沼だった。
一歩間違えば、自分だけでなくももも泥沼に足を突っ込んでしまう。
みやが長い事そんな底なし沼に嵌っている事を知ったら、
きっと、ももは。みやを助けようとしてくれるだろう。
でも、それをさせてはいけない。
同じ泥沼に引き込んで、ももの人生を、アイドルで居続ける彼女を、
みやが台無しにしてしまうような事だけは、避けなければ。
そう。抜け出せずに沈んでいくのは、一人だけでいい。
「もも、本当はさぁ。Berryz工房これからどうしようかーって皆と話してた時、
今日でももも全部終わりにしようって思ってたんだ。
みやが見た今日の夢じゃないけど。アイドルを辞めるなら、どこか遠くへ。
それこそ、日本からすら逃げちゃっても良いかなって思った位」
「え?だってもも、アイドル続けたいって言ってたじゃない。…カントリー、やるんでしょ?」
「そうだけど、…そうだけど。……ももはBerryzでアイドルを続けていたかったの本当は。
でももう今日が終わっちゃうし、それは無理だし。
この先はももにとっての、アイドル人生のボーナスステージっていうか。
事務所の大人達の事情も含めてだよ?振り回されてるなーとは思うけど。よくあるじゃん。
だって、用意周到に里田さんまで準備されちゃったら断り切れなかったっての。
でも決まったからには全力であの子達を守りたいし、きちんと育てたいって今の気持ちも本当。
皆も親御さん達も色々初めての事だらけだろうから、ももがどこまでフォロー出来るかは分からないけど」
「……無理って言わないでよ、もも。まだ、うちらはお休みしてるだけだよ。
もっと大人になったらまた集まろうかって決めたじゃない。みやとの、ううん…皆との約束破る気?」
「どうせノリでしょ、あれは。皆の……優しい嘘だって分かってるもん」
それきり。潤みだしそうな目線を外されて、お互いに黙ってしまった。
みやにとっては、ももにとっては嘘じゃなかっただろう。
でも皆は?
もっと大人になった時。何の障害も無く集まれるんだろうか?
今でさえ予定が揃うなんて稀なのに?
「あ、着いちゃった。…じゃあ、また明日、ね」
ももが笑って昔みたいにみやを見送ろうとする。
立ち上がってドアのギリギリまで行って、踏み出すことが出来なかった。
このまま、ももを一人にしたらなんだか後悔しそうな気がした。
いやきっと後悔する。
「だったら!」
「……みや?ちょっと、なんで降りないの!?電車、出ちゃうって」
「だったら、嘘にしなきゃ良い。もものその夢物語だって全部叶えて、本当にすれば良いじゃん!
……みやは諦めないからね。ももの事もみやの事も皆の事も、Berryzの事位信じてよ、もも」
なに、泣きそうな顔してんの、…ももの馬鹿。
それから見つめ合ったまま無言で、あっという間に次の駅についてしまった
ももの乗り換える駅で一緒に降りる。みやは引き返す為に、だけど。
お互いに黙ったまま、どこか不貞腐れたような顔でいたら溜息をつかれた。
「はぁ。やめやめ!先の事で悩むなんてらしくない!
いつか、……ももがこの日に卒業するねって決めた時も、ちゃんとみやに言うからさ。
ももの夢の話も聞いてね?みやに、言いたい事があるから」
「それは、勿論、聞くけど。今じゃダメなの?」
「駄目だよ、まだ駄目。だってももは皆のアイドルだし」
「…みやは今、アイドルじゃないよ。……停止中。ももだってそう。
ほら。あと、10分だけは。うちらアイドルじゃないよ」
スマホの無機質な時計機能に表示されてる時間は丁度23時50分。
あと10分。次の電車が来るまであと、4分。
「…みやは。まだ付き合ってもないし、まあまあの関係だけど。
普通に、好きな人が、いるの。……待ってられる程には誰よりも信じてるし。
……ももは?」
小さく呟いて、ももを見る。
何を言わせようとしてるんだろう。何を聞こうとしてるんだろう。
ももを試して、打ちのめされて。それが一体何になるんだろう。
肝心な部分をぼかしてしまったのは、みやの弱さだ。
それでも視線をももから外さずに真っ直ぐに見つめ、問うた。
▽
それは真剣に物事を訊く時の、みやの癖だった。
私はその眼差しに捕らえられると、逃げられなくなる。
ある意味、魔法のようだった。
重ねてきた、たわいの無い会話の防御が全て剥ぎ取られてしまう。
みやに対する私の想いが、剥き出しになる。
どくんどくんと、鼓動が速くなっていき、更には耳が熱くなる。
包み隠さず打ち明けてしまえたら、どんなに楽だろう。
まるで、鎖で繋がれて届かない距離にお肉を置かれた飢えた肉食獣のようだった。
すぐにでも食べなければきっと狂ってしまう。
空腹を満たすものはすぐそこにあるのに、絶対に届かない。
それだけではない。そこにある限り、飢えは限りなく酷くなっていく。
みやを貪りたい。
端整な顔立ちの彼女の唇を奪って、抱き締めて。
全てを委ねられたらどんなに幸せだろう。
自分を戒めるこの鎖がすんなりと切れてくれればどんなにか楽だろうか。
そう、思っていたのに。
ずきん、と胸が痛んだ。そして、背筋がすうっ、と凍りつくのを感じた。
みやの発した言葉が、一瞬、理解できなかった。
すぐに耳から脳へ、音波が電気信号に変わって駆け抜け、理解した。
――私の大好きな人に、好きな人ができた。
胸はさっきから痛い、痛いと悲鳴を上げている。
あぁもう、訳が分からない。
駅の機械的なアナウンスが次の列車の到着時刻を告げる。
みやはこのまま引き返すんだし。もう、行かなくちゃ。
「……ももは皆のアイドルだから」
やっとのことで、呼吸をして。笑って。それだけ、絞り出した。
「もも」
言い掛けたのを、片手を挙げて静止した。
聞きたくなかった。
それ以上に、みやを失うのが、怖かった。
「いい、何も言わなくていいよ。みやの事応援するから、精一杯。
・・・もう電車来ちゃうし、行かないと・・また明日、ね」
逃げるように、鞄を肩に掛けていそいそとホームのベンチから立ち上がった。
「もも―」
みやが何か言おうとしていたが、聞こえない振りをした。
聞こうとしなかった。
これ以上苦しくなるのなら、いっそこの関係を終わらせよう。
Berryz工房も、本日を以って活動停止。
それでいい。同じで良いんだ。
私が女の子じゃなかったら、お互いにアイドルじゃなかったら、
こんな終わり方しなくて済んだのに。
日付が変わるまであと2分。
▽
突き離されたショックで、動けなかった。
ももは、自分に触るなと言わんばかりにそそくさと行ってしまった。
多分、ももは悟ったんだと思う。
みやがいわゆる、現役中なのにまた他人に恋愛感情を抱いてしまっていた事を。
しかもその相手が他でもない、ももであるということを。
でなければ、みやを傷付けないように優しく笑って静止して、
気付かなかった振りまでしてみやから逃げるように去っていった説明がつかない。
ももを追わなければ、と思う自分がいた。
彼女に追いすがって嫌われる位ならばここで潔く身を引け、と諭す自分が居た。
何度も触れ合う瞬間にももから距離を図っていたのは気持ちに気付いていたからじゃないのか。
メンバーで、同期で、大切な仕事仲間の1人のままで十分特別だ、それで良いじゃないか、
だってももはアイドルを貫く事を選んだんだから、と戒める自分が居た。
それでも、何度考えても。ももを想う度に心が甘く苦しく痛んでしまう。
やっぱり誰よりも大切で、ももが好きだと、反論する自分が消えなかった。
ももに必要とされるならどんな事だって耐えられるのにって、
あの夢の中みたいに一人ぼっちで泣いている子供の様な自分が消えなかった。
無理だと、嫌われて、今より遥か遠くになって。みやに一体何が残る、と諌めた。
そうこうしているうちに、ももは電車に乗って完全に見えなくなってしまった。
ぽつんと独り、残されたみやを包んだのは激しい後悔と自責の念だった。
やっぱりこうなってしまった。これから一体、どうしよう。どうしたら良い?
彼女は、ももは。みやだけが心を許せる唯一無二の人だよとまで言ってくれていたのに。
ももが今迄相談してた大事な事、みやは絶対に他人に言わないから信じられるのって。
みやも、ももみたいに強く優しく綺麗な心になりたいって思ったから同じ様に接していただけ。
だからももの傍が安心できたし、ももにもそうであって貰いたいと思っていた。
仕事中はその場のノリで、わざとらしく距離を取ってしまう事もあったけれど。
きっと今日の事も言わないで、何事もなかったように接してくれるだろう。
けれど。
その信頼関係さえも。今日からの活動停止で、崩壊の危機を迎えてしまいそうだ。
いつものように手を繋いで温め合って、小さく小指を立て合って触れて笑い合う、
くだらなくて、だけど大切な、二人だけの儀式なんて最初からしなければ良かった。
ももがいつかね、と夢を語ってくれようとした、その夢は。
重ねた手の暖かさと一緒で、みやときっと同じだと思ってしまった。
もう隠しきれない程好きになってしまったみやの完全な自惚れだったというのか。
ももの笑顔は、あの泣き出しそうな顔は。
ももの言いたい事は。全部みやの勘違いだったんだろうか。
待っている間に、離れている間に、他の誰かに奪われる位なら、と焦ってしまった自分が居た。
ももの事を信じて、気が済むまで、好きな気持ちのまま待っていられなくてどうする。
自分の愚かさを、考え無しで動いてしまった馬鹿な自分を。
これでもかとばかりに、呪った。
それでも、呪いたくなる程気持ちに素直で馬鹿なのがみやだから。怒られたって構うもんか。
無意識にその手はスマホに伸び、もものアドレスを呼び出していた。
▽
これから先、みやの隣にいるのはももじゃなくて、きっとその好きな人。
みやは優しいし、知れば知る程魅力的だから、ももが遠くで応援しなくたってきっと上手くいく。
さっきまで誰よりも隣に居たのにみやがどんどん遠くなっていく。
ひょっとすると二度と、彼女の声を、笑顔を、温もりを、
優しさを、今迄のようにすぐ傍で感じる事はできないかもしれない。
そうなる前に、想いだけでも伝えられたらどんなにか良かったんだろう。
子供の頃からあらゆる種類の大人達を見過ぎて来たせいなのか、特殊な環境だったせいか、
自分が普通の女の子が持つであろう感情を抱いていない事はとっくに自覚していた。
冗談や笑顔で誤魔化して自分で作り上げた道化の仮面に逃げていたのは分かっている。
ネタにして笑っていた事も、何もかもが、全部が本気を包み隠していたとしても、
触れ過ぎないようにって気を付けていても、みやに包み込まれると動けなくなる。
笑って受け入れてくれていたのは、きっと同じメンバーとしてのみやの優しさだ。
メンバーの皆の事が同じように、家族みたいに、それ以上に大好きなのは事実だけど。
みやに対しては複雑な恋愛感情を含んでしまったのは、ももだけなのも分かっている。
『もも、みやじゃなくて好きな人をちゃんと作りなよ』って言われてる気がして眩暈がした。
何かあった時、頼りにされるのが嬉しかった頃は面倒見なきゃって思ってたのに。
いつの間にかももの方も自然と大人になったみやに頼る事が多くなって。
仕方ないなぁって顔で笑って構ってくれるのが嬉しいと思った頃からだ。
頑張るのは良いけど無理しないでねってそっと微笑んでくれた頃からだ。
ちゃんと見てるからって、ももの事応援してる。って言われた頃からだ。
打算も何もなく無条件に相手してくれて、優しくされて、好きにならない訳が無かった。
誰にだって分け隔てなく、みやがしたいからそうする、それがみやの良い所で悪い所だ。
だからももだけが特別な訳じゃない。そんなのは昔から知ってる。
男女問わず好かれるせいで結局断りきれなかった時も、それがあっという間に終わった時も、
ファン以外での深い、友達以上の好意を誰と決めず断り続けてきたみやの姿もずっと見て来た。
もしかして、と。ももの方も皆のアイドルだからと誤魔化してずっと断り続けて来た。
それでもこんな気持ちは絶対に言えない、と封印して勝手に苦しくなって。
ももは、馬鹿だ。期待なんて最初からしなければ良かったんだ。
でもこれがももの選んだ道だから仕方ないんだ。
だってももは、皆のアイドル『ももち』であることを望んだんだから。
声に出したら、真剣な気持ちでみやに向き合って形にしてしまったら。
ももは不器用だからきっと『ももち』も『嗣永桃子』もその瞬間に壊れてしまう。
それでも尚、みやが恋しい。愛おしい。
こんなに悲しいのなら、こんなに苦しいのなら、ずっと片想いのままで良いんだ。
そう言い聞かせてもう長い事燻ぶっている気持ちをすぐに消せるわけが無かった。
これで良かった。みやに好きな人が出来た。応援したいって気持ちは嘘じゃない。
ももが我慢すれば良いだけだ。みやと会う機会も減っていくんだから簡単な事だ。
TO:
2015/03/03 23:58
_______
見苦しい所見せちゃってごめん。ももだって明日からも皆のアイドルだし頑張る。
やっぱり、明日起きれなかったりしたら衣装の事、無かった事にしても良いからちゃんと寝てね?
頑張ってね、みやの恋も、夢も。ももはいつだってみやの味方だし、応援してるから。
すぐにはももの夢が言えなくてごめん。みやも気を付けて帰ってね?
今日はお疲れ様!!おやすみ、みや。
_______
……勢いで打ってしまった。
みやの事だから気付かないだろうし。何もかもただの自己満足だ。
宛先を入れて、画面に触れてしまえばみやの元へと届いてしまう。
けれど、送る事は出来なかった。
送るかどうか迷っていたら聞きなれた着信音が手元から響いてきたからだ。
LINEじゃない、久し振りのみやからのメールに思わず声が出てしまった。
「えっ」
慌てて、表示された文章を見つめる。
ももだけに宛てた、みやからの手紙。
昔は可愛いメモ紙とかを折り紙にしてメンバー同士送り合ったりしてたけれど、
スマホでのやり取りはその替わりなのか絵文字だらけだったはずなのに。
みやから届くメールは些細な事でも、いつも凝ってて可愛いはずなのに。
それなのに。
急いで打ったのだろう。絵文字は一つも無かった。
みやの飾らない気持ちがそこにある様な気がした。
FROM:みや
おやすみー
2015/03/03 23:59
_______
ももの夢とまだ駄目な事が、何なのかみやには分かんないけど、
ももの事はいつだって応援してるから。
がっかりさせないでよ?もものファンの皆の事も。みやの事も。
すっかり遅くなっちゃったから帰り道とか気を付けて。
今日までお疲れ、明日からも頑張れももち!みやも頑張るし。
また明日、ね。
PS.
皆のアイドルじゃなくなるまで、まだ駄目ってのがなくなるまで、
ももの事、夢の話の事、話してくれるまで待ってる覚悟も、みやにはあるから。
_______
みやの事だから全部偶然かもしれない。
それでも最後まで読んで、もしかして、と何度も何度も思っていた事は、
偶然じゃないと、まだももは勘違いしていたい。
みやがそう言うのならば、みやの事を信じていたい。
「……もぉの真似しないでよ、……みやのバカ」
視界が潤みそうになる感情を堪えて、もう一度メール機能を呼び出して。
『まだ駄目だよ、みやにはまだ言えない。でも、待ってて』とだけ打って送り返した。
そのメールの日付は3月4日になっていた。
まだ皆のアイドルで居る事がももの望みであり、
いつだってみやが信じて待っててくれる事、
それこそがももの支えであり、本当の恋の始まりだった。
END
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