まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

949名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/08(火) 00:12:41.580

「罪な女 2」

営業部長の鹿賀島は、社内一、きな臭い男と言っても良かった。
雅を含め「どうしてあの人が」と思った社員などほぼ皆無だっただろう。
権力を笠に着た仕事振りや、女癖の悪さは知れ渡っていた。
それでも、よりによって社内で殺害されたとあれば、普段歯に衣着せぬ悪口に花を咲かせている女性社員たちも、口が重くなった。
目配せすらも憚られ、皆一様に俯いていた。

事件発覚当日は結局、現場保存のため社屋全体が封鎖され、社員は一歩も入ることができなかった。
1キロほど離れた場所に社有の商品センターのビルがあり、出社した社員は一旦そこに集められて
取引先との連絡に追われたり、その場で警察からの聴取を受けた。
翌日出社はできたが、鹿賀島が刺殺されていた1階の商品倉庫は立入禁止となっていて、まだ警察の人間も出入りしている。
その日も最低限の業務だけ済ませて帰宅するようにと通達が回り
雅も自分の席に着いたが、メールの文面を追う目が滑って仕方なかった。

昨日、警察に嘘を吐いた。

鹿賀島の人柄については、少しオブラートに包んで「あまり親しくなりたい人ではなかった」と答えた。
噂に過ぎない話については口を噤んだ。あまり興味もなく、業務以外の話をしようと思ったこともなく
口さがない女性社員の噂話にも、もともと雅はあまり混じっていくタイプではなかった。

その前の晩のことを訊かれたのだ。
咄嗟に嘘を吐いていた。
「行きつけのお店で一人で飲んで、その後コンビニに寄って帰りました」
もし訊かれればマスターは証言してくれるだろう。コンビニのレシートも財布に入っていた。そこまではいい。
一人暮らしの部屋に帰って寝ていたのでは、尋ねられているアリバイにはならなかっただろう。
それでも、桃子のことが言えなかった。隠してしまった。

別に後ろ暗いことなど何もない。言ってしまって良かった筈なのに、どうして言えなかったのか
雅にもその時の気持ちがよくわからない。いや、少しでも、迷惑をかけるのが嫌だったのかもしれない。
そう考えれば、中学当時もそうだったような気がする。
おもねっているつもりも、先輩だからと必要以上に気を使っているつもりもなく、ただ、言うならば
嫌われたくはなかった。
今のこの塞ぐような重苦しい気持ちも、犯人さえ捕まってしまえば、きっと楽になる。
早く、今日にでも、捕まって欲しい。雅はそう願った。

必要な電話のやりとりと、メールを済ませると、雅は席を立った。
あと、今日中に最低限やっておくべきことは何だろう。
そう思いながら廊下に出ると、佐紀がいた。目が合う。
「みや、ちょっと」
手招きされて、更衣室に連れ込まれる。
この場所で、いい話など聞いたことがなかった。

950名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/08(火) 00:16:11.610

「なに、何の話」
「仕事片付きそう?」
「まあ、まあなんとかね。もうちょっとしたら帰ろうかと」
言いかけた言葉を佐紀が遮った。
「言わないでおいてあげたからね」
「……何のこと」
「鹿賀島部長と、先月銀座でご飯食べたでしょ、二人で」
背筋が寒くなった。
「違う、その日は打ち合わせの帰りで」
どうして、佐紀が知っているのだろう。雅は誰にも言っていなかった。
「いいって。あたし散々自慢されたんだからね、行きつけのレストランでご馳走してやったって、嬉しそうだったな鹿賀島さん」
「なんでもないって、知ってんじゃん」
「わかってるよ。だから、言わないでおいてあげたから」
「別に、別に言われたって構わないし」
「やめときなよ。まあ、しばらく騒がしそうだから、お互い真面目にやろうね」
「しばらくって、どういうこと?」
「簡単に、片のつく事件じゃなさそうってこと」
事も無げに佐紀は言い「お疲れ様」と言い置いて、先に更衣室を出ていった。

胸の奥がざわざわして、どうにも落ち着かなくなった。
雅は深呼吸する。なんにも、やましいことなんてない。

それから数日、真っ直ぐ会社へ行き、真っ直ぐ帰宅する日々が続いた。
犯人が捕まったという話もなく、雅には事件の進捗はさっぱりわからなかった。
刑事らしき人間の出入りはあったが、社内の人間は、もう鹿賀島のことは一切口にしないようになっていた。
どこで恨みを買っていたかわからない。それだけで迂闊に犯人探しなどできようもなく
もとより彼の交友関係をくまなく知っている者などいなかった。

雅も少しずつ、日常を取り戻しつつあった。
そもそも鹿賀島とは何の関係もない。彼の家族のことを思えば残酷とも思ったが
雅は、早く忘れてしまいたいと考えるようになっていた。
こうなってしまえば、佐紀が口を噤んでくれたことも、ただ有り難いとしか思えない。
無駄に疑われるなんて、御免だ。
いつも通りに、過ごしたい。

その日、雅は四ツ谷で乗り換え、御苑で降りた。ふとした勢いだった。
前に来た時から一週間も経っていないのに、二丁目は酷く久しぶりのように思えた。
「ニュース見たけど。大変じゃないの」
少し気を使うように、マスターが話しかけてきて、雅は瞬きした。
「え、ウチの会社ってなんでわかったの」
「あんた前に自分とこの化粧水くれたじゃないの」
「あー、そうだった」
「今度は買ってあげてもいいわよ」
珍しい社交辞令に、雅の口元も少し緩んだ。

951名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/08(火) 00:19:14.780

マスターは少しの間黙り、グラスを磨きながら言った。
「ごめん、嘘ついたわ。警察来たのよ」
「うそ。あ……ごめんなさい。迷惑だったよね」
「いいの。協力するのは構わないけど、言って大丈夫だった」
「大丈夫、ありがとう」
「捕まったってニュースも聞かないし、落ち着かないわね」
「どうしようもないし」
「捜査がどうなってるとか、わかんないの」
「それが全然。まあ、知りたいってわけじゃないけど、いつまでもほんのり疑いがかかってるみたいなのが、イヤ」
飲み過ぎそうだな、少しセーブしとかないと。雅がそう思った時、マスターが入り口の方を見た。
「あらちょうどいいのが来た」

マスターの言葉に釣られて入り口を見る。そこには、グレーのスーツを着た桃子が立っていた。
また会えるかもしれない、その願いが思うより早く叶えられた嬉しさと、困惑が入り混じる。
桃子はカウンターに座っている雅を見ると笑顔で小さく手を振り、近づいて来た。マスターが声をかける。
「桃ちゃん今日も一人?」
「そうだよ、悪い?」
桃子は雅の隣のスツールに腰掛けた。
「この間振りだね、ここで会えると思ってたんだ」
そう言う桃子に、雅は何か言いたかったが、気はあちこちに散り、言葉が出てこない。

「なぁに二人知り合いなの」
「中学時代ね。この間、この近くで再会したの」
「それはそれは。渡りに船だわ。役に立つ女が来たじゃないの」マスターは桃子の前にグラスを置いた。
「役に立つ女って何呼ばわりよ。どうした」
桃子と目が合って、雅は咄嗟に目を伏せていた。
マスターはカウンターに身を乗り出すと、声が漏れないように手をかざし、雅の話を説明してやっていた。

もしかしたら、桃子のことを警察に言わなければならなくなるかもしれない。
そのことを、今言っておいた方がいいだろうか。
マスターの話途中で桃子は手を振り、小声で早口に言った。
「待て待て、私交通課だよ?そもそも所轄違いじゃ何も知らないよ。麻布署に知り合いもいないし」
思いもしない桃子の言葉に、雅は持っていたグラスを取り落としそうになる。思わず顔を上げた。

「もしかして本庁から元旦那が出張ってくるんじゃないの」
「は、それこそ関係ないよね」
二人は雅に目もくれず早口で言い合っていた。
聞こえてくる会話全てが混乱を招いた、雅は恐る恐る桃子の腕に手を置いた。桃子が振り返る。

「話し中にごめん、えっと、聞いていい。元旦那って何、結婚してたの」
桃子は雅の顔と腕に置かれた手を見て、それから肩の力を抜いた。
「そう。二年だけね。……と、いうわけでごめん、私その話については何の役にも立たないと思うんだけど」
「いや、ううん……いい、いいんだけど、それと、もも警察官なんだ」
「私の仕事さ、周りのお客さんに聞こえないようお願い。誤解されるから」
「あら、警らで来てくれてるんじゃないの」
「私は警ら隊じゃないし、仕事忘れて飲みに来てんの」
桃子はグラスを口にすると、すぐに離した。「濃すぎじゃないのこれ」

952名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/08(火) 00:26:20.700

「せっかく、役に立つ女が来たと思ったのにねえ、雅」
「だって話聞くに、みやは関係ないんでしょ。まあ……早く犯人が捕まるといいね」
「うん」雅は両手でグラスを握りしめた。
マスターは呆れたように片手を振った。
「それだけ?あぁやだやだ冷たい女」
「あの、いいのホントに。ごめんもも、余計な話」
初めて桃子は雅の悄気返った顔に気付いたようで、少し表情を緩めた。
「余計ってことはないけど……ごめん、私の言い方が悪かったな。何かあったら連絡してくれていいからね」

やっとLINEを交換した。
コンビニで再会したとき、まるで変わらないと思った桃子は
雅とはまるで違う生き方を経て、今隣に居る。当たり前といえば当たり前だったが
不思議と、さっきまで聞いた知らなかった何もかも、嫌ではないと雅は思った。

「ん、あれー、リュウくんじゃん」店の入り口を何気なく見やった桃子が視線を止める。
声をかけられ、リュウはプイと視線を逸らし、奥のボックス席に向かった。
「桃ちゃん嫌われてんのよ」マスターが含み笑いをした。
「え、嫌われてるってなんで」
「職業差別だ。私は嫌いじゃないけどなぁ」桃子はグラスの縁を舐めた。
「雅もリュウくんお気に入りなのよね」
「そうなの?」桃子に聞かれて雅は顔を赤くする。
「そういうんじゃないの。ただ、美形だなって思ってるだけ」
「みやにそんな風に言われるなんて、やっぱリュウくんは別格なのかな」
「まあ、そうそう見ない美男子よね」マスターは我が事のように自慢げに胸を張った。
「マスターも狙ってたりするわけ」
「あたしの色男は別にいるからね」
それを聞いて桃子が目を細める。「バレないようにやってよね」
「あんたに言われたくないわね」
突然空気が張りつめて、雅は会話の意味もわからず、関係もないのに汗をかいた。

桃子と一緒に店を出た。駅までの道すがら、桃子の機嫌が悪くなさそうなのを見て取り、思い切って雅は言ってみた。
「結婚してたなんて思わなかった」
「別に、結婚しててもおかしくない歳でしょうが」
「まあ、そうなんだけど」
男の人とも付き合ってたんだ。という言葉は呑み込んだ。何か複雑な気配だけを感じていた。
「……旦那さんってどんな人だったの」
「ん?……顔が良くて優しいだけの人だよ」
「なにその言い方。いいじゃん。なんで別れちゃったの」
「それを聞くか」
「あ、ごめん」
「……男はもういいよ」
誰にともなく呟いたように聞こえた。言葉はすぐに風に散ってしまい、雅はそれ以上何も聞けなくなった。

954名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/08(火) 00:31:13.560

不意に桃子が立ち止まった。
「みや」
「え、何」
「着けられてるっぽい。刑事かな。私、正直事件のこと本当に何も知らないんだけど、その、会社の人が殺されたのっていつ」
「3日に出勤した朝に騒ぎになったから、2日の夜……かな」
「なんだ、ウチに泊まった日じゃん。アリバイ聞かれた?」
「それが……あの、ももに迷惑かけたら悪いと思って、飲んだあとうち帰ったって言っちゃった」
「バカ。ちゃんと言いなよ。正直に言うのが市民の義務だよ」
「ごめん」

桃子は踵を返すともと来た歩道を真っ直ぐ戻っていく。雅には人影など見えなかったが
小走りに追いかけていくと、狭い路地に入ってすぐ、男二人と桃子が対峙していた。
桃子は刑事と言ったが、会社に出入りしていた人たちとは違うようで、雅には見覚えがなかった。
「私たちに何か用?」
「何のことですか」
「麻布の人?それとも本庁の方かな」
桃子は片手を腰に当て、男二人を睨め付けるように見上げていた。
「おい、見たことあると思ったらこの女新宿署のアレだ」
年配と思える片方が声を潜め、背の高い若い刑事に話しかけている。
「おー、私ってば有名人。自己紹介する手間が省けて助かるわ」

アレって言い方何なの。雅は聞いていていやな気分になる。
若い刑事は顔を戻し、桃子に向かって言った。
「お二人はどういう関係ですかね」
「中学が一緒のおともだち。聞かれる前に教えてあげるけど2日の夜はこの子うちに泊まってたから」
「ああ……そうなんですか。手間が省けて助かりますよ」
「こっちの質問にも答えて。どこの人?」
「勘弁してくださいよ。何もしちゃいない」若い刑事が少し引いた。
「答える義務はありませんね」
「なんかなぁ。その匂いさ。やっぱり麻布か」無表情のまま桃子は言った。

「おい、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
年配の刑事が低い声で凄み、雅は思わず一歩後ずさる。桃子の手が後ろに伸びてきて、雅の手を掴んだ。
「はいはい。お疲れさま。当てがはずれて残念でした。引き続き捜査頑張ってくださいね。……行くよみや」
繋いでいた手をぐいと引っ張られた。そのまま早足で歩き出した桃子に引かれるまま、雅も歩き出す。
振り返ると、刑事二人は立ち尽くしていて、追ってくるような気配はなかった。
「石川さんによろしく言っときますよ」
刑事のどちらかから声が飛んできた。

955名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/08(火) 00:35:28.820

桃子にぐいぐいと引っ張られながら、雅は言った。「石川さんって誰」
「元旦那。いちいち喧嘩吹っかけてくるような言い方してんの聞くと、本庁が出張ってきて奪い合いでもやってんのかな、めんどくさい。ほんと良かった、あの夜みやにアリバイ作れてさ」
アリバイ。そんなものが本当に自分に必要になるなんて。
「……あの、ありがとう」
「無実なんだから堂々としてりゃいいんだけど。火の粉は払う必要があるよ。明日あたりみやの会社に行くんじゃないかなあの二人。ちゃんとあったこと説明できるようにしときなよ」
「説明って」
「言いたくないけど、張られたってことは、みや、被害者と何か関係があったってことでしょ」
「ないよ」
慌てて言った。ない。関係などなかった。しかしそれを声高に言ったところで
今会った、あの感じの悪い刑事たちに通じるのだろうか。その困難さを思うと、雅はただ溜め息をつくしかなかった。

考えるのも嫌になって、雅は話題を探した。
「ね、そういえばさ、ももの相方さん帰ってきたの」
「ああ、そうだ、明日帰ってくる予定だったんだけど、今は困るな」桃子はスマホを取り出すと立ち止まった。
「どういうこと?」
雅が聞くと、桃子はスマホに触れていた指を止め、舌を出した。
「麻布署なんかに今探られると困る、女の子と同居してるってさ」
「言えないの」
「面倒くさいじゃん。まあ本腰入れて調べられたらすぐバレるんだけど、この一件を乗り切るまでくらいは誤魔化せるかな」
「みやのせいで、調べられるから困るんだ」
「違うよ。犯罪捜査に余計なノイズが入らないように。って、言い訳か。まあいろいろあんだよね」
そこまで言うと、桃子は再びスマホに目を落とした。どこへかけたのか、耳に当てて上を向いた。
「もしもし、茉麻?ごめん寝てた?」
知った名前が耳に飛び込んできて、雅は吃驚する。たまたま同じ名前、ではないだろう。
同じ中学の、雅の同級生だった。須藤茉麻。意外すぎる。そう思いながら
思い返してみれば、いつも、二人は楽しげに本の貸し借りをしていた。そこには何か穏やかな空気があった。
関係が濃いようには見えていなかったが、10年経っている。
思い起こす彼女の少し醒めたような淡々とした雰囲気は、今の桃子に、やけにしっくりくるような気もした。
それから、思い出す。茉麻の父親は警察官だと聞いたことがあった。その繋がりで付き合うようになったんだろうか。

電話を切った桃子が雅を見た。「覚えてる?茉麻」
「覚えてる」
「ごめんね、さっき、正直に言うのが義務なんて説教垂れて、私麻布には嘘を吐くわ。呆れていいよ」
「そんな風に思ったりしない。私は、ちゃんと正直に話すしかないし」
「そうして。それが一番、悪いようにはならないよ」
桃子の言葉を、信じるしかなかった。

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