まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

271名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/10(木) 00:49:56.020

「罪な女 3」

翌日は爽やかな、いい天気だった。
雅は昨日から、考えている。
どこまで言葉にすれば、正直に言ったと見なされるのだろう。
地下鉄の階段を上り、信号が青になるのを待つ。
最初に警察に嘘を吐いてしまった言い訳は自分からすべきだろうか。それとも。
知らぬうちに溜め息を吐いていた。

足取りの重いまま出社した。雅は自分のデスクにバッグを置くと、化粧室でメイクを確認しておこうと廊下に出る。
給湯室の前を通りかかると、中にいる佐紀と目が合った。
「みや」
呼ばれて覗き込む。ひょいと紙箱を差し出された。
「これさ、この間お客さんにいただいたお菓子の残り、冷蔵庫に入りっぱになってた。賞味期限切れそうだから、二人で分けっこして今食べない?」
箱の隅に寄せて、小さめのパイの包みが2つ入っていた。
「みやどっちがいい?」
「イチゴ」
「オッケー。じゃあカスタードもらうね」
佐紀は手早く空き箱を潰すと、資源ゴミと書かれた袋に押し込んだ。

その場で立ったまま、封を開けて口に運ぶ。
「今朝は、警察の人来てないね」と佐紀が言った。
昨日桃子の言った通りなら、いずれ刑事が雅を訪ねてくるのかもしれない。
「早く、解決して欲しい」
「ほんと。いつまでも空気が悪くてイヤになるね」
雅はふと思い出したことを訊いてみたくなった。
「あのさ、前に、簡単に片付く事件じゃなさそうって、言ってたの、あれどうして」
佐紀はパイ屑を手の平で受けながら、視線だけを雅の方に向けた。「ん。ああ」

「みやはさ、犯人は男か女かどっちだと思う?」
「そんなの、わかるわけないじゃん」
「鹿賀島部長ってさ、男性社員と表立って敵対するようなことはなかったよね。
嫌われてはいたけど、取引先ともトラブルっていうのは記憶にない。なんだかんだ、引き際だけは心得てたような印象があるんだ。今思えばね。
恨みを買うって言ったらやっぱ、真っ先に思い浮かぶのって女性トラブルじゃん?
社内でだって、体触られたとかキモい口説かれ方したとか、商売女が会社の外で待ち受けてたことがあったりさ」
フフ、と佐紀は笑った。

「男か女かなんて、考えてもどうしようもなくない?」
「みやは考えなさすぎじゃない?」
「……否定はしないけど」

272名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/10(木) 00:55:10.420

「今、うちで部長と関係のある女って、あたしが知る限りいないわけ」
「え、そうなの」
「多波さんとか能妻さんとかさ、噂にもなったけど、もうとっくに辞めてるじゃん。関係もなくなってんじゃない」
能妻。その名前は覚えている。思い出したくもない、入社したての雅をいびり倒した女だった。
「そんな噂、全然知らなかった。能妻さん、鹿賀島部長の不倫相手だったんだ」
取引先から送られてきた宅配物や書類を彼女に何度隠されたか、雅は当時、都度手帳につけていたことを思い出した。
ほとんど入れ違いの、彼女が辞めていくまでのたった三ヶ月のことだったが
ゲームか何かだと思ってやり過ごしていたような気がする。まともに受け止めていたら気力が持たなかった。
「でも部長は会社で刺されたわけでさ。なんでかなって考えたりして」
「そっか。外の女の人と会社でデートとかないよね」
佐紀はゆっくりと雅に視線を合わせた。
「だから、今、あえて社内でって言うなら、みやが部長に気に入られてたよねってくらい」

冗談じゃないと思った。
「あのさ、待ってよ。ねえ、もしかしてみやのこと、疑ってるの?」
「疑ってないよ」
「ほんとに?」

佐紀は小首を傾げると、一瞬だけ笑った。
「今回の事件さ、不慮の事故とか正当防衛じゃないよね。凶器は1階の給湯室にあったナイフだって。
知ってるよね。柄とキャップがオレンジの、大きめのやつ。
そんなもん引き出しからわざわざ持ち出してるんだから、明らかに恨み、殺意あっての事件だよ。ね、みやさぁ」
「……なに」
「自覚あるのかわかんないけど、あたしが知ってるみやって子は……何があろうと
人を恨んだりなんて、できない子なんだよね」

雅の硬く縮こまりそうだった心に、何か温かいものがじわりと湧いた気がした。
「……ありがと」
「褒めてるのとも、ちょっと違うけど」佐紀は苦笑した。
「だから、じゃあ誰が?って、これは簡単にはいかないんじゃないかなって。そう思ってただけ」
佐紀は雅の表情を見ると、肩に軽く触れてから給湯室を出て行った。

刑事が訪ねて来たのは昼だった。
弁当を買いに雅が会社の外に出ると、少し歩いたところで見覚えのある刑事二人から声をかけられた。

今度は二人はきちんと名乗った。桃子の見立て通り、麻布署の刑事課の刑事だった。
会社近くのカフェ、なるべく人目につかない奥のテーブルに着かせてもらった。
「すみませんね、お昼休み中に」
「いえ、お昼の方が助かります。1時には戻りたいんですけど」
「もちろん。手短に済ませますよ」

273名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/10(木) 01:00:49.870

「あの、2日の夜のこと、最初に嘘吐いたのは、何か隠そうとか思ったわけじゃなくて」
「言いたくないようなことがあった」
「だから、そういうんじゃなくて、友人に迷惑がかかるんじゃないかって思わず……すみません」
「巡査のマンションのエントランスに設置されていた防犯カメラに映像がありました」
「今後は隠し立ては勘弁して欲しいもんだ」
雅は胸を撫で下ろした。
「……じゃあ、私は関係ないって、わかったってことですよね」
雅の言葉には返答せず、年配の刑事が口を開く。
「カメラの映像で、2日午後10時43分に、嗣永巡査とあなたと見られる人物がマンションに入って来たところ
翌朝、3日午前7時5分にあなたと思われる人物がマンションから出ていく姿を確認できました」
「合ってます」
「3日の明け方、雨が降りましたよね」
「え?」
急に若い刑事から振られた話題の意味がわからず、雅は一旦聞き返した。
「えっと……あ、そういえば朝外に出たとき、地面がちょっと濡れてるなって」
「さっきの防犯カメラの話ですがね、3日明け方、午前3時48分。
グレーのレインコートを着てフードを目深に被った女性と思われる人物が出て行く姿
午前5時45分に同じ格好の人物がマンションに戻ってくる映像がありました」
「はぁ……そうなんですか」
「あなたではないですか」
「えっ?違いますけど」
「鹿賀島氏の、死亡推定時刻は3日午前4時から6時となっています。合致し過ぎだとは思いませんか」
雅は、それについて何を言えばいいのかまるでわからなかった。

「タクシーを使えば西新宿のマンションからあなたの会社まで20分もかからない」
「部屋からは……一歩も出てません。もも…嗣永さんに聞いてもらえばわかります」
「もちろん、聞きますよ。でも、彼女も眠っていたらわからないかもしれませんね」
雅が見上げた二人の目付きは初めよりずっと鋭くなっているように思えた。
「そのレインコートの人は私じゃないし、会社にも行ってません」
雅に言えたのは、それだけだった。

刑事二人は壁の時計を一瞬見ると、目配せして立ち上がった。
若い方が、何かを呑み込んでいるような、苦々しい顔で雅を見る。
「本来なら任意で同行を求めたいところですが、あなたのアリバイを証言しているのが嗣永巡査というのが引っかかって、どうにも動きづらくてね」
「おい、余計なことは言うな」年配の刑事が鋭く小声で釘を刺す。「必要とあらば令状は取れるさ」
若い刑事は引き攣った笑いを浮かべた。「そんなことをして、ただで済みますかね」
「我々は何があろうと犯罪捜査の手を弛めるわけにはいかない。ねえ、そうでしょう」
年配の方が雅を見た。
「たとえあなたのご友人が本庁のお偉いさんの囲われだとしても、こっちは必要だと思えば令状は申請する。そう伝えてもらって構わないですよ」
雅は完全に言葉を失っていた。

刑事二人が立ち去った後、雅は桃子に連絡を取ろうとスマホを取り出したが
今すぐはやめておこうと思い直す。
まだどこかから見張られているような気がした。
刑事の言った信じ難い暴言を、今、直接桃子に問い質せる自信もなかった。

ももは、このことで呼び出されたりしているのだろうか。ももは、何を訊かれるのだろう。
ふと滲みそうになった涙を堪えるように、雅は奥歯を噛み締めた。

286名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/08/10(木) 02:59:04.690

鹿賀島の妻は裏でしっかり手綱を引いているらしい。それが、社内でのもっぱらの評判だった。
子供のいない夫婦で仲が良いとも悪いとも知れなかったが
鹿賀島の女癖の悪さには時折ぴしりと横やりを入れているらしいとの噂も、まことしやかに広がっていた。
いけ好かない男だが妻には頭が上がらない。
それは鹿賀島のウィークポイントであり、それがあるからこそ、社内で溜飲を下げている者もいた。
ある意味存在だけでガス抜きにもなっている、恐らく鹿賀島にはなくてはならぬ女性だっただろう。

今回の事件で最初に警察からマークされたであろう彼女は
1日から同窓会を兼ねて北海道の定山渓温泉に宿泊しており、事件の知らせを聞いて東京に戻るまでの足取りはすぐに明らかになった。
殺害は不可能だった。

ひっそりと行われた家族葬に会社から赴いた者はいなかったが、鹿賀島の同期が数人、後日訪れ
その時の妻の、淡々としていたという様子だけが、密やかに社内に伝わっていた。

雅は一度だけ顔を見たことがある、鹿賀島の妻の顔を思い浮かべていた。
今、こうして自分が疑われている事を、彼女は知っているんだろうか。
関係があると疑われるのも恐ろしい。彼女から要らぬ悪意を向けられるかと思うとゾッとした。こんなことになるとは夢にも思わなかった。

夕方、桃子から連絡が入り、通話した。
レインコートの女については、恐らく同じマンションに住む者で警察の内偵が進めば雅でないことはすぐに明らかになるだろう、というのが桃子の見立てだった。
「そんなんで引っ張りたいなら、みやを乗せたタクシーの乗車記録でも持ってきてもらいたいね」
と桃子は言った。
「なんか、ほんとごめん」
「みやは、正直に話すだけでいいんだよ。何かうまく誤摩化そうなんて思ったらダメだよ。必ず、犯人は捕まる。
私のことは気にしなくていいからね。ただ話を聞かれてるだけで何も困ってないから」
次々と沸き上がる感情を、雅はどう言葉にすればいいのかわからなかった。

「昼間の刑事さんが、令状を取ってもいいって、そう言ってた」
「脅しだよ。今の材料で令状なんて裁判所が出すわけない。みや。私ね
あの日、コンビニでみやと再会できて本当に良かったと思ってる」
「うん」
「関係者だから手に入る情報もある。警察官だから知れる情報もある。この間も言ったけど
何かあったらいつでも、連絡しておいで」
瞼を閉じると、目の奥が熱くなった。
「みやのために、無理するとかはやめてね」ちょっとだけ、涙声になった。

本庁のお偉いさん。というのがどこまで偉い人なのかわからない。けれど
もし桃子が何らかの形でそこに通じているとしても、頼らせてはいけないと思う。

「もも、今回のことで石川さんから連絡とか、来たりしたの?」
電話の向こうで桃子が小さく笑う気配がした。
「連絡どころか、没交渉に拍車がかかった感じだよ。昇進も控えてんのかな、わかんないけど
彼の邪魔をするつもりもないし、今のところそこから情報引っ張ってくるのは難しいかな」
「あ、何か聞いて欲しいとか、そういうつもりじゃないの。ただ、ちょっと
今回の、みやのせいで関係が変にこじれたりしたら、やだなって思ったりして」
「そういうこと?こっちのことは気にしなくていいよ。うーん、多分、良くも悪くもならないよ。余計なこと考えないの」
「うん。わかった」
「ことが片付いたらさ、ぱーっといいもん食べに行こうよ。そうだ、茉麻にも会いたいでしょ」
「会いたい。あ、あとマスターも誘いたい」
「おー。あの人いい店いっぱい知ってるよ」
それから、どんな店に行きたいかの話で盛り上がった。
今夜、恐れていたよりだいぶ落ち着いた気分で眠れそうだと雅は少しホッとした。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます