まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

633名無し募集中。。。2018/02/11(日) 22:26:33.450

長閑な昼下がり、男たちと机を囲んでいたミヤビの耳を微かな悲鳴が揺さぶった。
小さな悲鳴ではあったが、間違いなく少女のものだった。
近い。そう確信して、ミヤビは握っていた木のカップをそっと机に置く。

「お? どうした、もう飲まねえのか」
「いや。おいといて。すぐ戻る」

おい、と咎めるような男をよそに、ミヤビは静かに走り出した。

実に数ヶ月ぶりの陸地だというのに、面倒なことになりそうだと嘆息する。
しかし、一度気づいてしまった以上、ミヤビの信念が知らぬふりを許しはしない。
悲鳴の余韻を辿るため、そっと瞼を閉じる。聴覚には少し自信があった。
両の耳を最大限に活用しながら、声の聞こえた方へと距離を詰める。
無闇に音を立ててはならない。こちらの存在を気取られぬことは、優位に戦闘を進める上で重要なこと。

次の角にいる。鼻に抜ける空気がそう告げた。
女性が一人、あとは男性が二人といったところか。
薄暗い路地裏は、重たい沈黙に満ちている。
悲鳴が上がったはずなのに、争っている物音がしないのはどういうことだ。
最悪の事態がよぎり、ミヤビの背中を冷たいものが駆け抜けた時、低く篭った呻き声が耳に届いた。

634名無し募集中。。。2018/02/11(日) 22:26:56.690

どさりと重量感のある音がして、ミヤビの前に転がってきたのは男の巨体であった。

「……ひっ!?」

予期せぬ事態に、さすがのミヤビもわずかに体を退いた。
目の前の状況を整理する前に、転がった男の上にもう一人の男が投げ出される。
絶命はしていないだろうが、意識はないのかピクリともしない。
次いで、やれやれ、といったように吐き出される息を聞いた。

「全く……この国でモモの顔を知らないなんてさ。モグリもいいとこだよ」

やけに高い声は、男のものではない。
サク、サク、と響く足音はやたらと軽かった。
やがて足音は止まり、その人物はミヤビの前に現れる。
ゆるりと漂う視線が、ミヤビにピタリと定まった。

「あれ?」

溢れた声は、どう聞いても少女のものだった。外見もまた、紛うことなき少女の体。
しかし、その顔を斜めに横切る黒い眼帯を認めた瞬間、ミヤビはさっと体を硬くした。
黒く染められた眼帯の中央には、果実の桃をモチーフにした桃色の刺繍——ペッシュ団の証。
彼女の身を包む衣服は見るからに上質なもので、おそらくは本物の団員であろう。

「お姉さん、大丈夫? 怖がらせちゃってごめんね」
「あ、いや……無事なら、いい」
「ん? あ、モモならこの通りピンピンしてるよ」

得意げに綻ばせた表情は年相応であるのに、ミヤビは冷や汗が止まらなかった。
モモと名乗るこの少女がペッシュ団であるならば、先ほどの光景も納得がいく。
いくら男であったとしても、ペッシュ団の者に喧嘩を売ったとあっては勝てるはずもない。

「この辺、ちょっと荒っぽいの多いからお姉さんも気をつけた方がいいよ」

あ、大通りまで送っていこうか?と、モモが手を差し出す。
そこに手を乗せると、予想だにしない力で握られた。
敵わない。一瞬にしてそう想像させるほどの力に、ミヤビの全身が粟立つ。

「この辺でいい?」
「あ、はい……」
「じゃ、お気をつけて」

引かれる手に大人しく従っていると、気づけば大通りに辿り着いていた。
一刻も早く仲間の元に戻りたい、と思った。
顔を伏せたまま手を離し、ミヤビは足早にその場を後にする。
バイバイと背中にぶつかるモモの声は、あくまでも無邪気だった。
だが、手のひらには彼女の力の余韻が残る。
ミヤビの心臓は、痛いほどに脈打っていた。

693名無し募集中。。。2018/02/12(月) 22:08:29.910

痛む心臓を抱えたまま戻ったミヤビを迎えたのは、目を疑いたくなるような光景だった。

「……う、そ」

机の周りに散乱するカップ。
飛び散ったハムやチーズ。
地面に広がる水しぶきからはアルコールの香り。
どれもがまだ瑞々しく、男たちの影を揺らめかせる。
だが、彼らの姿どこにもない。忽然と、消えてしまった。

「なん、で」

目の前に広がる惨状が、ずきりと頭の奥を刺激する。
蘇るのは、一生忘れることのない——忘れないと誓った記憶の数々。
「逃げろ」と背を押す父の声。「ミヤビ」と名を呼ぶ悲痛な母の声。
込み上げる嘔気に、ミヤビはざらつく地面にフラフラと膝をついた。

「それにしたってあっという間だったな」
「騒いでたやつら、ペッシュ団が一網打尽にしちまった」

少し離れたところでひそひそと交わされる会話が、ミヤビの耳に飛び込んでくる。
この時ばかりは、人よりも耳が良いことをありがたく思った。
ペッシュ団。今日は何度その名を耳にすれば良いのだろうか。
よろよろと立ち上がるミヤビを無視して、町の空気は流れていく。

694名無し募集中。。。2018/02/12(月) 22:09:18.750

今ミヤビが立つ地を支配する国、ペルシクム。
この国で、商船などの護衛に従事しているのがペッシュ団という名の海賊であった。
ペッシュ団の戦果は華々しく、国の中でも地位が上がっているとの噂を耳にしていた。
まさか、陸の上でも地位を傘に着て、好き放題しているとは思わなったが。
苦々しさを噛み締めながら、ミヤビは帰路を急いだ。
ひっくり返りそうになる胃を宥めながら、一歩一歩前に進む。
そんなミヤビを引き止めたのは、空気を切り裂く甲高い声だった。

「やっ、やめてください!」
「うるせえ! 金よこしゃそれ以上は何もしねえよ」

この町は、荒くれどもしかいないのか。
半ばうんざりしながらも、聞いてしまったからには無視はできない。
声のした方を見やれば、巨漢に追い詰められる栗毛色の長髪の少女が目に映る。
男の太い指先は、彼女の細い腕を折らんとばかりに食い込んでいた。

「ぐぁっ?!」

考えるより先に、体が動く。
幸いにも男は一人だ。
背後から腕を捻り上げ、地面に押さえつける。
体の大きさの割に、抵抗は大したことがない。
ミヤビが首を絞め上げると抗う力は増したが、それでも悪あがきの範疇に過ぎない。
腕から伝わる感覚に、やれるという確信が全身へと満ちた。

「て、めえっ、何モンだ?」
「……ヴィティス団の、ミヤビだよ」
「あ? お前、海賊の、ぉ……っ?」

言い終わるより早く、ずるりと男の体が崩れ落ちる。
汚れの目立つ男の服から、埃やフケのようなものが舞い上がった。

「大丈、……あれ?」

男が失神しているのを確かめてミヤビが振り返った時には、少女は姿を消していた。

695名無し募集中。。。2018/02/12(月) 22:10:31.790


船へと戻ったミヤビを迎えてくれたのは、ヴィティス団の一人、ユウカであった。

「おかえ……ミヤ様、何かあったんですか?」
「ユウカ。みんなを呼んで」

ミヤビの帰還を喜ぶユウカの顔色が、厳しいものへと一変する。
自慢の赤毛をひらめかせ、ユウカは即座に船内へと駆けていく。
船員たちが集まるのには、数分もかからなかった。
集まった仲間たちの不安そうな表情を前に、ミヤビは重たい口を開いた。

「ごめん。あいつらが、攫われた」

言葉にならないざわめきが部屋に広がる。

「海賊だって、バレたのか?」
「まあ、そんなとこでしょうね」
「なんでまた」
「あいつらいつもより酔ってたから」

だからといって、関係のない町の者たちに手を出すほどではないはずなのに。
安易に彼らを置いて席を外すのでなかった、と歯噛みしても遅い。
それよりも今は、連れ去られた仲間を取り返す方へ頭を働かせるべきでだ。
落ち着かない様子で、仲間たちがミヤビへと視線を注ぐ。
腰に据えられた剣の柄を握りしめ、ミヤビは静かに思考した。

「今夜は都合の良いことに新月よ」

勝負をしかけるには好都合。
ミヤビはあえて不敵な笑みを顔に貼り付け、仲間たちに向き直った。

「……絶対、取り返すよ」

ミヤビが放った一言は、彼らを鼓舞するに十分であった。

696名無し募集中。。。2018/02/12(月) 22:10:56.340


ペッシュ団の拠点の情報は、あらかじめミヤビの耳に入っていた。
問題は、その懐へどう侵入するか。
町全体に夜が染み渡った頃、ヴィティス団は密かに行動を開始した。

町娘の——というには少々扇情的な——装いをしたミヤビは、門を見張る青年に近づいた。
狙うは、見張りのもう一人が用を足しに行った一瞬のタイミング。

「すみません、私……道に迷ってしまって」

普段は括っている髪をさらりと下ろし、ミヤビは計算し尽くした仕草で首を傾ける。
見上げる格好で秋波を送れば、落ちない男はいない。
ミヤビに見つめられた青年が、不自然に咳払いをするのが聞こえた。
見たところ、まだ17,8といったところか。
その頬も朱に染まっているのだろうと思うと、内心おかしくて堪らない。
口頭で道を説明しようとする彼に、付いて来てくれとせがんでみせると簡単に頷きが返ってきた。
頭の中に広がる地図を元に、こちらから行きたい、あちらの道は嫌だとわがままな娘を演じる。
足を進めるほどに闇は深まっていき、視界はやがてぼんやりとした輪郭だけになった。
折りを見計らい、ミヤビは何かに驚いたふりをして青年の胸にしなだれ掛かった。

「あっ! ご、ごめんなさい……少し、怖くて」
「ぼぼ、僕が、ついているので、どうぞご安心を」

胸に添えた手から伝わる心拍は、面白いほど速まっていく。
す、と下へ滑らせた手のひらが、既に隆起している彼自身に触れた。
小さく青年が息を飲んだ音は、ミヤビの鼓膜にべっとりと張り付いた。
尚も滑らかに手のひらを動かすと、青年の呼吸はみるみるうちに荒くなる。

「ごめんなさい、こんなところまで付き合わせてしまって」
「いえ、その……ぁ」

期待してるところ悪いけど、お楽しみは別の人と味わって。
懐に潜ませておいた布巾には、異国の地で入手した眠り薬が染み込ませてある。
それを青年に口に押し当てると、ミヤビはゆったりと十数えた。
糸の切れた人形のように、青年の体が地面に倒れる。

「ごめんね、命だけは置いてってあげる」

そう囁くと、ミヤビは袂に潜ませておいた眼帯を取り出した。
深い紫は今宵の闇によく溶ける。
片目を覆ってしまうと、一気に全身が引き締まった。
肩のあたりでばらついていた髪の毛は、ぐっと一つにまとめ上げて。
剥ぎ取った青年の衣服と、門戸のものであろう鍵を手に来た道を戻る。
首元をすり抜ける夜風は、ミヤビの後れ毛をちらちらと揺らした。

657名無し募集中。。。2018/02/25(日) 23:47:58.150

「ごめん、お待たせ」
「ミヤ様!」

事前に打ち合わせた場所では、予定通り部下が待機していた。
もう一人の門番からも衣服を奪い取ることに成功したらしく、彼は既にそれを身につけている。
ミヤビもまた、先刻剥ぎ取った装束を纏っていた。
男物であるため足下で布が多少余っているが、身動きをとるのに支障はない。

「よし、行こう」

目指すは高くそびえる見張り塔。その地下に作られた牢屋である。
仲間たちは、そこに捕らえられているはずだった。

目標の塔の入り口までは、ミヤビが想像していたよりもずっと容易く進むことができた。
深夜ということもあり、城に暮らす者の大半が眠りについているのだろうか。
それにしたって静かすぎる、と不自然なほどの静寂をミヤビは内心で訝しく思った。

「ご苦労様」

入り口で番をしていた男はやけに小柄で、女であるミヤビと比べても少し低い。
弱々しい月明かりの下では、男の輪郭もぼんやりとにじむ。
返事の代わりなのか小さく会釈を返すと、男は扉の鍵を取り出した。
ああ、口無しか、とミヤビは察した。
こちらの声に反応したところを見るに、耳が悪いわけではなさそうだが。
開かれた扉の中へと足を踏み入れると、地下から這い上がるひんやりとした空気が頬を掠めた。
壁に点々と据え付けられた燭台の上で、ロウソクの炎がちらちらと揺れる。
空気の流れを辿れば、地下牢まではすぐに到達できるはずだ。
ミヤビたちの背後で、悲鳴のような音を立てて軋む扉が閉ざされる。

658名無し募集中。。。2018/02/25(日) 23:49:40.310

微弱ながら地下から立ち上る風を追いかけ、ミヤビたちは足を進めた。
塔の中にロウソク以外の照明はなく、階段を下っていくと闇はさらに濃くなっていく。
先頭に立って歩きながら、ミヤビは耳をそばだて、いかなる手がかりも逃さぬようにと神経を尖らせた。
脱獄しても塔の外へは脱走できないように、地下牢への道のりは複雑に入り組んでいる。
だが、空気の流れは確実にミヤビたちを導いてくれた。

「……近い」

懐かしい匂いがうっすらと空気に混じったのを捉え、ミヤビはつぶやいた。
鼻を抜ける匂いは、仲間たちのものだけ。見張りは、いないのだろうか。
湿度の高い空気の中で廊下を進んでいくと、目指す牢はあっさりと目の前に現れた。
埃と体臭、洗っていない衣類の臭いが一層強く鼻を刺す。
間違いない。格子に手をかけると小さく金属音が響いた。
部屋の隅に滞っていた空気がゆるりと動く気配があった。

「みんな起きてる?」
「ミヤ様……!」

牢の中で仲間たちがにわかに色めきたつのが感じられた。
牢屋に取り付けられているのは、単純な錠前が一つだけ。
服の内側に潜ませておいた針金の先を、目の前の錠前の穴に差し込む。
少しだけ動かすと、微かな手応えと共に内側で金属が擦れる音がした。
それらを手掛かりに針金を動かしていくと、やがて手に伝わる感覚が軽くなる。
開いた、とミヤビがほくそ笑んだ瞬間、鋭く低い声が響いた。

「ミヤ様、後ろに」

素早く身を翻すと、ロウソクの火が見知らぬ人物の影を映し出す。

「……お前」

ミヤビが睨みつけた先には、塔の入り口で番をしていたはずの口無しの男が立っていた。

659名無し募集中。。。2018/02/25(日) 23:54:19.930

彼の小さな手には黒光りする拳銃が握られている。その銃口はまっすぐにミヤビを見つめていた。

「手際良いね。もうちょっと迷うかなって思ってたんだけど」

耳に届いた声は予想以上に高く、幼い子どもか、もしくは女のよう。
その声を聞いたミヤビは、雷にでも撃たれたかのような心地がしていた。

「お前……昼間の……」
「すごいね。声だけで分かっちゃうんだ」

一歩、一歩と距離が詰められていくのを分かっていながら、ミヤビの体は石のように固まったままだった。
それは周りの仲間たちも同じこと。皆、小柄な少女の佇まいに圧倒されている。
ゆらりと揺れる炎が照らし出すのは、片目の眼帯と不敵な笑み。

「モモ知ってるんだ。お姉さん、この前、モモの声聞いて駆けつけてくれたんだよね?」
「……なぜ、それを」
「足音、聞こえたから。まさか女の人だなんて思わなかったけど」

それはこっちのセリフだ、と思った。
ペッシュの人間だと知っていたなら、下手に関わりなど持たなかった。

「ねえ、教えてよ。なんで海賊なんかやってんの?」
「……あんた……あんたらには分かんないさ」

ミヤビたちを弄ぶように、銃口が右へ左へと揺れる。
モモが近づくにつれて増していく圧力に抗いながら、ミヤビはどうにか返事を絞り出す。

「へえ、そっか。……事情によっては見逃してあげようと思ったのに」

彼女の言う事情とは、何を想定しているのだろう。
凄惨な過去でも背負っていれば、情けの一つもかけてやろうと言うつもりか。

「いらないわ」

地面に言葉を叩きつけると、ミヤビは深く息を吸った。

660名無し募集中。。。2018/02/25(日) 23:55:19.180

自分が怯めば、それは周りの仲間たちにも伝染する。負ける可能性を考えている場合ではない。

「覚えておきな。あたしは、ヴィティス団の、ミヤビ」
「……ヴィティス団、ね」

きっぱりとした気持ちで名乗りを上げると、背筋がピンと一本の糸のように張った。

「モモはペッシュ団の、」
「知ってる。海賊のくせに、丘の上で飼い慣らされた犬」
「わあ、なかなかな言われよう」

ミヤビの煽りを飄々とかわすモモの声は、楽しんでいるようにさえ聞こえた。

「でも……それって、そっちも一緒だよね?」
「一緒にしないで」
「あ、そう?」
「お前とあたしじゃ、背負っているものが違う」

胸のあたりで、肌に触れた金属がひんやりと主張する。
本当は武力など使わないに越したことはない。
だが、相手が相手であるだけに手段は選んでいられない。

「邪魔はさせない。仲間は、返してもらう」

モモに筒先を向ける一瞬、脳内に浮かんだ迷いは即座に封じ込める。

「わーお、物騒だなあ。でも、お姉さんにそれが扱える?」

モモの瞳が挑発するようにぎらついているのを感じた。
いいわ、乗ってやろうじゃないの。
モモの斜め後ろに据えられたロウソクに狙いを定め、ミヤビは引き金を引く。
ヒュ、と音を立てて立ち消える灯。ころりと蝋が床に転がる。
背後を一瞥もしないまま、「わーお」ともう一度だけモモがつぶやいた。

「悪いけど、本気。仲間の命かかってるし」
「ごめんね。じゃあ手加減しないよ」

唇の端を片方だけ持ち上げて、モモが遊ばせていた銃を握り直す。
その時初めて、複数の視線がこちらに注がれていることをミヤビは知った。
ここまで何事もなく到達できたのは、袋小路におびき寄せて一網打尽にしようというわけだ。
痛いほどに張り詰めた空気の中で、ミヤビの耳がごくごく小さな摩擦音を掴む。

「耳を塞げっ!!」

ミヤビが叫んだ瞬間、耳を劈く爆発音が大気を揺さぶった。
飛散する粉塵の中で、牢の奥から流れる水の音がする。迷っている暇はない。
仲間たちを引き連れて、ミヤビは穴の向こうへ身を投げた。

「待て!」

濁水に飛び込む一瞬、モモはそう叫んだようだった。

661名無し募集中。。。2018/02/25(日) 23:57:07.500

*  *  *

「しかし!」

モモが張り上げた制止の声に、部下の一人が不服そうな声を上げる。
彼らにとってみれば、捕らえた罪人を逃すことがこの上ない恥なのだろう。
だが、モモはそんなことよりも、先ほどまで対峙していた瞳の光の強さの方に関心があった。
どうやら、彼女には彼女なりの信念があるらしい。

「いいよ、追わなくて」
「キャプテン!!」

なおも食い下がる部下を鋭い視線で黙らせると、モモは牢の奥にぽっかりと開いた穴を見やった。
向こうが脱出経路も確保しないままやってくるとは思っていなかったが、まさかあんな経路で逃げるとは。

「いやいや……めっちゃ臭いし」

だんだんと晴れていく塵をかき分けながら牢の中へ足を踏み入れると、強烈な異臭が鼻をつく。
入り口で会った瞬間から、侵入者の一人は女性であると知っていた。
だから、下水路を利用する可能性は低いと見ていたが、彼女は思ったよりも骨のある人物らしい。
一方で人に銃を向けることには抵抗を見せるのだから分からない。

「ヴィティス団の、ミヤビ……」

海賊などというものに身を落としているくせに、名を告げる彼女の姿には気高ささえ感じられた。
これまでにも何度か海賊と呼ばれる人間とは渡り合ってきたが、ミヤビのような人間は初めてだった。
ミヤビ、と改めて舌に乗せる。柔らかいのだか尖っているのだかよく分からない響き。
彼女にはまたどこかで会うことになるだろう。そんな予感がモモの中で膨らみ始めていた。

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