まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

142 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/11/28(月) 13:19:57.47 0

思わずこぼれそうになったため息をぐっと飲み込んで、雅は隣の桃子の様子を伺う。
俯く横顔に声をかけあぐねて、持っていたお茶を一口。
潤っていく喉に、少しだけ言葉の滑りが良くなった気がした。

「足、大丈夫?」
「うん。ごめんね、こんな時に」
「それは気にする必要ないって。うちも気づけなかったし」

今日何度目かの謝罪の言葉に、雅も自然と沈んだ声になる。
落ちた視界に映るのは、床に投げ出された桃子の爪先。
露わになった親指に巻かれている絆創膏。
そこが赤くじんわりと滲んでいるのを認めて、雅は小さく顔をしかめた。


指折り数えて待ちわびた土曜日は、すっきりとした快晴で幕を開けた。
行き先は任せると言われ、雅が選んだのは少し離れた街のアウトレット。
オープンしたばかりだというそこは、最寄り駅から電車で40分の場所にあった。
決して近いとは言い難いが、なぜか今回はそんな気分だった。
遊び慣れた場所や歩き慣れた街より、知らない場所へ行ってみたい。
強いて言えば、それが一番の理由だったのかもしれない。

最寄駅で待ち合わせの予定だったが、気合を入れすぎたせいか雅は30分前には到着していた。
桃子が到着しているはずもなく、居心地の悪さからスマホを手に取る。
しかし、くるくると空回る頭では、画面に映る文字も意味になってくれなくて。
それでも惰性でディスプレイを撫でていると、不意にこつ、という足音が近くで止まったのを聞いた。

「ごめん、お待たせ」
「あ、おはよ……う」

何気なく声のした方を見やって、途切れそうになった言葉をなんとか繋ぐ。
ぽろりとスマホを取り落としそうになったのが、桃子にばれてないだろうかと心配になった。
現れた桃子は、オフホワイトのブラウスに淡桃色のミニ丈のフレアスカート。
足元はキャメル色のオペラシューズというシンプルな服装。
けれど、半袖のブラウスの袖口やフレアスカートの裾にはフリルがあしらわれていて、きっとそれは桃子のこだわりなのだろう。
普段の学生服に見慣れていると、私服の桃子が目の前にいるだけで不思議な気分だった。
桃子の私服を最後に見たのは、小学生が最後。
雰囲気が大人っぽいものに変わっているのは当たり前のはずなのに、なぜかどぎまぎしてしまう。

「……みや?」

気づけば、きょとんとこちらを見上げる桃子がいた。

「え、あ、ぼーっとしてた」

雅にとっては一瞬だったが、もしかしたらそうではなかったのかもしれない。
ぽっかりと抜けてしまった瞬間を誤魔化すように、行くよ、と雅は桃子に声をかけた。

145 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/11/28(月) 13:20:59.45 0


ぎこちない会話を交わしながら、電車で揺られること40分。
到着したアウトレットは、雅の予想を上回る広さだった。
かなり広いと噂には聞いていたが、小さな町ほどはあるのではないかと思うほど。
カラフルな菓子の詰め合わせのような店が立ち並び、異国に迷い込んだような感覚に陥った。
これならば、1日いても退屈はしないだろう。
そっと桃子を振り返れば、同じように目を輝かせているのが見えた。

「どこ、行きたい?」
「みやの行きたいところでいいよ」

衣服はもちろん、靴、鞄から生活雑貨に至るまで、きっと揃わないものはない。
どれか一つくらいは桃子の心に響くものもあるだろうと、ひとまず雅は興味の赴くままに歩いてみることにした。

ゆったりと気ままに歩いて、目に留まった店があれば立ち寄って。
可愛らしい雑貨、ふんわりとしたパステルの洋服。
ガラス細工のような菓子の数々。
それら一つ一つに桃子の横顔が微かに反応するのを眺めながら、こういうのが好きなのか、という気づきが少しずつ降り積もる。
穏やかな雰囲気に包まれて、ふわふわとした心地で過ぎていく時間。
昼食も桃子の口に合ったようで、思わず、といったように溢れる笑みに雅もつられて笑って。
小さい体のくせによく食べるらしい、ということも気づきの一つに加わえられた。

楽しい時間はあっという間に過ぎて、けれど異変は不意に訪れる。
ふと振り返ると、後ろにいたはずの桃子との距離がやけに開いていることに気づいた。

「……もも?」
「あ、ごめん」

そう言いながら、こちらへと歩いてくる桃子がわずかに足を引きずったような気がして、雅は思わず桃子に駆け寄る。

「もも? ……どこか、痛いの?」
「う、えーと」

返答に詰まる桃子だったが、それが答えのようなもの。
足?と問うと、観念したように小さく首肯するのが分かった。

「えっと、とにかく……どっか座ろ」

少し歩いたところに、ちょうど空いていたベンチへと二人で並んで腰掛ける。
靴を脱がせると、親指あたりがじんわりと赤く染まった靴下が目に入った。
靴擦れといってしまえばそれまでだが、顔をしかめる桃子の様子に相当痛むのだろうと察しがつく。
爪も割れているかもしれない。
とりあえず何か措置をしなければという頭が働いて、ないよりはマシだろうと持っていた絆創膏を巻いてみる。
ごめんね、とつぶやかれた桃子の言葉は、大きく頭を振って否定した。
それ以上、何をすることもできず、雅は桃子の隣におとなしく収まるほかなかった。

146 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/11/28(月) 13:21:20.66 0

言葉が途切れて、ぷらんと宙にぶら下げられたよう。
家族連れ。友達。——恋人。
様々な人々の時間が、二人の座るベンチを避けて通り過ぎていく。
世界の流れが不意に自分たちを置いていくような心地がして、落ち着かないと思った。
どうしよう、と頭を巡らせるが、妙案は浮かびそうにない。
ふと、今まで経験してきたいくつかのデートが蘇ってくる。
単なる興味から中学生時代に男子と付き合ってみたことはあったが、あまり冴えなかった記憶しかない。
あの時、出かけた先で途方に暮れた顔をしていた彼の心境が今になって理解できたようだった。
だからといって、その記憶が何らかの解をもたらしてくれることはない。
どうでもいい記憶はそっと蓋をして、雅は桃子に知られぬように小さく息を吐く。

「えっと、もも……あんまり出歩かないから」
「っ……!」

その時、独り言のような桃子の言葉が耳に入った。
桃子にしてみれば何気ない一言だったのだろうが、雅をどきりとさせるには十分だった。
普段の桃子の休日を、雅は一切知らない。

「ごめ、ん……我慢、させちゃって」

もしかしたら、桃子にとっては慣れないことだらけだったのではないか。
どこかで、無理を強いていたのではないか。

——絶対、話合わなさそうだからさ。

突如、千奈美の台詞が再生されて、鋭い痛みに貫かれたような気がした。
共通の話題。共通の趣味。
繋がる部分はあったとしても、それはきっとごくごく細い糸のようなものだ。
勢いのままに誘ってしまったが、桃子にとっては断るタイミングがなかっただけかもしれない。
好きにしていいよ。そう言う桃子の言葉に、甘えていただけかもしれない。
じわ、と視界が滲みかけたところで、桃子の声が飛び込んできた。

「違、そうじゃなくて。楽しかった。全部、初めてで」

顔を上げると、桃子の必死な顔が目に映る。
本当なのかと確かめたようとして、返ってくる言葉を想像すると臆病になった。
仮に桃子が本音を語っているとしても、この後どう過ごすかという問題は残っている。
足を怪我している以上、歩き回るわけにもいかない。
だが、わがままだと分かっていても、このまま解散にはしたくないと思った。
せめて、笑顔で終わることはできないだろうか。
二人で一緒に楽しめるもの。
歩かなくていい場所。
きゅ、と細い糸が指先に絡んだような気がした。

「あ、のさ。この後」

二人を繋ぐ、それをそっと手繰り寄せる。
ちぎれてしまわぬようにと祈りながら。
雅はそっと口にする。

「カラオケとか、どう?」

266 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:23:45.24 0

*  *  *

幸いなことに、近くのカラオケ店まではさほど歩くことなく到着できた。
とりあえず、と適当な時間で部屋を取り、ひょこひょこと足を引きずる桃子に手を貸しながら部屋へと向かう。
桃子を先に座らせて部屋のドアを閉めると、きゅっと空気が閉ざされた。
急に外界から切り離されたような気になって、掌が薄く汗ばむ。
ふと、喉の乾きを覚えた。

「ドリンク、何頼む?」

桃子答えはいちごミルクで、予想通りだったことに喜ぶ自分はひどく単純だった。
けれど、実際少しだけ胸が弾んでしまったのだから仕方ない。
ドリンクをさっさと注文し、当たり障りのない曲を適当に入れる。
軽い電子音によって構成された音楽が流れだして、大気を雑に揺さぶった。
わずかに空気がほぐれたようで、雅も桃子の隣に腰を下ろした。

「あ、えと……足、痛む?」
「さっきよりはまし、かな」

移動する前に比べ、多少ではあったが桃子の唇の色が戻ったようだった。
本当に大丈夫なのかと確かめたくなるのを堪えて、雅はひとまずそのままの意味で受け止める。
それにしたって決して血色が良いとは言えなかったけれど。
状況が悪化したわけではなさそうだから、よしとしよう。

「ももって、——」
「みやってさ——」

こつん、と言葉同士がぶつかって二人で顔を見合わせる。
桃子の顔があまりにも惚けていて、雅は思わず吹き出した。
え、なに、とあたふたする様子すらもどこかコミカルで、むずむずと胸のあたりが震えるのを堪えきれない。

「もお! そんなに笑わなくたって」

ようやく波が収まってきたところで、呼吸を整えていると軽く突き出された桃子の唇が見えた。
柔らかそうだな、なんてことを思って、また頬が緩むのを感じた。
桃子の視線がこちらに向いて、まだ笑ってるとでも言いたげに唇は更に尖った。

「ごめんって。で、何?」
「いいよ、みやからで」

ふわりとした空気に促されて、じゃあ、と口を開いた。

「ももって、いつも休みに何してんのかなって思って」
「もも?」
「うん」

確かめるように自分へと指を向ける桃子に、そうだよと頷く。

「おうちにいる、かなあ」

本読んだりとか、ゲームしたりとか、と列挙されるのはインドアな趣味ばかり。
清々しいほどに正反対で、けれど今はそこに面白さを見出す余裕があった。

267 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:24:49.96 0

「じゃあ、本当にああいうとこ行かないんだ?」
「んー、そうだね」

でも、と身を乗り出す桃子の勢いに気圧されて、雅は桃子に言葉を譲る。

「今日は! 本当に、楽しかったから」
「ホントに?」

本当だってば、と念を押すように桃子の指先が折り畳まれるのを見た。

「だから! みやは、悪くないの」

一つ一つ、確かめるように形にされる言葉。
ようやくするりと素直にそれらを呑み込めた。
そんなことより、次に続けられた桃子の一言の方に意識を奪われる。

「慣れない靴履いてきちゃったももが悪いから」
「え? いつもは違うの?」

てっきり、いつもあんな格好なのかと想像していたのに。
問を返すと、桃子の視線がゆるりと左上へと漂った。

「えー、とぉ」

心なしか耳に赤みがさしたような。
そこへ、無遠慮に割り込むノックの音。
どうぞという言われるのも待たず、勢い良く店員が入ってきた。
その勢いに呆気にとられている間に、、机上へと雑に並べられる2杯のドリンク。
シツレイシマシタ、という無機質な響きを残して、扉が乱暴に閉じられた。
はたと我に返って、桃子と顔を見合わせる。
桃子の表情には、まだ驚きの余韻が残っていた。
ちょっとさ、びっくりしたよね、二人して吹き出して。
和らいだ雰囲気に乗って先ほどの質問を繰り返すと、大したことじゃない、と返される。
ひやりと指先に何かが触れたようだった。
柔らかながら決して破ることのできない薄い膜のような、何か。
踏み込めない、そんな直感があって、雅は別の方向へと話題を転がした。

「……さっき、ももは何言おうとしてたの?」
「さっき? あー、えっとね」

言いながら、リモコンを手にとった桃子は、ひょいとそれを雅に手渡す。

「みやって、いつも何歌うんだろーって」
「何って……いろいろ、だけど」
「みやの十八番は?」

十八番と言われても、ぱっと頭に浮かばなかった。
雅にとって、カラオケはあくまで大人数で楽しむための場所だった。
桃子はどうだか知らないが、たとえばしっとりと歌を歌うために行くような場所ではなかったのだと不意に気づく。

「どうだろ。そもそも、あんま来ないかも?」
「え、だってカラオケでバイトしてるんだよね?」
「それはそうだけど」

それはあくまでお金を貯めるためであって、好きとか嫌いといった話とは別なのだ。

268 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:25:42.43 0

「えー、みやの好きな歌聞きたかったのに」

さらっと告げられた言葉に、頬へと熱が集まるのを感じた。
それが桃子にバレていないだろうかと、不意になぜだか不安になった。
歌を聞きたい、なんて本来はこっちのセリフなのに、それはすんなりと出てこない。
その代わり、マイクを手にとって。

「ももの好きなの、入れていーよ」

そう答えると、桃子の口がぽかんと開いた。

「い、いやいや! 知らない曲の可能性あるじゃん!」
「そしたら、ももが……歌ってよ」

もっとあっさり言うつもりだったのに、語尾は臆病に震える。
腹筋がぴくりと突っ張って、桃子へとマイクを差し出す指先の冷たさを感じた。
雅の様子に、桃子が何を思ったのかは分からない。
ただ、差し出したマイクはすんなりと桃子の手の中へと収まって。
わかったよ、と桃子の視線がリモコンへと移る。
えー難しいなあ、なんて言葉も聞こえてきたが、やがて何かしらを思いついたらしい。
程なくして、画面に表示される曲名。
軽妙に流れるイントロが、雅の記憶をぱちりと刺激する。

「知ってる?」
「ま、ね」

知ってるどころか、大好きなバンドの楽曲。
中でも雅のお気に入りの一曲で、まさかこれを選んでくるとは予想していなかった。
マイクを構え、すっと目を閉じる。
バックは打ち込みの電子音で、観客はたった一人。
けれど、体の中で激しい波が巻き起こるのがわかった。
逸る気持ちは、そのまま歌に乗せて外へ、どこまでも。
震える喉から生まれた音が、桃子の鼓膜を同じように震わせる想像をした。
夢中になって歌詞を追いかけて、気づけばあっという間に一曲が終わっている。
そのことに気づかせたのは、桃子のささやかな拍手だった。
不意に照れくさくなって俯いていると、すぐに次のイントロが始まって。

「ちょっ、え、また?」
「だ、だめ?」

ええい、こうなったらいくらでも歌ってやろうじゃないか。
半分くらい開き直って、空間を満たす音に体を委ねた。
少し激しめのロックから始まって元気の良い曲に続いてはクールな曲が。
かと思えば、ゆったりとした切ないバラードが挟まって、また盛り上がる曲へと戻る。
立て続けに数曲を歌い終えると、雅は堪らずソファへと沈み込んだ。
まるで、ライブをまるまる1回分終えたかのような疲労感。

「ごめん、いっぱい入れちゃった」
「全然、いいよ」

——すごく、よかった。
零れ落ちた桃子の言葉が隅々まで染み渡るようで、この上ない充足感に包まれる。

269 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:26:52.96 0

「……もものも、聞きたい」
「え?」
「みやばっか歌っちゃったからさ」

今度は素直にそう言えた。
戸惑うように両手でマイクを包む桃子が見えて、けれど拒絶の色は見えなかったと思う。

「それとも、歌いたくない?」

だから、念押しのようにそう口にした。
間髪入れず、桃子が首を振る様子に安堵する。

「じゃあ、何か入れよーよ」
「……みや、選んでいいよ」

さっきとは逆に、雅の前へと置かれるリモコン。
いいから、と目で促されて、雅は改めて画面を眺めた。
何を指定するかはもう決めている。
全ての、はじまりの曲。
流れ始めたイントロに、桃子を包む空気が色を変えた。
盗み見た桃子の横顔、その輪郭が鋭く引き締まるのを感じた。
鋭く短い呼吸だけで、桃子に圧倒される。
カラオケ店でドア越しに聞いたのを除けば、実に3年ぶりの桃子の歌声。
あの頃と変わらない伸びやかな声に、細やかなビブラートが混じる。
あの頃よりも、声の響きは深みを増したのではないだろうか。
言葉にならない感動を持って桃子を見やると、不意に差し出される手。
誘われるままに自分の手を重ねると、ぎゅっと握りしめられた。
掌から直接伝わってくる感情の波。
それらを感じながら、雅は桃子の歌声に体を浸した。
淡々と流れていってしまう時間が惜しかった。もっと、聞いていたいのに。
どうして、終わってしまうんだろう。
一曲なんてあっという間で、けれどその数分が、堪らなく大切で。
どうしようもなく、この歌声に惹かれているのだと気づかされる。

270 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:27:08.08 0

「……やっぱり、好きだな」

それが、一番の答えだった。
重たい音が聞こえて、スピーカーからそれが増幅された音が響き渡る。
床に転がったマイクが見えて、桃子がそれを取り落としたのだと分かった。
けれど、今はそんなことに構っている余裕はなくて。

「やっぱさ……うち、好きなんだ。ももの歌」

今だ、と不意に思った。
逆に言えば、今しかない、と思った。

「うちと、バンドやろうよ」
「バ、バンド?」

一緒に軽音部へ入ろうとか、そういう誘い方をしたいわけではなかった。
ただ、桃子と一緒に歌いたい。
その一心で、桃子に言葉を差し出す。
ぶつかる視線に浮かぶのは戸惑い……あとは?

「だ、だって、もも……経験とか、ないよ?」
「いいよ、なくたって」
「でも、」
「うち、ももと一緒に歌いたい」

一息に吐き出して、考えてみて、と付け足した。
本当ならば今すぐにでも頷いてほしい。
けれど、突然そんなことを言われても桃子を困らせるだけなのは分かっていたから。

「答え、いつでもいいから」
「わ、かった」

おずおずと桃子が頷くのと、部屋の電話がけたたましく鳴ったのはほぼ同時。
まるで、タイミングを見計らっていたかのように。

「もう10分前?」
「みたいだね」

延長はなしで、大人しく今日は帰ることにしよう。
短い時間ではあったが、雅は達成感に満ち溢れていた。
桃子の返事次第ではあるが、それでも不思議と拒否される可能性は浮かばなかった。

271 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:29:20.77 0

「あ、そういえば、足……」

部屋を出ようとしたところで、二人して現実を思い出した。
引っくり返せば、痛みを感じないほど楽しんでいたってことだろうか。
そうだったらいいなあ、なんてのんびりと雅は思う。

「あー……どうしよ」

学生の薄い財布では、タクシーなんかを拾うのは無理というもの。
家の人に迎えに来てもらうとか、と提案すると、それしかないかあ、と桃子が嘆息した。

「なんか、気乗りしないの?」
「んー……まあ、しょうがないかあ」
「えー、何? ケンカとかした感じ?」
「ってわけでも、ないけど」

わずかに唇を尖らせながら、桃子の指先が器用に携帯電話を操作する。
桃子の母親が操っているらしい車は、数十分もしないうちに二人の前へと現れた。
そして、桃子が母親を呼ぶのに難色を示していたのかという理由は、すぐに明らかになった。

「ももったら、こんなとこまで来てたなんて知らなかったわよ」
「そりゃ……言ってなかったもんね」

運転席の窓が下がって、開口一番がその言葉。
なるほど、気乗りしないというより若干の気まずさからの言動なのだと雅は勝手に納得する。
そこで、ちらりと桃子の母親の目が雅を見つめる。

「あら……雅ちゃん?」
「え、あ、はい」

まさか、自分の名前が目の前の人物から出てくるとは。
自然と雅の背筋は伸びていた。

「なぁんだ、そんなことなら言ってくれればいいのに」
「い、いいじゃん、なんだって」
「もう、ごめんなさいね、この子ったら何も言ってくれないんだもの」
「あ、いえ」

桃子の母親が自分のことを認識していたことも意外だったが、どこに行くかはおろか誰と遊ぶかも伝えていなかったとは。
母親の口ぶりからして、普段ならその辺はちゃんと話があるらしい。
だとすれば、なぜ今日に限って。

272 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/10(土) 17:29:42.80 0

「みやも、乗っていいよね?」
「もちろんよ、ほら乗って乗って」
「……え? あ、えっと」

雅が考えを巡らせている間にも、とんとんと話を進んでいたらしい。
いつの間にか雅も車で帰ることになっていて、茫然としたまま後ろの座席に押し込められる。
走り出した車内でも、桃子と母親による軽やかな会話はそのままで。
そういえば、こんな桃子は見たことないな、と不意に思った。

道中、何を話したかはあまり覚えていないが、いくつか分かったことがあった。
中学校に上がるタイミングで、桃子は少し離れた町へ引っ越していたこと。
家の都合で急な引越しになってしまったこと。
高校受験の時には体調を崩していて、今の高校しか受からなかったこと。
今の高校には電車を乗り継いで通っていること。
小学校が同じならば当然同じ中学校に通うのだろう、単純にそう信じていた自分がいたことを思い出した。
そして、何の前触れもなくいなくなってしまった桃子に、寂しさを覚えていたことも。
過去の記憶が、じんわりと解かれていく。
そのことに柔らかな気持ちを覚えた。

桃子の家からは電車で帰ると言ったつもりだったのに、気づけば窓の向こうには見知った街並みが流れていて。
子どもは甘えとくものよ、と笑いかけられてしまっては素直に頷くほかない。
丁寧に礼を言って、なんてことをやっていると家から雅の母親が顔を出す。
急遽始まった井戸端会議を横目に、雅は桃子にそっと声をかけた。

「……次は、ももの休みの過ごし方、一緒にしようよ」
「えっ? ももの?」

でも、おうちでのんびりするだけだよって言われて、それでもいいよと微笑んだ。
じゃあ、考えとくね。
桃子の返事が嬉しくて、くすぐったくて。
明後日になればまた学校で会えるのに、たった2日が遠く感じた。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます