まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

671 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/14(水) 10:19:42.64 0

小気味よく弾かれる弦。
スピーカーからは正確なリズムで低音が響く。

「おおーすごーい」
「そ、それほどでも」

そう言う桃子だったが、きっと満更でもないのだろうと思う。
桃子の表情は窺えなかったが、声だけでそれが分かった。
全然問題ないじゃん、と愛理が親指を突き出すのが見える。
その横で、照れたように桃子が微笑んでいるのが想像できた。
何せ、二人は雅に背を向けて並んで座っているのだから予想するほかない。
雅はひっそりと息をつく。今日、何度目か分からない嘆息。
ぽろんと弾いたエレキギターの弦は、冴えない音で鳴り響いた。


一緒にバンドをやろうよ。
精一杯の提案の答えは、案外すぐにもたらされた。
待ち合わせの場所で顔を合わせるなり、おはようよりも先に。

「み、みや! この前の返事なんだけど」
「え? あ、え」

"この前の"と言われてもすぐには結びつかず、口からは間抜けな声が漏れる。
バンドの、と桃子が言うのを聞いて、ようやくあのことだと思い当たった。

「本当に、ももでいいの?」
「もも"が"いいって言ったつもりなんだけど?」

冗談めかして言ったつもりなのに、桃子は口をぱくぱくさせて言葉を失う。
鯉みたい、と茶化すと、そうじゃなくて!と桃子が口を尖らせた。
こうやって桃子に拗ねられるのも何度目だろうか、そんなことを思えるだけでじんわりとしたものが体に満ちる。

「みやと、バンド、やってみたい」
「っ、本当に?」
「……ももがいいって、言ったじゃん」

まだ少しだけ拗ねたようだったけれど、きっと引っ込めるタイミングを失っただけ。

「やば、嬉しい……」

じわり、実感が増して、ついつい緩みそうになる口元を覆う。

「今日は? 放課後、時間ある?」
「ある、けど」
「おっけ。じゃ、放課後ね」

また今度なんて、のんびりしたことは言っていられない。
善は急げとばかりに予約を放課後に取り付けて、桃子を連れてスタジオを訪れた。

672 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/14(水) 10:19:59.83 0

雅がメールを送るなり、愛理も飛んでやってきて。
自己紹介というよりは音楽談義に花が咲いて、そこで初めて桃子がベースを弾けることを知った。

——個人でやるのにベースなの?

その問いに、桃子ははにかみながら、パパがやってたからと答えた。
それが本当かどうかはさておき、桃子の腕前はそれなりのもので雅は内心舌を巻いた。
持って生まれたものなのか、はたまた練習の賜物なのか。
誰かと演奏したことがないという割に、精密に刻まれるリズム。
基本的な技術も問題なさそう、と言いながら、愛理は仲間が増えたことを素直に喜んでいるようだった。
そこまではよかった、と思う。
雅にとっても、思いがけずベースの増員。
これからは、イベントのたびに助っ人を探す必要もなくなった。
3人いれば最低限ではあるが、身軽にいろんな場所へ出ていける。
だから、喜ぶべきことなのだ。
分かっているはずなのに。

「あ、そうそう、ここはねえ——」
「あー、そっか」

桃子と愛理はよほど馬があったのか、練習が始まってからこっち、ずっと並んで座っていた。
ベースの基礎の確認は愛理でなければできないのだから仕方ない。
それは分かっている。
でも、なんだか面白くない。

ギターのみでここまでやってきた雅に対して、愛理は器用に何でも弾けた。
大半の楽器が一定以上のレベルで操れてしまうのは、もう才能といってもいい。
雅は素直にそのことを尊敬していたし、そんな愛理と共に音楽をやれるということに喜びを感じていた。
一方で、桃子と一緒に歌を歌うことも、ここ数年間はずっと願っていたことだった。
夢は夢のままで終わると思っていたのに、その二人が目の前に揃っている。
これからは、やりたいと願えばできるようになったのだ。
なのになぜ、こんなに冴えない気持ちになるのだろう。

「ごめん、ちょっとジュース買ってくる」

ベースの運指の話で盛り上がっている二人に声をかけると、軽い口調でいってらっしゃいと返ってくる。
その時だけは、こちらを振り返る二人の視線。
そのことに、ちょっとだけ満たされて、同時にそんな自分をバカらしいと思った。
別に何も気にしてない、そんなつもりで閉めたドアは、思いのほか派手な音を立てた。

841 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/18(日) 16:17:59.92 0

勢いでスタジオを飛び出した雅を、むっとした外気が雅を包んだ。
節電だか何だかで空調が入っていないロビー。
うっとうしい梅雨が明けたかと思えば、容赦なくやってきた夏に、胸の中のもやもやはさらに増幅される。
自分の一部であるはずなのに、好き勝手に揺れ動く感情。
どうにか乗りこなそうとしてみても、現状は何とかしがみついているようなものだった。
こんな風に自分のことを持て余すなんて、初めてで戸惑いを覚える。
原因も対処も分からなければ、もちろん名称だって不明。
けれど確かに、謎の感情は雅の中で存在を主張している。
立ち止まってしまえば、再びその気持ちに捕らわれてしまう。
そんなイメージが浮かび上がって、雅はそれから逃れるように大きく頭を振った。

スタジオ付近には自販機がないため、飲み物が欲しい時はコンビニまで足を運ぶのが常だった。
今日も通い慣れたルートで、コンビニを目指す。
コンビニまでは少し距離があるが、今は好都合だと思った。
だが、コンビニまでたどり着いたところで浮上する一つの問題。

「は、マジ?」

どんなにポケットを探ってみても、手に触れるのは携帯電話のみ。
つまりはスタジオに財布を忘れてきたということなのだが、それを受け入れるのに少し時間がかかった。
本当に、冴えない日だ。
今更スタジオまで戻る気にはなれなくて、雅は力なく近くのベンチに座り込む。
財布を忘れたなんてかっこ悪すぎて、手ぶらで戻るのも気が進まない。
というか、財布忘れるなんてありえなくない。
そんなことにさえ、気づく余裕を失っているらしい自分が可笑しかった。
雑誌でも立ち読みして帰ろう。
ふらりとコンビニのドアをくぐると、今度は凍えそうなほど冷えた空気が雅を包む。
ようやく少しだけ、頭が冷えたような気がした。

842 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/18(日) 16:18:33.62 0

適当に選んでめくってみた雑誌は、どれも鮮やかな紙面に埋め尽くされていた。
輝く太陽、抜けるような青空に、飛び散る水飛沫。
水着かあ、と半分ぼやくように独り言ちる。
デザインを見るのは好きだが、自分で着ると思うと少々気が重い。

——あ、でもこれももに似合いそう。

そんなことをうっかり考えてしまって、かっと頬に熱が集まる。
なんで、と戸惑っていると、肩に触れた柔らかさに、思わず体が飛び跳ねた。

「みや、」
「ひゃっ」

光の速さで持っていた雑誌を閉じる。
一瞬にしてバクバクと打ち始める心臓の音を、誤魔化すように振り返った。

「もも……」
「あんまり遅いから心配してたんですけど?」
「あ、えーっと」

はっとして店内の時計を見やれば、すでに30分ほどが経過している。
少しだけと思っていたはずが、長居をしすぎたらしいと知って少し冷静になった。
ごめん、と眉を下げると、冗談だよ、と桃子が顔を崩す。

「どうせだから、愛理と一緒にジュース買いに行こーって話になって」
「ああ、そう」

あっち、と桃子が指差す先で、ウキウキとドリンクの棚を眺めている愛理。
なんだ、一緒に来たんだ、そんな言葉が不意に浮かんだ。

「もう買っちゃった?」
「え?」
「ジュース」
「あー……まだ」

財布を忘れてきたのだ、さらっとそう言ってしまえれば良かったのに、口は素直に動いてくれない。

「え、まだなの?」
「あーうん、なんか気に入ったのなくて」
「ふーん?」

そこで、桃子の唇がにやりと形を変えたのが見えた。

予期せぬ表情。その理由はすぐに分かった。
843 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/18(日) 16:19:48.10 0

「ほんとーに?」
「あ! ちょ、それ」

桃子が得意げに取り出したのは、紛れもなく雅の財布。
開けっ放しになっていた鞄の隙間から、ばっちり見えてたらしい。
結局全部バレていたなんて。
居心地が悪くて顔を伏せると、はいはい、と桃子に腕を掴まれるのが分かった。

「一緒に選ぼ」
「……うん」

そういえば、と桃子が口を開く。

「みやって、よく忘れ物するよね」
「そう?」
「うん。なんだっけ、お弁当とか?」
「そ、それはっ」

ドリンクの棚に移動するまでの僅かな時間。
反論しようとした言葉は、二人を認めて手を振る愛理によって遮られた。

「ねーみや、アイス食べたい、アイス」
「え、飲み物どこいったのさ」

でもぉ、と人差し指を突き合わせる愛理。
しょうがないなあ、と息をつくと、わあっと声を弾ませて愛理はアイスの方へと駆けて行ってしまった。

「みやって、愛理に甘いんだねえ」
「どう、かな」

でも、アイス食べたくない?
まあねえ。
交わした視線でやり取りをして、そうと決まれば話は早かった。

844 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/18(日) 16:20:24.70 0

各々が選んだアイスを手にスタジオへと戻る途中、あ!と愛理が声を上げたのを聞いて雅と桃子は固まった。

「へ、何? 急に」
「今日は! 二人に相談がありまーす」

ガサゴソとポケットを探った愛理が取り出したのは、ちょうどA4サイズのチラシだろうか。

「はーいちゅうもーく! 注目注目ー!」
「いや、してるし」

妙な動きと共に愛理が持っていた紙をピラピラさせる。
そっと盗み見た桃子の横顔は若干引きつっていて、吹き出しそうになるのを何とか堪えた。

「今年の夏にー、なんと!」

じゃーん、というセリフ効果音と共に広げられるA4サイズのチラシ。

「……アマチュアバンドフェス?」
「そう! つまり、今年の夏の目標!」

どうかな、と愛理の視線が雅と桃子を交互に行き来する。
開催場所も規模も、目標にするならきっとちょうどいい。
まだ結成したばかりではあるけれど、この三人なら大丈夫、そんな気がした。

「いいんじゃん? ももは、どう?」

愛理と二人、桃子へと視線を送る。
不思議と、拒否される想像はしていなかった。
いいのかな、と揺れる桃子の瞳を見たような気がして、

「……やって、みたい」

ぽつり、と桃子が言うのを聞いて、雅と愛理は思わずガッツポーズ。
そんな二人の勢いに、戸惑いつつも桃子がゆるりとはにかんだ。

845 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2016/12/18(日) 16:20:54.91 0


スタジオまで戻って一息、どんな曲をやろうかと話し始めたら止まらなかった。
今日出会ったばかりで、こんなにも盛り上がれるとは。
今まで雅たちがやってきた曲のほとんどを、桃子が知っていることにも驚く。
しかし、それ以上に桃子の選曲センスには感嘆せざるを得なかった。
雅はまだ分かるが、愛理の歌声は今日初めて耳にしただろうに、二人にはこれが合うと思うと提案がなされる。
雅も負けじと、桃子の歌声を思って曲を選んで。
そうやって三人で組んだセットリストは、想像しただけでも心が躍るものになった。
そんなことをしていたら、あっという間に過ぎていくスタジオの使用時間。

「ね、みや」
「ん?」

帰り支度をしながら、愛理にふと声をかけられた。

「ももをここに連れてきたってことは、結局軽音部には入らないの?」
「……そういうことかな」

よかったあ、と言いながら、愛理は表情を綻ばせたようだった。
愛理は愛理で心細かったのかもしれない。

「部活っていうより、音楽やりたいわけだし」
「えへへ、みやのそーゆーとこ、すごく好きだよ」

愛理の言葉はどこまでもまっすぐで、どこかむず痒い。

「ちょ、何?」

なんでもなーい、と愛理は奇妙な動きで踊りながら返事をした。
それに苦笑しながら、ちらっと桃子へと視線をやって。

「ところで、次の練習日いつにする?」

明日にでも練習したい、逸る気持ちを抑えて投げかけると、桃子は少し目を丸くしたようだった。
おや、と不思議に思っていると、桃子が言いにくそうに口を開く。

「みや、もも達そろそろテストだよ?」
「……げ」

じゃあ2週間くらい空いちゃうかなあ、そうだねえ、と進んでいく会話の外側で、雅はしばらく呆然と立ち尽くしていた。

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