456名無し募集中。。。2017/11/23(木) 19:58:29.890
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1:37
知らん顔で騒がしいテレビ番組を観ていると、一度は引っ込められたひんやりした爪先がとん、とん、と膝を叩く。
いつもこうならいいのに、と思ったけれど、そうなったらなったで苦労が増えるのは自分の方だと思い直して苦笑した。
ただでさえ一筋縄ではいかないのに、これ以上苦労させられるなんて考えたくもない。
「ずーっとニヤニヤしてたけど、何の夢観てたの?」
「え、うそっ! っていうか、何で人の寝顔ずっと見てるんですか!」
セクハラですセクハラ! と今更じたばたし始めた雅は、口元をぐいっと拭って隠れるように炬燵布団をぐいっと引き上げる。
少しだけ覗いている耳許が真っ赤になっているのには見て見ぬふりをして、見てない見てないから、と笑ったままフォローしたのに、今度は床に転がっていたクッションが飛んできた。どうやらかなり機嫌を損ねてしまったようだ。
「先生のこういうところ知らないから、皆好き勝手騒げるんですよね! みやにはいっつもこんななのに!」
「はあ? 『こんな』って何。ていうか『皆』って誰」
「学校の友達!モモ先生のこと話したらキャーキャー言うの。でもすぐみやのこと揶揄うし!子供扱いするし! モモ先生だってみやと半年しか誕生日違わないのに!」
「……そんな人間の家で遠慮なくぐーすか寝といて、よく言えるよねぇ」
わざとのんびりした声でたしなめ、お茶でも淹れようか、と立ち上がる。結局ずっと膝に触れていた靴下の爪先が炬燵布団の隙間からちらっとだけ見えて、なんだか可笑しい。
流しに置いてあるマグカップは、クリスマスに彼女が「なんでまともなカップのひとつもないの!」という言葉と共に寄越したもので、何を思ったか色違いのペアカップだった。
何故そんなものを寄越したのか、ということより、どれだけ他人の家に入り浸るつもりなのかとそのときは思ったが、今となっては並べてあるだけで心がくすぐったくなる。
梅昆布茶でいいか訊ねようと振り返ると、天板に頬をくっつけてこちらを見上げている雅と目が合う。
ほんのり赤い顔はまだどこか眠そうで、そろそろ家へ送り届けるべきだろうか、とふと考える。
(お父さんもお母さんもそろそろ心配してるだろうし)
いくら気心も知れているとはいえ、可愛い娘がこんな夜遅い時間にしがない大学生の部屋にいるというのは流石によろしくないだろう。
いっそのことそのままお姉ちゃんになって欲しいぐらいだわ、とことあるごとに冗談を言う雅の母親の顔を思い出し、何となく気まずくなりながら薬缶をコンロにかける。
457名無し募集中。。。2017/11/23(木) 19:59:20.450
結論から言えば、桃子は嘘をついている。いっそ早い段階で洗いざらい言っていれば、こんなややこしいことにはならなかったのかも知れない。
当の本人は手渡したマグカップを両手で包み込むように抱え、ちびちびとお茶を啜りながらまた甘えた声で桃子に話し掛ける。
「ねえモモ先生、あとで初詣行きましょうよ。みや、甘酒飲みたーい」
寒いところで飲む甘酒ってどうしてあんなに美味しいんだろう、なんてのんきに笑う顔を真っ直ぐ見られなくて、なら帰りに寄っていこうか、とあくまでもさりげなく相槌を打った。
「帰り?」
「そろそろ帰らないと、さすがに心配するでしょ。それ飲んだら送るから」
「……」
「こら、そこで不貞腐れた顔しない」
テレビの上の時計はじりじりと針を進め続けている。神社に寄ってのんびり歩いて帰ったとしても、三時前には送り届けられるはずだ。そう逆算して二つのマグカップを手に立ち上がろうとすると、聞いたこともないような固い声が桃子の動きを封じた。
「……やだ、帰らない」
炬燵布団をぎゅっと握り締めた手が視界の端に映った。きつく噛み締めた唇はどんどん赤みを帯びて、おそらくあっただろう続きを声にするのを放棄したようにぴたりと止まっている。
「……何言ってるの。いくら正月でも、高校生が朝まで出歩くなんて」
「……ここに、いたい」
どうしていつも彼女は簡単に何もかもを飛び越えてしまえるのだろう。絞り出された声はずいぶん頼りなく震えているのに、それでいて桃子に逃げることを許さない。
「先生の――モモ先生の、傍にいたいです。だめですか?」
あぁ、こうやっていつも彼女は自分の退路を簡単に断ってしまうのだ。しばらく忘れかけていたけれど。
震えながら伸びてきた手が、まだ呆然としている桃子の頬をこわごわと撫でた。ゆるりと下がっていったそれを掴むと、すぐ目の前にある薄い肩が大きく震えた。
「――何言ってるか、ちゃんとわかってる?」
我ながらひどい声に笑いたくなった。退路を断たれ、すぐにでも逃げ出したくなっているのは自分の方なのに、それでもまだ虚勢を張っていないと彼女と向き合うことすらできなくて。
「あなたが…嫌だって言っても、もう離さないってことだよ」
ずいぶんひどい本音を吐き出し、腕の中の身体をきつく抱きしめた。
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知らん顔で騒がしいテレビ番組を観ていると、一度は引っ込められたひんやりした爪先がとん、とん、と膝を叩く。
いつもこうならいいのに、と思ったけれど、そうなったらなったで苦労が増えるのは自分の方だと思い直して苦笑した。
ただでさえ一筋縄ではいかないのに、これ以上苦労させられるなんて考えたくもない。
「ずーっとニヤニヤしてたけど、何の夢観てたの?」
「え、うそっ! っていうか、何で人の寝顔ずっと見てるんですか!」
セクハラですセクハラ! と今更じたばたし始めた雅は、口元をぐいっと拭って隠れるように炬燵布団をぐいっと引き上げる。
少しだけ覗いている耳許が真っ赤になっているのには見て見ぬふりをして、見てない見てないから、と笑ったままフォローしたのに、今度は床に転がっていたクッションが飛んできた。どうやらかなり機嫌を損ねてしまったようだ。
「先生のこういうところ知らないから、皆好き勝手騒げるんですよね! みやにはいっつもこんななのに!」
「はあ? 『こんな』って何。ていうか『皆』って誰」
「学校の友達!モモ先生のこと話したらキャーキャー言うの。でもすぐみやのこと揶揄うし!子供扱いするし! モモ先生だってみやと半年しか誕生日違わないのに!」
「……そんな人間の家で遠慮なくぐーすか寝といて、よく言えるよねぇ」
わざとのんびりした声でたしなめ、お茶でも淹れようか、と立ち上がる。結局ずっと膝に触れていた靴下の爪先が炬燵布団の隙間からちらっとだけ見えて、なんだか可笑しい。
流しに置いてあるマグカップは、クリスマスに彼女が「なんでまともなカップのひとつもないの!」という言葉と共に寄越したもので、何を思ったか色違いのペアカップだった。
何故そんなものを寄越したのか、ということより、どれだけ他人の家に入り浸るつもりなのかとそのときは思ったが、今となっては並べてあるだけで心がくすぐったくなる。
梅昆布茶でいいか訊ねようと振り返ると、天板に頬をくっつけてこちらを見上げている雅と目が合う。
ほんのり赤い顔はまだどこか眠そうで、そろそろ家へ送り届けるべきだろうか、とふと考える。
(お父さんもお母さんもそろそろ心配してるだろうし)
いくら気心も知れているとはいえ、可愛い娘がこんな夜遅い時間にしがない大学生の部屋にいるというのは流石によろしくないだろう。
いっそのことそのままお姉ちゃんになって欲しいぐらいだわ、とことあるごとに冗談を言う雅の母親の顔を思い出し、何となく気まずくなりながら薬缶をコンロにかける。
457名無し募集中。。。2017/11/23(木) 19:59:20.450
結論から言えば、桃子は嘘をついている。いっそ早い段階で洗いざらい言っていれば、こんなややこしいことにはならなかったのかも知れない。
当の本人は手渡したマグカップを両手で包み込むように抱え、ちびちびとお茶を啜りながらまた甘えた声で桃子に話し掛ける。
「ねえモモ先生、あとで初詣行きましょうよ。みや、甘酒飲みたーい」
寒いところで飲む甘酒ってどうしてあんなに美味しいんだろう、なんてのんきに笑う顔を真っ直ぐ見られなくて、なら帰りに寄っていこうか、とあくまでもさりげなく相槌を打った。
「帰り?」
「そろそろ帰らないと、さすがに心配するでしょ。それ飲んだら送るから」
「……」
「こら、そこで不貞腐れた顔しない」
テレビの上の時計はじりじりと針を進め続けている。神社に寄ってのんびり歩いて帰ったとしても、三時前には送り届けられるはずだ。そう逆算して二つのマグカップを手に立ち上がろうとすると、聞いたこともないような固い声が桃子の動きを封じた。
「……やだ、帰らない」
炬燵布団をぎゅっと握り締めた手が視界の端に映った。きつく噛み締めた唇はどんどん赤みを帯びて、おそらくあっただろう続きを声にするのを放棄したようにぴたりと止まっている。
「……何言ってるの。いくら正月でも、高校生が朝まで出歩くなんて」
「……ここに、いたい」
どうしていつも彼女は簡単に何もかもを飛び越えてしまえるのだろう。絞り出された声はずいぶん頼りなく震えているのに、それでいて桃子に逃げることを許さない。
「先生の――モモ先生の、傍にいたいです。だめですか?」
あぁ、こうやっていつも彼女は自分の退路を簡単に断ってしまうのだ。しばらく忘れかけていたけれど。
震えながら伸びてきた手が、まだ呆然としている桃子の頬をこわごわと撫でた。ゆるりと下がっていったそれを掴むと、すぐ目の前にある薄い肩が大きく震えた。
「――何言ってるか、ちゃんとわかってる?」
我ながらひどい声に笑いたくなった。退路を断たれ、すぐにでも逃げ出したくなっているのは自分の方なのに、それでもまだ虚勢を張っていないと彼女と向き合うことすらできなくて。
「あなたが…嫌だって言っても、もう離さないってことだよ」
ずいぶんひどい本音を吐き出し、腕の中の身体をきつく抱きしめた。
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