まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

931 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 04:02:03.85 0

傾けたグラスは、少しだけ不器用に震えていた。
こつん、と軽く触れさせてから、何の乾杯だろうねってぼんやり思った。
ちらっと見たら、みやも同じようにちょっと困ったような顔をしていた。
ま、いいでしょ。なんだって。
そのまま液体を喉に滑らせると、シュワシュワとした刺激が喉に引っかかった。

「サワー飲めるようになったんだ?」

そう尋ねるみやの手には、ビールのジョッキ。
一杯目はビールだなんて、誰が決めたんだろう。
どうでもいいことが、気になった。

「まあ、それなりにね。やっぱりあんまり苦いのは飲めないけど」
「強いのにもったいなーい」

みやがケラケラと軽い笑い声をあげた。
まだそんなに飲んでないはずなのに、もう既に酔っ払いみたいなテンション。
そういえば昔、楽しくなっちゃうと場酔いするんだとか言ってたっけ。

少しずつ出てくる料理も、ちょこちょこつまんでいたらあっという間にお腹いっぱいになっていた。
それでも女の子二人であらかた食べきったのは、褒められて良いんじゃないかな。

「もも、食べる量減った?」
「前が食べ過ぎだっただけだから」
「そっか。まあ、カントリーは食べなさそうだよね」
「あれがフツーだからね、言っとくけど」

そんなことを言いつつも、鍋のしめとして雑炊ができ上がるとお腹は正直にきゅう、と鳴いた。
それを聞きつけたみやにからかわれたけど、気にしないんだから。

「どのくらい?」
「良い感じで」
「や、分かんないし」
「分かるでしょ」

前は、分かってたでしょ。
うっかりそんな言葉が口をついて出そうになって、慌てて口にチューハイを含んだ。
しゅわりと弾けた炭酸に、軽く咳き込む。
みやと私はもう何でもないのだし、そうやって意識させるようなことを言いたいわけでもない。

「はい、どーぞ」

それでもみやは、きちんとちょうど良くよそってくれた。
まだ湯気が立ち上る雑炊を、二人ではふはふ言いながらほおばる。
ダシが効いてて最高、と素直に感想を述べたら、食レポかよって苦笑が返ってきた。

932 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 04:04:27.60 0

お腹が落ち着いてきた頃、みやは三杯目を注文していた。
グラスの中で揺れる、赤く透き通った液体とオレンジやパイナップル。
あの果物たちは、見た目よりずっとアルコールが沁みててあまり美味しくない。
ずっと昔、みやからもらって、実際に食べたんだから間違いない。

「……で、今日はどういう用事?」
「何、用事ないと誘っちゃいけないの?」

みやの唇が、つんと尖る。
丁寧に引かれたルージュは、未だに艶やかにきらめいていた。
あ、きれい……って、そうじゃなくって。

「そういうんじゃないけど」

でも、私を誘う時だけは何かしら言い訳を用意してるの、知ってるんだよね。
私がやんわりと否定したことで、ちょっとは機嫌が直ったみたい。
くい、とサングリアを口に含んで、味を確かめるように転がした後でこくりと喉元が上下した。
グラスに残った赤を指で拭き取って、おしぼりの裏にそれが隠される。
その一連の過程はなぜかとても自然で、一瞬だけ見惚れてしまった。

「うーんと、ね。ももには最初に報告しとこうと思って」
「何を?」

今、みやはあえて目的語を抜かして喋った気がする。
頭の中で、赤い光が点滅し始めた気がした。
嫌な予感が胸に広がっていく。たぶんこれは、気のせいとかじゃないやつ。
その証拠に、みやの視線があちこち忙しく動き回っていた。

「ケッコンゼンテーの、おつきあい?」

みやから発せられたのは、よく耳にする言葉。
でも、小説の台詞じゃなく、ドラマのセリフじゃなく、目の前で言われるとこんなにも思考が停止しちゃうものなんだ。
とくとくと逸り始めた心臓だけがうるさくて、みやに聞こえちゃったらどうしよう、なんてどうでもいいことが頭を巡った。

「いや、なんで疑問形?」

語尾に笑いを織り混ぜて、どうにか体勢を整えようと試みる。
どうにかこうにか、脳内でスイッチを切り替えて。
全体にびっしょりと汗をかいたグラスを掴んで、二口分くらいを一気に飲み込んだ。
だいぶ気の抜けた液体が、ねっとりとした甘さを伴って食道にまとわりつく。

「うーん、なんだろ。まだピンとこなくて」
「いや、相手いるんでしょ?」
「いないことも、ないけど」
「何? はっきりしてよ」

みやの話の着地点が見えなくて、じわりと苛立った。
抑えろ、と言い聞かせ、もう一口と煽ったら頬や頭のてっぺんに熱が集まるのを感じた。

「子どももほしいしさぁ、年とか考えるとそろそろかなーって思うわけ」
「リアルな話ですねえ、夏焼さん」

何気ない言葉に、すっぱりと指先を切った時みたいな痛みを覚えた。
分かってる。私が勝手に傷ついてるだけ。
だから、それをみやに感じさせるのは違うって、分かってる。
あえておどけた風に返すと、みやの眉間に皺が寄った。

933 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 04:06:52.18 0

「ちゃんときいてよ」
「聞いてる」

背筋をまっすぐに座り直すと、みやは納得したのか会話を再開する。

「だからさぁ、たぶん今の人とケッコンするんだろうなーっておもうんだけど」
「待って。みや、それ……まだ、言ってないの?」

まさか、と思ってそうっと聞いてみたら、頬をぽりぽりと掻きながらみやは頷いた。
向こうは結婚前提だって思ってないかもしれないじゃん。
遊びだったらどうするの? ねえ、みや。

「まず、ちゃんと言うところからじゃない?」
「やっぱりー?」
「いや、そうでしょ。普通に考えて」

だよねーって言うみやは、あくまで軽いノリ。
こんな話を私にして、どうしたいんだろう。
ゆるりと形を変える唇の赤に目を奪われそうになって、思わず視線をそらした。
そんな私に気づいているのかいないのか、追い打ちをかけるようにみやの声が響く。

「ツグさんには、はじめにいっときたくて」
「その呼び方やめてって何度も言ってるんですけどー」
「はは、ごめんごめん。そーだった」

ほんのりと頬を染めながら、みやが許してにゃんとか言いながら雑に他人のネタをパクる。
それでもちゃんと肉球を模した親指は忘れないんだから、憎めないなあなんて思ってしまったりして。

「ま、でも。マジで信頼してるから、もものことは」

なのに、まばたきほどの時間で空気を変えてしまうんだから、かなわない。
真剣な眼差しにまっすぐ貫かれて、息が詰まる。
今度は、目をそらせなかった——そらしちゃ、いけない気がした。
その代わりに、ちょっとだけいつもよりまばたきが多くなっちゃったのは許してほしい。

「ありがと、ちょっとすっきりした」
「ならいいけどさあ」

本当に、良い人なの?
踏み込みそうになるのを、すんでのところで思い止まった。
みやが選んだ人について、とやかく言う権利を私はもう持っていない。

違う、軽率に足を踏み入れて、今のちょうど良いバランスを壊してしまうのが怖いだけ。
一番の友人として、たまにこうして一緒にご飯に行くような関係さえも、失ってしまうのが怖いだけ。

ずるいなあ、私。
クレジットカードのサインをしているみやを横目に、ちょっとだけ泣きそうになったのは内緒。

934 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/02(金) 04:07:47.81 0


お会計を済ませてのれんをくぐると、むわっとした熱気が肌に絡みついた。
最寄り駅まで送る、とかなんとか言ってたけど、どう見たってみやの方が覚束ない。
仕方ない、タクシー拾おうかな。
大通りまで出てから道路に視線を走らせていると、ふと服の裾に違和感を覚えた。

「どうしたの、みやびちゃん」
「なんでもないけどぉ……ちょっと、のみすぎた」
「そーだね」
「ももはぁ、なんでよってないの?」
「酔ってる酔ってる」

みやほどじゃないにせよ、私だっていつもより少しペースは速かった。
だって、みやがそういう話題ふってくるから。

「うち、あるいてかえろーかな」
「え? 駅まで結構あるよ?」
「んー、でもくるときあるいてきた」
「そりゃ酔ってなかったから……」

みやの表情が、どんどんと幼い子どもが拗ねた時みたいに変わっていく。
いつものめんどくさいパターンだって察したけど、もう遅かった。
ぷく、と頬を膨らませて、みやは駅まで歩くの一点張り。
もう少し前の段階なら説得のしようもあったんだけど、こうなったら仕方がない。

「あーもう分かった。歩こ」
「わあい、もも、すきぃ」
「ちょっと、ほら前向いて歩いて」

抱きしめようと寄りかかってくるみやの腕を引き剥がし、強制的に方向を変える。
たったそれだけのことに、少しだけ呼吸が乱れているのが我ながらおかしかった。
少しでも遅かったら、もしかしたらそのまま、口付けていたかもしれない。
ふわりと鼻に抜ける、アルコールと甘い匂い。
不意にむせそうになったのは、深呼吸でごまかした。

何か話したいことでもあったのかと思ったけど、みやは無言のまま。
私も大して言いたいことがあるわけではなかったから、結果的に二人で並んで黙々と歩いた。
みやがなんで歩きたかったのかは全然分からないけれど、頬や首を撫でる夜風は悪くなかった。
付かず離れずの距離を保ちながら駅に着くと、みやはいつもと違うホームへと向かっていく。
ああ、と察したけれど、その背中に何かかける言葉を持っているわけでもなくて。
前なら気兼ねなく呼べた名前さえ、今は喉の奥につっかかって出てこない。
ふわりとみやが振り返るのが見えて、みやの瞳は確かに私を映した、と思う。

「またねー、もも」
「ん、バイバイ」

呑気に手を振るみやを、エスカレーターはするすると連れ去ってしまった。
唇に残る余韻をさっさと忘れ去りたくて、唇を乱暴に手の甲で拭う。
かさついた唇が小さくひび割れて、わずかな鉄の味が口の中に広がった。


おわり

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