道重さんがおかしい。

いつものように稽古場に入って挨拶をした。
みんながこちらを向いて挨拶してくれる中、いつもなら道重さんは私にしか見せないような
素敵な笑顔を投げかけてくれるのだが

「・・・あ、おはよ」

『素っ気無い』という日本語はまさにこのことなんだろうと言わんばかりの態度。

最初は「もしかしてあの日?」かとも思った。
確か道重さんは重いほうだともいつかこぼしてたことがある。
でも稽古は熱心にやっているし休憩中は他のメンバーとも楽しげに談笑している。
そう、いつも通り。
いつもと違うのは私への態度だけ。
なんで?どうして?もやもやしたものが残ったまま時間だけが過ぎていった。

ちょっと長めの休憩に入った。
各々がそれぞれ散らばっていく。私はもちろんあの人を目で追う。

「あ、あの・・・」

廊下で思いきって声を掛けた。
でもその人はもちろんいつものような笑顔ではなく
まるでなるべく感情を出さないようにしてるかのような顔で

「なに?」

「こ、ここの部分をどうしたらいいかなと思って・・・」

台本を指しながら言う。すると

「・・・愛ちゃんに訊いてみたら?」

そう言ってスタスタと去ってしまった。
愛ちゃん?高橋さん?


あーやっちゃったー!
せっかくリンリンのほうから話しかけてきてくれたのに。

わかってる。今日のさゆみがリンリンにしてること。
ひどい、冷たい、おとなげない。
でも、自分でもコントロールできない

リンリンのブログ。
なにが書いてあるかは正直言って全然わかんないけど
そこに載っている写真だけでももう説明不要で。

一緒にご飯食べて、愛ちゃんの家でお風呂に入ってパジャマを借りて、
夜中の3時にぴったり寄り添った2ショットに朝の11時の寝ぼけまなこの2ショット、
それなんて恋人同士?

わかってる。愛ちゃんとリンリンがそんなんじゃないってこと。
リンリンは愛ちゃんのことを本当に尊敬してて心から頼っていて
愛ちゃんはリンリンのことを自分を慕ってくれるかわいい後輩、妹。
だからさゆみが思うようなことなんてなにも起きてないのはわかってるのに。

でもやっぱり不安になる。
リンリンは歌がうまい。そりゃもう超うまい。
さゆみなんかの何百倍、何千倍もうまい。

で、愛ちゃんももちろんうまい。超うまい。
さゆみなんかが語るのもおこがましいくらいうまい。
だからリンリンが愛ちゃんに歌のことでいろいろと相談したりしてるのをよく見かける。
それをさゆみは遠くから見てるだけ。

自分の歌唱力については今更ながら重々承知していて
これも個性だよねなんて開き直ったりもしてるけど
こんな時ばかりは少し恨めしくもなる。
大好きな人の力になれない自分が。

そして嫉妬する。
大好きな人の力になれるあの人に。

愛ちゃんはさゆみから見ても本当に素敵な女性(ひと)。
可愛くて、ちょっと天然で、カミカミだけれど
時にはすごくセクシーで、オトナっぽくて、めちゃめちゃ色気があって
スタイルもよくて、歌もダンスも抜群、まさに完璧を画に描いたような人。
さゆみだってすごく憧れるしリンリンが懐くのも充分わかる。

だから怖い。いつかリンリンを取られちゃうんじゃないかって。
さっきも言ったように今は愛ちゃんとリンリンはそんな関係じゃない。

今は。

この先どうなるかなんてわからない。
さゆみとリンリンだって、最初に出会った時にこうなるなんて全く思ってなかった。
・・・こんなに好きになるなんて。

廊下の奥を曲がると人気のない階段があった。
こんなところあったんだ。
少し降りて、階段に腰を掛ける。

これからどうしよう。いつまでもこんな態度じゃまずい。
敏感なメンバーならそろそろ異変に気づくかも知れないし
なによりさゆみ自身がつらい。
あの娘の笑顔が見たい。あの娘を笑顔で見たい。
どうしたらいいかわからず溜め息をついた。

「どしたん?」

後ろから掛けられた声。ちょっと訛ったかわいい声。
いつもなら反射的に振り返ったであろう声になぜか体は動かなかった。
さっきまで心の中で嫉妬してた相手だったから。

「ここいい?」

返事もできずに黙りこくる。もちろんイヤだなんて思ってるわけじゃないけど。
そんなさゆみの気持ちも全部わかったようにその人はそっとさゆみの隣に座った。

「リンリンとなんかあった?」

ずばっと本題を切り出された。でも、言えない。
さっきまでリンリンとあなたの間に嫉妬してたなんて。
それも、自分がわからなくなるくらいに。

「・・・昨日ね、リンリンがうちに泊まりに来て」

体がビクッと硬直するような感覚を覚えた。
聞きたい、けど聞くのが怖い。

「・・・もうさゆのことばっか話しててさー」

えっ?
顔を見上げてようやくその人の顔を見た。

「『この前道重サンがですねー』『道重サンはあれが好きでー』『道重サンだったらー』
もう耳にタコができちゃったよ(笑)」

やさしい笑顔でさゆみに微笑みかける。
今のさゆみは一体どんな顔をしてるのだろう。

「もしかしてさ、あっしとリンリンでなんかへんな想像してたやろ?」
「・・・うん」

人間、図星を突かれた時ほどこっぱずかしいことはなくて。
今のさゆみはすごくカッコ悪い顔をしてるんだなというのはよくわかった。

「そんなわけないやんかー!(笑)リンリンはさゆさゆうるさいってのに」

バシッと背中を叩かれる。さっきまでの胸の痛みに比べればなんてことのない感触。

「リンリンすごい戸惑ってたよ。はよ謝ってき」

言われると同時に立ち上がった。階段を登りきって振り返る。

「ありがとう愛ちゃん!」

彼女が手を振るのを視界の端で感じながら愛しい人の元へ走った。

走り回って見つけた。
まるでさっきさゆみが身を置いていたような人気のない廊下の角、
自動販売機の隣りのベンチにその人は座っていた。
さっきまでのさゆみと同じ気持ちを味わわせたのかと思うと。
ゆっくりと近づく、その人はまだ気づかない。

「リンリン」

パッと顔を上げた。
でもいつものようなニコニコの笑顔じゃなくてすぐに曇らせた顔を伏せる。
これも全部さゆみのせいだよね。

「リンリン・・・あの・・・ごめ」
「ゴメンナサイ道重サン!」

ええっ!?いきなりなに?立ち上がって真剣にこっちを見てくる。

「愛ちゃんから聞きました。私のブログのせいで道重サンを怒らせちゃったみたいで。
そんなつもりじゃなかったのに。本当にゴメンナサイ。」

一方的にまくしたてられる。そんな、悪いのは全部さゆみなのに。

「違うの!さゆみが悪いの!さゆみが全部・・・」
「道重サンは悪くないです!私が悪いんです!」
「ううん、さゆみのせいだから!ほんとリンリンは全然悪くないから!」

この後しばらく「どっちが悪かったか問答」が続くも根気強く粘ったことにより
最終的にはなんとかリンリンも引いてくれた。

「ホントにごめんね。勝手な思い込みでリンリンを傷つけちゃって」

今日リンリンが受けた傷を思うと心が痛む。
できることなら昨日からやり直したい。

「でも・・・嬉しかったデス」

え?今なんて言った?もしかして言葉の使い方を間違ってる?
でも今のリンリンは下手するとさゆみよりも日本語を知ってるくらいだし。

「道重サンはヤキモチを焼いてくれたんですよね。
それって、私は道重サンに愛されてるってことですよね?」

───あ

いや、それは確かにその通りだし、その通りなんだけど、
いざそれをその対象相手から面と向かって言われると、なんだかすっごく恥ずかしくて
半ばそれを紛らわせるためにギュッと抱きしめた。

私の腕にすっぽり収まる小さな体。
私の胸にすっぽり収まるかわいい顔。
小柄な子が多い娘。の中でちょっと大きめの自分があまり好きじゃなかった時もあったけど
今はそれに感謝している。

「そうだよ、リンリンはさゆみにすっごい愛されてるんだからね」

少し体を離して顔を見下ろす。

「だから・・・ずっとそばにいてね」

リンリンの顎に手を添えて上に向ける。彼女の口から出かかった返事はさゆみの唇でかき消された。


6さゆみん 430-432

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