最終更新:ID:r/v4sLJ9cw 2013年09月29日(日) 21:10:52履歴
294 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:38:56.15 0 生田が恒星間移民船で旅立ってから3年、私は心にあいた大きな穴を埋めることが できずにいた。なぜ彼女は私を置いていってしまったのだろう。 「おい、道重聞いとんのか」 しゃがれた声がスタジオに響く。私は声の方向に視線を向けた。 たくさんのチューブやケーブルに繋がれた脳みそが、薄く青みがかった液体に 満たされたタンクの中に浮いている。 「さんまさん、すいません」 さんまさんは4回目のアンチエイジング処置に失敗して肉体を失ってしまった。 今は脳だけの姿になり、適合する肉体が見つかるのを待っている。 「おまえレギュラーになってもう50年以上経っとんのやからしっかりせんと」 「そうや、しっかりせんとあかんで」 耳障りな機械音を響かせてショージさんがそれに相槌を打つ。 ショージさんは経済的事情からアンチエイジング処置を受けられず、中古の 機械の体にソフトウェア化した意識をダウンロードしている。 少し身動きするたびに金属が擦れる音がして、それが私を軽くいらだたせた。 最近では話す内容が支離滅裂になることがあり、意識のコピーに失敗したんじゃ ないかと私は密かに疑っている。 295 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:41:34.76 0 幸運にも私はアンチエイジング処置がうまくいき、70を過ぎた今でも20代の 見た目を保つことができている。そしていまだモーニング娘。のリーダーとして 活動中だ。 モーニング娘。はこれまでにたくさんのメンバーの加入や卒業を重ね、先日 第28期が加入したばかりだ。 卒業後のメンバーの中には、私のように芸能界で仕事を続けている者もいれば、 家庭に入って肉体人としての人生をまっとうした者や、肉体を捨てソフトウェアの 世界に生きる者、そして生田のように新たな世界を求めて旅立った者もいた。 その日、ヤンタンの仕事を終え帰宅した私は、ソファに体を沈め、もう何度も 頭の中で再生され脳裏に焼き付いたあのニュース映像のことを思い返していた。 それはあまりに残酷なニュースだった。 生田が旅立ってから2年後、移民船に巨大な隕石が衝突して、5,000を超える人を 乗せた巨大な船が一瞬にして宇宙の塵となったのだ。 移民船はこの時すでに光速の90%以上の速度で飛んでいて、地球とはだいぶ距離が 離れたところにいたのだが、このニュースは量子の性質を使った超光速通信によって、 タイムラグなしに地球へ伝えられた。 生存者ゼロ、ニュースが伝えたのは非情な数字だった。 「生田、寂しいよ」 私はそう呟いて両手で顔を覆った。 296 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:43:45.90 0 『3件のメッセージを受信。うち2件はビジュアルメールです』 部屋を管理するコンピューターがメッセージを読み上げた。 1件目はマネージャーからの来週のスケジュールについてのテキストメールで、 内容を確認して首筋に埋め込まれているメモリーに転送した。 これでスケジュール通りに行動ができるようになるだろう。 2件目のビジュアルメールはお姉ちゃんからのもので、飼っている猫を 二人羽織のようにしてカメラに向かって何かを話しかけていた。 よく聞き取れなかったが、バイトを首になってヒマになったから今度家に 遊びに行くとかそんな内容だったと思う。 ぼんやりとそのメールを眺めていると、3件目のビジュアルメールがスクリーンに 投影された。そこに映し出された姿を見て、私は声を出すこともできずただ ぼんやりと口を開けていた。 一瞬の痴ほう状態から回復した私は、あらん限りの声を出して彼女の名前を呼んだ。 「生田!」 画面上の生田はとても楽しそうに笑っていた。 297 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:46:10.47 0 「コンピューター、相互通信に切り替えて」 『これはロックされた一方向通信です。相互通信は不可能です』 コンピューターの音声が私の頭の中に直接響いた。 そしてこちらの動揺に構うことなく、画面の中の生田が話しはじめた。 「道重さ〜ん、元気ですか? エリは楽しくやってますよ。ちなみにこの メッセージは通常通信で送ってます。超光速通信は高すぎて目的地に着くまでに 破産しちゃいますから」 生田はいたずらっぽく笑った。 「だからこれを道重さんが見るのはずっと後のことですね」 通常通信は地球に届くまでに大きなタイムラグが生じる。つまりこれは過去からの メッセージだった。 「なんで道重さんに相談せずに行ってしまったか、ずっと説明しようと思ってました。 でもできなくて……。今こうして一人宇宙船に乗って、ようやく気持ちを整理することが できました」 生田は意を決したように軽く頷くと、口を開いた。 「エリは道重さんの気持ちに気づいてました。だけどどうしてもそれに応えることが できなくて……逃げ出しました。でも一人になってはじめて自分の本当の気持ちが わかったんです」 298 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:49:36.16 0 「私は別の惑星でもアイドルを続けるつもりです。そしてそこで成功することが できたら、地球に戻ってこの気持ちを伝えます。だからそれまで生きていて くださいね。私絶対帰ってきますから」 その時、船内に警報が鳴り響き、警告のメッセージが至るところから流れ出した。 生田は怯えたような顔つきで周囲を見回している。 「船に何かトラブルがあったみたいです。また連絡しますね」 生田は右手を広げて顔の横に持ってきて、昔と何も変わらない笑顔で言った。 「はい、宇宙一のアイドルを目指してる生田でした。バイバイ」 画面がノイズに変わりビジュアルメールはそこで終わっていた。 私はソファに横になり、天井をぼんやり眺めた。自然と涙があふれ、こめかみを 伝って落ちた。 バカ、何が「それまで生きていてください」よ。あんたの方こそ……。 最期の瞬間、きっと生田ははじめて会った時のようなこわばった顔で、虚空を 見つめていただろう。その姿を思い浮かべると、たまらなく胸が苦しくなった。 その時、自動調理器が料理の完成を知らせる電子音を鳴らした。 なんだろう、スイッチは入れていなかったはずだけど……。そう思いながら 台所へ向かうと、自動調理器のディスプレイにメッセージが表示されていた。 『道重さんのコンピューターにアクセスしてちょっといたずらしちゃいました。 帰ってきたらまた一緒に行きましょうね』 自動調理器を開けると、そこにはスパゲッティーが入っていた。 私は子どもみたいに大きな声で泣いた。
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