考査委員に対するヒアリングより

司法試験委員会会議(第29, 30回)において行われた 新司法試験考査委員に対するヒアリングの概要より,目に付いた記述を抜粋(太字,下線は私が施したもの)――
詳しくは原文を参照:
 新司法試験考査委員(公法系科目)に対するヒアリング
 新司法試験考査委員(民事系科目)に対するヒアリング
 新司法試験考査委員(刑事系科目)に対するヒアリング

公法系

(第1問 憲法)
  • 憲法の論文問題で問うている最も核心的問題をきちんととらえ,論じている答案が1通もなかった。今回の論文問題の基礎には,「自由とは何か」という極めて根本的な事柄に関する問いがある。それをとらえた上で,個別・具体に検討する答案が,私が採点したものの中にはなかった。
  • 受験生が問題を解く時間との関係で資料の分量が多かったのではないかとは思っており,この点は来年に向けた反省点である。
  • 予備校や受験にかかわる雑誌では,採点者からすると優秀答案(模範答案)とはいえない,合格者が書いた再現答案が「優秀答案」として扱われる。受験生は,それを「模範答案」として暗記する。こうして,優秀とはいえない答案が,しかもパターン化して蔓延することになる。
  • 今回の出題は,豊富な資料を提供して事実の分析を求め,憲法規範の的確な理解のもとに,何が問題となるのかを把握し,その問題に関係する事実を資料から抽出した上で,複眼的な立場から憲法規範を当てはめることが出来るかどうかを問う問題であったが,こういった事実の分析や抽出が十分出来ておらず,表現の自由の問題のようだということから,すぐ合憲性判断の基準といった解釈についての記述に飛んでしまう答案が多く,採点者から見ると,法律実務に重要な事実の分析や抽出が抜けているという印象を受けたのではないかと思われる。
  • 第1問の1では,依頼者の希望に応じてどういう訴訟を提起するか,を尋ねた。
  • 第1問の2の部分,つまり憲法論としての核心的問題にかかわるところであるが,前述したように,十分にとらえられていなかった。教科書・概説書では,一般に,表現の自由の中で消極的自由という概念は説明がされていない。しかし,それは,自由論そのものの中で論じられる。強制からの自由と選択の自由である。
(第2問 行政法)
  • 今回の出題では,訴訟形態のことを訊いているので,出来るだけオーソドックスな訴訟で最大限の効果を上げるという極めて実務的な能力が不可欠である。そのためには行政事件訴訟法の条文をしっかりと理解すること,それから判例百選等の基本的な判例をきちんと読込むことなどに重点を置いてほしい。さらに,余裕があれば判例雑誌や裁判所のホームページで行政事件の最新の裁判例を読み,具体的に生起する事象に対する行政訴訟による対応を考察してほしい。
  • 資料の減量を指摘された委員がいた。ただし,実際には行政法の特質から,資料の減量はかなり困難ではないかという意見も一緒に述べている。
  • 行政法は,いわば,種々雑多な法令の中でどうやって筋を通してものを考えるかということもある。種々雑多な制度の仕組み全部を暗記せよということでは決してない。
  • 今回の問題は,実は判例があるが,行訴法の改正もあり,行政訴訟についての考え方もちょっと流動的になっているので,このような状況では他にも色んな可能性があるのではないかということをもう一度考えてもらいたいところであった。

民事系

(第1問 商法)
  • 設問1では一つ目の要件は問題ないが,二つ目,三つ目の要件が仮に備わらないとした場合に,やはり同じく株主総会の特別決議を要するかどうかということを問いかけているわけで,会社法が総会の特別決議を要するとしているのはなぜか,判例で3要件を立てているのはどういう趣旨かを少し掘り下げて考えてもらおうという問題である。
  • 設問1については,会社法上の事業譲渡の規定の適用の有無に関する判例の挙げる3要件を正確に挙げていない。2つしか挙げていない答案があったり,3要件を挙げていてもそれぞれの法的意義についての理解が十分でなく,問いに対する十分な解答となっていない答案が多かったということである。設問2については,出題に際して最も重視していた特別利害関係者による議決権行使が株主総会決議の瑕疵となるかという問題点について,そもそも気が付かない答案が極めて多かったことについて,各考査委員の印象が一致していた。
  • 判例がどういう問題を持って,存在しているのかというような問題について,実は考えてもらいたかったということである。
(第2問 民法・民事訴訟法)
  • 事例分析力,法的問題の発見能力,論理的思考力,法の解釈適用能力といった様々な能力を試すのにバランスのよい問題の出題を目指した。出題に際して特に留意したことは,事例に含まれる法的問題を自分の頭で,論理的整合性を持った形で検討する,あるいは,解決策を検討するという能力を試す問題とすることに努めたことである。
  • 問題としてはどの設問もおおむね基礎的な知識を論述の形式で解答すれば足りる部分と,それから事例に即してその場で考える力を試す部分とで構成されており,予想としては,前段の知識を問う部分は大体正しく書け,後段の事例に即して,その場で考える部分で点差が付くのではないかと予想していたが,実際に採点してみると,事例に即してその場で考える力,能力を示す答案は予想外に少なく,しかも,基礎知識の論述部分において誤っている答案が多かった。
  • 大大問形式を採用すれば一つの事例を複数の観点から多角的に分析する能力を試すことができるのではないか,あるいは,実体法と手続法とを関連付けて勉強することの重要性を認識させることができるのではないかという根拠から,暫くはこの形式の問題を作る努力を続けるべきであるとするのが多数意見であった。
  • 論理的な文章を書く力を身に付けるような教育,あるいは,勉強方法が望まれる。
  • 設問2や設問4をいわゆる一行問題に構成しなおして,一般論,抽象論に終始する答案も少なからず見られた。問題に対する批評でも,一行問題であるとする意見,批評もあったが,そのようなとらえ方しかできない,あるいは,そのようなとらえ方をしてしまうこと自体が問題ではないかというのが考査委員の意見である。
  • 今回は考える要件事実論を出したという評価もなされており,私どもとしてはそういう方向で,今回の出題の理解をいただきたいという趣旨で出題及び採点に当たった。
  • 出題の趣旨としては,その特別法を暗記していなければならないことを求める趣旨ではない。試験用六法にもこの法律は登載されているので,実務家として,この法律を勉強していることがもちろん望まれるが,仮にそれを知らなかったとしても,法文を参照して,それを当てはめて対抗問題の基本的な処理をしてもらうことを主眼として出題したものであり,採点もそのような観点から行っている。
  • 長文の事例を素早く読む能力を育んでいただいて,更には法的文章を書く能力を付けるための教育がまだ必ずしも十分ではないという印象を受けるので,そういった点に力を尽くしていただきたいと考えている。
  • 主張立証責任の分配などについて基礎的な記述がなされていないものが見られた。
  • 民事系大大問の一部の設問については特定の研究者委員が作題したのではないかという風聞,風評がまことしやかに言われているような感じがある。しかしながら,そのような理解は誤りであり,(中略)そのようなことにならないように作題する側も工夫をしているので,その点は強調して申し上げておきたい。
  • (短答式について)法文参照不可で実施するという現在の統一的なやり方を前提に作題するときは,条文を見なくても実務家であればこういった事項は理解して,六法を開くまでもなく動けるようでなければいけないという基礎的事項を出題している。
  • 判例に盲従せよと言っているのではなくて,実務家として判例を批判し,それに抗うのであればなおさらのこと,判例の正確な理解がなければいけないはずで,判例を知らない人が最高裁判例はおかしいと言ってみても仕方がない。したがって,判例の理解を短答式試験で問うこと自体はそれ程おかしなことではないと考えている。
  • 主として考える力というものは論文式で見ることにして,短答式では基礎的な知識を幅広く持っているかどうかを訊くことになっている。
  • 実体法の理解と十分に有機的に関連させた要件事実論を展開してほしいと私どもは思っていたが,実際に出てきた答案の出来は,ばらついていた。

刑事系

(第1問 刑法)
  • 今回の出題では,法的問題を,具体的な事実に即して,あくまでも具体的に検討することができるかどうかを問うており,旧司法試験とはこの点で極めて重要な相違がある。
  • 法的な問題を抽出した後,要件の具体的な検討に当たり,具体的な事実に一応言及してはいるものの,事実に触れたという程度にとどまり,具体的な事実の持つ意味を吟味して論じるレベルまでには至っていない答案が相当数認められた。
  • 刑法の基本的な理解や論述における構成力の不足が見られることである。問題文から抽出された問題相互間の論理的な関係が十分に把握されておらず,問題点ごとに結論が述べられているに過ぎない答案が目に付いた。
  • 新司法試験の趣旨に照らし,今回の問題は,方向性としては正しかったと考えており,今後もこのような方向性の出題をしていきたいと思っている。ただ,問題文の具体的な作成の仕方や,問題点の提示の仕方については,なお工夫の余地があるのではないかと考えている。
(第2問 刑事訴訟法)
  • 刑事手続の中でも重要な事項である「犯罪の捜査」と「証拠」に関する具体的な長文の事例を設定して,そこで生起する刑事訴訟法上の問題点を抽出,分析させて,問題の解決に必要な法律の解釈,法律の解釈・適用にとって重要な具体的な事実の分析と評価,さらに,それをあてはめて具体的な結論に至る過程を論述させ,これによって,刑事訴訟法及び関係法令の解釈に関する学識と適用能力,論理的思考能力を試そうとしたものである。
  • 共謀を立証する場合にこのメモをどのように使うことができるか,その使い方―要証事実・立証事項の設定の仕方―によって基本的なルールである伝聞法則との関係はどうなるかを具体的に訊いた問題である。
  • いずれの問題についても,単に法解釈論の要件の存否を抽象的に論じるのではなく,事例の中に現れた具体的な事実関係を指摘して,それらの事実関係がどの要件の存在を基礎付けているのかを的確に論じてほしい,そういう趣旨で出題したものである。
  • 判例の行っている法解釈の位置付け,意味内容の具体的な理解にまで及ぶような答案,いかなる論理で条文に規定のない所持品検査が許される場合があると説明できるのかという点,あるいは,許される場合に,判例がいう必要性とか緊急性とか法益の均衡といった要件が要求されている理由は何かといった点についてまで判例の論理を内在的に理解して,その上で具体的な事例の当てはめを丁寧に行うというような極めて優れた答案も散見されたものの,他方で判例の用語の抽象的な文言を単に記述するだけで,事実に対する十分な検討やなぜそのような法解釈が導かれるのかについて十分な説明が欠如している答案も比較的多かった
  • 捜索と差押という別個の強制処分をきちんと分けて考え,それぞれについて制度趣旨から首尾一貫した論述によって,条文の言葉である「逮捕の現場」,あるいは,「必要があるとき」といった文言を解釈して具体的事例を当てはめて結論を導くという,法律家として最も基本的な作業が不十分な答案も見受けられた。このような不適切な答案例からは,本来,すべての出発点になるべき刑事訴訟法という法律,法領域の体系的な理解,あるいは,確固たる理論的基礎に向けた教育が不十分なのではないかという疑問が生じる。ある条文の理論的,体系的意味や制度の趣旨に立ち返った真の意味での法解釈の筋道を考えて理解させることなく,説の対立の結論部分や,表面的で不十分な説明のみを平面的,並列的に憶え込みさえすればよいという悪しき学習,―これは従来の旧試験で認められたところであるが,―そういう悪しき学習の弱点が露呈しているのではないか。
  • このような出題の仕方を根本的に見直すべき特段の点はないと考えている。なお,短答式試験についても,今般の刑事手続法に関する基礎的・体系的な知識と理解の有無を問うという基本方針を変えることなく適切な出題に努力したいと考えている。
2006年12月16日(土) 07:25:37 Modified by streitgegenstand




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