自分も以前はそう考えていた

■とつげき東北


「間違っていた自分の過去の考え」と相手の「考え」とを何の関係もなく結びつけ、それとなく相手の現状への共感を表明しながらも、その状況を乗り越えた存在としての「間違いに気づいた、成長した自分」を作り出しすことで、「君は間違っている。自分は正しい」という印象を強いるために用いる言葉。→成長?
「過去の自分」から「現在の自分」に至るまでには、当然のように経験や知識の増加という現象があったのだ、と暗に意味することで、相手の成長願望をも刺激し、自分に都合の良い方へと誘惑することができる。
 その場の共感や感動を大切にし、知性をないがしろにする数多くの人間に対してきわめて有効な「話術」であるがゆえに、論理的な会話や知的議論ができない者たち、とりわけ冗長な人生を歩むことを余儀なくされた人によって多用される。→経験

 ところが、優秀な科学者もまた年老いて神秘主義者になることがあるように、必ずしも「後の判断」が「以前の判断」に勝るとは限らぬ。その場その場の出会いや経験によって考え方がコロコロ変化する人であれば、新しい自分の判断がいつでも昔の自分のそれを否定するのだろうが、真理をひたすらに愛し積み重ねるタイプの人は、時間がたつにつれて容赦なく生じてくる世間的風潮や常識への無意識的迎合と、否定しがたく立ちはだかる蒙昧さへの誘惑に、せめて敏感でありたいと願うであろう。数学においてさえ、何度も何度も見直して正解を確信していたのに(そして実際に正解だったのに)、ある瞬間ふとした錯誤によって「自分の間違いに気づき」、それまでの答えを放棄してしまうといった経験は誰しもしたはずだ。いくら「以前はそう考えていた」としても、「今は違う考えになった」としても、今の考えが正しいかどうかは、それだけからは言えないのだ。

 筆者の両親はマルチ商法にだまされ続けるだけでは飽き足らず、フランスやベルギーで「危険な宗教」として法的に禁じられている宗教に老年になって入っておきながら、「私も以前は宗教などばかばかしいと思っていた」などと臆面もなく口にする。強いてこの事態に正誤をつけなければならないとするならば、やはり、過去の彼らや現在の筆者が間違っているというよりは、現在の彼らが間違っているのである。

「考え」が変化したきっかけについて問うと、失笑を禁じえない回答がくる場合もある。筆者の母親は、筆者の姉が公務員になったとき、「公務員は楽している、という見方を変えなければいけない」と筆者に語っていた。姉が公務員になったからといって、公務員が楽しているかどうかが変わるわけではない。単純に母親にとっての不都合から、彼女が今まで持っていた思い込みを、別の怪しげな思い込みに変更しただけという愚昧さである。彼女はおそらく、「私も以前は公務員は楽だと考えていた」と吹聴するであろう。
 こうしたものが、彼らの言う「自分も以前はそう考えていた」の本質に他ならない。その程度の浅薄な「考え」が変わろうが変わるまいが、私たちと何の関係があろうか。

 また、「以前はそう考えていた」ということ自体が疑わしい場合も多い。
 優れた判断力や知識を有する人間と「同じ」判断を、過去のそうでない人々が本当にできていたのだろうか。
 皮肉を返すなら「私も一流大学に入るまではそう考えていた」「私もフーコーを読むまではそう考えていた。君もフーコーを読みなさい」などがある。
2006年01月01日(日) 03:47:09 Modified by totutohoku




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