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【定義】

大人が覚知するべき八種の法門を指しており、八念ともいう。日本曹洞宗でも枕経などで読誦する『仏垂般涅槃略説教誡経(遺教経)』では、釈尊最後の説法であるとされて詳しく説かれている。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では95巻、12巻本では12巻。建長5年(1253)1月6日に永平寺にて書かれた。

【内容】

 遺教経』では、「八大人覚」として以下の項目を挙げている。

1・少欲(欲をわずかにす)
2・知足(足るを知る)
3・楽寂静寂静を楽[ねが]う)
4・勤精進精進を勤める)
5・不忘念(念を忘れず)
6・修禅定禅定を修める)
7・修智慧智慧を修める)
8・不戯論戯論せず)

なお、八大人覚(八念)の概念自体は、別の経典(『長阿含経』『阿那律八念経』等多数)にも見ることが出来るが、その内容は、それぞれ相違する場合がある。
謂わく八大人覚は、道、当に少欲なるべし。多欲は道に非ず。道、当に知足なるべし。厭きること無くんば道に非ず。道、当に閑静なるべし。衆を楽うは道に非ず。道、当に自守なるべし。戯笑は道に非ず。道、当に精進なるべし。懈怠は道に非ず。道、当に専念なるべし。多忘は道に非ず。道、当に定意なるべし。意乱るるは道に非ず。道、当に智慧なるべし。愚痴は道に非ず。 『長阿含経』巻9

道元禅師は、釈尊が最後に「八大人覚」を説かれたことを意識しながら、自らにとっても最後の『正法眼蔵』となる「八大人覚」巻を最晩年に、事実上最後の『正法眼蔵』として書かれている。涅槃に至るために守るべき八種の徳目を『仏遺教経』から引用し、さらに『大乗義章』巻13「八大人覚義」をもって説明を加えている。なお、一々の徳目を説き終わった道元禅師は、これが仏陀の教法として、縦横無尽に働くことを意識して、「八」という数字にすら把われないことを示す。
これ八大人覚なり。一一各具八、すなはち六十四あるべし。ひろくするときは無量なるべし、略すれば六十四なり。

そして、釈尊が亡くなる時に説かれた最後の教法であり、最後の到達点であることを強調しながら、まさに仏となるべき衆生は、必ず「八大人覚」を修行し、無上菩提を得て、それを他の衆生のために説くべきであると示された。
いま習学して生生に増長し、かならず無上菩提にいたり、衆生のためにこれをとかんこと、釈迦牟尼仏にひとしくしてことなることなからん。

道元禅師の直弟子である懐弉禅師は、同巻の奥書にて、道元禅師を追慕する者は、必ずこの巻を書写し護持するべきであると説いた。
所以に此の御草等は、先師最後の教敕也。我等不幸にも一百巻の御草を拝見せざることは、尤も恨むる所也。若し、先師を恋慕し奉らん人は、必ず此の巻を書して之を護持すべし。此れ、釈尊最後の教敕、且つ、先師最後の遺教也。

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