越冬できたよ
最終更新：
hayashidada 2024年01月14日(日) 12:58:57履歴
先日ずんだ虫の巣が事実上、全滅した様子を皆さんにご覧いただきました。
どこでもかしこでも、ああした喜劇、もとい悲劇が起きているわけですが、にも関わらずずんだ虫は一向にその数を減らしません。
何故でしょうか。答えは簡単です。越冬に成功する個体もいるからです。
今回はまた別の越冬を試みる集団を見てみましょう。
どんよりとした雲が空を覆う、太平洋に面したそこは東北港。
押し寄せる波濤がコンクリートの地面を濡らし、屯す緑色の生き物の何匹かを攫っていきました。
「のだぁっ！？ た、たちゅけて……」
助けを求める声は波音に掻き消されて誰にも届きません。
船を繋ぎ止めるためのビットに乗っかったずんだ虫は険しい表情を作り、海の向こうを見ています。
冬の冷たい空気と共に押し寄せる荒波の向こうに、ずんだ虫は自分達の未来を夢想します。
「おさ……ほんとうにいくのだ？」
心配そうに声をかけてくるのは最近枝豆が生えてきたばかりの若者です。
その言葉に長、と呼ばれたずんだ虫は頷き返しました。
「ぼくたちがふゆさんをいきのびるにはうみをわたるしかないのだ」
どうやら渡り鳥の真似事をするつもりのようです。
「くしょにんげんがいっていたのだ。うみのむこうにはいつもなつさんのくにがあるんだって……そこはちじょーのらくえん、ぱらだいすっていうらしいのだ！」
サイパンあたりの話を聞きかじったのでしょう。
それを聞いたずんだ虫たちが活気づきます。
「すごいのだ、すごいのだ！」
「いつでもあったかいなんてさいこうなのだ！」
「きっとずんだもちもいっぱいたべれるのだ！」
「ぼくたちがすむにふさわしいのだ！ にほんなんておわこんなのだ！」
はっ。
「でも、そこまでとべるのだ？ すごくとおくないのだ？」
まだ理性が働く個体もいるようですね。不安そうに疑問を呈するとずんだ虫達は笑いだします。
「ぼくたちはそらのおうじゃずんだ（自主規制）なのだ！ そんなのよゆうにきまっているのだ！」
不用意な発言が混入したことをお詫びいたします。彼らずんだ虫は何かを勘違いしており自分をミッ◯ーマウスのような何かと思い込んでいる節があるのです。
それはそうと自称空の王者である彼らの最高速度は時速十キロ前後とされており、巡航速度に至っては一キロと目されています。王者の歩みは牛歩のごとく。まるで将棋ですね。
さて、そんな王様達が空へと飛び上がります。いよいよ常夏の島へ向けて旅立つ模様です。
１００匹にもなろうかというずんだ虫の群れが海上の空、クルーズ船もかくやという優雅さで飛び出すものだから、お見送りに来たカモメ達が祝福代わりに数匹のずんだ虫を捕食します。
「やめちぇ！ はなちて！」
「ぼくはぱらだいすにいくのだ！ こんなところでしぬようなうつわではないのだ！」
「た、たちゅけてえええええ！ ぱぱずーん！ ぼくのおなかのなかにはおちびが！ おちびちゃんがぁぁぁぁぁぁ！」
仲間たちに見送られ、旅立つ彼らに声は届きません。希望の未来へ瞳を輝かせる彼らには前しか見えないのだから……。
そして三十分が経ちました。
「まだつかないのだ？ ぼくはつかれたのだ」
早速不平不満を口にする不穏分子が現れます。気合が足りませんね。
「きっともうすぐなのだ！ がんばるのだ！」
「……しかたねーのだ。しまについたらずんだもちをいっぱいよこすのだ！」
「わかったのだ！ ぱらだいすにはみんなでたべてもたべても、なくならないくらいずんだもちがはえてるにちがいないのだ！」
長はそう言って励ますと、飛行速度を上げました。
今まで時速一キロだったところを二キロ程にギアを上げたのです。
「まってほしいのだ！」
「おさ、はやすぎなのだ！」
群れもそれに合わせて速度を上げます。
飛ぶのが上手くない、どんくさい個体が群れを逸れて少しずつ高度を落としていきます。
「つ……つかれたのだ……やすみたいのだ……ぎゃあっ！？」
海面に近づいたところを飛び跳ねた魚に捕まり海中に引きずり込まれます。
「ごぼ！ ごぼぼぼ……」
抵抗しようとしますが、もとより短い手足に加え不慣れな海中、失血と共に体温をみるみる奪われ成す術もありません。
暗い暗い海の底へ沈み込みながらずんだ虫の命脈は尽きました。
他の個体はそんな事知ったこっちゃなく飛行を続けています。
更に一時間後。
「ま……まだつかないのだ？」
「き、きっともうすぐ……もうすぐなのだ……」
ずんだ虫達はすっかり疲れ切っているようでした。
我々には飛行器官など存在しないので、どういう理屈で疲労がたまるのかは知りませんがそろそろ限界なのは間違いないようです。
「もう……だめ……ちゃ……」
ぼちゃんぼちゃんと仲間たちが落ちていきます。自らその身を差し出すずんだ虫の献身に、すぐに海の仲間たちが群がってパーティーが始まります。
気が付けば群れの数は半分以下になっています。
どうやら彼らの未来に暗雲が垂れ込んできたようですね。
「だめなのだ、おさ！ これいじょうはむりなのだ！ ひきかえすのだ！」
最初に疑問を呈した個体が箴言します。
「うるせーのだ！ せっかくここまできたのに、いまさらひきかえせねーのだ！ ぼくだけでもぱらだいすにたどりつくのだ！」
「おさ！」
すっかり意固地になった長が更に速度を上げます。
ついていけなくなった虫達は更に墜落していきます。
捕食されていく仲間たちを見て箴言した個体……若者が苦しげに眉をひそめます。
自分たちの計画性のなさのため死んでいく虫たち。
彼らを助ける力は彼らにはありません。
無力感に嘆いていると、大きな波が立ち、一隻の船が近付いてきます。
「おお！ やっぱり何か海面近くに魚が集まってるぞ！ 網で掬い上げろ！ 入れ食いだ！」
漁船と言うよりは個人所有のクルーザーのようです。人間たちが歓喜の声を上げて網や釣り竿を海に向かって放ちます。
狙いは当然魚です。虫を捕食するために海面近くに集まった魚たちが人間に捕まっていきます。
一緒に掬い上げられたずんだ虫は所々噛まれて欠損しており、それを見るなり嫌な顔をして躊躇いなくそのまま海に投げ捨てられている模様でした。
「しめたのだ……！」
若者ずんだ虫は人間の目を盗んで船に乗り込み、身を隠しました。
物陰に隠れて人心地つくと、長の飛んでいった空に目をやります。
長はまだそこにいました。風に逆らい必死に前へ前へと飛んでいきます。後ろで起きている惨状にはまるで気が付いていないようでした。
「とんでもねーおさだったのだ……あやうくぼくまでうみのもくずになるところだったのだ……」
一時間半に及ぶ長期飛行で疲れ切った体に睡魔が襲ってきます。
あっさりと意識を手放し、深い眠りにつくのでした。
微睡みの中で若者ずんだ虫は夢を見ます。
春頃の記憶です。集落の大人たちは少し大きくなった子供たちに餌集めを任せていて、若者ずんだ虫も大きくなったからと駆り出されていました。
へとへとになりながら帰ってみると大人たちはしきりに「へこへこぉ！へこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっつっつつっつつっつっ！」と気が狂ったように朝から晩まで盛り狂っていました。他にすることないんですかね。ないんでしょうね。
「ガキどもにごはんさんをまかせてへこりちらかすのさいこうすぎなのだ！」
反吐が出る発言ですね。
「ずんぽいいのおおおおおおおおおおおかしくなっつちゃうのだあああああああ！」
人類には早すぎる光景ですが、若者ずんだ虫はずんだ虫なのでその様子を物欲しそうに眺めていました。
「うらやましいのだ……。ぼくもへこりたいのだ……」
若者ずんだ虫はこれでなかなか優秀でした。餌を集める能力がそれなりに高かったので群れの中で重宝され、餌集めのエースとしてブラック労働に勤しんでおりました。
「ごくろうだったのだ。さがっていいのだ。さあ、へこへこのつづきなのだ！ ごはんさんたべながらのへこり、よすぎだろ！ なのだ！」
長の言葉に苛つきながら、いつか自分が集落を乗っ取る未来を夢見ます。
選り取り見取りのメスずんたち……人間から見たらどういう違いがあるのかさっぱり分からないメスを侍らせて、朝から晩までへこり続けるだけの毎日……。
「うふ、うふふふふ………」
おぞましい夢を見ながら気味の悪い笑みを浮かべていると、突然の痛みに目を覚まします。
「い……いちゃい！」
そこは半透明の籠の中でした。プラスチックで出来た世界に若者ずんだ虫は閉じ込められていたのです。
「い、いったいなにが……」
体を起こそうとして、腕が動かせないことに気が付きました。
腕だけではありません。足もです。
「う、うわああああああああ！？」
なんと、四肢が切断されていました。腕も足もなくなって、芋虫のような姿になっています。
四肢を失ったことで幻肢痛がずんだ虫を襲います。亡くしたものを求めて脳が信号を送り続けているのです。
「ぼ……ぼくのおてて……！ あんよさんもどこにいったのだ！？」
決して癒えることのない痛みに涙を浮かべ淀む視界、プラスチックケースの向こうにそれが見えました。
「く……くしょにんげん……！」
キッチンと思しき場所で包丁を片手に持った人間が談笑しながら魚を捌いています。
どうやらこのずんだ虫は眠りこけている間に捕まり処理されたようです。
「いやー。大漁、大漁！ ずんだ虫様々だな！」
「あんな害虫でも役に立つことがあるなんて、世の中無駄なもんは存在しねえって本当だったんだな」
ははは、と笑う彼らの姿にずんだ虫は無性に腹が立ってきます。自分はこんなひどい目にあっているのに何を楽しそうにしているのか。そういう理不尽に対する怒りでした。
「やい！ くしょにんげん！ ぼくをいったいどうするつもりなのだ！ さっさとかいほうするのだ！」
がなり立てる虫の声に人間たちは「おっ。起きたみたいだな」と気がついたようです。
「お前の仲間のおかげで大漁だわ。お前にもおすそ分けしてやるよ」
ほれ、と投げ出されたのは三枚下ろしにされた際に出た魚の骨です。それが頭に刺さって「いちゃい！」と喚きます。
「こんなものたべれるわけないのだ！ もぐもぐ……いちゃい！ ほねがささったのだ！」
ずんだ虫の貧弱な顎の力では魚の小骨一つ噛み砕けません。
その滑稽、もとい哀れな様子を見て気の毒に思った釣人はゲラゲラ笑いながらケースの中に手を突っ込んでずんだ虫をひっくり返します。
「に、にゃにをするつもりなのだ！ こわいことはやめるのだ！」
ひしひしと嫌な予感がしたのでしょう。顔を青くしながらずんだ虫が抗議します。
「大丈夫、大丈夫。折角生き残ったんだから、お前、子供を作らせてやるよ」
「え！？ へこへこさせてくれるのだ！？」
目を輝かせて身体を跳ねさせるずんだ虫です。とても気持ち悪いですね。
「はやくへこへこさせるのだ！ どんなメスがいるのだ！？」
「お客さん、そう慌てんなって……おーい、アレ持ってきてー」
「あいよー」
返事をした男が持ってきたのはハンガーと、それに吊るされた芋虫のような何かです。
「え……」
それはずんだ虫でした。若者ずんだ虫と同様に全て四肢を切り落とされた上で口に針を引っ掛けられて吊るされているようでした。
「おご……ごぉ……」
「……ろちて……ごろ……ち……て……」
「もう……いやちゃ……しにたいちゃ……」
とっても元気な様子のそいつらは全てメスの模様です。
尻からボロボロと白と緑色のこけしみたいな何かを次から次へと排泄しています。
それらはずんだ虫の未熟児のようでした。栄養状態が悪い母体が無理やり早産させられたことで体が出来上がってないのでしょう。
「きもちわるいのだ！ できそこないがずんちみてーにボロボロうまれてるのだ！ こんなメスとはへこりたくねーのだ！」
コンプライアンスという概念が存在しない世界に生きている生物特有の差別的発言ですね。ほとほと人類で良かったと思い知らされます。
さて、イヤイヤ期のように駄々をこねる若者ずんだ虫ですが釣人たちも鬼ではありません。
「心配しなくてもコイツらと交尾させたりしねーよ」
「ほんとうなのだ！？ はやくまともなメスをよういするのだ！ いますぐでいいのだ！」
性欲が爆発しすぎて思考能力がガタ落ちしています。多少はまともな個体に思えた若者ずんだ虫でしたが、所詮はずんだ虫。どんぐりの背比べ……いや、ずんだ虫のずんぽ比べですね。
さて、釣人はわめく若者ずんだ虫の股間に針を刺します。
「いちゃい！」
痛がりながらも股間から格納されていたずんたまが現れます。
ずんたまだけが。
「え……ぼくの……ずん……ぽ……？」
ずんぽは途中から切断されて輪切りになっていました。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！？？？！？！？！！？」
自分のずんぽが失われていたことを知り、絶叫する若者ずんだ虫。
釣人は耳を防ぎながら淡々と解説します。
「いやあ、思ったんだけどさ。お前らを増やすのに交尾させる必要ないなって。精液だけ金玉から採取してメスの腹ん中にぶち込めばいいじゃんって思ったんだよね」
股間に刺した針をずんたまに刺します。
針はチューブと繋がり、そのチューブはメスのアナルに繋がっていました。とても卑猥な光景ですね。
「かえせ！ ぼくのずんぽ！ ぼくのずんぽをかえすのだ！ ずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽ！！」
ずんたまを刺された痛みより、ずんぽを失った怒りが勝ったようで狂ったように喚きます。
「お前の手足と一緒に海に撒き餌としてばら撒いたわ」
それで捕まえた魚がこれな。と、とても立派な魚を見せてあげました。
「ずんぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！？」
ずんたまから精子がメスの腹の中へチューブ越しに送り込まれていきます。
世界で最もクリーンなへこへこによって新たな命が誕生する様子はとても感動的なものでした。
「お前のガキどもは撒き餌として使うことにするわ。これからも頑張って励んでくれ」
「ずんぽ、ずんぽ、ずんぽ、ずん……！？！？」
最後の仕上げとして舌を抜かれます。あまりの痛みに声にならない声でずんだ虫が最後の絶叫を上げます。
選り取り見取りのメスを相手に朝昼晩とへこるだけの毎日。
彼の望んだ未来が得られたというのに、彼は目から涙を流し続けました。水分不足が心配ですね。
かくして、このずんだ虫は人に飼われ、越冬を果たしました。
春を過ぎ、夏を迎え、秋が訪れ、冬が巡る。このずんだ虫は、そんな自然のサイクルを一つも気に掛ける必要がなくなったのです。
勝ち組だよ、やったね！
ところで、一人飛び続けていた長はどうなったのでしょうね。
見てみましょう。
群れを失い、一人飛び続けていた、長は夜を迎えてもなお、しぶとく生き残っていました。
「まっくらでどっちがどっちだかわからないのだ……でも、きっとぱらだいすはすぐそこなのだ！ がんばるのだ！」
奇跡的な確率で生き延びていた長ずんはまだ見ぬ楽園を求めて飛び続けます。
そこへたどり着けば、もはや食べ物や寝床、天敵に至るまでなんの心配もせずに老衰するまで生きられるはず……そう信じているのです。
しかし、それにも限界が来ました。飛行能力の限界を迎えた長はゆっくりと高度を落としていきます。
「だ……だめなのだ！ ぼくはらくえんにいくのだ！ そこでしぬまでへこりつづけなくてはならないのだ！」
一族の繁栄のために優秀な遺伝子を残す必要がある。そして優秀な遺伝子とは自分のような明晰な頭脳と屈強な肉体を持った運命に愛されるずんだ虫に他ならない。
その妄想から無意味な使命感を燃やし、何とか踏み止まろうとしますが、所詮はずんだ虫。
ついに墜落してしまいます。
「あいだっ」
長ずんが落ちたのは海上ではありませんでした。しっかりとした地面があったのです。
「も……もしかしてぱらだいすについたのだ！？」
おめでとう！ 長ずんは生き延びました。海を渡り、新たな土地へ辿り着いた長ずんの胸は成し遂げたという達成感で一杯になりました。
「やはりぼくはえらばれしずんだ（自主規制）なのだ！ おうにふさわしきうつわ！ さあ、メスたち！ おうのこだねをさずけるからあにゃるさんをこちらにむけるのだ！」
この世の春を謳歌せんと声高らかに宣言すると「にゃーお」と返事が返ってきました。
「え？」
呆けたような声と共に振り向くと、顔を鋭利な爪で引っかかれ血が吹き出します。
「いぢゃああい！？ ち、ちんのこうきなるかんばせがあぁぁぁぁぁぁ！？」
そこにいたのはお察しの通り猫でした。
猫は長ずんを転がして痛めつけて遊び始めました。
「や、やめ、やめりょおおお！ ちんをなんとこころえる！ ちんはこのほしのしはいしゃにしてばんぶつのそうぞうしゅたるぜったいしゃ……あ、やめ……ほんとそこだけはかんべんしてほし……ぎゃああああずんぽがあああ！」
夜闇に自称王者の悲鳴が響き渡ります。
しばらく弄ばれた後は美味しくいただかれることでしょう。
ところで日本からサイパンまで２４００キロです。
長ずんは夜闇を飛んでいる間に方向を失い日本に引き返していただけという話ですね。
どこでもかしこでも、ああした喜劇、もとい悲劇が起きているわけですが、にも関わらずずんだ虫は一向にその数を減らしません。
何故でしょうか。答えは簡単です。越冬に成功する個体もいるからです。
今回はまた別の越冬を試みる集団を見てみましょう。
どんよりとした雲が空を覆う、太平洋に面したそこは東北港。
押し寄せる波濤がコンクリートの地面を濡らし、屯す緑色の生き物の何匹かを攫っていきました。
「のだぁっ！？ た、たちゅけて……」
助けを求める声は波音に掻き消されて誰にも届きません。
船を繋ぎ止めるためのビットに乗っかったずんだ虫は険しい表情を作り、海の向こうを見ています。
冬の冷たい空気と共に押し寄せる荒波の向こうに、ずんだ虫は自分達の未来を夢想します。
「おさ……ほんとうにいくのだ？」
心配そうに声をかけてくるのは最近枝豆が生えてきたばかりの若者です。
その言葉に長、と呼ばれたずんだ虫は頷き返しました。
「ぼくたちがふゆさんをいきのびるにはうみをわたるしかないのだ」
どうやら渡り鳥の真似事をするつもりのようです。
「くしょにんげんがいっていたのだ。うみのむこうにはいつもなつさんのくにがあるんだって……そこはちじょーのらくえん、ぱらだいすっていうらしいのだ！」
サイパンあたりの話を聞きかじったのでしょう。
それを聞いたずんだ虫たちが活気づきます。
「すごいのだ、すごいのだ！」
「いつでもあったかいなんてさいこうなのだ！」
「きっとずんだもちもいっぱいたべれるのだ！」
「ぼくたちがすむにふさわしいのだ！ にほんなんておわこんなのだ！」
はっ。
「でも、そこまでとべるのだ？ すごくとおくないのだ？」
まだ理性が働く個体もいるようですね。不安そうに疑問を呈するとずんだ虫達は笑いだします。
「ぼくたちはそらのおうじゃずんだ（自主規制）なのだ！ そんなのよゆうにきまっているのだ！」
不用意な発言が混入したことをお詫びいたします。彼らずんだ虫は何かを勘違いしており自分をミッ◯ーマウスのような何かと思い込んでいる節があるのです。
それはそうと自称空の王者である彼らの最高速度は時速十キロ前後とされており、巡航速度に至っては一キロと目されています。王者の歩みは牛歩のごとく。まるで将棋ですね。
さて、そんな王様達が空へと飛び上がります。いよいよ常夏の島へ向けて旅立つ模様です。
１００匹にもなろうかというずんだ虫の群れが海上の空、クルーズ船もかくやという優雅さで飛び出すものだから、お見送りに来たカモメ達が祝福代わりに数匹のずんだ虫を捕食します。
「やめちぇ！ はなちて！」
「ぼくはぱらだいすにいくのだ！ こんなところでしぬようなうつわではないのだ！」
「た、たちゅけてえええええ！ ぱぱずーん！ ぼくのおなかのなかにはおちびが！ おちびちゃんがぁぁぁぁぁぁ！」
仲間たちに見送られ、旅立つ彼らに声は届きません。希望の未来へ瞳を輝かせる彼らには前しか見えないのだから……。
そして三十分が経ちました。
「まだつかないのだ？ ぼくはつかれたのだ」
早速不平不満を口にする不穏分子が現れます。気合が足りませんね。
「きっともうすぐなのだ！ がんばるのだ！」
「……しかたねーのだ。しまについたらずんだもちをいっぱいよこすのだ！」
「わかったのだ！ ぱらだいすにはみんなでたべてもたべても、なくならないくらいずんだもちがはえてるにちがいないのだ！」
長はそう言って励ますと、飛行速度を上げました。
今まで時速一キロだったところを二キロ程にギアを上げたのです。
「まってほしいのだ！」
「おさ、はやすぎなのだ！」
群れもそれに合わせて速度を上げます。
飛ぶのが上手くない、どんくさい個体が群れを逸れて少しずつ高度を落としていきます。
「つ……つかれたのだ……やすみたいのだ……ぎゃあっ！？」
海面に近づいたところを飛び跳ねた魚に捕まり海中に引きずり込まれます。
「ごぼ！ ごぼぼぼ……」
抵抗しようとしますが、もとより短い手足に加え不慣れな海中、失血と共に体温をみるみる奪われ成す術もありません。
暗い暗い海の底へ沈み込みながらずんだ虫の命脈は尽きました。
他の個体はそんな事知ったこっちゃなく飛行を続けています。
更に一時間後。
「ま……まだつかないのだ？」
「き、きっともうすぐ……もうすぐなのだ……」
ずんだ虫達はすっかり疲れ切っているようでした。
我々には飛行器官など存在しないので、どういう理屈で疲労がたまるのかは知りませんがそろそろ限界なのは間違いないようです。
「もう……だめ……ちゃ……」
ぼちゃんぼちゃんと仲間たちが落ちていきます。自らその身を差し出すずんだ虫の献身に、すぐに海の仲間たちが群がってパーティーが始まります。
気が付けば群れの数は半分以下になっています。
どうやら彼らの未来に暗雲が垂れ込んできたようですね。
「だめなのだ、おさ！ これいじょうはむりなのだ！ ひきかえすのだ！」
最初に疑問を呈した個体が箴言します。
「うるせーのだ！ せっかくここまできたのに、いまさらひきかえせねーのだ！ ぼくだけでもぱらだいすにたどりつくのだ！」
「おさ！」
すっかり意固地になった長が更に速度を上げます。
ついていけなくなった虫達は更に墜落していきます。
捕食されていく仲間たちを見て箴言した個体……若者が苦しげに眉をひそめます。
自分たちの計画性のなさのため死んでいく虫たち。
彼らを助ける力は彼らにはありません。
無力感に嘆いていると、大きな波が立ち、一隻の船が近付いてきます。
「おお！ やっぱり何か海面近くに魚が集まってるぞ！ 網で掬い上げろ！ 入れ食いだ！」
漁船と言うよりは個人所有のクルーザーのようです。人間たちが歓喜の声を上げて網や釣り竿を海に向かって放ちます。
狙いは当然魚です。虫を捕食するために海面近くに集まった魚たちが人間に捕まっていきます。
一緒に掬い上げられたずんだ虫は所々噛まれて欠損しており、それを見るなり嫌な顔をして躊躇いなくそのまま海に投げ捨てられている模様でした。
「しめたのだ……！」
若者ずんだ虫は人間の目を盗んで船に乗り込み、身を隠しました。
物陰に隠れて人心地つくと、長の飛んでいった空に目をやります。
長はまだそこにいました。風に逆らい必死に前へ前へと飛んでいきます。後ろで起きている惨状にはまるで気が付いていないようでした。
「とんでもねーおさだったのだ……あやうくぼくまでうみのもくずになるところだったのだ……」
一時間半に及ぶ長期飛行で疲れ切った体に睡魔が襲ってきます。
あっさりと意識を手放し、深い眠りにつくのでした。
微睡みの中で若者ずんだ虫は夢を見ます。
春頃の記憶です。集落の大人たちは少し大きくなった子供たちに餌集めを任せていて、若者ずんだ虫も大きくなったからと駆り出されていました。
へとへとになりながら帰ってみると大人たちはしきりに「へこへこぉ！へこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこへこぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっつっつつっつつっつっ！」と気が狂ったように朝から晩まで盛り狂っていました。他にすることないんですかね。ないんでしょうね。
「ガキどもにごはんさんをまかせてへこりちらかすのさいこうすぎなのだ！」
反吐が出る発言ですね。
「ずんぽいいのおおおおおおおおおおおかしくなっつちゃうのだあああああああ！」
人類には早すぎる光景ですが、若者ずんだ虫はずんだ虫なのでその様子を物欲しそうに眺めていました。
「うらやましいのだ……。ぼくもへこりたいのだ……」
若者ずんだ虫はこれでなかなか優秀でした。餌を集める能力がそれなりに高かったので群れの中で重宝され、餌集めのエースとしてブラック労働に勤しんでおりました。
「ごくろうだったのだ。さがっていいのだ。さあ、へこへこのつづきなのだ！ ごはんさんたべながらのへこり、よすぎだろ！ なのだ！」
長の言葉に苛つきながら、いつか自分が集落を乗っ取る未来を夢見ます。
選り取り見取りのメスずんたち……人間から見たらどういう違いがあるのかさっぱり分からないメスを侍らせて、朝から晩までへこり続けるだけの毎日……。
「うふ、うふふふふ………」
おぞましい夢を見ながら気味の悪い笑みを浮かべていると、突然の痛みに目を覚まします。
「い……いちゃい！」
そこは半透明の籠の中でした。プラスチックで出来た世界に若者ずんだ虫は閉じ込められていたのです。
「い、いったいなにが……」
体を起こそうとして、腕が動かせないことに気が付きました。
腕だけではありません。足もです。
「う、うわああああああああ！？」
なんと、四肢が切断されていました。腕も足もなくなって、芋虫のような姿になっています。
四肢を失ったことで幻肢痛がずんだ虫を襲います。亡くしたものを求めて脳が信号を送り続けているのです。
「ぼ……ぼくのおてて……！ あんよさんもどこにいったのだ！？」
決して癒えることのない痛みに涙を浮かべ淀む視界、プラスチックケースの向こうにそれが見えました。
「く……くしょにんげん……！」
キッチンと思しき場所で包丁を片手に持った人間が談笑しながら魚を捌いています。
どうやらこのずんだ虫は眠りこけている間に捕まり処理されたようです。
「いやー。大漁、大漁！ ずんだ虫様々だな！」
「あんな害虫でも役に立つことがあるなんて、世の中無駄なもんは存在しねえって本当だったんだな」
ははは、と笑う彼らの姿にずんだ虫は無性に腹が立ってきます。自分はこんなひどい目にあっているのに何を楽しそうにしているのか。そういう理不尽に対する怒りでした。
「やい！ くしょにんげん！ ぼくをいったいどうするつもりなのだ！ さっさとかいほうするのだ！」
がなり立てる虫の声に人間たちは「おっ。起きたみたいだな」と気がついたようです。
「お前の仲間のおかげで大漁だわ。お前にもおすそ分けしてやるよ」
ほれ、と投げ出されたのは三枚下ろしにされた際に出た魚の骨です。それが頭に刺さって「いちゃい！」と喚きます。
「こんなものたべれるわけないのだ！ もぐもぐ……いちゃい！ ほねがささったのだ！」
ずんだ虫の貧弱な顎の力では魚の小骨一つ噛み砕けません。
その滑稽、もとい哀れな様子を見て気の毒に思った釣人はゲラゲラ笑いながらケースの中に手を突っ込んでずんだ虫をひっくり返します。
「に、にゃにをするつもりなのだ！ こわいことはやめるのだ！」
ひしひしと嫌な予感がしたのでしょう。顔を青くしながらずんだ虫が抗議します。
「大丈夫、大丈夫。折角生き残ったんだから、お前、子供を作らせてやるよ」
「え！？ へこへこさせてくれるのだ！？」
目を輝かせて身体を跳ねさせるずんだ虫です。とても気持ち悪いですね。
「はやくへこへこさせるのだ！ どんなメスがいるのだ！？」
「お客さん、そう慌てんなって……おーい、アレ持ってきてー」
「あいよー」
返事をした男が持ってきたのはハンガーと、それに吊るされた芋虫のような何かです。
「え……」
それはずんだ虫でした。若者ずんだ虫と同様に全て四肢を切り落とされた上で口に針を引っ掛けられて吊るされているようでした。
「おご……ごぉ……」
「……ろちて……ごろ……ち……て……」
「もう……いやちゃ……しにたいちゃ……」
とっても元気な様子のそいつらは全てメスの模様です。
尻からボロボロと白と緑色のこけしみたいな何かを次から次へと排泄しています。
それらはずんだ虫の未熟児のようでした。栄養状態が悪い母体が無理やり早産させられたことで体が出来上がってないのでしょう。
「きもちわるいのだ！ できそこないがずんちみてーにボロボロうまれてるのだ！ こんなメスとはへこりたくねーのだ！」
コンプライアンスという概念が存在しない世界に生きている生物特有の差別的発言ですね。ほとほと人類で良かったと思い知らされます。
さて、イヤイヤ期のように駄々をこねる若者ずんだ虫ですが釣人たちも鬼ではありません。
「心配しなくてもコイツらと交尾させたりしねーよ」
「ほんとうなのだ！？ はやくまともなメスをよういするのだ！ いますぐでいいのだ！」
性欲が爆発しすぎて思考能力がガタ落ちしています。多少はまともな個体に思えた若者ずんだ虫でしたが、所詮はずんだ虫。どんぐりの背比べ……いや、ずんだ虫のずんぽ比べですね。
さて、釣人はわめく若者ずんだ虫の股間に針を刺します。
「いちゃい！」
痛がりながらも股間から格納されていたずんたまが現れます。
ずんたまだけが。
「え……ぼくの……ずん……ぽ……？」
ずんぽは途中から切断されて輪切りになっていました。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ！？？？！？！？！！？」
自分のずんぽが失われていたことを知り、絶叫する若者ずんだ虫。
釣人は耳を防ぎながら淡々と解説します。
「いやあ、思ったんだけどさ。お前らを増やすのに交尾させる必要ないなって。精液だけ金玉から採取してメスの腹ん中にぶち込めばいいじゃんって思ったんだよね」
股間に刺した針をずんたまに刺します。
針はチューブと繋がり、そのチューブはメスのアナルに繋がっていました。とても卑猥な光景ですね。
「かえせ！ ぼくのずんぽ！ ぼくのずんぽをかえすのだ！ ずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽずんぽ！！」
ずんたまを刺された痛みより、ずんぽを失った怒りが勝ったようで狂ったように喚きます。
「お前の手足と一緒に海に撒き餌としてばら撒いたわ」
それで捕まえた魚がこれな。と、とても立派な魚を見せてあげました。
「ずんぽぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ！？」
ずんたまから精子がメスの腹の中へチューブ越しに送り込まれていきます。
世界で最もクリーンなへこへこによって新たな命が誕生する様子はとても感動的なものでした。
「お前のガキどもは撒き餌として使うことにするわ。これからも頑張って励んでくれ」
「ずんぽ、ずんぽ、ずんぽ、ずん……！？！？」
最後の仕上げとして舌を抜かれます。あまりの痛みに声にならない声でずんだ虫が最後の絶叫を上げます。
選り取り見取りのメスを相手に朝昼晩とへこるだけの毎日。
彼の望んだ未来が得られたというのに、彼は目から涙を流し続けました。水分不足が心配ですね。
かくして、このずんだ虫は人に飼われ、越冬を果たしました。
春を過ぎ、夏を迎え、秋が訪れ、冬が巡る。このずんだ虫は、そんな自然のサイクルを一つも気に掛ける必要がなくなったのです。
勝ち組だよ、やったね！
ところで、一人飛び続けていた長はどうなったのでしょうね。
見てみましょう。
群れを失い、一人飛び続けていた、長は夜を迎えてもなお、しぶとく生き残っていました。
「まっくらでどっちがどっちだかわからないのだ……でも、きっとぱらだいすはすぐそこなのだ！ がんばるのだ！」
奇跡的な確率で生き延びていた長ずんはまだ見ぬ楽園を求めて飛び続けます。
そこへたどり着けば、もはや食べ物や寝床、天敵に至るまでなんの心配もせずに老衰するまで生きられるはず……そう信じているのです。
しかし、それにも限界が来ました。飛行能力の限界を迎えた長はゆっくりと高度を落としていきます。
「だ……だめなのだ！ ぼくはらくえんにいくのだ！ そこでしぬまでへこりつづけなくてはならないのだ！」
一族の繁栄のために優秀な遺伝子を残す必要がある。そして優秀な遺伝子とは自分のような明晰な頭脳と屈強な肉体を持った運命に愛されるずんだ虫に他ならない。
その妄想から無意味な使命感を燃やし、何とか踏み止まろうとしますが、所詮はずんだ虫。
ついに墜落してしまいます。
「あいだっ」
長ずんが落ちたのは海上ではありませんでした。しっかりとした地面があったのです。
「も……もしかしてぱらだいすについたのだ！？」
おめでとう！ 長ずんは生き延びました。海を渡り、新たな土地へ辿り着いた長ずんの胸は成し遂げたという達成感で一杯になりました。
「やはりぼくはえらばれしずんだ（自主規制）なのだ！ おうにふさわしきうつわ！ さあ、メスたち！ おうのこだねをさずけるからあにゃるさんをこちらにむけるのだ！」
この世の春を謳歌せんと声高らかに宣言すると「にゃーお」と返事が返ってきました。
「え？」
呆けたような声と共に振り向くと、顔を鋭利な爪で引っかかれ血が吹き出します。
「いぢゃああい！？ ち、ちんのこうきなるかんばせがあぁぁぁぁぁぁ！？」
そこにいたのはお察しの通り猫でした。
猫は長ずんを転がして痛めつけて遊び始めました。
「や、やめ、やめりょおおお！ ちんをなんとこころえる！ ちんはこのほしのしはいしゃにしてばんぶつのそうぞうしゅたるぜったいしゃ……あ、やめ……ほんとそこだけはかんべんしてほし……ぎゃああああずんぽがあああ！」
夜闇に自称王者の悲鳴が響き渡ります。
しばらく弄ばれた後は美味しくいただかれることでしょう。
ところで日本からサイパンまで２４００キロです。
長ずんは夜闇を飛んでいる間に方向を失い日本に引き返していただけという話ですね。
このページへのコメント
すっごいフライトプランですなぁ
Xーデーで紹介されたら「無能な虫っけら共は己の力を過信し死へと旅立ったのです」とかナレーターに言われそう
八丈島に自力で渡航してイタチ倒したドブネズミたちは凄かったんだなぁ
妖精にとっての『ぱらだいす』……彼らにとって、死ぬことが最も効率の良い救済なのかもしれないと思ってしまいます()
渡り鳥の真似事で海を渡ろうとするのですね……これで世界中に外来種として広まってしまうのでは……と危惧しましたが、流石にそこまでの飛行能力はなさそうで安心です！（首尾よく船のコンテナ等に忍び込んで、検疫所で処分される個体もいそうですね！）
こいつらが絶滅しない理由に神的上位存在に
他の動物が飢えないために守られてる可能性あるな
長ずんが途中から話し方がより尊大にｗ
運よく人間さんの飼いずんになれた釣り餌製造機君は無事に長ずんが夢見た「食べ物や寝床、天敵に至るまでなんの心配もいらない幸せなずん生」が手に入ってよかったですね
王者というか、なんというか空中のマンボウみたいな存在ですな
あと漁師の人には、餌用ずんだ虫の飼育はぜひとも船内のみでやっていただきたく
ところで最大時速10km出せて巡航時速1kmほどだと、多分ある程度頑張って上昇してからは風まかせに滑空した方が効率良いと思うんだ。でもまあ翼で飛んでない謎生物だからなあ…