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hayashidada 2023年12月10日(日) 00:42:45履歴
ずんだ案山子から端を発する実験室シリーズ完結編。後半は突貫で書き殴ったのでその内修正すると思われます。
鬱蒼と茂る森の中、枝葉の隙間から散らばるように木漏れ日が差している。
枝葉を擦り合わせる風の音、息づく動物の鳴き声、種々様々な音がする中で、それは音もなく木々の隙間を縫うように飛び交っていた。
それは羽もなければ翼もない。プロペラのような人為的な回転羽もない。
緑と白の機体色にくの字型に折れた四つの爪が特徴的なそれはずんだ虫を材料としたドローンである。
それらは闇雲に飛んでいるわけではなく、明確な作戦目的があって機能していた。
「く……くしょ！ こ、こっちにくるななのだぁぁぁぁぁぁぁ！」
空を飛ぶ虫が泣き叫びながらドローンから逃れていた。
ずんだ虫は体内に溜まったガスを放屁という形で放出することで推進力を得る。
ガスは空豆から供給され続けるので半ば永続的に飛べるが、飛行には体力を使うらしく次第に速度が落ちてくる。
一方でドローンは内蔵された空豆が耐用期間を迎えるまで一定の速度で飛び続けられる。
すなわち、ドローンに追われるずんだ虫はいずれ追いつかれる運命にある。
「ぎゃっ！ は、はなせ、はなすのだ！」
四つの爪でしっかり捕まえられたずんだ虫が逃れようとするが、暴れるたびに爪が肉に食い込んでいく。
「いちゃい！ やめろ、やめるのだ！」
ドローンはずんだ虫を意に介さない。爪の先端から針が飛び出すと虫の体に勢いよく突き刺さった。
「ぎゃっ！ いちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！ やだやだやだやだやだやだ！ やめるのだぁぁぁ！」
冷たい金属の管が肉を貫き、腹の中に針の先が到達するとその先端からガスが流し込まれていく。
風船のように膨らみ続け、瞬く間にまるで球体のようになった。
「ぷく、ぷくら、おにゃかさん、だめ、もう、ぱん」
パン、と音を立て虫が弾け飛ぶ。
血と目玉と肉が飛び散って、その残骸が地面に散らばる。
ドローンは緑色に染まり、ぎこちない動きを見せつつも次の獲物を求めて動き始めた。
一方で四つの爪でずんだ虫の頭をホールドしたドローンもいて、それはどこかへとずんだ虫を運ぼうとしているようだった。
「は、はなちてぇえぇぇぇぇ！ わ、わたちをどこへつれていくつもりなのだぁぁあぁぁぁあ！」
「おかーちゃ！ おかーちゃをはなすのだ、この……この……！」
腕をぐるぐると回しながら幼虫がドローンを殴るが全く効いていない。
「きょーだい！ きょーだいもいっしょになぐるのだ！ おかーちゃをたすけるのだ！」
「わかったのだ！ うおおおおおお！ ぼくのこんしんのぷくーをくらうのだああああ！ ぷくー！」
何故か殴れと言われて威嚇を始める幼虫であるが、当然そんなことに意味はなく、やってきた他のドローンに二匹まとめて捕獲されてしまった。
「あ！ なにをするのだ！」
「やー！ やめてー！」
がっしりと頭をまとめて掴まれて鬱血し、顔が青ざめていく。
「ち……ちんじゃ……」
「やめ……ちぬのだ……おにーずんもおかーちゃもころちていいからずんちゃだけでもたしゅけ……」
がくりと二匹の首が垂れる。
母親はそれに気付かず「はやくわたちをたしゅけるのだ！ クソガキども！」などと喚いている。
その横をすり抜けるように別のドローンが飛んでいく。それは殊更奇っ怪な姿をしていた。
他のものより大型で他のドローンが四つの爪を備えているのに対し、それは四体のずんだ虫が機体中央のボックスに首を突っ込んだような形状をしていてその箱の上部には赤い液体の詰まった瓶が備えられている。
「あいつ、おそいのだ！ のろまなのだ！ くしょざこなのだ！」
それは他のものより速度が遅く、ずんだ虫に追いつけないようだったが、ずんだ虫を執拗に追い続け疲れたずんだ虫が洞窟の中へ逃げ込むとその入口で停止した。
「ここならあれにみつからないのだ。ばかなのだ。もりのけんじゃたるぼくのめーせきなずのうにかかればよゆうなのだ」
暗がりの中で頭を隠して隠れたつもりのずんだ虫ではあるが、確かにドローンが動き回るには少々入り組んでいるのも事実であった。
巨大ドローンはセンサーを光らせると機体に取り付けられたずんだ虫のうち一体を補助アームで水平に起こし機械音を立てると、ずんだ虫を切り離した。
文字通り首を切断し、体が落ちていく。地面に落ちるその前に、腕の付け根の辺りから火を吹き出し、まるでミサイルのように飛んでいった。
「なんのおとなのだ？」
ミサイルと化したずんだ虫のジェット音に顔を出したずんだ虫のその頭に、ミサイルずんだの尻が激突する。
一瞬の閃光と共に爆発音が響き渡り隠れていたずんだ虫とミサイルずんだ共に爆発四散した。
再び巨大ドローンから機械音がすると、瓶の中の赤い液体が泡を立てながら減少し、首から下を切断されたずんだ虫の体が肉が膨れ上がるようにして再生した。
そして、何事もなかったかのように再び獲物を求めて飛び立った。
その様子を草むらから眺める視線があった。
まだ枝豆の生えていない幼虫のずんだ虫である。
「のだ……」
ぶるりと体を震わせると、草むらと岩に隠れて入り込みにくい穴の中に入り込んだ。
「ただいまなのだ」
「どうだったのだ？」
「なんとかこれだけもってかえってこれたのだ」
そう言って木の実や食べられる草などを広げて見せる。
そこはずんだ虫の巣穴である。
蟻の巣穴のように幾つかの部屋が通路で連結されたそこには三十匹からなる虫どもが生息していた。
虫どもの繁殖力は異常である。交尾即出産というインスタントな生産性によって二匹いれば次の日には十倍に増えていることも専らである。
しかし、この巣穴では最近食料が尽きてみるみるその数を減らし始めていた。
かつては三桁もの数がいたもののドローンが現れ始めてから食料調達に出ていた雄は軒並み死亡し、残された虫どもは弱っていた個体から順番に死んでいった。
残された幼虫の雄は実働を余儀なくされた。ドローンの隙を見て食べ物を集め、死体を外に運び出す。
いかにも先がなさそうに思えるがなかなかどうして存外しぶとく虫達は生き残っており、特に幼虫が食料を調達するようになってからは安定した成果を見せるようになっていた。
「ずんちゃはゆーしゅーなのだ！ おとーちゃたちはごはんさんももってかえってこれないようなざこごみだったのだ！」
「まったくね！ こんなゆーしゅーなおちびちゃんをうんだわたしは、あのやくにたたねーだずんにはもったいないきりょうよしなのだ！」
余裕が出来たせいか残された虫共はそれはもう調子に乗っていた。
ばったばったと死んでいく同胞を見下し「えらばれしもの」だの「もりのけんじゃをちょーえつしたしはいしゃ」だとか言い出しており、王侯貴族気取りである。
「はあ、それにしてもずんちゃにふさわしいごはんさんがこのもりにはすくなすぎるのだ！ ずんだもちをたべたいのだ！ どうしてこのもりにはずんだもちがはえてないのだ？ たいまんなのだ！ もっとやるきだすのだ！」
「ほんとうね！ ずんだもちくらいよういできないなんてこのもりはできそこないなのだ！」
頭の痛くなるようなことを言い出す始末である。
どうもずんだ虫にとってあらゆる食べ物は自然と発生するものだと考えられているようだった。
そしてその所有権は当然のように自分にあり、差し出されるのが当たり前なのだ。
「はあ。どこかにずんだもちがおちてないのた？」
知性の欠片もない発言を繰り返す日々。それでも生き延びていたある日、それはやってきた。
「た、助けてほしいのだ……」
とある余所者のずんだ虫が巣に転がり込んできたのだ。
そのずんだ虫には枝豆がなく、全身泥まみれであり憔悴しきった様子であった。
「なんなのだ、おまえ！ きたないからでていくのだ！」
高貴なる自分達の寝所に押し入ってきた不躾な闖入者に容赦をする必要はない。無情にも追い出そうとするが、転がり込んできた闖入者は「待ってほしいのだ！ 僕は奴らに追われて命からがらようやくここに辿り着いたのだ！ 何でもするからどうか助けてほしいのだ！」と、必死に訴えた。
「なんでもなのだ？ じゃあずんだもちをもってくるのだ！ そうしたらどれーにしてあげるのだ！」
ここぞとばかりに無茶苦茶を言うが、闖入者は「分かりましたのだ！ 直ちにお持ちいたしますのだ！」と巣を出ていった。
「ゆーしゅーなこのぼくでさえみつけられないのにへんなのからにげまわるしかできないくそざこどれーずんだにみつかりっこねーのだ！」
そうせせら笑っていたが、果たして闖入者は戻ってきた。
「御用意致しましたのだ！」
大量のずんだ餅を風呂敷に抱えて闖入者は帰ってきた。
「ずんだもち！」
我先にとずんだ餅に群がるクソ虫ども。「おいち！ おいち！」と完全に正気を失い隣りにいる同胞ごと喰らいかねない勢いである。
「おいちかったのだ！ おまえ！ なかなかやくにたつのだ！ ほーびとしてどれーにしてやるのだ！」
大量のずんだ餅を食べ切ると、優秀な自分にも見つけてこれなかったずんだ餅を大量に持ってきた闖入者を褒め称え、厚遇を保証する。
その厚かましさに闖入者は笑顔を見せて「有難う御座います！」と返した。
それからしばらく飽食の日々が続いた。闖入者がどこからともなく持ってくるずんだ餅にかぶりつき「おいち！ おいち！」「ちあわちぇー！」などと鳴き声を上げ続ける中で、これまで食べ物を調達してきた幼虫に枝豆が生え揃った。
「これでおもうぞんぶんへこれるのだ！ おちびちゃんをいっぱいつくるのだ！」
よだれを垂らしながらバラ色の未来を夢見る虫であった。
そして、間もなく虫の願いは叶った。
「へこへこ！ へこへこ！ へこへこぉ！」
覚えたての猿のように朝から晩まで交尾を続けた虫どもは次から次へと子供を作っていった。
「おぎゃー！ おぎゃー！」
「うまれたのだ！ とってもかわいいのだ！」
生まれてきた我が子を抱いて頬擦りをする虫は幸福の絶頂にあった。
一日三度の食事にくわえ、おやつの時間もずんだ餅。それ以外は交尾をして疲れたら寝る。
まさに夢の生活である。
この世全ての欲を満たした王の如く振る舞う虫を悲劇が襲う。
「も、もうだめちゃ……がくっ」
番の死である。
「そ、そんな……ままずん……」
これまで無限に自分の性欲を受け止めてきたパートナーの死は大きなショックを虫に与えた。
「ま、きにしてもしかたないのだ。ほかのメスとへこればいいのだ！」
番の死体を外に放り出すと新たなメスを見繕おうとする。その精神性は肉体同様に再生速度が著しいものであった。
しかし、
「あれ……？ ぜんぜんメスがいないのだ……？」
巣には雌が残っていなかった。
「おかーちゃ！ たいへんなのだ！ メスがぜんぜんいな……おかーちゃ？」
王の部屋にて虫の母親が物言わぬ姿で横たわっていた。
それどころか自分より上の世代も全滅していた。
「そ……そんな、いつのまに……みんなしんでしまったのだ？」
慌てて生存している虫を探しに行く。
どこの部屋にも虫の死体しかなかった。横たわる幼虫をひっくり返した時に、ウジ虫が湧いてたかられているのを見た瞬間、思わず蹴り飛ばしてしまった。
「ど……どうして……どうして……」
自分が交尾に明け暮れている間にみんな死んでしまった。
夢のような生活を送っていたと思ったのに、気が付いたら悪夢のような状況になっていた。
生き残っているのはもはや自分と、余所者だけである。
そこで虫は気が付く。
「あいつがにげだしたらもうずんだもちがたべられないのだ！」
他に何か考えるべきところはないのかと言いたくなるが、これがずんだ虫なのである。
「どれーがにげないようにみはらないといけないのだ！」
勢いよく飛び出したずんだ虫が空に飛び上がった瞬間、体を何者かに掴まれる。
「ひぎいっ！？ な、なんなのだ！」
虫を捕まえたのはドローンだった。抵抗しても振りほどくことは出来ない。やがて抵抗するのにも疲れ、されるがままに運ばれていると何やらおかしなものが目に入ってきた。
「な……なんなのだ、あれ……」
それは不気味に脈動する巨大な生き物……否、建造物に見えた。内部からゴウンゴウンと重い音を響かせている。
ドローンがポッカリと空いた穴から内部へ入っていくと多数のベルトコンベアがあり、その上には多数のずんだ虫が乗せられ運ばれていた。
「やー！ やー！ どこへつれていくんちゃ！」
「もういたいのはいやあああああ！ いっそころせちゃああああああ！」
虫どもの悲鳴が響き渡ってまるでコンサートホールである。
「ぼ、ぼくをどうするつもりなのだ！ ぼくはばんぶつのしはいしゃなのだ！ このよをすべるぜったいしゃなのだ！ そのぼくに、ぼくに、ぼくになにを……」
涙ながらに意味不明な戯言をほざく虫がベルトコンベアに落とされる。ベルトコンベアに等間隔に空いた穴から針が飛び出し虫を串刺しにした。
「いちゃい！ あ、あにゃるさんにつめたいのはいったのだ！」
肛門に入った針の先が内部で花が開くように展開し、腸内で肉壁に突き刺さった。
「ぴぎゃああああああああああああ！？」
ベルトコンベアに固定された虫は動く度に激痛に襲われ、目玉が飛び出るほどに泣き喚いた。周囲を見渡す余裕は虫には最早なかったが、同じように固定された虫どもが複数のレーンで存在していた。ベルトコンベアの流れはその複数のレーンをまたぐ大きなゲートへと向かっている。ゲートには一つのレーンにつき三つのランプが備わっていて、自称万物の支配者がゲートを通過するとピコンと音がして「食料」と表示されたランプが点灯する。
すると針が肛門から先端が展開したまま引き抜かれ「おほおおおおおおおおお！？」と悲鳴なんだかよくわからない声を上げる虫を横から飛び出た壁が突き落とした。
突き落とされた先で「いちゃい！」と鳴いた虫の腕がクレーンに掴まれ運ばれていく。
ダストシュートのような穴に叩き落され、空を飛ぼうとしたが空豆が働かない。クレーンで腕を掴まれた際に神経ごと潰されたのだ。
そして長い自由落下の末に虫はそこに辿り着いた。
鼻腔を刺激する米のような、そして血なまぐさい匂い。「やめて！ つぶさないぐぇ」「めが、めがまわ……ぐびゃっ」「いちゃい……いちゃい……コロチテ……コロチ……」芳しい悲鳴が彩るそこは「食品加工工場」とプレートされていた。
「いちゃ……いちゃい……こ、ここは、いぢゃい……どこ、なのだ……」
高所から落とされ床に叩きつけられた虫は既に瀕死である。
朦朧とする意識と視界の中で人間の姿と、それと話すずんだ虫の姿を見つけた。
「……比率５%ではさすがに時間がかかるのだ。幼虫ですら三日は持ち堪えたのだ」
「しかし、これ以上比率を上げれば味の異変に気付くのでは？」
「あのクソ虫どもにそんな警戒心があってたまるかなのだ。『ちょっとかわったあじだけどおいしいのだ！』とか言って喰らい尽くすに決まっているのだ」
「まあ、それはそうなのだ」
その姿には見覚えがある。成虫であるが枝豆のない頭部。
「お……おまえ……」
瀕死の虫の声が何の間違いか、彼らの耳に届いたようだった。枝豆なしが振り向くと瀕死の虫を見て少し驚いたような顔を見せた。
「何だ、お前。もう来たのだ？ 簡単に捕まりすぎなのだ」
それは巣にやってきた余所者であり奴隷として働いていた枝豆なしのずんだ虫だった。
「お……おまえ……いいところにいたのだ……はやくぼくをたすけるのだ……」
どれーに当たり前のように命令を下す。その命令が遂行されることを信じて疑っていない。
その愚かしさに枝豆なしは心底馬鹿にしたような嘲笑を浮かべた。
「救いようのない馬鹿なのだ。僕がお前達のところに潜り込んでから巣が壊滅したのに、まだ気が付かないのだ？」
「なにをわけわかんないこといってるのだ……！ いいからくそにんげんをぶっころしてぼくをさっさとたすけるのだ、このむのー……！」
その言葉に、人間と枝豆なしが顔を合わせてから堪らず吹き出した。
何故笑われているのか虫には理解出来ない。ただ腹立たしくてフツフツと怒りが湧いてくる。
「なにがおかしいのだ……！」
ひーひーと苦しそうに涙を拭い、人間は「おしえてやったらいいのだ」と枝豆なしに言う。
「お前があまりに馬鹿すぎていっそ哀れに思えてしまったのだ。哀れすぎて哀れすぎて、笑っちゃったのだ、御免なのだ！」
はー、と息をつく。
「僕はお前らとは違う生き物なのだ。お前らをこの世から消し去る側の存在なのだ。要するにお前らの敵なのだ」
「いみわからないのだ……！ おまえはどれーなのだ！ どれーはおとなしくかみであるぼくにしたがえのだ！」
この期に及んで妄言を垂れ流す虫へ壊れたスピーカーでも見るような目を向ける。
「知能レベルが低すぎて会話にならないって精神的に参るのだ。一から説明しないと駄目なのだ？ お前を捕まえたドローンは僕たちが用意したものであり、僕はお前たちのようにドローンが入っていけない巣を潰すために毒入りの餌を持ち込んだのだ」
「ど……どくいり！？ あのずんだもちはどくがはいってたのだ！？」
「むしろなんで今まで気付かなかったのだ。幼虫やくたばり損ないから死んでいってたのに気が付かなかったのだ？」
交尾に夢中だったので虫は気付いていなかったが、持ち込まれた餌を食べ始めてから巣全体に体調を崩す虫が現れ始めた。体の出来ていない幼虫や既に弱りきった老体から死に始め「おとーちゃ……たすけてのだ……」「くるしいのだ……たすけてほしいのだ……」などと助けを求めていたが、それらを全て無視していた。
「お前は無駄に頑丈だったから命を繋いでいるようなのだ。あるいは再生機能がうまく働いていたのかもしれないのだ」
ずんだ虫の再生機能は精神状態に左右される。ずん生の絶頂期にあって自己肯定感の塊となっていた虫は解毒してしまっていたのかもしれない。
「ズンDIEオキシン……ずんだ虫のみに害ある毒物なのだ。しかし、量次第では無毒になってしまうのでは困るのだ。まだまだ研究が必要なのだ」
「よくわかんないけどおまえうらぎりものなのだ！？ おまえだけはぜったいにゆるさないのだ！ ぶっころしてやるのだ！」
怒りが再生機能を活性化させたのか虫の体がみるみる内に怪我を治していく。
「ぶっころしてやるのだ！」
裏切り者を殺すべく虫が勢いよく飛びかかる。ぐるぐると振り回される腕が当たるより早く、ずんだ虫の顔面が衝突する。
「むぎゃっ」
靴底の跡が顔面に刻まれてすってんころりんとひっくり返る。よろよろと体を起こした虫が見たものは足を伸ばす人間の姿だった。
「前から思っていたんだけれど、お前達のその攻撃、腕が短すぎて届かないんじゃないのだ？」
そこにいたのは二人の人間だった。枝豆なしの姿はそこになかった。
「あ……あいつはどこにいったのだ……？」
「そのあいつとやらは僕なのだ」
緑色のショートボブをした少年はそう語る。
「お前達虫と違い、知性と倫理、道徳を獲得した僕たちは人型に変化することが出来るのだ。いや、今となっては人型である方が基本形とすら思えるのだ」
元からいたもう一人の人間も彼によく似ている。よくよく見れば差異が見受けられるがまるで一卵性双生児のようだ。
「僕たちはアイツー。裏切り者とか言ってくれたけどお前らゴミと一緒にされては困るのだ」
「うう……くちょ、くちょおぉぉぉ……もりのけんじゃ、うみのせいじゃ、そらのおうじゃ、そしてばんぶつのしはいしゃたるこのぼくが……」
「寝言は聞きたくないのだ。お前もお前の大好きなずんだ餅になるのだ」
機械が動き出し、ずんだ虫が運ばれていく。向かう先、臼のような機械の中で他のずんだ虫たちが杵で叩かれ、ひっくり返すような動きで翻弄されている。
「ぼ……ぼくがずんだもちに……？」
「そうなのだ。お前の食べたずんだ餅はもともとここで作られた、お前達を材料としたものなのだ」
「そ、そんにゃ……うそなのだ……」
「嘘じゃないのだ。お前らが馬鹿の一つ覚えのようにおいちおいちと食べていたのはお前たちずんだ虫なのだ」
共食いをしていたことを教えられてずんだ虫は吐き気をもよおした。
しかし、吐き出す前に臼に叩き込まれる。
「そもそもおかしいとは思わなかったのだ？ お前たちが人工の加工食品であるずんだ餅を嗜好する理由は、お前たちが主食としていたものにずんだ餅が似ていたからにすぎないのだ」
杵がずんだ虫を叩きつける。体中を砕かれる感覚に死の気配を感じ取り「た、たしゅけ……」と助けを求めるが、周囲にいるのも同じ境遇の虫でしかない。
「あらゆる生物に捕食されるお前たちは共食いをして繁殖してきた命なのだ。だからこそ出産のサイクルは異常に早く、また多産なのだ。それも全て自らの食料とするためなのだ」
体が崩れる。ふにゃふにゃのもっちもっちの柔らかな体になっていく。
「お前たちというおぞましい生物はこの世にあってはならないのだ。僕たちはお前たちを否定するのだ。お前たちがかつてそうして生き延びてきたように、僕たちもお前たち自身を利用してお前達を滅ぼすのだ」
ずんだ虫の意識は既になく、そこには無数のずんだ虫だったもので出来上がった白くて緑の液体が混じった餅が出来上がっていた。
この工場はすべての生産ラインでずんだ虫を利用している。
あるずんだ虫は攻撃用ドローンに、あるずんだ虫は捕獲用ドローンに、そしてまたあるずんだ虫はずんだ虫の発する信号からずんだ虫の位置を割り出し僚機に伝えるレーダードーム型ドローンになっていた。
この工場そのものもそうだ。ずんだ虫の再生能力を利用し、設計図を記憶させ材料を取り込ませれば勝手に拡大し、拡張され機能を充足していくように設計された生体建築とでも呼ぶべきものである。
これはまだ実験段階に過ぎない。
いずれ全てのずんだ虫を滅ぼすべく全国へと配備されるだろう。
鬱蒼と茂る森の中、枝葉の隙間から散らばるように木漏れ日が差している。
枝葉を擦り合わせる風の音、息づく動物の鳴き声、種々様々な音がする中で、それは音もなく木々の隙間を縫うように飛び交っていた。
それは羽もなければ翼もない。プロペラのような人為的な回転羽もない。
緑と白の機体色にくの字型に折れた四つの爪が特徴的なそれはずんだ虫を材料としたドローンである。
それらは闇雲に飛んでいるわけではなく、明確な作戦目的があって機能していた。
「く……くしょ！ こ、こっちにくるななのだぁぁぁぁぁぁぁ！」
空を飛ぶ虫が泣き叫びながらドローンから逃れていた。
ずんだ虫は体内に溜まったガスを放屁という形で放出することで推進力を得る。
ガスは空豆から供給され続けるので半ば永続的に飛べるが、飛行には体力を使うらしく次第に速度が落ちてくる。
一方でドローンは内蔵された空豆が耐用期間を迎えるまで一定の速度で飛び続けられる。
すなわち、ドローンに追われるずんだ虫はいずれ追いつかれる運命にある。
「ぎゃっ！ は、はなせ、はなすのだ！」
四つの爪でしっかり捕まえられたずんだ虫が逃れようとするが、暴れるたびに爪が肉に食い込んでいく。
「いちゃい！ やめろ、やめるのだ！」
ドローンはずんだ虫を意に介さない。爪の先端から針が飛び出すと虫の体に勢いよく突き刺さった。
「ぎゃっ！ いちゃいいちゃいいちゃいいちゃいいちゃい！ やだやだやだやだやだやだ！ やめるのだぁぁぁ！」
冷たい金属の管が肉を貫き、腹の中に針の先が到達するとその先端からガスが流し込まれていく。
風船のように膨らみ続け、瞬く間にまるで球体のようになった。
「ぷく、ぷくら、おにゃかさん、だめ、もう、ぱん」
パン、と音を立て虫が弾け飛ぶ。
血と目玉と肉が飛び散って、その残骸が地面に散らばる。
ドローンは緑色に染まり、ぎこちない動きを見せつつも次の獲物を求めて動き始めた。
一方で四つの爪でずんだ虫の頭をホールドしたドローンもいて、それはどこかへとずんだ虫を運ぼうとしているようだった。
「は、はなちてぇえぇぇぇぇ！ わ、わたちをどこへつれていくつもりなのだぁぁあぁぁぁあ！」
「おかーちゃ！ おかーちゃをはなすのだ、この……この……！」
腕をぐるぐると回しながら幼虫がドローンを殴るが全く効いていない。
「きょーだい！ きょーだいもいっしょになぐるのだ！ おかーちゃをたすけるのだ！」
「わかったのだ！ うおおおおおお！ ぼくのこんしんのぷくーをくらうのだああああ！ ぷくー！」
何故か殴れと言われて威嚇を始める幼虫であるが、当然そんなことに意味はなく、やってきた他のドローンに二匹まとめて捕獲されてしまった。
「あ！ なにをするのだ！」
「やー！ やめてー！」
がっしりと頭をまとめて掴まれて鬱血し、顔が青ざめていく。
「ち……ちんじゃ……」
「やめ……ちぬのだ……おにーずんもおかーちゃもころちていいからずんちゃだけでもたしゅけ……」
がくりと二匹の首が垂れる。
母親はそれに気付かず「はやくわたちをたしゅけるのだ！ クソガキども！」などと喚いている。
その横をすり抜けるように別のドローンが飛んでいく。それは殊更奇っ怪な姿をしていた。
他のものより大型で他のドローンが四つの爪を備えているのに対し、それは四体のずんだ虫が機体中央のボックスに首を突っ込んだような形状をしていてその箱の上部には赤い液体の詰まった瓶が備えられている。
「あいつ、おそいのだ！ のろまなのだ！ くしょざこなのだ！」
それは他のものより速度が遅く、ずんだ虫に追いつけないようだったが、ずんだ虫を執拗に追い続け疲れたずんだ虫が洞窟の中へ逃げ込むとその入口で停止した。
「ここならあれにみつからないのだ。ばかなのだ。もりのけんじゃたるぼくのめーせきなずのうにかかればよゆうなのだ」
暗がりの中で頭を隠して隠れたつもりのずんだ虫ではあるが、確かにドローンが動き回るには少々入り組んでいるのも事実であった。
巨大ドローンはセンサーを光らせると機体に取り付けられたずんだ虫のうち一体を補助アームで水平に起こし機械音を立てると、ずんだ虫を切り離した。
文字通り首を切断し、体が落ちていく。地面に落ちるその前に、腕の付け根の辺りから火を吹き出し、まるでミサイルのように飛んでいった。
「なんのおとなのだ？」
ミサイルと化したずんだ虫のジェット音に顔を出したずんだ虫のその頭に、ミサイルずんだの尻が激突する。
一瞬の閃光と共に爆発音が響き渡り隠れていたずんだ虫とミサイルずんだ共に爆発四散した。
再び巨大ドローンから機械音がすると、瓶の中の赤い液体が泡を立てながら減少し、首から下を切断されたずんだ虫の体が肉が膨れ上がるようにして再生した。
そして、何事もなかったかのように再び獲物を求めて飛び立った。
その様子を草むらから眺める視線があった。
まだ枝豆の生えていない幼虫のずんだ虫である。
「のだ……」
ぶるりと体を震わせると、草むらと岩に隠れて入り込みにくい穴の中に入り込んだ。
「ただいまなのだ」
「どうだったのだ？」
「なんとかこれだけもってかえってこれたのだ」
そう言って木の実や食べられる草などを広げて見せる。
そこはずんだ虫の巣穴である。
蟻の巣穴のように幾つかの部屋が通路で連結されたそこには三十匹からなる虫どもが生息していた。
虫どもの繁殖力は異常である。交尾即出産というインスタントな生産性によって二匹いれば次の日には十倍に増えていることも専らである。
しかし、この巣穴では最近食料が尽きてみるみるその数を減らし始めていた。
かつては三桁もの数がいたもののドローンが現れ始めてから食料調達に出ていた雄は軒並み死亡し、残された虫どもは弱っていた個体から順番に死んでいった。
残された幼虫の雄は実働を余儀なくされた。ドローンの隙を見て食べ物を集め、死体を外に運び出す。
いかにも先がなさそうに思えるがなかなかどうして存外しぶとく虫達は生き残っており、特に幼虫が食料を調達するようになってからは安定した成果を見せるようになっていた。
「ずんちゃはゆーしゅーなのだ！ おとーちゃたちはごはんさんももってかえってこれないようなざこごみだったのだ！」
「まったくね！ こんなゆーしゅーなおちびちゃんをうんだわたしは、あのやくにたたねーだずんにはもったいないきりょうよしなのだ！」
余裕が出来たせいか残された虫共はそれはもう調子に乗っていた。
ばったばったと死んでいく同胞を見下し「えらばれしもの」だの「もりのけんじゃをちょーえつしたしはいしゃ」だとか言い出しており、王侯貴族気取りである。
「はあ、それにしてもずんちゃにふさわしいごはんさんがこのもりにはすくなすぎるのだ！ ずんだもちをたべたいのだ！ どうしてこのもりにはずんだもちがはえてないのだ？ たいまんなのだ！ もっとやるきだすのだ！」
「ほんとうね！ ずんだもちくらいよういできないなんてこのもりはできそこないなのだ！」
頭の痛くなるようなことを言い出す始末である。
どうもずんだ虫にとってあらゆる食べ物は自然と発生するものだと考えられているようだった。
そしてその所有権は当然のように自分にあり、差し出されるのが当たり前なのだ。
「はあ。どこかにずんだもちがおちてないのた？」
知性の欠片もない発言を繰り返す日々。それでも生き延びていたある日、それはやってきた。
「た、助けてほしいのだ……」
とある余所者のずんだ虫が巣に転がり込んできたのだ。
そのずんだ虫には枝豆がなく、全身泥まみれであり憔悴しきった様子であった。
「なんなのだ、おまえ！ きたないからでていくのだ！」
高貴なる自分達の寝所に押し入ってきた不躾な闖入者に容赦をする必要はない。無情にも追い出そうとするが、転がり込んできた闖入者は「待ってほしいのだ！ 僕は奴らに追われて命からがらようやくここに辿り着いたのだ！ 何でもするからどうか助けてほしいのだ！」と、必死に訴えた。
「なんでもなのだ？ じゃあずんだもちをもってくるのだ！ そうしたらどれーにしてあげるのだ！」
ここぞとばかりに無茶苦茶を言うが、闖入者は「分かりましたのだ！ 直ちにお持ちいたしますのだ！」と巣を出ていった。
「ゆーしゅーなこのぼくでさえみつけられないのにへんなのからにげまわるしかできないくそざこどれーずんだにみつかりっこねーのだ！」
そうせせら笑っていたが、果たして闖入者は戻ってきた。
「御用意致しましたのだ！」
大量のずんだ餅を風呂敷に抱えて闖入者は帰ってきた。
「ずんだもち！」
我先にとずんだ餅に群がるクソ虫ども。「おいち！ おいち！」と完全に正気を失い隣りにいる同胞ごと喰らいかねない勢いである。
「おいちかったのだ！ おまえ！ なかなかやくにたつのだ！ ほーびとしてどれーにしてやるのだ！」
大量のずんだ餅を食べ切ると、優秀な自分にも見つけてこれなかったずんだ餅を大量に持ってきた闖入者を褒め称え、厚遇を保証する。
その厚かましさに闖入者は笑顔を見せて「有難う御座います！」と返した。
それからしばらく飽食の日々が続いた。闖入者がどこからともなく持ってくるずんだ餅にかぶりつき「おいち！ おいち！」「ちあわちぇー！」などと鳴き声を上げ続ける中で、これまで食べ物を調達してきた幼虫に枝豆が生え揃った。
「これでおもうぞんぶんへこれるのだ！ おちびちゃんをいっぱいつくるのだ！」
よだれを垂らしながらバラ色の未来を夢見る虫であった。
そして、間もなく虫の願いは叶った。
「へこへこ！ へこへこ！ へこへこぉ！」
覚えたての猿のように朝から晩まで交尾を続けた虫どもは次から次へと子供を作っていった。
「おぎゃー！ おぎゃー！」
「うまれたのだ！ とってもかわいいのだ！」
生まれてきた我が子を抱いて頬擦りをする虫は幸福の絶頂にあった。
一日三度の食事にくわえ、おやつの時間もずんだ餅。それ以外は交尾をして疲れたら寝る。
まさに夢の生活である。
この世全ての欲を満たした王の如く振る舞う虫を悲劇が襲う。
「も、もうだめちゃ……がくっ」
番の死である。
「そ、そんな……ままずん……」
これまで無限に自分の性欲を受け止めてきたパートナーの死は大きなショックを虫に与えた。
「ま、きにしてもしかたないのだ。ほかのメスとへこればいいのだ！」
番の死体を外に放り出すと新たなメスを見繕おうとする。その精神性は肉体同様に再生速度が著しいものであった。
しかし、
「あれ……？ ぜんぜんメスがいないのだ……？」
巣には雌が残っていなかった。
「おかーちゃ！ たいへんなのだ！ メスがぜんぜんいな……おかーちゃ？」
王の部屋にて虫の母親が物言わぬ姿で横たわっていた。
それどころか自分より上の世代も全滅していた。
「そ……そんな、いつのまに……みんなしんでしまったのだ？」
慌てて生存している虫を探しに行く。
どこの部屋にも虫の死体しかなかった。横たわる幼虫をひっくり返した時に、ウジ虫が湧いてたかられているのを見た瞬間、思わず蹴り飛ばしてしまった。
「ど……どうして……どうして……」
自分が交尾に明け暮れている間にみんな死んでしまった。
夢のような生活を送っていたと思ったのに、気が付いたら悪夢のような状況になっていた。
生き残っているのはもはや自分と、余所者だけである。
そこで虫は気が付く。
「あいつがにげだしたらもうずんだもちがたべられないのだ！」
他に何か考えるべきところはないのかと言いたくなるが、これがずんだ虫なのである。
「どれーがにげないようにみはらないといけないのだ！」
勢いよく飛び出したずんだ虫が空に飛び上がった瞬間、体を何者かに掴まれる。
「ひぎいっ！？ な、なんなのだ！」
虫を捕まえたのはドローンだった。抵抗しても振りほどくことは出来ない。やがて抵抗するのにも疲れ、されるがままに運ばれていると何やらおかしなものが目に入ってきた。
「な……なんなのだ、あれ……」
それは不気味に脈動する巨大な生き物……否、建造物に見えた。内部からゴウンゴウンと重い音を響かせている。
ドローンがポッカリと空いた穴から内部へ入っていくと多数のベルトコンベアがあり、その上には多数のずんだ虫が乗せられ運ばれていた。
「やー！ やー！ どこへつれていくんちゃ！」
「もういたいのはいやあああああ！ いっそころせちゃああああああ！」
虫どもの悲鳴が響き渡ってまるでコンサートホールである。
「ぼ、ぼくをどうするつもりなのだ！ ぼくはばんぶつのしはいしゃなのだ！ このよをすべるぜったいしゃなのだ！ そのぼくに、ぼくに、ぼくになにを……」
涙ながらに意味不明な戯言をほざく虫がベルトコンベアに落とされる。ベルトコンベアに等間隔に空いた穴から針が飛び出し虫を串刺しにした。
「いちゃい！ あ、あにゃるさんにつめたいのはいったのだ！」
肛門に入った針の先が内部で花が開くように展開し、腸内で肉壁に突き刺さった。
「ぴぎゃああああああああああああ！？」
ベルトコンベアに固定された虫は動く度に激痛に襲われ、目玉が飛び出るほどに泣き喚いた。周囲を見渡す余裕は虫には最早なかったが、同じように固定された虫どもが複数のレーンで存在していた。ベルトコンベアの流れはその複数のレーンをまたぐ大きなゲートへと向かっている。ゲートには一つのレーンにつき三つのランプが備わっていて、自称万物の支配者がゲートを通過するとピコンと音がして「食料」と表示されたランプが点灯する。
すると針が肛門から先端が展開したまま引き抜かれ「おほおおおおおおおおお！？」と悲鳴なんだかよくわからない声を上げる虫を横から飛び出た壁が突き落とした。
突き落とされた先で「いちゃい！」と鳴いた虫の腕がクレーンに掴まれ運ばれていく。
ダストシュートのような穴に叩き落され、空を飛ぼうとしたが空豆が働かない。クレーンで腕を掴まれた際に神経ごと潰されたのだ。
そして長い自由落下の末に虫はそこに辿り着いた。
鼻腔を刺激する米のような、そして血なまぐさい匂い。「やめて！ つぶさないぐぇ」「めが、めがまわ……ぐびゃっ」「いちゃい……いちゃい……コロチテ……コロチ……」芳しい悲鳴が彩るそこは「食品加工工場」とプレートされていた。
「いちゃ……いちゃい……こ、ここは、いぢゃい……どこ、なのだ……」
高所から落とされ床に叩きつけられた虫は既に瀕死である。
朦朧とする意識と視界の中で人間の姿と、それと話すずんだ虫の姿を見つけた。
「……比率５%ではさすがに時間がかかるのだ。幼虫ですら三日は持ち堪えたのだ」
「しかし、これ以上比率を上げれば味の異変に気付くのでは？」
「あのクソ虫どもにそんな警戒心があってたまるかなのだ。『ちょっとかわったあじだけどおいしいのだ！』とか言って喰らい尽くすに決まっているのだ」
「まあ、それはそうなのだ」
その姿には見覚えがある。成虫であるが枝豆のない頭部。
「お……おまえ……」
瀕死の虫の声が何の間違いか、彼らの耳に届いたようだった。枝豆なしが振り向くと瀕死の虫を見て少し驚いたような顔を見せた。
「何だ、お前。もう来たのだ？ 簡単に捕まりすぎなのだ」
それは巣にやってきた余所者であり奴隷として働いていた枝豆なしのずんだ虫だった。
「お……おまえ……いいところにいたのだ……はやくぼくをたすけるのだ……」
どれーに当たり前のように命令を下す。その命令が遂行されることを信じて疑っていない。
その愚かしさに枝豆なしは心底馬鹿にしたような嘲笑を浮かべた。
「救いようのない馬鹿なのだ。僕がお前達のところに潜り込んでから巣が壊滅したのに、まだ気が付かないのだ？」
「なにをわけわかんないこといってるのだ……！ いいからくそにんげんをぶっころしてぼくをさっさとたすけるのだ、このむのー……！」
その言葉に、人間と枝豆なしが顔を合わせてから堪らず吹き出した。
何故笑われているのか虫には理解出来ない。ただ腹立たしくてフツフツと怒りが湧いてくる。
「なにがおかしいのだ……！」
ひーひーと苦しそうに涙を拭い、人間は「おしえてやったらいいのだ」と枝豆なしに言う。
「お前があまりに馬鹿すぎていっそ哀れに思えてしまったのだ。哀れすぎて哀れすぎて、笑っちゃったのだ、御免なのだ！」
はー、と息をつく。
「僕はお前らとは違う生き物なのだ。お前らをこの世から消し去る側の存在なのだ。要するにお前らの敵なのだ」
「いみわからないのだ……！ おまえはどれーなのだ！ どれーはおとなしくかみであるぼくにしたがえのだ！」
この期に及んで妄言を垂れ流す虫へ壊れたスピーカーでも見るような目を向ける。
「知能レベルが低すぎて会話にならないって精神的に参るのだ。一から説明しないと駄目なのだ？ お前を捕まえたドローンは僕たちが用意したものであり、僕はお前たちのようにドローンが入っていけない巣を潰すために毒入りの餌を持ち込んだのだ」
「ど……どくいり！？ あのずんだもちはどくがはいってたのだ！？」
「むしろなんで今まで気付かなかったのだ。幼虫やくたばり損ないから死んでいってたのに気が付かなかったのだ？」
交尾に夢中だったので虫は気付いていなかったが、持ち込まれた餌を食べ始めてから巣全体に体調を崩す虫が現れ始めた。体の出来ていない幼虫や既に弱りきった老体から死に始め「おとーちゃ……たすけてのだ……」「くるしいのだ……たすけてほしいのだ……」などと助けを求めていたが、それらを全て無視していた。
「お前は無駄に頑丈だったから命を繋いでいるようなのだ。あるいは再生機能がうまく働いていたのかもしれないのだ」
ずんだ虫の再生機能は精神状態に左右される。ずん生の絶頂期にあって自己肯定感の塊となっていた虫は解毒してしまっていたのかもしれない。
「ズンDIEオキシン……ずんだ虫のみに害ある毒物なのだ。しかし、量次第では無毒になってしまうのでは困るのだ。まだまだ研究が必要なのだ」
「よくわかんないけどおまえうらぎりものなのだ！？ おまえだけはぜったいにゆるさないのだ！ ぶっころしてやるのだ！」
怒りが再生機能を活性化させたのか虫の体がみるみる内に怪我を治していく。
「ぶっころしてやるのだ！」
裏切り者を殺すべく虫が勢いよく飛びかかる。ぐるぐると振り回される腕が当たるより早く、ずんだ虫の顔面が衝突する。
「むぎゃっ」
靴底の跡が顔面に刻まれてすってんころりんとひっくり返る。よろよろと体を起こした虫が見たものは足を伸ばす人間の姿だった。
「前から思っていたんだけれど、お前達のその攻撃、腕が短すぎて届かないんじゃないのだ？」
そこにいたのは二人の人間だった。枝豆なしの姿はそこになかった。
「あ……あいつはどこにいったのだ……？」
「そのあいつとやらは僕なのだ」
緑色のショートボブをした少年はそう語る。
「お前達虫と違い、知性と倫理、道徳を獲得した僕たちは人型に変化することが出来るのだ。いや、今となっては人型である方が基本形とすら思えるのだ」
元からいたもう一人の人間も彼によく似ている。よくよく見れば差異が見受けられるがまるで一卵性双生児のようだ。
「僕たちはアイツー。裏切り者とか言ってくれたけどお前らゴミと一緒にされては困るのだ」
「うう……くちょ、くちょおぉぉぉ……もりのけんじゃ、うみのせいじゃ、そらのおうじゃ、そしてばんぶつのしはいしゃたるこのぼくが……」
「寝言は聞きたくないのだ。お前もお前の大好きなずんだ餅になるのだ」
機械が動き出し、ずんだ虫が運ばれていく。向かう先、臼のような機械の中で他のずんだ虫たちが杵で叩かれ、ひっくり返すような動きで翻弄されている。
「ぼ……ぼくがずんだもちに……？」
「そうなのだ。お前の食べたずんだ餅はもともとここで作られた、お前達を材料としたものなのだ」
「そ、そんにゃ……うそなのだ……」
「嘘じゃないのだ。お前らが馬鹿の一つ覚えのようにおいちおいちと食べていたのはお前たちずんだ虫なのだ」
共食いをしていたことを教えられてずんだ虫は吐き気をもよおした。
しかし、吐き出す前に臼に叩き込まれる。
「そもそもおかしいとは思わなかったのだ？ お前たちが人工の加工食品であるずんだ餅を嗜好する理由は、お前たちが主食としていたものにずんだ餅が似ていたからにすぎないのだ」
杵がずんだ虫を叩きつける。体中を砕かれる感覚に死の気配を感じ取り「た、たしゅけ……」と助けを求めるが、周囲にいるのも同じ境遇の虫でしかない。
「あらゆる生物に捕食されるお前たちは共食いをして繁殖してきた命なのだ。だからこそ出産のサイクルは異常に早く、また多産なのだ。それも全て自らの食料とするためなのだ」
体が崩れる。ふにゃふにゃのもっちもっちの柔らかな体になっていく。
「お前たちというおぞましい生物はこの世にあってはならないのだ。僕たちはお前たちを否定するのだ。お前たちがかつてそうして生き延びてきたように、僕たちもお前たち自身を利用してお前達を滅ぼすのだ」
ずんだ虫の意識は既になく、そこには無数のずんだ虫だったもので出来上がった白くて緑の液体が混じった餅が出来上がっていた。
この工場はすべての生産ラインでずんだ虫を利用している。
あるずんだ虫は攻撃用ドローンに、あるずんだ虫は捕獲用ドローンに、そしてまたあるずんだ虫はずんだ虫の発する信号からずんだ虫の位置を割り出し僚機に伝えるレーダードーム型ドローンになっていた。
この工場そのものもそうだ。ずんだ虫の再生能力を利用し、設計図を記憶させ材料を取り込ませれば勝手に拡大し、拡張され機能を充足していくように設計された生体建築とでも呼ぶべきものである。
これはまだ実験段階に過ぎない。
いずれ全てのずんだ虫を滅ぼすべく全国へと配備されるだろう。
このページへのコメント
なるほど……
クソ虫共の物理法則を無視した狂った繁殖力も、胸糞なまでの傲慢すぎる自己愛や自尊心も、自然界にないずんだ餅を嗜好するのも、全て｢共食い｣で生きる事が前提の生態だと仮定したら辻褄が合う…!!
共食い前提に進化したナマモノ共が何を間違ったか一丁前に(形だけの)同族意識や家族愛を作り、仲間の肉以外の物を糧にし貪り出した(自分たちの生態を冒涜し出した)結果ずん害が発生したと思うと余計腹立たしい!!
アイツらを完全に根絶するには一匹一匹狩るよりも、特殊な電波やウィルスとかで形だけの同族意識を完全に無くして｢元の共食いだけで生きる生態｣に戻したほうが絶滅寸前まで駆逐できるんじゃないかな?
そんで僅かな生き残りを捕獲して｢資源｣として徹底的に使い潰せば｢クソ虫の(野生)絶滅｣と｢半永久的な資源の確立｣が出来て一石二鳥だと思う。
ドローンから隠れて食べ物を探してる時点で負けてるのに、たまたま生き残れただけで万物の支配者とか笑える。
ばんぶつのしはいしゃじゃなくて、ばんぶつのはいしゃの間違いだろ
これまでの実験が繋がって、ついにここまで来たんですね・・・
（結局案山子はダメだったようですが・・・）
自動で機能拡張していく生体建築は凄い発明ですが、うまく管理しないと生態系や環境そのものに重大な悪影響が懸念されますね
中に居るアイツーたちはそこの管理も役目なのでしょうか
「虫」「幼虫」の徹底した呼称がクセになります！たまたま生き延びただけでこの増長っぷり……自己の快楽だけを享受した結果、全滅の危機にも気づけないとは………救えませんね()
完結編に相応しい壮大なラストに拍手！！アイツーと工場に幸あれ！
妖精をこれでもかというくらい使い潰して、妖精をこの世から全て滅ぼす姿勢が素晴らしすぎる