〜前回までのあらすじ〜 
愛犬のロンを失い、この世に絶望して希死念慮を抱く「私」は、怪しい男から「遅効性の暗殺用毒薬入りキャンディ」を5つ入手する。
幼少期から慣れ親しんだバス停の待合室で死のうとしたが、そこには生ゴミが投げ捨てられていたのみならず、妖精の家族（成体メス1匹、子ずん5匹）が住み着いていたのだった。劣悪な環境に苦しむ親ずんは、元は「飼いずん」と呼ばれる人間のペットであったが、「くちょいぬ」に襲われて逃げてきたと、「私」の同情を誘うように話す。
犬を下等とみるような自己中心的な発言に加えて、常日頃から妖精のフン害で悩まされていた「私」は、自分が死ぬ前に、この妖精たちを絶望させることを決意したのだった………………
本編
第2話「社会貢献」
次の日。死を望む人間とは思えないほど、健康的な目覚めだった。
こういう日に限って調子がいいの、何なんだろうな。
とりあえず、高校には行くことにした。ママが置いて行ったパン1切れを食べたら、支度を済ませて、家を出る。
駅までの通学路の途中に、いつもの待合室がある。昨日の妖精たちの様子だけ見てから、高校に向かうことにする。
「「「「「ずーん……ずーん……ずぅーん……」」」」」
「のだ……のだ……」
子ずんの独特な寝息に混ざって、親ずんの弱々しい声も響いてくる。どうやら、餓死してはいないようだった。
「あっ、にんげんしゃん！！ やくそくなのだ、きれいにしたのだ！！ はやくごはんさん、ごはんさん！！」
入り口に私が立つと、すぐさま親ずんはその目を期待に輝かせて、懇願するようにこちらを見てくる。
私は、妖精の体がめっちゃ汚いことに、今さら気づいた。「飼いずん」でなくなった今、妖精をお風呂に入れてあげる人がいないから当たり前かもしれないけど、白と緑の体色がくすんで見えるくらいの汚さだった。
絶対に触りたくない。
「…………まだクサい」
「えっ……」
確かに、子ずんたちと親ずんは私の言いつけを守って、生ゴミを平らげたのだろう。生ゴミのカケラを体にくっつけた子ずんや、くすんだ体色以前に吐瀉物まみれの親ずんの体を見ると、それがウソではないことがわかる。
ただ、生ゴミがなくなった代わりに、待合室のそこらじゅうに妖精のフンが散らばって、悪臭を放ち続けていた。
「……まだ残ってんじゃん。これじゃ、食べ物あげられない」
「こ、これは、ごみじゃないちゃ………ずんちなのだ……」
「ダメだよ、これもゴミ」
「しょ、しょんな……ごはんさん、ごはんさん…………」
あれだけの量のゴミを全部食べたのだから、それだけ排泄量が多いのは、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。
だけど私は、フンに関しては特に厳しく言おうと決めていた。この妖精がそうじゃなくたって、うちの庭を散々汚した妖精たちの、連帯責任だ。
…………汚れまくったうちの庭を、心を入れ替えた妖精が自主的に掃除してくれるようになるなら別だけど。
そんなことは、万にひとつもないから。
「にんげんしゃん、お、おねがいなのだ……どうか、ごはんさん……しにたくないちゃ………」
今日こそは「ごはんさん」をもらえると信じていたのだろう、親ずんは目をうるませて私を見上げる。
かわい子ぶってるみたいで、めっちゃムカついた。かわいくないし。
「……なに？……飼いずん時代はその顔すれば“ごはんさん”が自動的に出てきたわけ？ 昨日も言ったよね？ あんたはもう、ただの妖精だって」
「じゃ、じゃあ……どうすればいいちゃ……」
「自分で考えなよ。また戻ってくるから。それまでにここ、綺麗に掃除しといてね」
「に、にんげんしゃん……まって、そのまえにごはんさん、ごはんさん…………くちょいぬの、くちょいぬのせいちゃ！！ くちょいぬに、けられてから、ずんちがとまらなくなっちぇ……」
この親ずんには何度言っても無駄だとわかったから、無視して歩き出す。いつもの憂鬱な登校時間よりも、なぜか晴れ晴れとした気持ちになった自分に驚く。
一応生ゴミは食べたみたいだし、餓死するなんてことはないだろう。
今日も、退屈な学校生活を淡々とこなした。
無断欠席者が多いから、授業の体をなしていない時間も多かった。その間私は、あの妖精たちをこれからどうしてやろうかと考えていた。
死に場所は、もうあの待合室だって決めていた。だから、あの妖精たちが立ち退かない限り、私はいつまで経っても死ねない。
下校時刻。昇降口付近で、イヤなものが目に入った。
『困ったら大人に相談してね、いつでも助けてあげるから』って趣旨のポスターだった。電話番号が記載してある。
電話したところで、向こうのオトナたちが……………今の私の辛さを、全部肩代わりしてくれるっていうわけでもないんでしょ？
そいつらが放つ無責任な「辛いよね、うんうん、わかるわかる」……………………そんな言葉は、空っぽだ。
ウソつき。
……本当に助けが必要な人がいても、所詮は他人事だ。助けてなんかくれないくせに。
優しいフリをして近寄ってくる人は大抵、私のカネか、カラダ目当てだ。
………………
死ぬ前の最後の登校かもしれなかったけど、特に感慨のようなものはなかった。ここでは別にいじめられてるわけじゃないけど、クラスメイトたちと人間関係を深めることもなかった。
あまり仲良くしすぎると、情がうつって死ににくくなる。
「ア〜〜〜ヤッ！ いつにもまして地雷じゃ〜ん？ 今日も近寄りがたいっ」
後ろから声がかかる。振り返ると、鮮やかに脱色された髪にグリーンのメッシュを入れたギャルが、こちらに手を振っていた。
「……リサ」
…………この娘だけは別だ。
席が近いってのもあったけど、ファッションの系統も性格も真逆な私に、こんなに優しくしてくれる……
いや。きっと、誰にでも、そうなんだ。
「久しぶりじゃ〜ん！ てか聞いてよ〜、あーしこの前さあぁ……」
リサは、この前、「BBAニュース」の「こどおじ」みたいな記者とストバに入って、妖精に関する変なインタビューを受けて、勝手に失望された話をしてくれた。
この世には、やっぱり変なやつしかいないんだなって思った。
「最初から最後まで勘違いしっぱなしなの、ウケる…………アヤ、どしたん？」
「ううん………………首のそれ、おしゃれだね」
私は話を聞きながら、彼女の首のチョーカーをじっと見つめていた。
「かわいいっしょ？ 先週買ったんだ……あーしより、アヤの方が絶対似合うって」
………………
今すぐチョーカーを奪いとって、リサの目の前で、私が首を絞めたら……
リサ、どんな顔するかな。
「……つけてみていい？」
「いいよぉ！ ほらっ、どうぞ」
リサの首に手を伸ばしながら、おもむろに私は言葉を発する。
「リサ……今までありがとう」
「へ？………なに急に、改まっちゃって……今までも、これからもっしょ？ 寂しいこと言うなしっ！」
………………
私を見つめ返す、どこまでも、真っすぐな眼差し。
ダメだ。
この娘だけはどうか、何も知らずに生きていて欲しい。
彼女を待つ輝かしい未来に、私は邪魔だ。
「……やっぱいいや。じゃあね」
「え〜っ！ 今のつける流れだったじゃんっ！？ まあいいけどっ…………あ、待ってアヤ」
靴を履いて出ていく私を、呼び止めるリサ。
「最近、変質者多いから気をつけて…………てかさっきの、“今まで”って、何だったん……？」
「ううん、気にしないで…………忘れて」
「そっか……また今度会おうねっ」
やっぱり、彼女はどこまでも輝いていた。
忘れて。こんな私のことなんか。
駅前では、何やら拡声器を持った団体が大声で叫んでいる。うるさい。
まだ選挙カーが走るような時期でもないのに。
「……ですから我々はっ！ ともにこの日本を生きる仲間としてっ！ 同志としてっ！ 妖精の“人権”を認めるべきだと主張するのですっ！！」
のぼり旗には、『妖精を日本国民として迎える会』と書いてあった。見るからに胡散臭くて、私は目を逸らして早歩きで駅の入口へと向かう。
しかし、逃がさないとばかりに、太った小柄な男が目の前に移動してくる。
あ〜、こういう人たちほど、若い女性をターゲットにしがちなのは何でだろう。
これがリサの言ってた、変質者なのかも。
「そこのお嬢ﾁｬﾝっ！ おぢさんたちのおハナシは、聞こえていたカナ！？ ほら見てくださいヨ、このかわいいおちびﾁｬﾝを！！」
「ずんっ、ずんっ、ずんちゃは“あいどる”！ ずんっ、ずんっ、ずんちゃは“あいどる”！！」
ブクブク太った男の手の上に乗せられて、子ずんがあらわれた。せわしなく小躍りしながら、壊れたレコードみたいに叫んでいる。
「アイドル」？…………………どこが？
「ぼーくはみんなのあいどる♪ かわいいずんちゃ♪ すきーなものはずんだもち♪ おいち！ おいち！ すきーなことはへっこへこ！ へこへこへこへこ！」
頼んでもいないのに、子ずんは卑猥な動きで突然歌い出した。性器を大きくさせ、よだれを垂らしながら、体を上下に大きく伸び縮みさせて歌っている。
いや、「歌」とは言えない何かだ。リズム感もメロディーもあったもんじゃない。
気持ち悪い。
「おちびﾁｬﾝは“おうたさん”が上手だねえ……ほら、このお嬢ﾁｬﾝも喜んでるよ！」
「ぱぱ、ぱぱ！！ うれち、うれち！！ ずんちゃ、みんなのあいどるなのだ！！」
喜んでなんかいない。今すぐこの男の目の前で、調子に乗った子ずんを掴み上げて、握り潰したら……
この男、どんな顔するかな。
でも、逆上した男に殺されるのは私の最期としてふさわしくないから、抑えた。
「どうですかお嬢ﾁｬﾝ、妖精は、こんな高度な芸当だって出来るんですよ？ 妖精を“人間”として認めないこの社会にこそ、問題があるんじゃないカナ？」
「……私には、よくわかりません。失礼します」
「あっ、待ってお嬢ﾁｬﾝ！ おぢさん、なんか、変なこと、言っちゃったカナ？！」
走って駅に逃げ込もうとしたが、身の毛もよだつ「おじさん構文」を放ちながら、太った男が追いかけてくる。妖精といい、何でこんなにしつこいやつが多いんだろう。
「うっざ………………何ですか、私急いでるので」
「はあっはあっ………おぢさん、なんか、怒らせちゃったカナ？ ゴメンゴメン（ｱｾｱｾ）……とりあえず、これだけでも、もらっていってくれるカナ？！ 3日後の活動、絶対来てネ、絶対だからネ？ おぢさんとの、ヤ・ク・ソ・ク♡……だからネ？」
私がにらみつけると、太った男は露骨に動揺したのか、額の汗を拭きながら、1枚のチラシを手渡してくる。
『妖精にも“人権”を！！ 妖精は、日本の宝です！！
“妖精を日本国民として迎える会” 3日後、大規模啓発活動実施予定』
とりあえずその場を離れたくて、チラシをもらうだけもらって、すぐに逃げた。もう男は追って来なかった。駅から出てきた別のお兄さんを新たなターゲットに決めたようだった。
いずれにせよ、私はこの『妖精を日本国民として迎える会』の主張する内容に、1ミリたりとも共感出来なかった。
人の庭をトイレにするような害獣に、人権なんか与えて欲しくはない。
………………
『そこのお兄さん、かわいいおちびﾁｬﾝを見ていって下さいヨっ！』
『ああ？………貸せ』
『デュフッ！ よかったねおちびﾁｬﾝ！ ほらいつものやつ、見せてあげよっか？』
『ぼーくはみんなのあいどる♪ かわいいずんちゃ♪ すきーなものはずんだもち♪ おいち！ おいち！ すきーなことはへっこへこぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』
『うわあああああああああああああああああああっ！ おちびﾁｬﾝ！？ おちびﾁｬﾝがああああああああ！！』
ぐじゃっ！ぐじゃっ！ぐじゃっ！！
『あぅ、う、ぐ、くぷ、くぷぃゆゃああああああああああああああ…………』
『やめろおおおおおおおおおおおおっ！ この人殺しがあああああああああ！！』
『じゃかましいっ！ この環境テロリストがよっ！ まず、ここは集会禁止場所だっ！ 字も読めねえか、この頭ん中クズ妖精どもがよおおおおおぉ〜っ！？ 次に、何が“人殺し”だっ！ 俺は“不快害虫”を殺しただけだ！！ 立派な“社会貢献”だろうがよおおおおおおおお〜っ！？』
『貴様ああああああああ！！ よくも、よくもおちびﾁｬﾝを“不快害虫”などとおおおおおおっ………』
……………………
帰りの電車の中でSNSに上がってる新着の動画を見て知ったんだけど、あのお兄さんは例の子ずんを地面に叩きつけて、踏み潰して殺したらしい。『妖精を日本国民として迎える会』はゴタゴタの中で解散したみたい。
冷笑的なネット社会の人々によって、この投稿にはあっという間に1万件以上の「いいね」がついた。
ああ、死ぬ前に、このくらいのインパクトを世間に与えてから死にたい。
……でも、中央線に飛びこんで傍迷惑な奴だと言われたくはない。
人は生きているだけで、少なくとも誰かに迷惑はかけているけど、なるべく迷惑をかける人数は少ないままで死にたい。
だからやっぱり、私の専用スペースで、孤独に死ぬほかない。
電車を降りて、買い物を済ませた後に待合室まで帰ってきた。
「「「「「ずーん……ずぅーん……ずーん……」」」」」
「くちゃい……くちゃ…………くちゃいよおお……」
何と、フンは全くの手つかずだった。能天気に眠り続ける子ずんと、フンを前にして、悪臭に呻き続ける親ずんという構図は、朝から全く変わっていなかった。
親ずんの後ろに、新しいフンが追加されていたことを除けば。
「あっ……にんげんしゃん……ごはんさん、ごはんさん……」
「…………何これ、変わってないじゃん」
条件を満たしていないのに、相変わらず「ごはんさん」をねだる親ずんに、正直、我慢の限界だった。
「ぼく、ぼく……どうしたらいいか、わからなかったのだ……」
「私言わなかったっけ？ 自分で考えろって。自分で考えた結果、何もしないでただ“くちゃいくちゃい”って言い続けることにしたんだね」
「ぼく、ずんちのそうじなんて、したことないちゃ！ いわれないと、わからないちゃ！」
「飼いずんだから、何でもやってもらえてたんだね。イヤなことは、飼い主さんに全部やらせてたんだ」
「だって、だって……くちゃいから、いやなのだ！ こんなの、ぼくたちがやることじゃないちゃ！」
「……じゃあ、ずっとそうしてたら？ でも、代わりにやってくれる人はいないよ？ 私は何もしてあげないし。ずっと、“ごはんさん”を待ってたって、出てこないよ？」
「くちゃ……くちゃ……ごはんさん……ごはんさん……」
妖精は、プライドと空腹との間で激しく逡巡しているようだった。そうしている間にも、1匹の子ずんが起きた。
「にょだ、にょだ！ おかーちゃ、おかーちゃ！！ ぺこぺこ、ぺこぺこ！！」
「ご、ごめんねおちびちゃん……にんげんしゃんがごはんさん、くれないちゃ……」
「ひゃーん、ひゃーん！！ ごはんしゃん、ごはんしゃんほちい！！」
仰向けになって四肢をばたつかせ、泣き喚き始める子ずん。その耳障りな泣き声に、残りの子ずん4匹も起き出してしまった。
子ずんたちは、自分たちが起きた時に、そこに用意されているはずの「ごはんさん」が無いことに呆然としているようだった。
「にょだ？ にょだ？」 「ずんだもちどこ？ どこ？？」 「ずんちゃの、ずんちゃのごはんしゃん……」 「おかーちゃ、おかーちゃ、ごはんしゃん、ごはんしゃん！」
「ああおちびちゃんたち……ごめんね……だって、にんげんしゃんがああああああああ！！」
「……私のせいみたいに言わないでよ。何もしなかったのはあんたなんだから」
あまりにも自然すぎる責任転嫁。それでいて、親ずんは悪びれもせずに、恨みがましい目で私をにらみつけた。
「ごはんさん」がないとわかると、全ての子ずんが泣き喚きだした。
「「「「「うぇーんうぇーん、うぇーんうぇーん！ ごはんしゃん、ごはんしゃんほちいいいいい！」」」」」
「にんげんしゃん……おちびちゃんたちが、ないちゃったのだ……」
「うん。泣いちゃったね。…………だから何？」
「おねがいなのだ……かわいいおちびちゃんたちだけでも、ごはんさんをあげてほしいのだ……ぼくは、もらえなくてもいいから……」
「……その交渉条件はおかしいよ。あんたが“ずんち”を全部掃除すれば全員ぶんの“ごはんさん”が手に入るのに、頑なにそれをせずに、子ずんだけでいいから、なんて…………子ずんに“ごはんさん”をあげることで、私に何かメリットがあるわけ？」
「お、おちびちゃんたちは、かわいいから、にんげんしゃんもいやされてほしいのだ……」
「バーカ」
やっぱり、妖精の思考回路は、人間のそれとはまったく違う。それなのに、あの団体は、人権がどうとか……
「どこがかわいいの？ ずっと寝てるか、自分では何もせずにピーピー泣くだけ。うるさいだけじゃん」
「おちびちゃんたちはわるくないのだ、にんげんしゃん！！ ぼくは、ほんとうは、あたたかいぼくたちのおうちさんで、おちびちゃんたちをうむはずだったのに………こんなところでうむことになって……………」
ああ、「こんなところで」…………か。私の専用スペースへ勝手に住み着いて出産しておきながら、そこを侮辱されたことはわかるけど、もういちいち怒る気力も湧かなかった。
「…………ここを出ればいいじゃん。それか、飼い主さんの家に戻ればいい」
「このおうちさんいがいにもう、いくばしょがないのだ……それに、まえのぼくたちのおうちさんには、もどれないのだ……かえったら、きっとまた、くちょいぬがおそってくるのだ……」
「あれ、昨日、“ほんとは、くちょいぬにかてていたのだ”みたいなこと言ってなかったっけ？…………怖いんだ？」
「こ、こわくなんてないちゃ！ でも、ぼくにはもう、かわいいおちびちゃんたちがいるのだ！ くちょいぬによってころされたぱぱずんのためにも、ぼくがおちびちゃんたちを、しあわせにしなきゃいけないのだ！ ぼくがしぬわけには、いかないちゃ！！」
そう言いながらも、妖精はぶるぶると震えている。
その使命感だけは親として立派だけど、言動と行動が全く釣り合っていないのが、まさに害獣だね。
「……じゃあ、子ずんを“しあわせ”にするために、まずは何すればいいのかな」
「ず、ずんちを……ずんちを、そうじするのだ……」
「よく出来ました」
ここまで長かった。妖精って、こんなに話が通じないんだ。これは飼い主の「しつけ」どうこうの問題じゃないと思う。
「かわいいおちびちゃんたちのためなのだ……えい、えい！」 べちゃ、べちゃ！
次の瞬間、親ずんは「ずんち」の山にお尻を向けると、後ろ足を使って蹴り飛ばし始めた。飛び散った「ずんち」は、さらに待合室の中を汚した。
「待って。掃除するってそういうことじゃないよ？ これじゃ、汚れを広げてるだけ」
「え……でも……じ、じゃあ、こうするのだ……うう……くちゃい……んちょ、んちょ……」
次に親ずんは、「ずんち」のカタマリを前足で押して、ロングシートの下に隠すような行動をとり始めた。
「……それも違う。私は、綺麗に掃除してって言った……つまり、その“ずんち”を全部、この待合室の中から出してって言ってんの」
「えっ…………」
親ずんが絶望している間にも、腹を空かせた子ずんが、そばに落ちていた「ずんち」にかぶりつく。
「ごはんしゃん、ごはんしゃん……くちゃ、くちゃ……くちゃああああああ！！ おべえええええええ！！ うぇーんうぇーん！ うぇーんうぇーん！」
さすがの子ずんでも、自分の出した「ずんち」は食べられないようだ。激しく嘔吐し、さらに床を汚しながら泣き始める子ずん。
「お、おちびちゃあああん！ ずんち、たべちゃ、だめええええええええっ！！」
「ほら、あんたがさっさとしないから」
「わ、わかったのだ、はやくそうじするのだ……」
そう言いながらも、どうすればいいかわからないのか、硬直する親ずん。ため息をついた私は、助け舟を出すことにした。
「外の排水溝……そこに捨てたら」
「は、はいすいこうさんなのだ？……の、のだ、のだ……んちょ、よいちょ……」
親ずんは、小さな「ずんち」のカタマリを抱えて、フラフラ飛びながら待合室を出ていく。やっとのことで排水溝を見つけ、そこに捨てた。だが、その遅すぎる動きに私は再びイライラしていた。
これじゃ、何時間経っても終わらない。ずっと見守るわけにもいかないし。
「あんたさあ、そのお口は何のため？ 口にも“ずんち”詰め込んで、なるべくいっぱい運べるように工夫しなよ」
「に、にんげんしゃん！ ぼくのおくちさんは、ずんちをいれるばしょじゃないちゃ！ おいしいごはんさんをたべるために……」
「口じゃなくて手を動かしなよ、あと、今はおしゃべりしなくていいでしょ？……ほら、口にも入れる」
「くちゃい、くちゃいいいいいいいいいいいいい！！…………うぐうううううう！」 もごっ
悪臭と屈辱からか、涙目になって「ずんち」を口に含んだ親ずんは、前足にもそれを持って、また出ていく。これを何回も繰り返せば、終わるはずだ。いつかは。
それまで、親ずんの体力がもつかどうか。
「おかーちゃ、おかーちゃ、おにゃかさん、しゅいたにょだ……」 「ずんちしきゃないにょだ……」 「なんでないてるにょだ、おかーちゃ？」 「ぺこぺこ、ぺこぺこ！」 「にゃんで、ごはんしゃん、ないにょだあああああ！」
「ごめんねおちびちゃんたち……ずんちをきれいにしないと、ぼくたちのごはんさんを、もらえないのだ……」
「そ、そしたら、ずんちゃ、てちゅだうにょだ！」 「ごはんしゃんのためなにょだ！」 「にょだにょだ、にょだにょだ！」 「くちゃ、くちゃい……くちゃいけど、ぎゃんばりゅにょだ！」 「むぐうううう……」
数往復の後、空腹の子ずんたちを協力させることに成功した親ずんは、口の中を「ずんち」で満たした子ずんと一緒に、外へ出ていく。
それが何度も繰り返されて、ようやく「ずんち」の数は減ってきたけど、まだ壁に飛び散った汚れもあった。
「ねえ、壁についた“ずんち”も綺麗にしなきゃダメだからね？」
「しょ、しょんな……もう、もうつかれたのだ……はやく、ごはんさんをたべないと、もううごけないちゃ……しんじゃうちゃ……」
「ダメだよ。約束は守らなきゃ。少しでもゴミが残ってたら、“ごはんさん”あげないって約束でしょ」
「ひ、ひどいのだ、ひどいのだ……どうして、“かいずん”のぼくに、こんな……」
「飼いずんだろうと野生の妖精だろうと、関係ないよ。だって、その“ずんち”は自分たちで出したんでしょ？…………別に私のゴミを片づけろなんて言ってない。それくらい片づけられるよね」
「ぐうううう……ぺ、ぺちぇぺちゃ、ぺちゃぺちゃ……」
浮かび上がって、壁に張り付いた親ずんは、必死に舌を伸ばして「ずんち」を舐めとり始める。
「くちゃ、くちゃ、くちゃああ……」 「ごはんしゃん、ごはんしゃん……」
四足歩行の子ずんは、「ずんち」を口に含むことしか出来ないが、それでも、懸命に自分たちの出したものを運び続ける。この調子なら、今日中には終わるだろう。
「……じゃあ、私、行くから。また戻ってくる……それまでに全部が綺麗になってれば、“ごはんさん”あげるよ」
「ご、ごはんさん、ごはんさん、ごはんさん、ごはんさん！！」
その言葉を聞いただけで、親ずんが興奮して、壁を舐めるスピードを速める。もう動けないとか言ってたクセに、体力はまだまだあるようだった。
私を簡単に騙せると思い込んで、平気でウソをつくその態度も気に食わなかった。
でも、今の妖精たちの支配権は完全に私にある。妖精はあそこを離れられないから、あいつらの命は、私の手のひらの上だ。
………………………
家に帰ったら、パパとママが珍しく両方、家にいた。久しぶりの、3人そろっての夕食だった。
私は、食べている間も、笑みが止まらなかった。
「アヤちゃん、本当によかった……ごめんねえ、いつもひとりで食べさせちゃって、寂しかったよね……」
ママが笑う。最近は、頻繁に「食事会」へ出かけている。
ヤバい宗教にハマって、パパに隠れて多額の借金してるの、私は知ってる。
「パパも、もうちょっと残業が短くならないか、上司に掛け合ってみるよ……それにしても、アヤがこんなに笑うのは久しぶりに見たなあ……」
パパも笑う。最近は、「残業」で、もっと帰りが遅くなった。
ママに隠れて、めっちゃ年下の女と不倫してるの、私は知ってる。
こんな崩れかけた夫婦………お互いがお互いへの興味を失った夫婦の間にいて、心の底から笑うことなんて出来ない。
私は、別の理由で笑っていたのだった。
私は、妖精には一切食事を与えずにおきながら、自分だけが暖かい場所で食事を与えてもらっているという、優越感に浸っていた！！
それに私は、害獣である妖精に、自分たちのフンの掃除をさせた。これだって立派な「社会貢献」のはずだ。
自らを「あいどる」と呼ぶ、身の程知らずな子ずんを潰していたお兄さんを思い浮かべる。
彼が言っていたように、私もまた、「社会貢献」したんだ。
死ぬ前にひとつ、社会貢献出来てよかった。
夕食後、そうぼんやり考えながら、私は『妖精を日本国民として迎える会』の小汚いチラシを破り捨てた。
〜つづく〜
〈待合室〉
妖精：生存 6（親ずん1、子ずん5）
人間：生存 1
キャンディ……残り5個
ここまで読んでいただきありがとうございます。次回もお楽しみに！
※withzun様の動画作品『アイドルずんちゃ』から歌詞をお借りしました。この場をお借りしてお礼申し上げます。ありがとうございました！
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このページへのコメント
団体の奴らは今まであの性格のままで拒絶され続けて受け入れてくれたのが妖精なのかな？妖精側から見たら寄生先に丁度良いと思ったのか、デュフフの精神が妖精に近いのか
まぁこんな国家転覆間違い無しの集団はフリー素材として治験に回したほうが良いですかねぇ
妖精はまとめて捕まえて花火の２B弾を数発爆発させればまとめて殺せるかなー殺したいなー
もしくはフィンランドの爆竹という名の爆弾使うとか
コメントありがとうございます。拙作『#愛でギャル』のコメント欄でいただいた言葉なのですが、妖精に味方し、妖精のためを思って行動してくれる人間は、妖精にとっては「人間」ではなく『名誉妖精』なんですよね！
『2B弾』、恥ずかしながら検索して初めて知りました……かなり強力そうですね！当時の子どもたちはなんてたくましい……
名誉妖精と妖精に言われたらその口を歯と歯茎と唇まとめてニッパーで全部抉る気がしますｗ
２Ｂ弾はちょっとした摩擦で誘爆する優れものだったので生まれる前に生産禁止になっていて俺が使ったのは後継のクラッカーと呼ばれるものでした。
ポカリスエットの空き瓶に入れたら２メートル範囲で瓶の破片が爆散したり、カエルにくっつけて爆発させたら肉片すら残らずコンクリートに衝撃の焦げ跡が焼き付いていました。
『名誉妖精』の呼称はおにゐさんにとっては屈辱以外の何物でもありませんね……
駄菓子屋で売られていたというのも衝撃です……いつの時代も男の子は爆発が好きですから（？）それもしょうがないのかもしれません()
カエルくんR.I.P……
アヤがハッピーエンドで終わるなら、ずん権法案もついでに雲散霧消で終わってほしい…
コメントありがとうございます。世間の反応も含めると『妖精保護法』が成立する未来はなかなか見えませんから、そこは（まだ）安心なのかもしれませんね！
いずれ、当該法案に関する抗議デモの様相を詳しく小説の中で（おそらく読み切りになると思います）描写出来ればと思います！
子ずんを何匹か殺すのかと思いきや突然でてきたアイドルずんちゃを惨殺するとは意表を突かれました。
このアイドルずんちゃの飼い主さん「ずんなずんなさんの調子に乗ったずんだもん2の議員さん」を連想してしまったのでまた出てくる時は色々あって『害獣妖精を日本から駆逐しよう会』を発足するのではと思いました。
そして主人公の人バス停の待合室をきれいにする為に皮肉にも元自称「飼いずん」にトイレの躾をする構図ができてしまいましたね。
今のところ害獣共に気を向けているおかげでまだ死のうとしないのは良いのですがこの「ママずん」まだ首輪をしているので知らない人から見たら待合室に子ずんが生まれて面倒見切れなくなった害獣を捨てに来た飼い主に見えてしまう為、何らかのトラブルに巻き込まれないか心配です。
続編楽しみにしています。
コメントありがとうございます。ずんなずんな様の作品群は本当に名作揃いで……！！『法律さまのおかげなのだ』というセリフ、どこかでお借りしたいです！偉い人の気が変わって、その法律があっさりとなくなる未来も良し……
アヤが妖精に対して無意識にトイレのしつけをしているのは元・犬の飼い主としての性でしょうか……
ままずんが頑なに取り去らない「首輪」というアイテムが、果たして何を招き入れるのか、続編にもご期待くださいませ！
前回、全部食べて掃除しろってだけじゃ妖精には通用しないんじゃないかってコメントしたけどその想像の2歩先を言ってて流石に笑う
主人公ちゃんずんちを喰わせる(正確には口の中に入れさせて運ばせる)とは中々に着眼が素晴らしい
将来有望な子なのでぜひ生き残って欲しいですね
コメントありがとうございます。前回から引き続きじっくり読んでいただき、嬉しいです！ありがとうございます！
ですが、まだまだ終わりません！私はこれからも妖精たちのプライドをズタズタに汚さなければなりません（『おんしらず 後編』で制裁から逃れたままずんには、特に……）
目の前に餌をぶら下げて、取り上げて…を繰り返し虫ケラを追い詰める工程が丁寧に描かれていて読み応えがありました。
アヤちゃんもマジレス正論棒でぶっ叩きがいのあるオモチャで遊んでいる間だけは悲しい現実を忘れられるといいですね…
コメントありがとうございます。このままじっくりと、対話を重ねながらスローペースで進んでまいります()
世界を舐め腐ってすぐ死にそうでいて、すぐには死なない図太さを併せ持った妖精は正しく『ぶっ叩きがいのあるオモチャ』ですね！