マイソフの創作と資料とチラシの置き場です。

ウクライナ情勢について、年単位の中期的見通しを考えるチラシの裏です。



(2023年7月加筆)援助規模の得失


 ウクライナの攻勢が目覚ましい戦果を上げないので、いろいろな観測記事や提言が出ている。一番シニカルなのは、欧米はわざと援助を絞って、ウクライナ自身が部分的な領土回復のまま停戦交渉に入ることを受け入れるのを待っているのだ……というものである。逆に、「援助を抑制していると長引いて結局高くつくぞ」という提言も見られる。国会穀物合意からロシアが抜けたことは、ロシアにに比較的好意的な国々からも考え直すよう求める声があるが、こちらも長引いてしまうことになる。


(2023年5月加筆)停戦の条件


 ウクライナは早期から停戦交渉に(比較的)前向きであり、そこで提示していた条件は断片的に漏れ聞こえていたが、2022年11月頃には「10項目の平和原則」としてまとめられた。https://www.parleypolicy.com/post/the-ukrainian-pe...

 2023年5月の広島サミットにおいて、「ウクライナに関するG7首脳声明」に次のような記述が入った。

'>我々は、ロシアの部隊及び軍事装備の完全かつ無条件の撤退なくして公正な平和は実現されないことを強調する。これは和平を求めるあらゆる呼びかけに含まれなければならない。' 全文 https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/c_see/ua/page1_00...

 ゼレンスキーの広島からのツイートでも、平和原則に言及しながら、そのことが確認された。


 これにより、和平仲介で存在感を示そうとした中国は行く手をふさがれてしまった。

 ゼレンスキーの21日夜の演説を読む限り、すでにポイントは「侵略からの原状復帰を求める全世界の団結」を普遍的な紛争解決の道筋として求め、その原則への支持をG7と世界に求めるところに移っているようである。全文 https://www.ukrinform.jp/rubric-ato/3712290-zerens... 原爆資料館を出てから、ゼレンスキーが演説草稿に手を入れる時間は極めて短かったから、演説草稿の中心部は修正されずに残っているはずで、それが原爆への言及がほとんどない演説後半なのであろう。

 サミットからいくらも経たない5月27日、『「占領地」承認が終戦条件 中国代表と会談のロシア次官』https://www.jiji.com/jc/article?k=2023052700385 など、ロシア外務次官の談話が報じられ、ロシアがこれと正反対のことを言い出したが、おそらくG7サミットではこうした主張を事前に織り込んでいたことであろう。WSJ 'Europe Rebuffs China’s Efforts to Split the West in Pushing Ukraine Cease-Fire'https://www.wsj.com/articles/china-pushing-ukraine... は中国特使がこの線で欧州を説き回り、成果を得られなかったことを述べているようである。

はじめに


 この記事は基本的に、3月末までに書いたことから基本的な内容は変わっていない。今となっては当時の細かい報道などを引くことが読者の役に立つとも思えないので、いくらか更新をする。見かけが変わったほどには論旨や結論は変わっていない。(2022年6月5日)

この戦争の落としどころ(1)停戦


 キエフ北方のブチャからロシア軍が退き、数々の残虐行為が明らかになったことを契機として、ロシアとの妥協を含む早期停戦を支持する声はいったん小さくなったように思われる。

 一方同時に、この時期まではウクライナ側が模索していた、「NATO条約第5条に準じた相互防衛の約束を米英などから取り付けること」も立ち消えになってしまった。ロシアが連れ去った人々があまりに多く、持ち去った動産のことも含め、現状に近い形で戦線を固定し無期限の休戦に入ることはウクライナにとって受け入れがたく、そうなると強制消火のようなメカニズムを求めるメリットも薄れてしまった。もともとこの条件は、他国を戦争のリスクにさらすもので、実現の可能性は薄かったと言わざるを得ないが。

 侵攻が始まったころ、アメリカ議会で政府関係者が答弁して、「何年かかるかわからないが、最後にはウクライナが勝つ」と言っていた記憶がある。この時のイメージは精強ロシア軍が1ヶ月もすれば主要都市を落とし、亡命政府のようになったウクライナ軍がゲリラ戦をやるというものであったかもしれない。

「停戦」「和平」「講和」の3つに分けて考えると良いように思う。これは整理のためのマイソフの言葉遣いであって、いかなる分野の広く認められた概念でもない。

「停戦」はウクライナが諸外国の助けを借りて勝ち取るものである。この段階では、ロシアが2021年までの確保地域に退くことをもって良しとする妥協案が採られる可能性がある。だがウクライナ領から連れ去られた市民の数はあまりに多く、ウクライナがこの形の合意を受け入れる余地はかなり小さくなった。逆にロシアは4月下旬以降の攻勢再興が全くうまくゆかず、ハルキウ周辺から退いてドネツクのわずかな土地を包囲しようとしたがイジュームでもポパスナでも突破はできず、セベロドネツクへの正面攻撃以降、損害比を無視して「土地を削り取る」ことを繰り返した。6月には「このまま数か月、1年と経過すれば、そのうち全土が削り切られる」という印象を与え、次項の「和平」を言い出させるのがロシアの企みであったかもしれない。だとすれば、対価なく単に停戦することは、もうロシアの望みでもないだろう。

この戦争の落としどころ(2)和平


 一部の欧米論説がフィンランドの冬戦争などからイメージするように、クリミアなどの領有権をウクライナが放棄するとなると、これは軍の撤退では対価が釣り合わないかもしれない。謝罪と賠償を条件に含むと、ロシアは戦争責任と敗北を認める形になるから認めにくいが、ウクライナは力の差があるので謝罪と賠償抜き、または形ばかりの謝罪で合意を呑まされる。この「停戦プラス」の合意を仮に「和平」と呼ぶことにしよう。それで片が付くなら、膨大な援助の流れを止めることができ、あわよくば制裁の中でも反ロシア側に痛みの大きい天然ガス取引などを維持・再開できる。ウクライナの都合はともかく、そのほうが多くの国は巻き添えの損失を局限できる。

 そう考えると、ゼレンスキーが世界の議会を行脚している意味が分かる。「これはお前たちの戦争でもあるのだぞ、他人事ではないのだぞ」と念を押し、ウクライナが大きな損をする「和平」で小さく収まる解決を否定し、より大きな貢献を求めているのである。

 この形で戦争を収めることは、あまりにロシアの残虐行為と強制連行が大規模であったので、困難になったと思える。しかし欧州首脳の一部が「即時停戦を求める」といった表現を選ぶとき、実質的には「停戦」から「和平」までのどこかがイメージされていると感じることがあるし、むしろロシアとしては、この形の決着が現状で望めるせいぜいのラインであろう。

 あいまいな態度を続ける中国やインドを含め、多くのプレイヤーがそれぞれ自分の砂時計を見つめる。経済制裁によるロシアの苦境は言うまでもないが、反ロシア側は、石油と小麦をはじめとする不足とコストプッシュインフレ、そして冷暖房が十分にできないことによる健康被害に襲われる。それぞれ国民の忍耐と賛同が問われる。

 インドはあからさまにロシアとの貿易を続けているが、ロシアとの安価な物流ルートがないので、ロシアの砂時計を遅らせてやる手段に乏しい。制裁について態度を明らかにしていない多くの国も同様である。とくにEUとイギリスは6月1日、ロシア産原油を積んだタンカーに保険契約を与えることを禁止した。巨大なリスクを他の大規模な保険会社に再保険することはよく行われるが、これも含めてイギリスのロイズグループとの取引を絶たれることは、全世界に大きな影響を生む。

 当面、ロシアの問題は欲しいものを輸入できないことであり、輸入代金が足りないことではない。輸入が封じられる一方資源輸出が一部続けられていることにより、むしろ貿易黒字は急拡大していると思われるからである。代替品を輸出して欧米の二次制裁を食らうことを懸念して、ロシアが代替品を手に入れることも難しくなっている。ただ、何の不足がいつごろロシアの首を絞めるのかは評価が難しい。

 もしロシアが崩壊を免れないとしたら、中国にとってそれを支持することは(最後には)大きな傷になるが、短期的にはロシア批判に転じれば現政権の誤りを認めることになる。中国がこの件で積極的なプレイヤーに転じることができるかどうかは、オミクロン禍や集中豪雨への対応にどれくらい手を取られるかによっても変わってくるだろう。6月14日、中国は対露外交の中心だった楽玉成外務次官を左遷した。ロシアと距離を置くきっかけになるかもしれないと言われる。

 このような「和平」を求める動きは、今後も耐えることはないだろう。しかしウクライナは抵抗するし、これだけロシアとプーチンを非難したアメリカとイギリスも、認めることはないだろう。プーチンに屈辱を与えてはならないとしても、だからと言ってアメリカやイギリスが屈辱を受け入れるわけではない。

この戦争の落としどころ(3)講和


 ロシアが全面屈服し、謝罪と賠償を含む講和が成るための圧力は、経済制裁によるしかない。講和が成るためには、ロシア国内で、今までの行為を否定し改める政権が誕生しなければならないだろう。制裁の大釜でロシアを沸騰させ、何かが反応するのを待つような話には違和感もあるが、逆に今のウクライナを見て、ロシアの街や村をひとつひとつ自動小銃や手榴弾で確保して、正義を行おうという国はないだろう。だとすれば、外側で圧力を加えるしかない。それには時間がかかるし、行為の主体はウクライナ単独ではなく、世界となる。

 CNN「年末までに「戦闘終結の可能性」、ウクライナ国防相が楽観的予測」6月5日によると、ウクライナのレズニコフ国防相は「自らの楽観的な予測と断りつつ、「今年末までに終わる可能性がある」との見方を示した」。たぶんこれはここでいう講和ではなく、全土奪還の達成時期を言っているのであろうが、それでもその程度の期間を想定せねばならない。

2022年6月半ばの状況についての時系列整理


 マクロンとプーチンの電話会談が断続的に行われていることは報じられてきた。例えば5月3日の会談は2時間にわたったとされる。5月15日ごろがハルキウ撤退を受けた西側戦況楽観論のピークであったから、5月28日の80分にわたる仏独露電話会談は、ロシアの軟化を期待してのものだっただろう。ロシアはいつものように何も約束せず、用意があるとのみ言明した。アメリカがHIMARSの供与を発表したのは6月1日だった。仏独がグッドコップ(良い刑事)、アメリカがバッドコップをやっていると言ったら言い過ぎだろうか。

 訓練を終えてHIMARSが戦場に出るまで3週間というアナウンスは直ちになされた。ロシアは砲撃の濃さでウクライナ軍を圧倒し始め、セベロドネツクの包囲をあきらめて直接砲撃に包んだ。更地になりすぎて歩兵による確保が困難になったとすら言われる。ロシアなりに掛け金の引き上げに応じるオーバーコールをしたと解釈できる。依然として戦線維持は薄氷ものであるが、ウクライナ軍は大規模な包囲を起こさず、段階的なわずかの撤収でおさめてきた。

 そこで、6月16日の欧州首脳キエフ訪問である。去る6月3日、マクロンは外交交渉の余地のため「ロシアに屈辱を与えてはならない」という持論を繰り返して批判を浴びた。ドイツも自国と自国製装備使用国のウクライナ軍事援助に消極的だと批判されてきた。ところが今回、仏独はそれぞれキエフで、ウクライナへの武器供与をいくらか積み増す約束をした。また今までの逡巡の言い訳も含んでか、攻撃機や最新戦車をウクライナに渡さないという従来のロシアとの約束が存在すると認めた。「ウクライナ側につく」方向に一歩踏み出した。

 6月14日と15日、ガズブロムはドイツ向け天然ガス供給を60%削減するとし、イタリアにも同時期に同様の措置を取った。首脳の動きには調整が必要だから、このことが仏独伊首脳のキエフ訪問の引き金になったとは考えにくい。逆に、訪問計画を知ったロシアが先手を打って不快感を表明したと考えることはできる。ロシアにとって今「輸入ができない」ことが問題であって、目先の貿易黒字は十分にあるのだから、この措置で失うものは短期的にはほとんどない。

 あるいは……この種の事態が起きているのかもしれない。この種の話は数多く流れたが簡単に信じるには重大すぎる。



 軍事関係のウォッチャーはウォッチャーの中では少数派であろう。直接的にキャッシュを稼がないからである。何といっても「市場関係者」やその雇い人が多いだろうし、政府がコントロールすることも困難であり、徹底しない。この件で原油やLNGの価格が大きく動いた形跡がないという事実は重い。ガズプロムなどの株価が下がったのは今年度無配の発表のせい(秋に臨時の徴税をすると通告されたためらしい)として説明がつくし、第一いまガズプロムの株を西側で持っていても立場が悪いし、ロシア資本市場の需給だけでこの種の株価が決まるとしたら、それだけで暴落であろう。

 ウクライナをEU加盟「候補国」にすることの実質的な意義は、よくわからない。名目的・政治的には、「ウクライナへの攻撃は欧州への攻撃だ」というテキストをロシアに送ったことになる。だが、それが実質的な援助負担などにつながるとしたら、EU全体の合意形成ははるかに難しくなるであろう。トルコやハンガリーのことを考えると、うまくゆかないと考えたほうが実態に正直なようにも思う。

 ロイズなどの海上保険を得られない問題があり、制裁に不同意であったとしても、陸続きの中国などを除き、アジアやアフリカの中立国がロシアと貿易することは困難である。いっぽうウクライナの穀物などを輸出するルートとしては、ドイツが鉄道輸送拡大を模索しているようである。8月に入って、オデッサからの海輸ルートもいくらか機能し始めた。

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