まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

44 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:13:41.30 0

〈1〉
そのボートは海の上を滑るように進んでいた。視界の端にようやく島のような緑色を捉えて、雅は姿勢を正すと膝の上のバッグを抱え直した。
陸地からどれだけ離れたのだろう。10人以上が座れそうな船室で、しかし乗員は操縦士を除けば雅一人だった。
乗ったことのないボートに足を踏み入れた時のわくわくするような気持ちは、もうどこかへ行ってしまっていた。雅はすっかり船酔いしていて、気分は酷く落ち込んでいた。

本当に来て良かったんだろうか。

代わり映えのしない毎日がちょっと退屈だなと思っただけ。ゴールのない仕事を知って未来を見いだせなくなっただけ。
勢いで会社を辞めて一ヶ月、初めこそ自由を満喫したはいいものの、収入のないその日暮らしでいよいよ貯金に手を出しそうになってしまい、とりあえず負担のないアルバイトでも探そうと思ったのが切欠だった。

《ハウスキーパー募集》
住み込みで一ヶ月の短期ワーク。掃除・料理等の家事代行。初心者でも安心。

特に家事労働が好きだという自覚はなかったが、勤務地として、聞いた事もない島の名前が書いてあったことにまず強く惹かれた。
暫く都会を離れて不自由を楽しむのも悪くない。無駄遣いにも飽きてきたところ、なにより給料が破格だった。
赴いた面接で予想外の条件をいくつも提示された時は、臆するより好奇心が先に立った。
「みんな、条件聞いてる途中で顔が暗くなっていってね、話が終わる前に『やめます』って言う人ばっかりだったけど。ほんとにやる?」
清水と名乗った女性は、試すように雅の顔を見ながら言った。そう言われれば余計に奮い立った。

けれど、あんなところで負けず嫌いを発揮するべきではなかったのかもしれない。止めてくれた友人もいたのに。
雅は何度目かのため息をついた。あの時梨沙子の言っていたことを大人しく聞いておけば良かった。一人きり、いくら考えても、もう引き返せないところまで来てしまっている。

さっき遠くに見えた島が目的地だったらしい。雅はボートが減速し始めていることに気付いた。
眼前に近づいてくる森がみるみる視界いっぱいに広がっていく。窓に貼り付いて眺めた。鬱蒼と緑が生い茂っている。建物のようなものはまるで見当たらず、無人島のように見えた。
エンジン音が止むと、ボートは小さな桟橋に着けていた。チャプチャプと船体に打ち寄せる波の音が耳に入ってくる。
操縦士に礼を言い、おぼつかない足取りで白い桟橋に上がると、岸から髪の長い女性が手を振りながら歩いてくるのが見えた。

45 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:17:34.48 0

「ようこそ、お疲れさま。……大丈夫?」
女性はよろけた雅の片手を取って笑った。力強い手だった。
須藤と名乗ったその女性は、上背のある体躯に、ゆったりとしたTシャツと長い丈のガウチョというリラックスしたスタイルで、黒髪が似合う美人だった。

須藤は、もう何年もここでハウスキーパーをやっていると言った。
「どうしても一ヶ月空けなきゃならなくなってね。まあ求人するつもりはなかったんだけど、伝手だけではなかなか見つからなくて」
「そうだったんですか」
「引き受ける人なんているのかなと思ってたから、来てくれて本当に嬉しいよ」
素直で含みのなさそうな微笑みを向けられて、雅は少し安堵した。

停めてあった車に乗り込むと、須藤は「揺れるから掴まってて」と助手席でシートベルトを締めていた雅に顔を向けた。
「ここから、どれくらいかかるんですか?」
「30分くらいかな、うん」
「住んでるのは一人だけなんですよね」
「そう。でも話聞いてると思うけど、その子の面倒見ろって話じゃないから」
「決まった家事をしていればいいんですよね」
「ほとんどフリータイムだと思っていいよ」

揺れると聞いて、どれほどの悪路かと思ったら、道はずっと舗装されていた。ただ、カーブが多いところも須藤がほとんどスピードを緩めず走っていくので、雅は何度も頭をぶつけそうになった。
車は山道をどんどん上がっていく。車がなければ、もう麓に降りるのは不可能なように思えた。
「山の上におうちがあるんですか?道はこれだけ?」
「あぁ、ずっとボートに揺られてそれから車じゃ疲れるよね、ごめんね、もうすぐ着くから」
望んだ返事ではなかったが、言われれば確かに全身が緊張したままで、早く車を降りたかった。
須藤は雅が膝に乗せている小さいバッグに目を移した。
「あとでそれも預かっていい?私物は一切持ち込めないから」
「これ、お財布とスマホだけしか入ってませんけど」
「うん。ごめんね、それも駄目なんだ」
「えっ?着替えとかはいらないって言われたんですけど、ほんとに一切何にも持ち込めないってことですか?」
外と連絡を取れなくなるということは聞いていたが、その手段まで奪われるとは思っていなかった。想像していた以上の条件に雅の顔は曇った。面接ではそこまで細かく確認していなかったように思う。

46 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:21:20.53 0

「あの、帰るときはちゃんと返してもらえますよね」
「もちろん。外部と連絡取れないこと以外、生活で困ることは何もないと思うよ」
「どうして、外と連絡取ったらいけないんですか?」
「機密情報を漏らさないようにってことだね」
それだけ言うと須藤は一旦口を噤んだ。
もっと聞きたいこと、聞かなければならないことがたくさんある気がした。しかし、どこからどう聞けばいいのかわからなかった。
俯いたまま黙り込んでしまった雅に、須藤は優しく声をかけた。
「ハウスキーパーって募集したけど、実際のところ、ちょっとした家事の他は一ヶ月自由に暮らしてもらったらいいだけだから」
「自由にって言ったって、その、おうちの人がいるわけじゃないですか」
「いるよ。いるけど……ほぼ自室に引きこもりだし、まあ、でも気が向くようなら、根は寂しがりの子だから相手してあげて」
「相手……気が合うといいけど」
「それは心配してないんだけどな」
須藤は歌うように言った。

広い砂地をカーブして、須藤は車を玄関前に着けた。広い敷地の中にしては小ぢんまりとした、しかし年季の入った頑丈そうな二階家だった。車を降りると雅は思わず大きく息をついた。

「とりあえず案内するね」
須藤は玄関の扉を開けて、雅を導き入れた。知らない匂いが雅の鼻をつく。
玄関を入ると吹き抜けだった。天井まで続く窓から光が入り、ゆったりとした階段が二階へと続いていた。外から見るより、中はずっと広いようだった。
「掃除大変そう」
「手順通りやって慣れればそんなに苦でもないよ。一人じゃ手が回らないとこは月イチの業者に頼んでるし。掃除苦手?」
「あっ、いやそういうわけじゃなく」
ハウスキーバー募集で来たのに思わず迂闊なことを言ってしまったと雅は小さく唇を噛む。遊びに来たわけではないのだ。破格の給料になるわけだし。ここまで来てしまったからには、やるしかないのだ。雅は気持ちを奮い立たせた。

47 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:25:20.46 0

須藤はまず二階へ上がり、雅の居室となる部屋に案内した。ベッドとデスク。クローゼットを開けると何着かの動きやすそうな服もぶら下がっていた。
「ここにシーツとか入ってるから。ランドリーは一階ね。テレビもネットもないし、まあ寝るだけの部屋かな」と須藤は言った。
その後、家の主を紹介されるのかと思ったら、須藤は一階に降り、リビング、ダイニング、キッチンと案内すると、大きな冷凍室の扉を指差した。
「食べ物だけちょっと不自由かな。このムダに大きい冷凍庫に食材とか調理品とかあるから、好きに調理するなりして食事は済ませて欲しいんだ」
ガチャンと大きな音をさせて、須藤が冷凍庫の扉を開く。雅が中を覗き込むと、ウォークインでいくつもの棚が並んでいた。
次に案内されたのは書庫とシアタールームだった。
「一ヶ月くらいならまず退屈しないくらいのものはあるよ。本も漫画も、音楽も映画もね」
雅はさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「あの、さっきからドア入る前にピピッて鳴ってるの、何ですか」
「あー、気がついた?センサーが個人認証してるんだよね。入れるドアと入れないドアがあるから、音が鳴らないドアは入れないと思って」
自分がいつ登録されたというんだろう。思わず天井を見上げたが、センサーのようなものは見当たらない。
「入れない部屋があるんですか?」
「そう、地下にいくつかと……」

再び二階へ上がり、廊下一番奥の角を曲がると突き当たりに部屋があった。
「この部屋はあたしも開けられない」
須藤はそう言い、ドアをノックした。
「ももー。あたしの代わりのキーパーさんもう来てるよ」

雅は緊張して両手を握りしめたが、暫く待っても返事はなかった。
「私のことが嫌で出てこないとか」
「それはないと思うけど。ヘッドフォンしてゲームでもやってるのかもしれない」
「ゲーム……」
「そもそも求人すればって言ったのはももだし、あなたのプロフィールも見てるから、嫌なら今日になる前に何か言って来てる筈。まあ、いいか。出てくるまで放っておいて」
「え、放っておいていいんですか」
「出てこないなら放っておくしかない」と須藤は苦笑した。
「須藤さんがいる間に出て来て欲しいですけど」
「わからない。むしろ、普段通りにやってくつもりなのかもしれない」
「普段、どんな感じなんですか?」
「三日くらい会わなかったり」
「三日!?」
「自由に暮らしてていいって言ったのは、そういうこと」
それにしたって、ずいぶんと落ち着かない話だった。挨拶くらいは済ませておかないと。雅はそう思って、須藤の横から手を伸ばし、控えめにノックしてみた。
「夏焼です。今日からよろしくお願いします」
ドアの向こうに声をかけた。聞こえていても聞こえていなくても、言わずにはいられなかった。

48 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:29:28.83 0

「今のところで何かある?」
「えっ、今のところ……」
わからないことが多すぎて、疑問ばかりだった。一体何から聞けばいいのか。雅は必死に考えた。
「停電とかしたらドアが開かなくなるとかは」
「それは無停電電源があるから大丈夫」
「具合悪くなったらどうしたらいいですか」
「ももを叩き起こして」
果たして起きてくれるのだろうか。体調とケガには気をつけようと雅は思った。
「モモさんが具合悪いときは」
「あー、それはももから連絡出るかな」
「もしかして家の中に監視カメラとかあったりします?」
「えっ?ないないそんなもの」須藤は笑った。
「えーと、あっ、あとゴミの日とか」
「生ゴミはコンポストだし……まああとは分別だけしてくれたら一ヶ月くらい出さなくてもいいよ」

一番聞こうと思っていたことを思い出した。
「もし災害とか何か緊急事態があった場合は」
「あぁ、ごめん、それ言っとかないとね」

須藤に案内されて地下に降りる。「この部屋だけはオートロックじゃないから」須藤はそう言って、ドアノブに手をかけた。
室内のスイッチを入れて明かりが点くと倉庫のような狭い部屋にデスクが一つ。その上に箱のような古めかしい黒い電話機が乗っていた。
「この受話器を上げるだけで、繋がるから、緊急のときはここから連絡して」
須藤は指先で受話器に触れるだけで、持ち上げはしなかった。
「須藤さんに繋がるんですか」
「あたしかもしれないしあたしじゃないかもしれないけど」
その黒い電話がやけに重々しく見えるのは気のせいではないだろう。そう易々と連絡できるものには思えなかったが、それでもいざとなれば連絡手段があることがわかって、雅は息をついた。

何事もないことを、祈るしかない。

50 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:48:53.61 0

「そろそろ行く時間だから」そう須藤が言い、二人で玄関を出たときには、もう夕暮れになっていた。
「結局、出て来なかったですね」
「うーん、ごめんね。ちゃんと紹介して欲しかったよね」
「まさか一ヶ月会わないまんまってことはないですよね」
「言ったって狭い家で会わないってことはないと思うよね。気を使うなって言っても難しい話だとは思うけど」
「気にしないようにします。なるべく」
「困ったことがあったらももの部屋のドアガンガン叩いていいから」
須藤が言うガンガンとはどれくらいだろう、と雅はちょっと思った。

車を見送って、再び家の中に入ると、急に途方に暮れた。疲れた。ようやくそんな思いが湧いてきて、雅は二階の自室に上がると、着ている服のままベッドにごろりと仰向けになった。
チラリと見たベッドサイドの小さな目覚まし時計は六時を指していた。
「家の仕事諸々は明日からでいいから。規則正しい生活だけ、心掛けて」と須藤は言っていた。
七時に夕食にしよう。それからお風呂に入って、とりあえず今日は寝みたい。全身が重かった。
その日は結局、モモには会えなかった。

翌日は朝からまず洗濯をしようと、ランドリーに入った。モモの洗濯物が放り込まれている筈のケースには、何もなかった。昨日の自分の服だけ洗うと、屋上に上がった。いい天気だった。
朝食に、小さいお弁当のパックを解凍した。広いきれいなダイニングで一人食べても、味気ない。
テレビでも点いていればまだ良かったが、外からの情報もシャットダウンされている。世の中の動きをまるで知らずに一ヶ月が過ぎる。そんなことが現実にあるんだ。
ゾッとするような寂しさと、現実離れした開放感が、交互にやってくる。
食後のお茶を飲みながら、掃除の手順を考えた。須藤が戻ってきたときに、汚れたとは思われたくない。ひとまず計画も立てた。
片付ける必要のない掃除は、簡易な手順で一通りやってみると思いのほか早く済んでしまって、あとはシアタールームで映画を選ぶことにした。

モモはいつ出てくるのだろう。
掃除している時に何度か二階の奥の部屋の前を覗いたが、なんとなくノックするのも憚られて、そのままになっていた。
夜中にでも起き出しているのか、気配も感じないと、本当はそんな人はいないんじゃないかという気にもなってくる。それ以上を考えるのが怖くなって、雅は座っていたソファの上で身を縮めた。
三日会わないこともある、と須藤は言っていた。三日経っても会えないようなら、ドアをノックしてみよう。雅はそう決めた。

53 : 名無し募集中。。。@無断転載は禁止2017/06/03(土) 02:54:35.17 0

無人ではない。と雅が確信できる情報は、その翌日にもたらされた。

最初に見つけた痕跡は、キッチンの床に溢れていたジャムだった。
シードの入った赤いソースがぽつりと床に落ちていた。それはやけに刺激的な赤で、クロスで拭き取りながら、雅は急激に甘いものが食べたくなった。
冷凍庫に入って探すと、奥の方にケーキを見つけた。レアチーズケーキ。フランボワーズソース。これだ。と、雅は思った。早速解凍すると、口に運んだ。同じものを食べたかと思うと、何故だか嬉しくなった。

次の痕跡はシアタールームにあった。前日途中で見るのをやめた映画を、再び再生しようとしたら、アニメが画面に映し出された。
「なんだっけ、コナンだ」
モモはやはり、夜中に起き出しているに違いなかった。ずっと起きていたら会えるのかなとも思ったが、須藤からは規則正しい生活を言い含められていた。夜中に驚かせて心証を悪くするのも嫌だと思った。

雅とすれ違いながら、確かにモモはこの家の中に住んでいる。それは不思議な感覚だった。

翌朝、ランドリーケースにはシーツとタオルと衣服が放り込まれていた。雅ははりきって洗濯機を回し、屋上に干した。それがなんだか楽しかった。スマホもテレビもない生活に不安があったのが嘘のように、雅はすんなりとこの知らない家での生活を楽しみ始めていた。

その日は一通り家事を終えてから、書庫に入ってみた。
棚の上の方に、小学生の頃に読んでいた少女漫画が全巻揃っているのを見つけて、雅は脚立を上がり、何冊か抱えてソファに座ると読み始めた。
ゆっくり漫画など読むのも何年振りだろう、と雅は思った。子どもの頃好きだった漫画は、今でもすぐに雅を夢中にさせてくれた。持って降りた数冊でやめるつもりが、気がつけば延々と読み耽り、ずいぶんと時間が過ぎていた。

ふと、空腹を感じ、時計を見ようと顔を上げた時だった。階上から微かにピピッという音が聞こえた。

〈2〉へ続く

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