まとめ:雅ちゃんがももちの胸を触るセクハラ

540名無し募集中。。。2018/12/03(月) 11:00:54.790

化粧室のドアを開けると、もーさんは洗面台に寄りかかって眼鏡を拭いていた。
睫毛長い。通った鼻筋。尖らせた小さい唇。
色白の肌を見ながら、ああ、眼鏡かけておいた方がいいな。と私は思った。
「亀井さん戻って行ったよ」と言うと
もーさんは体を起こし「じゃ、私このまま帰ろうかな」と
横を通り過ぎて出ていこうとする。
「このままって、荷物は」
「バッグはコートに包んで通路から取れるとこに置いてあるから」
「誰にも挨拶しないで抜けるつもり?」
「高橋さんには言ってある。家の事情があるから途中までですみませんって」
高橋さんは人から個人的に頼られたとき、特に張り切るタイプだった。
もーさんがいないのに気づいて騒ぎ出す営業がいても一喝で収めそうだな、と思う。
福井弁でキレられたら返せる者は誰もいない。何を喋っているのかわからないからだ。
礼儀にうるさい新垣部長も高橋さんには甘いと聞いたことがあるけど。
私の表情を察したように
「新垣部長には最初にお礼言いました」言い訳がましくもーさんは言った。
「帰ってよし」と私が言うと、ドアの前で頭をぺこりと下げてくる。
取っ手にかかる指先を見ながら「おうちの事情とかあるんだ」
と何気なく呟くと、ちょっと間が空いた。
「早く帰りたいだけだよ」
あっそ。
「流星Bに絡まれてずいぶん余計な時間食ったね」
そう私が言うと、もーさんはこっちを見て嫌そうな顔をした。
「信じらんないけどあの人子供いるんだって?」
「さっきので少しは懲りるといいなと思う」
「忘れてくれないと困るんだけど。まあいいか。っと、ごめん、つい長話」
早口で言って、少しだけ開けたドアの隙間を抜けていこうとするもーさんを見ながら
何かあった気がする。
何かもーさんに用があった気がする。と私は焦った。
「待って」
不思議そうに振り返るもーさんに私は言った。
「ちょ、ちょっとだけ用事があった。ちょっと待っててくんない」
「えっと、じゃあ、下で待ってていい?」
「うん。ごめん、すぐに済むから」
あっぶねー。帰られるところだった。
ハンカチ。ハンカチを渡さなきゃ。
ほんとに、次いつ会えるのかわかんないんだから。

542名無し募集中。。。2018/12/03(月) 11:04:15.790

案の定「こんなの、いいのに」ともーさんは言った。
店の階段を降りた通りは明るくて、歩道のすぐ脇をたくさんの車が行き交っている。
酔ったサラリーマンの集団がこちらを見もしないで突っ込んできて
私たちはビルとビルの隙間に避けた。
「洗ったんだけど、なんかちゃんと落ちなくて。だから、代わりに」
「見て良い?」
「うん」
紙袋の中は簡易なOPPのラッピング。透明の袋越しに、もーさんはそれにじっと目を落とした。
「すごいかっこいい、オシャレだ。さすがなっさん」
濃い赤のハンカチは、スカーフのようなチェーン柄が入って、上品な銀色の縁取りがしてある。
「好みとかわかんなかったから、そんなので良ければ」と私は言った。
あの時。ハンカチ売り場でピンク色の可愛いものを選ぼうと、いろいろ手に取りながら
私は急に思った。これ、選んだの、何て言って渡す?
『ピンク好きだよね。だからピンクのにした』
想像した私は、慌てて手にしていたハンカチを棚に戻した。
言えねえぇぇええぇえ。なにそれ口説いてるみたいじゃん。口説いてるみたいじゃん。
聞いてたわけでもないのに「ピンク好きだよね」って怖いし。
『いや、スマホケースピンクだったじゃん』
何見てんだよ。って話だよね。そんな、好きな色とか探られてるんだって
嫌がられるか、怖がられそうな気がする。
むしろ、なんか普段使ってなさそうなのにしよう。そうだ、そうしよう。
自分の危機回避能力を自画自賛したい。
目の前のもーさんが、ハンカチを丁寧に紙袋に戻し
「ありがとう。使わせてもらうね」と言ってきて、私は心底ホッとした。
「引き止めちゃってごめん」
「ううん。嬉しい」
その言葉に心があったまる。
「そうだ、さっき亀井さんしょげてたよ。仲良しなんじゃないの」
一応、念押しに。私はさらりと聞いてみた。
「ああ、亀井さんは、お兄ちゃんみたいなもので」
「お兄ちゃん!?」
私が返すと、もーさんは慌てたように「や、そういうお兄ちゃんじゃなくて」と言った。
そういうお兄ちゃんってどういうお兄ちゃんだよ。
「家の方向一緒だから、時々帰りに仕事の相談に乗ってもらってるんだ。明日言い訳しとく」
そう言って、もーさんは通りに出ると
小さくこちらに手を振り、駅の方へ向かって行った。
寒っ。急に夜風が体にしみてきて、私は急いで階段を駆け上がった。

544名無し募集中。。。2018/12/03(月) 11:07:01.650

会社の最寄りから3つ先に、大きい乗り換え駅がある。
とびきりいいものはないが、欲しいものならまあ大体揃う。
家から1本なので、休日の買い物だと、私はこの駅に出てくることが多かった。
いくつもある地下鉄の出口。どちらかというと裏手に当たる人通りの少ない出口の手前で
私は壁に顔をくっつけている、1人の女の子の姿に目をとめた。
壁じゃないや。壁沿いに置かれているスタンドの鏡面を
鼻がつきそうなほど、覗き込んでいるのだ。
もーさんだ。と、思う。思うんだけど。
私は声をかけるのを躊躇った。
まず眼鏡してない。そうか裸眼か。近付かないと自分の顔が見えないのか。
急にもーさんは鏡から顔を離すと、こちらに向かって歩いてきた。
手をあげかけて、私は思った。
もーさん全然、こっちに気付いてない。
先週、私は髪を切った。色どうします?と聞かれて思わず「落ち着いた感じの」なんて言ったのは
この前の、しみはむの言葉が効いてたのかもしれない。
お堅い人と付き合いだしたのか、などと影で言われるのがオチかもしれないが。
ほとんど黒に近い、ストレートボブにした私に
裸眼のもーさんが気付かなくても、それほどおかしな話ではないのかもしれない。
数メートル横を、もーさんは通り過ぎていった。コンタクト買ったらいいと思う。
私は振り返った。
ライトグレーのコートに花柄の大判ストールをかけている。
長めのストレートなスカート。リボンのついたブーツを見て
私は確信した。デートだろ。デートだな。デートか?おい。
なにその、会社で絶対見せないちょっとおしゃれしてる感じ。
これは、相手を見てやらなきゃ気が済まない。と私は思った。
目で追うと、もーさんはそのまま、階段横にあるカフェの店内に吸い込まれていった。
私は入り口に近づくと、暗い色のついたガラス窓から中を覗き込む。
何十年も営業してそうなこの古いカフェに、私は一度も入ったことがなかった。
少し気後れしながら足を踏み入れると、客はまばらで、店員は奥に引っ込んでいるようだった。
藤の衝立の影に、もーさんを見つけると
私は外側をぐるりと回り、その衝立を挟んだ反対側の席に腰を下ろした。
もーさんは一人だったが、座る直前に見えたテーブルには水のグラスが2つ置かれていて
これから誰か来るのだろうと思われた。
レジのところに出てきたウエイトレスを手で呼び、無言でメニューを指差す。
ここなら見つからなさそうと思ったものの
だいぶ時間が経ってから入ってきた背の高い男の姿は、ちらっと見えたきり
もーさんの向かいに腰掛けてしまえば、こちらからはまるで見えないのだった。

547名無し募集中。。。2018/12/03(月) 11:09:57.540>>566

「待たせて済まない。来てくれて本当にありがとう」と男は言った。
もーさんの返事は聞こえない。
「まだ、何も頼んでない?なんでも、好きなの頼んで」
もーさんは黙りこくっている。
メニューを指しているのか「これください」というもーさんの声が聞こえると
「それだけでいいの?何か食べてもいいよ」と男が言っている。
これは。と私は思った。
お付き合いしてる2人のデートとはちょっと違うような気がする。
じゃあ、何。
そう思った私の耳に「戻って来てくれないか」という男の声が聞こえてきた。
「戻ってきて欲しい。できればこれからも、俺と一緒に」
「もう、終わったことじゃないですか」
「悪いのは全部俺だ。それはわかってる」
「別に、矢島さんが全部悪いなんて、思ってません」
「いや、俺が悪いんだ。君がしてくれてたこと全て、何も気付かないで」
「私が勝手にやってたことだと、思ってください」
「いやそうじゃない。まだ、愛してくれてる。そうだろ?」
「……そういう話をしに、来たんじゃないんです」
「じゃあ、どうして、来てくれたの」
しばらくの間があった。もーさんがバッグを探っている気配。
「これ、受け取れないので」
何だろう、と私は思ったが、衝立の隙間から見えたのは小さな白い箱で、何なのかはわからない。
「それは……ただの気持ちだから」
「気持ちならもう、受け取りました」
「今のままじゃ、俺の気が済まない」
かちゃん、という、スプーンの音が聞こえた。
「……結局、そういうことじゃないですか」
思いつめたようなもーさんの声が震えていて、私は息を飲んだ。
「結局、私が何思ってるか何考えてたかなんてどうでもいい
矢島さんが許されたいだけ、私が思い通りにならないからって苛ついてるだけ
今日、ここに来て、今度こそ本当に、確認できた。
あなたは、私の思いを……知ろうともしてない。それじゃ、未来なんて築けない」
圧し殺した声。もーさんはそう言ってすぐ、立ち上がり、店の奥へ歩いて行った。
化粧室の案内板の横に入って行く。
私は急いで伝票を手に立ち上がった。
座っている男の姿が見えた。私たちより年上に見える真面目そうな人だった。
彼は唇を噛み、それから、両手で顔を覆う。
レジを済ませていると、バッグとコートを持ったもーさんが
まっすぐドアに向かい、カフェを出て行くのが見えた。
少し時間を置けばいい、どうせ気づかれないだろうという、私の見立ては甘かった。
本当に、何もかも迂闊だったと思う。
無防備に外へ出た私の目の前、すぐ横の壁に寄りかかったもーさんが待ち構えていた。
目のふちが赤い。
「そういう詮索する人だと、思ってなかったよ」
何も言えなくて俯くと、視界からもーさんが消え、足音が遠のいていく。
心地良いとまで思っていたもーさんのクールさが
初めて私に牙を剥いて、心の奥底に突き刺さったと思った。

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